とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-607

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ryuichi

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 『神の子』。
 十字教の開祖である彼はその教えを弟子達と共に各地に広めつつ様々な奇跡を起こす。
 だが、その圧倒的な影響力をよく思わない勢力によってその命すら危ぶまれる。
 そして、最後には弟子の一人であるユダの裏切りを受け入れて十字に架けられた。
 ユダは罪の意識と共に自らの命を絶つ。
 残された弟子達は彼の言葉を信じて待った。
「わたしは明日刑死するだろう。だが必ず再びあなた方の前に現れよう」
 そして――

 カランッと音を立て、剣が曇り空で薄暗くなった屋上の床に転がる。
 その頃には篠原の体は噴出し続ける黒いもやに包まれて見えなくなっていた。
「何故だっ、私の理論は完璧だったはずだ!? 『罪』と『鍵』を背負わせ、神の子の処刑と同じ条件を整えた!! 場も儀式的に一番適正のある場所を選んだ!! なのに……」
 黒スーツの男はそうわめきながら動揺する。
 そしてカァッ! というやけに乾いた炸裂音とともに黒いもやが一気に吹き飛び、同時に篠原の体が背中を反った状態で一メートルほど宙に浮かんだ。
 彼の体を浮かせているのはその背から噴出される光、正確には篠原が背中に回すようにつけた十字架(ロザリオ)から放たれる光だ。
 その光は徐々に広がりながら形を成していく。
 そしてそれが動きを止めると、彼の体がゆっくりと起き上がった。
 手を肩からだらんと下げ顔も俯いて表情は読み取れない。また足も床についておらず、まるで首を引っ張られて持ち上げられた猫のようだと上条は思う。
 だがそれを持ち上げているのは上条でもサイモンでもない、篠原の後ろで輝く光だ。
 気付けばその光は彼の身長をゆうに越す大きさの十字をかたどっていた。もしも彼の真後ろに誰かがいたならば、それが光のもとであるロザリオを模した形であることが分かっただろう。
「篠……原……?」
 リアがこぼすように彼の名前を口にする。
 それを聞いて上条ははっとする。
 そうだ、あれは篠原圭なのだ。
 余りに現実離れした光景に『彼』が篠原だということが頭からすっぽり抜け落ちていた。
 どうやらステイルや土御門も個々の心情は違えども同じような顔をしているようだ。
 だが、インデックスだけはその顔を少し青ざめさせている。そして唐突に彼女は叫んだ。
「みんな避けてっ!!」

 叫びと同時に篠原の顔が上がる。その表情は生気がなく目もうつろだったが問題はそこではない。
 彼の前に真っ白い光が精製され、そして放たれる。
 まるでレーザーのように文字通り光速で走ったその光は、土御門の近くのサイモンがマティアと呼んだ人形の上半身と屋上の柵の一部をついでに消滅させてはるか遠方へと消えていった。
 がた、と膝から崩れる人形の倒れる様を見ながら、その威力、その光景に上条はゾクッと背に悪寒が走ったのを感じる。
 上条には夏休み以前の記憶がない。それでも、これと似たような脅威をどこかで感じた気がする。そしてその答えを赤い髪の神父は知っていた。
(これは、インデックスの『自動書記』!?)
 インデックスのもつ一〇万三〇〇〇冊を守るために最大主教が施した自動セキュリティ、『自動書記』。
 かつてその魔術を発動させた彼女と対峙したときには『魔女狩りの王』を造作もなくかき消し、幻想殺しですら魔術の物量で押し切りかけたほどだ。
 うつろなその状態といい先ほどの力といい、それは余りにもあの姿に似ていた。
 篠原圭の変化はまだ終わらない。
 彼の前方斜め上三メートルほどに対象になるように二つの光が現れる。そしてそれらは瞬く間に形を成し、遂には二メートル近い『手』を模った。

背に光の十字を背負った『光の手』を持つ者。

 それが右手を振りかざしたとき、右側の手を模った光が同様にこちらに掌を見せた。
 そして軽くその手を振る。
 同時に、右手の光が『魔女狩りの王』へと襲い掛かった。
 叩き潰すような形で炎の巨人へと圧し掛かる光に対しステイルはそれを無視した。この巨人の強力さはその攻撃力もさることながら、何度やられてもルーンの刻印が破られない限り再生し続けるところにある。例え巨人がやられようがそれ自体に核はない。
 だがその光は巨人を壊すだけに終わらなかった。
 そのまま屋上の床を叩くように着地したと同時、そこから亀裂と一緒に衝撃が走っていく。それはこちらへの攻撃とはならなかったものの、屋上に張り巡らせたルーンのカードの大多数を吹き飛ばした。
「なっ、イノケンティウス!?」
 『魔女狩りの王』が消える。いや、実際には消えなかったもののその規模は明らかに縮小してしまっていた。
 そして土御門が何かを吠えながら手を床へとやる。
 その瞬間屋上全体が篠原の発するものとは違う別の光に包まれ、土御門が吐血した。
「土御門っ!? お前何やって」
 超能力者でありながら明らかに魔術を使ったクラスメイトに上条は慌てて近寄るが、土御門はそれを手で制する。
「俺のことはいい! それよりヤツに床を攻撃させるな、届かなくなるぞ!!」
 その言葉と周りの状況を見て上条は察した。
 今目の前にあるのはあの『手』が着地しただけでボロボロになった屋上と床から多少とはいえ浮いている篠原圭。
 もしこのまま屋上が崩れてしまえば間違いなく篠原以外のこの場の全員が落下を余儀なくされる。そうなれば篠原と絶対的な距離が開いてしまい、彼を止めるにせよなんにせよ対処は難しくなるだろう。
 まあそもそも、落ちて地上に叩きつけられるなんてコトはごめんだが。
「十分だ……」
 ぼそりと誰かが呟いた。それはさっきまで動揺しうろたえていた黒いスーツの男、サイモンだった。
「この力、佇まい、神々しい姿! 儀式は完全とはいかなかったがこの力を持ってすれば世界は変えるなど容易!!」
 手を顔に、目を血走らせて動揺を狂喜に変えた男が光の方を見ながら猛々しく笑う。
 それは最初の冷静さやステイルの資料にあった寡黙という情報からは余りにかけ離れている。しかし、その姿が上条には逆に違和感なく見えた。
 もしかしたらこれこそがこの『サイモン』という男の本質なのかもしれない。
「とはいえ――」
 そう言うと笑うことを止めたサイモンはゆっくりと振り返る。
「やり残しもあるにはある。『裏切り者』よ、儀式を更なる完成に近づけるためにここで死ね」
 そしてリングを巻いた腕に電流を走らせる。その手をかざした方向には呆然と立ち尽くしたままのリアがいた。
「リアッ!!」
 思わず叫んだインデックスに反応して、ようやくリアは我に返る。が、既に敵の準備は完了し、今まさに電流が放たれようとしていた。
(やばいっ!!)
 一足遅れた上条がその前に出ようとするが、それは誰の目から見ても遅すぎる。

 だが電流はリアを貫くことはなかった。

 リアが避けたわけでもインデックスが強制詠唱を使ったわけでも、上条の右手が間に合ったわけでもない。
 声ですらない咆哮を上げた篠原から放たれた光がサイモンを襲ったからだ。
 それはギリギリで反応できたサイモンが何重にも重ねた『光の境界』を紙くず同然にひしゃげさせ、そのまま上等な黒いスーツに突き刺さった。
「がっ……は……!?」
 まともに声すら上げることが出来ずにサイモンは十メートルほど後ろに吹っ飛びそのままピクリとも動かなくなる。
 光源は、未だ声なき咆哮を止めずにいた。

 ウォーレス=マクレガーという青年がいた。
 敬謙な十字教徒であり、若くして魔術的な知識について非常に博学で特に霊装の製作に力を注いだ。
 その独自の観点や幅広い知識から作られる霊装は評判がよく、彼は『霊装職人』と呼ばれるに至る。
 それでも魔法名を名乗ることはなかった、まるで血生臭い『裏』との一線を画すかのように。
 彼には妻がいた。恋愛の末の学生結婚をした相手で、その仲つつまじさに周囲は彼らを理想の夫婦と口にした。
 そんな彼らに事件が起こる。
 どこにでもある一つの小さな『魔術結社』が彼の霊装に目をつけ、彼の妻を人質に取り要求を突きつけてきた。
 すぐさま彼は要求である霊装を作り上げる。
 だがそれが外部に渡ることを恐れた彼の直属の上司が彼を拘束した。
 結果、痺れを切らした『魔術結社』は人質を殺害。
 開放された彼がその現場に走ったとき、そこに残されていたのは薬指にリングをつけた左腕のみだった。
 このとき、彼の何かが壊れる。
 程なくして彼はイギリス清教『必要悪の教会』に所属することになる。
 魔法名は『Fortis476(全てを飲み込む強さを欲す)』。
 それからしばらくたち、一つの小さな『魔術結社』が壊滅した。そのアジトに大量の左腕のみを残して。また、その戦闘によって彼の直属の上司も命を落としている。
 後にウォーレス=マクレガーは『必要悪の教会』から姿を消し、その名を捨てて『サイモン』と名乗った。
 人には誰しも理由がある。
 だがその過去(わけ)をこの場で知る者は誰一人としていない。もしかしたら、倒れいくこの男でさえも。

 自分達を通り過ぎてなお転がるサイモンを膝をついて見ながら土御門はこの状況に戦慄を覚えていた。
 禁書目録や『魔女狩りの王』によってようやく応戦できつつあった相手であるサイモン、だが今対処しなければならない相手はその黒スーツをこともなげに粉砕して見せた。
 そしてその顔が次はこちらへと向いている。
「来るぞっ!!」
 十字を背負う男が手を雑に動かす。それに対応して動く巨大な二つの光がこちらへと襲い掛かった。
 ステイルは魔女狩りの王と共に炎の剣をそれにぶつけてその手を受け止める。直後に広がる強烈な爆炎、だがそれでもその手は引くことなくむしろ少しづつ圧していく。
 もう一方では上条がすべての異能を消滅させるその右手を掲げて光を受け止めた。だが光はすぐには消えない。
「おおおおおおおおおおおおおっ!!」
 徐々に、徐々にその形を崩していくが即時に消滅することなく、最後まで右手ごと上条に圧力をかけてようやく光は消え去った。
 それに呼応するかのようにステイルを圧していた手も消える。
 肩で息をしつつ自分の右手を見ながら、上条は違和感を覚えた。
 『幻想殺し』と呼ばれるこの右手は全ての異能を『消滅』させる力を持つ、それがどんなに強大なものでも触れるだけで一瞬で消え去るはずだった。
 だが今、こともなげに元の位置で形を取り戻していくあの光はこの右手に耐えた。そんな力を彼は知らない、いや正確には忘れていた。
 『神の子』の攻撃は終わらない。
 最初の時と同様にその眼前に精製された光が瞬く間に放たれる、そしてその軌道上の先にいるのは上条当麻だ。
 反射的に右手を目の前にやるが突然のことに少しよろける。そんな上条をレーザーのようなこの光は勢いだけで体ごとその右手を圧していく。
「とうまっ!」
「あれはっ……『竜王の殺息』か!?」
 幻想殺しが魔術に圧されるといったその光景にインデックスとステイルが叫ぶ。
 そして白いシスターは心配そうなその表情を無理やり押さえつけるように自分の目に移るものを冷静に分析し始めた。
「……違う。性質、構成する一つ一つの粒子が違うところは似てるけど、あれはそもそも術式ですらない」
「……どういうことだい?」
「多分あの人は魔力そのものをただ放出してるだけなんだよ」
 問いかけに対し顔を分析対象に向けたまま動かすことなくシスターは答える。
 そしてステイルはその返答にゾクッとした。
 そもそも魔力とは人が生命力を使って精製するガソリンのようなものであり、その用途はもちろん魔術以外にありえない。だがあの男はそれを直接攻撃に用いている。言ってしまえばガソリンを火炎瓶などに入れて用いるのではなく、それを直接ぶつけるだけであれほどの力振るっているのだ。
「構成される粒子が違うのはあの人の体に膨大な量の魔法陣みたいなものがあるから、それらすべてが魔力を作り上げてあの力を生み出してる。でも……」
 そこから先を冷静の仮面が外れたかのようにインデックスは言いよどんだ。そしてチラッと側で立ち尽くすリアを見た後、恐る恐るという風に続ける。
「ほとんどの魔法陣が暴走してる。今は互いに牽制しあっててバランスが取れてるみたいだけど、はっきり言っていつ崩れるかわからない状態なんだよ」
 ステイルは絶句した。
 この場を片付ける一番の近道は上条当麻のあの右手だろう。だが彼はあの異常な魔力に圧されて完全に動きを止められている。
 土御門に至ってはそもそも魔術が使えない。満身創痍の体を引きずりながら、かろうじて光の手を回避しつつ何度も銃の引き金を引いてはいるものの効果はまるでなさそうだ。
 そしてステイル自身もあの光の手に対する手段が見つからない。
 そんな圧倒的に不利な条件下の中でどれくらいかもわからない制限時間までつけられたのだから、まず状況は最悪といっていいだろう。
「ねえ、それってどういうこと?」
 いつのまにか、立ち尽くしていた黒スーツの少女が白いシスターの横に立っている。その手はインデックスの肩へと置かれていた。
「バランスって? それが崩れるとどうなるの!?」
 揺さぶるようにリアは問いかける。だがインデックスはそれに答えられない、何かを認めたくないとでもいうような顔のリアを見て固まってしまっている。
「学園都市は消滅する、そこにいる全ての生物もろともな」

 イライラした様子を隠そうともせず、ルーンを刻んだカードを片手にステイルがはき捨てる。
「わかりやすく言おうか、あれは限界まで膨らんだ風船みたいなものだ。外でも中でも刺激があればドカン、その余波で僕らは死ぬ。一人を除いてな」
「一人……?」
 現実味のない状況についていけずに、それでもステイルの最後の言葉にどうにかリアは反応する。
 一方黒服の神父はというと、繰り返された言葉に対しあごでその一人を指し示す。
「あそこでよろけている馬鹿のことさ、そしてこの状況の唯一の突破口でもある」
 言うが早いかステイルはその突破口、上条当麻の方に向かって駆け出していく。
 狙いはヤツが受け止めているレーザーのような光、不本意だがあれを上条の代わりに受けてその間にケリを付けさせる。かつてヤツが『自動書記』によって苦しめられたあの子を救ったときのように。
「原初の炎(TOFF)
 その意味は光(TMIL)
 優しき温もりを守り――!?」
 そこでステイルは詠唱を中断する。
 突撃していく自身のその先に土御門の方にあった光の手が襲い掛かってきたからだ。
(土御門はっ!?)
 反射的に首を動かすとすぐに見つかった、柵のギリギリのところにまで飛ばされて転がっている金髪の男の姿が。
「――厳しき裁きを与える剣を(PDAGGWATSTDASJTM)!!」
 思わず出そうになった舌打ちを詠唱を完成させることでどうにか押さえ込む。それと同時に剣の形をした炎がステイルの右手に出現した。
 無駄だと知りつつもそれを光に向かって叩きつけるように振り抜く。その結果、炎は爆音も立てずに光の中に飲み込まれていった。
「くっ、イノケンティウス!!」
 間髪いれずに叫ぶ。その瞬間そこに炎の巨人が現れ、光の手に十字を叩きつけた。ドゴォォォッと今度こそ広がる爆炎に飛ばされるようにステイルは転がる。
 光にさほどの速度がないことが幸いした。もしあれに速さまで備わっていたのなら今確実に自分はやられていただろう、土御門も手負いの状態であの両手の攻撃を避け続けることはできなかったはずだ。
 そこでステイルは気付く、土御門が対峙していた一対の手、片方は『魔女狩りの王』が受け止めている。
 ならばもう片方はどこだ?
「横だっ、上条当麻!!」
 目に入ったもう片方に思わず叫ぶ、だがそれが上条に聞こえたときには『右手』を模った光はもう上条の目と鼻の先だった。
 次の瞬間、その手は上条の左側からもろに直撃する。
「がっ!?」
「とうまっ!!」
 ドッという鈍い衝撃によって肺の空気を無理やり押し出されたようなうめき声と悲痛な叫びが響く。
 そして上条の体は衝撃を殺しきれずに転がり続け、壊れた柵のあった場所から外へと投げ出された。

 上条は左半身から伝わる鈍い痛みと全身の感触の消失を感じていた。
 なんとか衝撃を殺そうとしたが間に合わず、ギリギリ屋上の縁に手の届かない場所まで空に投げ出されてしまっている。
 諦める気はない、それでもすぐに来るであろう落下感に対して覚悟した。
 だが、ようやく(少なくとも上条にとっては長く感じた)始まった落下は一瞬で終わる、代わりに右手を引っぱられる感触とそのすぐ後に真正面からコンクリートの壁に叩きつけられた痛みが上条の体を支配した。
 なんとか痛みを押さえ込んで顔を上へと向ける。
 そしてようやく上条は現状を理解した。
 自分の右手を掴んでいるのは土御門だ。その体を半分以上屋上から乗り出した状態でいる。
「早く上がってくんねーか、上やん」
 そう、自分は土御門に助けられたのだ。そして掴む手からは赤い液体がどくどくと流れ落ちてきている。
「おいっ、お前!?」
「……ああ、魔術の反動の上にあの手をモロに喰らって体中ボロボロぜよ。早く上がんねーと手、放し――グッ!?」
 言葉の途中で土御門が吐血する。
「土御門っ!?」
 掴む手が緩み、それでもなんとか左手で柵の出っ張りを掴んで上条は再び屋上へと這い上がろうとする。
 何とか顔が出たとき、そこに映ったのは土御門の傷んだ体とその下にある赤い水溜りだった。
 超能力者が魔術を使用するとその反動で体内のありとあらゆる器官がダメージを負い、即死することも珍しくない。
 そんな状態から更に攻撃を喰らい、その上で人間一人を支えれば傷口が開くのは必然だった。
 だが上条の目に飛び込んできたのはそれだけではなかった。
 自分達をここまで殴り飛ばした男が眼前に光を生み出している。その狙いが自分達であることを上条は察した。
(やばいっ!!)
 完全に這い上がってかつ吹き飛ばないよう体勢を整えてから右手で攻撃を抑える、そうするのがベストではあったがそんな猶予はどこにもない。
 そして、上条は本能的に這い上がりながら右手を前へと突き出す選択肢をとった。このままだとあの光の押し出されて今度こそ吹き飛ぶだろうが、それでもこれ以上土御門に負担を与えるわけにはいかない。
 這い上がるために左手に力を入れ、歯を喰いしばる。
「篠原ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 突然、少年を呼ぶ少女の声がその場に響き渡る。
 そのとき、上条は見た。
 黒いスーツの少女が自分達と篠原の間に割り込んでくるのを。
 思いつめたようなその表情が容易に想像できそうな両手を広げたその後姿を。
 別のところで何かを叫びながらそちらに行こうとする白いシスターとそれを止める黒い神父の姿を。
 また、顔を少し動かした篠原の姿を。
 続く閃光。
 それは目を見開いた黒スーツの少女の顔横数センチを通り過ぎ、彼女の髪先を刻み、文字通り光速で見えなくなっていった。

「リアッ!!」
 インデックスのその言葉に反応するようにリアは膝から崩れるようにその場にしゃがみこむ。
 ステイルの手を振り切り、シスターはリアへと駆け寄った。
 そこでしゃがみ込んでいた少女は涙をためながら零すように呟いている。
「もう……何もわからないの? 私の声も、届いてないの?」
「リア……」
 インデックスは言葉に詰まる。
 わかるのは彼女の言う通り、篠原には何もわかってないだろうということ。
 体中に仕掛けられた暴走する魔法陣、そんなものが無数にあれば精神が崩壊していてもおかしくない。
 もし『幻想殺し』でコトが落ち着いたとしてもリアの知っている『篠原圭』は帰ってこないかもしれない、いやその可能性のほうが高い。
 考えつくのはネガティブなものばかりであり、インデックスはどうしてもかける言葉を見つけられなかった。

「いや、届いてるはずだ」

「とうま……?」
 その言葉にリアとインデックスはゆっくりと顔を後ろに向ける。そこにいた少年はふらふらとしながらもその目はしっかりと篠原の方を見据えていた。
「そうだろ? 聞こえてるよな、篠原!!」
 完全に這い上がった上条がゆっくりと歩きながら二人の少女を通り過ぎていく。
「じゃないと俺達を狙った光があんな風に逸れるなんて考えられないからな。それだけじゃない、サイモンがリアを狙った時だってお前はサイモンを攻撃することでリアを助けたんだ。しかもサイモンは死んでない、人形の上半身を消し去るような光を食らったにもかかわらず、な」
 上条の言葉にステイルとインデックスはハッとする。
 言われるとたしかに、あの光を喰らって吹き飛ぶ程度なんてことはありえない。
 例え瞬間的に防御が間に合っていたとしても一瞬で破られたあの様子だと大した障壁にならなかったはずだ。第一、それと同質の力であるはずの『手』による攻撃を喰らった土御門や上条が負ったダメージは衝撃によるもののみである。
 結論は一つ、篠原には何らかのストッパーがかかっているのだ。恐らく誰かを殺したくないといった、あるいは少女を守りたいといった『感情』という名のストッパーが。
「なあ、本当は迷ってたんじゃないのか?」
 上条は続ける。
 いつの間にか『光』による攻撃は止み、篠原はただ俯いて動く様子はなかった。
「こんなやり方、俺になんか言われなくたって誰かを傷つけるようなこんな『幻想』を望んでたわけじゃなかったんだろ? だから儀式は失敗したんじゃないのか」
 突然また篠原の後方と左右の『光』が強くなり、篠原は再び声のない咆哮を上げた。
 両手は開き、こちらに指先を向けて威嚇しているようにも見える。
 背負った十字架は更に輝きを増し、篠原の全身をくるむように透明な球状の障壁を作り出す。
「……もう自分じゃ止められねーんだな。なら――」
 上条は痛いぐらいにその右手を握り締め、それを前へと突き出す。
 今度こそ届かせると決意して。
「止めてやるよ、お前のその『幻想』を」

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