とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第一章-2

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 第一章 翼なき者たち Red_Angel



「要求一。『零時迷子(ヌーンインデペンデンス)』について、貴方の知る限りの知識の提供を願う」
「…………?」
 インデックスは思い切りいぶかしそうな顔をした。驚いているというより、戸惑っているようだ。
 上条にはそのヌーンなんとかというものがどういったものなのか見当もつかない。魔術の名前なのか、霊装の類なのか、はたまた術者の二つ名なのか。しかし、いずれにしてもイギリス清教の最高権限を他宗派の一修道女に預けるだけの影響力を持っていることだけは間違いないと思う。
(くそったれめ……!)
 冗談ではない。
 もうすぐ一端覧祭が始まるのだ。吹寄制理も、青髪ピアスも、姫神秋沙も、他校の生徒たちだって皆一生懸命に準備をしている。大覇星祭の時のような一大事にしてたまるものか。
 ガラステーブルの下で、上条は固く右拳を握った。
 立ちはだかる幻想(かべ)がどれだけ分厚かろうとも、必ずこの手で殺すという意思を込めて。
 固く、強く。
 少しして、インデックスは自信なさげにサーシャに問いかけた。視線を天井に向け、記憶と一々照らし合わせるようにしながら、

「『零時迷子』。――あんなしょーもないもののためにイギリス清教とロシア成教が動いてるっていうの?」

 ずっさ―――、と上条は室内でヘッドスライディングした。ベッドの上で丸くなっていた三毛猫が跳ね上がったが気にしない。飛び起き振り向き問い詰める。
「しょーもな……!? おいこらインデックス、なにか勘違いしてんじゃねぇのかさもなくば覚え違いとか! いきなりしょーもないとか言われたらつい今さっきの俺の決意はどーなるんだよ!?」
 話をぶち切られた上のあんまりと言えばあんまりな言い草に、インデックスはちょっとほっぺたをふくらませて、
「そんなこと私に言われても。実際『零時迷子』ってものすごくしょーもない現象なんだもん」
「説明を! 説明をしてくれいつものよーに! さもなくば上条さんは手当たり次第に幻想を殺して回ってしまいますよ!?」
「問一。取り越し苦労ならそれに越したことはないと言っておいたはずだが?」
「そーだけども、そーだけどもこのやり切れない思いはどこに向かえば……!」
 上条は床をどかどかと叩いて悔しさを表現する。その姿に紅白シスターは何かしら意見の一致を得たのか、無言でうなずき合った。
 インデックスはとあるちびっこ教師の真似をして人差し指をくるくると回す。
「どこから話せばいいかな……。うん、とうまもあのお話は知ってるよね? ものすごく有名な魔術的矛盾を抱えた童話だけど」
「ん……? 童話?」
 どうにか座りなおした上条は聞き返す。
 インデックスは夢見る少女のように胸元で手を組んで、
「シンデレラ。零時の鐘が鳴っても硝子(ガラス)の靴が消えなかった矛盾を説明してくれるのが、『零時迷子』なんだよ。もともとこれが名前の由来とも言われているしね」
 挙げられたのは、日本人なら百人中百人がおおまかなあらすじくらいなら知っているだろうおとぎ話の題名だった。上条は記憶喪失ではあるが一般常識などの「知識」は生き残っているため、シンデレラがどういう話かは知っている。
 なるほど、サーシャの言っていた「靴にまつわる問題」というのもうなずけた。
「ってちょっと待て。まさかウォルト=ディズニーやグリム兄弟が実は魔術師で、そいつらが作った魔術だとか言わないよな?」
「…………とうま。いくらなんでもそれはないかも」
「補足説明一。そもそもグリム童話の『灰かぶり姫』に硝子の靴は出てこない。かぼちゃの馬車と共にシャルル=ペローの『サンドリヨン』が初出。それにもともと民間伝承(フォークロア)を編集したものなので、類似した話は中国にだってある」
 そう言われても伊能忠敬は稀代の魔術師でしたとか言われたこともあることだし、と上条はぶつぶつと反論したが、聞き入れてはもらえなかった。
 インデックスはまた人差し指をくるくると回し、
「それじゃあシンデレラのお話に沿って説明するね。継母や義理の姉たちに虐げられていた美しい娘。灰の山の中で眠らされていたことから『灰かぶり(シンデレラ)』と呼ばれていた彼女は、お城で開かれる舞踏会に行きたかったけれど、継母たちに行かせてもらえなかった。そこで通りすがりの魔術師が術をかけてあげたわけだね。ではかみじょうちゃん。その術がどんなものだったか言ってみて?」
 すっかりあの先生の気分らしい。背丈も説明好きなのもそっくりなものだから、上条はまるで教室で授業を受けているような気分になった。
 問い自体は「知識」の範疇だし、最近ちょっと聞かされたこともあったので簡単に答えられる。
「ねずみを馬に、かぼちゃを馬車に、みすぼらしい服をドレスに……であってるよな」
「標準的なシンデレラのお話では、そうだね。まあ実際には、それらの周りを魔力物質で覆って造形するなり、見るものに幻を見せる術式をかけるなりしたんだろうけど」
「……そういう言い方をされると身も蓋もないんだが」
 黄金練成(アルス・マグナ)やら御使堕し(エンゼルフォール)なんていうトンチンカンな魔術にばかり関わってきた上条にとっては、その程度の魔術はまだ“常識的”と言えるものだ。驚けない裏話ほどつまらないものはない。
 しかしインデックスは、む、と眉間にしわを寄せ、
「何言ってるの。本当に身も蓋もなくなるのはここからだよ」
「え?」
「それらの魔術には同じ制限があったよね。深夜零時の鐘が鳴り終わると解けてしまうって」
 右手の指を二本立て、
「ある時刻になると解ける魔術の仕組みは大別して二つ。その時間になれば発動する打消しの術式をあらかじめ織り込んでおくことと、注ぎ込む魔力の量を調節して効果の切れる時間を設定しておくこと。シンデレラにかけられた魔術は後者だったんだろうね。そうでないと『零時迷子』は起こらないから」
 上条は聞かされた台詞を頭の中で理解できるよう翻訳してみる。
 一つ目の方法は、目覚まし時計みたいなものだろうか。あらかじめ設定しておいた時間になればアラームが鳴る→効果が消えるということだ。
 なら二つ目の方法は、砂時計に例えればいいだろう。中に入れる砂の量を量ることで、流れきるまでの時間を決めている。
 と、ここで上条はインデックスの説明に妙な点があったことに気づいた。
「…………“起こる”? 『零時迷子』ってのは魔術じゃないのか?」
「うん。あくまで偶然発生する現象なんだよ。とても珍しいことではあるから、魔術世界の都市伝説みたいなものだと思ってくれていいかも」
 変な例えだけど、とインデックスは自分で笑った。
「それで話を戻すとね。シンデレラは零時の鐘が鳴る中、大慌てで舞踏会の会場を出た。だけど階段の途中で硝子の靴の片方が脱げてしまったわけだね。拾う時間もなく、立ち去った後に、その靴は王子様に拾われた」
 ここでインデックスは自分のグラスを掴み取り、ゴクゴクと中の麦茶を飲み始めた。
 しゃべりすぎて喉が渇いたのかなと思っていると、彼女はほとんど空になったグラスを上条に見せ、
「これがその時の硝子の靴の状態だと思って。注がれていた魔力が尽きかけていて、放っておけばそのまま消えるはずだった」
 しかし、そうはならなかった。この後王子は拾った硝子の靴を手がかりにシンデレラを探し出す。最低でもその瞬間まで魔術は続いたのだ。このことは誰もが知っていて、そして誰もが一度は疑問に思うことである。
 子供なら――また子供に質問されて困り果てた大人なら――愛の奇蹟とかなんとかにしてしまうんだろうが、
「だけどね」
 魔術師ならば違う答えを出せるらしい。
 インデックスは左手でもう一つ(上条の)グラスを持ち上げ、
「こういうことが起こったんだよ」
 もう一つのグラスが傾けられ、
 空っぽだったグラス(まじゅつ)に、少しだけ麦茶(まりょく)が注がれる。
「あ……」
 ここまでくればもう上条にもわかった。
 インデックスは両手のグラスを肩ぐらいまで持ち上げて、
「硝子の靴を拾った王子様の生命力を自動で魔力に変換、吸収して、変化の魔術は消滅を免れたと言われてるんだよ。この瞬間、術式の所有権は通りすがりの魔術師から王子様に移った。魔術師にしてみれば、『あれ? 私の魔術はどこにいったの?』って感じだったろうね」
 零時に産まれた魔術の迷い子。
 それゆえに、この現象につけられた名は、
「『零時迷子』、か。……そりゃ確かに身も蓋もない話だな。結局シンデレラを探し出すための魔術を王子自身が使ってたことになっちまうわけだ」
「そ。こんな感じで、消滅するはずだった魔術が人から人へ移りわたっていくことを『零時迷子』って呼ぶんだね。何が原因で起きるのかははっきりわかってないんだけど、魔術世界では余り重要視されてない。構成が雑で、極めて弱い魔術でしか起きないし、それに魔術師同士なら全く問題にならないもん」
 上条は肩の力を抜いた。
 記憶喪失の身では想像することしかできないが、きっと自分も絵本か何かで読んだときに浮かべたであろう疑問をあっさりと晴らされてしまった。
 特にこれといった達成感もなく、むしろ読み終わっていない小説の先のページをうっかり見てしまった時のような虚脱感がある。
 まあ歴史の真実なんて大体そんなものだろう。歴史学者や文学者がこんな気持ちになる職業なら、絶対にそれらには就くまいと思い、
「………………………………………………………………………………ちょっと、待て」
 閃き。
 上条はガラステーブルの上に身を乗り出し、
「それ、やっぱり危険じゃないか? 魔術師なら害にならなくても、俺らみたいな超能力者には。体の中の『回路』が違うから、超能力者が魔術使うと肉体が破壊されちまうんだろ?」
 例えるなら、直流(でんち)で動く機械に交流(コンセント)をつないだ時のように。
 水道管に砂を流した時のように。
 規格の合わない体に無理やり魔力を流したために、内側から壊れてゆく人たちを、上条は何度も見たことがある。
 魔術の所有権が移るということは、移された側の人間が、次にその魔術を使うということだ。魔術社会では取るにたりない都市伝説(ゴシップ)でも、ここは科学万歳の学園都市。靴を拾っただけで死にかけるような事態なんて特別警戒宣言(コードレッド)ものである。
 しかしインデックスはあっけらかんと、
「心配ないよ。『零時迷子』の宿主は生命力をほんの少し吸い取られるだけ。体内に魔力の流れをつくるわけじゃないから、超能力者が宿主になったとしても、ちょっと体が重くなるくらいじゃないかな」
 それにね、といつの間にか二つとも空になったグラスをテーブルに戻し、
「『零時迷子』って長続きしないの。人から人へ移る条件は元の魔術によるけど、いずれにしろ移動の度に伝言ゲームみたいに効果が歪んでいってしまう。儀式もなしに効果だけが残っていくなんてとんでもなく不安定だからね。そのまま自然消滅しちゃうんだ」
 ほんと、なんでこんなしょーもないもののために、とインデックスは説明を打ち切った。
 上条は、うーん、とうなる。
 聞けば聞くほど、思い浮かぶ感想は彼女と同じだった。
 つまるところ『零時迷子』とはひどく弱くなった魔術が偶然持続してしまうというだけの現象で、しかも超能力者にも害がないと保証されてしまったら緊張感を保つ方が難しい。
 なぜこんなものに、という疑問を持つと、自然と目は制服シスターに移った。
 背筋をピンと伸ばして座るサーシャ=クロイツェフは四つの瞳に注視されても動じることなく、それどころかこんなことを言った。
「問二。貴方の持つ知識がそれで全てなら、次の質問に移っても構わないか?」
 へ? と上条とインデックスの声が重なる。
「え、あ、うん。そりゃあ構わないよ。勅命十字(クロスオブオーダー)もあることだし、答えられることなら」
 なんとなくさっきので終わりな気がしていたのだろう。銀髪シスターの返事は若干しどろもどろだった。
 サーシャは間を置く意味でか初めてグラスを手に取り、唇を濡らす程度に傾けた。
 そして言う。

「問三。『零時迷子』の伝達内容に、危険性の高い効果を意図的に付け加えることは可能か?」

 ピタ、と。
 インデックスの表情が凍った。
 それは上条の見る限りでは、戸惑っているのでも呆れているのでもなく、真剣に思考している時の彼女の反応だった。
 言葉でなくともオーラが語る。
 これはもはや「しょーもない」などと言える状態ではなくなったと。
 たっぷり三十秒をかけて、インデックスは答えをまとめた。
「結論だけ言うなら、可、だね」
 十万三千冊もの魔道書を抱える少女の本当の役割。
 それは、魔道書の記述を吟味し、照らし合わせ、あらゆる魔術的事象への対抗力となること。
「『零時迷子』の宿主になったことは、魔術師なら絶対に知覚できる。その間に明確な変更のイメージを持つことができれば、ある程度なら効果を変更できると思う。儀式抜きのイメージのみってことは、逆に言えば儀式なしのイメージだけでどうとでもできるってことだから」
「感想一。……やはりか」
 サーシャは神妙にうなずいた。
 置いてけぼりなのは上条だ。シスターたちは何か危機感を共有しているようだが、どれだけ魔術と係わり合いを持っていても結局は素人である少年が横で聞いているだけで理解しきれるほど容易い話ではなさそうだ。
 だから二人に尋ねるしかない。飛びかかりたくなるほどの焦燥を必死に押さえて、
「どういうことなんだ? 今の話は一体何がどうやばいんだよ!」
「……シンデレラの話に戻るけど」
 インデックスが顔を上げる。
「王子様は拾った硝子の靴を手がかりに、国中シンデレラを探して回ったよね。でもここで、この童話のもう一つの矛盾が浮かび上がってくる」
 すなわち、

「どうして硝子の靴はシンデレラにしか履けなかったのか」

 上条は押し黙る。
 それは足りない頭を必死に回して理解しようとしているからで、それがわかるからインデックスも語るのを止めない。
「魔力物質でコーティングしていたのだとしても、幻を見せていたのだとしても、中身はちょっとボロッちいただの靴だよ。足のサイズが同じ人なんていくらでもいるし、たとえオーダーメイドでも他人が全く履けないなんてことはない」
「それは……最初に魔術師がそういう効果をつけてたからじゃないか? それが残ってて」
「“なんで”? もともと零時になれば解ける予定の魔術に、所有者限定を付与するなんて無意味だよ。硝子の靴が“消えなかったのは”あくまで偶然。とうま、考えてみて? 『シンデレラにしか履けない硝子の靴』を最も必要としたのは誰か」
 言われた通りに上条は考える。
 そして、考えるまでもなく、その答えはすでに自分で言っていたことに気づいた。
「まさか……王子か?」
 うなずきこそが答え。
「硝子の靴に所有者限定をかけたのは、王子様の『これはシンデレラの履いていた靴!』という強いイメージだよ。王子様が靴を拾った瞬間、『古い靴を硝子の靴に変える』魔術は、『古い靴を“シンデレラにしか履けない”硝子の靴に変える』魔術になったの。これはあくまで偶然の出来事だけど、術構成の脳内展開に長けた魔術師なら簡単にやってのけるだろうね。それこそ――『履いた者の足を噛み千切る靴に変える』魔術にだってできる」
「…………、」
 黄金練成(アルス・マグナ)、という魔術がある。
 完成すれば森羅万象を意のままにできるというとんでもない魔術だが、問題は詠唱呪文が長すぎることにあった。四百年かけても唱えきれるかわからない長大な呪文に、様々な魔術師が様々な手段で挑み、敗れていったという。
 その手段の一つに、親から子へ、師から弟子へ呪文の詠唱を引き継がせるというものがあった。一生かかってもできないのなら、他人の二生三生もかければいいと。
 しかしこれも失敗する。引き渡していくごとに呪文の意味が歪んでいき、最後には全く別物になってしまったからだ。
 ――だけど。
 もしもその別物に変わってしまった魔術が、それでも何かしらの効果を発揮したら?
 もしもその効果が、とても危険なものだったとしたら?
 そして、もしも、
 危険なまま、引き継がれていってしまったら?
「でも、これでもまだ足りない」
 え? と上条は聞き返す。
 インデックスは――自身全く期待していないような顔で――続けた。
「『零時迷子』に危険な内容を織り交ぜて放すっていうのは、確かにどんな疫病よりも厄介ではある。だけど、どんなに恐ろしい効果でも移らないことには意味を成さないよ。伝達条件を満たさないと」
「伝達、条件? それって重要なのか?」
「うん。『硝子の靴』のケースでは、条件は“手で触れること”だったと言われてる。だからシンデレラよりも前に履こうとした人たちには移らなかったって。それにいくら効果を改変したところで、もともと不安定な現象であることには違いないから、やっぱり移り渡っていくごとに崩壊していくことになるはず。誰にでも宿ることができて、構成も崩れない『零時迷子』なんてあるわけが」
「――通告一。それが見つかったからこそ、その危険性を検証してもらうために私が派遣されてきた」
 サーシャの平静な声が、最初の前提にして最後の希望を打ち砕いた。
 インデックスはもはや腹をくくったのか、
「やっぱり……勅命十字が出てくるわけだよ。どこで?」
「解答三。それはすでにそちらの彼に話している」
 と、サーシャは上条に顔を向けた。
 上条は一瞬で理解する。自分が何度も何度も彼女に尋ねた問いかけの解答が、これだ。
 右手で顔を覆い、うめく。
学園都市(ここ)でか」
 何故とは言わない。うなずいたサーシャが口を開きかけていたからだ。
 制服シスターは淡々と言葉を重ねていく。
「説明一。事の発端は一週間ほど前、学園都市に潜伏させていたロシア成教の諜報員が、偶然『零時迷子』らしき魔術が自分に移ってきたことを認知した。その後伝達条件が満たされてしまったらしく現在の所在は不明。しかし体に残留した術式から分析を試みた結果、その時点での効果と伝達条件は予想がついている」
 待つと、サーシャは一呼吸置いてから、

「説明二。効果は『自分の靴に対する所有者限定の付与』。伝達条件は『童話・シンデレラの内容を知る者との接触』であると見られている」

「――――はあっ!?」
 上条は思わず大声を上げていた。
 シスターたちが驚きの視線を向けてくるが、気にもならない。
 だって、いくらなんでも、
「それはつまり、シンデレラの話を知っているだけで、そのけったいな魔術にかかってしまうってことなのか?」
 そんな馬鹿な話があるか。
 シンデレラは今日日(きょうび)、日本人なら百人中百人がおおまかなあらすじくらいなら知っているだろうおとぎ話だ。世界規模で見ても知らない者の方が珍しいかもしれない。逃れられる者などいはしない。
 インデックスは考え込むような仕草をして、
「おそらく伝達条件に効果に合わせたイメージを含ませることで、移動ごとの歪みを予防しているんだね。制限でありながら、その実全く制限されない反則論法(アウトロー)。長期間継続させることを狙ってやってるとしか思えない。でももしそうなら、それは『零時迷子』じゃなく、誰かが作ったまるっきり別の魔術だよ」
 サーシャは答える。
「解答四。調査段階では『灰姫症候(シンデレラシンドローム)』と呼ばれていた」
(…………?)
 上条はふと違和感を感じた。
『灰姫症候』という名前にではなく、それを口にした時のサーシャの様子に。
 しかし尋ねられる雰囲気ではなかったため、代わりに別のことを訊く。
「えっと、まとめるとこういうことか。今学園都市のどこかに『灰姫症候』って魔術が存在していて、そいつは誰彼かまわずどんどん移っていってしまうもので、魔術師ならその効果を危険なものに変えることができる、と」
 その媒介となるのは、子供から大人まで誰もが知っている童話だ。
 誰もが愛しているおとぎ話が、それゆえに誰にでも牙をむく呪いを運ばされているという現実。
 どこのどなたがどんな目的で作った魔術かは知らないが、到底許せるはずはなかった。
「……そういや、結局犯人とかはわかってないのか?」
「解答五。今のところ容疑者らしき人物は見つかっていない。しかし解析班が言うには、現在『灰姫症候』は試験期間中なのではないかと」
 無言でいると、サーシャはもう一度唇を濡らし、
「補足説明二。外部との出入りが制限されていて、魔術への抵抗力も乏しいこの街なら、崩壊せず移動が続けられるかどうかの試験がしやすいと。そしてもしそうであるなら、術者は何らかの方法で『灰姫症候』をトレース、観察しているはず。だから何か致命的な異変が起きるか、術者が試験を終え回収しだす前に『灰姫症候』を確保したい。そうすれば逆探知ができる」
「へ? んなことできるの?」
 上条が驚くと、サーシャはどこか自慢げに胸をそらし、
「解答六。そのために私が選ばれた。ロシア成教『殲滅白書(Annihilatus)』は『あらざるもの』の探知破壊(サーチ&デストロイ)を専門とする。加えて禁書目録の知識も借りることができるのなら、十分可能だ」
 餅は餅屋というやつか、と上条は納得した。それならば自分は役に立てないだろうということも。
 上条当麻の右手に宿る力、幻想殺し(イマジンブレイカー)は、触れるだけであらゆる異能の力を打ち消してしまう。
 その効果は絶大で、セーブが出来ない。だから破壊でなく捕獲が目的ならば、むしろ上条は近寄らないほうがいい。
 それは、ちょっと情けなかった。
 インデックスはそんな上条の思いに気づいた様子もなく、空になったグラスを弄びながら、
「犯人も目的もわからないっていうのが一番怖いね。なのに現実に『灰姫症候』はある。今の所は無害な効果だけど、だからって放っておくと――素人のイメージでも場合によっては変化する可能性があるからね――事態は悪化しかしない。先行き不透明な楽観ほどみっともないものはないもん。いつどこでどんな風に爆発するかわからない爆弾を放置しておいちゃいけないよ」
 上条とサーシャは同時にうなずきあった。
 これは何かが起きてから対処するための戦いではない。何も起こさないための戦いだ。
 役立たずが確定している上条だが、それでも何かできることはあるだろう。
 使いっぱしりでもなんでもいい。とにかくこの事件は絶対に起きる前に解決させなければならない。
 あ、ところで、とインデックスはグラスを戻し、
「ねえサーシャ。できれば私のことはインデックスって呼んで欲しいかも。しばらく一緒にいることになると思うし……ね?」
 微笑んで、言った。
 サーシャは虚をつかれたように目を丸くする。
 しかしそれ以上に上条も驚いていた。
 上条の知る限りでも、インデックスの学園都市(このまち)での知り合いはそう多くない。また、その中でも彼女をインデックスと呼ぶものはさらに少ない。
 禁書目録としてのインデックスを知らない者にとっては、その名前は趣味の悪いあだ名にしか聞こえないからだろう。かといって他に名前があるわけでもないから、皆、「○○シスター」などと勝手に呼ぶ。
 だから敵対していない(ここ特に重要)魔術サイドの人間、それも年齢の近い少女と知り合えたことは、インデックスにとってとても気安いことなのかもしれない。
 なんとなく浮かんだのは、彼の名前を何度も何度も呼んでくる彼女のイメージ。暗い夜道と、夏の日と、あと洗面器。
 記憶にない幻想(シーン)だったけれど、その中の彼女は呼びかけ、呼びかけられることを喜んでいた。
 だから、いいんじゃないかな、と上条は思う。きっといいことなんじゃないかな、と。
 やがてサーシャは――もしかしたら照れているのかもしれない――曖昧な表情で、
「……了解。インデックス、貴女の協力に感謝します」
 小さく、髪が軽く揺れるくらいのおじぎをした。



 さて。ここで一つ明らかにしておかなければならないことがある。
 これは上条当麻自身あんまり関係ないことだと思い、黙っていたことなのだが、後々そうも言っていられなくなったことだ。
 大した用件ではない。むしろ子供じみた、だけどちょっぴり運命的な。
 つまり一体何が言いたいのかというと――

 一端覧祭で上条のクラスが行う劇の演目が、まさしく「シンデレラ」だったのである。






タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー