俺の名はクレイ・クレイバークマン。傭兵だ。
今の俺は雪辱に燃えている、それこそ炭化した木に油をぶっ掛けて火に掛けたくらいに燃えている。

かつて、俺はある竜人の女戦士と遭遇し、無様に敗北した。
しかも、敗北した俺は勝者である竜人の女戦士に陵辱されたのだ、それもアナルで、だ! (その話はここで)
……………気持ち良かった事は否定しないけどな。

おまけに、その後、下半身丸出しの状態で傭兵仲間に発見された俺は
それ以降、「下半身丸出しで寝る男」と傭兵仲間の間で笑い話にされてしまったのだ
……これが一番悔しかった。

その時に引き受けていた契約が終了した後、俺は直ぐに山に篭り始めた。
あの日、俺に屈辱を味合わせた竜人の女―――ラグナディウス、彼女に打ち勝つ為、
固い決意を心に決めた俺は、険しい山中で厳しい修行を行ったのだった。

心に誓うは汚名挽回……じゃなかった汚名返上!


―――そして、あの敗北の日から幾年幾月が過ぎただろうか

場所はかつての街道沿い、
俺は腰を掛けるには丁度良い按配の岩に腰掛け、彼女が訪れるのを待っていた。
二週間ほど前、この場所近くの街の傭兵ギルドの掲示板に以下の事を張り出す様に受付に頼んでおいた。

『かつての日の雪辱を晴らす 
      鳥の月 水の日にかつての場所で落ち合わん 
                       クレイ・バークマン』

恐らく、傭兵ギルドへ訪れた彼女――ラグナディウスはこの張り紙を見ていたことだろう、
そして、彼女なら、この張り紙に書いてある事の意味も解る筈だ。

―――張り紙に書かれているこの日が、再戦の日だと言う事を―――

その後、俺はかつての場所で野営しつつ、彼女が訪れるのを待った。


そして当日
朝日が昇り切り、昼が過ぎて、そろそろ夜の帳が降りようとする頃。

「どうやら待たせたようだな………クレイよ、汝が呼びかけに応じ、来たぞ」

声に振り向き見ると、落ち行く夕日を背に、あの日と変わらぬ姿の彼女の姿があった。
俺は焚き火の準備を止め、鞘に収まったままの剣を手に取り、ゆっくりと立ち上がり彼女の前に立つ。

「………ラグナディウス、俺はアンタに言われた通り、
かつての雪辱を晴らすべく、身も、心も、強くなってきたぞ………」

俺の言葉に、彼女は無言で俺の頭から足先まで見た後。

「フッ……その様子だと、汝のその言葉には、嘘・偽りは無いようだな」

端麗な顔の、その口の端にほんの僅かな笑みを見せて言った。

俺自身、以前と比べても自分の格好はだいぶ変わったと思っている。
雪辱を晴らすこの日の為に、それこそ何度も体をのた打ち回らせ、血反吐を吐くような修行を幾度も重ね続けた結果。
ある程度肉は付いていたがまだ少年の細さを持っていたその体は、徹底的にまで鍛えられ野性的なまでに引き締まり、
普通よりかは濃い程度だった皮膚の色も、長い修行による日焼けの為か浅黒くなり、
少年のあどけなさが微かに残っていた顔も、何時しか野獣の様に眼光が鋭くなった。
気が付けば体の彼方此方には、過酷な修行による傷跡が刻み込まれ、
修行が終わる頃には、無傷な部位を捜す方が難しくなっていた。

そして、修行を終えた俺の姿を見て、久しぶりに会った傭兵仲間全員が異口同音でこう言った。

『誰?』と。

シヌる程の修行を終えて帰ってきた俺に対して、幾ら何でもそれは無いじゃねぇか………orz
この事で俺は暫くの間ブルーになったりもしたが、
全てはこの時の為、溜まりに溜まった悔しさと悲しさは戦いにぶつける事にした。

と、んな事より戦いに集中集中!

「最初に言っておくが、我は何ら容赦はする気は無い、良いな?」
「別に構わねぇよ、気の入っていないアンタを倒しても、俺は雪辱を晴らした気にはなれないからな。
かえって、アンタが本気で来てくれた方が、俺としては有り難いよ」
「そうか――――……なら、始めるぞ」

―――瞬間、あれほど騒がしかった周囲の虫の声が静まり返る。
膨れ上がった俺と彼女の気に圧されたのだ。

俺は無言で剣を鞘から引き抜き両手に構えつつ、じりじりと間合いを取る。
対する彼女はその場から動かず、静かに槍斧を構える。

―――俺にとって永遠に近い、刹那の時間が経ち。
俺と彼女が動き出したのは、ほぼ同時だった。
互いに距離を詰め、剣を横薙ぎに振るう俺と、槍斧を振り下ろす彼女!

ガギィッン!

火花を散らし、ぶつかり合う剣と槍斧。

「ふむ……汝は体を鍛えただけでは無く、得物も変えたか……」
「ああ、こうでもしなきゃ、アンタの一撃を受け切れないと思ったからな」

ギリギリと不快な音を立てて鍔迫り合いをしつつ、俺と彼女は言葉を交わす。

今の俺の持つ剣は、かつてのあの時に持っていた数打ち物のなまくらではなく、
俺が方々を捜しまわってようやく見つけ出した、偏屈な職人が心血込めて打ち出した魂の一品。
東方で使われていると言う「カタナブレード」の製法を応用し、職人が独自のセンスで仕上げた物で、
切れ味は抜群、そして決して折れず、曲がらず、刃毀れせず、と打ち上げた職人自身が自負していた。
それもあって、決して安くない値段だったが、それに見合う代物だと俺は自負している。
実際に、彼女の槍斧と打ち合っても刃毀れ一つない………つか、何の素材で出来てるんだ、この剣?

「それに、中途半端な得物の所為で負けたとあったら一生悔み切れないからな!」
「フッ、良き判断だ」

俺の言葉に、彼女が応えた―――刹那!

ヒュッ

「―――っ!、アンタがそう来ると思ってたよ!」

言葉と共に、彼女の押す勢いに任せ後ろへ跳んだ俺の前を彼女の『尾』が行き過ぎる
視界の端に彼女の尾が動くのが見えていなければ、今頃は横っ腹に一撃を貰っていた事だろう。
―――やはり油断ならない相手だ!

「ふむ、あれを避けたか……」
「予め予測しておいて助かった――やっぱアンタは手強い!」

僅かに感嘆する彼女に、俺は笑みを浮べて応える。
そして、俺は距離を取りつつ剣を構え直し。
対する彼女は飽くまで静かに槍斧を構え、こちらの様子を伺う。

「疾っ!」

数瞬の間、睨み合いが続いた後、次に動いたのは俺の方だった、
身を低く屈め、小さく息を吐いて地面を蹴り、一気に彼女との距離を詰め、右斜め下から剣を振るう。

「―――むっ!」

――ガキィッ!

俺の動きに彼女が即座に反応し、槍斧の柄の部分で剣を受け止める。

―――かかった!―――
振るわれた剣を押し止めるべく、彼女が掴んでいる柄に力を入れた瞬間、
心の中で会心の笑みを浮べた俺は、その押す力を利用して剣ごと体を翻し、その場で一回転すると、
回転する勢いをそのままに、彼女のがら空きの左脇腹目掛けて斬り込もうと―――

「―――っ!!」

ザッ

強烈な違和感を感じ、咄嗟に斬り込むのを止め、地を蹴り横へ跳ぶ。
――刹那!

「Khaaa!!」

じ ゃ う っ!

大きく開かれた彼女の口から放たれた白い火線―――それがさっきまで俺の居た位置の大気を薙ぎ、
命中した遥か後方の地面を轟音と共に吹き飛ばし、深い溝を刻み込む。
………あ、危ねぇ!うっかりあんなのに当ったらケシズミどころか冗談ヌキで死体すら残らんぞ!?

「驚いたな………まさか我がブレスをあの瞬間で見極めて回避するとは………」
「そっちこそ、俺の攻撃を咄嗟にブレスを吐く事で中断させるとはな………」

そのまま後ろへ跳び、再び間合いを離した俺へ向けて彼女が明瞭(めいりょう)な驚嘆の言葉を漏らす。
俺もまた、必殺のタイミングで放った攻撃が、思わぬ方法で防がれた事に驚きを隠せないでいた。

………竜人もブレスを吐くとは、俺も噂とかでは知っていた、
ブレスを吐く竜が、人の姿へと身を変えた種族である以上はそれも当然の事だろう。
だが、まさか彼女があのタイミングで放つとは思ってもなかったのだ。それにあんな無茶苦茶な威力。
結果、俺は攻撃を中断せざる得なかった。

しかし、驚いているのは彼女も同じだろう。
何せ命中するかと思っていたブレスを、俺はいともあっさりと回避してのけたのだ。
それは常に端麗だった彼女の表情に、初めて焦りが滲み出した事からも明確だった。

これは………長丁場になりそうだ………
俺は心の中で覚悟を決め、剣を握る力を強めた。


        *  *  *

「………なあ、アンタ………ここで、決着を付けようと思わないか?」
「………ふむ、本来、我はその提案を断わる所だが………今回ばかりは我も同意だ」

そのまま2度3度、刃を交えるも決着が付かぬまま膠着状態となりかけた頃
じりじりと間合いを取りながら俺の口を突いて出た提案に、彼女も間合いを取りながら頷く。

何故、こんな事を言い出したか。
このまま長期戦を行っても、お互いに良い事は無いと判断したからだ。
もし、長期戦に入った場合、例え勝ったとしてもその消耗の度合いは凄まじい事になる。
当然、その時に受けるであろう怪我などの事を考えると、闘いが長引けば長引くだけ勝った方も死ぬ可能性が高くなる。
それでは無意味だ、生きて勝ちを得てこその勝負なのだ、
ましてや、雪辱を晴らす為に死んでしまっては、只のバカ、犬死でしかない。

―――ならば、消耗が少ない内に早々にケリをつける!

俺には、死ぬ気は更々無かった。
恐らく、その考えは彼女とて同じ事だろう。
だからこそ、彼女は同意したのだ―――俺の提案に。

そしてどちらとも無く、武器を構え直し、無言で対峙する。
既に夜の帳は降り、夜空に浮かぶ満月の月明かりのみが双方を照らし出す。
まるで一枚の絵のような景色。

しかし、その景色にはある種の張り詰めた緊張感と、不気味なまでな静寂が周囲を包み込んでいた。
聞こえる音とすれば俺自身の呼吸の音と心臓の鼓動、そして頬を撫でる風の音のみ。

―――動けない―――
もし、下手に動けば即座に俺は地に伏す事になる。

ここまで緊張感を感じさせる戦いは今までやった事が無かった………
俺は傭兵である以上、何度も戦いをの中を駆け抜け、その度に生き残ってきたのだが、
大体が無我夢中で戦っていた為、こうやって一対一で決闘と言うのは殆どやった事が無かったのだ。
あの時、俺は初めての状況に耐えきれず、焦って彼女へ突っ込み、そして敢え無く………
そう、あの時、俺が敗北を喫してしまった理由は、これもあるのだ。

だが、今回はそうはいかない、
ここで負ければ、恐らく俺はもう2度と立ち直る事は出来なくなるだろう。
だからこそ、ここで勝たなければ………


………焦るな、彼女の動きを冷静に見極めろ、そして勝機を見出せ………

その言葉を心の中で念仏の様に呟き、俺はその時を待つ。

そして、一際強い風に吹かれて、俺と彼女の間を一枚の木の葉が舞った―――瞬間!

ザッ

俺と彼女が動き出したのはほぼ同時だった。
お互いに地を蹴り、一気に距離を詰める!

何故、このタイミングで動いたかは俺自身、良くわからなかった。
只、わかる事と言えば、今が決着を迎えるクライマックスだと言う事!

「破ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」

俺が槍斧の間合いに入るや、渾身の力を込めた横薙ぎの一撃を彼女が振るう。
今までの一撃と比べても格段に気合を込めた一撃、下手に受ければ剣は折れずとも衝撃で吹き飛ばされる!

ズザザッ

「――――っ!」

だが、槍斧が命中する直前に、俺はスライディングの要領で振るわれた槍斧の下を潜り抜け、
驚愕の表情を浮べる彼女の前に立つと、掬い上げる様に下から剣を振るう!

ザスッ

「――ちぃっ!」

が、間一髪のタイミングで、彼女が尾を支点にしながら後ろへ大きく体を仰け反らせた為、
軽鎧の胸当て部分を浅く薙いだだけ。
俺は舌打ちをしつつ、咄嗟に彼女の腹を蹴りつけ、反動で後ろへ跳ぶ。

「禍(が)ぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「――――がっ!?」

しかし、跳ぶタイミングが一瞬遅れ、尾を使って起き上がった彼女が
反撃とばかりに横薙ぎに振るった槍斧の穂先が俺の胸元を掠め、胸鎧(ブレストアーマー)を破砕される!

槍斧の穂先か鎧の破片かで皮膚が抉れたのか、途端に胸に走る痛み………軽く掠めただけでこれか!

着地した俺は痛みに歯を食い縛りつつ、一気に勝負に出る事にした。

再度、俺へ槍斧を振るう為、素早く槍斧を構えなおす彼女の前で、
俺は東方に存在すると言われる戦士「サムライ」が見せる様な、独特の「イアイ」と呼ばれる構えを取る。
同時に、闘争に燃えていた心を澄んだ水面の様に静め、その瞬間を待つ。

「覇ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「…………」

彼女が槍斧を頭上高く振り上げ、渾身の力を込め、俺へ一気に振り下ろす。
だが、槍斧が俺に触れる直前まで俺は動かない―――――そして!

―――今!―――

バ ム ッ ッ !!

「―――がぁっ!?」

槍斧が俺を叩き割る寸前、その場の空気が破裂するような音と振動が周囲に木霊し、
俺を叩き割る筈だった槍斧が空高く弾き飛ばされ、
それと同時に槍斧を持っていた彼女も大きく吹き飛ばされていた。

「ぐ……」

弾き飛ばされた槍斧は街道の脇に突き刺さり、
爆風のような衝撃波で吹き飛ばされた彼女は地面に転がった後、呻きを漏らす。
後には、剣を斜め上に振り上げた俺が立つのみ。

………そう、闘いの勝敗は決した………


「………さて、勝負…あったな!」
「ぐ……むぅ………」

ズキズキと響く胸の痛みを耐えつつ、俺は地に倒れ伏した彼女へ歩み寄り、剣先をつき付ける。
彼女は倒れ伏したまま顔を俺の方に向け、初めて悔しさを滲ませた表情を浮べた。

「さて……あの時、アンタは敗北した俺に同じ事を聞いていたと思うが、
素直に降伏するか、それとも抵抗するか?どっちだ?」

俺の降伏勧告に彼女は暫し黙り、

「得物もさっきので手放してしまったか………このまま抵抗した所で犬死が道理、か。
分かった、素直に降伏する事を選ぼう」
「そうか………」

彼女はちらりと遠くに刺さっている槍斧を見た後、両手を頭上に上げて降伏の意思を示す。

「――――!」

だが、降伏する彼女に向け、俺は剣を振り上げる。
その行動に驚愕した彼女が僅かに身体を硬直させる。

「勘違いするな………俺は別にアンタを殺すつもりは無いし、陵辱する気も無い
只、俺はあの日の雪辱を晴らしたかっただけ。雪辱さえ晴らせば後は何もする気は無いよ。
これで………おあいこだな?」
「………全く、驚かせる」

冗談っぽく笑いかけて言った後、剣を鞘に収める。
彼女は安堵の溜息を付いて、少し憮然としたな感じに呟いた。
よっしゃ、これで雪辱は晴らした!

そして、そのまま俺は立ち去ろうとしたのだが

「それじゃ、やる事は済んだし、俺はここでお暇(おいとま)とさせて………」
「………少しだけ、汝に聞きたい。さっきの……我を打ち破った技、あれは一体、何だ?」
「んー?……何、俺が修行中に会った、ある人に教えてもらった技だ……この技を教えてくれた人の言う話では、
剣を気を込めて圧倒的速度で振る事で衝撃波を生み出し、それを相手に叩き付ける名も無い技、だそうだ」

立ち去ろうとした矢先、彼女に質問されたので仕方なく質問に答える。
ったく、一体なんのつもりだ?


「そうか………道理で痛かった筈だ」

彼女は小さく呟くと、やおらむっくりと立ち上がる。
………って、回復早っ!?

一応言っておくが、俺が放った技はああ見えて結構な威力があるのだ。
音速……とか言う早さで振った剣先から生まれた衝撃波は、受ければオーガ(大鬼)ですらあっさりと昏倒させる。
ましてやそれを至近距離で食らったのだ。普通なら、ダメージで数日は立てない筈なのだが、
それを痛かった程度!?………恐るべし、竜人。

驚いている俺の前へ、彼女はゆっくりと尾を揺らしながら歩み、

「それにしても………驚いたな、汝がここまで成長を遂げるとは………
長い刻を生きる我々竜人にとって………一瞬に過ぎない刻の間に………
人(ヒト)と言う存在(もの)は………見違えるまでに変化を遂げる………。
我が見越した通りだ………汝が強くなってくれて………本当に良かった」

………どうやら俺を誉めてくれている様なのだが、何か様子がおかしい。

「………今、我は確信した………汝ならば。汝、ならば―――」

………をや?よく見ると彼女の瞳が何処か潤んでいる様な………?

「―――我と、良き子を成せると」

………え゛!?

その言葉に驚く間も無く、彼女の顔が視界一杯に広がり―――
次の瞬間には俺は彼女によって草地へ押し倒され、唇を奪われていた。

「――ん゛っ!?ん゛ん゛ぅ――――っ!!」

途端に彼女の唇が俺の口に吸い付き、彼女の長い舌が歯を押し開いて俺の舌に巻きつく、
ちゅぶちゅぶと音を立てて唾液を吸い上げられ、お返しとばかりに唾液を流し込まれて飲み込まされる。
今までに受けた事の無い位の情熱的なキス………まあ、俺は女性経験が無いからキス自体が初めてなのだが。
………つか、そろそろ息が苦しいんだけど!


酸欠の為、もがき始めた俺の様子に気付いたのか、彼女の顔が離れ、
余韻を残す様に唇と唇の間に唾液の糸が引いて、一瞬だけ月明かりに煌いて、消えた。
やや恍惚とした気分になっていたが、直ぐにかぶりを振って俺は彼女に問い掛ける

「ぷはっ……ふぅ……ふぅ……、アンタは一体何を!?」
「……何を? 汝と接吻を交わしただけだ」

………涼しい顔でさらりと言ってのけましたよこの人……いや、竜人か。

「そう言う意味じゃない!アンタは一体何のつもりだと言っているんだ!!」
「ふむ………簡単に言えば、我は本能に従って行動しているまでだ」
「………本能?」
「種を保存せよと言う、あらゆる生物が持つ純粋な本能だ」

………えっと、言っている意味が分からないんだが………?

「我々竜人の個体数は決して多くは無い、その事は汝も知っている事だろう?」
「あ?、ああ……そうだな」
「と言う事は、我々竜人の雄と雌が出会う確率はかなり低いと言う事になる
ならば、我等が如何やって種を残して行くか、汝は分かるか?」

ぐっと迫る彼女の顔、その表情は飽くまで端麗かつ無表情だが、
そのヒトの物とは異なる金色の瞳の奥で、言葉や文字では言い表せられぬ何かが揺らめいていた。
それに気付いた俺は、何かが背中を撫でるようなゾワリとした感覚を感じとり、
彼女の様子に危機感を募らせながらも、俺は声を絞り出すように答える。

「そ、それは………?」
「それは、他の種の異性とまぐわう事
我々が持つ、独自の超感覚を用いる事で、優秀な遺伝子を持つ異性を見出し、その者とつがいとなる。
そうする事によって、我々竜人は、後々まで種を残しつづけて来た」

顔の間近まで迫った彼女の吐く熱い吐息を感じ、
俺は思わず唾を飲み、ゴクリ、と頭の奥で喉を鳴らす音が響く。


「我が初めて汝と会った時、我の身体の奥で『目の前の相手こそ我が求める雄』と本能が疼いた………
だが、同時に、我は不安を感じた、この時の汝が、まだ若く未熟である事に」

………悪かったな、あの時の俺が未熟で。

「だからこそ、我は、汝を打ち倒した時、
敢えて汝を殺す事無く、屈辱を与える事で反骨心を芽生えさせ、汝の成長を促した。
その結果、汝は、我の予想を越えて、見事なまでに成長して見せた………
我は本当に嬉しかったぞ………汝が強くなった事に………」

声に僅かに喜びの色を交わらせ、彼女はそっと俺に抱きつく。
鎧が壊れ、肌が露出した俺の胸へ彼女の体が密着し、彼女の熱い位の体温と共に心臓の鼓動を感じる。

「ここで今、言おう………汝よ、我とつがいとなるのだ」

………はい!?
つ、つがい……って言うと、夫婦関係になれって事ですか!?
余りの事に驚きを隠せない俺に、彼女は更に続ける

「さっき、汝と打ち合った時、我は確信したのだ。汝こそ、我が求める最高の雄だと
肉体の強さだけの問題ではない、汝の内にある汝自身を構成する要素………その全てを
我の内にある、生物としての本能が、今、欲して止まないのだ」

何か言っている事の意味が半分ほどしか理解出来ないが、兎に角なんだかヤバイ気がする。
と、取り敢えずなんとか説得して見ないと………

「………嫌だと、言ったら………?」
「その様な事、言わせるものか」

なんとか声を搾り出す様に言った俺の言葉に、彼女がきっぱりと否定すると再び唇を重ねる。
先程の強引なものとは違って、慈愛の篭った何処までも優しいキス。
暫く経って、唇を離し、身を起こした彼女は言う

「………本当は、汝も、強きモノを欲していたのだろう?
そうでなければ、わざわざ数年も掛けて修行した上に、雪辱などと抜かして再戦を望まぬ筈だ。
歴然とした力の差を思い知らされれば、普通ならば、剣を捨てるか、形振り構わぬ復讐に走るかのどちらかだ。
だが、汝はそうする事なく、身を削るような思いで修行を行った後、正々堂々と我へ挑んだ。
その様な事をする行動こそ、汝が強き者が好きである何よりの証拠だ」

グサッ

その瞬間、俺の頭の中で何かが刺さる音が響いた。
彼女に、思いっきり図星を突かれれしまった。

敗北して、陵辱されたあの日、俺は負けた悔しさと同時に憧れのような感情が芽生えた。
彼女と戦いたい、そして、彼女の全てを知りたい!と言う感情が。
その感情の赴くまま、俺はシヌル思いで修行に明け暮れたのだ、

だが、雪辱を晴らしたいと言うのも本当だ、
だけど、修行している内に『彼女ともう1度会いたい』と言う感情が日増しに強くなっていっていた。
その沸きあがる感情の根源こそ………

「それは好意、それは性欲、それは本能、生物が持ちえる原始的な欲求そのもの。
我は、汝を求めていた、そして汝もまた、我を求めていた。生物としても、本心としても。」

俺の心は完全に見透かされていた、
余りにもあっさり見透かされ悲しくなる、だが、同時に彼女が理解してくれた事が嬉しくもある。
何と言うかとても複雑な気分………。

「………汝……いや、クレイ・バークマンよ、改めて聞こう、我と、つがいになって欲しい、そして、汝の子が欲しい」
「……………」

彼女の、この率直的過ぎる告白に、俺は暫く言葉が出なかった。

ったく、相手に覆い被さった状態で告白するか普通、素直クールにも程があるだろ!?
け、けど、ここで断わったら何されるか分かったもんじゃないし、しかも男としても最低だ………
まあ、それに身体が密着した時に良い匂いもしたし、良く見りゃ結構美人だしetsets………

………この時、俺はあの敗北の時以来、
長い修行生活を送っていた所為で、女性関係なんぞ希薄どころか完全に無かったと言っても良く
当然、この熱烈なアタックに対して俺が抵抗できる筈も無く、

「分かった、アンタとつがいとやらになってやる!
これで………これで良いんだな?ラグナディウスさんよ」

結果、彼女の情熱的な告白に、俺はいともあっさりと折れたのだった。

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最終更新:2007年11月04日 01:37