汎心論


概説

汎心論(英:Panpsychism)とは、哲学・宗教において、世界のあらゆるものが心的な性質を持つとする考え方。

汎心論と呼ばれる思想は多様であるが、大きく分けて次の三種類のものがある。

1、原始信仰としてのアニミズム的世界観。およびそれに類するもの。
2、世界にあるものは心だけであると考える唯心論
3、心の哲学の分野において、創発説還元主義に対立するものとして語られる汎経験説(Panexperientialism)。

心の哲学における汎経験説とは、あらゆる物質に意識、あるいは意識の元となる性質(原意識)があるとする中立一元論的な考え方であり、バートランド・ラッセルが1927年の『物質の解析』で主張した。ラッセルの考えは物理学者のアーサー・エディントンにも支持され、エディントンは1928年の『物理的世界』で「世界の素材は『心素材』である」と明言している。現代ではデイヴィッド・チャーマーズ、ガレン・ストローソン、ロジャー・ペンローズ、スチュワート・ハメロフらがこの立場である。

脳は物理的な粒子からなる。それら粒子によって特定の作用が生じた時に「痛い」や「甘い」といった主観的な現象的意識クオリアといった性質が生じる。物理的な特性のみではその主観性を説明できない。クオリアが脳や神経細胞といったレベルの構成において唐突に生まれると考えるのは不合理である。従って心的な性質は宇宙の根本的レベル、つまりクォークやプランク長といったレベルにおいて原意識という形で存在していると考えるのが汎心論である。

汎心論の利点は素粒子が原意識でもあると考えることによって、純粋に物理学の記述で意識の成立を説明できることである。汎心論では脳の特定の作用によって意識が「なぜ」生じるかは謎ではない。元から意識のようなものが存在していたと考えるからである。ただし後述する組み合わせ問題が最大の難点となる。

原意識

原意識(Proto-conscious)、または原現象特性(Protophenomenal property)とは、意識の素となるような何かが、原子や素粒子など万物に遍在しているとする考え。汎心論の立場から使用される仮説であり、心の塵(mind-dust)などとも言われる。ウィリアム・ジェームズの造語である「心素材」はほぼ同じ意味である。

この概念は現象的意識クオリアなどの由来を求めるものである。心的現象を物理的なものだけの組み合わせから創発可能だとする主張もあるが、しかし物理的なものと心的なものはカテゴリーとして論理的に異なることが前提とされているので、創発のプロセスを論理的に証明するのは不可能である(カテゴリー錯誤)。両者の性質の違いから二元論が何世紀にもわたって議論されてきたという経緯がある。

もし物理的なものから意識が創発することを、野蛮な創発(brute emergence)として不可能とする立場ならば、意識の由来を他の何かに求めなければならない。一部の観念論者ならばそれは魂やイデアであると主張するかもしれないが、現代科学の知見を前提に心身問題を考究する科学者や哲学者ならば、それを世界を構成する基礎的なレベルに措定したいと考える。こうして導入されたのが原意識という概念であり、あらゆる心的なものは物理的なものからでなく、同じ「心的」というカテゴリーにあるものの構成によって生じたとする考えである。これは意識に対する原子論的な還元主義といえる。。

組み合わせ問題

組み合わせ問題(英:Combination problem)とは、心の哲学で議論される問題のひとつ。この宇宙の基本的な構成要素としてごく単純な意識の基のようなもの――原意識が存在すると仮定したとき、そうした低次の意識から、どのようにして私達が持つ高次の意識体験が生みだされるのかという問題。1995年にカナダの哲学者ウィリアム・シーガーによって定式化された。「心素材」を案出したウィリアム・ジェームズも同様の問題を提起していた。ジェームズは次のような思考実験を行っている。仮に12個の単語からなる文章を分解して12人に1語づつ教える。その12人が集まっても、互いの知る単語を伝え合わない限り1つの有意味な文章が成立することはなく、文章全体の意識はどこにもない、というものである。

組み合わせ問題は意識を還元主義的な方法で分析しようとすれば必然的に生じる問題である。そもそもルネ・デカルトが心身問題について実体二元論を主張したのは、物理的な身体が空間を占める「延長」であるのに対し、精神は空間上に位置を規定できないという根本的な性質の相違があったためである。汎経験説および原意識という概念は、空間的・数的に分割可能な物理的なものを分析する手法をそのまま精神現象に用いており、本質的に空間的でない精神現象をその手法で分析するのはカテゴリー錯誤であるかもしれない。


  • 参考文献
ジム・ホルト『世界はなぜ「ある」のか?』寺町朋子 訳 早川書房 2013年
  • 参考サイト