とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 3-460

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匿名ユーザー

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 すぐに一人に追い付き、相対速度をゼロにした世界で背中を打ち据える。力を無くした
体は過ぎ去る地面に接触し、後方に流れて消えた。
 もう一人も同じようにこなした。今度は腹を突き上げたが、一瞬全体が跳ね上がった後
はさっきと同じだった。
 あと一人。
 最後に残ったニット帽のそいつは、もはや逃げることを諦めていた。怖くて逃げたくて
仕方ないのに、目を奪われたようにして立ちすくんでいる。
 ああ、分かるぜ、そノ気持ち。俺も昔山の中で狼に鉢合わせした時は助からないと思っ
た。自由に足運びできない中を、そいつだけは飛ぶような速さで近づいてくる――でも安心
シな。そんなもの、気を失ったら全部どっかへ行ってしまうから。
「アーディオース!」
 最後の仕上げだ、俺はバットを握り直して歩きながら間合いに入った。スッと腕を引き、
横に凪ぐべく力をこめる。
 が、自分の体が思うように動かせたのはそこまでだった。
「?」
 後ろに引いた腕が、何かに絡み付かれたように動かない。
 不審に思い、首だけを回して見てみると、
「止まるな!逃げろぉッ!!」
 腕にしがみついていたのは金髪だった。いい加減しつこい。
 それから二人は、俺越しに視線で言葉を交わしはじめた。多分、自室に残した恥ずかし
いブツ等を片付けておいてくれとか、そんなドラマチックなやりとりをしていたのだろう。
 ニット帽は悲愴な顔で頷き、きびすを返して路地の角に消えた。もういいだろう。そこ
で俺はブロンド付きの腕を払って地面に投げ飛ばした。ニット帽とは反対方向にゴロゴロ
と転がり、丸めた紙屑のようにガサリと止まる。
 俺はその腹にむかって、フリーキックの真似をして足先をめり込ませた。
「良かったな、不良A。ちゃんと逃がせたじゃないか」
 ビクンと転がるブロンドに、また蹴りを入れる。
「でもさ、いいのか?俺はお前が動かなくなったら、またあいつを狙うぞ?」
 金髪の毛先がピクリと揺れた。その頭を踏み付ける。
「どうしようかな。お前が止めなかった方が良かったかもしれないな。次にあいつを見た
ら徹底的にやってやるよ」
 投げ出されていた腕にかすかな力が宿り、指先が震え始める。俺はぐりぐりと踏み躙っ
て、頭皮に砂利を擦り込ませる。
「どうする?俺を止めなきゃいけない。だけど今のお前に何かできる事があるか?こんな
簡単に地べたに転がって、あいつを助けるために何ができるんだ?」
 一瞬体が動いたが、俺はそれ以上の体重をかけてくたばらせ続けた。
「俺を恨むか?あいにく感情だけでは現象にはならない」
「何かに祈るか?いつかは叶うぜ、二世紀後くらいに」
「殴りたいか?一発程度じゃ解決しないさ」
「汚い言葉を並べるか?言ってみろよ。耳貸さないから」
 頭にかけた足が浮き上がった。俺はさらに体重を乗せるが、一時勢いを失っただけで、
足またジリジリと押し戻される。頭が起き上がる。
「逃げちゃダメだろ。とっとと帰れよ」
「泣いて喚けよ。気持ち悪い」
「投げ出してんじゃねぇよ。早く諦めろ」
「負けを認めろよ。まだ希望はあるんだぞ」
 その瞬間、俺の体は車に跳ねられたように後方ヘ吹っ飛んだ。
 大太鼓の破裂するような音が沸いた。粗末なドアが歪み、あちこちで壁がひび割れ粉塵
が散る。
「俺の仲間に手ぇ出させるかよぉ!!」
 ブロンドの周囲を、不可視のエネルギーが渦巻いていた。それは手を触れずして物体を
動かす力、一般的には最もポピュラーな能力、『念動力』だった。
 スキルアウトに落ちぶれるようなレベルの力にしては有り得ない規模だ。しかし、能力
者が精神的な窮地に立たされると、時として爆発的な能力発達がみられる場合があり、そ
れはそのまま、『能力爆発』と呼ばれている。
 俺は腕をたてて起き上がり、口を伝う血を拭いながら少年漫画のカタルシス的なクライ
マックスの光景に目を見張り――
 ショボい。心底がっかりして首を振った。
 舐めているのか、コイツは。火事場の馬鹿力というのは普段使っていない筋肉も総動員
することで数倍の筋力を発揮する。が、脳は平常時にどれだけ使われていないかを知らな
いのか。俺が今まで見てきたヤケクソの中には、レベル5もかくやというものも何度かあ
ったぞ。
「おぉぉらぁぁぁぁぁ!」

 叫びに呼応して、そこらに落ちていたものがブワリと浮き上がり、狙いを定めて次々と
飛び掛かってきた。その一つ一つが直撃すれば大怪我間違い無しの殺傷力を持っていたが、
しかし俺にとってはそんなもの、気軽なドッジボールで使うゴムボールほどの脅威でしか
ない。
「その程度かよ、アウトロー坊や」
 能力爆発は風紀委員が最も警戒するものであって実際俺も幾度となく遭遇して対処して
きたし、能力の規模が増したとは言っても戦闘のセンスまでがスキルアップするわけでは
なかった。首を傾げ腰を振り、難なく飛来物を躱していく。ご丁寧にも放ってきてくれた
金属バットの片割れを左手で受け取り、二刀――もとい、二振流で障害物の処理速度を増や
し、ブロンドの方に近づいていく。
「それがお前の限界か」
 マンホールを弾き返し、コンクリートブロックを粉砕し、吊り看板をへし折りアスファ
ルトの欠けらをはたき落とし照明を突き飛ばし壊れたバイクを撥ね除けながら歩み寄る。
「それならお前はもう黙ってろ」
 脈動感のあるダンスのように身を翻しながらブロンドを射程圏内にとらえ、最後に自身
を庇おうとした不可視の障壁を打ち崩して、
「俺に大人しくぶっ壊されて、屍肉晒してればいいんだよ」
 ブロンドの頭蓋は、二本の金属バットに左右から叩き潰された。大きく歪んだ血色の顔
面に、泣いているようにも笑っているようにも見える面白い表情が浮かんだ。
 力を抜いてバットを離すと、間を置き遅れて体が倒れ始め、万歳のように両手を天に差
し伸べながら地面に崩れて動かなくなった。
 今度こそはもう立ち上がる事はないだろう。
 俺は散々殴りまくって使いものにならなくなった二本の鉄クズを、同じくゴミのように
転がる血まみれの上に放り捨てると、それに背を向けて路地の奥へ歩き出した。
 次はどこを漁ろうか。こんな事を既に七、八回は繰り返しているので、十九学区の混乱
は相当なものになりはじめているはずだ。自然警戒も広まっているだろうから、より気の
置けない行動が必要とされるだろう。望むところだ。
 体も温まって気分も大きくなってきたことだし、そろそろ能力も使って本気で行ってみ
ようか。
 裸足の足の裏に粗雑な感触を踏みながら、次の壊し場に最適な場所を思い出した。
 学区の中心に広がる、巨大なショッピングモール。支部室の端末で確認した情報によれ
ば、そこは現在スキルアウトたちの本部になっているらしい。
 おあつらえ向きじゃないか。今ならそこには相手をしてくれるヤツがうじゃうじゃと犇
めいて待ってくれているだろう。しかし、それは最後のメインディッシュに取っておく方
が良いな。そのためにも、この学区を最大限に掻き乱さないといけない。
 俺は心の踊る絵を想像して我慢ならなくなり、脚を赤く揺らめかせて爆発させると夜の
街を一直線に駆け抜けた。

  ▼スキルアウトB02

 笑っていた。『アイツ』は、最初から最後まで笑い続けていた。
 ショウを警棒で叩いた瞬間から、落として、投げて、蹴って、殴って、打って、ぶつけ
て、折って、はたいて、突き上げる間、『アイツ』狂った道化のように笑い続けていた。
 そして……ニックが、オレを逃がすために犠牲になってくれた仲間が背中に取り付いた
時、『アイツ』は人間とは思えないような、いや、人間には絶対にできるはずのないような
冷たい顔をした。
 嫌だ、『アイツ』は嫌だ、どうしてあんな事をしながら笑う事ができるんだ、どうしてあ
んな表情を作る事ができるんだ、どうしてオレ達を襲うんだ、嫌だ、オレは嫌だ、オレに
はもう無理だ、ニックはオレの身代わりになった、もうオレは『アイツ』に見つかったら
おしまいだ、オレは一人で『アイツ』に殺される、それは嫌だ、一人は駄目だ、だから人
がたくさん必要なんだ。
 本部に行けば、ニックが行けと言ってくれたスキルアウトの本拠地に行けば、人がたく
さんいる、そうすれば安心できる。大丈夫なんだ。
 自分を全力で励まさなければ走れない。そうしなければすぐに膝が柔らかくなって立て
なくなる。しかしあの笑い顔を払い除けるのと体を動かすのを一緒にこなすのは難しかっ
た。何度も足がもつれ、転びそうになる。体勢を立て直すのに体へ集中すれば、その後そ
の分だけあの笑顔が近付いている。そして払い除けるのに集中すれば再び足がふらついて
――オレはついにバッタリと転んだ。拍子に頭のニット帽が落ちて、前髪がだらりと視界を
覆う。オレはその縦格子の隙間からあのひび割れた笑みが現れて来そうな気がして、唐突
な恐怖に襲われた。あわてて帽子をしっかりと被り直し、転がるようにして走りだす。
 本部ヘ。人がいるところへ。あの化け物の襲来を知らせるために。助けを求めるために。
 オレは必死に、力の限りに肺と脚を動かしたが、『アイツ』の笑顔からはちっとも逃げ出
せた気がせずに、何度も転びながら、その度に飛び跳ねるように起き上がりながら走り続
けた。

  ▼クレイモア02

 人は見た目が九割、って誰カが言ってたな。イや、至言だよ、至言。言い換エると名言。
でも俺はソレをちょっと改変したものを声高に叫びタいね。
 人は見た目が十割、外見が全てである、と。
 俺はいわゆる不良というものを毛嫌いしている。あいつらの顔を見ていると、食道の根
元あたりから言い様も無い嫌悪が噴き出してくるのだ。
 明るいヤツはよく笑う。よく笑えばそれだけ表情筋が発達して頬が膨らみ、その結果、
外見的に明るい印象を持つ顔立ちになる。その変形させる程の感情はその者が最も大きく、
長時間に抱いているものだから、外見と中身は直結する。
 前述の言葉はこの短絡な理屈によるものだが、これを俺は結構気に入っていて、なおか
つ高く信頼している。しょっちゅう出くわす犯罪者や不良には、本当にゴミみたいな顔を
したやつしかいないからだ。そしてそいつらは印象に違わず、ゴミみたいな事をして生活
している。そりゃ、たまにはまともな顔をしたのもいるが、そいつは大抵ゴミみたいな事
はしていない。何か筋の通った理由で大義ある仕事をこなしているか、並の人間にはこな
せないとんでもない事をしでかしているかのどちらかだ。
 出来損ないがいてくれるからこそこの世は安い労働力とかに困らないのであって、世の
中には無駄な事なんて一つも無いというこれまた名言な事実を再確認してはいるものの、
やっぱり不良の価値が平均以下なのも確かだった。それが第十九学区を壊して回ろうと思
った一番の理由だ。今この学区にいる者を皆殺しにしたなら――勿論こんなやつらでも死を
悲しんでくれる誰かがいる事を思慮に入れても――この世はプラスマイナスで言えば間違
いなくプラスに傾くだろう。さっき言った例外は居なくなってしまうとマイナスかもしれ
ないが、分別する労力はそれ以上にマイナスだし、その存在がいつもプラス側であるとは
限らない。
 この考えは一般的なところから見ると十分マイナスな思想である事は理解していた。だ
から布教しようした事はないしもともとしようとも思っていないが、今日初めて疑問に思
った事がある。それはある瞬間突然に、今まで隠れていた障害物がパッと掻き消えてしま
い、もはやどこにも誤魔化しようがなくなったような状態で頭の中に出現したのだった。
 俺は、どうしてこんなに不良が嫌いなのだろうか。


  ▼白井黒子01

 初春からその命令を言い渡されるまで、私は手ごろなビルの屋上で精神感応(テレパス)
能力者と一緒にテロリストを探索していた。
「ぅうーん……ぅうーん……ううぅぅぅぅうーん……ふぅぅぅううぅぅん……」
 が、その成果はあまり芳しくない。
「ふぇえぇぇ~ん、テロリストさん、見つかりませんよぉ~」
「口を閉じたままできませんかしら、先輩」
 泣き言を吐く風紀機動員を、普段は取り払われる学年の上下をあえて持ち出して封殺す
る。
 何がふえーんだ異性に使うならまだしばきたくなるほどむかつくぐらいだが同じ女に使
っても吐き気をもよおすだけだしかしそのなよなよとした感じはいただきだな今度お姉さ
まに使ってみよう。
 この四葉という名の女子生徒は私より二つも年上だというのに先輩らしいところが一つ
も無かった。立ち振る舞いはこのように誰かの保護がないと2秒で孤独死するような習性
だし、背は同学年の中でも低い方である私とほとんど変わらないし(そのくせ胸部には、
不釣り合いな程の脂肪が付着しているが)。
「ところで、そろそろ私のスカートを握っている手を放してくださいません?」
「うぅ……どうしても放さないといけませんかぁ……?わたし、高いところ苦手なんです
よぉ……」
「……あなた、それでよく風紀機動員になれましたわね」それとも、精神感応にはこんな
気の持ちようが必要なのだろうか。
 呆れて嘆息しながら、自分の平高線上よりも下に広がる街に目を向ける。
 街中を走り回っているうちに消費した時間は太陽をとっくに地球の曲面の向こうに引き
ずり下ろし、今は建造物によって作られた地平線から間接的な光が投げ掛けられるのみで
ある。現在時刻は七時十四分。ここから約300メートルの距離にあるファミリーレスト
ランでテロリストが被害を出してから、たった今30分が経過したところだ。そしてじき
に東から夜に沈んでゆくであろう薄暗闇のあちらこちらでは、私と同じ第七学区の風紀機
動員が警備員の水増し役として要所を警備しているはずだった。
 私もどちらかと言えばそっちに行って怪しそうな人間を心ゆくまで問い詰めたかった。
朝から働き続けで蓄積した疲労は数十分もつっ立っているとすっかり回復してしまい、
逆に何か運動をしていた方が楽なほどになっているのだ。頼りないパートナーの相手をし
ているよりは犯人確保に駆けずり回る方がまだ心安らかな状態でいられるとは思うのだが、
しかし勝手にこの人をほっぽり出すわけにもいかない。
 精神感応による広範囲探索の起点の移動を、瞬間移動(テレポート)によって迅速なも
のにすること。それが今の私に与えられた命令だった。
 高速移動検定準一級の速度でエスコートされる少女の感応探索は、今まで例のファミリ
ーレストランの東西南北の四地点で繰り返し行われ、ここの南方面では5回目だ。時計で
言うと12時から3時、6時、9時とぐるぐる制覇して5周したことになる。しかし、テ
ロリストはそれだけ探しても気配すら掴ませない。
(監視カメラに姿は確認されていない、道路は規制が敷かれていて使えない、鉄道も同様、
そして徒歩で逃げようとしてもこの半径3キロは被害の300秒後には警備員と風紀機動
員が包囲を完了している――現場からは離れる事はできないはずですのに、どこに行きまし
たのよ……)
 ここまで来ては一つの結論を出さざるを得なかった。テロリストは、監視カメラに察知
されずに、しかも精神感応の効果範囲が届く前に自力で逃げ延びたのだ。
 上の人間達も分かってはいるだろうが、私たち風紀機動員は所詮学生、つまり子供。い
くらこの包囲網の中にテロリストの精神活動が見当たらないと報告しても、とりあえずも
う一度探しておけという命令が返ってくるばかりだった。毎回同じ台詞で。

「うぅ……見つかりません……」
 だから、フラフラになりながらもそんなに必死で探さなくていいと思う。私はそうしい
るんだし。でもこの人はやめない。なぜそこまで必死になれるんだろうか。理解はできそ
うになかったが、この人が風紀機動員になれた理由は少しだけ分かった気がする。
 と、認めかけていたところで彼女がこけた。
「あゃーっ」
 1メートル先の地面の終わりにむかって。
 握られていた私のスカートも一緒に。
「な゛」
 その時路上で『もうすっかり夜だね。ほら、一番星があんなに綺麗だ。おや、あれは君
の星座じゃないか』とかぬかしているヤツがいたなら、ソイツはビルの屋上で寝転がって
肩から上を空中に晒してあたふたするヘルメットと、薄いショーツだけ残して下半身を披
露しながらビールマンスピンのポーズで直立する女子学生を目撃した事だろう。
 幸いにもスカートは私の足首に残ったままで、四葉が力いっぱい握り締めたまま空に引
きずり落とすという事は無かった。しかし私にはそんなサービスを続ける気など毛頭無か
ったので、
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ」
 濁点を隠して聞いてもらいたいような悲鳴を上げながらスカートをたくし上げて(手汗
でしっとりとしていた)、次いで落ちかけている少女の両足をジャイアントスイングのよう
に脇に抱えて引っ張り、安全な場所まで退いて事なきを得た。
「だっ、なぁっ、ばっ、もうっ、はっ、し、死ぬかと思いましたのよっ!」
 私は目尻に涙を浮かべながら風紀機動員仕様防護ヘルメットの頭をペンペン叩いた。も
はや年上だという事など頭の中から吹っ飛んでいる。
「あ、い、う、えぅ、ごめんなさいぃー」
 ひとしきり叩き終えたところでようやく落ち着いた。雨風に研かれたコンクリートに身
を投げ出し、身なりを整えながら息を吐き出す。
「はーーーーーーーーーーーぁ……間違いなく、寿命が縮まりましたわ、5センチは確実
に。ついでに膝の皮も剥けましたし」
「ほんとぉに、すみませんでしたぁ……でも、白井さんにはテレポートがあるのに、なん
で――」
「十一次元を『跳ぶ』には、面倒な計算が要るんですのよ!あんなふうにいきなりとっ掴
まれたら、対処なんて不可能なんですのっ!」
「うぅ……すみませぇん……」
「はぁ……まぁ、もういいでんすけれどね」
「すみませんでしたぁ……」
 謝罪の言葉は、高みに浮かぶ地面の上、黒に近付く紺色の空に吸い込まれて消えていっ
た。
 しばらくの間、どちらも何も言い出さない沈黙が続く。多少気まずい雰囲気でない事も
ないが、考えてみればさっきまでのサーチとあまり変わらない。
 と、その静寂は不意に断ち切られた。
 ピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピ
ーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピ――
「ああうるさい!」
 その電子音の音源は私の携帯電話だった。そしてそのメロディは風紀委員の任務時に使
用される番号に設定しているものだ。
 また、探索地点の移動か。
 口紅型のそれを開いて耳に響く音を黙らせ、それから発信者の確認をする。
 しかし、ディスプレイに表示されていたのは、予想していた女警備員でも風紀機動隊長の番号でもなかった。
 そこにあったのは第一七七支部のパソコン通話を知らせる数字の羅列。つまり、電話を
かけてきたのは、風紀委員のオペレーター役を務める初春飾利からのものである事を意味
していた。

  ▼スキルアウトB03

「そんなに騒ぐな。タカ達の報告に応えて、南区にはもう20人ほど送って増援しておい
た。心配は要らない」
 オレはその答えを聞いて一瞬言葉を失った。
 20人?その程度でなんとかなると思っているのか?タカの奴、最初にくたばったと思
っていたら、何も見ないままに本部ヘ逃げ込んでいたらしい。
「冗談じゃない!リーダー、『アイツ』は20人ぐらいじゃ止められないんだ!南区の天道
大通りの、オレ以外の仲間はあっという間に全滅させられたんだ!20人ぐらいじゃ5分
でやられちまうよ!」
 思わず大声で怒鳴ると、周囲の人間たちが食事の手を止めてこちらに目を向けた。
 スキルアウトの本部、十九学区の中心的な建造物である大規模ショッピングモール、『ク
リスタルシティ』。ここはその最上部の一角に設けられたレストランだった。そして今は、
スキルアウトの司令室だ。
 食事処としても機能を続けている場の視線を一身に集めるほど声を荒げたオレに、リー
ダーは決して機嫌を良くしてはいなかった。
「じゃあ聞いてみるがな、そのイカレた野郎はどうやっておまえたちをぶっ倒したんだ?」
「どうって、こっちの持ってた警棒をあっという間にもぎ取ってぶん殴ったり、金属バッ
ト振り回したり――」
「だろうが。ソイツは能力なんか使わずに、素手で殴り込んできたんだ。能力も銃なんか
も使ってない奴に油断して、おまえらは簡単にぶっ殺された。そうだろう、あぁ?」
「い、いや、でも、『アイツ』は、何十メートルも飛んで爆発して現れて――」
「風紀機動員でもない奴にそんなことができるわけないだろう。あれは手榴弾、そしてそ
れはもう無くなった。そうだろう、タカ?」
 リーダーはもはやオレの話に半分も耳を貸さず、フロアの隅にたたずむ男ヘ問い掛けた。
その隣では新入り女が気まずそうな顔をしてオレを見ていたが、タカは自信有りげに「そ
の通りです、リーダー」と答える。
 リーダーはそれに満足そうに頷き、横に太い腹から、肌で聞き取れるほど凄みのある声
で言った。
「そういうことだ。もう必要な対処はすませた。おまえは黙って役場に戻ってろ」
 そう締め括ると、それきりテーブルに並ぶ料理にナイフとフォークを突き刺す作業に戻
り、オレの方など見向きもしなかった。
 消えろ。
 そう言っているのを感じた。リーダーだけじゃない、このレストラン全体から、リーダ
ーのお気に入り達からも。
 消えろ下っ端。ビビッて錯乱した三下。うるさい、目障りだ。
 悟った。まるで相手にされていない。そして立ちすくんだ。ここにいる人間たちは、オ
レの言葉などに一つも耳を傾けはしない。
 膝が緩みはじめた。フラフラと、地面が柔らかくなる。テンパって、頭が真っ白になる。
ここに持ってきた希望は、すっかり崩れてしまっていた。
 ボケっと突っ立つオレはとてもカッコ悪かったに違いない。ぶつけれる気配が、軽蔑す
るようなものになった。早く消えろって言ってるだろうが、クズ。
 自分の体に手が届かなかった。動けない。邪魔だ、能無し、マヌケ。打ちのめされて麻
痺してる。
 やっと届いた。体を動かす。オレは夢中でレストランを飛び出した。遅刻寸前の朝に引っ掴まれるカ
バンのように、そんな光景はもうずいぶんと昔に自分とは遠くなったはずだけど、なぜか
そんな連想をした。

 オレは自由になりたかったんだ。
 どんな事でも、オレは、オレの意志でオレを決める。
 スキルアウトになったのは、その方がオレに合ってて、うまくいけると思ったからだっ
た。裏路地、自力、闘争、生存。
 なのに、今のオレはどうしている?学区の端っこで、ショボい武器を渡されてショボい
事を命令される。マジメにやっていけばいつかなんとかなると思ってやってきたけど、見
ろよ、それがこの様だ。
 オレはただ助けたいだけなんだ。こんなオレでも認めてくれる奴等がいた。オレを逃し
てくれた。みっともなかったけど、せめてそこからはちゃんとしたかった。
 畜生。
 それなのに、どうして何も言う事を聞いてくれないんだ。
 このままじゃ被害は絶対に増える。『アイツ』は今のままじゃ勝てない、全員の力を合わ
せないといけないのに。
 もうあいつらなんてどうでもいい。どうにでもなっちまえ。でも、あそこに残してきた
やつらだけはだめだ。怪我をしてまだ地面に倒れているはずだ。そのままではいけない、
手当てをしてやらなければいけない。絶対になんとかしてやる。
 他の助けなんて要らない。オレだけでもやってやる。オレがあいつらを助けるんだ。
 エレベーターのボタンをガチャガチャ押して呼び出して、最上階から一階まで一気に降
りる。扉が開いたらすぐにダッシュして、建物の出口を飛び抜けた。
 そこで、何かにぶつかった。
「ぎゃっ」
 壁だと思った。なにせオレは反動で2メートルも跳ね返ったのだ。
 しかし、そこに立っていたのは人間だった。
「ああ……すまない。……怪我はないか……?」
 機械的な、抑揚の無いその声には聞き覚えがあった。
 リーダーとは違う方向にデカイ体。短い焦げ茶色の髪に、調理服をピチピチに突っ張る
筋肉。
「駒場さん!?」
 それは司令部のレストランで料理長をしているはずの人間だった。どうしてここに?そ
れに、オレはエレベーターで降りてきたのに、なぜ先回りされてるんだ?
「ああ……ちょっと、おまえに用事があってな」
 巨漢のコックは無感情に言った。
「用?」でもは今それどころじゃない。「悪いけど、オレは急いでるんだ。それに、もう上
の命令を聞くつもりは無いっ」
 オレは駒場さんを大きく迂回して走り出そうとした。しかし、一歩も動かないうちに伸
ばされた腕に襟首を掴まれ、引き戻された。
「気が急くのは分かるが、まぁ聞け……。俺の用というのは、“おまえの仲間”を助ける事
を含んでいる」
「え?」本当か?「でも、なんで?」 言っている間に、巨漢のコックはその服を脱ぎ始
めていた。窮屈そうだった白い布の下から、ぴっちりとしたタンクトップと、軍人のよう
なズボン、ぎちぎちに詰まった筋肉があらわれる。
「こんなに情報が少ないんじゃ何も始まらないからな…その“アイツ”は俺“達”と言ったん
だろう?…なのにアイツはろくな情報収集もしない……それに……」
 駒場さんは事もなげに、つまりいつもと同じ全くの無感情で答えた。

「末端の人間の面倒を見るのが……上の人間の仕事だろう」


  ▼クレイモア03

 片側二車線道路いっぱいに、スキルアウトが立ちふさがっていた。その数……何人だろ。
だいたい20人。ぐラい。
 丁度いい数だ。もう準備運動は終えているので、本気で行く。
 スゥ――、と一吐きして、頭を戦闘用に組み替える。水に沈んでいくようなイメージ。足
先から浸食して、じわじわと、頭の天辺までを感覚に包み込む。水面ヘ逃れる事はしない。
同時、要所に『焦点』を展開する。猫に尻尾の動かし方を聞けたとしても、人間にはちっ
とも理解できやしないだろう。今体に走っているのは、学園都市の脳開発技術によって“開
かれた”、個人個人で全く違う、固有の回路。俺の場合、あえて言うなら、全身の筋肉骨格
皮膜を想像上の神経で直結させるような、ニトログリセリンのように不安定なエネルギー
の塊を肉体という風船に詰め込むような、そんな感じだ。
 腕に赤い光が浮かび上がる。脚をさざ波のような明かりが走る。
 スウーと、細く長く吐き出し続けていた息を、ピタリと止めた。水中に飛び込む泳手の
ように。
 そして、足裏の光を限界ギリギリまで高め――
 爆発。
 飛び出す。
 五本の指でぐりぐりと地面を掴み後方ヘ蹴りつけ、十分にエネルギーを搾り取ったとこ
ろで爆破。爆破。爆破。浮かび上がろうとする体を、飛行機のように水平に広げた両手に
爆発を連続させて地上に縫い付ける。
 空気すら液体の如く絡みついてくるスピード。筋肉と爆発の衝撃を連動させた運動速度
は、人間の反応の限界を越えている。だが能力使用中の俺の頭には異常な量のアドレナリ
ンその他の脳内麻薬が垂れ流されるため、時間の感覚が狂ってしまっていた。
 鼻の先から切り分けられ、肌表面を流れて髪をくしけずる空気の動き。
 足の裏の皮膚と地面との間で砕かれ、粉となる石粒。
 指向を制御されていない、本来の爆発のままに飛び散るエネルギーの風が、自らの表皮
を波打たせる感触。
 俺は感覚器官から送り込まれてくる情報、その一つ一つを完全に把握することができた。
それは金をかけすぎたCG映像のように、むしろ本物よりもリアルな世界を感じ取らせる。
 そして、“壊し”の段階に入ると、それはなお著しくなる。
 俺は両足で踏み切って高々と跳躍すると、ほぼ円状に広がっていたスキルアウト、その
中心に突っ立っていた人間の懐ヘ、何の妨害も受けずに着地した。
 いきなり足元に降ってきた外敵。人に囲まれて安心していた顔が、その色を残したまま
で硬直する。
 俺はその顔を目がけて、殴り上げた。
 屈んだ体を一直線に弾き戻す。俯いた額を爆破、上を向く。肘に爆発、腕が飛び出す。
 握った拳は、顎を深く捉え過ぎたためか、気管にめり込んでいた。
 パァ――ッ、と広がる赤色の飛沫は、唾液と血液が入り交じったものだろう。
 別の物体が割り込んだために盛り上がった、周囲の肉。その波紋が伝わるにつれて、天
を仰ぐ体が後方に倒れこむ。俺はそれ先回りして、背中に隠れるように拳を構える。
 今度は、打ち上げた。
 仰向けに傾いた体、その重心直下の腰あたりに掌を添え、甲を爆破。海老反りになった
体は、空中5メートルまで上昇する。
 エネルギーを高さに全転換し、重力の手に引かれ始める体。落下するより速く、追い打
つ。
 下半身全体に『焦点』を展開、屈伸のポーズで足を折畳み、ケツ・膝・踵を爆破して垂
直跳び。一瞬で浮遊物に追い付くと、勢いをそのまま両手にこめて手渡しした。
 再び夜の大空に舞い上がる体。
 スピードを失って静止した俺は上方向ヘ爆発を起こして素早く着地し、再度ジャンプし
て二度目の追い打ちをかけた。中心から少し外れた、肩あたりを突き上げると、支えの無
い体はクルクルと回転した。

 もう一度殴り上げる。
 再度叩き上げる。
 空中を藻掻く体は噴水の勢いに乗っかったゴミのようにほとんど上下せず、ただ次々と
与えられる衝撃にでたらめなダンスを踊らせられるだけだった。俺は壁と壁の間で跳ね返
るピンポン球のように鋭く往復を繰り返し、無数の殴撃をたたき込んだ。
 最後は、サマーソルトでしめた。
 逆立ちで着地した状態からバネというバネを全て駆使し、回転を伴って飛び上がる。
 下の位置から、力無く漂うそいつ腹に、足首あたりをまずぶち当てる。そこから脛と足
の甲で挟み捕らえ、ふくらはぎあたりを爆破して俺を中心にぶん回した。本来二人分の合
計からなる中心軸を、爆発による補助で無理矢理ずらしたのだ。
 上下を逆転された体は素直に地上ヘ引きずり落とされ、危険な音を立てて衝突。それを
BGMにして、俺は次なる“壊し”の見当をつけていた。
 相手を下へ落とした事で、対照的に短時間浮遊する体。その空中の眺めから、瞬きの間
に判断決定、動きだす。
 総標的数は19。
 最大行動半径は13メートル。
 想定爆破必要回数は29±3。
 推定必要時間――20秒。

  ▼スキルアウト

 ただ立ち続ける事だけしかできなかった。
 徒歩での移動中、『ソイツ』はいきなり空から降って来て、僕たちの前に仁王立ちした。
 かと思えば、赤く光ったとたんに『ソイツ』の姿が掻き消え、次の瞬間には僕の隣のヤ
ツが空にいた。
 何やってんだろう、と思った。
 そいつはなかなか地面に戻ってこなかった。その代わりに、そいつとアスファルトの間
を、何か赤いものが行き来していた。その赤が、ほんの10秒ほど前まで今日の寝場所に
ついて雑談していたそいつを、風に巻き上げられる木の葉のようにしているらしかった。
 そう気付いた時には、生ゴミのようになった体が、地面に転がっていた。
 その時、僕は、そしておそらく他の仲間たちも、『ソイツ』の姿を、初めてまともに見た
と思う。
 『ソイツ』は僕たちのど真ん中に浮きながら、見下ろしていた。 その顔にあったひび
割れが笑みだという事に気付いた時、『ソイツ』は既に消えていた。
 ボンッと、音がした。
 それはさっきまで俺たちが歩いていた方向との反対側、つまりほとんどのやつらにとっ
ての背後から聞こえた。
 そういえば、久しぶりに音を聞いた気がするなと思いながら振り向くと、そこには地面
に倒れたしんがりとそれを見下ろす『ソイツ』がいた。
 と、姿を認めた瞬間また『ソイツ』は消えた。そしてまた背後で音がした。今度は先頭
だったやつが吹っ飛んでいた。また後方で爆音があった。しんがりの近くにいた男が血を
吐いていた。『ソイツ』の姿は、赤い光越しに一瞬だけ見えるだけだった。
 右端が崩折れた。左端が転がった。皆首を回して目を向けるぐらいしかできなかった。
仲間がやられる時だけ『ソイツ』は姿を現すが、次の瞬間にはその反対側で誰かが餌食に
なっていた。
 ほぼ中心にいた僕は大まかな成り行きを目にする事になった。『ソイツ』は円の外側から、
ほぼ180度ずつ回転しながら、次々と僕達を仕留めていった。ボン、と耳に届く度に一
人がやられていった。赤いものを目にした時、そこには必ず誰かが倒れていた。その輪は
徐々に狭められていった。その輪に触れた時が、自分の番だった。
 爆発音は今やリズミカルな程に連続して響いていた。最初は20人いた仲間が、もう1
0人ちょっとしかいない。それも見る間に少なくなっていく。
 どこかの誰かが一時停止と再生のボタンを交互に押して遊んでいるのだろうか。
 6メートル後ろにいたヤツが潰れた。『ソイツ』が頭を掴んで地面に押しつけていた。
 7メートル左にいたヤツが消えた。腕を大きく振り抜いた格好の『ソイツ』だけがいた。
 4メートル右にいたヤツが地面を滑っていった。拳を突き出した『ソイツ』が残ってい
た。
 3メートル斜め後ろにいたヤツが悲鳴を上げた。頭を鷲掴みした『ソイツ』がどこかへ
適当に投げ捨てた。
 気が付くと、一人になっていた。無事な人間は、自分以外には一人もいない。皆どこか
を徹底的に破壊され、立てる者はいなかった。
 しかし、『ソイツ』の姿も見えなかった。
 助かったのだろうか――と振り返ってところに『ソイツ』がいた。
 直後、恐怖の感情を取り戻す暇すら与えられず、僕の視界は真っ赤に染まった後に暗転
した。

  ▼スキルアウトB04

「爆発音だと!?」
 オレたちが全滅させられた時の詳細を話し始めたとたん、いつも冷静な態度を崩さない
駒場さんが勢い込んで聞き返してきたので、かなり驚いた。
「いや、……いや――すまない。しかし……また……『アイツ』が……?」
 何の事だ?
 駒場さんはオレの疑惑に気付き、説明した。
「おまえは知らないだろうが……実は、俺達スキルアウトがその名で呼ばれるようになっ
てから、五年も経ってはいないのだ」
 声の調子は、いつもの抑揚の無いものに戻っていた。困惑が浮かび上がるが、黙って聞
く。
「もちろん、無能力者等、社会に弾き出された者達のグループはあった。だが、その目的
は『外』のならず者と同じ。彼等は数十人から数百人単位で集まり、自分達で決めたグル
ープ名を名乗り、各々好きな活動を行っていた」
 当時のオレはまだ普通の学生だったので、初めて耳にすることだった。しかし疑問があ
る。
「なあ、じゃ、そいつらは何で今はいなくなってんだ?」
 学園都市の不良集団と言えば、それはスキルアウト以外に存在しない。他の集団がいな
いのだ。夜に街をうろつく人間は、連絡網に組み込まれていなくとも、まとめてひとつの
名前で呼ばれる。スキルアウト、と。
 五年前までは、他のグループもいたのか?じゃあ、今そいつらはどこへ消えた?
「あぁ……その理由は、一人の能力者だ」
 駒場さんは、焦茶色の眉を不快そうに歪めながら言った。
「五年前のある日を境に……学園都市の不良集団が一夜のうちに壊滅させられるというが
立て続けに起こった。情報が集まるうちに、それはたった一人の能力者による仕業だとい
う事が判明した……」
 駒場さんが視線をオレと合わせた。
「……『ソイツ』はあらゆる集団を片っ端から潰していった……。その内に、もとあった
グループはひとつ残らず解散してしまった……スキルアウトは、バラバラになった無力な
者達を掻き集めて、ほとんど『ソイツ』に対抗するためだけに結成されたのだ……」
 そして、核心は突かれた。
「後に風紀機動員となりながらも薄衣一枚でスキルアウトを狩り続けた能力者……俺たち
はそれを“爆弾魔(ボマー)”と呼んだ」

▼白井黒子02

「あはははははははー、白井さーん、私、Aランク秘匿検索鍵語に引っ掛かっちゃいまし
たぁー」
 どうしましょー、というような白々しい笑顔で迎えられた私は、一気に憤った。
「それが任務中の風紀機動員を別件に呼び寄せる理由になると、本気でそう思ってます
の?」
 この専属サポーターはとにかく第一七七支部ヘ来いと言うだけで、何の説明もしなかっ
た。疑問に思いながらも第七学区風紀機動隊長と指揮官の警備員に任務離脱の許可をもら
い、急いで駆け付けてみればこの出迎えだ。
 Aランク秘匿検索鍵語?
 何だそれは、からかっているのか?
「ああー、すいませーん、言葉が足りませんでしたねぇー、秘匿検索鍵語っていうのは、
学園都市さんが全ての検索機能に組み込んでる“網”みたいなものなんですー。特定のワー
ドを検索しようとすると、その人はブラックリストに載っちゃうんですよー」
 初春の声は、いつも以上に苛立たしい程の甘ったるさだった。が、怒鳴り声を上げる寸
前に気付く。その中には自棄になったような無気力さがあった。
 彼女はこちらを見ないまま、専用のディスプレイに体を向けて俯いていた。
「何があったのか、最初から説明してくれませんこと?」
 いくぶん柔らかに聞くと、初春は話し始めた。
「……命令が来たのは、20分前でした」打って変わった、陰欝な声。
「白井さんが四葉さんと一緒に精神感応の探査をしていた頃です。あの時、衛星映像に一
九学区で爆発みたいな光があったって言いましたよね?それに関わる命令です。学園都市
から、大能力者の風紀機動員白井黒子に」
 覚えている。空間移動のせいでぶつ切りにされた通信の中、初春がポツリと呟いていた。
あちこちで不審な光が瞬いていると。
「スキルアウトが動きだしましたの?それで私の力が必要、と?でも――」
 それはおかしい。一九学区に隣接する学区には十分な数の警備員と風紀委員が補充され
ているはずだ。私一人が赴いたとしても、数百人単位のやりとりに違いが出るとは思えな
い。
「違います」初春は否定した。
 私は別の可能性を見いだした。「では、空間移動で誰かを護送すればいいんですの?」
 初春はこれにも首を振った。

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