とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第五戦-1

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ryuichi

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 学園都市内にあるとある児童公園にて。
「――成敗」
巫女服を着た黒髪の少女――姫神秋沙が、手に持った魔法のステッキ、もといスタンガン内蔵警棒を勢いよく振り下ろす。
しかし、
「――!?」
 凶悪なまでの電流を垂れ流しにしているそれは、カンッ、という軽い音とともに姫神の手からすっぱ抜けて彼方へ飛んでいった。
「…………」
 姫神はそれを弾き飛ばした対象を――姫神が攻撃を仕掛け、しかしあっさりと阻まれた対象を見据える。

 垣根帝督。
 学園都市第二位。
 『未元物質』の超能力者が、そこにはいた。

「……。私を。どうするつもりなの?」
 武器を失い後ずさる姫神だったが、その背中はすぐに公園に設置された自販機に触れてしまう。
 そんな姫神を追い詰めるように垣根が近づき、

 ドンッ、

 と垣根の左手が姫神が背中を預けている自販機を叩いた。
「……黙れよ」
「…………」
 その言葉の通り、姫神は押し黙る。
 さらに自販機と、頭のすぐ横に伸びている垣根の左腕によって逃げ場を奪われてしまい、どうすることも出来ない。
 垣根は、自身の目線より低く、そして触れられるほどすぐ近くにいる姫神のことを数秒見下ろし――

 おもむろに、その胸元に向かって手を伸ばした。


 8月9日。
 早朝。
「財布持ったか?」
「うん、おっけー」
「水着、ゴーグル、バスタオル、水泳帽」
「ちゃんと入れたよ」
 学園都市にあるとあるマンションにて。
 垣根帝督と、その妹――垣根姫垣が、屋内プールへ行く姫垣の荷物確認を行っている。
 姫垣の方はすぐにでも飛び出したいようだが、垣根が荷物を一つ一つ出し入れさせ、忘れ物がないかを点検しているのだ。
「大体いいか。あとは、替えのした――」
「入れたって、もう……恥ずかしいなぁ」
 少し顔を赤らめながら、姫垣が垣根の言葉を遮る。
「……何か向こうで必要になったら、好きに買っていいからな」
 取りあえずその言葉で荷物確認は終わりにする垣根。
 続いて、
「プールサイドで走るなよ。お前絶対転ぶから」
 お兄さんからのプールにおける注意事項の確認である。
「分かってるって! ていうかヒメ転ばないよ!」
「いいや転ぶ。お前おっちょこちょいだもん。ほれ、公園でよ……」
「それこの前も聞いた!」
「む……じゃあ、あれだ。雨の日によ。傘さしてはしゃいでたら、足滑らせてすっころんだろ。しかも、そのまま土手を転げ落ちて増水中の川にダイブしたよな」
「そ、そんなこともあったけど、昔の話じゃん……」
 途端にしゅんとなる姫垣。
「いや、これは今年の梅雨ん時だから、最近だし。そもそも俺が能力使ってお前のこと川ん中から助け出したんだからよ。水面に浮いてきてくれたから何とかなったが……あん時は本当に肝が冷えたぞ」
「う、うぅ……」
 どうやら、かなり危険な事件だったらしく、垣根の声が段々とキツくなり、それに伴って姫垣の目が下を向いていく。
「そのせいで俺までビショビショになっちまったし」
「むぅ……って、あぁ! そうだ! あの後確か、帰ってきてお風呂に入ろうと私が脱衣所で裸になってた時に、てーとにぃ私のこと覗いたんだ!」
 突然、右手の人差し指をビシッ、と垣根に突き立てて、姫垣が大声で宣言する。
「んな! お前そんなこと覚えてんじゃねーよ! 大体、あれはお前の服が泥だらけになってて、早く洗わねーと汚れが取れないと思って、脱いだ服回収しようとしただけだ! お前が服脱ぐの遅かったのが悪いんだろ!」
「肌に張り付いて脱ぎにくかったの! ていうかにぃがノックすればいい話じゃん!」
「じゃあお前が鍵閉めろよ!」
 まさに兄妹喧嘩のテンプレートみたいな言い合いをする垣根と姫垣。
「どっちみち裸見たことには変わらないじゃん! にぃのエッチ!」
「お前、終わったことを掘り返して……てかエッチって……」
「結局、転がったせいか服も背中のところがすごい破れてて、着れなくなっちゃったし」
「だから、もとはと言えばお前がはしゃぎ回って川に落ちたりするから……」
「だ、だって! あの時は、久しぶりににぃと一緒に帰れたから!」
「なっ……」
「っ………」


 お互い固まってしまう垣根と姫垣。
 もしこの場に第三者がいたならば、まるで付き合い始めのカップルのようだと評することだろう。
〈呆然。付き合い始めのカップルのようだな〉
(………………………………)
 そう言えば、この場には第三者がいたのだった。
(うっせーな、テメェにゃ関係ねーだろ)
 頭の中に響く、無遠慮な間借り人――アウレオルス=イザードの声に、垣根は心の中で応える。
〈しかし、こんな調子ではいつまで経ってもプレゼントが渡せんぞ?〉
(わ、分かってんだよ! なんなら今すぐにでも……)
〈そう思い始めて一体どれだけ経った? 持ち物確認や諸注意ばかりで、なかなか本題に入ろうとしない驚くべきへたれ野郎はどこの誰か〉
(……こっちの考えが全部そっちに筒抜けってのはやっぱり反則だろ。だぁもう! 分かったよ!)
 心中での会話を終えて、垣根は目前の姫垣に向き直る。
「ヒメ」
「へ? な、何?」
 突然改まった垣根の態度に戸惑う姫垣。
 それに構わず、垣根は背中に隠し持っていた包みを取り出し、姫垣に差し出す。
「昨日、俺の服と一緒に買った。お前の服」
「えっ…………ふぇ…………?」
 混乱しながらも姫垣はその包みを受け取り、上目遣いにちらり、と垣根のことを見上げた後、丁寧にそれを開いていく。
 その中には――
「わっ、可愛い……」
 昨日垣根がデパートで購入した白いスカートが入っていた。
「こ、これ、てーとにぃが? ヒメに?」
「おお。……な、何か気に入らなかったか?」
 恐る恐る聞き返す垣根に対して、姫垣はふるふる、と首を振って答える。
「ううん。逆だよ。にぃはきっと、もっとフリフリのとかデコデコしたのとか選ぶと思ってたけど……これすごい可愛い! にぃセンスいいね!」
 瞳を輝かせながらの姫垣の言葉に、
「ア、アタリマエダローガ。ニーチャンハスゲーンダヨ」
 垣根は完全な棒読み声で答える。
「わー! ありがとうてーとにぃ! あ、えーと……その、さっきは意地悪なこと言ってごめんね」
 ヒートアップした頭が強制的にリセットされたことで冷静になったのか、先ほどまでの自分を反省する姫垣。
「いーよ。俺も大人げなかった。くどくど言い過ぎたな、ごめん」
 垣根はそんな妹の頭をぽんぽん、と叩き、優しげに返す。
 すると姫垣は、
「てーとにぃ! 大好きっ!」
 とスカートを抱えたまま思いっきり垣根の胸にダイビングしてきた。
「ばっ、止めろよ恥ずかしい。ほら、どうせだったら、今日それ着て行ってこいよ」
 赤面して、のしかかってくる姫垣を力なく押し返しながら垣根が言うと、姫垣は、うん、と嬉しそうな声で頷いた後、自室へ戻って行く。
 おそらくは今履いているジーパンと取り替えに行ったのだろう。
「ったく、しょうがねぇな……」
 と呟きつつも、もちろん口元は僅かににやにやとしている垣根帝督である。
〈………………唖然。売り場の店員に感謝することだな〉
(その、俺のメモリーから勝手に情報を引き出せる機能も止めろ)
 喜びを阻害する声に心の中で突っ込みを入れていると、すぐに姫垣が戻ってくる。
「ねっ、どう? どう?」
白いスカートをはき、くるりと垣根の前で一回転してみせる姫垣。
「おう、似合う似合う……!?」
満足げに頷いていた垣根の声が止まる。
「……お、お前。それ、下に何はいてやがんだ?」
 垣根が震える指で姫垣のはくスカートの下からはみ出しているそれを指摘すると、
「へ? スパッツだけど」
 姫垣は指でスカートを恥ずかしげもなくめくって、その下のスパッツを露わにした。
「……脱げ」
「へ? 何を?」
「スパッツだ! スカートの下にそんなもんはいて、恥ずかしいだろうが!」
「な、何で? へ? 逆じゃない? パンツが見えないように……」
「スカートの下からスパッツがはみ出してる方が恥ずかしいわ! いいから脱げ!」
 言いながら、垣根は姫垣の足元にダイブしてスパッツを脱がそうとする。
「え、ちょっと引っ張らな……きゃっ! やぁー! てーとにぃのエッチ! 変態!!」
「なっ、だから俺はお前が外で恥ずかしくないように……って痛っ! 蹴るなよ!」
 そうして、共に床に倒れ、過激なスキンシップ――もとい、じゃれ合っている兄妹を第三者視点で眺めながら、
〈……騒然。やれやれ、だ〉
 錬金術師・アウレオルス=イザードは、一人溜め息をついた。


 前日。
 8月8日、夜。
 馬場芳郎――正確には彼の操るロボットとの戦いを終え、帰宅の路についていた垣根帝督は、
(んで、テメェはどういう経緯で、ついでにどういうインチキ使って俺の頭ん中にワープしてきたんだ?)
 アウレオルスの、『言葉にして発声せずとも、思うだけで垣根の意志はアウレオルスに伝わる』という言葉を受けて、脳内で『会話』を行っていた。
〈8月3日。貴様と三沢塾で出会った日。私は貴様の記憶を奪うと同時に、ある仕掛けを貴様の頭に仕込んでおいた〉
(仕掛け?)
〈貴様の脳に、私の今までの――8月3日時点での記憶、記録、人格の全てを植え付けておいた。そして、私が死亡した時、或いはそれに等しいだけの精神的損傷を受けた時に、それらの情報を元に『私』を貴様の脳内に再構成する――『8月3日のアウレオルス=イザードが思考するであろうことを思考する人工知能プログラム』を作成する、という術式を施したのだよ。つまりは、直接アウレオルス=イザードが貴様に憑依した訳ではない。今の私は8月3日のアウレオルス=イザードの複製。アウレオルス=コピーとでも言うべき存在だ〉
「ばっ――」
 思わず声を上げそうになり、垣根は慌てて口を噤む。
(馬鹿か? んなこと出来る訳ねーだろ)
〈ふむ。私の『引っ越し』に際して8月3日の記憶は戻っている筈。魔術について再度説明する必要はないと思っていたが?〉
(あぁ、それに関しちゃ文句はねぇよ。AIは科学の分野だし、『アルス=マグナ』とあの三沢塾っつーフィールドがありゃ、そんくらいのビックリくらい起こせそうだ。だがよ、植え付けたってのはどーいうことだ? 確かに人間の脳にゃ140年分の『記憶』を保つだけのキャパはある。それでも、他人の脳味噌を『丸ごと一個』移すにはどう考えても足りねー筈だ)
〈憮然。話を聞いていたか? 私が移したのは、私の記憶、記録、人格のみに過ぎない〉
(あ? それで全部じゃねーのか?)
〈当然。例えば、『この』私には脳以外の器官が存在しない。考えてみろ。貴様の目は四つに増えたか?口は二つに増えたか?〉
(あー……成る程)
その言葉だけで、学園都市第二位の頭脳は自身の疑問を解き明かすことに成功した。
(感覚器の一切がないなら、本来それに連なって動いていた脳味噌の各部位も必要ねぇ。そうやってエコエコしていった結果、アウレオルス=コピーの持つ情報量は俺の脳の余ってる部分に収まるだけ小さくなったってことか)
〈明然。聡明なのは良いことだ〉
(ん? だがそうするとテメェには外界を認識することは出来てないってことか? てゆーかならそもそも、どうしてテメェは俺とは意志の疎通ができてるんだ?)
 家路をたどりながら、次々に思考を組み上げていく垣根。


〈雑然。一度にいくつも疑問をぶつけてくるな。順を追って話そう。私は今、貴様の記憶野に私用のスペースを設けて間借りさせてもらっている〉
(家賃払え畜生が。……あー、だがよ。人間の脳っつーのは色々分野毎に分かれてて、記憶野だけでお前の記憶、記録、人格をコンプリートするのは……)
〈脳とは所詮神経細胞の接続の連続に過ぎない。少し並びを組み替えれば、他の分野の仕事も賄えよう〉
(……その作業の結果があの頭痛ってことか)
 謎のロボットとの戦闘を思い出し、垣根はしかめっ面になる。
〈そして、同時に今私が間借りしている脳のスペースと、その他のスペースとを『仕切り』によって分断した。お互いの意識が混合するのを防ぐための措置だ。しかし、それだけでは私は貴様の頭の片隅で眠っていることだけしか出来ない。そこで、『仕切り』に小さな穴を開け、情報が行き来出来るような『糸』を通したのだ〉
(テメェ、人の脳味噌を好き勝手にリフォームしやがって……その『糸』が、疑問の答えってことか?)
〈判然。『糸』は貴様が五感で得た外界の情報をそのまま受信するためのものである。今の私には感覚器がない故にな、貴様の見、聞き、感じたものを私も同様に受容するようになっている。それとは別に、この『糸』は貴様の考えていること、貴様の今までの記憶と記録もまた受信することが出来る。『貴様の脳』に直結しているのだから、どちらも当然のことであるがな。あぁ、因みに貴様の考えは自動で私に流れてくるのでな。貴様は私に一切の虚偽は吐けぬし……エロいことなどを考えたらすぐにバレるので注意しておくのだな〉
(っ…………)
 悪戯っぽい響きを含んだアウレオルスの言葉にイラッとながらも、垣根は『会話』を続ける。
 すでに自宅のマンションがすぐそこにまで迫っていた。
(んでもって、その『糸』は受信するだけでなく、テメェの考えもこっちに伝えられる、その結果がこの声ってことか)
〈その通りだ〉
(こっちにはテメェの邪念みてぇのは送られてこねぇんだが……何だ? 『送信』に関してはファイアウォールを張れんのか? セッケーな)
〈当然。だがこれは良心だぞ? 私の思考がいちいち貴様に流出しては貴様も煩わしいだろう。基本的には貴様の思考に対する応答、貴様に伝えるべき事項の伝達、不甲斐ない貴様の思考や行動への突っ込みぐらいしかしないつもりだ〉
(最後のは余計だクソ野郎。……さて、まぁしかし、これで大体のことは理解した)
〈フン、優秀だな。学園都市第二位〉
(わかんねーのはあと一つ……)
 マンションの入り口の前で、垣根は立ち止まり後ろを振り返る。
 無論、そこには誰も立ってはいないが――脳内の『校長室』での垣根の視界は、眼前に直立するアウレオルスの姿をしっかりと捉えている。
(――テメェが一体どういう『目的』で俺の頭ん中に侵入したかってことだ)


〈目的、か。だが貴様はもうそれに思い至っている筈だ。少なくとも、『最終的』なところはな〉
 三沢塾の校長室で――正確にはそれを再現した精神世界で、アウレオルスは垣根帝督に告げる。
(……やっぱり、禁書目録関連か。俺ん中にコピーを作ることが、禁書目録の救済に繋がるってのか?)
〈否。私がここに来たということは、私は既に目的を達している筈である〉
(……?)
〈三沢塾には――私の結界には、一切の魔術攻撃、科学攻撃が通用しない。絶対であり、完全だ。そして、そこへ禁書目録を誘い出す策も何十も考えてあった。故に、私は一切の危険なく、禁書目録に術を施すことが出来たであろう〉
(なら……)
〈問題はその後だ。禁書目録の『首輪』を破壊する、あわよくば彼女の記憶の全てを吸血鬼に移す――それ程の大掛かりで特異な術式を、私は未だかつて行ったことがない。術自体が成功したとしても、何らかの後遺症や不測の事態が発生する可能性がある〉
(――術後の経過を見守るため、か。だがよ、だったらわざわざ俺の頭ん中に飛んでくるまでしなくても……)
垣根の意見にアウレオルスは、やれやれ、と目を閉じ、首を振りながら答える。
〈忘れたか? 私は世界中の魔術協会を敵に回している。三沢塾を出た次の瞬間、私は拘束されあらゆる拷問を受けて知識を吸い出された挙げ句、体のいい錬金術師の標本として扱われるだろう。それでは禁書目録のその後を見守ることなどできまい。かと言って三沢塾の中では術後の経過など見れる筈もない。あの場所では、禁書目録の身体もまた、私の思い通りに歪められてしまうだろうからな。それ故に私は、禁書目録を救済した後すぐ、自発的に貴様のところへやって来た筈だ〉
 アウレオルスは、一拍置いてからその切れ長の瞳を開き、垣根を見据えて告げた。

〈――自害して、な〉

(…………っ)
 成る程、確かに。
 アウレオルスが置かれた環境において――そしてそこから脱する為の策として――それはかなり有効な方法であっただろう。
 しかし、それは常人からすればどう考えても狂気の沙汰でしかない。
 何かが壊れた人間の選ぶ選択肢に違いない。
 そして、
(……テメェ、やっぱすげーな)
 垣根帝督もまた、そちら側の人間なのであった。
〈歴然。貴様の感情に直に触れている今なら解る。貴様は真実私の思考に恐怖していない、嫌悪していない。その羨望も尊敬も、本物であって混じり気がない。私が置かれたような状況下では、『自害することが当然であり最善である』ことを心の底から肯定している〉
(…………)
〈貴様を選んだ私の選択は正しかった。或いは貴様の意識を完全に支配するような術式を組み、この身体を私の思うままに動かすことも考えていたが――やはり必要なかったな。貴様は私と同類だ。私を真に理解している〉
(……ったく、その通りだよ)
 はぁ、と大きく溜め息を吐き、垣根は呟いた。
(俺はテメェのことをすげーって思っちまって、だから協力したいとも思っちまって、そしてテメェに付き合うことで――俺にも何かが見えるんじゃないかって、本気で思っちまってる)
 見事にテメェの掌の上だ。
 呆れたように、或いは観念したように、垣根が付け加える。
 それに満足げに頷くと、アウレオルスは早速第一の目的を告げる。
〈禁書目録より先に、先ずは『吸血殺し』姫神秋沙の様子を確認する。あれとは協力関係にあった。私がきちんとそれを果たしたのかを見に行こう〉


「いってきまーっす!」
「おぉ」
 乱闘の末、ついにスパッツを脱ぎ捨てた姫垣が玄関から出て行くのに、垣根は軽く手を振って応える。
 玄関の扉が緩やかに閉まり、軽い音を立てるのを聞いてから、垣根はアウレオルスに心の中で声をかける。
(さて。じゃあ、俺たちも行くぞ。テメェの目的を、果たすためにもよ)
〈その前に実験、だったか〉
(あぁ、幻生んとこでな。そっちは居候なんだから、こっちのスケジュールには合わせてもらうぜ)
〈当然〉
(それに、研究所には8月3日の時の資料――つまりは姫神秋沙についての資料もまだ残ってる筈だ。テメェのせいで『保留』になっちまったからな。まぁ、姫神のデータは大体頭の中に残ってるが、ちゃんとした資料で居場所を特定した方が確実だろう)
〈ふむ、これは存外早く済みそうだな〉
「つーかよ……」
 外出準備の手を止めて、垣根は声に出してアウレオルスに問う。
「何で先に禁書目録じゃねーんだ? 明らかに優先順位逆だろ」
〈っ、それは…………〉
 珍しく、慌てたような思考を飛ばしてくるアウレオルス。
 その様子に、垣根はすぐにピンと来てしまった。
(ははーん)
 何しろ、垣根とアウレオルスは同類である。
 アウレオルスの思考が垣根に直接伝わらなくとも、アウレオルスと自身とを重ね合わせることで、簡単にその思考を読むことが出来る。
(さてはテメェ、禁書目録に会うのが怖いんだろ。本当に自分が禁書目録を解放できたのか、不安なんだろ)
〈むっ、それは………………〉
(図星だな。まぁ、でもそう思うのも分かるぜ)
〈……………………〉
 完全に押し黙ってしまったアウレオルス。
 しかし、だからこそ垣根はアウレオルスに親近感を覚えた。
「ははっ。アウレオルス、テメェもまだまだ全然人間だな」
 脳内の居候に向かって茶化すようにそう告げて、垣根はマンションを後にした。

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