―――――――――――頼むっ!!・・・・・・・・・・もう、もう、勘弁してくれっっっ!!!

 椅子に座ったこのオレに、右側からのしかかるように――――――この独特の指使いからして多分――――――信乃(しの)の奴が股間をまさぐっている。
 無造作にズボンのファスナーを下ろし、恐らくは右手を突っ込み、トランクスの小便用の切れ込みから、全く容赦なく陰茎と陰嚢を刺激しまくっている。

 左側からは――――――これはさっきの囁き声から察するに、恐らく葛葉(くずのは)だろうが――――――オレの学ランのボタンを外し、カッターシャツの上から左乳首に歯を立てているようだ。そこから電流のような快感が絶え間なく脳髄に響いてくる。

 背後からは、後ろ手に組み合わされたオレの両手の指を、さらに指の股を、ざらついた舌が繰り返し繰り返し、舐めくすぐっている。この舌の感触は――――――玉梓(たまづさ)と見て間違いないだろう。

 そして最後の一人。・・・・・・・・オレの唇を舌と唾液で執拗に犯す第四の女。口から溢れた白い唾液は、だらだらと首筋にこぼれ落ち、カッターシャツどころか中に着込んだTシャツすらも、唾液特有の甘い生臭さをまとわりつかせている。
 コイツは誰かって?もうここまで来たら消去法だ。4-3=1、即ち最後に残った・・・・・・・・・・・レックスしかいない。

 実は、全身を駆け巡るエクスタシーに、ここまで思考をまとめる事すらかなりの重労働なのだが、なぜ相手を確認できないのかといえば答えは簡単、この四人がそれぞれ姿を消す隠形の法を駆使して、周囲からは誰が誰だか分からないようにしているからだ。


・・・・・・・・・・・・・・・そう、彼女らは人外。

 人に分からぬ言葉を語り、
 人に分からぬモノを見極め、
 人に聞こえぬ音を聞き分け、
 人の見出した自然物理の法さえも、全く無視した力を発揮する者たち。

 或いはそれは妖怪と呼ばれ、
 或いはそれは悪魔と呼ばれ、
 或いはそれは変化と呼ばれ、
 或いはそれは神とすら呼ばれし者たち。

 人狼の『信乃』。
 妖狐の『葛葉』。
 猫又の『玉梓』
 そして龍神の『レックス』。

「えーーーーー、でありますから、この19世紀におけるドイツ外交史と申しますものは、まさしくこのビスマルクという一人の男によって・・・・・・・・・・・」

 先生の声が随分遠く聞こえる。―――――――そう、なんと笑えるべき事に、ここは学校で、今は授業中なのだ。
 奴らは・・・・・・・・・・授業中にもかかわらずオレの身体に取り付き、痴女もののAVよろしく全身をまさぐりまくっている。しかも隠形の法で全員姿を消して、である。
 先生や級友たちからすれば、さぞかし異様な光景に見えるだろう。よりによって授業中に、ポルターガイストか透明人間に全身を凌辱される男。
 しかし、より異常な事は、こんな異様な光景が教室で展開されているにもかかわらず、クラスメートの誰一人として何も言おうとせず、まるで見慣れたもののように醒めた視線で彼を見ている事だろう。

――――――――――――それが、このオレ、早坂静馬の日常だった。


「―――――――――しかし、いつ見てもすごいな全く。何のタタリなんだ、ありゃ?」

 旧校舎の屋上―――――――この学校でも有数のタバコスポットにオレはいた。

「オレが知るかよ。こっちは被害者なんだぜ」
「まあ、そういやそうなんだろうが・・・・・・・・・・。でも、最近さらにひどくなってないか?」
「ひどいって・・・・・・・・・・・・・そうかな?」
「いや間違いねえよ。この痴漢幽霊、完っ璧に図に乗ってるぜ。このままいったらオマエ、授業中に公衆の面前でケツ掘られる事になりかねねえぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヤバイな・・・・・・・・・・・・・」
「まあ、こっちとすれば、今さらオマエが何されようが、もう驚かねえけどよ」

 そう言いながらタバコに火をつけたのは、かつて部活のチームメイトだった佐野という級友だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・あの四人が公然と授業痴漢を繰り返すようになって、まず変わったのはクラスの女子の視線だった。
 当初はきゃあきゃあ騒ぐだけ騒いでいたが、そのポルターガイスト現象が三日おき、二日おきと頻度が増し、見慣れるにつれて嬌声は静まり、彼女たちは次第に汚物かゴミでも見るような目線でオレを見始めるようになっていった。
 次に教師たちもそれに倣ったようだ。
 最初は悪質な授業妨害と見なしていたオレの痴態を、激しく注意しようとした。
 しかし、その途端に(恐らくエッチを中途で邪魔されてキレた四人の内の誰かだろう)窓の外にブン投げられたり、黒板に叩き付けられたり、尋常ならざる怪奇現象色が強まると、たちまちオレとは接触を遮断するようになってしまった。
 そして、男のツレたちもやがて、潮が引くようにオレから離れていき、今でも前と変わらず普通に喋ってくれるのは、この佐野だけになってしまった。


「おっ・・・・・・・・・・・・メールだ。ちょっと待ってくれ」

 佐野が慌ててケツのポケットから携帯を取り出す。多分、彼女からだろう。そして彼女からメールが来たということは・・・・・・・・・・・・。

「悪いな早坂、優子の奴が呼んでんだよ。行かなきゃな」
「別に悪かないさ。とっとと行って尻に敷かれてきな」
「そう言うなって。次の英語はでるのか?」
「いんや、サボるよ。―――――――なんだか疲れちまった」
「そうか。じゃ、またあとでな」

 そう言いながら佐野は非常階段を下りていった。

――――――――――済まないな、佐野。気を使わせちまって。

 オレは知っている。アイツの彼女が人一倍オレの事を気味悪がっている事も。そして、そんなオレと自分の彼氏が仲良くしている事に、当然いい感情を持っていないことも。

「・・・・・・・・・・・おい、いるんだろ?出てこいよ」

 そう言いながら周囲に眼をやると、思い思いの格好で四人の美女が(そう、そう呼んでも可笑しくないほどに彼女たちは美しかった。)屋上にいた。

「――――――――お呼びにより推参仕りました。御館さま」
「んふふふふ・・・・・・そうやってたそがれる御主人さまも、なかなか素敵でしたわ~」
「何だよ一体?さっきの教室じゃ、まだヤリ足らないってか?」
「ねえねえ、お兄ちゃん、邪魔者もいなくなったことだし、さっきの続きしようよう?」
「――――――――お呼びにより推参仕りました。御館さま」
「んふふふふ・・・・・・そうやってたそがれる御主人さまも、なかなか素敵でしたわ~」
「何だよ一体?さっきの教室じゃ、まだヤリ足らないってか?」
「ねえねえ、お兄ちゃん、邪魔者もいなくなったことだし、さっきの続きしようよう?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!」
 何事も無かったような顔をして、こいつらはよくもまあ、ぬけぬけと・・・・・・・・・・・・・。

「―――――信乃、昨日オレと約束したこと覚えてるか?」
「約束?昨日書かされた紙っ切れの事か?――――――んなことより、火ぃ貸してくれよ静馬」

 紙っ切れ・・・・・・・・・・あの天神さまの証文入りの御誓紙を・・・・・・・・・こともあろうに『紙っ切れ』だとう!! 仮にも神社の息子に対して、このクソアマ・・・・・・・・・!!
――――――――――まあ、いい、クールに行こう。クールに。こいつらあばずれ相手に、いちいち冷静さを失ってたら、こっちの命が幾つあっても足りないからな。
 オレは怒りでひくつく眉間のシワを必死に抑え、くわえタバコでこっちにやってきた信乃のマルボロメンソールに、百円ライターで火を点けてやる。

「ん~~~~・・・・・・・・・プはぁぁぁ~~~~。―――――――やっぱ、人間の作ったもんで一番マシなのがこれだな。酒とタバコ。オマエもそう思うだろ、静馬?」

――――――――――こんなハッカ味のタバコ吸って何言ってやがる。
 思わず、そう怒鳴りつけそうになるのをグッと堪える。


 信乃・・・・・・・・・・・・このラフな格好をした茶髪の人狼は、容貌的には夜の繁華街をうろつく元ヤンかチーマーの少女にしかみえない。
 その性格も外見を裏切らずに短気で粗暴。実際、満月の夜に、興奮したこいつを補導しようとして少年課の刑事三人を半殺しにした事すらあったくらいだ。
――――――葛葉の『邪眼』で刑事たちの記憶操作をしなければ、コイツは今頃、全国指名手配犯のニューフェイスになっていただろう。

 まあ、それはいい。この場の本題はそんな事じゃない。オレは唇に半ば以上残っていたセブンスターを、敢えて携帯灰皿を使わず足元に投げ捨て、踏みにじった。そして、その頃になって、ようやく四人が・・・・・・・・・・・オレの怒りの空気を読み取ったようだった。

「あの・・・・・・・・御主人様・・・・・・・・・・?」
「静馬・・・・・・・・?」
「―――――お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・・・」

「その紙切れに書かれていた事なんだがな、オマエ覚えてるか、信乃?」
「・・・・・・・・・・・あ、ああ。これからは学校でムリヤリお前の身体を悪戯するのは無しだっていう・・・・・・・・・・・・確か、そうだろ?」

 信乃が苦し紛れにレックス―――――この場で最も幼い龍神の娘――――――に振る。
 カチューシャから申し訳のように小さい角を生やした彼女は、見ようによっては小学生どころか幼稚園児にさえも見えなくは無い。
 この‘レックス’という名前すらも、龍神族特有の長ったらしい本名を自分で覚えられないコイツに、オレが某恐竜映画から名付けてやったのだ。
 しかし、この幼い仮面の下には、他の三人にまるで劣らぬ淫蕩な表情が潜んでいる事も、オレは知っている。


「・・・・・・・・でっ、でも・・・・・・・・・・・・お兄ちゃん、これはその・・・・・・・・・・葛葉ちゃんが・・・・・・おっけーを出してくれたって言うか、その・・・・・・・・・・・」
「そっ、そうだよ静馬!確かに葛葉の奴が行こうって言ったんだよ!―――――なっ、なあ、お前も聞いたよな玉梓!?」
「そうなのか玉梓?」
「――――――――えっ、あっ、いや・・・・・・・・私は、その、御主人様が真面目に勉学に励んでいるお姿が・・・・・・・・・どうにも・・・・・・・・我慢できなくなって~~」

―――――――――――人のそんなトコ見て、勝手にサカってんじゃねえ!!!!
 という怒声を全力でかみ殺しつつ・・・・・・・・・しかし、なぜこの玉梓という猫又はこんなにもマイペースなのだろう。
 いや、マイペースはある意味、猫の専売特許だから、そういうものだと納得できるが、こいつのマイペースさは明らかに飼い猫のそれだ。
 実際、背まで伸ばした黒髪と優しげな美貌。さらに信乃と同じく、外見を裏切らない柔和な性格。にもかかわらず家事は全く出来ず、やりたくない事は徹底してやらない。
 発情の周期以外では、セックスに混じる事さえなく、日向ぼっこか昼寝をしている。
 齢数百年を経た猫又といえば、野良猫の行き着く極致だと思うのだが・・・・・・・・・・。

 そして・・・・・・・・・・・・・・・・。
 オレが一番、何を考えているのか読み取れない女。
 白面金毛九尾の末裔。
 アングロサクソンやゲルマン、スラブ、ラテンといった白人たちとは全く違う、腰まで伸びた輝くばかりの金髪と白い肌をピシッとした巫女衣装に包み、さっきまでオレの乳首にかぶりついていた淫らさは毫も感じさせない。

「―――――――葛葉」
「はい」
「レックスと信乃の言った事は本当か?」
「はい」

・・・・・・・・・・・・・・・・ぎりりりりぃぃ

 怒りのあまり、奥歯を噛み鳴らす音が頭蓋の内側に響く。
「説明、してほしいんだがな」
「―――――――――そのわけは、御館さまもご存知のはずです」
「どういう意味だ?」
「ですから―――――――――」
 瞬間移動?そう思った時には、もう葛葉はオレの懐の中・・・・・・・・今にも抱きつかんばかりの間合いに存在していた。
「――――――――こういう意味でございます」


 接吻・・・・・・・・・・・それも猛烈な勢いでオレの口内に舌を伸ばし、歯茎を舐めまわし、自分の唾液を送り込むと同時にオレの唾液を吸引する。突然のディープキス。

「んががががががが!!!!!!!!」

 反射的に逃げようとするオレの後頭部で両手を組み、逃げられないようにホールドすると、ますます彼女の唇の動きは活発になり、引っこ抜かれるかという勢いで吸引されたオレの舌は早くも感覚を無くし、もうオレはされるがままになってしまっていた。

「あーーーーーー、ちょっと、ずるいよぉ葛葉ちゃん!!」
「きたねえぞ葛葉ぁ!こんなの完璧に不意打ちじゃねえか!!」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、しっかりしてえ!!」

 三人がそれぞれ悲鳴をあげるのが、遠い声として聞こえていた。

―――――――ヤバイ、やっぱコイツのキスは・・・・・・・・・・・・絶品だ・・・・・・・・・・・・!

 葛葉が、ちゅぽん、という音とともに唇を離した時、オレは口から神経を抜き取られたように、その場に尻餅をついてしまった。
 残りの体力を振り絞って葛葉を見上げる。オレと彼女とをつなぐ唾液の糸は未だ完全に消えず、そのままオレを見下ろす葛葉の表情は、逆光になってよく見えなかった。

「――――――――――これが、理由です。御館さま」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「御館さまと我々が誓紙に誓ったのは、あくまでも御館さまの意に添わぬ行為でございます。なれどあの時、ワタクシはハッキリと感じました。御館さまが授業中にもかかわらず、淫らな想像を逞しくさせておられたのが」
「あーーーーーーー、それ、あたしも感じたよぉ!お兄ちゃんが昨日の夜のことを思い出して、ここ固くさせてたの!!」
 そう言いながら、とてとてと走り寄ってきたレックスは、無造作にオレの息子を捻りあげる。

「あううううううううう・・・・・・・・!」
「ほ~ら、やっぱりぃ。今でも全然元気なままだよぉ」
「―――――何だよオマエ、静馬ぁ!・・・・・・・・・・・なんだかんだ言って結局一番ヤリたいのはお前自身じゃねえか」
「んフフフフ・・・・・・・・・・・・・・・そういう理性と欲望の葛藤に喘ぐ御主人様も・・・・・・・・・たまらなく素敵ですわ~」
「では皆さん、早速先ほどの続きと参りましょうか」

 その葛葉のアオリに他の三人がたちまち“さんせーい”“異議なーし”と叫びつつ合流してくる。

「ちょっ・・・・・・・・・・・・待て・・・・・・・・・・やめ・・・・・・・・・・・・」
 何かを言おうとした瞬間、口の中にレックスの指が、それも手首ごと侵入してくるのを感じる。ここまで深く突っ込まれては歯を立てる事すら出来ない。
 そうこうしている間にも、学ランは脱がされ、ベルトは外され、ズボンは下ろされ、
 カッターシャツも姿を消しており、オレはTシャツとトランクス一枚にされていた。

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最終更新:2006年12月22日 10:38