魔王は暇であった……
大きな玉座に座りながら大きな欠伸をする。
最強と呼ばれた力を得て魔王となり数百年の月日が流れたが、どうにもつまらない。
やる事がない……暇つぶしに人間族全てを消滅させるか……
魔王になりたての頃、力の制御があまりできず誤って”魔女の力”を与えてしまい、逃げてしまった飼い猫を捜すか……
それとも世界の一つでも創世し、自分の理想とする世界でも創るか……
しかし、人間を滅ぼしたら唯一無謀にも自分に立ち向かってくる種族がひとつなくなってしまう。人間は程よく残しておこう。
猫は……魔女の力が少し厄介だし、二匹いたし、もうくたばっているかも知れない。
世界を創るのも面倒だ。出来なくもないが何だか面倒くさい。
「はあ~ぁ……召喚でもすっかなぁ」
一人で考えても、この退屈を解消する良い案が浮かばない。
と言うより数百年間ずっと考えても浮かばなかった……ならば、考えてくれる奴を増やそう。
魔王はそう考え、ゆっくりと立ち上がった。
人差し指を数メートル先の床に向け、呪文を唱えると指の先が眩く光り出した。
「えっと、セルシウスあたりでいいか……」
魔王が今から行うのは召喚魔法。
この世界とは全くの別世界から、様々な生物を呼び出す超高等魔法だ。
本来なら何十年と修行した熟練の魔術師でも出来るか分からない魔法なのだが、魔王にとっては召喚魔法など容易いものだ。
魔王が床に描かれていく光の魔法陣を見つめながら召喚獣を呼びさそうとしている。
呼び出そうとしているのはシヴァと呼ばれる、全てを凍てつかせる氷の召喚獣。
そして、魔法陣が描かれると眩く光り、暗い室内を白で染めた。
眩い光で目を瞑る魔王。自分の前に出していた手も下げ、光が治まると魔法陣が消えていることに気づいた。
「召喚成功っと、さすがオレ」
無論、魔王の目の前にはセルシウスが立っており、冷たい目でこちらを見ているはずだ。
しかし光が完全に治まると、期待の眼差しで前方を見つめていた魔王の表情が一変して落胆の表情となった。
「お前か? 私を呼んだのは?」
「チェンジ」
「できるかぁ!!」
広い室内に少女の声が響き渡った。
セルシウスはお姉さま系の美しい女のはず……しかし目の前に立っているのは見るからに幼い小さな少女。
セミロングの赤紫の髪に瞳。口からは小さな八重歯も見られる。
そして、そんなロリ少女の頭からは髪と同系色の狐を思わせる耳が見え、また九本の少女とほぼ同じ大きさだろうフサフサした狐の尻尾も見えた。
しかも狐耳と尻尾の先端は白い毛になっており、怒鳴る少女の感情にあわせてビンと天井を向いて立っている。
セルシウスとは似ても似つかないその容姿に、魔王は大きなため息を吐いた。
「なにお前?」
「なにって……呼び出したのはお前だろ!」
「いや別に呼んでないぞお前みたいなお子ちゃま。だから別にもう帰ってもいいぞ? 古代語で言うクーリングオフだ」
「出来るわけないだろ! 一度呼んだらもう戻れないだよ、お前が使った召喚術は!」
「…………ぁ~、確かにそうだったかもなぁ……」
少女に言われ、魔王は自分が使った召喚魔法にも種類があることについて思い出した。
魔王が使おうとしたのは、強力な力をもっているがこの世界に長くは留まれない、人間達が言う”召喚獣”と呼ばれるもの。
しかし魔王が誤って使用したのは、召喚獣に比べ多少力は劣るものの、召喚した者が死ぬまでこの世界に留まり続ける事ができる、人間達が言う”使い魔”と呼ばれるもの。
前者も後者も召喚魔法には変わりないのだが、使い魔は熟練した魔術師なら呼び出すことが可能で、生活のパートナーとして人間に呼び出される場合もよくあったりする。
そんな事を思い出しながら魔王は露骨に嫌な表情を浮かべた。
彼が召喚したのは”使い魔”
本来なら冷たいながら返事は返ってくるセルシウスに、暇な現状をどうすればいいか訊くだけのはずだった。
すぐに元の世界に帰るし。
だが、使い魔は召喚した者が死なない限りこの世界に居続ける。
つまりは、目の前の狐ロリはこの先何百年と死ぬ事のない魔王と共に生きる事になる……
「……お前、名前は?」
魔王は簡単に諦めた。
間違った召喚魔法を使ってしまったのは自分なのだから仕方がない。
それに、いざとなったら魔法でどうにでもできるし、美少女なので成長するならこの先有望だし。
魔王の問いに不機嫌そうにムスッとしていた狐少女は、ゆっくりと口を開く。
「リンシャオ……」
「種族は?」
「九尾……」
「何で不機嫌なんだよ? オレご主人様なんだからニコヤカに」
「そのご主人様が不機嫌にさせたんだろ?」
確かに狐娘、リンシャオの言うとおりだ。
いきなり呼び出しといて数秒で帰れと言われれば誰でも不機嫌になる。
魔王はぐうの音も出ない。しかし立場は上だから、別に反省する様子も無く、その態度が更にリンシャオを苛立たせた。
「ちょっと、一言くらい謝るとかできないのかよ?」
「……オレ、魔王だし。全世界、どんな生き物も恐れをなすおっそろしい魔王様だし」
「魔王っておま……こんなんが魔王なんて世も末ってやつかね」
”魔王”という言葉を聞き、リンシャオは改めて目の前の男を見直す。
人間にしてはとてつもなく大きな力を秘めているようだ、それに耳も尖っているし。
確かに人間じゃないようだけど……魔王というのがかなり怪しい……
ジト目でリンシャオは魔王を見つめ続け、魔王はその視線を感じ優しげに微笑んだ。
「なんだ? そんなにオレ見て、惚れたか?」
「そんなわけ、ないだろ」
いきなり、魔王とは思えない彼の微笑みにリンシャオは少し頬を赤くして視線を逸らす。
その仕草が可愛いと魔王も思ってしまい、何だか少し、数百年と感じることがなかった感情、照れも入って頬を人差し指で軽くかく仕草をしていた。
妙な沈黙が流れる。
とりあえずこのままにしておくわけにはいかない、魔王は何かブツブツ言っているリンシャオを見下ろしながら口を開いた。
「とにかくリンシャオ、お前はオレの使い魔になったんだ。今後はオレに絶対服従な?」
「は、はあ!?」
「なんだその返事は? 使い魔なんだから当たり前だろ。そうだなぁ……せっかくだから、オレの事はご主人様と呼べ」
「なにぃぃ!!?」
然も当然のように出た魔王の要望に、リンシャオは困惑の表情を浮かべた。
その直後、彼女の表情は恥ずかしさと怒りが混じったような表情になり、当然魔王に抗議する。
しかし魔王は聞く耳持たず。
力もリンシャオよりは上だと言うことは彼女が出てきた時にもう分かっていたし、何より自分はリンシャオを召喚した張本人。
いわばご主人様だから、別にリンシャオが怒ろうが怖くもなく、むしろ可愛かったりする。
やがてリンシャオの抗議の言葉は終わりを迎える。
もう何を言っても無駄だと思ったのだろう、彼女の表情からは諦めの言葉が浮かんでいるようだった。
「今日は召喚されたばかりだから、もう休め。部屋は腐るほどあるから好きなの使っていいぞ」
「え、おま……ご、ごしゅ、ご主人様は、一人で住んでいるのか?」
「あぁ、今日から二人だけどな」
「そう、なのか……」
という事は今までずっと一人だったのか、何だか悪い事訊いたかな……
そう思うとリンシャオの尻尾と狐耳は少し垂れ下がる。
その様子を見て魔王はケラケラ面白いものを見たかのように笑うものだから、リンシャオの同情の念は微塵と消え、その代わり妙に腹が立ったので尻尾と耳は再び逆立った。
実際のところ、魔王はずっと一人だったわけではない。昔は飼い猫もいたとリンシャオに言う。
だが、その猫も自分のちょっとしたミスで何処かへ行ってしまった事も言うと、リンシャオは思いっきり高らかに大笑い。
そして二人は口喧嘩になった。
魔王と九尾の狐の共同生活は、こうして始まったのだった……
古代戦争と呼ばれるものが終結し、果てしなく長い月日が流れた……
自らの手によって、世界の過半数以上占めていた人類は僅か一割ほどの数にまで減少、多くの生物も死滅、絶滅の危機に陥り、人類の高度な文明もリセットされる形となった。
そして世界は大きく三つの生物に分けられた。
一つは人類。現在は人族、人間族と呼ばれる種族。
現在、人は再び文明を築き、また現在より高度な古代文明の武具等を蘇らせる者や魔術・魔法等の特殊な力を身に付けている者がいる。
一度滅びかけた人の数は再び世界の大半を占めようとしていた。
二つ目は獣人。獣人族と呼ばれる種族。
その名のとおり、獣と人が合わさったような姿をしているのが特徴である。
差はあるものの、中には人と匹敵する知能に加え、人類よりも遥かに高い身体能力を備えている。
その能力は人族を越えているものの、繁殖力で負け、数は人族より遥かに少ない。
また獣人は古代戦争前にも既に確認されていた種族であり、古来より人族と共存し、人族と争い、現在もその関係はあまり変わってはいない。
そして三つ目は魔族。魔物・モンスターとも呼ばれる種族。
この種族も古代戦争前に確認されていたのだが、古代人族が放った無数の光の毒の影響もあり爆発的にその数を増加させた。
その大半は知能こそ少ないものの、戦闘能力・凶暴性が非常に高く、人族は勿論のこと獣人からも意に嫌われる、恐れられる存在となっている。
また、人族や獣、獣人の中には”魔王”等といった全ての種族を超越した存在になった者もいる。
歴史の中で彼らは所々に現れ、その強大すぎる力からどの種族からも恐れられた。
そして今も魔王は存在している……
九尾の狐幼女、リンシャオが魔王に仕えて数日が経った。
広い廊下のど真ん中を、白と赤の巫女服をまとった幼い狐娘が九本の尻尾を揺らしながら走っている。
目指すは魔王の寝室。未だ少し迷いそうになるくらい魔王城は広い。
幼女なリンシャオにとっては尚更で、魔王の寝室に行くのも一苦労である。
「あぁ、めんどくさいなぁ」
人間の姿では歩幅が小さい。
そう思ったリンシャオの姿は赤い炎に包まれ、炎が消えると同時に一匹の小さな狐が姿を現した。
これはリンシャオの獣型の姿。巫女服は当然消え、体毛は人間型の時の髪の色と同じである。
獣となったリンシャオは、四本の脚で廊下を走ると言うよりも跳んで行った。
こうすると人間型の倍は速く進む事ができる、魔王は獣の姿を禁じたのだが。
魔王曰く「人間型のほうが可愛いから」だそうだ。
リンシャオにとっては可愛いと言われて悪い気分ではないが、偶にならないとストレスが溜まるのでこうして魔王の目を盗んで獣となっている。
「…………ふぅ、ここだここだ」
ようやく辿り着いた寝室の入り口。
再び赤い炎が狐のリンシャオを包み、再び巫女服を着た人間型の少女の姿となる。炎はリンシャオの術によるものなので、体や衣服は燃えない。
人型に戻ったリンシャオに聳え立つ大きな扉を、両手で力を入れ開く。
寝室内はかなり広いが、暗い。城内もそうだが、この部屋は更に暗くどんよりしている。
こんな所で寝るのは勘弁だな、毎日のようにリンシャオは思う。
そして、バカ広い寝室のど真ん中にある小さな白いベッドに向かって歩くと、そこには全く起きる気配がない魔王がいた。
「……隙だらけ……」
大口を開けながら鼾をかいて爆睡している魔王。
リンシャオが知っている魔王とは、基本的に世界から恐れられ意に嫌われ、平和という名の下に命を狙われる。
『魔王を食らえばその力と不老不死が得られる』等の話も尽きないので尚更だ。
魔王城の周辺は果てしない荒野、生物というのは殆どいないからある意味安全といえば安全だろう。
しかし、黒いタンクトップと短パン姿は、普通の人族の若者のように見える。
”使い魔”という関係でなければ、おそらくリンシャオは魔王を倒せて、もれなく魔王の力と不老不死GETできる……と彼女が思うほど、今の魔王は隙だらけ。
しかしいつも思うが、この馬鹿みたいな寝顔を見ていると腹が立つ。
まるで、”リンが何しようが寝てても勝てるぜ”と言っているかのようだ。
「おい、起きろ」
とりあえず魔王をさっさと起こすべく、ベッドの上に乗り魔王の体を軽く揺する。
しかし反応がない、起きる気配もなくグースカ眠っている。
次は強めに揺する、しかし変化はない。
リンシャオは少し苛立つ。
術を使って起こしてもいいが、以前炎でベッドを焦がしてしまい”魔王特製のおしおき”を受けてしまった。
精神的にも肉体的にもきつかった。思い出しただけで、嫌な気分になる。
今度は魔王の体を叩き、尖った耳元で大声を上げて起こそうとするリンシャオ。
これには魔王も少し反応し、リンシャオに顔を向けるように寝返りをうった。
「んん~~……」
「なっ!!」
いきなり抱きつかれた。
咄嗟に両手を魔王の顔に押し当てて離れようとするが、離れられず更に密着される。
「は、な、れ、ひっ!!」
魔王の手がリンシャオの尻尾に触れ、ギュッと三本束ねて強く握られた。
ピクンと動いた狐耳も口で咥えられる。
耳と尻尾は敏感な部分だ。
少し触られても反応してしまうのに、強く握られたり甘噛みされれば、本人の意思とは関係なく変な声が出てしまう。
本当にこのあほ魔王は寝ているのだろうか……いや、明らかに眠っていないのは誰が見ても分かる事だろう。
「ひぅッ! こ、こするなバカ! ひぃぃっ!!」
「ん~~♪ なんか、ムラったぁ……」
「く、んッ……んんッ!」
体を反転させ、リンシャオを押し倒したような体勢になった魔王は、耳と尻尾攻めを続ける。
思わず出てしまう声を抑えようとしながら体をくねらせるリンシャオはかなり可愛い、元から薄かった魔王の理性も更に崩壊。
彼女の小さな唇に自分の唇を押し当てると、リンシャオは目を瞑って眉を潜ませる。
しかしそれは一瞬の事で、魔王の舌がリンシャオの口内に入り込むと、彼女の表情は徐々にとろけていく。
やがてリンシャオも舌を伸ばして魔王のと絡めあう。
「んッ……んむッ……」
少し息苦しくなって魔王が離れようとしたら、リンシャオは手を伸ばして魔王との口付けを終えようとはしない。
さっきまで暴れて抵抗していたくせに、もう自分から求めてくる……こういうのを古代の言葉で「つんでれ」と言うのだろうか。
魔王になってあまり他人と接触した覚えがないから、よく分からない。
まぁそんな事はどうでもいい、もうリンシャオから求めるというのなら好都合。
そう思いながら、魔王は幼い狐少女の体を”朝っぱらから”何度も求めたのだった……
「ん~~~、もう食えんって……」
「……」
在り来たりな寝言を言いながら、二度寝真っ最中の魔王に背を向けて体を横にしている裸のリンシャオ。
お互い背を向き合いながら寝ている。
またやってしまった……そんな後悔の念が彼女の思考を支配している。
自分の中で嫌だと思ったはずなのに、最終的には魔王にされるままになってしまう。
しかも”魔王を起こす”という目的も果たせないまま、こうして堂々と二度寝までされる、妙に屈辱だ。
「今に見ていろ……」
リンシャオは魔王に聞こえない程度の声で呟き、密かに心に決めた。
魔王への仕返しを……
魔王と狐ロリの同棲生活が始まって50年余り……
いつも通る広い廊下を、いつもとは違って少し急ぎめにリンシャオは獣形態で走っていた。
そしていつもの寝室の扉を勢いよく開けると、目の前には珍しく一人で起き、服に着替えたばかりに魔王が立っている。
この50年魔王と共にいたが、一人で起きられたのは本当に珍しい……ってそんな事思っている場合ではなく、リンシャオは頭を横に振る。
「おい、外を見てみろ」
「は? いきなりなんだよ?」
「いいから見る」
「別にいいけど…………あぁ、なるほどな……」
魔王は外を見た瞬間全てを理解した。
城を取り囲むように、果てしない荒野には人族が何万といた。
とりあえず正面の門以外の出入り口を魔法で全て塞ぎつつ、魔王は黒いマントを身にまとう。
リンシャオを引き連れて、城門から堂々と魔王は久しぶりに外へと出た。
「……花がねぇなぁ」
魔王が呟くほど、見渡す限り男の人間ばかりである。
しかも全員、銀色の鎧を身にまとい、剣や斧や槍、大きな盾といった武具を持ち魔王が現るなり人間達は獲物を見つけた野獣のごとく雄たけびを上げた。
「魔王は、人気があるなぁ」
「うるせぇ、あんなおっさん達……全員可愛い女の子なら大歓迎なんだけどなぁ」
「はいはい」
魔王の妄想を軽く受け流すリンシャオ。
今にもこの二人に襲い掛からんとする人間達だが、魔王が作り出した結界により彼らに近づけずにいる。
魔王にとってはもう何度も見た光景だ、100年に一度は必ずある出来事。
そう、この人間達は魔王を討つべく立ち上がったのだ!
まぁ、そんなものは軽く無視しつつ、魔王は頭をかきながら人間の群れの中にある巨大な物を見る。
それは古代兵器である機械巨人だ。
人間だけならまだしも、機械巨人は少しめんどいと魔王は思い軽く息を吐いた。
「おい、人間ども、俺に何か用か? 俺の機嫌がいいうちにさっさと消えるんだ、命は大事に……」
「黙れ魔王! 今日こそ討ち滅ぼしてくる!」
「ん?」
男の声しかしないこの空間で、リンシャオ以外の女の声が聞こえ魔王の目の色が少し変わった。
澄んだ声がした方向に顔を向けると、確かにたった一人だけ、周りの男どもとは違い少し軽装な鎧を着ている女がいた。
蒼い長髪の後ろ髪を紐で縛り、丸く真紅の宝石のようなものが鍔部分にあり、通常の剣よりも大きく黒い両刃の剣を手に持っている。
魔王を睨む女顔の美青年……と言えばそう見えるが、間違いなくあいつは女だと魔王の勘が告げる。
まぁ実際に女なのだが。
そして、魔王とリンシャオは第一声をあげた女が他の人間とは違う事にすぐに気づいた。
「あいつだけ、人間じゃねえな」
「あの翼……多分竜人だろう」
女の背中からは蒼いコウモリのような翼が生え左右に開き、尻部からはトカゲのような蒼い尻尾が生えている。
彼女は竜人。主に人間の姿にもなれる竜、もしくは人間と竜のハーフがこの類に当たる。
そして魔王に立ち向かう女は純粋な竜ではなくハーフ。
純粋な竜ならば竜の血しか感じないが、彼女からは人間の血も感じるから。
それにしても、可愛いドラゴン娘だなぁと魔王は思い笑顔で竜女に軽く手を振った。
その行為が、彼女の逆鱗に触れたのだがそれがまた可愛いと魔王は一切怯まず思った。
「余裕を見せていられるのも、今のうちだ!!」
「ん?」
翼を羽ばたかせ、竜女は大剣を構えつつ宙に浮く。
魔王を取り囲んでいたおっさん達は後退し、上を見上げる魔王の仕草よりも速く飛び魔王の魔法結界に大剣を叩き込む。
結界は数秒、竜女の大剣に耐えていたのだがすぐにガラスが割れるような音と共に崩れ去った。
結界を崩した事で一度少しだけ浮かび、再び大剣の刃を上に向け、竜女は魔王を叩き斬ろうとする。
「チェェェーーストォォーー!!」
竜女は叫び、この時やっと上を向いた魔王。
彼女の大剣の刃が魔王に触れようとしている……その差数センチ。
魔法で防ごうにも時間がない、これはもう駄目だろう。
人間のおっさん達は勝利を確信し笑みを浮かべていた。
しかし……今の魔王には彼女がいた……
「孤炎!」
赤紫の炎が竜女の懐に入り込むように直撃し、そのまま彼女を押し返す。
数メートル竜女を吹き飛ばした炎は竜女にまとわりつき、彼女の体力を削っていく。
空中で右回りに翼を羽ばたかせながら回転し、炎を掃う竜女。
彼女が身にまとっている白の鎧には焦げがあるが、彼女自身は殆ど無傷なのは竜のハーフ故に人間よりも体が丈夫に出来ている為だ。
竜女は魔王の前に立ちはだかっている者を見下ろし睨む。
そこには、両手の平の上に小さな赤紫の炎の球体を作りつつ竜女を見上げている巫女姿の狐少女がいた。
「おい、避けようとするなり防ごうとするなりしろ。魔王だろ?」
「え、あ、いやぁ……今やろうと思ってた」
「嘘だ、絶対嘘だ」
「嘘じゃねえってば」
「……どーだか」
リンシャオは竜女の再攻撃を迎撃するため彼女を見上げつつ、背後の魔王にため息交じりで言った。
無論、魔王のモロバレの嘘に更にため息を吐く。
この魔王はやる気あるのか無いのか分からない……いや無いのかもしれない。
結局最後まで魔王は避けるか防ぐ気はあったと言い張っていた。
何だか子供みたいとリンシャオは思ってしまうが、こんな魔王でも一応ご主人様なので守らなければならないのだ。
今は周りの人間達と、上にいる竜女を何とかしなければならない。
「とりあえず魔王は人間と機械人形相手して。私はあの竜人を」
でも相手が多すぎるので魔王にも手伝ってもらうしかない。
「待て待て、あの娘の相手はこの俺様がやる。お前はてきとーに人間の相手してろ」
「ドサクサに紛れて変な事でもするつもりだろ?」
「変な事なんてしねぇよ。エロい事はするけど……」
リンシャオを地上に残し、魔王は魔法で飛んでいく。
昇っていく魔王の後姿をジト目で見上げながら、リンシャオは周りの人間達を見る。
槍の先を自分に向け取り囲み、機械巨人たちが持っている大きな銃の銃口もリンシャオに向けられていた。
「仕方ない、どこまで出来るか分からないけど……」
そしてリンシャオは両手に再び赤紫の火球を形成し、まず厄介だろう機械巨人の一体に投げつけた。
火球は機械巨人の右足に直撃。しかし効いていない。ちょっとしたこげ程度はあるもののそれだけだ。
上空に向けられた機械巨人が持っている銃口が火を噴き、物凄い騒音が鳴り響く。
人間達は一斉にリンシャオに襲い掛かっていった。
四方から来る槍を真上に跳ぶことにより避け、人間達の頭を踏み台にしながらリンシャオは素早く、人間達の攻撃を避けながら機械巨人達に接近していく。
リンシャオの踏み台となった人間の中には倒れこむ者もいる。
まぁ、そんなのに構う事はない、機械巨人がこちらを攻撃してくる前に何とかしなければならない。
最後に人間を踏み台に数メートル上に跳び、リンシャオは見上げる機械巨人を睨み掌を上に向けた。
「大孤炎!!」
リンシャオの体より大きいであろう炎の塊が、彼女の腕が振り下ろされると機械巨人に直撃された。
この攻撃にはさすがに耐えられず、赤紫の爆炎の後仰向けで倒れる。
だが、他の機械巨人がリンシャオに攻撃を仕掛け、リンシャオは四方八方に逃げ回る他ない。
その様子を、竜女と交戦していたはずの魔王が見ていた。
その腕には、魔王と戦っていたはずの竜女が、ぐったりとし魔王に抱きかかえられていた。
「おい、大丈夫か? お前弱っちぃな」
「う、うるさい、仕方ないだろ、今日は……にゃっ!」
「まっ、俺はもう終わったし。そっちも片付けてやるよ、こっち来い」
魔王の指示でリンシャオは彼の背後に着いた。
地上からは機械巨人と人間達の攻撃が続いているのだが、魔王の魔法障壁がその攻撃を全て余裕で防いでいる。
その間、魔王は片手を地上に向けながら何かブツブツと呟いている。
それは召喚魔法の為の詠唱で、魔王の手からは紅い光と白い光の球体が一つずつ形成されていた。
「よし、出来たぞ、元気玉が出来た!」
「違う」
「わかってるって、ノリ悪いな。出ろぉぉぉぉ、ガンダ……」
「違う」
「…………出てこい! イフリート、セルシウス!!」
リンシャオとの会話の後、魔王が叫ぶと二つの球体は爆発したかのように弾けた。
その光の中から二つの影が映し出され、光が治まると2体の召喚獣が姿を現し人間たちも驚き攻撃の手を止めている。
『おい魔王。なぜセルシウスの奴と一緒に召喚なぞした?』
「いやぁ、両手に花って言葉もありますし、ね」
まず口を開いたのは灼熱の業火を纏う、イフリート。
紅の長髪、炎を操り体格的には魔王より大きい女で、横目でジッと紅の瞳で隣の女を見ながら魔王に言う。
『それはこっちの台詞、熱くてたまらない。魔王、さっさとこの熱い女を何とかしなさい?』
「そんな事言わずに、仲良くあの機械巨人達を追い払ってくださいよお姉さま」
イフリートの言葉に僅かに眉をひそめたのは、永久氷結の使途、セルシウス。
蒼い短髪と蒼い瞳、肌も若干蒼く、イフリートと睨み合いつつも魔王に命令する。
この2体の召喚獣も本来なら動物を模したような尻尾やら耳が生えたりしているのだが、今はお互い引っ込め、昔から気が合わないある意味宿敵を睨み合っていた。
その間に立って魔王は「まぁまぁ」と言いながら宥めているのだが、まったく効果はないようだ。
『大体! お前はいつも私の近くにいるのよ! ちょっとは離れなさい。あ~熱い熱い!!』
『フン! なら溶けてしまえ氷女! こっちも清々するというものだ!!』
『あなたの炎なんかで溶けたら召喚獣の恥よ! あなたこそ永久に熱くならないように凍らせてあげましょうか!?』
『それこそ恥さらしだ!』
徐々に2体の言い争いは激化していく。
その様子をリンシャオはため息交じりで、魔王は顔に手を当てて、人間達は呆然となって見ていた。
このままじゃ2体が喧嘩になる。人間軍は追い払えるけど城も破壊されてしまうだろう。
魔王は何とか炎と氷の召喚獣を宥めた。
『どちらがより多くの機械巨人を倒せるのか』という魔王の案により人間軍を追い払うやる気も出た模様。
そして、イフリートとセルシウスの体が赤と白の光に包まれ、湾曲しながら機械巨人達に向かっていった。
数分経って、人間軍は2体の召喚獣にコテンパンにされた。
特に機械巨人軍は全滅。パイロットは無事な者も居たが殆ど機械巨人諸共燃やされたり凍らされたりした。
奇跡的に無事だったパイロットも無傷と言うわけにもいかない。
ちなみに勝負は五分五分の引き分けである。
ここまでやられれば、人間軍は撤退を余儀なくされる。
追い討ちはしない、逃げるというのなら逃がす。魔王はイフリートとセルシウスにも追撃はするなと命ずる。
そして、リンシャオや召喚獣に指摘されて、ずっと抱えっぱなしだった竜女の存在に気が付いた。
「おーーーーーーーーい! 人間ども、忘れも……の…………行っちまった」
「どうする? その娘」
「うーーん、こんなとこに捨ててくわけにもいかんしな……とりあえず俺の嫁に……さーせん、冗談です」
『おい魔王?』
『ちょっと魔王?』
「え、はい、何でしょうかお姉さま方?」
とりあえず竜女はお持ち帰りするようで、魔王とリンシャオは城に戻ろうとした。
しかし、その途中でイフリートとセルシウスに呼び止められて振り返った。
『私達は、もう帰っていいのよね?』
「あ、はいそうですね、あざーっした」
『本当に感謝しているのなら態度で示せ』
「と、言いますと?」
『キスしろ』
『キスがいいわ……ってちょっとあなた!!』
消える前の要望が被って、また召喚獣の争いが始まろうとしている。
その前に魔王は彼女達の唇を奪い、満面の笑みで手を振って見送った。
希望したとはいえ、いきなりキスをされ、イフリートとセルシウスは喧嘩することなく消えるまでずっと頬を赤くして黙り込んでいた。
かくにも人間との戦闘も終わった。
リンシャオは動き回ったり力も少し使ったりして少し疲れている様子だが、魔王はまったく疲れていない様子。
これでまた100年は人間が楯突くこともないだろうと思いながら、魔王は魔王城の城門を開いた。
最終更新:2008年03月06日 14:58