どれだけの時間が経ったのか、体を起こすとそこに龍の姿は無かった。
心中、あれは夢幻の彼方での出来事だと疑いたかった。
俺の手にはかすかに刃を残した刀、地には龍の角…そして胸の刀傷が俺を否が応でも現実に引きずり込み、ようやく自分が生きていることを認識できた。

「大義であった。しかしそなた、巽の刃をその身に受け、なおも角を折るとは…行く末が楽しみだな。」
巽の母であり、女の身でありながら“父皇”として君臨する彼女は笑みを見せる。
生粋の龍である彼女の齢は人のそれを遥かに上回るのだが、見た目は27・8歳ぐらいに見える。
どこか寂しげに笑う彼女は娘と同じ黒髪で…片方の角は古い太刀傷を残して折れていた。

帰り際、俺は刀一族が眠る墓を参り、無事に生き帰った事を報告して父と母の墓の脇に折れた刀を供えた。
『刀と共に生まれ、刀と共に生き、刀と共に眠る』
始祖である刀刃斎様の墓碑に刻まれた言葉は今もこうして受け継がれている。
俺もいつかは…。

いつもの駅で電車を降り、いつもの道を歩き、いつもの角で曲がるといつものアパート。
軋む階段を上がった先、古い金属製のドアを開けるといつもの部屋が目に映るはずだった。

月光に満たされた部屋と、“五爪の龍”はいつもと変わらない様相で俺を迎えてくれた。
「不思議な識者だな。臆せず足を踏み入れるか。刀はどうした?」
「弔った。いい刀だったよ。隣、いいか?」
返事を待たず彼女の横に座ると、無言で酒の入った杯をつきだされた。
「龍鱗を浮かべた杯…」
「違う、我の逆鱗だ。」
逆鱗を杯に浮かべる意味を俺は知っている。龍にとって最大の敬愛、つまりそれは…。
「返答はまだよい。だが少なくとも…あの…わ…我は…」
言葉につまり、背けた顔は真っ赤だ。
「なんだ、五爪の龍でも照れるんだな。」
「う、うるさいっ!我だって…女…だ…う~っ!ついてこいっ!」
龍の娘はむんずと俺の手を掴むと、窓から空に飛び出した。というより正確には“飛び立った”といった方が正しい。
そして、彼女の背中に生えた翼はまるで西洋の竜そのものだった。

風を裂き、空を裂いて飛翔する龍神と人間。
「竜の翼?なぜ龍に竜の翼が生えてるんだ?」
「龍にもいろいろいるということだ。」
五爪の龍はあっけらかんと答えてみせた。

「って、ここは銭湯じゃないか。」
「ふ、風呂は命の洗濯と言うであろう?それに我は…あ、いや、なんでもない。」
なんだか妙~な意図が見え隠れしてるんだが…まあ俺も一息つきたかったし、ここは俺の思い出の場所だし、疲れたし、ひとっ風呂浴びるか。

「で、なんでお前は男湯にいるんだ?」
「はう!あのそのほら、あれだ、背中を流そうと思って。ちゃんと術で幼くなったしな。」
偉そうにふんぞり返ってみせるが、中学生くらいの身体で入って来るのはどうかと思う。
「怪しい…」
「な、なにを言うかっ!我がわざわざ背中を流してやろうと言ってるんだ。やましいことなど何もないぞ!」
訝しげな視線を送る俺とは対照的に、先客の爺様方は孫でも見るかのように喜色満面だ。
「…まあいい、とりあえず湯をかぶってそこに座れ。洗ってやるから。」
「う…我を、か?そ、それはいろいろと…あの…」

目の前には長い黒髪と二本の角が生えた後ろ頭、鏡には恥ずかしそうにうつむいている龍。
「お湯かけるから目ぇつぶれ~」
「わぷっ!言うのが遅いではないか!我は銭湯の神ぞ!もっと丁重に扱わんか!」
「あ~銭湯の神な~。シャンプーないから牛乳石鹸で頭洗うぞ~。」
「う…うむ。」
それにしても銭湯の神様とは。八百万の神にもいろいろいるってことか。

熱湯しか出ない赤い蛇口と冷水しか出ない青い蛇口、様々な広告が貼り付けられた鏡。
壁に描かれた青く、広い海。
まだ俺が幼い頃、両親に連れられて初めて来た時と何一つ変わってない。

「神は…人の思いによって世に現れている。」
滔々としたその言葉に、彼女の髪を流しながら耳を傾ける。
「人々の思いが消え、記憶から消えた時、神は阿頼耶識へと還る…」
―――それが『神』から解放される時。
彼女は静かに言葉を閉じ、笑顔で振り返った。
「他愛もない話だった。どれ、代わって我が背中を流そう。」

つま先、足、太もも、股、ぐお…相変わらず熱い…。
「さっさと入らんか。いい湯加減だぞ?」
そういって尻尾を振って急かす風呂神様。
こいつといい周りの爺様方といい、なんでこんなに涼しそうな顔してんだよ。
「う゛あ~あぢ~よ~。」
少しでも涼しそうな湯船の端であぐらをかいて心頭滅却すれば…すれば…やっぱり熱い。
「やれやれな奴だな。」
朦朧とした意識の中、ざばざばと近付いてくるとあぐらの間に体操座りで座り込む神様。
いつの間にか爺様方は姿を消し、浴槽には俺と彼女だけが残された。

姿形は小さいがこいつも一応神様なんだよなあ…って!
「なんでそこに手が出るんだ。」
「我はお前の事を好いておるからな。」
こっちに向きなおり、あっさりと答えて俺の大事な部分に手を伸ばす神様。
「くくく…動けないだろう?お前はここに来た時点で我の術数に嵌っている。」
耳元で囁き、心底邪悪な笑みを浮かべたまま肉棒に指を這わす。

「痛…」
引っかかる爪の感触に声が漏れる。
「あ、ご、ごめんなさいっ…その…我…こんなの初めてだから…」
さっきとはうって代わってしおらしくなった神様は真っ赤な顔を背けながらも、手の動きは止めない。
「うわっ、なんだか大きくなってきた…」
男性として至極当然の反応なんだ、まじまじと眺めないでくれ。
お湯の温度と、つたないながらも蛇のように絡みつく手。

「…よしっ」
「なん…だ…くっ」
しゅるり根元に巻き付いた尾と亀頭を攻める手を同時に動かしだす。
と、同時にものすごい激痛が俺を襲った。
「いだだだ!ウロコが!ウロコが!」
俺の悲鳴に彼女は慌てて尻尾と手を放し、申し訳なさそうな顔をしてうつむいている。
「我じゃ…だめなの…?」
無言で俺の手を取り自分の秘所にあてがうと、湯船の中でも分か

「我は、我はこんなにもお前の事が好いておるのに…」
彼女は俺の手に、足に自分の一番大切な所を息を荒げながら必死に擦り付ける。

そして、五爪の龍は俺の耳に口を近づけて囁いた。
「我の、全てをお前にやろう…だから…お前の全てを、我に…」
俺の肉棒は湯船の温度よりもっと熱い彼女の秘所に包み込まれた。
「つ…っ…!」
強い締め付けと共に苦悶の声が漏れる。
「お前…」
「ん…龍でも…っ!痛いのだな…」
必死に痛みをこらえ、ゆっくりと腰を動かしながら笑顔を見せる龍。

「なぜ、なぜそこまで…く…」
「知れたこと…ふ…くぅ…我はお前が…好きだから…な。」
彼女はしがみついたまま腰を振り、湯船の中でも体温が分かるほど体を密着させる。
俺も彼女も言葉はなく、ただ互いの吐息だけが漏れる。
神と人、龍と人、女と男、雌と雄の交わり。
蠢くような膣壁は俺の肉棒をくわえ込んで離さず、慣れてきたのか腰の動きも早まる。
まるで動物の交尾のように湯中で打ち付ける彼女の顔は苦悶ではなく求愛の快楽、愛しき人と交われる喜び…そして愛しい人を犯す喜びに満ちていた。

「はぁ…くぅ…ん…もっと…もっと…」
涙を流し、犬のように舌を出してねだり、腰を振り、体を擦り付け、快楽に酔いしれる彼女。
やがて俺にしがみついて声もなく絶頂を迎えると、きゅうきゅうと波打つような締め付けが俺を襲った。
「あ…く…出る…」
びゅくり、と吐き出された精液は止まることなく彼女に搾り取られていく。
「ん…だい…好き…」
最後の一滴まで吐き出すと、俺はどっと襲いくる疲れと共にぶくぶくと湯船に沈んでいった…。

んく、んく、んく…ぷはー。
「うむ、美味だ!やはり風呂上がりの銭湯といえば珈琲牛乳に限るな!そうは思わんか?」
「いや、俺はラムネが好きだし。というかなんで“巽”はそんなに元気なんだ。と、栓抜き栓抜き~っと。」
あー!と叫ぶ声の主はもちろんタオル一枚の龍神様。
「今、呼んだ。」
「なにをだよ…いきなり叫んで。えーと、ラムネ用のタオルは…これか。」
スポンとラムネのビー玉を落とし、泡がこぼれ落ちないようにタオルを…。
「我の“名前”、呼んだぞ!」
え?俺が巽の名前を?何言ってんだ。…あ。
「ふっふっふ、気付いたようだな。なに、お前の気持ちはよく分かった。」
「ま、待て!何を勝手に」

「それに、だ。あれだけ我の中に出してるのだしな♪私は貴様のように強い者(強いモノ)は大好きだ♪」
「あ、あれはお前が…」
「ほう、天下の刀一族も落ちぶれたものだな?我の操を奪ったのは貴様の刀だろう?」
は、謀られた…。
「さあ、お前の家に戻って杯を交わそうではないか。そして朝まで…な♪」
がっくりとうなだれる俺の手には溢れたラムネの泡が流れ落ちていた。

「なあ、また来ような。我はここが気に入ったからな。」
「そうだな、いつかまたな。」
「まことか!きっと、きっとだな!」
ぎゅっと腕にしがみついたまま神様ははしゃいでいる。
「―――いつか、いつかみんなが我を忘れても…お前だけは我を忘れないでくれ。」
「え?」
振り向くと、きょとんとした表情で龍神は無邪気な笑顔を見せた。

月はまんまる、カランコロンと響く下駄の音、少しばかり肌寒い夜。
後ろには、ぴったりと寄り添って歩く影。
ふいに足が止まると男は龍に口づけを交わす。
そして笑顔で何事かを龍に告げると、龍は大層喜んで子供のように空を駆け回った。

その晩、男が飲んだ龍鱗の杯がこの世のどんな酒よりも美味だったのは言うまでもない。