「来たか…」
村の中心に鎮座する霊石に座り続け三日と三晩を経た四度目の朝、それは訪れた。
湿り気を帯びた烈風が吹き荒び、雷光が天を走り、海を落としたような勢いで雨が降り始める。

『かの声は雷電となりて驚天動地のごとし。
かの爪は天剣となりて大山鳴動せしめん。
御姿過ぎ去りし所には七色の帯を引かんとす。
帯に眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識、末那識、即ち七識あり。』

俺は気付かぬうち祖父の口伝を口ずさんでいた。
「六道八卦を司る神々の長たる天神、それが龍…全く口伝の通りだ。」
瀬戸に面するこの小さな村は幾度となく龍に襲われた…といっても酒蔵の酒を全て空にされただとか程度の悪戯だが。
だが天神たる龍の誇りを穢したという罪は重く、村へ赴き逆賊を討伐せよという龍皇の勅命を受けて俺はここへ来た。

雲を縫って降り立った龍の姿を見るなり俺は腰の太刀に手をかけた。
まさか『五爪の龍』とは思わなんだ。
最高神である龍の中で最も最高位に属し、現人神として顕在するという言い伝えを思い出す。
よりによって初仕事でこんな化け物に当たるとは…死んだかもな、俺。

五爪の龍は羽衣を纏った美しい天女のようだった。
だが頭の上、長い漆黒の髪から除く双角と周囲に浮かぶ双対の宝玉、
そして腰から生えた龍鱗に覆われた尾は彼女がまぎれもなく龍だと知らしめる。

「我が名は刀 源士郎の子、刀 正宗。そこにあらせられるは五爪の龍とお見受け致すが。」
「いかにも…我は人の姿を借りし五爪の龍、名を巽(たつみ)と言う。かの有名な刀一族の小僧が何用じゃ?」
俺は刀を抜き、上段に構える。
「かの者、一族の誇りを穢す大逆を為した罪なれば“父皇”陛下の勅により貴公を討ちに参った…。
要はお前を倒しに来たんだよ!」
くそっ!声も握りも震えてやがる…。

「小僧。人の身でありながらそれだけの気勢とは…先が楽しみじゃ。」
「俺は小僧じゃねえ!」
応える代わりにくすりと笑うと彼女はおもむろに羽衣に手をかけた。
「なっっっ!?」
慌てて顔を背けた俺の網膜には一糸纏わぬ彼女の裸身がしっかりと焼き付いていた。
「なんだ小僧、女の裸は見たことがないのか?」
「うるさい…っっっ!」
「ふん…初(うい)やつじゃな。どうだ、少しは気が紛れたか?」
え…?
「小僧。呼吸を整え、心を研ぎ澄まし、刃を信じろ。
そのように力んでいては己が力を引き出す事はできぬ。

彼女の言われるがまま大きく深呼吸をしてみると、あれほどまでに高ぶっていた闘争心が消えていき、水鏡のように静まっていった。

俺は心からの感謝を込めて一礼を送り、上段に構えていた刀を納刀する。
「それでよい。龍か人を問わんや、一族の誇りも性別もまた同じ、今この場に必要なのは“刀 正宗”と我の刃のみ。」
この上なく満足そうな笑みを浮かべると、彼女も右手を腰に当てて左手を添えた。
彼女も俺も考える事は同じらしい。神速の抜刀術をもって一撃で決める。
彼女の体に赤く呪詛のような龍鱗が浮き出し、やがて彼女の体を鮮やかに染め出す。
「巽殿と刃を交える事ができ至極光栄…全身全霊を持ってお相手いたす。」
「刀 正宗、その心意気や見事だ。このような者と刃を共にするは武人の本懐なり。」

風が凪いでゆく。厚い雲は失せ、夜明け前の空がゆっくりと回る。
心臓の鼓動も、呼吸もなかった。

「「いざ、尋常に勝負…」」
空の果てが燃え上がり、太陽の光が俺たちを差す。

―――刹那、俺と彼女は閃光となった。


「…くっ」
俺は折れた刀を手に仰向けに倒れ込む。斬られた胸はそこまで深くないが…たった一撃でここまでの差を思い知らされるとは。
彼女は俺の側まで歩みよると、ふっと微笑んで俺に言った。
「見事な一撃であった…」
龍鱗の紋様が消えて行き、片方の角が音もなく折れる。
満足そうな微笑みを浮かべたまま彼女も気を失って俺の上に倒れてきた。


まさかこれが俺達の馴れ初めになるなんてことは夢にも思わなかった…。