三時間もトラックに揺られて着いた前線基地はかつてないほどの活気に包まれていた。
「着いたぞ、降りろ」
あたりを見渡すと『敗北主義者を粛清せよ!』『帝国主義を打ち滅ぼせ!』『人民よ、立ち上がれ!』などと書かれた看板が所狭しと立ち並んでいる。
気怠げに装備と荷物を卸下すると、遅れて我が軍の「新兵器」が降りてきた。耳を立ててせわしなく辺りを見回し、鼻をヒクつかせている。
「お腹空いた~!」
開口一番がそれですか。まあ時間的にそろそろ駄々をこねるだろうとは思っていたけど…。
「同志小隊長、こいつらの食事はこちらの部隊で用意してもらえると聞いたのですが。」
申し訳なさそうな僕の顔と地団駄を踏んでいる「兵器」とを見比べて、我らが小隊長は笑みを浮かべている。
「ウラジミール、心配せんでもこいつらにゃたらふく食わせてやる。お前も腹に詰め込んでおけ。明後日0800作戦開始だ。」
「ついでにウォッカもお願いします。」
「こやつめ、ハハハ」

「…!」
新兵器の待つ犬舎に戻るなり、強烈な視線を向けられる。狙いは…この晩メシか!
「ごはん~!」と叫んで猛烈な勢いで駆けてくる。
「ストーイ(止まれ)!って、うわー!」


―――数分後

腹も膨れて幸せそうな顔をしているシベリアンハスキー…名前はリズ。識別番号Z-17を逆さから読んでLIZ。
我ながらなんと単純なネーミングセンスだろうかと呆れてしまう。上官には「情が移るから名前を付けるのは止めとけ」なんて言われたけど。

「ねーねー、遊ぼーよー!」
「だーめっ。今はリズ達に関する記録つけてるんだから」
晩ご飯を食べ終えてじゃれついてくるリズを適当にあしらいつつ「地雷犬訓練考察」と題したレポートを書いていく。早い話が成長記録だ。
「あ…」
「どした?」
「おしっこついてきて」
はあ、やれやれ…
「一人で行かないとだ~め」
「お化け出そうで怖いもん」

―――次の朝、僕の布団に描かれるだろう世界地図を想像した。泣いた。
「分かったから、もうちょっと我慢してね」
「ありがと~!ご主人様」
やっぱりまだまだ子犬だよなあ…まだ1歳ってことを考えると仕方がないか。
真っ白な毛並みを携え、尻尾を軽快に振りながら並んで歩く少女。
雪のように白い髪にアイスブルーの瞳、透き通るような肌。まるで雪の妖精だ。
昔話では雪の妖精は死と春を司るものだ。では、この子は…


自らの運命を、犬達はまだ知らない…。

翌日
「おい、機関銃と弾薬を銃架に据えろ!」
「対戦車ライフル小隊集合!整列だ、整列!」
「弾薬をありったけ準備しておけ!」
人間や車両が右に左に戦闘の準備で大忙しだ。

作戦前の喧騒をよそに僕は一人で犬舎で犬を着替えさせていた。大規模作戦…といっても下っ端の僕はせいぜい突撃してppsh(ペペシャと呼ばれる小型堅牢多弾数なサブマシンガン)の弾丸をばら撒いて、地雷犬の動きを見守る程度。
今まで僕達はこの作戦のために調教をして、準備をしてきた。覚悟も出来てる。なのに…
「なのに?」
着替えさせる手を止めた僕を“何も知らない”リズが無邪気に見つめて訊いてくる。
どこまでも澄みきった碧眼に僕の虚ろな表情が映っていて、僕自身の心を見たような気がした。

地雷犬―――犬に木製の起爆レバーと爆薬を付けたチョッキを着せて、敵戦車の下に潜り込ませる。
すると背中に飛び出たレバーが敵戦車の底に当たって倒れ、爆薬を起爆して敵戦車を破壊、もしくは履帯を吹き飛ばして撹座させるのが狙いだ。
犬達は、エンジンをかけた戦車の下で餌を与え『戦車の下に行けば餌が食べれる』と信じている。
みんな自分が死ぬ瞬間まで何も分からないはずだ…。


「ごめん…」
ダメだ。泣いてはいけない。僕は軍人だ…でも…
「ひっ…ぐ…」
僕の覚悟を押しのけて涙が溢れてくる。犬達と過ごした一年間が走馬灯のように流れていく。
まだ子犬だった犬達も、この一年で大きくなった。僕の日誌にはそうした思い出がたくさん書いてあって、思い出は今も続いている。
だけどもうすぐそれも途切れるだろう。
犬達は人間が殺し合っていることも、自分たちが殺し合いの道具に使われることも知らない。

だけど―――ああ、僕はこんなにも愛おしく思っていたんだ。
「怖くないよ、怖くないから」
そんな僕を見てリズは優しく抱き締めて頭を撫でてきた。
僕はただ女の子のように嗚咽を漏らすばかりだった…。

作戦前夜―――その晩は盛大な宴会が開かれた。ウォッカの樽は全て開けられ、本国の出身者、辺境の出身者、肌の色も瞳の色も言語も関係なかった。
「み~ごっと散~り~ま~しょ♪」
「く~に~のた~め~♪」

伝統的なバラライカの音色に混じって聞き慣れない歌が聞こえる。
「同志小隊長、あの歌は?」
「ん?ああ、あれはなんでもヤポニェチ(日本人)の国で流行ってる歌らしい。“同期の桜”とかいうそうだ。」
「桜…?」


訊いてみると桜とは春に咲く花で、とても美しいらしい。
「リズ達と見に行きたいな…」
咲き誇る桜を想像してみるが、慌てて首をぶんぶんと振る。明日は作戦だ!でも…
「同志小隊長、今晩は犬舎で寝てもよろしいでしょうか?」
僕の考えを察したのか、ウォッカで頬を染めた小隊長はしばらく思案して
「…勝手にしろ」
と独り言のように呟いた。

キィ…
木造の小屋の扉を開けて犬舎に入る。元は家畜を飼う小屋だったので中央には藁が渦高く積まれ、床にも藁が敷き詰めてあった。
リズ達30匹の犬達はそれにくるまって寝転がっていた。僕は起こさないように一匹ずつ頭を撫でてやる。
ふいに窓の方に気配がある事に気付いた。
窓から差し込んでくる月の明かり…それを浴びながらリズは身じろぎ一つせず月を見つめていた。

「リズ…?」
その声にリズはこちらを振り向き無言のまま僕と目が合う…その瞬間、僕の体は強烈な恐怖に掴まれた。
「………」
―――死を孕んだ赤眼。青白い体と白銀の髪に不釣り合いなほどそれは紅く僕を射抜いていた。
「お…ぐ…」
強烈な吐き気に襲われその場に倒れ込む。そして世界が急速に薄く、黒ずんでいく…。


彼方に遠吠えを聞いた気がした。



―――もうすぐ春が来る。

大地を覆う雪は溶けるだろう。
草木は芽吹き、鳥や獣は恋をする。
辛く永い冬は去り、春風が命を営む。
春に“僕達”の姿はあるんだろうか…

ぴちゅ…
夢のまどろみは突然の刺激で一気に覚醒した。
「うぁ…っ」
亀頭を這い回り、雁の裏側を攻める舌の動きに思わず声が漏れる。
目覚めると、僕は地面に座った状態で後ろ手で柱に縛り付けられていた。…何故か全裸で。
そして両足の間に顔を埋めて、僕の竿を恍惚とした表情で舐めているリズがいる。全くもってワケが分からない。
「ぷぁ…うーくん、起きたんだ♪」
竿から唇を離して嬉々として僕に見入るリズ。緋色の瞳を向けて妖艶な笑みを浮かべている。

「私ね…」
色を帯びた声。
「私ね…うーくんのこと、大好きなの。でも、うーくんは人間で私は人間じゃないの。だからだめ…」
耳と尻尾を伏せてしゅんとうなだれるリズ。そして思い立ったように顔を上げて
「でもね!私はやっぱりうーくんのことが好き!だから交尾するの。」
そう言い放つと顔を近づけて耳元でそっと囁く。
「うーくんの精子が欲しいのぉ…」
それは、僅か一歳の子犬ではなく一匹の“獣”の囁きだった。


「だけど、僕とリズはっ―――!」
「んー!んむー!…ん…」
唐突に唇をふさがれて、ぬめりを帯びた舌を差し込まれた。獲物を貪るように乱暴に唾液を流し込んで無抵抗の口内を蹂躙していく。
その間にリズの細い指は竿をなで上げ、ぐちゅぐちゅとしごいている。
唇を離すとしごいている手はそのままに、妖しい笑みを浮かべた。
「逆らっても無駄だよ?うーくんは人間だから弱いんだよ。だから今は私のご主人様じゃない、私の玩具なの。」
「くぅ…で…る…」
「うーくん、出したい?でもだ~め♪」

リズは立ち上がり僕の顔の前に無毛の恥丘を突き出す。そこはすでに愛液で溢れていて、ぬらぬらと月明かりに光っていた。
そして、濡れた割れ目を人差し指と中指でくぱぁ―――と開く。
「…うーくんは、この中に出すの♪」
唾液を竿に垂らすと、僕の肩を持って自らの腰を落としていった。
「んん…うーくん…ふとい…のぉ!」
リズの外見は(中身も)年端もいかない女の子…というか幼女だ。そんな未発達の体に青年のモノを入れたんだ、相当きついだろう。
だが、それは僕も同じだった。

「う…く…出るっ」
どくんっ!どくんっ!びゅく…びゅく…


「ふああっ!あついのが出てるよお…」
ぶるぶると身を震わせて精子が子宮にぶつかる快感に身を委ねている。
ひとしきり射精が終わったのに、固さを失わない僕の肉棒を膣内に感じ取ったリズは一言
「もっと…」
と呟くと、その小さな体をよじって上下に動き始める。外見相応に狭い膣内の締め付けは僕に射精を促して、僕はそれに抗うことさえ叶わずに精液を吐き出す。
「うーくん、孕んじゃうよぉっ!」
はっはっ、と舌を出してよだれを垂らしながら淫らな声を上げる彼女に僕はまた興奮を覚える。そしてそれはそのまま射精となってリズの子宮を満たしていく…


深夜。目が覚めるとそこには膣から精子を溢れさせたリズが体を丸めて眠っていた。体はすでに解放されていて、窓からは“満月”が見えた。
「…よし」
僕の心は決まった。人間の争いに犬達は関係ない。死ぬのは僕達だけで十分なんだ。

「小隊長」
小隊長の天幕を訪ねて中に入れてもらうと、小隊長は全てを知っているような表情で分かっている、と呟いた。
「ウラジミール、お前の気持ちは“聞こえた”。リズ達を戦争の犠牲にしたくないんだろ?」
「はい…って小隊長、“聞こえた”ってどういうことですか?」


「ん?そりゃあれだけリズと交尾しておいて、あまつさえそれだけ心の声が聞こえるんだ。全部分かるさ。」
…なにかが変だ。
「小隊長…?一体なにを…」
「ウラジミール、君は実に馬鹿だな。私が何故いつも制帽を被っているか考えたことはないのか?」
「…」
「返答もなしか。やれやれ…こういう事だ」
言うなり制帽と服を脱ぎ出す―――


―――ありのまま見たことを話そう。
小隊長は女だった。それも美人だった。以前からやけに整った顔付きと澄んだ声だと思っていたけど…
そして、頭のてっぺんに犬耳。フサフサとした犬の尻尾もあった。

「しょ、しょ、小隊長!?」
「なんだ?私が女だということに驚いているのか?全く失礼な奴だ。私はこれでも君より遥かに年上なんだがな」
「あ…いえ…その、頭のものは…」
「耳だ」
「で、ではそのパタパタと振られているのは…」
「尻尾だ。見て分からんのか?」
―――分かるよ、分かりますよ!と叫びたい。
その時、遠くから“あの時”と同じ遠吠えを聞いた。小隊長は耳をピクリとさせると笑みを浮かべた。
「良かったなウラジミール。終戦だ。」
「は?」
「ここだけではない。たった今、世界中を巻き込んだ大戦は終結した」


人間と動物の数がどちらが多いか?と訊かれれば答えは明白だ。
小隊長は世界大戦終結の理由をこう答えた。

「ちなみに中隊長は猫又、連隊長は九尾の狐だ。彼女達もよく頑張ってくれたぞ。」
呆けたままの俺を見て小隊長はくっくと笑った。
「―――そういえば今日は満月だな。ウラジミール、先ほどはお盛んだったじゃないか。」
「えと…あの…」
「満月の晩は我々獣人の発情日といってな、発情期とは別に無条件で発情してしまうんだよ」
「まさか…」
「ウラジミール、これは小隊長命令だ。よもやリズのような小娘相手に打ち止めというわけでもあるまい?…もっともそうなったらなったで無理やり固くさせるだけだが」

さっきまでの“小娘”ことリズと同じ笑みを浮かべ舌なめずりをする小隊長。
「ふふ…それでは搾り取ってやろう♪」

ウラジミールの戦いは終わってなかった…


一年後 日本のどこか

川沿いの道を散歩する一組の若い夫婦。戸籍には「夫:人間 妻:獣人」と登記されている。いまや世界中どこでも見受けられる組み合わせだ。

―――僕の妻は雪のように白い髪にアイスブルーの瞳、透き通るような肌。まるで雪の妖精だ。
昔話では雪の妖精は春風が吹いて消えてしまうけど…今、僕達は春を共に過ごしている。

―――うん、来年はもう一人増える「家族」を連れてまた来よう。なあ、リズ?
―――はい、あなた♪



ふわりと春風が頬を撫でて木々と、それに咲く薄紅色の花びらを揺らしていく。
幸せな想いと共に、ひとひらの桜が舞い上がった。