第五幕  【隠した恋と学園の地底】

 

普段使われていないどこかの準備室。その机にだらしなく乗っかった状態で、ひとりの男子生徒が携帯で電話をしている。「へー。流美ちゃん。あの手あげちゃったの?もったいない。」言葉とは裏腹に、どこか楽しそうに彼は続ける。「いいよいいよ。まだ他に楽しそうなことは沢山あるんだから。」その後、何度か言葉を交わして電話を切る。携帯を持ったまま、片手をぶらりと降ろし、教室のスミに目をむける。「またよろしくお願いしますね。先生。」視線の先で、ずっと無言で立っていた女性は、小さくうなずいた。

 

逢魔人達は全員。樋田あかりに呼ばれて集まっていた。樋田あかりは怒っているようだった。正座したほうがいいのではないかと思わせるオーラをまといながら、怒りを含んだ声を発する。「正直に言ってくれたら、たぶん怒りません。」絶対にウソだったが誰も言えなかった。樋田あかりの剣幕に圧倒されたからだけではない。樋田あかりの続けた言葉に、誰もが言葉を失ったからである。「キフの鎮石を壊したのは誰ですか。」鎮石のひとつであるキフの鎮石が何者かによって破壊されていた。樋田あかり曰く、鎮石を壊すには怪異の力が必要であるという。だからこそ樋田あかりは怪異とかかわりの深い逢魔人達を疑っているのだ。「まぁ。他にも怪しい人はいますが…」といいかけてやめる。とにかく怪異がまた現れることは間違いない。それを倒すために協力し合うことを逢魔人達は約束する。樋田あかりは疑うような目をしていたが、ほかに協力者がいないのだろう。「お願いしますよ。」とだけ言ってこの場をさって行った。

 

ふと兎吊木数一は窓のそとに目をむけた。寮へともどる生徒の中に、よく知った顔をみつける。彼女、綾川なおも気づいたようで、兎吊木にむけて大きく腕をふる。元気よく知り合いに手をふっているようにみえるが、恐らく腕が元通りになったことをみせているのだろう。その横を、一人の女子生徒が通り過ぎて行った。艶やかな黒髪をなびかせ、男子学生の視線を集めている彼女は、この学園のアイドルのような存在である石永姫子だ。何かいいことがあったのだろうか。笑顔の彼女は可愛らしかったが、少し不気味にも思えた。

 

神明あおいは早速、壊されたという鎮石を調べていた。視界の端に見知った人物をとらえる。ソレの外見は山田貴大と全く同じであるが、自分の知っている山田貴大ではないと直感した。ひどく冷たい目であなたを一瞥し、その場を去って行く。視線をそちらにむけると、石永姫子と山田貴大に似たソレが楽しげに話している。青春である。こちらは怪異調査をしているというのに。ソレが山田貴大本人ではないと頭ではわかっていても、山田貴大に対する殺意がわくのは仕方のないことだろう。

 

綾川なおは珍しい人物が来たことに少し驚いていた。珍しい人物である館田本成は少し申し訳なさそうに言う。「腕はもう大丈夫ですか?」倉山菜摘を助けたい気持ちはあったが、今思うと自分はどうかしていたのだろう。綾川なおはごく普通の女子生徒のようにみえる。この子の腕を奪って、悲しませて、それでは解決したことになるのだろうか。そんな葛藤を知ってか知らずか、人を安心させるような笑顔で綾川なおは答える。「大丈夫ですよ。この通り。えへへ。」やけに機嫌がいいようだ。「…前から。お話してみたかったんです。館田さんと。」よくわからないが、元気になったのならよかった。そう思った。

 

兎吊木と館田は樋田あかりと情報交換をしあっていた。今回の鎮石が壊れたことであらわれた怪異はおそらく山田のドッペルゲンガーのようなものであること。そしてそれは人形を媒介としているため、今までのように倒すことができないであろうことについて対策を考えていたのだ。良い案が浮かばないまま考え込んでいると、兎吊木は樋田あかりが自分のことをじっとみているのに気が付いた。「やっぱり、綾川なおさんを信用すべきではないと思うんです。」どうやら樋田あかりは本当に綾川なおのことが嫌いなようだ。「神様ならこんな状況も防げたはずです。それをしないということは…」そこまで言って兎吊木の後ろを見て固まる。振り返ると綾川なおが立っていた。ゆっくりと三人の方へ歩いてくる彼女の顔には、人間味の薄い笑顔がはりついていた。「陰口言う人、好きじゃないなぁ。」そう呟いて、彼女は通り過ぎていく。完全に姿が見えなくなるまで、誰も何も言うことができなかった。

 

一方、今井芳樹は押方流美に話を聞きに来ていた。今回の事件にも押方純平が関わってる可能性は高い。ならば妹である流美が何か知っているのではないかと思ったからだ。案の定、兄のことを聞かれて流美は言いにくそうに目線を泳がせる。「私には意味がわからないのですけど…」そう前置きして話し始める。神様の行動を妨害する秘密の言葉、というものを押方純平は教えてくれたらしい。“マガツヒノヨリワケノカミ”。今井にも意味はわからなかったが、何か重要な事のような気がした。

 

そして逢魔が時がやってくる。

 

逢魔人達は裏庭に集まっていた。山田くんのことで話をしたいので、裏庭に来てほしい。という内容の手紙を全員が受け取っていた。その場には逢魔人と石永姫子、そしてもう一人の山田貴大がいた。石永姫子は山田貴大をかばうように前に出て言う。「私達のことを放っておいて欲しいんです。邪魔をしないで欲しいんです。」山田貴大のことを逢魔人がねらっているとでも思っているんだろうか。彼女が盲目的に山田貴大のことを愛しているのは調査でわかっていたが、山田貴大が二人いることになんの疑問も抱いていない様子にどこか恐ろしいものを感じた。異様な状況に戸惑っていると、もう一人の山田貴大が本物の山田貴大に殴りかかろうとする。間一髪で避け、地面に転がる。一気に緊張した雰囲気となった場に、そぐわない声が聞こえた。「助けてあげましょうか?館田さん。」そう言う綾川なおに、館田本成は言う。「怪異を勝者にしてほしい。」逢魔人の視線が集まるが、そうせざるを得ない理由が館田にはあった。押方純平と約束したのだ。今回の怪異を勝たせれば、願いを叶えてくれると。「いいよ。叶えてあげる。」そう言う綾川なおの声にかぶさるように今井芳樹は叫ぶ。「マガツヒノヨリワケノカミ!」その言葉を聞き、びくっとして綾川なおの動きが止まる。ゆっくりと今井の方をみて言う。「なんで知っているの?なんで知っているんだ!!」そう言って地面に足を叩き付ける。神の力なのだろうか、地面は大きく揺れ、逢魔人達は立っていられずその場に膝をつく。その中心で怒りに体を震わせながら立っている綾川なおは、たしかに神様なのだと誰もが思った。怒りの中に、悲しそうな表情をみつけて兎吊木は声をかけようとする。それよりも早く、彼女の姿は掻き消え、もう一人の山田貴大が襲い掛かってきたことで再び乱戦状態へと陥った。

 

結果として、もう一人の山田貴大を逢魔人達は打ち負かした。石永姫子は、綾川なおの力を受けてか既に気絶していた。駆けつけた樋田あかりの指示で、彼女は寮に運ぶこととなった。こうして今回の事件もなんとか解決したはずなのに、兎吊木の脳裏には綾川なおの悲しそうな表情が焼き付いて離れなかった。

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最終更新:2014年08月18日 22:05