第3話(BS06)「受け継がれる匠」 1 / 2 / 3 / 4


3.1.1. 君主不在の出立

 オリバー組の尽力により、幻の金属「ミスリル」を手に入れたゲオルグ達であったが、現在のラキシス村には、この金属を加工出来る人材が存在しない。マーシー曰く、かなり特殊な性質を持つ金属らしいので、並の鍛冶職人ではその本来の力を引き出すことは出来ないという。
 そこで、彼女が目をつけたのが、隣のアトロポス村に住む鍛冶屋ボルドの娘・アドラである。彼女は現時点で既に一流の鍛冶職人として名も知れており、そろそろ父の許を離れて独立したいと考えているらしい。そんな彼女をラキシス村に招いて、このミスリルの加工職人として働いてもらいたい、というのが、今回のマーシーの献策である。
 ゲオルグとしても、せっかく手に入れたミスリルを有効活用出来る人物がいるならば、ぜひとも招き入れたいということで、さっそく出立の準備を整えようとしたのだが、ここで一つ、問題が発生した。本来ならばオリバー組の時と同様、領主自らが出向いて説得する予定だったのだが、その出立の直前に、南方のヴァレフール領からの使者が間もなく到着する、という連絡が入ったのである。どうやら、新たにラキシス村を領有したゲオルグへの表敬訪問に来るらしい。
 ヴァレフール側の真意は不明だが、いくら事前通達のない突然の訪問とはいえ、大国からの使者を無視して出発する訳にもいかない。しかし、クローソーとの関係がどうなるかも分からない現状においては、周辺諸侯がラキシスに警戒心を強める前に、なるべく早い段階で鍛冶職人を引き抜いてしまいたい、という思惑もある。
 そこで今回は、ひとまずゲオルグはそのヴァレフールからの使者に対応するために村に残った上で、ルルシェを兄の名代として、ヒュース、ガイア、コーネリアスと共にアトロポス村へと向かわせることになった。ルルシェとしては、兄と別行動となることが甚だ不満だったようだが、使者との対談が終わり次第、ゲオルグもアトロポスに向かって合流する、ということで、なんとか納得させたのであった。

3.1.2. メガエラの魔法師

 こうして、ゲオルグを残したままアトロポスへと出立した4人は、特に何の障害もなく無事に現地に辿り着く。そしてすぐに、村はずれにある石造の小屋が目に入った。マーシーの下調べによれば、この小屋が鍛冶屋ボルドの工房らしい。
 そして、その工房の前に4人が到着したちょうどその時、工房の中から一人の魔法師が出てきた(下図)。そして、それはヒュースにとって見覚えのある人物であった。


「あれ? 君は確か、メレテス家のヒュース君、だよね? どうして君がここに?」

 そう言って彼に話しかけてきたのは、ヒュースの魔法学院時代の先輩で、元素魔法師のヴェルノーム・D・ウォルドルフである。一門も学科も異なるこの二人になぜ面識があるのか、それは、ヴェルノームがヒュースの姉弟子であるクリスティーナ・メレテスの恋人であり、メレテス一門の集まりにも頻繁に出入りしていたからである。

「お久しぶりです。この度、ラキシス村の領主の契約魔法師として、この地に赴任することになりました」
「そうか、あの村にもようやく領主様が就任することになったんだね。俺は今、メガエラ村の領主と魔法師契約を結んでいる。これから先、会うことも多くなるだろうな」

 彼がそう告げると、その「素性」を確かめようとしたコーネリアスが、いつもの如く彼の背後に回って首筋に剣を突き付けようとする。メガエラ村と言えば、クローソー村の西部に位置する中立村であり、その村でしか採れない特殊な薬草「ヴィット」の産地として知られる。一応、今でも正式な呼称は「村」だが、実質的には中小規模の都市に匹敵するほどの財力を持つと言われる(ラキシスとは対照的な)富裕村であり、この村がアントリア、ヴァレフールのどちらの陣営に協力するかによって、このブレトランド中西部の勢力均衡は大きく変わるであろうと言われている。彼としては、そのメガエラ村の重臣であるこの人物が、果たして「どちら側」の立場なのかを確認したかったのであろう。
 だが、姿を消そうとしたそのコーネリアスの動きは、ヴェルノームによって先に見切られてしまい、背後に回ることすら出来ない。

「何……!?」
「おや、どうやら歓迎されていないようだが、何か気に障るようなことをしたかな?」

 涼しい顔でそう言ったヴェルノームに対して、悔しさを滲ませた顔を見せるコーネリアス。さすがにこの雰囲気はマズいと考えたヒュースが、ひとまず話をそらそうとする。

「いえ、あの、その、彼のことは気にしない下さい。それより、この工房にどんな要件で来られたのですか?」
「あぁ、それはね、発注していたコレを受け取りに来たんだ」

 そう言って彼が懐から取り出したのは、銀色の指輪である。

「そろそろ、クリスに正式にプロポーズしようと思ってね。と言っても、今の情勢を考えると、実際に一緒に暮らせるようになるのがいつの日になるかは分からないが……」
「まぁ、素敵」

 そう言って、ガイアが珍しく「女性」としての顔を見せたその次の瞬間、恋人の話をして気が緩んでいたヴェルノームの背後に、雪辱を期して身を隠したコーネリアスが回り込み、首筋に剣を突き立てる。ダン・ディオードの側近であるクリスに求婚すると聞いた時点で、彼としては、このまま黙っている訳にはいかなかったのである。

「お前は、幻想詩(ファンタジア)か? それとも、大工房(ファクトリー)か?」
「やめなさい、コーネリアス!」

 彼の「保護者」としてのガイアがそう叫ぶが、一度火がついてしまったコーネリアスは、相手が答えるまで剣を収めようとはしない。

「我が主は、どちらにも組するつもりはない。メガエラ村の独立を守る、それが私の君主の意志だ。彼女がそう望む以上、私は彼女の意志を支え続ける」

 この状況でも、ヴェルノームは全く動じることなく、淡々と答える。実際のところ、彼としてもアントリアにクリスがいる以上、出来ればアントリア(大工房同盟)に協力したい気持ちはあったが、契約魔法師として主君であるティファニア・ルースの意志を尊重する、というのが、今の彼の信念であった。

「それにしても、シャドウの邪紋使いは、やることが極端だね。ウチにも一人いるけど、一度こうだと思い込んだら、すぐに行動に移す。それが君達の生き様なのかな。ただ、暗殺者として生きるなら、一つ、覚えておいた方が良い事がある」
「何?」
「君達の刃よりも俺達の魔法の方が、戦場では『速い』」

 そう言うと、ヴェルノームはコーネリアスの剣が動くよりも先に、自分に密着している彼に向かってバーストフレアの魔法を打ち込み、一瞬にしてコーネリアスの身体は瀕死の重傷を負ってしまう。ヴェルノームが剣を突き付けられても余裕の表情だったのは、その気になればいつでも彼を倒せる自信があったからなのであろう。ヴェルノームにしてみれば、シャドウの動きは見慣れており、コーネリアスの動きから、この少年が「自分の同僚のシャドウの少女」よりも格下であると見切っていたようである。

「す、すみません。ウチの者が無礼な真似を……」

 ルルシェはそう言いながら、コーネリアスにまだ息があるのを確認しつつ、ヴェルノームに平謝りする。正直、状況的に言えば、「無礼」で済む話ではない。メガエラに対して宣戦布告したと解釈しても文句を言えない状態であったが、ヴェルノームは笑って受け流す。どうやら、コーネリアスがあまりにも小柄すぎるために「子供のやったこと」と思っているようである。ただ、もし、ここで剣を突き付けられたのが彼ではなく、自分の恋人のクリスであったら、おそらくコーネリアスは、骨も残らぬレベルにまで焼き尽くされていたことであろう。

3.1.3. 鍛冶屋の娘

 こうして、工房の前で彼等が一悶着している中、その工房の扉が開き、中から一人の少女(下図)が顔を出した。


「何か凄い物音がしたみたいだけど、何事……、って、そこの人、大丈夫? なんか、黒焦げになってるけど」

 先刻の炎に焼け焦がれたコーネリアスを見て、驚いた様子の少女であるが、仲間の三人は淡々と答える。

「あ、はい、気にしないで下さい」
「いつものことというか、お仕置きみたいなものというか」
「教育的指導です」

 冷ややかな口調の三人に対して、その少女はやや呆気にとられる。そんな中、傍らに立っていたヴェルノームが、彼女のことをルルシェ達に紹介する。

「彼女が、この指輪を作ってくれた、ここの二代目のお嬢さんだよ」

 どうやら、この少女が今回のターゲットである「ボルドの娘のアドラ」のようである。

「あんたら、次のお客さんかい?」

 そう尋ねるアドラに対して、「兄様の名代」としてのルルシェが答える。

「お客と言えばお客ですが……、ちょっとお話したいことがありまして」
「ウチの親父さんに?」
「いえ、あなたに、です」
「私に? それは、親父さんにも聞かせない方がいい話?」
「そうですね……、出来れば……」

 ルルシェとしては、まず最初に彼女個人にミスリルを見せることで好奇心を刺激して、彼女自身に「ラキシス村に行きたい」と強く思わせるように話を進めようと考えていた。ただ、小屋の外でその話をするとなると、ヴェルノームが横に立っている状態が、少々厄介である。ミスリルの存在については、まだ他の村にはあまり知られたくない。
 そんな彼女に目配せされたヒュースが、その彼女の意図を察し、ヴェルノームの注意をルルシェから外そうと試みる。彼の気をそらすにはどうすればいいか、エーラム時代から彼を知っているヒュースは、その術をよく心得ていた。

「最近、クリス姉さんは元気ですか?」
「それがなぁ、ここ最近、全然会いに行く時間が無くてさ。お互い、仕事が忙しいから仕方ないんだけど。でも一応、通信では毎朝彼女の声を聞いてから仕事に行くことにしてるよ。相変わらず、彼女の声はいつ聞いても可愛いんだ。出来れば、朝だけじゃなくて、あの声を毎日聞きながら暮らしたいんだけど、そうなると魔力代もかさむんだよな。だからこそ、早く一緒に暮らせるようになりたいんだが、なかなか国際情勢がそれを許してくれなくてさ。それに、ウチの職場に女性が多いものだから、ちょっと最近、そのことで嫉妬してるみたいで。まぁ、そうやって妬いて拗ねてるところもまた可愛いんだけど……」

 こうして、ヒュースがヴェルノームに惚気話をさせて注意をそらす一方、ガイアはコーネリアスがそこに割り込まないよう、説教しながら彼を牽制する。そんな奇妙な光景を横目に見つつ、ルルシェは懐から、サンプルとして持ってきたミスリルをアドラに見せる。

「この石を見たことはありますか?」
「これ……、銀……、じゃ、ないよね?」
「はい、これはこの世界では殆ど見ることが出来ないミスリルという金属なのですが、これを加工出来る人を捜してまして」
「それを、親父さんではなく、私に?」
「はい、ぜひ、あなたにラキシスに来て、このミスリルの加工職人になって頂きたいのです」

 さすがに、実質的にアトロポスのお抱え状態となっているボルドを引き抜くと、アトロポスとの間に遺恨が発生する可能性がある。ただでさえ、クローソーのオリバー組を引き抜いたばかりの彼等にとって、これ以上敵を増やすことは望ましくない。だからこそ、娘による「暖簾分け」という形が理想なのである。ルルシェとしては、遠回しにこのことを臭わせつつ、アドラの興味を惹き付ける。

「そうか……。正直、私の腕を買ってくれるのは嬉しいけど、さすがに黙って行く訳にはいかないから、親父さんに話をさせてもらうよ」
「分かりました。では、お願いします」

 ルルシェとしても、最終的には父親の承諾が必要ということは分かっていたので、ここは素直に同意して、他の者達と一緒に、彼女の後について工房の中に入る。ちなみに、その間にヴェルノームはクリスの話を散々語って満足したようで、「じゃあ、またな弟君」と言って去って行ったのであった。

3.2.1. 武器職人の宿業

「随分、外で長話をしていたな、アドラ」

 そう言って彼女に語りかけたのは、小柄ながらも筋肉質で髭を生やした中年風の男性である(下図)。どうやら、彼が「鍛冶職人のボルド」らしい。


「親父さん、実は、私にスカウトの話が来てね」

 そう言って、彼女は喜々としてルルシェの話をそのまま伝える。父に相談するとは言ったものの、既に彼女の心は、ラキシスに行く気満々のようである。
 だが、その説明の途中で、ボルドの表情が一瞬歪む。

「今、ミスリルと言ったか?」
「はい、私達はラキシス村の者で、これがウチの村の近くで採れたミスリルという金属なのです」

 そう言って、ルルシェがミスリルをボルドに渡すと、彼は驚愕の表情を浮かべる

「確かに、これはミスリル……。だが、なぜこの世界に? …………お前達は、これを使ってこいつに何を作らせる気だ?」

 実は、その点についてはまだ何も決まっていないし、それを最終的に決定する権限を持つゲオルグが、今ここにはいない。ただ、マーシーの話によれば、武器や防具として用いるのに適した金属だという。

「私達の剣と防具を主に作ってほしいのですが……」
「そういうことなら、娘にミスリルを障らせる訳にはいかん」

 ボルドは再び険しい顔となり、そう言い切った。

「どうしてですか?」
「私は、アドラにはこれまで武器以外の物しか作らせてこなかった。さっきの魔法師にもコイツが作った銀の指輪を渡したが、私はコイツには『生活に役に立つ物』や『人の心を豊かにする物』しか作らせるつもりはない。武器を作る者は、その能力故に、多くの人々の恨みを買う。ウチの娘に、そんな宿業を背負わせる訳にはいかない」

 ルルシェ達は、ボルド自身が武器職人として有名であるという話はマーシーから聞いているし、実際にこの工房の中にも、彼が作ったと思しき武器や防具がそこら中に転がっている。だから、武器そのものを嫌悪している訳では無さそうであるが、どうやら、娘がその道に進むことには賛成出来ないらしい。
 これに対して、ルルシェが反論する。

「武器というのは、人を傷付けるだけのものではありません。私達の村はまだまだ貧しく、他の村からの侵略や投影体の攻撃からの自衛のためにも、人々を守るために、武器は必要なのです」
「お主の言いたいことは分かる。だから、私も武器を作っている。だが、それは全ての人が背負うべき問題ではない。ましてや、そのミスリルという鉱物。この世界では、およそ見ることが出来ない代物の筈だ。その金属を使って武器を作るということになれば、今後はラキシス村も、アントリアとヴァレフールの争いに巻き込まれることになるだろう。お前達は、どちらからの攻撃も防ぎきる自信はあるのか? それとも、既にどちらかにつく算段を立てているのか?」

 この点に関しては、さすがにゲオルグもマーシーもいない状態では、答え様がない。ひとまずルルシェとしては、話の論点をズラして説得を続けようとする。

「私達のラキシス村は貧しく、ついこの間まで、ろくに自衛力もなく、村の警護を山賊に任せなければならない状態でした。今、ようやくそこから立ち上がり、混沌災害にも立ち向かえる状態を作りつつあるのです。そのためには、どうしても武器と防具が必要なのです。御協力頂けませんか?」

 アントリアやヴァレフール以前の問題として、この山岳地帯全体が投影体の出没しやすい地区である以上、大国からの侵攻があろうが無かろうが、まず混沌と戦えるだけの力が必要、ということである。その説得に対してボルドも一定の理解は示しつつも、意見は変えようとしない。すると、ボルド以上にルルシェの言葉に突き動かされたアドラが口を開く。

「なぁ、親父さん、頼むよ。知ってんだろ? 私が、親父さんが寝てる間に、こっそり武器や防具を作る訓練してることを。まだまだ親父さんには及ばないとは思うけど、それでも、この人達の役に立つことくらいは……」
「ダメだ。お前には、私のような人生を歩ませるつもりはない。どうしてもミスリルを加工したいというのであれば、私自身が手を貸すことは可能だ。ただ、私はこのアトロポスの領主に借りがあるから、領主を裏切ってそちらに行くことは出来ん。だから、まずそちらの領主とここの領主の間で話をまとめてきてくれ。話はそれからだ」

 確かに、アトロポスの領主の許可が貰えるなら、ボルド自身がラキシスに移住してくれた方が話は早い。だが、その交換条件として提示出来る材料がある訳でもない以上、話をまとめるのは難しい。無論、それ以前の問題として、ゲオルグ不在の状態では、そういった方向に話を持っていくこと自体が出来ない状態でもあった。

3.2.2. 工房を囲む影

 こうして、交渉が手詰まり状態になった段階で、ルルシェ以外の者達は、この工房の外に何者かが近付きつつある気配を感じる。この状況に危険な予兆を感じ取ったガイアが、ひとまずルルシェとボルドの交渉に割って入った。

「急に決めろと言われても無理のある話だと思います。また、日を改めてお伺いしますので、それまでゆっくりとお考え下さい」
「何度来ても、答えは変わらんがな」

 そう言って、ひとまず交渉を終えたルルシェは、横にいたヒュースから、工房の外に人が集まりつつあることを聞かされる。コーネリアスが窓から外の様子を確認してみたところ、どうやら、民兵的な軽装をした男達が、この工房を取り囲んでいるらしい。そのことをボルドに告げると、彼は落ち着いた様子で答える。

「まぁ、私に用がある者はいくらでもいるだろう。私は『武器職人』だからな。だが、私に用がある客人とは限らん。ミスリルを持っている者であれば、それだけで誰かに狙われる可能性は十分にあるだろう?」

 今のところ、ルルシェ達はミスリルのことは殆ど誰にも知らせていない。というか、そもそも、ミスリルという金蔵の存在自体、殆どの人は知らない筈である。だが、ボルドが言うように、彼等の狙いが自分達である可能性も否定出来ない。
 ひとまず警戒しながら、ルルシェ達四人は工房の外に出る。すると、その工房を取り囲んでいた人々はやや後方に下がり、工房との距離を取る。そして、ルルシェ達が工房から離れて村の中心部に移動しようとしても、彼等は動こうとしない。どうやら、彼等の狙い(?)はルルシェ達ではなく、やはり「工房」もしくは「工房の中にいる人物」のようである。
 一応、彼等がボルド達に危害を加える可能性を考慮して、コーネリアスとガイアが工房の周囲の警備のためにその場に残った上で、ルルシェとヒュースは村の中心部に移動して、(コーネリアスの治療の際に消費してしまった)気付け薬などの物資の補充をしつつ、ボルドに関する様々な話を聞いてみることにした。

3.2.3. 鍛冶屋の評判

 村の中心地へと移動したルルシェが、持ち前の人当たりの良さを利用して村人達に話を聞いて回ってみたところ、様々な情報を得ることが出来た。と言っても、彼は典型的な「頑固な職人気質の鍛冶屋」で、十数年前からこの村に住み着いてはいるものの、あまり村人と交わることはないらしいため、彼に関する詳細を知る者はあまりいなかった。ただ、武器職人としての評判はよく、村の軍隊の武具だけでなく、アントリアからも多くの武具の発注を受けているそうである。
 対照的に、娘のアドラは活発な性格で、他の村人達とも親しく、彼女の作る日用品や装飾品もまた、非常に評判が良い。ボルドは彼女のことを、やや過保護なほどに大切に育てているらしいが、一方で、彼女の母親(ボルドの妻)については、誰も見たことがない。というのも、十数年前にボルドがこの村に来た段階で、一緒にいたのは、当時はまだ幼かったアドラだけであったという。
 ここまでの話を聞いた上で、ルルシェとヒュースの脳裏には、一つの可能性が思い浮かんでいた。端的に言って、ボルドとアドラは、外見が全く似ていない(ただ、これはゲオルグとルルシェも同じ)。体格的にも、ボルドは成人男性にしてはあまりに背が低すぎるが(ただ、これはコーネリアスも同じ)、アドラは一般的な成人女性並の身長であり、傍目には「親娘」には見えない。しかも、ボルドはヒュースですら知らなかった(しかし、なぜかルルシェは知っていた)「本来はこの世界に存在しない筈のミスリルという金属」のことを知っている。
 これらの条件を総合すると、ボルドの正体に関する予想は自ずと浮かび上がってくるのだが、まだこの時点では、二人とも明言は避けていた。仮に彼等の予想が当たっていたとして、その上でどう対応するかを決める権限を持っているのはゲオルグである以上、現時点でそのことについて二人の間で言及しても仕方がないと考えていたようである。

3.2.4. 娘の本音

 一方、工房に残ったガイアは、コーネリアスに外の警備を任せつつ、父親に独立を認めてもらえずに不機嫌な様子のアドラと会話を交わしていた。

「お父さんって、いつもあんなカンジなの?」
「そうなんだよ。ホントにもう、何なんだろう……。今のこの世の中、確かに、日用品も必要だけど、やっぱり一番需要があるのは、武器や防具なんだよ。なのに、その依頼は私にはやらせようとしないし」
「あなたは、本当は武器が作りたいの?」
「そりゃあさ、争い事がないにこしたことはないけど、そういう訳にはいかないし。さっき、アンタんとこのお嬢さんも言ってたじゃない。人を守るためには武器が必要だ、って。なのに、私が女だからって、そういうのを作らせないってのは、やっぱり納得できない。でも、これまで男で一つで私のことを育ててくれた親父さんの言うことも、無下には出来ないし」

 そう言って、アドラは複雑な表情を浮かべる。どうやら彼女は、娘としても、職人としても、ボルドのことは深く尊敬しているようである。

「お父さんは、この村を離れるつもりは絶対にないのね?」
「うーん、義理堅い人だからなぁ……。私が一人でそっちに行くよりは、親父さんがラキシスに行く方が可能性は高いかもしれないけど、色々と難しいと思う」
「親娘揃っていなくなると、この村としては大損害だしね」
「私は正直、この村の領主様はあんまり好きじゃないから、別にいいんだけどね。そっちの領主様がいい人かどうかは知らないけど。てか、どんな人なの?」
「まぁ、悪い人じゃないわ。上に立つ者としての器はまだまだってカンジだけど」

 本来なら、ここでゲオルグのことをもっと持ち上げておくのが交渉としては正しいのかもしれないが、ガイア自身がまだ彼の真価を見定めかねている以上、こう答えるしかない。少なくとも、戦場で頼りになる存在であることは、先日の巨大悪魔との戦いで実感しているが、指導者としての評価は、それとはまた別次元の問題である。
 ただ、それでもガイアの口調から、彼女が自らの君主に対してそれなりに期待を込めているであろうことは、アドラも感じ取っていたようである。

3.2.5. イェッタの領主

 こうして、アトロポスに向かったルルシェ達が想定外の反応に苦戦している頃、ラキシス村に残ったゲオルグは、ヴァレフールからの使者と対談していた。彼の名は、ファルク・カーリン男爵(下図)。現在、ヴァレフールの最前線基地となっているイェッタの街の領主であり、ヴァレフール騎士団の「七人の騎士隊長」の一人でもある。


 彼はヴァレフールの代表として、ゲオルグのラキシス村の領有権を認め、これから先は一領主としてその主権を尊重する旨を伝える。

「ラキシス村にもようやく領主様が就任されたということで、これで領民の方々も安堵していることでしょう。ただ、現状において、北からはアントリアの脅威も迫っております。もしよろしければ今後、彼等に対抗するために我等の力が必要であれば、いつでもお申し出下さい」

 つまり、対アントリアのための共同戦線を張ろう、ということである。これまで、アントリア側がこの山岳地帯を経由してヴァレフールに攻め入ろうととしたことはないが(それは、大軍を動かすのに不向きな地形であるが故なのだが)、従来の常識を超えた規模の電撃作戦でトランガーヌ子爵領を席巻したダン・ディオードの手法を考えれば、いつ「山越え作戦」を決行してくるかは分からない。立地上、ラキシスを素通りして「アトロポス・クローソー経由」でヴァレフールに攻め込むことは可能であるが、「もう一つの街道」の中腹にあるラキシスがヴァレフール陣営に加われば、アントリアに対しての一つの牽制にはなる。

「我々は、アントリア子爵ダン・ディオードによって蹂躙されたこの地を、旧来の形に戻すことを目指しております。今、トランガーヌ子爵は行方不明で、あなたがこれからどのような立場を取られるかは分かりませんが、対ダン・ディオード戦ということであれば、我々はいつでも尽力します」

 現状、ヴァレフールとしては、旧トランガーヌ子爵領をどうすべきか、という問題については、棚上げした状態のままである。今のところ、「旧体制の復活」を大義名分として掲げている以上、行方不明のトランガーヌ子爵に帰還した場合、彼の主権を認めるのが筋なのであるが、既にメガエラのように自主独立路線を掲げている村や、アグライアやエフロシューネのように積極的に領民達がアントリア支配を受け入れている村もある以上、彼を主君として素直に認めるとは限らない。つまり、仮にアントリア軍を退けたとしても、今度は旧トランガーヌ子爵領内での争いが勃発する可能性も秘めているのである。
 とはいえ、今はそこまで心配している場合ではなく、まずはダン・ディオードを倒す為に協力すべき、というのがファルクの主張である。

「分かりました。では、その時はぜひ共に戦いましょう」

 とりあえず、それが現状におけるゲオルグの返答であった。もし、アントリアが本気でラキシスに攻めてきた場合は、今のラキシスでは迎え撃つのは不可能である以上、「その時」は彼等の力を借りるのが現実的な対応であろう。もっとも、彼等の軍事援助を受けるということは、実質的にヴァレフールにこの村を乗っ取られるというリスクも内在している以上、現状では曖昧な返事を出しておくことしか出来ない。そして、そのことはファルクも理解しているようである。

「ありがとうございます。ちなみに、我々ヴァレフール騎士団としては、あなたのような若き優秀な君主の力を募っているところですので、興味があれば、いつでもお申し出下さい」

 やや遠回しな言い方ではあるが、ヴァレフール騎士団への参加とは、すなわちヴァレフール伯爵の傘下に加わるという意味でもある。この発言についてはゲオルグも軽く受け流した上で、あまり具体的な協力体制の内容にまでは踏み込まないまま、ファルクは自身が治めるイェッタへと(クローソー・メガエラ経由で)帰還する。どうやら、この日はあくまで「相手の出方を見るための表敬訪問」に過ぎなかったようである。
 そして、彼が村から去ったのを確認すると同時に、マーシーがやや深刻そうな顔で、ゲオルグに告げる。

「マイロード、アトロポスに向かった四人ですが、先刻の私の未来予知では、不吉な『流れ』を感じました。申し訳ございませんが、すぐに向かって頂けませんか?」

 妹達の危機とあれば、当然、彼も黙っている訳にはいかない。ゲオルグはすぐに単騎で山道を駆け、アトロポスへと向かったのであった。

3.3.1. 相容れぬ信念

 そして、そろそろ陽が落ちようとしていた頃、ルルシェとヒュースがガイア達と合流するために、警戒しながら工房に近付こうとすると、工房を取り囲む「軽武装の男達」の数が増えていることに気付く。ルルシェがそのただならぬ気配に警戒心を強めていると、その中のリーダー的な雰囲気の男が彼女に近付き、話しかけてきた。

「これから、あの鍛冶屋に用事か? さっきも、あそこから出てきたようだが」
「えぇ、旅のついでに、ちょっと寄ってみただけですわ」

 そう言ってシラを切ろうとするルルシェに対し、その男は続けてこう告げる。

「悪いことは言わん。あそこに立ち寄るのは、もうやめておけ」
「それはどうしてですか?」
「あの中にいるのは、この世界の生き物ではない。異界からの侵略者だ」

 彼等が言わんとすることは、ルルシェもヒュースもすぐに理解出来た。おそらく、彼等はボルドの正体に関して、自分達とほぼ同じ「仮説」に辿り着いたのだろう。もっとも、彼等の中では既に「結論」が出ているようだが。

「それは、どういうことですか?」
「どうもこうもない。あの中で、鍛冶屋と称してこの村に住み着いているのは、投影体だ。この世界に災いをもたらす者だ」

 この世界に現れる投影体には、様々なバリエーションが存在する。人と意思疎通することが出来ない怪物の類いが大半だが、中には、人間並の知性を持ち、人間と共存することが可能な投影体も存在する。ただし、それは人間側に「投影体との共存」を受け入れる心がある場合のみであり、「投影体(を生み出す混沌核)の存在そのものを嫌う人々」にとっては、それがどれだけ友好的な性格であろうと、投影体であるという事実だけで、この世界から排斥すべき十分な理由となる。
 この男達の正体はまだよく分からない。だが、十年以上もこの村で生活し、村人からも鍛冶職人として信頼を得ているボルドを「侵略者」と断言している時点で、どうやら「投影体の存在そのものを嫌う人々」であることは、ほぼ間違いないようである。
 だが、そんな彼の主張に対して、ヒュースが真っ向から反論する。「投影体」を使役するを生業とする召還師としては、投影体の存在そのものを否定する彼等の主張は到底承服出来ない。

「そうは言いますけども、かのファースト・ロードの仲間であった妖精王テイタニアも、異界からの投影体だったのでは?」
「それは、歪められた神話だ。本当のファースト・ロードの仲間には、投影体などいなかった。後から魔法師と呼ばれる連中によって挿入された偽りの伝説にすぎない」

 どうやら、彼等はこの世界で一般的に流通しているファースト・ロードの神話の正当性すらも否定した上で、投影体だけでなく、魔法師に対しても敵対的な姿勢らしい。つまり、エーラムの魔法師であるヒュースにとっては、完全に相容れられない存在のようである。
 一方、「兄様のために生きること」を旨とするルルシェにとっては、ボルドが「本来のこの世界の住人」であるか「投影体」であるかは、どうでもいいことである。彼女の中では、この世界には「兄様の役に立つ人」と「兄様とは関係のない人」と「兄様の邪魔をする人」の三種類しかいない。少なくとも、ボルドは「兄様の役に立つ人」であるらしい。では、この工房を取り囲んでいる男達はどうなのか?

「それで、皆さんは何をするつもりなのですか?」

 ルルシェにそう問われると、その男は信念に満ちた瞳で、こう告げる。

「これから我等は、この世界のために、この村に巣食う投影体を、聖なる炎で焼き尽くす」

 そう言って、彼等は背中に背負っていた弓を手に構える。どうやら、工房に向かって火矢を放とうとしているらしい。この瞬間、ルルシェの中で彼等は「兄様の邪魔をする人」として認識された。「兄様の役に立つ人」を殺そうとしているならば、このまま見過ごす訳にはいかない。

「それは、穏便な話ではありませんね」

 そう言って、彼女は警戒心を強めつつ、聖印の力をいつでも発動させられる体制に入りつつ、相手の正体を確認しようとする。

「この村に巣食う、と仰ってましたが、では、あなた方はこの村の方々なのですか?」

 もし、彼等がアトロポス村の正規兵なら、ここで彼等と戦えば、即座に村同士の正面衝突をもたらすことになる。ゲオルグがいない状態で、そこまで踏み込んで良いかどうか、非常に判断が難しい状況である。

「そいつはこの村の住人だが、それがどうした?」

 そう言って、その男は自分の周囲にいた男達の中の一人を指す。どうやら、この言い方から察するに、この「一人」以外は村とは無関係の人々らしい。ルルシェは、その一人に向かって、こう確認する。

「では、あなたはこの村の領主に仕える方なのですね?」
「まぁ、この村の住人である以上、そう言えなくもない。もっとも、真の意味での私の主は『神』だけだがな」

 この瞬間、ルルシェもヒュースも、彼等の正体が「聖印教会」であることを確信した。先程までの言動から、おおよその見当はついていたが、やはり彼等は、この村の領主や大半の住人の意志とは関係なく、彼等自身の信念に基づいて「投影体退治」のために集まった面々らしい。

「では、今回のことは領主様の御意向なのですか?」
「領主がどう思っているのかは分からない。だが、私は領主の意向よりも崇高な『神託』に従って、これから我等は混沌を浄化する。お前達は、我等の聖戦の邪魔をするつもりなのか?」

 どうやら雰囲気的に、彼等の側もルルシェ達が自分達に対して好意的ではないことは感じ取っていたようである。

「私達は、たまたまこの村を訪れてしまった者です。しかし、この村の領主様の意向と関係なく、この村の工房を焼こうというのならば、この村の領主様のために、それを看過する訳にはいきません」

 彼女はあくまでも「この村の領主様のため」であることを強調する。建前上はそういうことにしておかなければ、後々面倒なことになりかねない、と判断したようである。

「やむを得んな。こんな幼い少女を手にかけるのは、こちらとしても気が引けるが……」

 そう言って、彼等は弓を構える。現在、ルルシェとヒュースを取り囲む男達の数は5人。少し離れた工房にはコーネリアスとガイアがいる筈だが、すぐに駆けつけられる状態かどうかは分からない。そして何より、ルルシェにとっての精神的支柱であるゲオルグがいない。まさに「絶体絶命」と呼ぶに相応しい戦場であったが、しかし、それでも彼女達は、この状況を放っておく訳にはいかなかったのである。

3.3.2. 炎の戦場

「キャーーーー! 誰かーーーー!」

 自分達を取り囲む弓矢が襲い来る前に、ルルシェは全力で叫んだ。「誰か」と言ってはいるが、実質的には、工房の周囲にいると思われるコーネリアスとガイアに危機知らせるための叫びであった。そして実際にその声は、工房の外で隠密状態で待機していたコーネリアスの元に届いたのである。

「ルルシェさん、そいつらは!?」
「とにかく、来て下さい!」

 大声で問いかけたことで、コーネリアスはルルシェ達を囲む弓兵達にその存在を晒してしまった訳だが、そんなことを構っている場合ではないと考えた彼は、そのまま全力で走り出す。そして、結果的にそのコーネリアスの出した大声のお陰で、防音効果の強い工房の内側にいたガイアにも、外の異変は伝わることになった。
 一方、このタイミングでヒュースの傍らに、それまで姿を隠していた「一騎当千の巨大な投影体」が姿を現す。炎の精霊・サラマンダーである。その圧倒的な存在感に弓兵達が驚く中、ヒュースはリーダー格の男に瞬間召還したジャック・オー・ランタンを突撃させ、まともにその炎を喰らったその男は、一撃でその場に倒れる。
 だが、それでも彼等は怯まない。むしろ、目の前でリーダーを倒された彼等は、迷わずヒュースに次々と矢を射かける。傍らのサラマンダーと瞬間召還したオルトロスが庇うことによって、なんとかギリギリ防ぎきるものの、この時点で、既に彼はほぼ魔力を使い切っていた。ルルシェが聖印の力でヒュースとサラマンダーの傷を癒すが、圧倒的に厳しい戦局へと追い込まれていることを実感する。
 しかし、この絶体絶命の状況で、彼等の前に最後の「希望の光」が現れた。ゲオルグである。ラキシスから全力で駆けてきた彼が、このギリギリの状況で戦場に間に合ったのである。
 その彼の登場に勇気づけられたのか、ヒュースが最後の魔力を振り絞ってジャック・オー・ランタンをもう一度呼び出して突撃させることで敵の一人をなんとか倒し、少し遅れて遠方から打ち込んだガイアの火の元素弾によって、別の一人も炎に包まれて倒れ込む。残りの2人にも、サラマンダーとゲオルグが対峙して徐々に追い詰めていく。それでも、強い信仰心によって支えられた彼等の心は折れることなく、必死の反撃でヒュースが危機的な状況に追い込まれるものの、ルルシェの防壁の印で、なんとか一命は取り留める。
 だが、彼等が目の前の敵を相手に苦戦している中、ふと工房に目を向けると、建物全体が激しい炎に包まれていた。どうやら、反対側に陣取っていた別の敵軍が、火矢を射掛けたようである。幸い、ボルドとアドラは(急に飛び出していったガイアを追いかけて)外に出ていたので無事なようだが、このままではそのまま炎に包まれてしまう可能性がある。
 ヒュースは急遽、サラマンダーをその工房へと向かわせ、その工房全体に『炎の守り』をかけることで、火の拡大を防ぐ。すると、反対側から、敵の叫び声が聞こえる。

「あ、あのドワーフ、サラマンダーを呼んだぞ!」

 「ドワーフ」とは、妖精界から呼び出された投影体の種族名の一つである。どうやら彼等は、ボルドのことをその「ドワーフ」の一種だと考えているらしい。ちなみに、一説によるとドワーフは「炎の妖精」であるとも言われており、どうやらそれが、彼等を誤解させたらしい。

「こいつ、俺達の想定以上の存在だったのか?」
「ヤバい。司教様に援軍を要請せねば!」

 そう言って、反対側から火矢を放った者達は撤退していく。そして、前線で残っていた二人も、コーネリアスとゲオルグによって止めを刺され、そのまま絶命した。こうして、なんとか聖印教会の面々を退けることには成功したものの、ボルドの工房は、彼等の火矢によって半壊してしまったのである。

3.3.3. 親娘の決断

「どうやら、知られてしまったようだな。私の正体を」

 戦いが終わった後、ルルシェ達から事情を聞いたボルドは、仕事場を失って動揺した心を抑えつつ、力なくそう言いながら頭巾を外すと、その下から、やや尖った耳が出てきた。それは、明らかにこの世界の人間とは異なる形状の耳であった。

「私は、この世界では『投影体』と呼ばれている者だ。なぜ私がこの世界に呼び出されたのかは分からないが、私の身体は混沌によって成り立っている。だから、正直、私はこの世界にとって望ましい存在ではないのかもしれない」

 実際、聖印教会以外にも、投影体そのものの存在を忌避する人々は多い。彼等は「この世界に災害をもたらす混沌」そのものの塊であり、いずれこの世界から浄化されるべき存在であるという認識は、多くの人々の間で共有されている。そして、皇帝聖印(グランクレスト)が出現すれば、その存在そのものが消えることになるだろうとも言われている。

「だが、私がこの世界に『収束』という形で現れた時、私の目の前に、まだ赤ん坊だったこの子が倒れていた。この子を守ることが、私がこの世界に召還された意義なのではないか、自分にそう言い聞かせながら、私はここまで生きてきた」

 アドラの手を握りながらを、ボルドはそう語る。彼はもともと「本来の世界」でも優秀な鍛冶屋だったが、その『力』を巡って、多くの争いに巻き込まれることになったらしい。こちらの世界に来てからも、その力を用いて糧を得て、アドラを養っていたが、彼女の成長と共に、いつ自分がいなくなっても生きていけるようにと考え、彼女に鍛冶の技術を伝えるようになったという。ただ、上記の理由から、武器職人にだけはさせたくない、と考えていたらしい。
 そして、この村の領主に対しては、得体の知れない存在である自分に工房を与えてくれたことに感謝していたが、自分の正体が聖印教会に知られてしまった今、このまま村にいては領主達に迷惑をかけることになる以上、もうこの村を去らねばならない、と彼は言う。

「だから、すまないが、この子をそちらの村で引き取ってはくれないか? 私はこれから、また安住の地を求めて旅に出る」

 さすがにこれ以上、「危険人物」と見なされている自分とは動向させない方がいい、と判断したようである。だが、それに対してヒュースは異論を唱える。

「あなたも、一緒にラキシスに来ればいいじゃないですか」
「説明を聞いていなかったのか? 私は投影体だぞ」
「それが何ですか。私は召還師ですよ。かのファーストロードの仲間にも妖精王テイタニアが……」
「その伝説の真偽は分からんが、少なくとも、私がいることで、私を亡き者にしようとする人々が襲ってくる可能性があることは事実だ」

 つまり、彼がラキシスに移住した場合、今度はラキシス村が聖印教会の標的とされる可能性がある、ということである。ここで、それまで黙っていたゲオルグが、ようやく口を開いた。

「確かにその通りだ。お前がウチの村に来ることで不利益をもたらすかもしれない」
「誰だ? お主は?」

 ボルドにしてみれば、ゲオルグはこの時点で初対面である。ゲオルグも、つい先刻、ルルシェから説明を聞いて、ようやく事態を把握したばかりである。

「会うのは初めてだな。お前が、娘を預けようとしている村の領主だよ」
「おぉ、これは失礼した」

 そう言って、ボルドは軽く礼をする。先刻の戦いを遠目に見てはいたものの、彼が聖印を用いて戦っているところまでは、把握出来ていなかったようである。

「まぁ、そんなことはどうでもいい。で、だ。お前がウチの村に来ることで、確かに不利益をもたらすかもしれない。しかし、それ以上の利益をもたらしてくれるなら、俺はお前のことを歓迎しよう。俺がお前に求めることは一つ。お前は腕の立つ鍛冶屋だ。お前は、それだけの利益をもたらすことが出来るのか?」

 そう問われたボルドは、少し間を開けた上で、静かに淡々と答える。

「利益をもたらすことは出来る。だが、その利益が、その村にとって、私がいることによる災厄を補って余りあるものかどうかは、保証は出来ない」
「はっ、その程度の自信もないのか。じゃあ、そんなお前の弟子とやらの腕も、大したことは無いんだろうな」

 ゲオルグはアドラに目を向けつつ、そう言ってボルドを挑発するが、彼の表情は変わらない。

「そうだな……。少なくとも、私の存在そのものが、村に災厄をもたらす可能性がある。私にはこの世界の理(ことわり)が分からんから、それがどれほどのものかも予想出来ない。その意味では、本当は、この子もそんな私から鍛冶を学ぶべきではなかったのかもしれない。だから、お前さんの言うように、私に習った中途半端な鍛冶の腕など捨てて、第二の人生を歩んだ方がいいのかもしれないな……」

 彼が力なく、呟くようにそう語ると、それに対してゲオルグが何かを言おうとする前に、横から少女の叫び声が割り込んできた。

「そんなこと言うなよ!」

 アドラである。顔を紅潮させ、やや涙目になりながら、彼女はそのまま語り続ける。

「あんたが本当の親父さんじゃないことは分かってたよ。だって、私、耳尖ってないもん。顔だって、体型だって、どう見ても似てないし。でもね、この世界の理がどうだかは知らないけど、でも、私にはあんたから受け継いだこの腕しかないんだから。私の存在意義を否定するようなことは言わないでくれ!」

 予想外の方向から言い返されたボルドは、驚いた表情のまま硬直する。それを見たゲオルグは、ニヤリと笑ってこう言った。

「なるほど、ふぬけ者の父親とは違って、娘の方は随分胆力があるじゃないか。OK、気に入った。お前達二人とも、俺の村で面倒を見よう」

 そう言われたボルドはなおも混乱した様子ではあったが、やがて平静を取り戻し、そして、はっきりとした口調で、こう告げる。

「確かに、もう今更、このジャジャ馬に、まともな女性としての道を歩めと言っても、無理だろうしな。鍛冶の腕が一人前になるまでは、私がもうしばらく一緒にいることにしよう」

 こうして、ボルドとアドラの親娘は、ラキシス村への移住を決意する。当初の予定とは異なる形にはなったが、結果的に、より優秀な鍛冶職人を、ゲオルグ達は手に入れることになったのである。

3.4. エピローグ

 その後、半壊した工房から、まだ使えそうな鍛冶道具を持ってラキシスに帰還した彼等は、二人のために新たな工房を建設した。仕事の分担に関しては、結局、当面はボルドが武器や防具を担当し、アドラが村の人々のために必要な生活用品を作る、という形式を継続することになった。まだ村の整備もままらなぬ状態だったラキシスにおいては、武具以外の需要も山のようにあるため、アドラの技術もそれはそれで必要だったのである。その上で、将来的に彼女に武具の製法を伝授することの是非については、ひとまず「保留」という形で先送りされることになったようである。
 そして、実はこの二人と同時に、この村に新たに三人の仲間が加わっていた。

「ルルシェ様、どちらにお出かけですか?」
「ルルシェ様、少々、お疲れではありませんか?」
「ルルシェ様、一緒にお茶しましょう。あ、出来れば、ガイア姐さんも一緒に」

 彼等の名は、メルセデス(下図中央)、レクサス(下図右)、アルファ・ロメオ(下図左)。前述の工房での戦いにおいてゲオルグ達と戦った聖印教会の五人のうち、致命傷を受けて倒れながらも、ルルシェの聖印の力によって、かろうじて一命を取り留めた三人である。彼等は戦いが終わった後、ゲオルグ達の捕虜となったが、ルルシェが持ち前の人徳で必死に説得した結果、聖印教会への信仰心を捨て、彼女に忠誠を誓う従騎士(エスクワイア)として、この村の自警団に加わることになったのである。


(まさか、聖印教会の信者までをも懐柔するとは……。この娘、本当に何者なのだろう?)

 そんなマーシーの疑念など知る由もなく、三人は毎日毎日ルルシェにつきまとい続け、ゲオルグや(彼等よりも前に彼女に魅了されていた)ラキシス村の人々の顰蹙を買うことになる訳だが、そんな平和な光景も、それほど長くは続かなかった。着実に「力」を整えつつある彼等に対して、遂に、周辺諸侯が動き出すことになったのである。

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最終更新:2014年09月24日 03:45