第2話(BS05)「地下に眠る鉱脈」 1 / 2 / 3 / 4


2.1.1. 隣村の事情

「この村の領内の山中には、特殊な鉱脈が眠っているのです」

 新たにラキシス村の領主となったゲオルグに対して、マーシーはそう告げた。このブレトランド中部の山岳地帯において、アトロポス村の近辺では鉄が、クローソー村の周囲では銅が産出されることで知られているが、ラキシス村を囲む山々からは(かつては錫石が採掘されていたらしいが)これといった鉱産資源は発見されていない。ただ、それは混沌災害が発生しやすい地方であるが故に、満足な採掘作業が進まなかったためであり、投影体の出没しやすい山岳地帯の奥地には、何らかの鉱産資源が眠っているのではないか、という憶測は、一部の山師達の間でも広がっていた。
 そんな中、マーシーは自らの「先読み」の能力によって、この村の近くに「特殊な金属」が埋まっているということを確信し、既にその鉱脈の具体的な位置まで特定出来ているのだという。その鉱脈から採掘出来る「特殊な金属」を村の主産業とすることが出来れば、この村の経済状況は一気に改善出来る、というのが彼女の思惑であった。
 ただ、問題は、現在のこの村には採掘技術を持つ人々がいない、ということである。そこで彼女が目をつけたのが、隣のクローソー村の領主に雇われている「オリバー組」と呼ばれる採掘技師達の集団であった。

「彼等は非常に腕の立つ鉱夫として有名なのですが、最近、組長のオリバーが、クローソーの領主と仲違いして、村を離れる準備を始めているそうです」

 つまり、この機に彼等を、マーシーが見つけた「新鉱脈」の発掘担当として引き抜いてしまおう、というのが彼女の計画である。どのような理由であれ、クローソーの領主と彼等の関係が実質的に破綻しているのであれば、彼等を引き抜いたところで、契約上は何の問題もない筈である。
 この彼女の提案に興味を示したゲオルグは、さっそく、ルルシェ、ヒュース、ガイア、コーネリアスの四人を連れて、オリバー達の引き抜き工作へと出向くことを決意する。当初、マーシーも連れて行こうかと考えたが、一応、自分の不在時に不測の事態が起きた時のことを考えて、オロンジョ、タンズラー、ヤヤッキーと共に、彼女にも留守居役を任せることにした。
 本来ならば、ゲオルグの不在時に「領主の名代」を任せるべき人材としては、むしろ(ゲオルグの血縁者で、自身も君主であり、住民からの信望も厚い)ルルシェの方が相応しいのであるが、彼女自身が「私はいつでも兄様と一緒」と目で強く主張していたため、第二候補としてのマーシーがその役回りに回らざるを得なくなったのである。

(もうそろそろ、少しは兄離れしてくれないかな……)

 そんなゲオルグの思惑とは裏腹に、「邪魔者」のマーシーを村に残した状態で兄と遠出が出来ることの喜びを噛み締めていたルルシェであった。

2.1.2. 鉱夫の頭領

 こうして、ゲオルグ達5人はクローソー村の近くの鉱山へと向かうことになった。マーシーの下調べによれば、彼等の住居はクローソー村にあるものの、本格的な採掘作業の際には何日も泊まり込みで鉱山に張り込むことが多く、そのためのテントを設置しているのが常態らしい。そして、領主と仲違いをした組長のオリバーは、もう何日も村の実家には戻らないまま、鉱山でのテント生活を続けているのだという。
 この地方の土地勘を持つガイアやコーネリアスの先導の下、どうにか無事に彼等の採掘現場へと最短距離で辿り着いたゲオルグ達は、さっそくオリバー(下図)に面会を申し出る。



「ラキシスから来たそうだが、俺達に何の用だ?」
「この度、ラキシス村を領有することになったゲオルグ・ルードヴィッヒだ。あんたらの力を借りたいことがあってな」

 そう言って、ゲオルグは彼等に、ラキシス村の近辺の鉱山開発への協力を申し出る。それに対してオリバーは、それなりに興味を示したような様子ではありながらも、少々怪訝そうな表情を浮かべる。

「まず、いきなりこう言ってしまうのも失礼だが、今のあんたらに、俺達の給料が払えるのか?」

 実際のところ、現在のラキシス村の財政事情を考えれば、彼等に「前金」として払える契約金は、微々たる額である。マーシー曰く、採掘が成功して「特殊な金属」が手に入れば、莫大な富が得られるらしいのだが、現時点でそれを保証する要素が「マーシーの予言」以外に何もない。しかも、彼女はエーラムのお墨付きを持つ契約魔法師ではなく、辺境の一角で細々と受け継がれてきた予言者の一族にすぎず、オリバー達はその存在自体を聞いたことがなかったため、今ひとつその予言に信憑性を感じられないのである。
 それに加えてオリバーにはもう一つ、この「領主になったばかりの若者」を信用出来ない理由があった。

「あんた、独り身かい? 悪いが、俺は家庭も持ってないような奴のことを信用する気にはなれないタチなんだよ。一人者は、責任ってものを知らないからな」

 それに対して、自分の兄を侮辱されたことに少しイラッときたルルシェは、ゲオルグが子供の頃から幼い自分を守り、育ててくれたことを力説し、彼が決して「お気楽な独身貴族」ではないことを伝える。もともと人の心を動かす能力に長けた彼女にそう説明されると、オリバーも一定の理解を示す。

「なるほど。あんたはあんたで、ちゃんと『家族』を背負って生きてきた身ではあるんだな。だが、悪いが俺も組を預かる者として、出るかどうかも分からない鉱脈のために、前金もない状態で『はい、分かりました』と言う訳にはいかないんだ。何か担保でもあるなら、話は別だがな」

 そう言われて、ゲオルグが返答に窮していると、コーネリアスがすっと前に出て、自らの剣をオリバーの前に提示した。

「この剣は、トランガーヌの騎士団長だった親父から受け継いだ物。これを差し出すと言っても、信用には足りないか?」

 その真剣な眼差しを受けて、オリバーはニヤリと笑う。彼個人の気持ちとしては、この少年の心意気は嫌いではない。おそらく、この少年が騎士団長の息子だというのも本当なのだろうと(何の根拠もないまま)彼は感じ取っていた。だが、この剣がこの少年にとってどれほど大切な代物であろうと、既に滅びた国の騎士団長の持っていた剣を売り払ったところで、彼等の労働の対価に見合うだけの金にはならないだろう。自分一人であれば、この少年の侠気に賭けてやってもいいと思えたが、これから定職を失おうとしている仲間達の再就職先を、自分一人の直感だけで決める訳にもいかない。若者達の熱意そのものは好意的に受け取っていたオリバーであったが、それだけで彼等への協力を約束出来るような有閑階級ではないのである。

2.1.3. 誘拐事件

 こうして、鉱山に生きる者としてのオリバーが、「侠気」と「責任」の狭間で迷っているところに、必死の形相で彼の部下が駆け足で飛び込んで来た。

「お、親方、大変です! 奥様が、黒尽くめの連中に連れ去られてしまいました!」

 その報告を聞いたオリバーは、激しい怒号を挙げる。

「あの野郎! 遂に実力行使に出やがったか!」

 そう言って鬼の形相でクローソー村の方向を睨むオリバーに対し、ゲオルグ達が事情を尋ねると、彼はその怒りの表情を露にしたまま、吐き捨てるように語り出す。

「あの馬鹿領主、俺の妻に手ぇ出そうとしやがったんだよ。それで、俺達はブチ切れて契約を切ることにして、村に住む家族達にも家を引き払うように言ってたんだが……、どうやら、一歩遅かったようだな……」

 オリバーは無念そうな表情を浮かべながら、拳を柱に叩き付ける。彼等鉱夫は身体的には恵まれた体格の持ち主が多いが、聖印の力を持つ領主や、それをサポートする魔法師、邪紋使いといった面々を相手にまともに戦える訳がない。本当は、今すぐにでも領主の家に殴り込みに行きたいところだが、まともに乗り込んでも返り討ちに遭うことは明白である。
 そんな彼の心境を慮ったゲオルグが、ゆっくりと口を開いた。

「なるほど。では、我々がお前の奥さんをその領主から取り戻したら、さっきの話をもう一度考え直してはくれないか?」
「そ、それは、是非もない話だが……、本当にいいのか? ラキシス村の全力を挙げて、ウチの領主と戦ってくれる、ということか?」

 クローソーの領主が他人の妻を強奪しようとしていたのなら、ラキシスの領主である以前に一人の君主として、ゲオルグがその奪回に協力する大義は十分にある。ただ、その場合、当然、ラキシスとクローソーの関係は悪化し、両村の間での戦争へと発展する可能性も十分にありうる。現状においては、兵の数でも練度でも、新体制を発足したばかりのラキシスでは、クローソーを相手に戦うのは容易ではない。
 だが、それでも、この場にいる面々の中で、ゲオルグの提案に反対する者は誰もいなかった。それどころか、現状において実質的にラキシスの正規兵をまとめる立場にあるガイアも、積極的に協力を申し出たのである。

「あなた方の家族は、私達の村で保護するわ。すぐに避難させて」

 ドクロ団との戦いにおいては民衆を戦闘に参加させることに反対した彼女であったが、今回は村の総力を挙げて積極的に協力する姿勢を示したのである。民を守ることを誇りとする自警団の長として、たとえ隣村の住民であろうと、「力を持つ者」に「力を持たない者」が蹂躙されるのを看過する訳にはいかなかったのだろう。
 こうして、ゲオルグ達5人はオリバーの妻「クレア」の捜索に向かうことになった。本当は、オリバー自身も彼等と共に妻を捜しに行きたかったが、他の鉱夫の家族達にも危険が及ぶ可能性もある以上、組をまとめるリーダーとして、村からの離脱の指揮を採るために、現場に残らざるを得なかった。見ず知らずのゲオルグ達に妻の奪回を託すしかないオリバーの無念を感じ取りながら、ゲオルグ達はそれぞれにクレア奪還に向けての決意を固めるのであった。

2.2.1. 村外れの小屋

 こうして、オリバーの妻・クレアの行方を探すために、ひとまずクローソー村を訪れたゲオルグ達であったが、今の状況が全く分からない以上、いきなり領主の館に殴り込みに行く訳にもいかない。まずは、クレアを攫ったという「黒尽くめの連中」について村の人々の聞き取り調査を開始する。ラキシスよりは栄えているとはいえ、田舎の山村の住人達にとっては、あまり余所者は好ましく思われないものなのだが、それでも、人々の心を動かす才能に長けたルルシェが、その人当たりの良さを有効活用して、重要な情報を聞き出すことに成功する。
 どうやら、ちょうどクレアが攫われた時刻の前後に、「黒服を来た三人組の男」が村の西側の出口から出入りするのを見た者達がいるらしい。しかも、村から出る時には「大荷物」を持っていたとのことなので、仮にその「黒装束の三人組」が領主によって雇われた者達だったとしても、現時点でクレアが「村の外」へと連れ去られている可能性は十分にある。そして、体格的にはあまり大柄ではなかったそうなので、おそらくはシャドウかメイジのどちらかではないか、という推測までは辿り着いた。
 その上で、ひとまず西側の出口を中心に調べてみたところ、エーラム製のルーペを用いたヒュースが、比較的新しい、やや奇妙な足跡を発見する。他の足跡は街道沿いに行き来しているのに対し、その足跡はクローソー方面から街道を外れた方向へと向かっていたのである。彼等がその足跡を辿っていくと、その周囲には(おそらく混沌災害によって)使われなくなった畑の跡が広がっており、更にその先には、おそらく今はもう誰も使っていないであろう、木造の小さな小屋が立っていた。どうやら、足跡はその小屋へと向かっているらしい。
 ひとまず、コーネリアスが身を隠しながら小屋に近付き、窓から中を見ると、中には黒装束の人物が三人と、そして、藁の上に倒れている女性の姿があった。事前に聞いていた特徴から、その女性がクレアではないか、という予想はついたが、特に手足を縛られたり、猿ぐつわを噛まされている状態でもなく、乱暴された様子もない。一見すると「静かに眠っている」ように見える状況である。
 コーネリアスからその情報を聞かされたゲオルグ達は、判断に迷う。状況的に、この三人が彼女を強引に攫った可能性が高いが、だとしたら、なぜこんな村に程近い無防備な小屋に逗留しているのか、疑問が残る。そもそも、彼等が本当に「クローソーの領主の部下」なのかどうかも分からないし、もしかしたら、クレアを助けようとした者達である可能性もある。色々と迷った結果、ひとまず、社会的立場として最も信用のおける人物であるヒュースが接触を試みつつ、他の者達が小屋の近くで待機する、という作戦で、相手の出方を見る、という作戦を決行することになった。

2.2.2. 黒装束の三人組

 ヒュースが小屋の扉を叩くと、中から男性の声が返ってくる。

「何者だ?」
「行方不明の女性を捜してまして、栗色の髪で、肌の白い、スラッとした女性なんですけど……」

 ヒュースがそう答えていると、それを遮るように、再び小屋の中から声が聞こえてくる。

「まず、質問に答えろ。こちらが聞いているのは、お前が何者か? ということだ。お前が何をしに来たのか? ではない」

そう言われて、ここで正体を明かして良いものか迷ったヒュースは、何とかごまかそうとする。

「彼女の知り合いです。いなくなったと聞いて、探してます」
「知り合いだと……? 名前は?」
「……ヒュースと言います」

 正確に言えば、彼自身はクレアとは全く面識もない。だから、もし彼等がその名をクレアに確認しようとした場合、この嘘はバレてしまう。と言って、ここで偽名を使っても話がややこしくなるだけであると考えたのか、彼は素直に本名を名乗った。

「オリバー組の者か?」
「いえ、そうではありません」
「素性を明かせぬ者なら、ここを開ける訳にはいかん」

 どうやら彼等は「特定の誰か」を待っているらしい。状況的に考えて、それがクローソーの領主である可能性は高そうだが、現状では情報が少なすぎる以上、どう答えれば彼等が扉を開けてくれるのか、確信が持てないし、これ以上嘘を重ねると、ますますボロが出やすくなってしまう。やむなく、彼は素直に自分の正体を明かすことを決意した。

「私は、魔法師です」
「魔法師ということは、契約相手がいるな。お前の君主は誰だ?」

 そう問われた彼は、少し離れた場所にいるゲオルグに目を向ける。すると、彼が「俺の名を出しても構わない」という表情でこちらを見ているのが確認出来た。

「ゲオルグ・ルードヴィッヒという方に仕えています」
「……分かった。では、しばし待て」

 そう言って、しばらく間を開けてから、彼等は突然、扉を開く。そしてそれと同時に、中から三人の黒服の者達が飛び出し、外に向かって全力で走り出したのである。
 いきなりの行動に面食らった彼等であるが、さすがにこのまま彼等を、目的も正体も不明のまま逃がす訳にはいかないと考えたヒュースは、彼等に向かって「ウーズ」を瞬間召還する。彼等三人のうちの二人は、頭上の現れたゲル状のウーズに身体を絡み採られてしまうが、それでもなんとか必死で逃げようとする。
 一方、そのウーズの襲撃をかろうじて逃れた一人は、あまり見慣れない形状のタクトを取り出し、反撃の「サプライズマイン」を、小屋の前に集まっていたヒュース達に向かって打ち込む。どうやら、彼は錬金術師のようである。その突然の爆発による炎熱がヒュース、ゲオルグ、コーネリアスを襲うが、致命傷には至らなかった。
 それに対して、今度はコーネリアスが、そのサプライズマインを放った錬金術師に対して一瞬にして間合いを詰めて、手持ちの短剣を一気に突き刺す。その一本一本に急所を貫かれたその錬金術師は、そのままその場に血しぶきを上げて倒れ込んだ。即死である。本来ならば、捕まえて情報を聞き出したいところだったが、暗殺稼業が長過ぎたコーネリアスには、ここで「死なない程度に手加減する」という発想自体が無かったようである。
 とはいえ、一歩間違えばこちらも命を獲られる可能性がある以上、この状況でコーネリアスを責めることは出来ない。かと言って、このまま放置して逃がす訳にもいかない。そう考えたゲオルグは、ウーズの攻撃の後遺症を受けながらも逃げようとする彼等に対して、叫んだ。

「お前達、どうしてこんなことを?」

 そう問われた黒装束の二人のうちの片方が答える。

「お前に説明する義理はない。それに、これ以上、お前達と戦うつもりもない」

 そう言いながら必死で逃げようとする彼等であったが、さすがに相手が何者かも分からないまま放置するのは危険すぎると判断したゲオルグは、全力で馬を駆って二人との距離を詰め、二人に対して同時に剣を薙ぎ払う。これに対して、一人はギリギリのところでかわそうとしたものの、そこにヒュースが放ったインプによる妨害が入ったことで、その一撃をまともに喰らってしまい、その場に倒れ込む。だが、もう一人は奇跡的な動きでそれを避けきり、そのまま戦場から離脱する。

「しまった、一人逃がしてしまったか」

 そう呟いたゲオルグが、ひとまずその場に倒れている者を捕えようとするが、こちらも思った以上に傷が深すぎたようで、既に虫の息である。慌ててヒュースやルルシェが駆け寄って命を獲り止めようとしたが、彼等が到着するよりも先に、そのまま絶命してしまった。こうして、彼等はクレア誘拐に関する情報源を、完全に失ってしまったのである。

2.2.3. 鉱夫の妻

 一方、その頃、ガイアは小屋の中に入り、クレアと思しき女性の身柄を確保していた。小屋の中には伏兵が潜んでいた様子もなかったが、一応、別方向から誰かが彼女を攫いに来る可能性も考慮しつつ、周囲を警戒していたのである。
 そして、小屋の外での戦いを終えたゲオルグが小屋の中に入り、外での一部始終をガイアに説明すると、ひとまず安全が確保出来たことを確認したガイアは、ゆっくりと彼女を揺り動かす。

「ふわぁぁ………………、えーっと、すみません、どちら様でしょうか?」

 目を覚ました彼女(下図)は、寝ぼけ眼のままそう言った。見覚えの無い小屋の中で、目の前に見覚えのない男女がいるという、全くもって不可解な状況ではあったが、特に取り乱すこともなく、淡々とした口調でそう尋ねたのである。どうやら、まだ頭が寝惚けた状態のままらしい。


「あなたの旦那さんに頼まれて、あなたを助けに来ました。今の状況を、理解出来ていますか?」

 ゲオルグにそう聞かれて、困惑した状態の彼女は、ゆっくりと話し始める。

「えーっと、ちょっと、待って下さいね……。私は、主人の部下の人達に、家を出るように、と言われて、家の外に出たところで、黒服の人が出てきて、そこから、記憶が、ないんですけど……」

 どうやら、彼女がクレアであることは間違いないようである。そして、おそらくはあの黒服の面々の魔法か何かの力によって、眠らされた状態だったらしい。

「どこか、身体を痛めてはいませんか?」
「いえ、特には……」

 ガイアが心配そうに尋ねたが、実際、クレアの身体には特に傷を負った様子もない。ひとまずゲオルグとしては、自分達が彼の依頼でクレアを助けに来た隣村の君主である、ということを告げる。

「そ、そうだったのですか。私なんかのために、わざわざ君主様が……」
「いえいえ、民を守るのは君主の務めですから」
「ありがとうございます。本当に、申し訳ございませんでした。で、私を攫ったその人達は、何者だったのでしょうか?」

 実際のところ、それは彼等も知りたいところなのだが、現状では手掛かりがない。逆に、何か狙われる心当たりはないかとガイアが尋ねてみたが、クレア自身も頭を捻る。

「主人は、領主様が私に手を出そうとしてるから気をつけろ、と言っていたんですが、でも、私、特にそういった心当たりはないというか、今までに何かされたこともありませんし……」

 彼女はおっとりとした口調で、そう語る。実際のところ、彼女が領主の好奇の視線に気付いてないだけで、ずっと前から狙われていたのかもしれないし、逆に、オリバーの自意識過剰という可能性も否定は出来ない。ただ、いずれにせよ、彼女が何者かによって誘拐されかけたという点だけは事実なので、まずは彼女を連れて、オリバーの元へと戻ることにした。

 一方、ヒュース、コーネリアス、ルルシェの三人は、二人分の死体から何か手掛かりはないかと調べてはみたものの、見つかったのは「ヒュースが持っている『エーラムの魔法学院の支給品』とは異なる形状のタクト」と、あまり見覚えのない「黒い輝きを放つ石」だけで、それが何なのか、この場にいる者達は誰も分からなかった。やむなく彼等は二人の遺体を小屋の裏に埋葬した上で、小屋の中のゲオルグ達と合流し、共にオリバー組の駐屯地へと向かうことになったのである。

2.3.1. ラキシスへの帰還

「クレア、無事だったか!」

 ゲオルグ達がクレアを連れ帰ると、オリバーは両手を広げて彼女を迎え、そして抱きかかえる。

「ありがとう、本当に助かった。約束だ、俺達はこれから、ラキシス村で働かせてもらう。もしかしたら、鉱脈が見つかるまで時間がかかるかもしれないが、その間のまかない、いや、『まかないの材料』さえくれれば、俺達は協力を惜しまない」

 実はこのクレアは、クローソー村でも屈指の料理名人と言われている。オリバー組の者達の奥方達は、いずれも彼女から料理の腕を叩き込まれた良妻揃いであり、ラキシスのバリエーションに乏しい食材からでも、鉱夫達の胃袋を満足させられるだけの料理を創り出せる実力の持ち主が揃っていた。

「分かった。お前達の身の安全は、俺が保証する。もう心配することはない」

 ゲオルグはそう言って、彼等と「契約金ゼロ」で雇用契約を結ぶことに成功する。ただ、この時点で彼には一つの懸念があった。それは、クローソー村の領主との関係である。形式的には、彼とオリバーとの間で勝手に仲違いしたところに手を差し伸べただけなので、ゲオルグ達による引き抜き行為には、何ら咎められる要素はない。もともとオリバー達は身柄を一定期間拘束されるような専属契約を結んでいた訳ではないので、彼等にはいつでもクローソー村と手を切る権利はある。
 とはいえ、現実問題として、村の主産業である鉱山採掘の中核を為してきたオリバー組の引き抜きは、クローソー村としては死活問題に繋がる。いくら形式的には問題が無いとは言っても、感情的に恨みを買ってもおかしくはない。せめて、クレア誘拐事件の黒幕がクローソーの領主であるという証拠を掴むことが出来れば、周辺諸侯や両村の村人達の世論を味方につけることが出来そうではあったのだが、残念ながら、あれから村で聞き込み調査などを繰り返してみても、それらしい確証は得られなかったのである(ただ、領主がクレアのことを狙っているらしい、という噂は、村の奥様方の間ではそれなりに広まってはいた)。
 そんな疑念を抱きつつも、ひとまず彼等はオリバー組の面々とその家族を引き連れて、ラキシスへと帰還することを決意する。帰還前に一度、クローソーの領主に話を通すべきかとも考えたが、その前に彼等の身の安全を確保することを最優先する必要がある、と判断したからである。こうして、領主・ゲオルグとしての最初の任務としての「採掘技師達の引き抜き工作」は、ひとまず無事に完了したのであった。

2.3.2. 「予言者」の見解

「お帰りなさいませ、マイロード。無事に鉱夫の方々を連れてきて下さったようですね」

 ラキシスに帰ってきたゲオルグ達を、そう言ってマーシーが出迎える。

「あぁ、ちょうど都合の良いタイミングで、色々なことがあってな」

 確かに、状況的に見れば、彼等がオリバー組を引き抜こうとしたその瞬間にクレアの誘拐事件が発生したというのは、ある意味で「都合が良すぎるタイミング」でもある。

(これ、端から見たら、私達がクレアさんを誘拐したと思われるんじゃ……)

 ルルシェはそんな懸念を抱いていた。実際、事情を知らない人から見れば、この一連の誘拐事件を「ラキシス村による自作自演」と考えれば、全ての辻褄が合うようにも思えてしまう。

「何はともあれ、首尾良く事が進んだなら、何よりです。では、さっそくオリバー殿を鉱脈の候補地にお連れしましょう」
「いや、待て、その前に、一つやっておいた方が良いと思うことがあるんだが」

 そう言って、ゲオルグはマーシーに一つ、相談事を持ちかける。それは、オリバー達を引き抜いたことを、クローソーの領主に直接会って通達すべきではないか、ということである。だが、マーシーはそれに対しては、あまり気乗りしない表情を浮かべる。

「クローソーの領主に、今回の引き抜きを納得させられる算段はありますか?」

 形式的には正統性はある。しかし、感情的に恨みを買う可能性も高い。マーシーとしては、もともと、今回の引き抜きはクローソーとの間で遺恨が生まれることは覚悟した上での策略だったようで、こちら側が何を言っても、クローソーの領主を納得させることは出来ないだろう、と最初から諦めている様子である。むしろ、ここで中途半端に筋を通そうとしても、かえって相手の神経を逆撫でする可能性が高い、というのが彼女の見解であった。
 そして実際、ゲオルグもまた、相手を感情的に納得させられる手段は思いつかなかったので、ここはひとまずマーシーの言う通り、クローソー側には特に何も言わないまま、状況をなりゆきに任せることになった。もし仮に、将来的にこの一件が両村の関係悪化、更には戦争の火種にまで繋がったとしても、その時はその時で、君主として堂々と迎え撃てばいい、そう割り切ることにしたのである。

2.3.3. 蠢く「闇」

 一方、その頃、コーネリアスはヤヤッキーに一つの尋ね事を持ちかけていた。それは、黒装束の男達が持っていた「謎のタクト」と「黒い輝きを放つ石」についてである。

「ヤヤッキーさん、これ、見たことありますか?」

 そう言って彼がタクトと石を見せると、ヤヤッキーはしばらく凝視した上で、こう答える。

「このタクトは…………、パンドラの魔法師達が使う代物だね」

 パンドラとは、エーラムの魔法学院とは対立関係にある、闇魔法師を中心とする者達の組織である。その目的は組織によってバラバラだが、混沌の拡大を通じて「皇帝聖印(グラン・クレスト)」の出現を阻止するのが共通目標と言われている(つまり、エーラムにとっての宿敵であると同時に、聖印教会にとっての不倶戴天の敵でもある)。その意味において、このブレトランドを初めとする大抵の地域において、パンドラと言えば反社会的組織の代表格のような扱いであるが、どうやらヤヤッキーは、ドクター・エベロに捨てられた後、裏社会にも接触していたようで、その頃にパンドラに関する知識を得ていたらしい。
 そして、黒光りする石は、どうやら精神力を回復させる薬の原料となる代物らしいが、パンドラの中には、その「原石」の状態からその力を直接引き出すことが出来る者もいるという。いずれにせよ、彼等がパンドラの一味であることは、これでほぼ確定した。

「しかし、なんでパンドラが奥さんを狙ったんでしょうねぇ」

 ヤヤッキーはそう言って首を傾げる。クローソーの領主がパンドラに誘拐を依頼したのか、それとも、パンドラ自身の都合でクレアを攫う理由があったのか。それとも、別の誰かがパンドラに依頼を出したのか。クレア自身は「自分に出来るのは、組の皆さんのために美味しい御飯を作ることだけです」と言っているが、彼女自身に何らかの特別な力が宿っている可能性もゼロとは言えない。

「もしかして、領主間で何かイザコザを起こそうとしたんじゃ……」

 ヒュースがそう呟く。つまり、クローソーからオリバー組を離反させ、他の村と再契約させることで、この地域の村々の間での争いを引き起こすこと自体が目的だと考えれば、それはパンドラ自身の理念にも合致そうな話であるし、パンドラを利用した周辺諸侯による思惑としても十分に考えられる。もし仮にこの仮説が正しいとしたら、ゲオルグ達はまんまとパンドラ(もしくは彼等と手を組んだ誰か)の思惑に踊らされていることになる訳だが、そう確信出来るだけの証拠もない。
 そんな状況を踏まえた上で、皆が様々な不安に捉われている中、ゲオルグは開き直ってこう言い放った。

「パンドラが何を考えているのかは分からないし、結果的にパンドラの行動によって俺達が利益を得たのも事実だが、別にそのことが、俺達がパンドラの味方になったことを意味する訳でもない。仮にパンドラが俺達を利用して何かを為そうとしているとしても、最終的にそれは俺達自身の手で防げばいい。奴等に利用された挙げ句に消されるようなら、それは俺達がそれまでの存在だった、というだけのことだ」

 結局のところ、現状においては色々な可能性がありすぎて、いくら考えても結論が出る状態ではない。ならば、まず今は当初の予定通り、村の人々の生活を楽にするために、鉱山開発に乗り出そう、というのが彼の結論である。皆それぞれに色々と思うところはあったが、ひとまず今は、この君主の判断を信じて、予定通りに鉱山開発へと乗り出すことを決意したのであった。

2.3.4. ディアボロス界の投影体

 そして翌日、ゆっくりと休養を取った上で、マーシーの先導の下、ゲオルグ、ルルシェ、ヒュース、ガイア、コーネリアスが護衛する形で、オリバー組の面々がラキシス村から程近い山岳地帯へと足を踏み入れる。この辺りは混沌濃度も高く、魔物の出現率も高いため、これまであまり鉱脈調査もおこなわれてこなかった地域であった。

「ここですね」

 そう言ってマーシーが歩みを止める。彼女の指した場所は地盤も緩いようで、一流の鉱山技師であるオリバー組の面々にとっては、比較的容易に掘り進められそうな場所であった。

「よし、分かった。やるぞ、お前達!」

 オリバーの号令の下、彼等はまず足場を築きつつ、少しずつ地面を掘り進めて行く。だが、彼等がこうして作業を進めて行く中、そのすぐ近くで、何らかの「巨大な投影体」が収束しようとしていることにヒュースが気付く。

「皆さん、危険です! ここから離れて下さい!」

 ヒュースがそう叫び、ゲオルグ達がその「収束地」へと向かう。すると、そこに現れたのは「巨大な翼を生やした悪魔」の姿であった。この世界で言うところの「悪魔」とは「ディアボロス界」と呼ばれる異界の生き物の投影体のことである。それは、先日のゴブリンなどとは比べ物にならない、強大かつ凶悪な存在であった。しかも、その巨大な悪魔を中心として、その周囲に更に小さな投影体が収束しようとしていることも、ヒュースは感じ取っていた。
 一刻も早くこの悪魔を倒さねばならない、と思ったゲオルグ達であったが、それよりも一瞬早く、その悪魔の翼が生み出した衝撃波が、彼等を襲う。その威力は凄まじく、特にあまり強靭な身体の持ち主とは言えないヒュースにとっては致命傷となりうる攻撃であったが、オルトロスが決死の防壁となることで、なんとか耐えきる。一方、まともに喰らったガイアやゲオルグにとっては非常に厳しい一撃となったが、それに怯むことなく、彼等は反撃に転じた。
 まず、ヒュースがジャック・オー・ランタンを召還して悪魔の翼に叩き付けようとする。しかし、悪魔は自らの身体を用いて翼を庇いつつ、その攻撃を受け止める。どうやら、翼を失うことはこの悪魔にとっても致命傷となりうるようである。それに続いて、今度はコーネリアスが追撃の猛攻を加え、悪魔は自分自身の身体を甲冑化することでなんとか耐えようとするが、それでも深い打撃を負った。
 更に、そこにゲオルグが「大いなる印」を発動させて、剣を振りかざして突撃をかける。

「コーネリアス、避けてくれ!」

 彼のこの必殺の斬撃は、悪魔の本体と翼を同時に攻撃するために繰り出した大技だが、その場にいる者全てを巻き込んでしまう。だが、彼は信じていた。コーネリアスならばこの攻撃でも避けきってくれるであろうと。そして実際、ゲオルグの思惑を理解したコーネリアスが間一髪のところでゲオルグの剣の乱撃をかわす一方で、まともに喰らった悪魔はその場に倒れ込み、そのまま消滅していく。そして、その巨大悪魔の周囲で収束しようとしていた混沌核も、それと同時に収束速度が弱まり、それが投影体として実体化する前に、ゲオルグの聖印の力によって浄化されていったのである。

「私の出番は無し、か」

 悪魔に向かって反撃の元素弾を打ち込もうとしていたガイアは少し残念そうに呟きつつも、誰一人被害を出すことなく戦いを終えたことに安堵していた。そして、山賊団との戦いの折には発揮されなかった「本気のゲオルグの一撃」を目の当たりにして、ようやく彼の「混沌と戦う君主」としての真価を実感出来たガイアであった。

2.4. エピローグ

 こうして、どうにか巨大悪魔を撃退した後、再び採掘作業が再開される。その後も少し離れたところで何度か混沌核の収束は見られたが、先程のような強大な混沌核が出現することはなく、そのまま作業は続行される。そして、最終的に彼等が発掘したのは、銀色の光沢を放つ、しかし銀とは明らかに異なる謎の金属であった。
 それは、魔法師のヒュースですら見たことがない、謎の鉱物である。それが何なのかをマーシーが説明しようとした時、ルルシェが彼女よりも先に口を開く。

「これは………………、ミスリル?」

 次の瞬間、マーシーが驚愕の表情を浮かべる。だが、誰もその時点で彼女に目を向けていなかったので、彼女が驚いていること自体に、その場にいた誰も気付かなかった。

(なぜこの娘が、ミスリルのことを知っている……?)

 ミスリルとは、本来はこの世界に存在しない筈の「異界の鉱物」であり、いわば「鉱物の投影体」のような存在である。ブレトランドどころか、アトラタン大陸全体を探しても滅多に見つかることのない、まさに「幻の金属」であり、この世の知識の集合体と言われるエーラムの魔法学院の中でも、その存在について詳しく知っているのは、錬金術学科の者達くらいであると言われている。
 ゲオルグの様子を見る限り、彼はその「ミスリル」のことは何も知らないようである。これまでずっと二人で共に旅をしてきた筈なのに、妹だけが知っているというのは、明らかに奇妙な事態である。そして、どうやらルルシェ自身も、なぜ自分がこの鉱物のことを知っているのか、自分でもよく分かっていない様子であった。

(やはりこの娘、ただの君主ではないな)

 マーシーは改めてそう実感しつつ、ひとまず彼女の正体を探るのは後回しにした上で、冷静な「ゲオルグの軍師」としての顔に戻り、ミスリルについての説明を始める。

「そうです、これこそが幻の金属・ミスリルです。銀のような光沢を放ちますが、その強度は鋼よりも強く、上手く加工すれば、最高級の武器や防具を生み出すことが出来ます。無論、純粋な装飾品に加工しても高価で売れるでしょう。ただ、本来は異界の存在ですので、その取り扱いには一定の注意が必要ですが」

 そして、マーシーはこのミスリルを加工出来る人物についても、既に心当たりがいた。その人物を自陣営に引き入れることで、ようやく彼女の「ラキシス再興計画」は本格的に始動することになるのである。

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最終更新:2014年09月24日 03:44