最終話「決戦!日光東照宮」

10.1.1. 闇からの誘い

10.1.1.1. ミラへの手紙

 若本女学園での戦いを終えた夜、由奈を加え、そして姫子の正体が判明したことにより、遂に揃った12人の歌姫達に対して、俊一は自作の楽譜を手渡した。それは、今まで彼女達が聞いたことがあるどのジャンルの楽曲とも異なる、それでいて、どこか奇妙な懐かしさを感じさせるような、何とも表現しがたい不思議な無国籍サウンドであった。一刻も早くその楽曲を覚えて、安倍晴明召還の儀式を執り行うために、その日の夜は、ミラやりんねも必至でその旋律を頭に叩き込んでいく。
 そして翌日、その二人が中等部の校舎に入り、靴を履き替えようとすると、ミラの下駄箱の中に、一通の手紙が入っていた。差出人は、彼女にとって忘れたくても忘れることが出来ないトラウマを植え付けた「あの男」である。

「ミラよ、お前も知っている通り、我等が神君の復活は成就した。もはや、サイキックアブソーバーの力をもってしても、我等を止めることは出来ない。お前は美しい。姿も、声も、心も。もう間もなく、ダークネスの世が訪れる。そうなれば、下賎な淫魔達による、美しいお前を巡る醜い争いが繰り広げられることになるだろう。私は今、お前の生まれ故郷でもある名古屋に来ている。東照大権現の命により、この地を制圧するために。今からでも遅くない。私の許に戻って来い。私と共に、この地で永遠の時を生きようではないか」
Claus von Sakakibara

 一体、どのようにして彼がこの手紙を下駄箱に入れたのかは分からない。自ら侵入したのか、眷属の誰かに忍び込ませたのか、あるいは、一般学生の誰かを捕まえて依頼したのか。いずれにせよ、その文面から察するに、本人が書いた内容であることは間違いなかった。

「ん? ミラ、どうしたの?」

 反対側の下駄箱から、興味本位で覗き込むりんねに対し、ミラは「なんでもない」と言って手紙を閉じ、そのまま彼女と共に教室に向かう。実際、今の彼女としては、この手紙に対して、どうすることも出来ない状態であった。

10.1.1.2. 英雄への手紙

 一方、その頃、英雄の下駄箱にもまた、手紙が入っていた。差出人は、かつての彼の同志にして、今や最大の宿敵となった「あの男」である。

「お久しぶりです、カイザー。ご存知の通り、もう間もなく、この世は我々ダークネスの手に落ちることになる訳ですが、その前に、私達二人の因縁に決着をつけませんか? 私がカイザーを倒すか、カイザーが闇に堕ちるか、二つに一つです。私は今、故郷の近江の近隣の和歌山に来ています。そろそろ、現地のテロリスト達との戦いにも飽きてきたところですので、ぜひ、足をお運び下さい。紅葉の季節はもう終わろうとしていますが、初冬の熊野古道も悪くないですよ。熊野本宮大社を私の炎で焼き尽くしながら、御来訪をお待ちしております」
井伊フリー“ト”

 「英雄が勝利する」という選択肢を提示していないのは、おそらく意図的な挑発であろう。そして、「現地のテロリスト」というのが何を意味しているのかはよく分からない。ただ、この手紙を受け取った時点で、英雄の脳裏に浮かんだ選択肢は二つ。和歌山まで、新幹線経由で行くか、関空経由で行くか、の二拓である。果たしてどちらが速いのか、(全国を旅した経験を持つが故に)交通網に詳しい政次に、後で確認してみる必要があるな、と思案を巡らせていた。

10.1.1.3. スサノオへの手紙

 そして、スサノオの下駄箱にも、手紙が入っていた。差出人は、数日前に彼を走行中の新幹線から突き落として「かすり傷」を負わせた「あの男」である。

「よう、坊主、元気か? 朱雀門では闇に堕ちかけたらしいが、そろそろこちらの世界に足を踏み入れる踏ん切りはついたか? お前は知らないだろうが、お前は極上の良血種だ。お前の父はアメリカ史上最大の殺人鬼ビリー・ザ・キッドの末裔。お前の母は伝説の羅刹・酒呑童子の末裔。そして、殺人鬼と神薙使いとのハイブリッドは酒呑童子と同じ組み合わせ。まさに、地上最強のダークネスとして、俺に殺されるにふさわしい存在だ。俺は今、水戸にいる。そろそろ年貢の納め時だ。俺の目の前で、今のお前の本気を見せてみろ」
本多五十六

 あまりにも唐突すぎる内容である。自分の祖先に酒呑童子がいるということは、豊橋で見た夢から、ある程度想像はしていたし、母が熱田神宮の一族の出身であることからも、それが母方の血統であることは想像出来ていたが、まさか自分の父も灼滅者(ダークネス)の血統であったとは。そして、そのことをなぜ本多が知っているのか。彼がどこまで自分のことを知っているのか、これまでの自分の人生のどこまでを彼が把握しているのか、考えただけで背中に寒気が走る。
 いずれにせよ、もはや自分は、彼と戦うことになる運命からは逃れられない状況にある、ということを、改めて覚悟した彼であった。

10.1.1.4. 政次への手紙

 更に、政次の下駄箱にもまた、手紙が入っていた。差出人は、昨晩、病院の屋上から、携帯電話で長話を交わしたばかりの「あの女」である。

「お元気? イケメン剣士さん♥ 昨夜は、この私が陽動作戦に付き合ってあげたのに、肝心の家康の復活を止められなかったみたいね☆ そのくせ、幼馴染みのラグナロクだけは、ちゃっかりGetしたんだってね♪ なんだか、まるであなたの個人的な因縁に私が付き合わされたみたいね☆ こういうのって何て言うのかな? タダ働き? 無駄骨? 骨折り損のくたびれ儲け? まぁ、何でもいいわ♥ ちょっと、今後の私達の未来について語り合いたいから、今夜、秋葉原のBAR『STARGAZER』まで来てもらえるかしら? もちろん、一人でね♥」
ラブリンスター

 さすがに、この文面から、彼女が相当に不機嫌な心境にあることは想像出来る。彼女との密約を知られる訳にはいかない政次としては、すぐさま手紙を「灼滅」した上で、どうやら今回ばかりは、電話で要件を済ませる訳にもいかない(そして当然、彼一人でこの案件は処理しなければならない)、ということを覚悟させられたのであった。

10.1.1.5. ヤマトへの手紙

 こうして、仲間達がそれぞれにダークネスの大物達からの手紙を受け取り、それぞれにその対応に頭を悩ませている中、ヤマトの下駄箱にも、手紙が入っていた。差出人は、上記のダークネス達と同様、彼に対して並々ならぬ執着を見せる「あの女」である。

「ヤマトくん、私、分かったのよ。私自身の背負う宿命が。私は、ヤマトくんや鳳凰院さんのようなムー大陸の戦士達を導く存在、つまり『予言者』だったのよ。私、知ってるわ。私達の世界が、古代アトランティス人の末裔達によって支配されていることを。そして、古代アトランティス人達の陰謀を止めるためには、一刻も早く日光東照宮に行く必要があるわ。その地で、蘇ろうとしているのよ。約400年前にこの地を支配していた闇の帝王が。その正体は、文字に書き残すと危険だから、夕方頃に直接、ヤマトくんのお家に伝えに行くわ。待っててね」
時をかける予言者・猫玉ニトロ

 ムー大陸やアトランティス人云々はともかく、「日光東照宮」や「約400年前にこの地を支配していた闇の帝王」というくだりは、確かに今、彼等が直面している問題そのものである。なぜ、彼女がそのことを知っているのか、もしかして、本当に彼女が予言者(エクスブレイン)の力に目覚めたのか、その可能性も微生物レベルで存在しているかもしれないと思いつつ、彼女が家に入ってきたら、どうやって両親に説明すれば良いものやら、と頭を悩ませるヤマトであった。

10.1.2. 集いし仲間

 その日の放課後、彼等はいつも通りに五十嵐邸に結集する。いや、正確に言えば、今回は過去最多の人数が、彼女の家に集まっていた。姫子を除く11人の歌姫(観澄りんね、奏ミラ、山口淳子&昌子、桂木律子、覇狼院花之、西園寺帝、豊川いなり、豊橋うずら、田原みなと、平野由奈)、作曲者の坂本俊一、これまでの戦いで常に最前線で関わってきた(家康および四天王と浅からぬ因縁を持つ)神代ヤマト、鳳凰院英雄、平福政次、スサノオ・ビヨンドルメーソンの4人に加えて、スサノオの「保護者」としての鴻崎翔および倉槌葉那&緋那、そして帝の側近である演劇部の浅美博之&高倉大介の二人も(帝と共に)心霊手術の力で早期退院を果たし、駆けつけた。
 それに加えて、昨夜の戦いを終えて、本来の自我を取り戻した宮野朱鷺、寺島音羽、谷山那月、下野唯、諏訪部蓮華、鈴村真美の六人もまた、彼等に協力することを申し出る。「スサノオを護るために派遣された朱鷺」と「由奈を護ることを信条とする音羽」が彼等に手を貸すのは当然として、若本女学園の四人のうち「ヤマトの親族の那月」と「ミラの親友の唯」が協力の姿勢を示すのも、自然な道理である。一方、蓮華と真美が参戦を宣言した背景には、彼女等の中で特定の「誰か」への個人的興味が沸き上がっている可能性は否定出来ないが、とりあえず、この時点でそこまで個人的事情を詮索しようとする者はいなかった。
 一方、肝心の姫子は、ここ数年、まともに歌う機会も少なかったということもあり、リハビリのために別室で発声練習に専念していたため、この27人の同志達を束ねる作戦指揮官としての立場を、もう一人のエクスブレイン・須藤まりんに委ねていた。中学生の彼女には重すぎる責務のようにも思えたが、彼女は堂々とした態度で、大部屋に集まった仲間達を前に、全体の指揮を執り行っていくことになる。

10.1.3. 遠征計画

「皆さん、あれから敵の動向について、何か分かったことはありますか?」

 まりんにそう問われて、英雄とスサノオは正直に「手紙」のことを申し出る。一方、既に手紙を灼滅している政次は、当然のごとく何も知らないフリをしており、ミラも、手紙の内容が内容だけに言い出しにくかったようで、沈黙を続ける。ヤマトに関しては(少なくとも、詳細な話を聞いていない現状では)わざわざ報告するほどの内容でもないと考えていたようである。
 そして、二人の話を聞いたまりんは、その手紙の内容が、彼等を分散させるための「陽動作戦」であると断言する。

「確かに昨夜から、徳川家ゆかりの地である名古屋・和歌山・水戸において、アンデッドが大量に発生しているという情報はあります。紀伊に井伊フリードリッヒ、水戸に本多五十六がいるのであれば、おそらく名古屋には榊原クラウスが派遣されているのでしょう」

 この時、まりんは一瞬、ミラにチラッと「疑惑」の眼を向けたが、彼女が何も語らなかったので、その点に関してはこれ以上、詮索しようとしなかった。

「しかし、名古屋にはお市様と名古屋十六人衆が、和歌山には『ネゴロイド・ヒューマン』の人々が、そして水戸には『納豆戦隊ネバレンジャー』の方々がいます。私の見立てが間違っていなければ、彼等の力で十分に鎮圧出来るレベルです」

 「ネゴロイド・ヒューマン」とは、戦国時代の「根来衆」の末裔で、身体に鉄砲を埋め込んだ人々であり、「納豆戦隊ネバレンジャー」とは、納豆の力を用いて戦う「大粒」「小粒」「ひきわり」「干し」「揚げ」の5人組である。いずれも、ご当地ヒーローとしては名古屋十六人衆に劣らぬ実力者として知られており、井伊や本多が相手でも決して引けを取らない戦力であるというのが、まりんの分析である。また、後者に関しては、先日の三河での戦いで茨城の有力怪人を倒していることもあり、戦力的にも余裕があると推測される。

「むしろ、この三人がいない間に、日光東照宮に攻め込み、家康の完全復活を阻止すべきです。透君はあくまで家康の魂の『コア』であり、その身体はまだ日光東照宮に眠っている筈。その両者が完全に融合してしまう前に、ここにいる皆さんが全力で日光に攻め込む。それが最善の策です」

 まりんはそう言って、今すぐにでも和歌山に行こうとしていた英雄を思い止まらせる。英雄もその説明には納得したものの、一方で、彼を含めた何人かには、まりんがまだ「何か」を隠しているように思えた。

「なぁ、まりん。正直に言えよ。まだ、伝えてない情報があるんだろう?」

 政次がそう問うと、まりんは少し困った顔を見せつつも、毅然とした態度で返答する。

「申し訳ありませんが、今は『私を信用して下さい』としか言えないです」

 まりん曰く、まだ皆に伝えていない、彼女が考案した「策」があるらしいが、皆がそのことを知った上で行動すると、敵がその動向からこちらの思惑に勘付いてしまう可能性があるため、あえて味方にも「策」の全容を知らない状態のまま行動してほしい、ということである。まだエクスブレインとしての実績は姫子には遠く及ばないが、先日の吉良荘の戦いの際には、彼女の機転に助けられていたこともあり、既にこの場にいる者達の大半は、彼女の判断は十分に信用に足ると考えていた。

「で、日光東照宮に『家康』がいるというのは、間違いないのか?」

 英雄にそう問われ、まりんは説明を続ける。彼女と姫子の未来予知によれば、家康の「本体」が日光東照宮に眠っていることは間違いないらしい。日光東照宮は世界遺産にも登録された巨大な神社であり、古来よりパワースポットとしても有名で、その中には、8つの国宝と、34の重要文化財に指定された建物が含まれているという。一般には、家康の遺体が眠っているのは、その中の「奥宮」の地下と言われているが、彼女達の見立てによれば、家康が奥宮で復活するというビジョンは全く見えていないので、カムフラージュの可能性が高い、とのことである。

「その上で、敵の戦力の全容は分かりませんが、ひとまず、こちら側は今、この場にいる人達で全員だと思って下さい。学園側に援軍を要請することも出来ますが、その場合、作戦の主導権を学園当局に奪われる可能性があります。そうなると、当局は『家康のコアの破壊を優先すべき』と判断するかもしれません」

 つまり、「透を家康から切り離して、連れ戻す」という目的を達成するためには、その目的を最優先するという方針を共有出来ない人々との共闘は避けるべき、ということである。

「一応、確認したいのですが、今、ここにいる皆さんは、五十嵐先輩を悲しませるために集まっている訳ではないですよね?」

 皆が無言で頷く。姫子との関係の深さはそれぞれ異なるが(若本の面々にとっては、つい昨夜会ったばかりの関係だが)、彼女の導きが無ければここまで戦うことも出来なかった、ということは知っている以上、誰一人として、その方針に異論を唱えるつもりはなかったようである。

10.1.4. リハーサル

 そして、ひとまず歌姫以外の人々は散会し、姫子を含めた12人と歌姫と、作曲者の坂本は、五十嵐家の邸内の私設スタジオにて、安倍晴明召還の儀式のリハーサルをおこなう。もともと、このスタジオは、彼女がまだ音楽に積極的に携わっていた子供の頃に、両親の計らいで作られた一室であった。
 まず、彼女達を前にして、いなりが簡単に歌詞の内容とサンスクリット語の発音を概説する。彼女曰く、この歌詞の内容の大半は「人々を守る救世主(安倍晴明)を褒め称える美辞麗句」らしい。発音については、いなりも言語学者ではないので、それほど正確な歌い方ではないようだが、おそらく三百年前の日本人が「正確なサンスクリット語の発音」で歌えたとは思えないので、「世界を救うために晴明を呼び出したい」という心さえ込められていれば、なんとかなるのではないか、というのが彼女の判断である。
 その上で、今度は俊一が12人それぞれの声質に合わせて、一番彼女達の持ち味を生かせる形でのパート分けをした上で、全体的な歌唱指導をおこなう。と言っても、人間相手に指導した経験がない彼では上手くニュアンスを伝えきれないところもあるので、途中からは音楽教師である律子が、彼の方針を確認しながら、指揮棒を片手に全員の歌声を合わせる手助けをする。
 その結果、どうにかその日のうちに「合唱」の形を完成させることが出来た彼女等は、明日の朝、安倍晴明を召還し、その力をもって家康封印のために日光へ向かう、という方針で一致した。

10.1.5. ニトロの予言

 一方、その頃、一足先に五十嵐邸を後にしていたヤマトが自宅に辿り着くと、家の前で手紙での予告通り、ニトロが待っていた。

「ヤマト君、これから先の戦いに、御両親を巻き込みたくないわよね?」

 どうやら彼女は、彼の両親が「ムー大陸の戦士(=灼滅者)」の協力者だということを知らないらしい。故に、両親に知られる前に、彼一人にだけこっそりと教えた方がいい、と考えて、家に入る前の彼にこっそりと真実を伝えようとしていたようである。

「今、栃木県の日光東照宮で蘇ろうとしているのよ。約400年前に日本を支配していた魔王・豊臣秀吉が!」

 いきなり登場した予想外の名前に、ヤマトの目は点になる。小学二年生ながらも、一応、彼も豊臣秀吉という名くらいは聞いたことがある。

「あのね、日光東照宮は、一般的には徳川家康の墓所だと言われてるけど、あれはカモフラージュなで、本当はあそこに眠っているのは、豊臣秀吉なのよ。だって、その証拠に、日光にはあんなに沢山の『猿』がいるのよ。つまり、あそこは猿の聖地で、猿の化身である闇の魔王・豊臣秀吉が封印されているのよ」

 そう言われても、日光猿軍団の全盛期(=90年代)には生まれてもいないヤマトには、そもそも「日光=猿」というイメージはない。とりあえず、なぜ彼女が「日光東照宮」のことを知っていたのかは不明であるが、少なくとも「真相」の全てを理解している訳ではない以上、彼女が「予言者(エクスブレイン)」として目覚めた訳ではないらしい、ということは理解する。

「ここ数日、私の夢枕に現れるのよ、豊臣秀吉が。そして『我の力を開放せよ』と訴えかけてくるの。これはきっと、闇の人々との間の通信を私が傍受して得た情報なのよね」

 そう力説する彼女に対し、心配そうな顔をしたヤマトは、こう告げる。

「お姉ちゃん、少し休んだ方がいいよ……」
「うん……、確かにね、ここ最近、ずっとその夢にうなされてるお陰で、ちょっと体調は悪いんだけどね。とりあえず、一応、伝えるべきことは伝えたから、気をつけてね」

 そう言って、ニトロは「自分の使命を果たした」と満足したような様子で、その場を去っていく。ヤマトは、なぜ彼女が中途半端に「真実に近い情報」を得たのかを疑問に思いつつも、素直にそのまま自宅の扉を開くのであった。

10.1.6. 闇の歌姫

 そして、その日の夜、政次は指定通りに、秋葉原のBAR『STARGAZER』へと足を運ぶ。すると、そこには、彼を呼び出したラブリンスターの他に、三人のアイドル服の少女が立っていた。

「久しぶりね。直接会ったのは、三鷹の文化センター以来かしら?」

 そう言って政次に微笑みかけた彼女は、傍らにいる少女達を紹介する(下図)。どうやら彼女達は、ラブリンスターがプロデュースする「LSD(ラブリンスター・ダンサーズ)108」のメンバーらしい。


「はじめまして。チームLの白石みなみです」
「チームSの神田優子です」
「チームDの田村麻友です」

 三人はそう言って軽く会釈をする。いずれも、見た目は人間のようだが、その背後にうっすらと漂う禍々しいオーラから、彼女達もまた相当に強力な淫魔であることはすぐに分かった。彼女達は、それぞれのチームのエース級の存在であり、一応、主人の護衛として、自ら志願してついて来たらしい。ラブリンスターは「二人っきりじゃなくてごめんね」と言って妖艶な笑みを浮かべながら、本題に入る。

「私、武蔵坂に手を出すのはもうやめたけど、男の子ユニットを作る計画自体は諦めた訳じゃないのよ。今、特に欲しいのはヴァンパイアなのよねぇ。ヴァンパイアの男の子はファンが多いし。でも、いつも朱雀門との取り合いになるのよ。誰か、いないかなぁ。私の手足となって働いてくれるヴァンパイアが」

 そう言って、彼女はじっと政次の目を見るが、彼は軽く視線をそらす。彼女が何を言いたいのか、ダンピールの政次にはよく分かっていたが、今はその発言を無言で受け流すしかなかった。

「ちなみに、ウチは事務所内恋愛とか一切気にしないから。この娘達にも好きなだけ手を出してくれていいし、何だったら、私がお相手してもいいわよ」

 淫魔がそんなことを気にする筈がないのは、当然の話である。ただ、そんな「芸能事務所としては破格の条件」を出されても、政次の心が動く筈もない。

「…………要件は、それだけか?」

 そっけなく返されたラブリンスターは、やや意外そうな顔を見せる。

「あら? もっとアダルトな娘の方が良かった? 中学生くらいの娘が好みだと思ってたんだけど」
「いや、そういう問題ではないんだが」
「あぁ、あの眼鏡の子との関係を続けたいなら、それでもいいわよ。そういうのは全部、自己責任という方針だからね」

 ラブリンスターが政次を最初にスカウトした時、彼の傍らには、まりんがいた。その時点から彼女の目には、まりんは彼の「恋人」として映っていたようである。

「いや、今はアイツを、そういう方向で心配させる訳にもいかないし、その話を受けられる状態ではない訳で……」

 微妙に言葉を濁しつつごまかそうとする彼に対して、ラブリンスターはいよいよ「本題」としての「切り札」の条件を提示し始める。

「アンタが私のモノになるなら、私は全軍を上げて、家康との戦いに協力するわよ」

 彼女は現役最強クラスの淫魔であり、その組織が本気で動けば、朱雀門ですらも勝てる保証はないレベルである。そんな彼女達が味方に加わることは、戦略的には極めて重要な意義を持つ。しかし、だからと言って、そう簡単に同意出来る話ではない。

「300年前の時は、家康の本体が日光東照宮に眠った状態のまま、コアの部分だけを奇襲攻撃で破壊した。だから、寺坂さん一人でもどうにかなったけど、今回はおそらく、もう日光東照宮で本体との融合が始まっている。アンタ達だけでどうにか出来るとは思えないんだけど?」

 そう言って政次に決断を迫る彼女であったが、彼は少し考えた上で、やや異なる角度から切り返す。

「逆に、融合の途中だからこそ、その間なら、弱体化しているとも考えられるのでは? やるなら、このタイミングしかないと思う」
「確かに、討つなら今でしょうね」

 だからこそ、ラブリンスターとしては、早めに決断を迫ろうとしているのだが、それでも彼は、そう易々と同意出来ない理由が幾つもあった。

「それに、家康のコアとなっているアイツを、こっち側に引き戻したいと思っている連中が、俺の回りには多いからな。だから、これ以上、手伝ってもらう訳にはいかない」

 まりんが学園当局に主導権を奪われるのを懸念していたのと同様に、ここで彼女達が戦力として加われば、戦力バランス的に彼女達が主導権を握ることになりかねない。その場合、最終目標である透の救出に彼女達が協力してくれない可能性を危惧するのも、当然と言えば当然である。
 しかし、彼女はそれに対して、政次の懸念とは真逆の条件を提示した。

「じゃあ、その男の子を助ける方法を、私が知っていると言ったら?」

 そう言われると、さすがに政次も一瞬、黙り込む。すると、彼女はLSDの三人を退席させた上で、彼に対してこう告げる。

「300年前の記憶は、まだ残ってるわよ」

 そう言って彼女は、改めて政次に翻意を迫る。彼女が本当にその方法を知っているかどうかは分からないし、そもそも、300年前と現在では、状況が異なる可能性も十分にある。だが、それでも、安倍晴明および徳川家康に関して、自分達が知らないことを彼女が知っている可能性は十分に高い。
 しばらく沈黙が続いた上で、政次はゆっくりと口を開く。

「だとしても、だ。俺は、アイツを裏切る訳にはいかないんだよ」

 「アイツ」が誰を指すのかは分からなかったが、彼の決意が揺るがないことを理解したラブリンスターは、呆れたような顔でため息をつく。

「まぁ、いいわ。だったら、勝手にしなさい。せっかく、こっちも選抜メンバーを用意して待ってたのに。そういうことなら、私達も明後日の下北沢でのライブに向けての準備に専念するわ」

 そう言って、彼女は去っていく。彼女が本気になれば、この場で彼に襲いかかり、力づくで拉致することも不可能ではなかったが、それは「淫魔」としての彼女のプライドが許さなかった。あくまでも、自分自身の魅力で彼を籠絡させなければ、彼女にとっては意味がない。
 それに、彼女が協力するにせよ、しないにせよ、政次が仲間達と共に家康を封印出来る可能性に、彼女が期待していたのも事実である。今の彼女にとって、自分よりも強大なダークネスの復活は、何よりも避けるべき事態である以上、彼等が自力でそれを成し遂げようとするなら、この段階で彼等の行動を妨げる理由は何もなかった。

10.1.7. まりんの策謀

 こうして、秋葉原を後にした彼が、武蔵坂の寮に帰ろうとする途中で、偶然、「夜の街」に出勤しようとしていた一人の女性と遭遇する。

「あ、平福君だよね? 久しぶり」

 淳子の叔母・さゆりである。彼女と会うのは、JAZZ BARで律子の歌を聴いた時以来である。

「こないだね、君の友達っていう女の子が、ウチの店に来てたのよ」
「その『友達』ってのは、どんな……?」
「えーっと、眼鏡かけてて、中学生くらいの小柄な体型の……」

 ほぼ間違いなく、まりんである。

「ウチの従業員に話を聞いてたけど、例の、なんとかクラウスっていう人の連絡先が欲しかったみたい」

 どうやら彼女は、自らの考案した「策」のために、敵である榊原クラウスに直接コンタクトを取ろうとしていたらしい。実際に連絡がついているのか否かは分からないが、ろくに戦闘能力も持たないエクスブレインである彼女の単独行動としては、あまりにも危険な行為である。

「アイツもアイツで、何を考えてるんだ……?」

 半ば呆れながらそう呟く政次であったが、端から見れば、皆に黙ってラブリンスターと密会している彼も、彼女のことを言えた立場ではない。とはいえ、こうなると、さすがに彼もこのまま黙って彼女の「秘策」を知らないままで良いものか、少々疑問に思えてきた。

10.1.8. 葉那の暗躍

 その日の深夜、既に「歌姫合宿所」となって久しい五十嵐邸において、ミラが寝泊まりしていた大部屋に響いたかすかな物音で、彼女は目を覚ます。すると、葉那が密かに携帯電話を持ってその部屋から出て行こうとするのが、目に入る。
 気になったミラが密かに彼女の後をつけていくと、葉那は寝室からかなり離れた場所まで移動した上で、小声で電話をかける。さすがに距離があったので、それほど正確には聞こえなかったが、ミラの耳に、断片的に葉那の話し声が聞こえてきた。

「はい。彼の裏切り行為は明らかです。ここは、早急に手を打つべきかと」

 彼女が言うところの「彼」が誰を指しているのかは分からない。そして、それに続く彼女の言葉は、ミラに更なる衝撃を与える。

「分かっています。私はこの戦いが終わったら、朱雀門に帰ります」

 そう言って、彼女は電話を切る。さすがに、そんな話を聞かされて、ミラとしてもそのまま放置する訳にはいかない。迷いながらも、ミラが葉那に声をかけると、葉那はやや動揺しながらも、厳しい表情で応答する。

「どこまで、聞いた?」

 ミラが返答に困っていると、彼女は更に続ける。

「私を、どうしたい?」

 そう言われて、更に返答に困ってしまったミラだったが、ひとまず、一つ前の質問に戻って答える。

「『この戦いが終わったら……』というところまでは聞いたんですけど……、『裏切った彼』というのは、誰のことですか?」

 そう言われた葉那は、諦めたような、開き直った表情を浮かべる。

「そうねぇ……。誰だと思う?」

 ヴァンパイア時代のような不気味な笑みを浮かべながら、彼女は逆にそう聞き返すが、さすがにミラとしても答え様がない。まず、そもそも、彼女の電話の相手が誰なのかが特定出来なければ、それ以上の類推も不可能である。ただ、会話の内容から、電話の相手が朱雀門関係者である可能性が高いということは、ミラにも分かっていた。

「まぁ、私は、あの中学生の子とは違うから。私の立場で信用しろと言っても、無理よね。仮にこれから私が何を説明したとしても、それをあなたが信じる義務はないし、そもそも、私が何を言っても、信用出来ないでしょう?」

 投げやりにそう言い放つ葉那に対して、ミラはただ一言、

「信用したいとは思います」

と答える。今の彼女には、それが紛れも無い本心であり、それ以上は何も言えない、というのが本音であった。それに対して、葉那はより一層、厳しい表情を浮かべながら、重々しく口を開く。

「……そう言ってくれるなら、これだけは言っておくわ。私は、私を助けてくれた皆のために、今は働きたい。皆を助ける為に、今の私に出来る最善の手を、私は打ってる。その上で、この戦いが終わったら、私は朱雀門にいるか、既にこの世にいないか、のどちらかだと思う。だから、朱雀門に行く前に、私を殺してくれても構わない。何なら、今の時点で私を殺しても問題ないわ。歌姫でもない、いてもいなくても構わない戦力が、一人減るだけだから」

 つまり、彼女が言うには、彼女が打った「最善の手」は、既に完成しており、彼女が死んでもそれは発動する手筈になっているらしい。しかし、ミラとしては、当然、ここで彼女を殺すつもりなど毛頭ない。

「皆のために、という気持ちは、私もよく分かるし。戦いが終わってからどうするかは、任せますけど……、緋那さんも多分、そうだろうし、私もそうだけど、なるべく、悪くない方向に行ってほしい……」

 立場的に言えば、ミラと葉那は立場が近い。いずれも、英雄達によって闇堕ちから救われて、武蔵坂に籍を置く身である。だからこそ、葉那の発言から、極めて悲愴な覚悟を感じ取ったミラとしては、なんとか自分の気持ちを伝えようとするが、それが上手く言葉にならない。それでも、その気持ちは葉那には伝わったようで、彼女はようやく、少し落ち着いた笑みを浮かべる。

「そうね、私も、そう願っているわ」

 そう言って、彼女は寝室へと戻って行く。ミラとしても、これ以上の追求をするつもりはなく、また、混乱を避けるためにも、このことを他の誰かに伝える気もなかった。ただ、今は、無事に戦いを終えて、彼女を含めた全員で武蔵坂に無事に帰って来れることを願いながら、ミラもまた静かに眠りに就く。

10.2.1. 蘇る伝説

 そして翌朝、学校には「転校してくる予定だった行方不明の男の子を探すために、ちょっと日光まで行ってきます」と書かれた公欠届けを提出した上で、再び五十嵐邸に集った29人の同志達が集まる(若本の四人は「体調不良」という名の仮病を電話で学校に通達)。
 すると、昨日のリハーサルでも使っていた五十嵐邸内の音楽スタジオの中央に、巨大な「陰陽マーク」といくつかの梵字が描かれているのを目にする。どうやら、これが安倍晴明召還に必要な魔法陣のような役割を果たすらしい。12人の歌姫達がその周囲を囲み、その傍らにヤマトが立つ。安倍晴明の末裔であり、夢の中で何度も遭遇している彼がいることで、晴明を呼び込みやすくなる可能性が高い、と彼女達は判断したのである。
 そして、律子の指揮に合わせて、12人の歌姫達が、俊一作曲の不思議な旋律に乗った、サンスクリット語の詞を歌い始める。声質も歌唱法も全く異なる12人の歌声が奇跡的に絶妙のバランスで溶け合い、極上のハーモニーを奏で出す。その場にいた誰もがその歌声に心を奪われていると、やがて、彼女達の中央に位置する陰陽印から、うっすらと何者かの「影」のような姿が浮かび上がり始めた。そして、彼女達が歌い終わると同時に、強力なオーラと共に、一人の陰陽師が姿を現す(下図)。


「お・ま・た・せ、ヤマト君。さぁ、ここから先は、僕は君の式神や。好きに使ってな」

 狐面を付けてはいないものの、その姿と声は紛れもなく、ヤマトの夢の中に出てきた、あの男である。しかし、そのあまりに軽い物腰に、周囲の者達は面食らった表情を見せる。

「ヤ、ヤマト、本当にコレが、かの有名な陰陽師・安倍晴明で間違いないのか?」

 英雄がそう問いかけると、ヤマトは笑顔で肯定する。そして、「コレ」呼ばわりされた晴明は、周囲を見渡して、やや皮肉めいた笑みを浮かべる。

「それにしても、ようここまで、源氏に嫌われた連中が集まったもんやねぇ。頼光君の宿敵だった、酒呑童子。源氏の御代を数十年遅らせた、平清盛。今川、武田、更には足利幕府をも滅ぼした、織田信長。そして徳川の御代を終わらせる最初の楔を打った、吉田松陰」

 そう言って、彼はスサノオ、政次、ミラ、英雄の四人を見渡す。家康復活のこのタイミングで、源氏と深い因縁を持つこの四人の末裔がこの場に居合わせたことが、果たしてただの偶然なのか、それともサイキックの力が呼び寄せた宿業なのか、それは誰にも分からなかった。
 いずれにせよ、こうして彼等は、家康復活を止めるための「唯一にして最強の切り札」を、遂に手に入れるに至ったのである。

10.2.2. 遠征隊の結成

 その上で、今の状況を皆が晴明に説明しようとすると、彼はあっさりとそれを遮り、自ら語り始める。

「まぁ、大体の事情は分かっとるよ。これから日光に行って、透君を、家康の本体から切り離すんやね。ただ、正直言って、300年前に比べと、ちいとキツい作業やから、時間が欲しい。だからその間、皆、ヤマト君のことを守ってや。ヤマト君が倒されたら、その時点で終わりやから」

 その上で、最終的に透の意識を呼び戻す際には、精神的な揺さぶりをかけるために、なるべく彼と親しい人は近くにいた方がいい、というのが彼の見解である。それはつまり、彼と共に愛知県での戦いを経験した、ヤマト、スサノオ、英雄、政次、ミラ、渥美三姉妹、そして何より姫子の存在が、大きな鍵となりうるということである。
 しかし、姫子の同行に対しては、まりんが異を唱える。今回の戦いは極めて激しい総力戦となることが予想される以上、戦闘能力のない姫子・まりん・律子の三人は、同行すべきではない、というのが彼女の見解であった。

「むしろ、私と五十嵐先輩は、ギリギリまでサイキックアブソーバーの近くで、未来予知に専念すべきだと思っています。それでまた、何かが分かるかもしれませんし」

 まりんにそう言われると、姫子自身も、自分が足手まといだということは十分に理解しているので、その方針に同意せざるを得なかった。
 一方、この場に集まっていた上記の8名以外の(歌姫以外の人々も含めた)灼滅者達は、ヤマト達の護衛として同行することを申し出るが、ここで問題になるのが「灼滅者でも一般人でもない者達」、すなわち、「微弱な戦闘能力しか持たないものの特殊なESP能力を有する覇狼院花之」と「戦闘能力は持たないものの強力な回復能力を持つ平野由奈」の二人である。どちらも、いざという時には必要となる能力者ではあるが、相当にシビアな相手が待ち構えていることを想定すると、足手まといになってしまう可能性も高い。
 そこで、彼女達に関しては、二人セットで行動することを、まりんが提案する。というのも、花之の「姿を消す能力」は、自分の他に一人くらいまでなら一緒に隠すことも可能らしいので、彼女が由奈と一緒に姿を消した状態で政次の近くに立ち、いざという時には政次に彼女の瞼を触らせることで彼女の力を開放し、全員の傷を全快させる、という戦略である。ただし、政次に触らせるためには姿を現す必要がある以上、その直後に敵に狙われる可能性が高いので、能力を使用した直後は、花之のもう一つの能力である「瞬間移動」ですぐにその場から立ち去る、というのが前提となる。つまり、「一度だけの切り札」としての全体回復要員として、この二人を有効活用する、という方針であり、本人達も、自分の力を最大限に生かすにはそれが良策と認めて、納得するに至った。
 無論、ここでもう一つの選択肢として、花之の能力で姫子を隠して連れて行くことも可能ではあったが、戦略的に考えて、透を説得するための姫子の存在よりも、戦いで生き残るための由奈の回復能力の方を優先すべき、というのがまりんの判断である。それはつまり、そこまで手を打っておかねばならないほど、今回の戦いは熾烈を極めることになる、ということを意味していた。
 こうして、以下の26名(灼滅者23名、都市伝説2名、ラグナロク1名)による「日光遠征隊」が、ここに結成されることになったのである。

神代ヤマト(エクソシスト×シャドウハンター)
スサノオ・ビヨンドルメーソン(殺人鬼×神薙使い)
平福政次(ダンピール×ストリートファイター)
鳳凰院英雄(ファイアブラッド×ストリートファイター)
奏ミラ(サウンドソルジャー×魔法使い)
観澄りんね(サウンドソルジャー×ファイアブラッド)
鴻崎翔(殺人鬼×エクソシスト)
倉槌葉那(ダンピール×ファイアブラッド)
倉槌緋那(ダンピール×殺人鬼)
山口淳子(魔法使い×ビハインド)
坂本俊一(サウンドソルジャー×シャドウハンター)
西園寺帝(神薙使い×サウンドソルジャー)
浅美博之(サウンドソルジャー×ダンピール)
高倉大介(サウンドソルジャー×エクソシスト)
豊川いなり(ご当地ヒーロー×霊犬)
豊橋うずら(ご当地ヒーロー×ナノナノ)
田原みなと(ご当地ヒーロー×ライドキャリバー)
宮野朱鷺(神薙使い×ご当地ヒーロー)
寺島音羽(ストリートファイター×殺人鬼)
鈴村真美(サウンドソルジャー×魔法使い)
諏訪部蓮華(サウンドソルジャー×ファイアブラッド)
谷山那月(エクソシスト×サウンドソルジャー)
下野唯(サウンドソルジャー×ストリートファイター)
平野由奈(ラグナロク)
覇狼院花之(都市伝説)
安倍晴明(都市伝説)

10.2.3. 交通手段

 そして、日光東照宮までは、日本橋を起点とする日光街道を用いるという前提の上で、姫子が私財を投入してマイクロバスを手配していたのだが、問題はその運転手である。無論、プロの運転手を雇うのは簡単だが、なるべく一般人を巻き込みたくはない。

「私、運転出来るよ、多分」

 そう言って名乗りを上げたのは、みなとである。彼女が日頃乗っているのは一輪バイクであるが、四輪車にも乗ったことは何度もあり、いざとなればESPを駆使して操作することも可能だという。ただ、小学五年生の彼女が運転免許など持っている筈もなく、もし万が一、何らかの形で免許証の提示を求められた時に、少々面倒なことになる(無論、バベルの鎖でごまかすことも可能ではある)
 そして、それに続けてもう一人、意外な人物が手を挙げた。

「あの、一応、私、大型免許を持ってます……」

 律子である。どうやら彼女は、歌手として海外での活動を考えていた頃に、まずは現地で音楽関連の下請け業務などから始めることを想定して、大型機材を載せたトレーラーの運転のための免許を取得していたらしい。ただ、取得してから数年間、一度も運転していないペーパードライバーなので、その運転の腕は(ある意味、みなと以上に)保証出来ない。
 結局、どちらに任せるかで迷った結果、やはり、非戦闘員である律子を現地まで連れて行くことは危険、ということで、当初の予定通り、律子には武蔵坂に残ってもらった上で、みなとに任せるという結論に落ち着く。ただ、さすがに小学生の姿で運転するのは(バベルの鎖があるとはいえ)不審すぎるので、つい最近、彼女が手に入れたばかりの武蔵坂学園の小学生女子制服の持つESP「エイティーン」の力で、18歳の姿に変身した状態で運転することになった(大型車を運転する上でも、手足の長さ的に小学生ではややキツい、という事情もある)。
 初めて使うESPに戸惑いながらも、彼女は女子制服の力を使い、まばゆい光と共に、「18歳」の姿に変身する(下図)。


「みなとお姉ちゃん、すごい綺麗だね」

 ヤマトに素直な瞳でそう言われて、いつも自分から積極的にアプローチをかけているみなとが、珍しく顔を真っ赤にして、リアクションに窮する。

「う……、う、うん、ま、まぁ、ね。そ、そりゃあ、そうよ……。だって、その、あの……」
「僕、こんなお姉ちゃん、欲しかったかな」

 ヤマトにそう言われると、みなとは今度は複雑な表情を見せる。

「お、お姉ちゃん…………? う、うん、そうね、うん…………。でも、ヤマト君も、絶対に将来はイケメンになるから」
「ありがとう、でも、今、頼れるのは、みなとお姉ちゃんだから」

 とりあえず、今の彼の中で、自分が「女の子」ではなく「お姉ちゃん」でしかない、ということは理解しつつ、それでも、彼から頼りにされているという事実は、彼女にとっては何よりも大きな励みになった。

「大丈夫、任せて。何があっても、絶対に透君の所まで連れて行くから」

 胸を張って答えるみなとに対して、ヤマトは「ありがとう」と言って手を握る。その小さな手を握り返しながら、何があってもこの子を守り続けると、改めて心に誓ったみなとであった。

10.2.4. 見送る人々

 こうして、日光街道までの移動手段も確保したことで、次々と灼滅者達がマイクロバスへと乗り込んで行く。彼等はそれぞれに様々な思いを胸に抱きながら、最終決戦に向けての闘志を燃やしていた。
 そんな中、いつもなら真っ先に乗り込みそうな英雄が、珍しく搭乗を遅らせていた。どうやら彼としては、戦地に赴く前に、姫子に一言、伝えたいことがあるらしい。

「本当はお前も、行きたかったんだろうな」

 まりんの進言を聞き入れ、同行を諦めた姫子に対して、英雄はそう告げる。

「それは仕方がありません。私が行っても邪魔になるだけでしょうし。それに、まだエクスブレインとして出来ることがある気がするんです」
「いつも現場に突っ込んでいたお前が、随分、変わったものだな」

 確かに、英雄が学園に来たばかりの頃は、姫子はエクスブレインでありながら、少しでも早く様々な事件を解決するために、今よりも積極的に現場に足を運ぼうとする傾向が強かった。

「そうですね。私もようやく、他人を信用するということが、本当に出来るようになったのかもしれません。今まで、私が率先して自分で動いていたのは、どこか他人を信用しきれていなかったのかもしれません。でも今は、信用出来る人が、私の周囲に増えたようです」

 そう言った彼女の瞳は、目の前の英雄を見つめている。今、彼女の目の前にいるのは英雄だけだが、仮に他の多くの灼滅者達がいたとしても、おそらく彼女は、まず真っ先に英雄に視線を向けながら語っていたであろう。まさに彼こそが、彼女が想定している「信用出来る人」の筆頭格であることは言うまでもない。

「そうなるような仲間が出来て、良かった。私も昔は、たった一人で、回りの事を顧みずに、全て自分の力でどうにかしようとしていた。だが、自分一人では出来ないこともある。だからこそ、俺達は、こうして手を取り合って行動することが出来るんだ」

 実際、それは姫子も感じていた。今の英雄は、出会った頃の、ただひたすらに唯我独尊だった彼とは、明らかに違う。それはおそらく、この戦いを通じて、政次、ヤマト、スサノオ、ミラ、といった仲間達と共闘する機会が増えたことで、少しずつ、心を開いていったのであろう。これまでの戦いでは、彼の繰り出す圧倒的な破壊力は多くの仲間達を救ってきたが、その一方で、彼自身もまた多くの灼滅者達に助けられながら、ここまで戦ってきた。そのことの持つ意味は、彼自身が最も強く感じている。

「無事に帰ってきてくれることを、祈っています」
「勿論だ。お前が後ろに待ってくれている以上、無様な姿を見せる訳にはいかない。この鳳凰院英雄は、覇王なのだからな」

 そう言って、自信に満ちた笑顔で英雄はマイクロバスへと乗り込んで行き、姫子もまた、心の奥底に僅かに広がる眠る不安な心を押し殺し、いつものアルカイックスマイルで彼を見送る。
 一方、バスの反対側ではもう一人、まだ乗り込んでいない灼滅者がいた。政次である。彼は「もう一人のエクスブレイン」を相手に、どうしても気になっていたことを、出陣前に確認しようとしていた。

「これで、あとは俺達が全力を出しきれば上手く行く方向に進む、ということでいいんだな?」

 彼の言わんとしていることが今ひとつ理解しきれない状態のまま、まりんははっきりと断言する。

「少なくとも、それが最善手だと私は思ってる」

 すると、政次は更に念を押す。

「その全力を尽くす、というのは、全員が生きて武蔵坂に帰って来る、ということを前提とした上での話、ということでいいんだよな?」

 彼等にとっての「全力」には二つの意味がある。あくまでも「灼滅者として全力を尽くす」というレベルの話なのか、それとも「灼滅者としての自分を捨ててでも全力を尽くす」ということまで視野に入れなければならないのか。それによって、意味は大きく異なってくる。更に言えば、政次は自分自身が「犠牲」になれば、「最強の助っ人」を呼び込めるという選択肢を提示された立場でもあった。

「もちろん、誰かを犠牲にするような戦い方は、私は誰にも習ってないし、それを要求するつもりはないわ」
「それで、俺達は本当に目的を達成出来るのか?」

 ラブリンスターの言うことを真に受ける訳ではないが、やはり彼としても不安は大きい。彼女の助力無くして、本当に勝てるのか。まりんが本音を話さない以上、どうしても不安が残る。

「正直、まだ不確定の要素が多いわ。さすがに家康の本拠地だけあって、ブレイズゲートも激しいから、いつも以上に断片的な情報を繋ぎ合わせた上で戦略を立てて行くしかないの。でも、エクスブレインとして、これ以上の方策は私は思いつかなかった。もし、私の目算が間違っていたら…………」

 この時、まりんは、それまでの毅然とした態度から一転して、一瞬だけ、気弱な表情を見せる。

「ごめん、としか言えない」

 皆を不安にさせないよう、必死に強気で振る舞ってきたまりんだが、彼女もまた、大きな不安を抱えた上での作戦であることが、政次にもはっきり伝わってきた。その上で、彼女が一人で抱え込みすぎている状況そのものに対しても、当然、彼としては不安がある。

「今のところ、見えてる話だけでも…………、俺には教えてくれねえか?」

 彼にそう言われて、押し殺していた彼女の「本音」が微妙に顔を覗かせる。

「そうね、実は私の策はあなたには直接関係しない。その意味では、あなたにだけは教えてもいいのかもしれない」

 そう言うと、まりんは政次に、自分が皆に密かに隠していた「秘策」を密かに伝える。その内容は、政次にとっては、それなりに「納得」出来る内容ではあったし、それならば自分以外の面々(特に、英雄、スサノオ、ミラ)には伝えられない、というのも分かる気がした。

「よし、分かった。それなら、それを信用しよう」

 そう言って、彼も意を決して、バスへと搭乗する。まりんの「策」が当たるかどうかは分からないが、確かに今は、それが一番の最善手であると彼も実感していたのである。
 そして最後に、出発直前のバスに向かって、律子が声をかける。

「教師として、生徒の安全を守るどころか、皆を危険な場所に送り込むことしか出来ないのが、本当に申し訳ないと思ってるけど、でも、皆なら何とかしてくれると、信じているから」

 彼女の言葉を26人の乗客全員が胸に刻み込んだ上で、みなとが運転するマイクロバスは、五十嵐家の駐車場を後にして、日光街道の出発点・日本橋に向かって走り出したのであった。

10.2.5. 宇都宮の悲劇

 灼滅者達を載せたみなとの運転は、初めて運転する車種である上に、馴れない「18歳」の身体ということもあって、序盤こそやや危うさもあったが、すぐに身体がそれに順応し、順調に法定速度をほんの少し(数十km/時)だけオーバーする程度の安全運転で、日光街道を北上していく。
 しかし、栃木県内に入ろうとするところから、突然、激しい道路渋滞が起こっていることに気付く。前方に目を向けると、どうやら、道路に「クリーム色の何か」がコーティングされているように見える。近付いて確認してみると、その匂いと質感から、どうやらそれらは「餃子の皮」であるらしい。強引に進もうとした車は、そのネチョネチョした皮がタイヤに絡み付いて走行不能となり、大半の車は、諦めて別の道を探そうとUターンを始める。

「これは、ご当地怪人の仕業か!?」

 英雄と政次が、そう叫ぶ。確かに、栃木県は全国屈指の有名ご当地怪人「宇都宮餃子怪人」の本拠地でもある。しかし、餃子を愛しすぎるが故に餃子怪人となってしまった彼が、餃子の皮を道路に敷き詰めるなどという、「食べ物を祖末にする行為」をおこなうだろうか、と考えると、少々奇妙な事態にも思える。
 ひとまず、ヤマトの魔法で皮を焦がし、それをスサノオの斬撃で薙ぎ払いながら道を作ることで、なんとか彼等は進行ルートを確保するのだが、北上すればするほど、道路を塞ぐ皮の層が厚くなり、遂には宇都宮市に入った時には、餃子の皮だけでなく、豚肉、キャベツ、ネギ、そしてごま油までもが散乱し、そう簡単には除去出来ない状態になっていた。
 そうして立ち往生していたミニバスの前に「あの男」が現れる(下図)。


「貴様等、武蔵坂の者だな!」

 宇都宮餃子を愛するあまり、闇に堕ちてしまった哀しき戦士・宇都宮餃子怪人である。どうやら、ここまでの日光街道に餃子の皮を敷き詰めていたのも、彼の仕業らしい。彼はダークネス界の情報網(?)から、武蔵坂の一団が日光街道を北上するという情報を聞きつけていたようである(おそらく、それを流したのは徳川陣営の者達であろう)。

「お前、餃子怪人だろ? 食べ物をそんな扱いにしていいのか?」

 英雄がそう問いかけると、餃子怪人は目に涙を浮かべながら叫ぶ。

「仕方が無いギョーザ! これしか、我等に出来ることはないギョーザ! 貴様等・武蔵坂と朱雀門の不毛な争いのお陰で、我等はもう満足に餃子を食べれなくなってしまったギョーザ!」

 曰く、ここ数ヶ月、北関東のニンニク農家が、次々と朱雀門のヴァンパイア(の中でも特にニンニクを嫌う一派)によって潰されてしまったらしい。そして、数少ない難を逃れた農家が作ったニンニクは、武蔵坂が「対朱雀門用兵器」として、買い占めてしまったのだという。その結果、餃子になることが出来ずに余ってしまった材料が、今、彼等の目の前に堆積している食物バリケード、とのことである。
 しかし、涙ながらにそう訴える餃子怪人に対して、政次とヤマトが真っ向から異論を唱える。

「世の中には、ニンニク無し餃子というものもあるぞ」
「ニンニク無しでも美味しいよ」

 そう宥められても、餃子怪人としては納得が出来ない。

「本当に、ニンニク無しでも美味しい餃子が作れるギョーザ?」
「いや、だって、ニンニクって、匂いキツいし」
「ニラで十分」

 二人にそう言われて、しばらく考えた上で、餃子怪人はこう告げる。

「分かった。ならばこの場で、ニンニク無しで私を納得させることが出来る餃子を作ってみるギョーザ! この、餃子になれずに悲しんでいる食材達を使って、美味しい餃子に生まれ変わらせることが出来れば、この先の道を開けてやるギョーザ!」

 そう言って彼は、一瞬にして台所と食材を召還する。この状況に対して、力付くで突破することも出来なくはないが、体力と時間の消耗を考えた場合、ここで彼を納得させてバリケードを排除した方が得策と判断した政次は、その申し出を受ける。
 全国各地を金も持たずに旅していた政次は、自炊能力には長けている。彼の指示の下、英雄が食材を全力でみじん切りにして、スサノオがそれらを湛然にこねて混ぜ合わせ、ヤマト・ミラが慎重に皮に包んだ上で、政次が絶妙なフライパンと火加減で焼き上げたことで、見事なまでの「ニンニクなし・さわやかテイスト餃子」が完成した。

「た、確かに、これがあれば、ニンニク嫌いの者達にも、餃子の素晴らしさを伝えられるかもしれないギョーザ。分かった。では、この先の道を開けてやるギョーザ」

 そう言って、餃子怪人が両手を掲げると、それまで道を塞いでいた食材達が、モーゼの十戒のように左右に分かれていく。こうして、彼等は無事に宇都宮を突破し、日光街道へのルートを確保することが出来たのである。

10.3.1. はじまりは崩落と共に

 そして、時刻が夕方に差し掛かろうとしていた頃合いになって、ようやく彼等は無事に日光街道の終点・日光市に到達し、東照宮の入口とも言うべき、日本三大奇橋の一つにも数えられる神橋(しんきょう)へと辿り着く(下図・右下)。


 これは、東照宮・二荒山神社・輪王寺などが集まったブロックと市街地を隔てる大谷川を渡るために作られた橋であり、現在は一般開放されているものの、本来は二荒山神社へと通う修験者しか渡ることを許されなかったほどの神聖な建築物でもあり、重要文化財にも指定されている(管轄は二荒山神社なので、前述の「日光東照宮の34の重要文化財」には含まれない)。
 さすがに、この橋をバスで渡るのは(神霊的な意味だけでなく、物理的な意味でも)無理があるので、その近くの駐車場に止めた上で、彼等が歩いて橋を渡ろうとしたその瞬間、ちょうど全員が橋に乗ったタイミングで、三人の「和装の少女」が神橋の反対側に現れた。そのうちの二人は薙刀を持ち、残り一人は弓矢を構えている(下図)。明らかに、ただの神社の職員でも観光客でもない。


「ここから先、通す訳にはいかん」

 二人の薙刀少女がそう言い放ち、その二本の薙刀を十字にクロスするような形で振り下ろすと、彼等が渡ろうとしていた神橋が、一瞬にして崩れ落ちたのである。慌ててジャンプして反対側の岸へと飛び移ろうとする灼滅者達であったが、そこに弓矢の少女が明らかに人間離れした速度で次々と弓を連続して射掛ける。それはまさに空中で無防備になった状態の彼等を射落とそうとした連射撃であったが、その攻撃を全て、空中でのアクションにも通じた演劇部の三人が身を挺して庇ったことで、全員が無事に対岸に辿り着く(ちなみに、由奈は花之と共に姿を消したまま、彼女の箒に乗って空中を移動していたため、影響は無かった)。

「多分、ここから先は、こういった連中が沢山待ち構えているんだろう。とりあえず、このLady達の相手は、僕達に任せてくれないか?」

 帝がそう言うと、博之・大介の二人を両脇に従えて、和装少女達の前に対峙する。戦略的に言えば、全員がかりで戦った方がより確実に勝てることは間違いないが、宇都宮での餃子怪人の妨害もあって、当初の予定に比べて到着時刻が遅れていることを考えると、ここでヤマト達に余計な時間をかけさせるよりは、自分達が食い止めて先に行かせた方が良い、と考えたのだろう。ましてや、透との関係性の薄さという意味でも、彼等は「家康戦まで温存すべき戦力」ではない。

「あ、ちなみに、ミラ君、その、誤解しないで欲しいんだが、これはアレだ、決して、その彼女達に対して下心があるからとか、そういう訳ではないんだよ」

 聞かれてもいないことを狼狽しながら弁明する帝であったが、ミラはいつも通りに落ち着いた口調で、ただ一言だけ伝える。

「無事に帰ってきて下さい」

 何よりも聞きたかった言葉を、何よりも聞きたかった人から聞けたことで、帝の瞳は更にやる気に満ち溢れて、より一層輝きを増す。

「さぁ、浅美・高倉、さっさとケリをつけるぞ!」

 そう言って、先へと進むヤマト達を背中で見送り、演劇部トリオは殲術道具を取り出す。

「3対3か。舐められたものだな」

 薙刀少女の片方は淡々とそう言いながら武器を構え直し、弓矢の少女を守りつつ、帝へと斬り掛かっていく。こうして、長年にわたって修験者達を見送り続けてきた「神橋」の崩落と共に、日光東照宮の決戦の火蓋が切って落とされたのである。

10.3.2. 幻惑の鳥居

「晴明殿、徳川家康の本体がどこにいるか、アンタなら分かるか?」

 東照宮へと向かう途上で英雄は、ヤマトの真後ろに背後霊のように浮かびながら移動している安倍晴明に対して、そう問いかける。

「正確な場所は分からへんけど、近くまで行けば、気配は感じ取れる筈や。ただ、ちょっと気にかかることがあってな……」
「ほう?」
「さっきの神橋の近くには『御旅所(おたびしょ)』があった筈なんやけど、それが見当たらんかったんや。模様替えでもしたんかな?」

 御旅所とは、神社の祭礼において神輿が巡幸の途中で立ち寄る場所のことである。東照宮の御旅所は、神橋の近くに設置され、【本殿】【拝殿】【神饌所】という三つの建物から成り立っており、それらのいずれもが東照宮管轄の重要文化財に指定されるほどの名建築として知られている。それらが突然、姿を消すというのは、なんとも奇妙な話ではあるが、目の前で(管轄が異なるとはいえ)同じ重要文化財である神橋が叩き壊される光景を見ている以上、それほど驚くべき状況ではないのかもしれない。
 そんなことを考えながらも、慎重に周囲を警戒しながら進み続けた彼等は、遂に日光東照宮の境内へと辿り着いた(下図)。


 この巨大な神社のどこで家康が眠っているかは分からない状態ではあるが、ひとまず彼等は、重要文化財の一つである入口の【石鳥居】を潜り、そのまま真っすぐ【表門】へと向かおうとする。しかし、いくら彼等が歩いても、なぜか彼等の前方にある筈の【表門】との距離が縮まらない。それどころか、歩けば歩くほど、むしろ遠ざかっているようにすら感じる。
 そのことにいち早く気付いた俊一が、周囲に警戒を呼びかける。

「どうやら、この境内には幻覚トラップが仕掛けられているらしいな。どこかに、この幻覚の発信源がある筈なんだが……」

 そう言われて、皆が周囲におけるサイキックエナジーを感知してみると、ヤマトを初めとする何人かの者達が、先刻くぐったばかりの【石鳥居】から「奇妙な気配」を感じ取る。すると、そう思ったヤマトが【石鳥居】を集中して凝視しようとしたその瞬間、彼の右方向(西方向)から、文字通りの「横槍」が彼に向かって襲ってきた。人の気配が全く感じられない方向から、二本の槍が投げ込まれたのである。
 しかし、その双槍は、ヤマトの身をいち早く庇おうとした淳子&みなと(のサーヴァント)によって弾かれ、彼には傷一つつかなかった。そして、弾き返された双槍は、飛んできた方向の元にある【五重塔】へと飛んでいく。そして、その双槍が【五重塔】に届こうとした瞬間、その【五重塔】が一人の「中年風の男性」の姿へと変わっていった(下図)。


「ちっ、外したか。どうも伏兵って仕事は、俺にはむかねぇっぽいな」

 その男がそう言って双槍を受け取り、その変貌に皆が驚いていると、今度は【石鳥居】が見る見るうちに変化し、一人の「片眼鏡をつけた軍師風の男」へと変わっていく(下図)。


「見破られましたか。やりますね。しかし、この私の結界から抜け出せますかな?」

 どうやら、皆の予想通り、この結界の発生源は【石鳥居】だったようである。しかし、この時点では、「彼」が何者なのかは、さっぱり分からない。人間が【石鳥居】に化けていたのか、それとも、【石鳥居】が人間に変化(進化?)したのか。いずれにせよ、この男の作り出したESP結界を破らなければ、先には進めないようである。

「そういうことなら、ここは頭脳労働者の出番だね」

 相変わらず、小学生に似つかわしくない口調で、俊一がノートパソコンを取り出し、「【石鳥居】の男」の瞳を凝視しながら、彼のESPを破る術を探そうとする。それに対して「【五重塔】の男」が、「【石鳥居】の男」を守りつつ俊一に対して攻撃の素振りを見せようとすると、今度は、別の影が、二人の間に入った。

「そういうことなら、俺も付き合おう。あの槍使いは、俺が封じる」

 翔である。どうやら彼も(透との接点が少ないこともあり)、本隊について行くことは諦め、ここで俊一と共に「足止めされる役」に回ることを決意したらしい。

「僕が今から、この結界を開ける道を開く。その隙に先に行ってくれ」

 そう言って俊一がESPをフル回転させると、一瞬、空間の歪みが生まれる。

「道が見えた。あそこへ進め!」

 英雄がそう言って駆け出すと、他の面々も続いてその結界から抜け出していく。二人の「謎の男」はそれを止めようとするが、俊一と翔に牽制され、動けない。こうして、仲間達が異空間の外側へと脱出したのを確認した上で、翔が俊一に改めて声をかける。

「ミラ先輩の前で、あの演劇部の部長に抜け駆けでいいカッコされたのが、気に入らなかったんだろう?」

 なんとなく、彼が自分(と帝)と同じ相手に特別な感情を抱いていることを察知した翔はそう言ったが、実際のところ、これはむしろ彼自身の本音であった。

「別に。僕はただ、あの『ちょっとだけ僕とキャラがカブってるヤツ』の救出には、それほど興味を持てなかっただけだよ」
「お前…………、それ、気にしてたのか」

 実際のところ、俊一と透はそれほどキャラがカブってる訳でもないのだが、同い年ということもあり、微妙に意識している部分があるようである。いずれにせよ、そんな他愛無い会話を交わす余裕が、今の彼等にはまだ残っていた。目の前の敵の実力は未知数だが、それでも、「コイツと組めば、きっと勝てる」という根拠のない自信が沸き上がっていたのである。どうやらこの二人の間には、三鷹の劇場と吉良荘での共闘を通じて、(恋敵であるにも関わらず)奇妙な連帯感が芽生えていたようである。

10.3.3. 切り開かれる「道」

 こうして、無事に結界を突破した彼等が全力で【表門】に向かって走り出すと、彼等がその手前の階段に差し掛かろうとした段階で、その【表門】が「筋肉質の若い男性」へとその姿を変えていく(下図)。


「我等、東照大権現の血肉を分け与えられて造られし守護者(ガーディアン)。ここから先、通す訳にはいかん」

 そう言って、その「【表門】の男」は彼等の前に立ちはだかる。彼が言うところの「我等」の範囲は不明であるが、どうやら彼も先程の【石鳥居】や【五重塔】と同種の存在らしい。そして、彼等は自分達のことを「守護者(ガーディアン)」と称しているようである。彼の言っていることが本当なら、彼等は家康の分身とでも呼ぶべき存在、ということになるが、それが本当であるにせよ、そうでないにせよ、ここで敵の一人一人に全体が足止めを食う訳にはいかない。

「じゃあ、ここは私に任せてもらおうかしら」

 そう言って、今度は、りんねが殲術道具のギターを取り出す。ここまで「一人目の歌姫」として最初期から参戦してきた彼女には、最後の家康との決戦の場まで付き合いたい気持ちもあったが、どうやら直感的に「自分の奏でる音楽の力を最も生かせるのはこの場面」と感じ取ったらしい。

「とりあえず、私が注意を引き付けるから、その間に皆で突破して。ミラ、あとは頼んだわよ」

 そう言って、彼女はギターを弾きながら得意のオリジナルナンバーを披露することで、「【表門】の男」を挑発する。より正確に言えば、彼女としては「自分の音楽で相手の心を釘付けにする」つもりで奏でたのだが、結果的にそれが彼にとっては「不快な響き」として伝わったようで、彼はりんねを「まず第一に倒すべき敵」と認識して、他の者達のことを見向きもせずに彼女に殴り掛かろうとしたのである。
 とはいえ、結果的にその隙をついて、ヤマト達は境内の奥へと入り込む事に成功した。しかし、今度はその先にある多くの建物達が、次々と同じ様に姿を変えていくのを目の当たりにする。
 まず、【表門】を突破した彼等の目の前にあった「三神庫」と呼ばれる建物のうち、【上神庫】は線の細い優男に、【中神庫】は鷹を連れた少年に、【下神庫】は威圧感のある初老の男性へと変貌していく。そして、【下神庫】の更に左手奥に位置する【輪蔵】は二頭身のからくり人形に、その手前に見える【御水舎】はポニーテールの軽鎧を着た少女に、そして【神輿舎】は眼鏡をかけたショートカットの少女に、それぞれ姿を変えていく(下図)。


 そんな彼等に対して名乗りを上げたのは、先日の戦いで仲間に加わったばかりの、あの六人である。

「ヤマト君、ここは任せて」
「ミラ、しっかりやりなさいよ」
「鳳凰院、今度は、裏事情無しで飲みに行こう」
「鳳凰院さん、あなたの幸せを願っています」
「由奈のこと、よろしくお願いします」
「スサノオ殿、御武運を」

 そう言いながら、【上神庫】には那月、【中神庫】には唯、【下神庫】には蓮華、【輪蔵】には真美、【御水舎】には音羽、そして【神輿舎】には朱鷺が、それぞれ対峙する。六者六様の思いを胸に、それぞれの心に思い描く人々のために、今は彼等の行く手を阻む者達を防ぐための楔となる、それが、今の彼女達の決意であった。
 そして、そこからもう一段先に進んだ場所に行くと、今度は道の東側の【鐘楼】が銀髪で重装備を着込んだ少女に、西側の【鼓楼】が赤毛で露出の多い服を来た少女に、そして西の奥地に設置された【本地堂】がアイドル風の和装を着込んだ幼女へと変貌していくのが見える(下図)。


「ヤ、ヤマトくん、その、あの、えーっと、頑張ってね……」

 そう言って、淳子(と昌子)は奥の【本地堂】の動きを止める方向へ回ろうとする。本音では、最後までヤマトを守り続けたいと思っていた彼女ではあったが、透との関係性の強い人々を優先するという方針がある以上、ここから先のヤマトの護衛は、英雄達やみなと達に任せざるを得ない。そう判断して、ここは自ら率先して、本隊からの離脱を宣言したのである。

「あんた、無茶しすぎるんじゃないわよ」
「ここは私達に任せて、安心して先に行って」

 倉槌姉妹はスサノオにそう告げながら、緋那が【鐘楼】、葉那が【鼓楼】に、それぞれ対峙する。この時、葉那は一瞬、(昨晩のことを思い出したかのように)ミラを見て軽く微笑んだ上で、「後のことは任せます」と目で彼女に訴えかける。
 こうして、仲間の「灼滅者」が、次々と現れる(変身する)「守護者」との戦いを余儀なくされていく中で、政次の携帯に、律子からの連絡が届いていた。

「今、五十嵐さんと須藤さんの予知で分かったんだけど、日光東照宮の境内にある34棟の重要文化財と8棟の国宝は、全て家康の力で生命力を与えられた眷属らしいの。中でも国宝級の建物の実力は、井伊・本多に匹敵するらしいわ。そして、中央の【本殿】こそが、ノーライフキングとしての家康の『本体』らしいから、なるべく他のダークネスとは戦わずに、まっすぐ【本殿】を目指して」

 つまり、ここまで彼等が戦ってきた「守護者」達は、【表門】が言っていた通り、家康を祀る(護る)日光東照宮の建物であると同時に、家康の力によって生み出された「建物型のダークネス」ということである。そして、今、上記の10棟(人)に加えて、入口で彼等を襲った【石鳥居】と【五重塔】、そして、神橋で演劇部トリオと戦っているあの3人娘が東照宮所属の御旅所の【本殿】【拝殿】【神饌所】の化身であると仮定すると(「神橋」自体は東照宮ではなく、二荒山神社の管轄の重要文化財であるため、家康の力の管轄外だったらしい)、これまでに彼等は「15棟(人)の重要文化財」と戦ってきたことになる。
 ということは、もし彼女達の予知が正しければ、「34棟の重要文化財(守護者)」のうち、まだ半分以上が残っていることになる。しかも、更にそれよりも強力な「国宝級ダークネス」が8人も存在するらしい。それに対して、遠征隊の中で現在、敵と対峙せずに本体に随行している灼滅者は、もはや8名(+2人の都市伝説と、1人のラグナロク)しか残っていない。
 極めて絶望的な状況だが、それでも彼等は進むしかなかった。ここまで仲間達が切り開いてくれた「道」をこのまま走り抜けて行く以外に、彼等に残された選択肢はなかったのである。

10.3.4. 離反

 そんな彼等の前に新たに立ちはだかったのは、東照宮の中でも、いや、日本国内の全ての建築物の中でも随一の美しさを誇るとも言われる【陽明門】と、その両脇に並ぶ【東回廊】と【西回廊】である。いずれも国宝に指定されている荘厳華美な建物であるが、灼滅者達が目の前に現れたことで、彼等「国宝級守護者」もまた、姿を変えていく。
 【陽明門】が変化した姿は、巨大な斬馬刀のような武器を手に重装備を着込んだ男性か女性かも分からぬほどの超越的な美しい容貌の人物であるのに対し、【西回廊】は身体の周囲に花弁を舞わせた美少年、そして【東回廊】は両腕の代わりに白い翼を持った美しい女性の姿へと変化していく。先刻の律子からの電話では、彼等「国宝級」の実力はこれまでの守護者達とは桁違いであるとのことだったが、その忠告を聞かなくても分かるほどに強大な禍々しいオーラを彼等は放っていた(下図)。


「ここから先は、我等が神君・家康様の御所。貴様等のような下賎な醜き輩を通す訳にはいかん」

 そう言って彼等の前に立ちはだかる【陽明門】の更に後方には、見覚えのあるヴァンパイアが立っていた。酒井小五郎である。

「皆さんがここまで来ることは想定内。しかし、皆さんの戦力では、どうあがいても、この三人には勝てない」

 余裕の笑みを浮かべて酒井がそう語ると、彼等とヤマト達の間に立ちはだかる「国宝」の三人が、戦闘態勢に入る。

「最終的にはあの小僧を斬ればいいんだろう? では、まずそのために、回りの『壁』を一枚ずつ剥がしていこうか」

 そう言って、【陽明門】は大剣を振りかざし、ヤマトを取り囲む灼滅者達のうち、たまたま彼(彼女?)の視線の目の前にいたミラに向かって、大剣から衝撃波を放つ。そして、それと同時に【西回廊】はスサノオ、【東回廊】は英雄に向かって、それぞれ攻撃を仕掛けた。

「僕の優雅な花弁で、その命を散らしてあげよう」
「私の華麗な動きについてこれるかしら?」

 こうして、国宝級の眷属三人の強烈な一撃が灼滅者達を襲おうとしたその瞬間、後方から信じられない速度で、両陣営の間に三つの影が割って入る。

「ミラを傷付けることは私が許さん」
「カイザーは私の物です。誰にも渡しませんよ」
「こいつはまだ熟してないんだ。先走って食っても、旨くねぇぞ」

 そう言って現れたのは、つい昨日、彼等三人に手紙を送った「あのダークネス達」である。

「お、お前達、なぜここに!? 陽動作戦はどうした!?」

 これまで、常に余裕の表情を見せていた酒井が、初めて動揺の声を上げる。当然である。ここにいる筈のない、尾張・紀伊・水戸に派遣した筈の三人の同志が突然現れ、自分達に刃を向けたのだから。
 当然、これに対しては灼滅者達も驚きの表情を見せるが、そんな中、一人落ち着いた様子の政次が、淡々と語り始める。

「単純な話だよ。このタイミングで俺達がこっちを叩きに来るという情報をコイツ等に流したら、どうなるかは分かるだろう?」

 実は彼だけは、この三人がここに来ることを知っていた。そう、実はこれこそが、まりんが出発直前に彼だけに伝えた「秘策」だったのである。

「武蔵坂のエクスブレインと名乗る女から、忠告があったのだ。貴殿は、我等を遠ざけている間に『我等にとって何よりも大切なもの』を奪う、とな」

 そう言って、榊原クラウスは酒井を睨みつける。つまり、彼等三人がミラ・英雄・スサノオに強い執着心を持っていることを知っていたまりんが、旧リヒテンラーデの店員からクラウスの連絡先を聞き出し、彼にそう告げたのだ。彼等三人が東照宮の戦場に現れれば、少なくともミラ達がヤマトを守ろうとする限り、徳川陣営の足並みは乱れる筈、と予想した上での、彼女の一世一代の「賭け」である。
 実際のところ、本当に酒井がそこまで考慮した上で(ミラ達を排除しやすくするために)彼等三人を日光から遠ざけていたのかは分からない。ただ、少なくともこの状況であれば、そう思われても仕方のない状況ではあった。

「最初、その話を榊原殿から聞いた時は、半信半疑だったんですがね。しかし、実際に来てみれば案の定、こうして私に無断でカイザーを殺そうとしている。これは明確な、契約違反ですよ」
「俺達はアンタの言う通り、神君の復活には手を貸したんだ。もうご先祖様への義理は十分に果たしただろう? ここから先は、好きにやらせてもらう」

 そう言って、井伊と本多も武器を構え、そして三人はそれぞれに「本気モード(下図)」へと切り替わり、三体の国宝に対峙する。それぞれに破壊衝動を剥き出しにした狂戦士のような表情を浮かべているが、彼等の瞳に「敵」として映っているのは、本来の宿敵である筈の灼滅者達ではなく、つい昨日まで仲間であった筈の徳川陣営の守護者達であった。


 結局のところ、彼等ダークネスは「自分の欲望」に忠実に生きる存在である。故に、欲望と欲望が衝突すれば、それまでの絆よりも己の欲望を優先する。人類よりも遥かに強大であるからこそ、結束しなくても人類を圧倒出来るだけの強さを持っているからこそ、その「絆」はあまりにも脆弱で、「自分にとって大切なものを守りたい」という欲望の前では、何も意味を成さない。家康復活を焦るあまりに、安易な形で「厄介な存在」を排除しようとした酒井の戦略は、こうして最悪の形で結実することになってしまったのである。

10.3.5. ご当地ヒロインの矜持

 こうして発生した徳川陣営の内紛の隙をついて、ヤマト達は本殿前の境内へとなだれ込む。

「おのれ貴様等! …………まぁいい。まだ我等の手駒はいくらでもある」

 彼がそう言うと、今度は陽明門の内側に存在する【神楽殿】【神輿舎】【祈祷殿】という三つの重要文化財が、それぞれ「烏帽子を被った和装の女性」へと姿を変え、【神楽殿】は剣を、【神輿舎】はクナイを、そして【祈祷殿】は巨大な扇を掲げて、侵入者達に襲いかかろうとする(下図)。



「大丈夫、こいつらなら多分、私達でも何とかなるわ!」

 そう言いながら、今度は渥美三姉妹が彼女達の前に立ちはだかった。透との関係性の深さという理由から、ここまで「盾」役を他の灼滅者達に譲ってきた彼女達であったが、もう他に頼る仲間もいない以上、こうなると自分達がヤマト達5人を護るしかない、と覚悟を決めたようである。
 ちなみに、東三河のご当地ヒロインである彼女達にとって、徳川家は本来「主家」である。中でも、今彼女達の目の前に立ちはだかっている酒井小五郎(忠次)は、かつて豊橋の吉田城の城主であり、現在も豊橋市を支える吉田大橋を建築した人物でもある。その意味で、うずらにとって酒井はまさに「地元の恩人」であるのだが、それでも、現代のご当地ヒロインとして、現代の豊橋市民のために戦う彼女にとっては、ダークネスとなった今の酒井忠次の野望を、このまま見過ごす訳にはいかなかった。
 しかし、実はこの本殿近辺にはもう一つ、重要文化財に指定されている建物があった。それが、奥宮へと続く道の前に建築された【坂下門】である。一般には、この門に描かれた「眠り猫」の彫刻が有名であるが、この戦いの喧噪の最中、その【坂下門】もまた、ゆっくりと姿を変えていく。

「うるさいニャ、誰ニャ、眠りを妨げるのは……?」

 そう言いながら「枕を片手に現れた化け猫」となった【坂下門】が、激しい怒りのオーラをまといながらヤマト達に襲いかかろうとする(下図)。


 しかし、そこに、今度は空から一人の女性が、パラシュートと共に舞い降りてきた。

「皆さん、その節はお世話になりました」

 そう言って、彼等の前に降り立ったのは、ピンクのスーツを着た、知多半島のご当地ヒロインである。

「き、貴様は、牛乳怪人!」

 南知多ビーチランドにおける黄色ブドウ球菌ケーキによる腹痛の痛みを思い出しながら英雄がそう叫ぶと、彼女はニッコリと笑顔で返す。

「大丈夫です。その名はもう捨てました」

 そう言って、知多みるくは【坂下門】(猫)の前に立ちはだかる。どうやら彼女は、もう完全に「灼滅者としての自分」を取り戻したようである。

「おのれ、次から次へと援軍か。だが、これで終わりではないぞ。まだ奥宮にも、仮殿にも、博物館にも、我等の手駒は残っている!」

 そう、この本殿からはやや距離があるものの、坂下門の先にある「奥宮」には【奥社宝塔】【奥社唐門】【奥社石玉垣】【奥社拝殿】【奥社銅神庫】【奥社鳥居】【奥社石柵】、南東方面の「仮殿」には【仮殿本殿(および相之間・拝殿)】【仮殿唐門】【仮殿掖門】【仮殿透塀】【仮殿鳥居】【仮殿鐘楼】、そして南西部に位置する東照宮博物館には、一度廃棄された後に発掘・展示されることになった【旧奥社唐門】【旧奥社鳥居】という、合計15の重要文化財が残されていたのである。
 当初の酒井の計算では、灼滅者達は陽明門を突破出来る筈がないと考えていたため、それぞれが本来の位置を守ったままこの場には来ていないが、いざとなったら、彼等もまたすぐにこの本殿へと駆けつけることは出来る距離にいた。
 しかし、その発言はみるくによって一蹴される。

「大丈夫です。そっちは今、皆が向かってますから」

 そう言って空を見上げると、既に夕日が落ちようとしている冬の夜空に、15本のパラシュートが舞い降りていくのが見える。それは、みるくと同様にセントレアから派遣された飛行機に乗ってこの地に来て、そして重要文化財達の真上で飛び降りた、15人の知多娘達であった。
 政次には伝えていなかったが、実は彼女達もまた、まりんが密かに呼び寄せた援軍である。姫子経由で五十嵐グループのコネを使って密かに連絡を取り、空中から家康本体に奇襲をかける予定であったが、東照宮の守護者達の存在を知った彼女によって急遽方針が変更され、こうして残された「徳川方の残存戦力」の掃討に向かうことになったのである。
 当然、彼女達「知多娘」にとっても、徳川家は主家であり、徳川家康は地元の英雄である(家康の母・伝通院の実家の水野家は知多半島の大名)。しかし、うずら達と同様、彼女達にとっても、四百年以上前の地元の功労者への恩義よりも、今の知多半島の平和を保つことの方が大切であった。今を生きる地元の人々を護るために戦うこと、それこそが、三河湾のご当地ヒロインとしての彼女達の矜持なのである。
 こうして、日光東照宮において家康を守るために設置された34棟の重要文化財(守護者)全員が、ヤマト達を守ろうとする34人の灼滅者達によって、その動きを封じられることになった。まさに、両陣営の持てる力を全て注ぎ込んだ総力戦が、日光東照宮の全土で展開されることになったのである。

10.3.6. 女帝達の参戦

 だが、それでもまだ、戦略的には圧倒的に徳川陣営が有利であった。なぜなら、まだ彼等には【本殿】と、それを取り囲んで設置された【正面唐門】【東透塀】【西透塀】【背面唐門】という五つの「国宝」が残っていたのである。
 その中で、現在のヤマト達の目の前にある【正面唐門】とその両脇の【東透塀】【西透塀】が、人の姿へと変わっていく。【正面唐門】は、片翼を生やして拘束具をつけた小柄な少年、【西透塀】は弓を持った青年、そして【東透塀】は三味線を持った花魁のような容貌であり、いずれも、一見すると先程の【陽明門】達に比べてやや地味な印象だが、その身体から発せられる闇のオーラは、彼等よりも更に強大に感じられた(下図)。


 そして、更にその奥に見える【本殿】もまた、その真の姿を現す。それは、全身が水晶に覆われた、全身3m以上の巨大なノーライフキング、すなわち家康本体であった。ノーライフキングは、その力が強まれば強まるほど、自身の肉体を水晶へと変えていく。すなわち、既に全身がほぼ水晶と化しているこの【本殿】は、400年間にわたって力を貯め続けた結果として誕生した「最高の熟成度のノーライフキング」であるらしい。ただ、そのコアである透との融合はまだ完全には完了していないようで、その中央には、身体の半分が水晶に埋まった形で、闇のオーラに包まれた瞳でヤマト達を睨む透の姿があった(下図)。


 そして、その傍らに立つ酒井が、勝ち誇ったような声で灼滅者達を見下す。

「もはや若君が力を完全に取り戻すまで、半刻もかかるまい。今更、貴様等が足掻いても遅いわ。そして、この【正面唐門】と【東西透塀】は、貴様等全員でかかっても一つとして破ることは出来ない」

 逆に言えば、まだ家康は完全に力を取り戻してはいない。つまり、政次の予想通り、現状ではまだ家康は融合の途中で、その力を発揮出来ない状態にある、ということでもある。しかし、酒井が言っている通り、その目前にいる三体の「国宝」は、その一人一人が明らかに彼等全体の戦力をも凌駕している。この三人を同時に相手にするとなると、知多娘も含めたこの場にいる39人の灼滅者が協力しても難しい、とまで思えるほど、圧倒的なサイキックエナジーの差を感じていた。

「さぁ、白龍よ、その手錠を外していいぞ。この圧倒的な力の前に、ひれ伏すがいい!」

 【正面唐門】に対して酒井が言うと、彼は一瞬、喜んだ表情を見せ、そして自ら手錠を外すと、その姿が巨大な白い龍へと変わっていく。その圧倒的な迫力は、灼滅者達を絶望させるに十分な威圧感であったが、しかし、ここで彼等の前に、更なる乱入者達が現れる。
 それは、三人の美しき「女帝」達に率いられた、双方にとって想定外の三集団であった。

「すまない、ミラ…………、あ、いや、皆。遅くなったな」

 そう言って、【正面唐門】(白龍)の前に立ちはだかったのは、当代最強のご当地ヒロイン・名古屋市と、その部下の名古屋十六人衆であった。彼女達は、十六人衆の一人、守山空(もりやま・そら)の運転する飛行機から、パラシュートも使わずに飛び降りてきたのである。

「武蔵坂のエクスブレインの進言を聞き、榊原はもう名古屋にはいないと信じて、こちらに馳せ参じた次第だ」

 おそらく、その「武蔵坂のエクスブレイン」とは、まりんのことであろう。ただ、彼女の連絡先を手に入れるために、五十嵐グループの力を借りた可能性も高そうではある。とはいえ、仮にクラウスが不在であったとしても、八神オロチの復活阻止のために名古屋の地を離れられないと言っていた彼女達が、遠く離れた日光まで出向いてきたのは、彼女達にとっても大きなリスクを背負った上での行動と言える。果たして、何が彼女達をそこまで動かしたのだろうか。家康復活への危機感なのか、まりんによる説得なのか、それとも…………。
 そんな中、ミラの方を見ようとしながらも、どこかバツの悪そうな表情を浮かべている市に代わり、十六人衆の一人である(吉良荘にも随行していた)天白ヴァーゲンが、ミラに声をかける。

「あ、お嬢、どうやら、意識が戻ったみたいですね」

 どうやら、彼女の市を見つめる表情から、半年前とは状況が変わったらしいことを察したようである。そう言われたミラが無言で頷くと、彼は更に続ける。

「半年前のことを、お市様はずっと後悔していましたから、後でゆっくり話をした方がいいですよ」

 「半年前」と言えば、自分がクラウスに誘拐された頃である。その時のこと、というのが何を意味しているのかは分からないが、いずれにせよ、まずはこの戦いを終わらせることに専念する、それが市とミラの共通認識であった。

 更に、それに続けて【東透塀】(花魁)の前には、かつて「太夫」として知られたあの女性が、巨大なライブ用トレーラーに乗り、バックダンサー達を引き連れて姿を現す。どうやら彼女達は、敷地内各地で灼滅者vs守護者の戦いが繰り広げられている神社の境内を、強引にトレーラーで駆け抜けてきたらしい。

「ま、とりあえず、今日は研究生だけ連れてきたわ。これで我慢しなさい」

 ラブリンスターが政次にそう言い放つと、背後のバックダンサー達が困惑の声を上げる。

「え? 私達? 研究生に降格したんですか?」

 ちなみに、その中には、政次との対談の場に同席していた、LSD108のエース級の三人(白石・神田・田村)も含まれている。

「うっさいわね、今日だけよ、今日だけ。今日だけ、アンタ等は研究生。いいわね!」

 そう言って、彼女はバックダンサーの少女達を黙らせ、目の前にいる花魁風の【東透塀】に対して、音楽勝負を仕掛ける。なお、地下アイドルに詳しい者達ならばすぐに分かることだが、この場に来ている面々は、明らかにLSD108の選抜常連メンバー達である。

「おい、政次、どうしてアイツが、お前に話しかけてるんだ?」

 英雄はそう言って驚愕の表情を浮かべる。政次が彼女と一昨日から裏交渉していた事実は、まりん以外は誰も知らない。

「知り合い…………、かな?」

 政次としては、そう言って受け流すしかなかった。とりあえず、彼女の参戦は期待していなかったが、こうして実際に彼女達が現れたことは、戦略的には非常に大きなプラスになる。他の者達も、イマイチ状況についてはよく分からないものの、彼女達が【東透塀】の繰り出す三味線攻撃を力付く(大音量)で封じてくれることで状況が好転したことは実感していたので、それ以上の追求はしなかった(スサノオに至ってはそもそもラブリンスターとは初対面であり、「なんかよく分からないけど、綺麗な人が助けに来てくれた」としか認識出来ていなかった)。
 ちなみに、そんな中、ヤマトの背後の晴明は「おぉ、星見ちゃん、久しぶり」とラブリンスターに向かって話しかけていたのだが、彼女の方はガン無視していたため、周囲の(政次以外の)人達も、彼が何を言っているのか、全く理解が出来ないままであった。

 そして、そこに現れたもう一つの一団。それは、朱雀門瑠架と彼女の親衛隊である。東照宮を取り囲む山林の一部を焼き払い、本来の参詣ルートとは全く異なる「別の道」を強引に作ってその場に現れた彼女達に対して、【西隙塀】が弓矢を放ち、それが途中で分裂して数十本の矢となって彼女達に襲いかかるものの、彼女の親衛隊がそれらを全て受け止める。

「酒井先生、家康の復活は我等ヴァンパイアにとっての暗黒時代の再来をもたらす、まさに禁忌。それを勝手に進めるなど、背信行為に等しいですよ」

 彼女に関しては、直接会ったことがあるのはスサノオ(と姿を消した状態で政次の傍らにいる花之)しかいない。しかし、その圧倒的なオーラと制服から、彼女達が朱雀門のエリート部隊であることは、全員が容易に想像出来た。
 彼女達ヴァンパイアは、数百年に渡ってこの国を裏から支配し続けてきた「源氏」を中心とする武家の一団である。しかし、徳川家康とは、その源氏の一族でありながらも、ヴァンパイアではなくノーライフキングとして覚醒し、(三大冥王の一人とも言われる)源頼光を初めとする伝統的なヴァンパイアの長老支配体制に代わり、自身を中心とする新たなダークネス秩序を築こうとした存在であった。故に、一般的には「ダークネス支配が確率した時代」と言われる徳川幕府の最初の百年間(家康が封印されるまでの間)は、実はヴァンパイア達にとっては、彼の存在が強すぎて自分達の思い通りの世界構築が出来なかった「あまり喜ばしくない時代」でもあったのである。
 無論、そんな中で酒井忠次のように、積極的に家康支配体制を支えようとしたヴァンパイアもいる。しかし、現代では瑠架を初めとする主流派のヴァンパイア達の中では、家康統治時代の復活を望む者は殆どいなかった。だからこそ、酒井は朱雀門に教員として籍を置きつつも、同じヴァンパイアの面々ではなく、井伊・本多・榊原といった「昔の同志の末裔達」を頼ることになったのである。

 こうして、三者三様の理由でこの場に現れた「三人の女帝」は、それぞれの部下達と共に、酒井による家康復活の野望を阻止するため、最強の守護者である三人の「国宝」と対峙することになったのである。

10.3.7. もう一人の魔王

 さすがにこうなると、酒井も焦燥の色を隠せない。名古屋の面々はまだしも、ラブリンスターや朱雀門がこのタイミングで参戦してくるなど、全く想定していなかったのである。

「くっ、これで勝ったと思うな。まだこちらには最後の切り札【背面唐門】がある。日頃、姿を現すことのないその真の実力を思い知るがいい!」

 【背面唐門】とは、その名の通り、【正面唐門】と正反対の位置に設置された、本殿を取り囲むもう一つの門である。しかし、その門の外側に道はなく、山林で囲まれた状態のため、通常はその姿を人前に晒すことはまずない。だが、そんな場所に設置されているにも関わらず、国宝に選ばれるほどの豪奢な装飾が施されたその門こそが、実はこの東照宮における国宝達の中でも最強クラスの実力者であるらしい。
 ところが、酒井がそう叫んだ直後に、後方から何か「門のようなもの」が倒れる音が聞こえてくる。驚いて皆がその「【背面唐門】がある筈の方向」を見ると、そこに立っていたのは、ヤマトと英雄にとって見覚えのある、あの女子大生の姿であった。

「うーむ、どうも、おなごの身体は使いにくいのう。まぁ、こやつしかワシの話を聞ける子孫がいないから、仕方がない訳だが」

 窮屈そうに首と肩を回しながらそう呟いていたのは、自称「ムー大陸の戦士達を導く“時をかける予言者”」こと、猫玉ニトロである。ヤマトと英雄が呆気にとられていると、彼女の回りに「七本の槍」が現れ、彼女を取り囲む衛星のように、その周囲を漂い始める。
 そして、そんな彼女を見た酒井が、今まで発したことのないレベルの驚愕の声を上げた。

「そ、そのオーラは…………、た、た、太閤殿下!?」

 何を言っているのか分からない、その場にいる者達は誰もがそう思った。ヤマトだけは、彼女が「ここ数日、夢枕に秀吉が現れる」と言っていたことを知ってはいたが、だからと言って、この状況を理解出来る訳ではない。ただ、400年以上前に秀吉と対面したこともあるであろう酒井忠次が、彼女のことを「太閤殿下(=秀吉)」と呼んでいる。これは紛れも無い事実である。

「あー、サル君かぁ……。僕、彼、嫌いなんよねぇ」

 面倒臭そうな声でそう言ったのは、ヤマトの背後に浮かぶ晴明である。事情は全く分からないが、少なくとも、今、彼等の前に立っている女子大生は「太閤・豊臣秀吉(通称:サル)的な何か」であることは間違い無さそうである。
 そして、どうやら彼女によって倒されたと思しき【背面唐門】から強力なサイキックエナジーが発せられ、やがてそれが、【正面唐門】と似たような形状の「金色の龍」へと姿を変えていく。

「ほう、面白い。では、しばらくコヤツと戯れておるかのう」

 そう言って、彼女が掌を翻すと、空中に浮かぶ七本の槍の矛先はその金龍へと向かう。こうして、誰も全く事情を理解出来ないまま、徳川家康と並ぶ「もう一人の魔王」とでも呼ぶべき存在・豊臣秀吉(らしき女子大生)が、この最終決戦に乱入することになったのである。

10.3.8. 「四天王」との決戦

 この結果、徳川家康を守る日光東照宮に建てられた41棟の国宝・重要文化財のうち、家康本体である【本殿】以外の全ての建物が、それぞれに侵入者達を迎撃する戦いに専念せざるを得なくなった。今現在、家康復活を止める力を持つ安倍晴明(を操るヤマト)を妨害出来るのは、もはや酒井本人しかいない。

「やむを得ん。どうやら、私自身が迎え撃つしかないようだな」

 彼がそう言うと、それまでのスーツを着込んだ教員の姿から一変して、戦国時代の鎧を着込んだ壮年の男性の姿へと変身する。それはまさに、戦国武将としての酒井小五郎忠次そのものの姿である(下図)。


「こうなっては仕方がない。ここで使いたくはなかったが…………、いでよ、我が真の盟友達よ!」

 彼がそう叫んで右手を天にかざすと、彼の周囲に三人の若い戦国武将の姿が現れる。それは、四百年前に彼と共に徳川の御代を作るために戦った、本多忠勝、榊原康政、井伊直政の三人であった(下図)。ノーライフキングとしての家康の力を借りた酒井の手によって、アンデッドとして「本来の徳川四天王」が、ここに蘇ったのである。


「とにかく、その小僧の首さえ取れば、全ては終わる。さぁ、行くぞ!」

 そう言って、彼等四人はヤマトに照準を定めると、それを察したヤマトは自らの身体を魔法の鎧でコーティングして衝撃に備える。そして同時に、ミラがその場にいる全ての仲間達の心を高揚させる唄を歌い始めたことで、灼滅者達のサイキックエナジーが飛躍的に増幅されていく。
 そして、酒井達よりも一歩早く先手を打ったのは、ヤマトであった。ヤマトの強い祈りが込められた光を帯びた黒い波動が、四天王に向けて怒濤の一撃となって襲いかかる。しかし、さすがにそれであっさりと倒れる相手ではない。すぐさま酒井が文字通りの「返す刀」で放った衝撃波がヤマトを襲うが、ヤマトも自らが作り出した精神の防壁によって、かろうじて倒れずに踏み止まる。
 それに対して、今度は政次がダンピールとしての人並みはずれた身体能力を駆使して、自らの力を増幅させながら敵の本陣に斬り込むが、敵は四者四様の防御手段で防ぎきる。しかし、この結果、(先刻のヤマトの攻撃への対処法と照らし合わせて)彼等の太刀筋とその死角は灼滅者達によって見切られてしまった。彼に続いてミラが指輪から魔言を込めた一撃を酒井の頭部に向けて放ち、更にスサノオが解き放つどす黒い殺気が敵全体を覆い尽くして、塞ぐことの出来ない深い傷を与えたことで、徐々に四天王達の表情も険しくなっていく。
 それでもなんとか耐えきった榊原が、ヤマトとスサノオに向かって斬り込んで深手を負わせ、それに続けて井伊・本多も攻撃を加えようとするが、そこへ英雄が割って入る。自らの内なる炎を爆発させて身体の動きを加速させ、その燃える血潮を無敵斬艦刀に乗せて周囲一体を火の海に変えたのである。

「さぁ、そこをどいてもらうぞ、酒井」

 この一撃に、仲間達が更に連撃を組み合わせたことで、四天王全体に対して致命的な打撃を与える。それでも酒井・榊原・井伊はなんとか耐えきったものの、既にヤマト・政次・スサノオの攻撃をまともに喰らっていた本多はその紅蓮の炎によって灼滅され、灰塵に帰していく。
 これに対して、味方の一角を崩された井伊は激高してヤマトに斬り掛かるが、スサノオとヤマトの連携妨害策によってその動きは封じられ、間一髪のところでヤマトはその凶刃をかわすことに成功する。そして、ここまでひたすらヤマト一人の首を狙うように命じてきた酒井であるが、今、目の前に政次と英雄が立ち塞がり、自分に向けて次なる一撃を喰らわせようとしているのを見て、まず自らに降り掛かる火の粉を払わねば、という恐怖心に支配された結果、彼は二人に対して同時に斬り掛かろうとするが、ミラの生み出した魔法の壁によって政次への攻撃は封じられてしまう。それでも、英雄への一撃は致命傷にはなったものの、彼の魂が肉体を凌駕することで、なんとか彼もまた倒れずに戦線に踏み止まった。

「奇襲で里を焼き払うことは出来ても、真っ向勝負ではこの程度の力しか出せない。所詮、お前はダークネスとしても半端者ってことだな」

 そう言って、政次が酒井を挑発する。この発言に、一瞬激高しかかった酒井だが、すぐに冷静さを取り戻し、そして政次の太刀筋から、その正体に気付く。

「そうか、貴様、あの里の生き残りか……。だが、今は貴様などに構っている暇はない!」

 酒井はそう叫んで、再びヤマトに照準を合わせようとするが、それよりも一歩早く、そのヤマトが再び黒い波動を目の前の榊原・井伊に放ち、そこに英雄が連撃を加えたことで、既に深手を負っていた上に太刀筋を見切られていた二人は、揃って灼滅されていく。
 こうして、仲間を失ってしまった酒井であるが、それでも最後まで忠義を尽くすため、ヤマトに向かって再び衝撃波を繰り出すものの、ヤマトも魂が肉体を凌駕することで、どうにか意識を保ち続ける。
 そして、ヤマトの無事を確認した上で、政次が己の拳を鋼鉄に変えて酒井に渾身の一撃を加えてよろめいたところに、ミラが指輪から放った一筋の光線が酒井の頭部を貫いた。

「申し訳ございません、若君……」

 そう言って、彼はその場に倒れ、そのまま灼滅されていった。400年以上にわたって、ヴァンパイア一族の繁栄よりも己の主君の覇道を優先し続けた忠義の士・酒井小五郎忠次は、遂に、そのダークネスとしての生涯に幕を閉じることとなったのである。

10.3.9. 言魂

「ほな、ここから先は僕の出番やね」

 安倍晴明はそう言って、透との融合を続ける【本殿】こと徳川家康の本体に近付き、おそらくは彼以外誰も使うことが出来ないであろう、太古の陰陽術の呪法を唱え始める。すると、まだ身体を自由に動かすことの出来ない「家康」と「透」は苦悶の表情を浮かべ始めるが、術をかけている側の晴明もまた、苦しそうな様子を見せる。

「さすがに、手強いわ。頼む、皆からも、彼の心を揺さぶるような言葉で、訴えかけてくれ。今の状態なら、ギリギリ透君の心にも届く筈や」

 そう言われて、真っ先に動き出したのは、英雄である。徳川家康の圧倒的な闇のオーラをもろともせず、彼の目の前へと歩み始める。

「透、お前はそんなところにいる人間ではない。お前には、姫子の、俺達の隣こそがふさわしい」

 最初は姫子を巡り、透は英雄に反発していた。しかし、数々の戦いを経て、二人の間には深い絆が生まれていた。だからこそ、六本木では透は英雄を助けるために駆けつけ、そして若本女学園では英雄達を守るために、自ら闇堕ちを決意して身を挺して彼等を庇った。今度は自分達が透を助ける番だと、誰よりも強く感じていたのは英雄だったのである。
 それに続けて、政次は周囲でまだ戦い続けている守護者達を日本刀で牽制しながら、ヤマトは晴明を補助しつつ、ミラはそんなヤマトを護衛する傍らで、それぞれが透に訴えかける。

「透、みんな、待ってるからな」
「今、ここにいるみんなが、君の家族になってくれるから。すぐに帰って来て」
「あなたには、大切な人がいるでしょう?」

 そして、彼等の言葉に込められた魂が透の心を揺さぶり、家康本体はより一層、苦しみを増す。そんな中、透とは同い年で、この数日間を通じて最も長く彼と時間を共にしていたスサノオもまた、一歩踏み出して、彼の記憶を呼び起こす。

「豊橋で、ウズラ農家を回っていた時に言ってたじゃん。姫子さんを守りたいって。だから、そんなとこにいないで、早く帰って来いよ」

 その言魂が透の脳裏に突き刺さり、その結果、自我が分裂しそうになった家康が、水晶の拳をスサノオに向けて振り下ろそうとするが、それが彼に届く直前で動きが止まり、透が埋め込まれていた胴体の中央部分の水晶が破裂する音が響き渡る。それと同時に、透が家康本体の身体から分離して、そのまま落下してくるが、家康の目の前まで来ていた英雄が彼を抱きかかえる形で受け止め、そしてコアを失った家康の身体の各所から歪みが生じる音が響き渡る。

「じゃあな、タケちゃん。ゆっくり眠り」

 晴明がそう言って、手を合わせると、やがてその水晶の身体はバラバラとなり、その欠片の一つ一つが蒸発するように消滅していく。こうして、十二人の歌姫によって呼び出された安倍晴明の呪法と、透を想う灼滅者達の言魂の力が相乗効果となって、四百年以上にわたって力を貯め続けていたノーライフキングとしての徳川家康の身体が、完全に灼滅されることになったのである。

10.4.1. 葉那の覚悟

 そして、家康の消滅により、彼の力によって生命力を与えられていた眷属である守護者達(国宝・重要文化財)もまた、姿を消していく。そしてこの瞬間、この場に残されていたのは、ヤマト達5人と、安倍晴明、渥美三姉妹、知多みるく、そして市・瑠架・ラブリンスターとその部下の者達である。
 一方で、彼等の視界内で戦っていた筈の、榊原クラウス、井伊フリードリッヒ、本多五十六の姿は見えない。みなと曰く、彼等は家康が消滅するのを複雑な表情で見届けた上で、それぞれに去って行ったという。さすがに彼等も国宝級の守護者達との戦いで疲弊していたようで、それぞれに思うところはあっただろうが、連戦出来る状態ではなかったようである。
 やがて、遠方で戦っていた演劇部の三人も含めた仲間達が続々と本殿(のあった場所)に駆けつけてくるが、そんな中、葉那の姿を確認した瑠架が、彼女に声をかける。

「ご苦労でしたね、葉那さん。あなたの忠告のお陰で、酒井の野望を止めることが出来ました」

 かつて、朱雀門に通っていた葉那に対して、朱雀門の副会長である瑠架がそう語りかけたことに対して、妹の緋那を初めとする周囲の者達がざわめく。その空気を感じ取った上で、葉那はやや狂気めいた口調で、語り始める。

「そう、瑠華様をこの場に招き入れたのは私よ。朱雀門のスパイだった私が、皆を欺いてやったの。私はこれから契約に基づいて、朱雀門に帰るわ。さぁ、私を止めたければ、私をこの場で殺しなさい!」

 そう言って周囲の灼滅者達を挑発する葉那だったが、実際のところ、彼女からは全くダークネスの気配を感じない。少なくとも、今現在、皆の目の前にいる葉那は、紛れもなくまだ人間(灼滅者)のままである。
 突然の発言に周囲が唖然としている中、昨夜、彼女と言葉を交わしていたミラが口を開く。

「それは、違います。葉那さんは、葉那さんは……」

 ミラは理解していた。葉那は自らが朱雀門に帰ることを条件に、瑠架を招き寄せたのは紛れも無い事実。しかし、それは家康復活を封じるために朱雀門を利用しようとしただけで、彼女の心はまだ自分達の味方でいるということを。しかし、それを上手く証明する術が見つからず、言葉に詰まってしまう。そんな中、彼女を遮って口を開いたのは、スサノオであった。

「葉那ねーちゃんって、いつもそうだよね。俺が悪さした時とか、自分が庇って、なんでも背負い込もうとする。もっと俺達を信用してよ。そんな契約なんて無視しちまえよ。今からこいつら、倒しちゃおうぜ」

 そう言って、スサノオは不敵に笑いながら朱雀門の面々に対峙する。幼少期に倉槌姉妹と共にすごしていた彼は、最初から葉那のことを疑う気持ちなど、持ち合わせていなかった。それ故に、彼は葉那が、朱雀門との衝突を避けるために自分が闇堕ちすることで事態を収拾しようとしていることも、出来ればそうなる前に自分を殺して欲しいと願って皆を挑発していることも、本能的に理解していたのである。しかし、葉那の救出の時に力になれなかったスサノオにとっては、ここで再び目の前で彼女を犠牲にすることなど、到底容認出来る話ではなかった。
 そしておそらく、それは緋那も、そして多くの他の灼滅者達も同様である。スサノオの言葉で大方の事情を察した他の仲間達が、葉那への疑惑の視線を捨て、代わりに朱雀門の面々に向かって敵意の視線を向けようとしたその時、瑠架が落ち着いた口調で語り始める。

「葉那さん、あなたのような裏切り者を、本当に私達がそのまま素直に受け入れるとでも思ってたの? 仮にもう一度ヴァンパイアに戻っても、そんな人間界に未練を残したままのあなたなんて、誰も信用出来ないわ。これからあなたは、人間界で生きていくの。私達のスパイとしての疑惑の視線を受けながらね。そこの人達は、あなたのことを信用しているみたいだけど、そういう人達ばかりじゃない。絶対にあなたのことを信用しない人もいる。むしろ、そういう人の方が多い筈。あなたの周囲の人達は、これから先もあなたに猜疑心を抱き続ける。それが人間というもの。あなたがそんな人間達に完全に絶望して、自分の居場所がそちらの世界にはないということを理解してから、朱雀門にいらっしゃい。私はそれまで待っているわ」

 どうやら、瑠架は最初から、この時点での葉那の帰還には、それほど期待していなかったようである。無論、現時点での武蔵坂の内情を知る彼女が再び自分達の手中に戻れば、彼女達にとって大きなプラスになる。しかし、それが叶わなくとも、自分達と密通していた彼女が武蔵坂の中にいることで、灼滅者同士の猜疑心を植え付けることが出来るなら、それはそれで今後の戦略の幅が広がる。少なくとも、今ここで疲弊した親衛隊に更なる犠牲を強いてまで取り戻すほどの価値は葉那にはない、と考えていたようである。
 その話を聞き、葉那は複雑な思いを抱きながらも、それでも今は、仲間達が自分を信じて受け入れてくれる意志を示してくれたことに、ただひたすらに静かに感謝しながら、その場に立ち尽くすのであった。

10.4.2. ヴァンパイアと淫魔

「むしろ私が今、興味があるのは、こっちの子ね。なかなかいい素質をしているわ、あなた」

 そう言いながら、彼女は穏やかな笑みを浮かべて政次に近付こうとする。ヴァンパイアの素養のある者を見かけたら、率先して籠絡しようとするのは、彼女の昔からの習性である。
 しかし、それに対しては当然、ラブリンスターが割って入る。

「ちょっと、その子は私が先にツバつけてんだから、横取りするんじゃないわよ!」
「あら、こんな下品な女に目をつけられるなんて、災難ね。ウチに来れば、かくまってあげるわよ」

 そう言って、二人のダークネスの女帝が激しい火花を散らす。政次にしてみれば、自分がラブリンスターと密会していたことも(似たような立場にあった葉那が悩んでいたのと同じように)、あまり知られたくはない。ただ、より強引な手段で自分を闇堕ちさせようとする可能性が高い瑠架の方が、より危険度の高い存在であるようにも思えた。

「あー、残念ね、この子、実はロリコンじゃないんだって。幼児体型には興味ないみたいよ」

 ラブリンスターは瑠架に視線を向けながら、そう言って嘲笑する。実際のところ、政次の本当の好みは誰も知らないのだが、昨日の秋葉原での一件から、彼女の中では勝手にそう判断しているらしい。
 そして、さすがにここで両陣営の正面衝突が起きると、これはこれで色々と厄介なことになりそうだと周囲の者達が思っていたこのタイミングで、意外な人物が口を挟む。

「よう言うな、星見ちゃん。君やって、闇堕ちする前は、そんな身体じゃなかったやん」

 ひょこっと顔出した安倍晴明が、ラブリンスターに向かってそう語りかける。

「な……、ア、アンタ、何言ってんのよ!? し、し、知らないわよ、アンタなんて!」

 顔を真っ赤にして動揺するラブリンスターの横で、全く事態を把握出来ていない英雄が晴明に問いかける。

「知り合い……、なのか?」
「あー、うん、そうそう。この子、星見ちゃんゆうてね。昔は本当に素直な可愛い子やったんやけど……」

 そう言って晴明が嬉しそうに昔話を始めようとすると、政次が彼の首根っこをズルズルと引っ掴んで、その場から退散していく。ラブリンスター本人以外は何が起きているのかさっぱり分からないまま、肝心の政次がその場を去り、彼女も(自分の過去をバラされたくない以上)それを追おうとはしなかったので、この話題は有耶無耶のまま流されていくことになる。

10.4.3. 魔王の末裔

 そんな中、今までこの会話の輪に入ることなく、少し離れた場所からこの情勢を見下ろしていた一人の女性が姿を現す。

「お主達、やりおったな。自力であの家康を倒すとは」

 猫玉ニトロである。しかし、その語り口は、明らかにいつものニトロの口調ではない。そして、ただの妄想中二病ごっこをしている訳ではないということは、先刻の戦いぶりや酒井の反応からも明らかである。
 もし、彼女が本当に「秀吉」であるのなら、誰にとっても、敵か味方かは分からない。当然、灼滅者達も身構えることになるが、彼女(彼?)は笑顔で宥めようとする。

「心配しなくとも、儂は人間じゃよ。少なくとも、生きておった間はな」

 そんな中途半端な情報を聞かされたところで、人間側もダークネス側も警戒を解く訳にはいかず、不審の目を向け続けるるが、彼女は気にせずそのまま語り始める。

「儂の時代は、灼滅者の連中と闇の連中が、しょっちゅう争いを繰り広げておってな。儂はその中で、ちょこちょこっと上手いことやって、一時期は天下を取れたんじゃが、それを此奴に奪われてしまってな」

 彼女はそう言って、英雄に背負われた状態の透を指す。少なくとも、透が家康の精神のコアであるということは、彼女(の中にいる彼?)も理解しているらしい。

「そして、儂の死後、家康への復讐心に燃える光成や幸村達の怨念が生み出したのが、今の儂。つまり、今の言葉で言うところの『都市伝説』じゃな。そして、儂の末裔の中で、唯一、儂の声を聞けるのがこのおなごだった、という訳じゃ」

 そう言って、彼女は「自分自身」を指差す。一般的な日本史では、秀吉の直系の子孫は断絶したことになっているが、あくまでもそれは「表の歴史」にすぎない。少なくとも、本人(?)がそう言っている以上、どういう経緯で生き残った子孫かは分からないが、ニトロはその末裔なのであろう。

「ところが、毎晩毎晩、枕元に立って説明して『家康を倒すためにその身体を貸せ』と言っても、一向に話を理解せずに、訳の分からん曲解ばかりを繰り返しておってのう。埒があかんので、やむなく、こうやって強引に身体を乗っ取ることにした訳じゃ」

 これまでのニトロの言動から察するに、その状況はヤマトと英雄には容易に想像出来る。彼女の場合、超常現象に関して中途半端に知識が豊富なために、入ってきた情報を自分の中の世界観の中に強引に位置付けて、結果として内容を歪めてしまったのだろう。そう考えれば、ヤマトに力説していた彼女の仮説が生まれた経緯としても納得出来る。
 こうして、彼女(彼)は自分の正体について一通り語り終えると、今度は英雄に背負われた透を見ながら、彼等に対して謝辞を述べる。

「ともあれ、わざわざ儂のために、最後の止めを残しておいてくれたのはありがたい。では、ありがたく、この400年間の恨みを、晴らさせてもらおう」

 そう言って透に向かって歩き出す彼女(彼)であったが、当然、彼等としては透を殺させる気は毛頭ない。既にこの場を去っている政次以外の三人(ミラ・ヤマト・スサノオ)が、透を背負った英雄を庇うように立ちはだかる。

「これは異な事を。家康を殺すのは、貴様等にとっても悲願だったので……は…………?」

 彼女(彼)はそう言いながら、妨害する三人の顔を流し見ていたが、ミラと目が合った瞬間、表情が一変する。

「そ、そ、その目は、お、お、お、おや、御館様! なぜここに!?」

 慌てて彼女(彼)はその場にひれ伏して、ガタガタと身体を震わせる。どうやら、「彼」にとっての主君である(ミラの先祖にあたる)「第六天魔王」の面影を、彼女の瞳から感じ取ってしまったらしい。

「も、申し訳ございません。ご無礼をば仕りました! 平に、平に…………」

 そう言って、彼女(彼)はそのまま頭を地面につけて倒れ込む。そして、彼女の身体から「何か」が抜けるような気配を皆が感じ取った次の瞬間、彼女の寝息がその空間に響き渡っていく。こうして、今ひとつ釈然としないままではあったが、なんとなく、危機を回避したことをその場にいる者達は実感することになった。

10.4.4. 最後の援軍

 しかし、これで全ての戦後処理が終わった訳ではない。秀吉(仮)と灼滅者達の対立を傍観していた(先刻の喧嘩に水を差されたまま放置されていた)瑠架が、ここで再び口を挟む。

「なんか、よく分からないこと言ってるけど、あなた達、その子を殺さないつもりなの?」

 どうやら瑠架も、ヤマト達が「透を助けるために戦っていた」ということまでは理解していなかったようである。

「後顧の憂いを断つために、その子は再び闇堕ちする前に殺させてもらうわ。よこしなさい」

 そう言って、今度は彼女が英雄達に詰め寄ろうとする。彼女は「ヴァンパイアに覚醒する素質を持った人間」に対しては寛容だが、そうでない人間や他のダークネスに対しては、慈悲の心を持たない。ましてや、ヴァンパイア一族にとっての「宿敵」でもある徳川家康の息の根を完全に止めることは、彼女にとっては必要不可欠な「事後処理」であった(一方、もう一人のダークネスであるラブリンスターは「私はどっちでもいいんだけどねぇ」とでも言いたげな表情で静観していた)。
 こうして、再び緊張感が両陣営の間に走ったその次の瞬間、今度は大型車のエンジン音が周囲に響き渡る。どうやら、この場に向かって、また新たな乱入者が近付いてきているらしい。しかも、その音が近付いてくると同時に、奇妙な匂いが周囲に満ち溢れ、その匂いを嗅いだ瑠架の親衛隊の一部が、苦しみ、倒れ始めていく。

「な……、こ、この匂いは……?」

 異変に気付いた瑠架がその匂いと音の発信源を見ると、そこに走り込んできたのは、ヤマト達が乗ってきたのと同規模のミニバスであり、その車両の上に仁王立ちしていたのは、あの宇都宮餃子怪人であった。

「おのれにっくき朱雀門の者共よ、ニンニクの恨みを思い知るギョーザ!」

 そう言いながら、彼はニンニクを朱雀門のヴァンパイア達に向かって投げつける。そのバイオテロ攻撃に怯んだ部下達を横目に見ながら、瑠架は苦悶の表情を浮かべて、口元を袖口で抑えながら叫ぶ。

「お、おのれ、卑劣な! 仕方ない。ひとまず撤退するわよ」

 そう言って、朱雀門達は自らが燃やして作り上げた「山林の道」を通って、その場から撤退する。一方、そのニンニク散布の巻き添えを食らったラブリンスター&LSD108もまた、悲鳴を上げる。

「ちょっと、何よこれ、衣装に匂いがついちゃうじゃない。もう、しょうがない。今日は撤収よ、撤収!」

 そう言って、彼女達もライブ用トレーラーに乗って、その場から去っていく。こうして、戦場に残っていたダークネス達は全て撤退していった。ただ一人、今この場に現れた餃子怪人を除いて。
 さすがに彼の登場までは予想していなかった灼滅者達は再び呆気にとられるが、彼を「上」に乗せたミニバスから降りてきた人物に、再び驚愕する。それは、五十嵐邸で留守番をしていた筈の律子であった。

「須藤さんに、皆さんを迎えに行くように頼まれたんです。皆さんの乗っていたバスは途中で破損する可能性が高いからって。それに、家康との戦いが終わった後、あまりその場に長居すると危険だから、とも言ってました。そしたら、その途中でこの人(?)に会って……」

 そう彼女言って彼女がバスの上を指差すと、餃子怪人がそこから降りて来る。

「俺がお前達の作ってくれた新型餃子の味にひたっている間に、朱雀門の連中が日光街道を駆け抜けて行ったから、残り少ない秘蔵のニンニクを持ってきたギョーザ。俺に新しい世界を見せてくれたお礼に、残ったニンニクもお前達にくれてやるギョーザ」

 そう言って彼がバスの中を指差すと、そこには大量のニンニクが敷き詰められていた。その匂いは、ヴァンパイアではない彼等にとっても、決して心地良いものではない。せっかくバスで迎えに来てくれた律子には悪いが、このバスに乗って帰りたくはない、そんな気持ちが灼滅者達の間で広がっていくことになる。

10.4.5. 奏家の事情

 そんな中、それまでずっと沈黙して状況を静観していた市が、バツが悪そうな顔をしながら、ミラに近付き、目線を軽くそらしながら話しかける。

「ミラ…………、記憶は、戻ったのか?」

 ミラが無言で頷くと、市は一瞬だけ安堵した顔を覗かせたものの、すぐにまた重苦しい表情に戻る。

「残念だが、私はもう、お前に母親と名乗れる資格はない。半年前、お前がクラウスにかどわかされた時、私がすぐに駆けつければ、お前を救うことが出来た。しかし、ちょうどその時、八神オロチの復活を目指すダークネス達との戦いの真っ最中で、私は娘のお前よりも、オロチの復活を止めるための戦いを優先してしまったのだ」

 八神オロチとは「六六六人衆の序列8位」にして、「スサノオの大伯父」であり、「本多五十六の宿敵」に相当するダークネスである。その強すぎる力故に現在は封印されているが、それが開放されれば、今回の家康騒動と同等以上の争乱が引き起こされる可能性が高い。

「母親としての責務よりも、灼滅者としての戦いを優先してしまった以上、もう私のことは母と思わなくてもいい。ただ、来週には新九郎が久しぶりに日本に帰って来る。もし良かったら、アイツと二人で若鯱屋にでも行ってやってくれ。アイツは、お前に会うのを楽しみにしている」

 そう言って、彼女は背を向けて去って行こうとするが、ここでミラが(記憶を失って以来)初めて彼女に対して声をかける。

「お母さん!」

 市はその声を聞くと足を止め、身体を震わせながら、消え入りそうな声で呟く。

「…………すまなかった」

 背を向けたままそう言うのが精一杯の母親に対して、ミラはそのまま語りかける。

「でも、ずっと気にしてくれてたんでしょ?」

 それに対して市が何も言えずに黙っていると、それまでずっと喋りたくてウズウズしていた十六人衆の者達が、一斉に口を開く。

「いや、そりゃもう大変だったんですよ、お嬢」
「お市様、あれから何日もずっと塞ぎ込んじゃって」

 そう言って好き勝手に喋り始める部下達を制して、市は背中を向けたまま、再びミラに問いかける。

「これから先も、武蔵坂にいるつもりか?」

 ミラが即答出来ずにいると、彼女はそのまま語り続ける。

「もし、灼滅者としての力を伸ばしたいなら、今のまま武蔵坂に残るのも良いと思う。ただ、もし、お前がまた再び名古屋で暮らしたいと思ってくれるなら、私達はいつでも待っている」

 そう言われて、ミラは少し躊躇しながらも、今の自分の気持ちを正直に述べる。

「灼滅者として戦うということを、今はもう少し続けたいと思ってる」

 決意に満ちた娘の声を聞き、市は少し複雑な心境を抱きつつも、安堵した表情を浮かべる。

「そうか。じゃあ、とりあえず、若鯱屋には『三人』で予約を入れておくな」

 そう言って、名古屋の女帝は再び名古屋十六人衆と共に守山空の飛行機に乗り込み、日光を後にした。この半年間、自分自身を苦しめ続けていた苦悩から開放された彼女は、そのまま機内で静かに仮眠を取る。その頬に感涙の痕が残っていたことに気付いた十六人衆の者達は、これから先も彼女を全力で支えていこうと、それぞれの胸の中で密かに誓うのであった。

10.4.6. 五十嵐家への帰還

 一方、その頃、安倍晴明を連れたまま本殿(跡地)から離れていた政次の傍らで、「彼女達」が姿を現す。

「あのー、私、仕事してないんだけどさ……」
「それを言ったら、私も何もしてないんですけど……」

 そう、ずっと姿を消したまま、いざという時に彼等を回復させるために待機していた花之と由奈である。結局、想定外の乱入者達に助けられたこともあり、彼女達に出番が回ってくる前に戦いが終わってしまったのであるが、彼女達は家康消滅の後も律儀にずっと彼の側に付いていたらしい。

「……いや、まぁ、いてくれただけでも安心感はあった訳だから」

 そう言われて、由奈は少し照れながらも嬉しそうな表情を見せる。確かに、決戦の最中においては、いざとなったら彼女の回復能力を発動すればいい、という「切り札」が残されていたからこそ、安心して強気で攻めることが出来た側面はある。もっとも、実は戦いが終わった後は彼女達の存在自体をすっかり忘れていたのだが、さすがにそのことは口が裂けても言えない彼であった。

「とりあえず、最後に一仕事させてもらえないかな?」
「一仕事?」
「私、まだ今日の分のテレポート能力が残ってるんだよね」

 つまり、彼女の力を使えば、一瞬にして全員が五十嵐邸に帰れる、ということである。確かに、その方法を用いれば、瑠架からもラブリンスターからも一瞬で逃げることが出来る(この時点で政次は、既にこの二人が去っていたことをまだ知らない)。これは妙案と考えた彼は、ようやく現場に戻る決心をするのだが、その過程で、安倍晴明の身体から、少しずつ「質量」が感じられなくなっていることに気付く。

「んー、もうそろそろ、潮時かな……。もうしばらく、留まろうと思えば留まれるけど、もうこの時代での僕の役目は終わったみたいやし」

 晴明はそう呟きつつ、やがて三女帝(&その一団)が去った後の灼滅者達に合流すると、彼はヤマトに別れを告げる。

「楽しかったで、ヤマト君。次に僕が呼ばれるのは、また数百年後かもしれへんけど、もし、その時に君がノーライフキングになっとったら、また会おうな」

 最後の最後までフリーダムな姿勢を貫き通したまま、彼の姿は少しずつ消えていこうとするが、その彼に向かって英雄が問いかける。

「待ってくれ、晴明殿。星見殿とは一体……?」
「あぁ、そのことやったら、本人に聞けばええと思うよ。ほな、またね」

 そう言って、彼は姿を消していく。政次としては、どうやって英雄からその記憶を消せば良いものかが悩みどころであったが、何はともあれ、こうして家康復活を巡る一連の戦いは、ひとまず幕を閉じることになったのである。

10.4.7. 五十嵐家への帰還

 そして、花之の希望通り、彼女のテレポート能力を用いて、皆で揃って五十嵐邸へと帰還するという方針で、武蔵坂&若本連合軍は合意する。その背景には当然、「東京までニンニク臭漂うバスの車内にはいたくない」という皆の本音があったことは言うまでもない。その一方で、律子は「じゃあ、私は何のためにバスを運んできたの……?」という気持ちにさせられたのもまた事実ではあるが、結果的に彼女が餃子怪人を連れて来たお陰で朱雀門の面々を退散させた訳だから、決して無意味であった訳ではない。
 一方、知多娘の面々は、常滑セラが召還した飛行機に乗って、自力で地元へと帰還することになる。

「またいつでも、知多半島に遊びに来てね」
「今度は、本当に美味しいチョコレートケーキを作って待ってるよ」

 そう言って知多娘達が夜空に消えていく一方で、餃子怪人もまた、本拠地である宇都宮への帰還を宣言する。

「次に会った時は更に改良を加えて、より完璧な『ニンニクなし餃子』を披露してやるギョーザ」

 くれぐれも忘れてはならないが、(ご当地ヒロインに戻った知多娘達とは異なり)彼はあくまでダークネスである。灼滅者としては、絶対に駆逐しなければならない存在である。しかし、今この瞬間だけは、彼の乱入に感謝しつつ、意気揚々と去っていくのを見送る灼滅者達であった。

「では、私達も帰ろう。私達の居場所へ」

 英雄がそう言うと、武蔵坂&若本の面々はバスの周囲に集まり、そして花之が懐から取り出した魔法のステッキで、いつも以上に巨大な円を描きつつ呪文を唱えた結果、彼等はバスごと五十嵐邸の駐車場へと瞬間転移する。
 そして、さすがにその異変に気付いた五十嵐邸のガードマン達がざわついていると、姫子とまりんが家から飛び出してくる。

「『ただいま』だ、姫子」

 透を背負ったまま英雄が姫子にそう告げると、彼女も満面の笑みで出迎える。

「無事に戻ってきてくれて、本当に、ありがとうございます」

 一方、まりんは少しバツが悪そうな顔で政次を出迎える。

「ごめんなさい。私、あなたも騙すことになっちゃった。あなたに言ったことが全てじゃないの」

 つまり、実は彼女はお市や朱雀門の参戦まで予見していたらしい。だが、援軍を期待しているような気配を感じ取られると、敵が対策を取るかもしれないと考え、政次に対しても、あえて全ての情報は伝えなかったらしい。しかし、結果的にそれが功を奏した以上、政次も彼女を責めるつもりは、毛頭なかった。
 ただ、実はそんな彼女の中でも、一人だけ、参戦を予見出来なかった人物がいる。しかし、その人物のことは、今この場にいる人々全員の記憶から消え落ちていた。今はただ、全員が無事に帰還出来たことの喜びを噛み締めつつ、静かにこの日の夜は更けていったのである。

10.4.8. 残されし者

 一方、その頃、ただ一人、土下座状態で眠ったまま日光東照宮(の跡地)に放置されていたニトロは、11月末の夜風のあまりの寒さに目を覚ます。

「はっ、ここは一体……?」

 彼女の記憶では、彼女はヤマトに最後の忠告を伝えた後、いつも通りに帰宅し、いつも通りに就寝していた筈である。しかし、今、彼女の目の前にあるのは、月明かりに照らされた砂利道と、何らかの木造建築が立っていたと思しき謎の建物跡だけである。

「もしやこれは、宇宙人の仕業? てか、ここって、そもそも地球? もしかして私、異世界に飛ばされてしまったの?」

 錯乱した状態のまま、喜々とした表情で辺り一面の写真を撮りまくる彼女であったが、やがてその近くに漂うニンニクの匂いに耐えきれなくなり、境内の外へと避難する。その後、ここが日光東照宮(があった場所)であることを理解した彼女は、その建物消失の原因が「マヤ文明の末裔である宇宙人の陰謀」であるという論文を数日後にネット上で発表することになるが、バベルの鎖の力により、「放火による全建物の消失」という報道が広まり、その犯人も分からぬまま、やがて日光東照宮という世界遺産が存在していたという事実そのものが、人々の心の中から消えていくことになるのであった。

10.5.1. 女子寮の朝

 日光東照宮の決戦から数日が経ち、五十嵐邸に下宿していた人々も順次それぞれの家へと帰還したことで、徐々に彼女達にとっての「本来の日常」が戻りつつあった。
 そんなある日の早朝、体力作りのために始めた日課のジョギングを終えて女子寮へと帰ってきた観澄りんねは、自分と奏ミラの部屋のポストの前で、高等部の女子制服を着た一人の長身の女性が立っているのを見かける。

「帝先輩…………、ですよね?」

 りんねにそう言われると、その女性はビクッと反応して、手に持ってた手紙を思わず隠そうとする。

「やっぱり、帝先輩じゃないですか。どうしたんですか、そんな格好で」
「あ、いや、その、これをミラ君に届けようと思ってさ……。さすがに、男子制服のままだと、ここには入れないから……」

 どうやら彼女は「自分の本来の性別」の制服を着ている姿を見られることに馴れていないようで、いつもの堂々とした雰囲気とは対照的に、明らかに動揺した表情を浮かべる。

「あ、じゃあ、とりあえず、これを、ミラ君に渡しておいてくれ」

 そう言って、彼女はりんねに手紙を渡すと、そのまま俯きながら走り去っていく。そして、そんな彼女と入れ違いに、別の高等部の先輩がりんねの前に現れた。

「あれ? 今の、西園寺さんですか?」

 りんねにそう尋ねたのは、豊川いなりである。武蔵坂に来た直後は五十嵐邸に居候していた彼女であるが、この度、彼女達三人も、りんね達と同じ女子寮に引っ越すことになったのである。そして、そんな彼女の手にも一通の手紙があった。

「うん、なんか、ミラに用事があったみたい。てか、もしかして、あなたも?」
「えぇ。私の『教え子』が、ミラさんにどうしても伝えたいことがあるから、この手紙を届けて欲しいって」

 「教え子」と言われた時点で、りんねはすぐに察しがついた。そもそも、別に家庭教師をしている訳でもない彼女が「教え子」と呼べる人物は、そう何人もいない。

「そっかぁ。いや、実は私も、さっきの帝先輩とはまた別にもう一通、とある後輩からも手紙を預かっててさ、ミラ宛の」

 そう言いながら、りんねもまた鞄から新たな手紙を取り出す。その差出人は、この戦いの初期の頃から関わってきた、ミラとは「闇堕ち検診仲間」の関係にある中学生男子灼滅者であった。

「入口で、どうしていいか分からない表情でウロウロしてたから、気になって声をかけたら、託されちゃったのよ、この手紙。全く、どうしてミラばかりが、こうもモテるんだかねぇ」

 自分に託された二通の手紙を見比べながら、りんねは溜め息をつく。実際のところ、りんねも決してモテない訳ではなく、彼女にも隠れファンは大勢いる。しかし、その大半は「付き合うとめんどくさそう」という理由から、彼女にアプローチしようとはしない。もっとも、芸能人を目指す彼女にとっては、それはある意味で、理想的な状況でもある。

「さて、ミラさんは、誰を選ぶんでしょうね。私は当然、俊一君を応援しますけど」
「んー、私だったら、翔くんにするかな。彼、真面目そうだし、なんか尽くしてくれそうだよね」

 最初は名前を伏せようと思っていた二人であるが、無意識のうちにあっさりと差出人の正体をバラしてしまっている。まぁ、別にバラさなくても、実質的には最初からバレバレではあったのだが。
 そんな井戸端会議を交わしながら二人がミラ宛のポストを開くと、その中に既に一通、別の手紙が入っていることに気付く。

「あら、もう先約がいたか。全く、なんでこうもミラばっかり……」

 りんねは改めてそう呟きながら、いなりが持参した手紙を含めた三通をポストに入れる。

「ところで、あなたはどうなの? 教え子の応援もいいけど、こっちに転校してきてから、誰かイイ人とか見つけた?」

 自分のことは棚に上げて、りんねはいなりにそう問いかける。ちなみに、学年的にはいなりの方が二つ上なのだが、年齢の割に童顔なこともあり、りんねは同い年くらいだと思い込んでいるようである。

「私は、神に仕える身ですから、そのようなことは……」
「あれ? 『御仏』じゃないの?」

 そんなりんねのツッコミに少しイラッとしながらも、既に(地下アイドルとはいえ)芸能人としてデビューしているいなりは、あっさりと切り返す。

「私達にとっては、『ファンの皆様』が神様ですから」

10.5.2. 恋文

 それから約30分後、何も知らずに目を覚ましたミラは、自分宛に届けられた四通の手紙を目の当たりにする。

「ミラ、先日は、戦いの途中で何も言わずに去ってしまって、すまなかった。あの時、私は久しぶりに全力で本気を出して戦った。あの状態の私では、お前の前に立った時に、お前を勢いで殺しかねない。それが怖くなって、私はその場から立ち去ったのだ。そして、あの戦いを通じて、改めて分かった。やはり私には、お前が必要だ。お前のいない日々など、もう耐えられん。淫魔の私が、ここまで一人の女性に惹かれたのは初めてだ。今のお前の美しさは、お市の若い頃をも遥かに凌ぐ。その魅惑的な瞳は、誰にも渡したくない。お前にふさわしい男は、この私しかいない。お前の姿も、声も、私の傍らでこそ最高の輝きを放つ。お前が望むなら、この世界の全てをお前にやろう。お前が望むなら、私の親衛隊など全て解散して、『お前一人のための私』になっても構わない。今夜8時、リヒテンラーデの跡地で、待っている。今度こそ、二人で永遠の時を生きよう」

「ミラ先輩、お疲れさまでした。無事に帰って来れて、本当に嬉しかったです。あの時、俺が早々と先輩達の本隊から離れたのは、先輩が戦って傷付く姿を見たくなかったからです。その姿を見たら、俺、動揺して我を忘れてしまいそうで。でも、その後で、すごく後悔しました。なんで、一番近くで守り続けようと思わなかったんだろう、って。だから、俺、もう後悔はしたくないです。これからは、ずっと俺の近くにいて下さい。俺が一生、守り続けます。あの淫魔からも、闇堕ちからも。先輩の人生、俺に預けてくれるなら、今夜8時、学園の正門の前に来て下さい」

「ミラ、お疲れ様。任務とはいえ、君の歌声を聴かせてもらえて、本当に嬉しかった。でも、もうこれから先は、君と会うことが出来ないと思うと、心にぽっかりと穴が空いたようだ。出来ることなら、これから先も君のことを『特別な存在』と思い続けていきたい。もちろん、作曲家として、君の歌声をこれからもプロデュースしていきたいという気持ちもある。でも、それだけじゃなくて、一人の人間として、一人の男として、僕を、君の中の『特別な存在』にしてくれないかな。今の僕では頼りないかもしれないけど、でも、いつか必ず、君にふさわしい男になってみせる。もし、僕の背丈が君を追い越すまで、誰の物にもならずに待っていてくれるなら、今夜8時、学校の裏門の前に来てくれないかな」

「ミラ君、前に僕と約束したこと、覚えているかい? この戦いが終わったら、演劇部に入ってくれる、という話のことを。今更、こんなことを言うのはどうかと思うけど、もし、君が本心では乗り気でないなら、無理に入ってもらわなくてもいいよ。というか、むしろ今、僕の中では、あまり君の美しさを人前に晒したくない、というエゴの方が強くなりつつある。君の美しさが加われば、僕達の演劇のクォリティは数段レベルアップすることになるだろう。でも、正直、今の僕は、演劇部の成功よりも、君を僕一人のものにしたい、という気持ちの方が、強くなりつつあるんだ。まったく、部長失格だよね、これじゃあ。僕の身体は女性だけど、心は、どんな男性よりも男性らしくあり続けようと思っている。どんな男性よりも、僕は君を幸せにすることが出来る自信がある。僕を信じてくれるなら、今夜8時、演劇部の部室前に来て欲しい。僕の本気を、君に伝えたい」

 何も知らないフリをして隣で眺めるりんねを横目に、ミラはしばらく考え込んだ後、自分の中での「けじめ」をつけるために、一つの決断を下すのであった。

10.5.3. ヤマトタケルの事情

 一方、その頃、神代ヤマトが、休職期間を終えて職場復帰を果たした父・タケルと共に学校に行こうとすると、彼等の家の前で、山口さゆりが、(義理の)娘・淳子を連れて待っていた。

「その節は、ウチの淳子がお世話になりました。実は私、武蔵坂の購買で働くことになり、教員用の社宅も貰えることになったので、これからはそこで、この子と一緒に暮らすことにしようと思います」

 そう言って彼女が頭を下げていると、話し声に気付いたミコトが、家から出て来る。

「あら、あなたが、さゆりさんですか。はじめまして。お綺麗ですね、昌子さんに似て」

 そう言いながら、夫・タケルをチラッと見ると、その視線に気付いたタケルが(何もやましいことはない筈なのに)なぜか動揺する。そう、ようやくミコトも気付いたのである。妻として警戒すべきは、既に他界した昌子ではなく、彼女の面影を残した若い未婚女性の彼女であるということに。仮に、今の時点でこの二人の間に何もやましいことが無かったとしても(実際、何もないのだが)、この二人はこれから同じ職場で働くことになる以上、軽く釘を刺しておいた方がいいと思うのも、別段不自然なことではない。というか、それくらいの嫉妬心を抱く程度の方が、むしろ夫婦関係としては円満なのかもしれない。
 そんな彼女の内心には全く気付くこともなく、さゆりは素直にヤマトに語りかける。

「ということで、ヤマト君、これからは私は学食のオバちゃんだから、いつでも買いに来てね。いつぞやのお礼に、色々とサービスしてあげるから」
「じゃあ、今度、スサノオお兄ちゃんと一緒に、揚げパン買いに行くね」

 そんな会話を交わしつつ、四人は揃って学校へと向かう。ちなみに、実際にはさゆりの赴任後、学食は連日男子生徒によって大混雑となり、小学生が気軽に買いに行ける状況ではなくなってしまうのだが、この時点での彼等は、そんなことを知る由もない。
 そして、そんな彼等の登校途中に、またしても偶然を装って、一輪バイクに乗った田原みなとが現れる。

「あ、ヤマトくん、おっはよー…………、って、え? 誰、その綺麗な人……?」

 みなとが、そう言いながらさゆりに目を向けると、淳子が事情を説明する。

「わ、私の……、お母さん…………、です」

 厳密に言えば「血縁上の母」ではないし、「血縁上の母」は今も彼女の背後で見守っているのだが、それでも、彼女にとってはさゆりもまた「母」であることは違いないし、昌子も彼女がそう言ってさゆりを紹介するのを(淳子以外には見えない状態だが)笑顔で見つめていた。

「あ、淳子ちゃんのお母さん……。へぇ、そうなんだぁ……」

 そう言いながら「淳子」と「さゆり」を見比べ、淳子の成長後の姿を想像したみなとは、淳子に対して真顔で訴えかける。

「あのね、淳子ちゃん、こないだ私、小学校制服の力で18歳の姿になったけど、あれ、すっっっっっっっごく疲れるから、やめた方がいいよ。身体にも悪いらしいし」

 みなともグイグイKY娘のように見えて、ちゃんとヤマトの周囲の状況は把握している。現時点で、彼と一番親しい関係にあるのは、間違いなく淳子である。その淳子が「さゆりのような姿」へと成長した姿をヤマトに見せつけるような事態が発生したら…………、ただでさえ学年的に不利な自分が、更に厳しい立場に追い込まれることは想像に難くない。

「淳子ちゃんの18歳の姿も見てみたいけどなぁ」

 ヤマトがそう呟くのを聞いて、微妙にヤブヘビになったような気がしたみなとだが、ここで主張を曲げる訳にはいかない。

「いや、あれ、ホントに辛いから。ヤマト君も、女の子に気軽にそんなこと言っちゃダメよ」

 真剣な眼差しでそう力説する彼女を目の当たりにして、ヤマトは素直に黙り込む。そして(ヤマト同様)基本的には「あまり人を疑わない性格」のタケルもその言葉を真面目に受け取り、学園付属の研究機関に女子制服の改善要求を出す必要があるかと真剣に考え始める。
 そんなこんなで、宿敵・徳川家康を退け、ようやく安眠出来る環境を取り戻した神代家の男性陣であったが、彼等を巡る女性達の物語は、まだまだ終わりそうにないのであった。

10.5.4. 女子校気質

 そんなヤマト達の微笑ましい(?)光景を、少し離れたところから遠目で見ている二人の少女の姿があった。

「モテモテですね、ヤマトくん」

 そう呟いたのは、彼の遠縁の親戚・谷山那月である。彼女は今日もタケルの事後診療のために神代家を訪れた後、彼等よりも一足先に家を出ていたのだが、玄関前で出待ちしている淳子とさゆりに興味を抱き、少し離れたところから彼等が出てくるのを待ち、そのまま尾行していたのである。

「あの歳で色恋沙汰に夢中になるなんて、ろくな女にならないわよ、あの子達」

 那月の傍らで、登校途中で偶然彼女と遭遇した下野唯がそう語る。

「唯ちゃんは、ウチに来る前から女子校だったんですよね。まだ、男の人には興味を持てないですか?」
「そうね。正直、何が良いんだか全然分からないわ。ましてや、他の人と争ってまで一人の男を奪い合うなんて、ホント、理解不能よ」

 呆れた表情を浮かべながら、唯はそう言い放つ。実際、小学校から女子校育ちの彼女は、そもそも「同世代の男子」という存在自体に対して、あまり具体的なイメージがない。

「こないだ、武蔵坂の男子生徒の人達とも一緒に戦いましたけど、誰か『いいな』と思える人とか、いなかったんですか?」
「いる訳ないじゃない。てか、私達は芸能科にいるんだから、そもそも恋愛は御法度でしょ」
「いえいえ、学園長も言ってましたけど、片想いならいいんですよ。むしろ、『異性を愛しく想う心』は、芸能人として豊かな表現力を身につける上での必須条件とも言われてますしね」

 そう言いつつ、実は那月も、今現在、これと言って意中の男性がいる訳でもない。というか、彼女もまた、同世代の男性相手にはまともに話せないタイプの、典型的な女子校気質の少女である。そんな彼女にとって、数少ない「ステキな男性」と思える存在が、ここ数日、彼女が治療を続けた「遠い親戚のおじさま」だったりするのだが、さすがに親族会議にかかるような不義を犯そうという気は毛頭ない。

「表現力、ねぇ……。もしかして、私がミラに負けてる部分って、そこ? あの子、ああ見えて、実はもう誰かとそういう関係になってたりするの?」

 そう言われても、ミラのことなど何も知らない那月としては答え様がない。ただ、ミラ自身の気持ちはともかく、ミラが既に泥沼の色恋沙汰の中心にいることは紛れも無い事実なのだが、そんなことまで唯が知る筈もなかった。

「そう言えば、あの二人、どうするつもりなんだろうなぁ。家の事情とか何とか言ってたけど、どうも今は、本人達の方が乗り気になってるように見えるし、心配だわ」

 唯はそう呟きながら、今この場にいない二人の「高等部の先輩」のことを思い浮かべる。

「さぁ? でも、あの人と出会ってから、二人とも、前より生き生きとしている気がしますよ」

 那月はそう言うが、それが本当に「あの人」と出会ったことが原因なのか、それとも闇堕ちから開放されたことの方が主因なのかは分からない。ただ、いずれにせよ、その二人は「あの人」に対して、一種特別な感情を抱きつつあるように見える、というのが、彼女達の共通見解であった。

10.5.5. 両手に妹

 同じ頃、別の登校ルートでは、政次がいつも通りに、まりんと二人で登校していた。

「あのさ、こないだ、戦いが終わった後で何人かの人に聞いたんだけど……、ラブリンスターが今の『あの身体』を手に入れたのって、闇堕ちした後らしいわね」

 なぜか、少し恥ずかしそうな口調でまりんがそう尋ねる。

「あぁ、うん、そうらしいな……」

 一応、まりんには事情を話している以上、この件について隠し立てするつもりはない。しかし、生前の彼女の『身体』がどうだったのかまで政次が知る筈がない以上、それは晴明の言葉を信じるしかない。

「ってことはさ、その、闇堕ちすると、あーゆー身体になれたりするのかな……。てか、エクスブレインが闇堕ちすることって、出来るのかな……」

 突然、まりんが訳の分からないことを言い出したことに驚く政次であったが、すぐにまりんが慌てて自分の発言を撤回する。

「あ、いや、冗談よ、冗談に決まってるでしょ」

 そう言って笑う彼女ではあったが、なんとなく気まずい空気が二人の間に流れる。そんな中、彼等の進む道の先の曲がり角で、どうやら政次を待ち伏せていたらしい平野由奈が、モジモジと彼の方を見ているのが視界に入った。その傍らには、親友の寺島音羽の姿もある。

「まさ兄様、あの、その……」

 話しかけようとするも、赤面したまま言葉が続かない彼女に変わって、音羽が彼女の気持ちを代弁する。

「由奈がね、久しぶりにお兄さんと食事に行きたいって言ってるんだけど……、そっちの彼女さん的には、大丈夫?」

 唐突に問いかけられたまりんは、明らかに挙動不審なリアクションで狼狽する。

「い、いや、別に、私、そんな、彼女とかじゃないから、いいのよ、その、別に、誰と食事に行っても。私なんかよりも、やっぱり、その『本当の妹』に近い人の方が…………」

 まりんは、政次が自分のことを「妹分」として見ていることは知っている。そして、由奈が彼にとって、「まりんと出会う以前からの妹分」であることも知っている。彼の中で由奈に対して恋愛感情があろうと無かろうと、既に自分だけが彼にとっての「特別な存在」ではなくなってることは、まりん自身も自覚していた。

「あー、うん、まぁ、別に、食事に行きたいってんなら、行くのは構わないんだけど……」

 なんとなく、更に気まずい空気が漂っている中、そんな淀んだ空気など一瞬で吹き飛ばすほどの圧倒的な存在感を漂わせた「二人の少女」が、道の両側からほぼ同時に現れる。

「ようやく名前を知ることが出来たわ。あなた、『平福政次』っていうのね」

 そう言って、朱雀門高校の入学案内を手にしたヴァンパイアの少女(年齢不詳)が一人。

「あ、とりあえず、これ、ウチの契約書なんだけど」

 そう言って、芸能事務所の契約書を手にした淫魔の少女(推定300歳以上)が一人。

「……………………よし、とりあえず、逃げるぞ!」

 そう言って、右手でまりん、左手で由奈の手を握り、彼女達を連れて一目散に走り去っていくダンピール(高校一年生)が一人。
 そんなこんなで、よく事態が分からないまま、なりゆきで彼女達と共にその場から逃げ去ることになった音羽は、三者三様に赤面しながら全力疾走するその姿を見ながら、「やれやれ」と溜め息をこぼす。とりあえず、この問題に決着については、当面は「先送り」を余儀なくされたことを理解しつつ、最終的に政次がどんな決断を下そうとも、自分だけは由奈の味方であり続けようと、改めて心に誓う彼女であった。

10.5.6. 青春気分

「青春ね……」

 少し離れたところから、偶然、その逃亡劇の光景を目撃した桂木律子は、溜め息まじりにそう呟く。青春真っ盛りの彼等の姿を見ながら、改めて自分の学生時代を思い返してみると、自分にも密かに想いを寄せていた先輩がいたが、全く何も言い出せないまま卒業式を迎えてしまった、そんな苦い記憶が呼び起こされてくる。そして、照れた顔で全力疾走する政次の横顔を思い返しながら、彼女はあることに気がついた。

「あ、そうか。彼、ちょっとだけ、あの先輩に似てるんだ」

 教師として、一瞬だけ生徒に対して特別な想いを抱きかけたその原因がはっきりして、逆に彼女はすっきりした気分になる。そう、自分は決して、教え子に手を出すようなふしだらな教師ではない。ただ、消化しきれなかった昔の想い出を彼に重ね合わせていただけなのだ。そう自分に言い聞かせていたその時、彼女の目の前に、彼女の授業を選択している二人の男子生徒が現れる。

「先生、こないだのラテンバンドの話、考えてくれましたか?」
「参加してくれますよね? 僕の新プロジェクトに」

 そう言って彼女に迫ってきたのは、演劇部の人気部員・浅美博之と高倉大介である。(武林歌劇団の時の一件からも分かる通り)もともと学外への進出志向の強い彼等は、実は演劇部とは別に、独自の音楽活動を学外で展開している。博之はインディーズのラテン系バンドのボーカルを務め、大介は様々なテクノ系ミュージシャン達に楽曲を提供しているのだが、今回の一件で律子の「本気の歌唱力」を目の当たりにした彼等は、ぜひとも彼女の歌声を自分達の活動に取り入れたいと考えていたのである。

「俺と先生の男女ツインボーカルなら、絶対に相性も最高です。先生のソウルと俺のファンクが溶け合えば、きっと最高にグルーヴィーなサウンドが生まれますよ」
「いやいや、先生の歌声は、僕の作る楽曲にこそふさわしいですよ。先生のエモーショナルな歌声と僕の近未来的なテクノポップの組み合わせで、この国の音楽シーンに革命を起こしましょう」

 実際には、二人ともそれだけではなく、個人的なレベルでも彼女と親しくなりたいという下心があったのも事実ではあるが(そして、そのことは律子自身も感じ取っていたが)、彼等は色事師である以前に「表現者」であり、彼女の音楽的才能(とヴィジュアル面でのスター性)そのものに強い魅力を感じていることも嘘ではない。高等部でも有数の美男子二人に言い寄られた律子は、少し動揺しながらも、前々から思っていた素朴な疑問を彼等にぶつけてみる。

「西園寺さんじゃ、ダメなの?」

 そう言われると、二人とも一瞬、言葉に詰まり、そして互いに顔を見合わせ、苦笑しながら話し始める。

「部長はなぁ……。やっぱり、『女装』して歌うことに抵抗があるみたいです。あんなに美人なのに、勿体無いですけどね」
「正直、僕も部長のことを『女性』としてプロデュースする気にはなれないんですよ。本人も望んでないでしょうし」

 そうは言いつつも、実はこの二人は今回の一連の事件が起こる前から、帝が女性であることには薄々気付いていた。だが、彼等にとって帝はあくまで「女性」である以前に「仲間」であり、その「仲間」が「男性」として生きたいと願っている以上、その意志を尊重したいというのが二人の共通見解だった。
 ただ、それでも博之だけは、どうやらそれとは別に「男性」としての本音も持ち合わせているようである。

「それに、あんまり部長と一緒にいる時間が長くなりすぎると……、なんか俺、ちょっと倒錯的な気分になってきちゃいそうな気がするんですよね。だから、学校の外でまで部長と一緒にいるのは、どうしても抵抗があるというか……」
「いや、それは別に、倒錯ではないんじゃない? てか、そういう気持ちがあるなら、別にそっち方面に素直になってもいい気がするけどな。性別なんて、そう大した問題じゃないし」
「お前なぁ、そう気軽に言うなよ……」

 そんな二人のやり取りをみながら、改めて「若いなぁ」と思いつつ、そんな彼等に交わることで、自分が少しでも若さを取り戻せるなら、ちょっとくらい、冒険してみるのも悪くはない、という気分が、彼女の中で芽生えてきた。個別の生徒と必要以上に親しくなるのが好ましくないことは分かっているし、そもそも教員が「副業」を増やしすぎるのも問題だとは想うのだが、それでも、彼等と触れ合うことで「新しい自分」が生まれる可能性に、少しだけ期待してみたくなったのである。

「じゃあ、とりあえず、やってみようかな、両方共」

 彼女がそう言うと、二人のスカウトマンは満面の笑みでハイタッチを交わす。二人で彼女を奪い合っているように見えつつも、結局、本心ではお互いに相手の音楽活動の成功を願っている、そんな二人の関係を察して「いいなぁ、男の子は」となどと内心思いつつ、もう一度、彼等と一緒に青春気分を味わわせてもらえそうなこの展開に、どこか夢見心地の彼女であった。

10.5.7. 「鬼」の血脈

 さて、その日の放課後、スサノオ・ビヨンドルメーソンは、幼馴染みの倉槌緋那によって、武蔵坂学園の近くの公園に呼び出されていた。彼が素直にその場に行ってみると、緋那の傍らに姉の葉那も付き添っている。
 緋那はスサノオの到着を確認すると、少し照れた表情を浮かべつつ、葉那にせかされながら、ボソボソと話し始める。

「今回の件では……、その、アンタも色々大変だっただろうから…………、だから、私が労ってやろうと思って、アンタの好きそうな……」

 そう言いながら、彼女がスカートのポケットからチケットのようなものを取り出そうとすると、突然、その場に中等部の少女が乱入してきた。豊橋うずらである。

「あ、いたいた。スサノオ君。あのさ、こないだの農家巡りのお礼をしたいんだけど、白玉ぜんざいとか、好き? ウチの豊橋の実家の近所に美味しい店があって、その近くには豊橋カレーうどんの名店もあるんだけど、もし良かったらなんだけど、週末にウチに来ない?」

 突然の彼女からの遠出の誘いに対して、スサノオは素直に興味を抱くが、「週末」という単語を聞いて、緋那はピクッと反応し、慌ててチケットをしまう。実は、緋那はスサノオが興味を持ちそうな「世界の刀剣展示会」に誘うつもりだったのだが、その入場券がまさにその今週末限定だったのである。緋那に「スサノオと二人っきりだとデートみたいになって気まずいから、一緒ついてきて」と言われて駆り出された葉那は「ちょっと、アンタ、早く行きなさいよ」と煽るが、さすがにこのタイミングだと、切り出しにくい。
 そんな中、意外な人物が突然、その場に現れる。

「あ、そういうコトなら、私もついてっていい?」

 スイーツ大好き少女・覇狼院花之である。実は彼女は、スサノオが緋那に呼び出されたと聞いて、これは何か面白い展開になるのではないかと耳年増根性で野次馬に来たのだが、彼女にとって「もっと面白そうな話」が出てきてしまったので、思わず姿を現さざるを得なくなったのである。
 突然の彼女の出現に周囲が驚いていると、更にそこに「5人目の少女」登場する。スサノオのまたいとこ・宮野朱鷺であった。

「スサノオ殿、五十嵐先輩から通達です。こちらに、五十六の気配があると」

 そう言われて、周囲の者達の空気が凍り付くと同時に、まさにその本多五十六が姿を現す。ただし、吉良荘や東照宮で見せたあの「本気モード」ではなく、新幹線でスサノオと初めて会った時のような、丸腰・着流しの状態である。

「よぉ、こないだは頑張ったな、坊主。あれから色々考えたんだが、お前を殺すのは、あと数年待つことにした。よくよく考えてみたら、お前の血統を一代で殺すのは惜しい。だから、まず、子を作れ」

 突然現れて、いきなり意味不明なことを言い出したこの男に対して、スサノオと五人の少女達は、ただひたすら呆気にとられる。

「そうすれば、お前を殺した後、今度はその子供達がお前の仇を取るために俺を襲ってくるだろう? そうなれば、お前の子供達を殺せる、という楽しみも増える訳だ」
「そ、そりゃあ、そうなるだろうけど…………」

 あまりに身勝手な理屈に、スサノオはどうリアクションすれば良いのか分からない。ちなみに、小学四年生のスサノオが「子を作る」という言葉の意味をどれくらい理解しているのかは不明である。

「だから、お前を闇堕ちさせるのは、お前が子を作った後だ。それまでは、誰にもお前を殺させないし、お前が闇堕ちするのも全力で阻止する。ダークネスになってしまったら、もう子供は作れないからな」

 確かに、筋は通っている。通ってはいるが、あまりにも自分の欲望に忠実すぎる筋である。つまり、彼にとっては、スサノオは家畜や競走馬と同じ扱いなのである。人間のことをそのように位置付ける考え方自体はダークネスとしては珍しくないが、問題は、本人を目の前にして「この俺を楽しませるために子を作れ」と小学生に向かって言い放つ、この男の荒唐無稽な発想力である。

「酒呑童子やオロチに近付けるには、母親は殺人鬼か神薙使いが望ましい。だが、あえて他の血統と混ぜるのも面白い。ご当地ヒーローでも、ファイアブラッドでも、ダンピールでも、色々な配合を考えただけで、夢が広がる。いっそのこと、都市伝説でも構わんぞ」
「ちょ……、ちょっと、一体、何の話?」

 ダビスタ感覚で自分の妄想を垂れ流すおっさんに対して、いよいよ頭がついていけなくなったスサノオが困惑していると、そこに緋那が割って入る。

「ちょっと、アンタ、この子に変なコト吹き込まないでよ!」

 「スサノオの保護者」として当然の反応である。しかし、その傍らで、本来は彼女と同様に「スサノオの保護者」となるべき立場である筈の朱鷺は、真剣な表情で五十六の言葉に聞き入っていた。

「なるほど。確かに、私では無理でも、スサノオ殿との間に子を為せば、あるいはイケるかもしれませんね……」

 五十六を殺すことを生涯の目標として掲げつつも、自分にはその才能が無いと宣告されている朱鷺には、その宿敵である五十六のこの提案が、逆に一筋の光明に思えてきたのである。どうやら、これまで五十六への復讐心だけを原動力に生きてきた彼女には、一般的な中学生女子が抱くような恋愛感情や貞操観念が欠如しているらしい。
 一方で、彼女以上に色々なものが欠如している花之もまた、困惑しながらも五十六の提案について真剣に考えていた。

「私、そもそも子供作れるのかな? 今まで考えたことなかったけど…………、試してみる?」

 そう言って、色気も恥じらいも何も感じさせない淡々としたトーンでスサノオに問いかけるが、スサノオとしては、そう言われてもどう返せば良いのか、さっぱり分からない。
 そんな彼女達とは対照的に、最も動揺&赤面していたのは、うずらである。

「いや、ちょ、ちょっと待って。私、あと五年くらいはアイドルやりたいから、その後にしてくれるかな、そういうことは……」

 一見するとまともな反応のようにも聞こえるが、将来的にスサノオ相手に子を作るという可能性までは否定していないことに気付いた緋那は、いずれ彼女にその真意を問い質す必要があると確信する。
 こうして、ただひたすらにその場が混乱した状況で、おそらく殆ど何も理解出来ないまま困惑の表情を浮かべていたスサノオ本人に対して、一人落ち着いた表情でその光景を見守っていた葉那が、ゆっくりと近付く。

「いいのよ、まだそこまで焦らなくても。そのうち、あなた自身が自然と誰かを選ぶことになるから」

 そう言って彼女はニッコリと微笑み、自分の胸元程度の身長のスサノオをぎゅっと抱きしめる。

「ちょ…………、ちょっとちょっと、姉さん!?」

 過去最大級の狼狽した表情で慌てふためく妹に対して、姉はイタズラっぽい笑みを浮かべながら、「返してほしかったら、ちゃんと言いたいことは言いなさい」と目で訴える。
 そんなスサノオを取り巻く光景を眺めつつ、五十六は満足気な表情を浮かべてその場を去って行こうとする。

「じゃあな、小僧。楽しみにしているぞ」

 しかし、そんな彼を、葉那の豊満な胸圧から慌てて脱出したスサノオが呼び止めた。

「ちょっと待って。僕を闇堕ちさせないってことは、僕をずっと監視するってこと? それって、ストーカーじゃないの?」
「お前……、今まで、自分が誰からも監視されずに生きてきたと思っていたのか? なぜ、俺がお前のことを、お前以上に知っていたと思っている?」

 つまり、五十六によるストーキング行為は、これまでもずっと続けられていた、ということである。それが果たして、いつから始まっていたのかは分からない。ただ、自分がこのダークネスによって今まで「生かされ続けてきた」という現実を受け止めざるを得なくなったスサノオは、開き直ってそのストーカーに対してこう問いかける。

「じゃあ、僕は、どうやったら強くなれるの?」

 スサノオが強くなること。それだけは、彼と五十六の共通の目標であり、ある意味で、二人を繋ぐ唯一の絆(?)であるとも言える。五十六はその場でしばらく考え込むが、結局、彼の導き出した結論は、あまりにシンプルな内容であった。

「そうだな…………、とりあえず、100人くらい斬って、まだそれでも斬り足りなかったら、俺の所に来い。もっと楽しい殺し方を教えてやる」

 結局、彼に言えることはそれしかない。殺人鬼は、誰かを殺すことでのみ心を見たし、そして成長することが出来る。今のスサノオに足りないのは、何を置いてもまず「殺し」の場数であった。

「そうか……、それもいいな。じゃあ、その頃までに、あなたを殺しに行くよ」
「当然、その頃までには、子供を四、五人くらい作っておけよ」
「し、四、五人!? そんなに沢山?」
「母親候補は、そこにいくらでもいるだろ」

 どうやら既に、五十六の脳内では、スサノオの血統をこの場にいる少女達に掛け合わせればどんな灼滅者が生まれるか、という妄想配合計画が着々と進行中のようである。

「だ、だから、この子にまだそういうコトは……」

 そう言って、やや赤面しながら五十六の言葉を遮ろうとする緋那であったが、五十六は見下すような笑みを浮かべながら、良血の牝馬を見るような目で彼女に語りかける。

「お前のことも、俺はある程度は把握してるぞ。お前なら、オロチを超える子を生み出せるかもしれない。まぁ、横取りされたくないなら、とっととお前が筆下ろししてやることだ」

 そう言い残して、五十六は放課後の公園を後にする。心の底では「アンタに言われる筋合いはないわよ!」とでも言ってやりたい緋那であったが、あまりの錯乱状態で上手く言葉がまとまらないまま、彼を黙って見送るしかなかった。
 一方、よく分からないまま話を終わらせられたスサノオは、ひとまず子供云々は脇に置いた上で、強くなるための「殺し」の技術を高めて行くために、今、自分が何をすべきか、という方向へと既に頭は切り替わっていた。少なくとも今の彼には「新たな生命体を造り出す行為」よりも、「相手の生命を奪う行為」の方が、圧倒的に魅力的に思えたのである。それはつまり、灼滅者の中でも、彼の精神はよりダークネスに近い立場になりつつあるということを意味していた。
 そんな彼の精神を誰よりも理解している緋那は、五十六に介入させる前に、まず自らの手でスサノオを闇堕ちから守り続けなければならない、ということを改めて実感する。自分にとってのスサノオが何であろうと、スサノオの中でも自分が何であろうと、どんな形であれ、彼が彼女の「家族」であるということは、彼女の中では永遠に揺るぐことのない真実であった。

10.5.8. 美しき者達

 そして、この日の午後8時。ミラの目の前には、一人の男性が立っていた。

「来てくれると信じていたよ、ミラ」

 ここは、新宿歌舞伎町・リヒテンラーデの跡地である。かつてこの地で、ミラと同じ時間を過ごしていた淫魔・榊原クラウスは、満面の笑みで彼女を迎える。これから再び、彼女と共に永遠の時を生きられることの喜びを噛み締めようとしていた彼に対して、ミラは決意の表情で言い放つ。

「私は……、永遠の命はいらないし、今の状態で十分満足しているし……、沢山、ステキな仲間も出来たから、このままでいたいと思う」

 その決意の重さを感じ取ったクラウスは、表情を一変させ、真剣な眼差しで彼女に訴えかける。

「今のお前は確かに美しい。だが、それは、5年、10年、100年、続くものではない。その美しさを私は途絶えさせたくない」

 そう言われたミラは、しばらく間を置いた上で、クラウスにこう問いかける。

「お母さんは、昔と今と、どっちが綺麗だと思う?」

 予想外の質問に驚いたクラウスは、「それは勿論……」と即答しようとするが、先日の東照宮での戦いにおける彼女の姿を思い返した彼は、不覚にも黙り込んで悩み始める。

「…………そうか、確かにな。今のお市にも、昔にはない美しさがある。それは確かに認めざるを得ん。この間、戦っている彼女を見て、確かにそう思った」

 無論、全ての女性がそうだという訳ではない。歳を経て容貌が衰える女性を彼は幾人も見てきた。しかし、確かにお市に関しては、歳を重ねるごとに美しくなっているようにすら見える。そのことは、多くの少女達を「最も美しい状態」のまま闇堕ちさせてきた自負のあるクラウスですらも、認めざるを得ない事実であった。そして、今、彼の目の間にいるのは、そのお市の一人娘なのである。

「だが、一つ言っておくが、私は、お市の代わりにお前を求めている訳ではないぞ。確かに、最初はそれがきっかけだった。それで興味を持った。しかし、今の私は、昔のお市よりも、今のお市よりも、今のお前を愛おしいと思っている」

 そう、クラウスが最初に入れ込んでいたのは、20年前のお市であった。サイキックアブソーバーが起動する前の、圧倒的にダークネスが優位であった時代に、ご当地ヒーローとして名古屋の地で孤軍奮闘していた彼女の強さと気高さに見惚れたクラウスは、いずれ彼女を自分のものにしたいと思いつつ、その願いを叶えられずにいた。
 そんな彼の目の前に現れたのが、ミラだったのである。お市をも凌ぐその美貌に惹かれ、彼はミラを強引に自らの手中に置いた。しかし、淫魔としての自分が技巧の限りを尽くしても、彼女の心を完全に自分のものにすることは出来なかった。そんな彼女の心の強さに惹かれた結果、主君や盟友に叛旗を翻してでも彼女を守りたい、とまで思うほどに、既に彼の心は彼女に支配されていたのである。もはやそれは、お市に対して抱いていた想いなど軽く吹き飛ばすほどの、淫魔としては純粋すぎるほどの「恋心」であった。
 しかし、いくらクラウスが強く願っても、それでもミラの心は動かない。

「歳を重ねることで得る強さや、それによって生まれる美しさもあると思うし………………、私は、人間のままでいたい」

 その瞳の奥に秘められた彼女の魂の強さと気高さを改めて実感したクラウスは、人を籠絡する淫魔である筈の自分自身が、既に彼女の「心の美しさ」によって籠絡されてしまっていることを実感する。そして、自分が今の彼女を強引にかどわかしたところで、今の彼が求めているものは手に入らない、ということも認めざるを得なかった。

「そうか。分かった。ならば、20年待とう。20年後、今よりも美しくなったお前を、またもう一度私のものにするために、私はお前の前に現れる」

 そう言って、彼は去っていく。20年後、ミラが今よりも美しくなっている保証はない。その時までに、ミラが他の男のものになっている可能性は極めて高い。だが、それでも、今の彼女がそれを望むなら、今はその決意を受け入れたい。そして、ミラが語る「歳を重ねることで生まれる美しさ」の可能性に賭けてみたい。それが「己の欲望に生きるダークネス」としての彼の決断であった。
 こうして、元々の主が去ったリヒテンラーデの跡地で安堵の表情を浮かべるミラの前に、今度は、三人の仲間達が駆けつける。

「先輩、大丈夫ですか?」
「ミラ、無事か?」
「ミラ君、怪我はないか?」

 鴻崎翔・坂本俊一・西園寺帝の三人である。彼女は出立前に、彼等にも「これからちゃんと自分で生きていくために、クラウスと話し合ってくる」という旨の返事の手紙を書いていたのである。さすがに、そんな手紙を受け取って、彼等が黙っていられる筈がない。どこに行くかは書かれてなかったが、三人共、最もミラと親しいであろうりんねに心当たりを聞き、この場所へと駆けつけたのである。
 とりあえず、ミラの無事を確認した上で、帝がおもむろに尋ねる。

「それで、ミラ君、その、手紙の返事は……?」

 そう言うと、翔と俊一も「え? お前もか?」というようなリアクションを見せて、その場にいる全員が、一瞬でこの状況を理解する。帝は溜め息をつきながら、改めて問い直す。

「…………まぁ、仕方ないな。君が一本釣り出来るとは、僕も思っていない。とりあえず、今の君の気持ちを聞かせてくれないかな?」

 さすがにこの状況でそれを問うのは、あまりに酷である。ただ、仮にそれぞれと一対一であったとしても、おそらくミラの返事は変わらなかったであろう。

「今は……、決められないというか……、まだもうしばらく、皆と、友達でいたい…………」

 申し訳なさそうにミラがそう言うと、帝は、諦めたような納得したような、そんな表情を浮かべる。

「そうだね。確かに、僕等はまだ出会ってから日が浅すぎる」

 実際、帝や俊一は、まだ彼女とまだ知り合ってから一ヶ月も経っていない。翔はもう少し前からの知り合いだが、それでも二ヶ月未満である。ようやく記憶を取り戻したばかりのミラに、いきなり決断を迫ったところで、それが無茶な話だということは、三人も素直に理解した。

「じゃあ、僕のことを知ってもらうために、これから先も会いに行っていい?」

 俊一にそう言われると、ミラは素直に頷く。歌姫としての任務は終わったものの、音楽を愛する者として、彼と会うことを拒む理由は彼女には無い。

「それなら、闇堕ち検診の送り迎えは、これからも俺にやらせて下さい。…………多分、スサノオも勝手についてきますけど」

 翔も負けじとアピールする。実際、彼女も彼に対しては(ルーツもポテンシャルも異なるが)「自分に近い存在」として同属意識を感じていたこともあり、まだ武蔵坂での友達も少なかった頃から自分のことを気にかけてくれていた彼との接点を自ら断ち切るつもりは無かった。

「演劇部は、どうする? 今、僕のものになってくれないのであれば、ぜひ入ってほしいんだが……」

 他の二人と異なり、これは少しハードルの高い要望であるし、そもそも身勝手な言い分であるようにも聞こえるが、予想外の笑顔でミラは答える。

「じゃあ…………、ぜひ」

 ミラとしても、自分のことを必要と思ってくれる人々のために協力することはやぶさかではない。しかし、そうなると、この二人も黙っていられない。

「そういうことなら、僕も音響で協力してあげてもいいんだけどね。確かに、あの高倉って先輩もなかなかやるけど、僕ならもっといいモノを作れると思うよ」
「俺も、こないだ初めて演技をやってみて、ちょっと楽しいな、とか思ってたし、入ってやってもいいですよ」

 こうして、なし崩し的に三人の新入部員を手に入れた帝であった。そして、やがてこの三人の間では「部内恋愛禁止」という裏協定が結ばれることになるのだが、そんな彼等の自制心もむなしく、数ヶ月後には学園内に「演劇部の新星・奏ミラ」のファンクラブが出来てしまうことになる。そんなことになるとは露知らず、ミラはただ「新たな仲間達と充実した学園生活が送っている」と両親に胸を張って報告出来るようになった今の状況に、心から感謝していた。

10.5.9. 覇王の旅立ち

「井伊フリードリッヒの行方が、分かりました」

 五十嵐家に呼ばれた鳳凰院英雄に対して、五十嵐姫子はそう告げた。放っておいたら、英雄がまた彼を捜してアテのない放浪の旅に出てしまうのではないかと思った彼女は、東照宮の決戦の翌日からサイキックアブソーバーと向き合い、彼の行方を予測し続けていたのである。

「今、彼はヴェストファーレンにいます。その地で、更なる力を得ようとしているようです」

 ヴェストファーレン(ウェストファリア)とは、ドイツ中西部の一帯を指す地名である。1648年に(現在まで続く)ダークネス主導の国際秩序の基本ルールを定める条約が結ばれた場所であり、フランスのご当地怪人・ナポレオンが欧州を支配していた時代には、彼の末弟・ジェロームがこの地を治めていたことでも知られている。そして、フリードリッヒにとっては父方の故郷、そして英雄と出会った場所でもあった。
 そこまで告げた上で、姫子は申し訳なさそうに、英雄に問いかける。

「一つだけ、わがままを言っても、いいですか……?」

 英雄が頷くと、彼女は英雄の目を見て、訴えかけた。

「出来れば、行ってほしくないです。今、あなたには危険なことはしてほしくない。そして…………、私の、近くにいてほしい」

 それがどういう感情なのか、何故にそう思うのか、姫子自身も分からない。彼女はこれまで英雄に対して、何度も「危険な任務」を要求してきた。その度に心を痛めてはいたが、それは「世界を救う」という大義のため、やむを得ぬことだと言い聞かせてきた。しかし、そんな彼女がここに至って、「姫子に敵意を持つ危険なダークネスを灼滅する」という、これまでと同等以上に大義のある任務に向かおうとしている彼に対して、「行かないで欲しい」と願うようになってしまっている。エクスブレインとしてふさわしくない発言だとは思う。そもそも、なぜ自分がそのように思ってしまっているのかも、よく分からない。それでも、言わずにはいられなかったのである。
 だが、いつもは姫子の言うことを全て聞き入れる英雄であっても、この時ばかりは、首を横に振る。

「…………すまない。私には、お前のわがままを聞いてやることは出来ないようだ。私も確かにお前の側にいたい。だが、そのためには、胸を張ってお前の側にいられる男でなくてはならない。だから、俺は、井伊フリードリッヒとの決着をつけに行く」

 英雄が「俺」という一人称を用いたところに、彼の決意が本物であることを彼女は感じ取る。彼は日頃、あまり親しくない人間に対しては「余」と名乗り、尊大に振る舞うことで、あえて自分の周囲に近寄らせない。それはおそらく、自分の戦いに周囲の者達を巻き込まないためであろう。だがそれでも自分を受け入れようとする人間に対しては、「私」と名乗り、一人の友として厚遇する。しかし、彼が「俺」と名乗ったのを、姫子は初めて聞いた。おそらくこれは、今まで誰にも見せたことがない、「本当の彼の姿」なのであろう。それはつまり、いつもの「世の人々を護るという使命感故の決断」ではなく、英雄自身の心の底にある根源的な願望であり、それは誰にも覆すことは出来ないものなのだと、姫子は実感していた。
 そして、しばしの沈黙の後、二人のいる部屋の扉が開く。

「敵は、一人とは限らないよな」

 そう言って現れたのは、姫子の従兄弟・中田透である。彼はあの戦いの後、闇堕ち検診を経て、「特に心配するような症状は見られない」ということで、晴れて一生徒として武蔵坂への編入を果たした。無論、彼の中の「家康」が再び覚醒する可能性は誰にも否定出来ないが、そのことは学園側には伝えていない。

「この間は、俺のために、本当に、ありがとう」

 照れくさそうにそう言った透に対して、英雄はニヤニヤと笑いながら答える。

「あぁ、まさか、姫子よりも先に、お前をお姫様だっこするとは思わなかったよ」
「な、なに!?」

 どうやら透には、あの時の記憶は残っていないようである。頬を更に紅潮させて驚く彼であったが、軽く咳払いをした上ですぐに落ち着きを取り戻し、真剣な表情で語り始める。

「お前や、姫子ねーちゃんが、俺のことをかばってくれたから、俺はまだこうして生きていられる。だけど、俺は、子供を作る訳にはいかないんだよな……」

 灼滅者・ダークネスの力は確かに血統に由来するが、憑依している魂そのものが遺伝(?)するのかは分からない。ただ、他に前例がない存在であるからこそ、少しでも危険な可能性は排除しなければならない、というのが、透自身の考えのようである。

「俺の血統は、俺で終わらせなければいけない。だから、姫子ねーちゃんのことは、お前に任せる。だから、お前に死なれたら困るんだ」

 そんな小学生らしからぬ決意を聞かされた英雄は、透を部屋の隅へと引っぱり込み、頭をグリグリと撫でながら、こう言い放つ。

「まったく、何を阿呆なことを言ってるんだ。お前の血統を途切れさせてはいけない? そんなことを誰が言った?」
「でも本当は、俺も生きてちゃいけないんだろう? 本体が消えたとはいえ、コアの部分の俺がもう一度目覚めるだけでも、何が起こるか分からない」

 この件については、透に伝えるべきかどうか、姫子も迷った。しかし、彼自身が自分の身を守ることの重要性を理解してもらうためにも必要だと考え、彼に全ての顛末を伝えていたのである。それは透にとって衝撃的すぎる内容であったが、それでも生きていてほしいと願う姫子の涙に心を打たれて、彼は姫子(と英雄を初めとする多くの仲間達)のために生き続けることを決意した。だが、それでもまだ、彼の中の「自分が生きていても良いのか」という葛藤を完全に消すことは出来ない。

「なぁに、そうなったら、また皆でお前を連れ戻しに行くだけじゃないか」
「お前達はそれでもいいかもしれない。でも、その宿業を次の世代にまで残す訳には……」
「そんなこと、お前が考える必要はないさ。そうなったら、そいつらの仲間がきっと助けてくれる。俺達人間の心にダークネスと戦う勇気という名の炎が消えない限り」

 客観的に見れば、それは何の裏付けもない希望的観測にすぎない。しかし、英雄の言葉には、それがどれだけ根拠のない主張でも、なぜか不思議な説得力が感じられる。おそらくはそれこそが、彼が「覇王」であることの証なのであろう。

「そうか……、じゃあ、その上で言わせてもらうけど…………、俺は、姫子ねーちゃんとの間の子供以外は、必要ないからな」

 そう言って、ようやくいつもの「生意気な笑顔」を取り戻した透は、そのまま英雄に、今の彼の決意を告げる。

「まぁ、それはそれとして、お前を守るために、俺も一緒に行くぞ」

 英雄としては、小学生の彼を、自分の私闘に連れて行くことに抵抗がない訳ではなかっただろうが、それでも今は、彼の決意をそのまま受け入れたいと思った。ここで拒否しても彼はまた(六本木の時のように)勝手について来るだろうし、それならば最初から、素直に彼と共闘した方が話は早い。

「そうか。じゃあ、行くか、透。俺の後ろはお前に任せる。だが、姫子の隣は譲るつもりはないからな」

 そう言って、二人はドイツ行きのチケットを購入し、旅立ちの準備を始める。しかし、彼について行こうとするのは、透だけではなかった。出立の直前になって、意外な女性達が彼の元を訪れたのである。

「こないだの戦いじゃあ、まだ借りを返しきれなかったから。露払いくらいはさせてもらえないか?」
「ドイツ行きに、私も連れて行って下さい」

 諏訪部蓮華と鈴村真美である。英雄の「お見合い相手」にして「戦友」でもあるこの二人は、(ヤマトから話を聞いた)那月経由で英雄のドイツ行きを知り、彼等と同じ飛行機の便を既に予約済みだという。
 そして更にその後ろから、また別の女性が現れた。

「鳳凰院さん、私ね、パスポート取ったんだよ」

 猫玉ニトロである。英雄(とヤマト)のストーカーである彼女もまた、独自の身辺調査の結果、英雄のドイツ行きの便を特定していたらしい。

「私は『予言者』であると同時に『語り部』でありたいの。あなたの英雄譚を伝えるために、私もドイツについてっていいかな?」

 ちなみに、ニトロの中の「秀吉」についても、消えたという確証はない、というのが、二人のエクスブレインの出した結論である。とはいえ、透とは異なり、彼女に真実を伝えても素直に理解するとは限らないし、余計に事態がややこしくなりそうなので、誰も何も話してはいない。ただ、何らかの「監視」が必要なのではないか、ということは、英雄も考えてはいた。
 とはいえ、ひとまず彼女のことは脇において、まず若本女学園の二人に問いかける。

「お前達には、それぞれやりたいことがあるのではないか?」

 そう言われた二人は、いずれも決意に満ちた笑顔で答える。

「やりたいことは、あるよ。今は、あんたを助けたい」
「家のためというのも、あります。私の親はまだ、あなたとの縁談を諦めていないようなので。でも、それ以上に今は私自身が、あなたの力になりたいと思ってます」

 二人とも、姫子同様、自分の中での彼がどのような存在であるのか、自分が彼のことをどう思っているのか、まだ結論は出ていない。でも、だからこそ、彼が命懸けで挑もうとしている戦いに対して、何もせずにいることが出来なかった。ミュージシャンとしての夢や、名家の令嬢としての責務以上に、今は、彼のために出来ることをしたい、というのが、今の彼女達の本心だったのである。

「あの、私も、一緒に行っていいんだよね? いいんだよね?」

 そう言って脇から口を出すニトロに対しては否定も肯定もせぬまま、英雄は二人に対して軽く頭を下げる。

「ご助力、かたじけない」

 実際、敵の戦力は全く分からない。フリードリッヒ自身の力もそうだが、彼がどれだけの仲間や眷属と共にいるのかも分からない以上、ここで彼女達を拒めるほどの戦略的余裕は、今の英雄にはなかった。そして、ニトロに関しては、拒んだところで勝手についてくることが分かっている以上、拒んでも無駄だということは、英雄もよく分かっていた。
 こうして、四人(+勝手についてきた一人)を乗せた飛行機が、ドイツへと飛び立って行く。バテレン嫌いの「家康」と「秀吉」という二つの爆弾を抱えたこの危険な集団は、やがて現地で様々な事件を巻き起こすになるのだが、それはまた別の物語である。


最終話の裏話

 ということで、ようやくこれで、今期のキャンペーンも幕を閉じました。御参加頂いた皆さん、そしてここまで読んで下さった皆さん、ありがとうございました。
 「最終回はNPC総出演の総力戦」というのは私のいつものパターンなのですが、今回はいつも以上にキャラが多かったので、「ここは俺に任せろ」のくだりをどう演出しようか、散々悩みました。最終的には、「日光東照宮で戦う」のではなく、「日光東照宮と戦う」という荒技になった訳ですけどね。ちなみに、当初は「建物そのものに手足が生えて、プリキュアの怪人みたいに襲ってくる」という構想だったのですが、それもそれでイメージしにくいかと思い、結局、「擬人化」という安易な手法を採ることになった訳です。
 一方、クラウス・五十六・フリードリッヒについては、エンディングを盛り上げることを優先した結果、あえて殺さずに(一時的に)味方になる、という展開にした訳ですけど……、ちょっと吟遊詩人GMになりすぎたかな、という反省はあります。このやり方だと、ミラ・スサノオ・英雄は「自分の物語」を完結させられないままキャンペーンが終わってしまうので、TRPGとしてのサイキックハーツを楽しんでもらうなら、途中で一人ずつ倒していく展開の方がいいのかな、とも思いました。
 ただ、実際には集団戦になると、必ずしも宿敵同士の直接的な衝突になるとは限らないので、せっかく色々な因縁があっても、それが戦闘描写の際に生かせる保証はないんですよね(←この発想が、既にGMとしてどうなの? とも思いますが)。それに「人間vsダークネス」だけでなく、「ダークネスvsダークネス」の対立軸もこの世界の面白さの一つだと思うので(それがあるからこそ「灼滅者の絆」の価値も実感出来ると思うので)、こうやって最後の最後で「己の欲望のために離反することで、結果的にPCを護ることになる」という展開の方が物語的には面白いかな、と。
 ただ、正直、最後のクラウスについては、ちょっと「いい奴」にしすぎたかなぁ、という気もします。でもまぁ、さすがにあのタイミングで「あんなコト」を言われたら、GMとして、こういう展開にせざるを得ない訳で。他のメンバーのEDに関しては、概ね予定通りの内容だった訳ですが、あのクラウスとミラの対談のくだりは、私のGM人生の中でも有数の「想定外の名シーン」だったと思います。
 ちなみに、キャンペーンに参加していなかった方々もお気付きとは思いますが、「10.5」のうち「1」「4」「6」は実際のセッションには無かったシーンです。結局、NPCが多すぎて、どうしても全員は出し切れなかったので、各PC達のEDの傍らで起きていた裏話として、描かせてもらいました(実質的には、PCと恋愛フラグが立たなかった面々のエピソード、ということになるんですが)。
 てか、今回は我ながら恋愛フラングを乱立させすぎましたね。これは前期のエリュシオンの時に、PC間でかなり恋愛フラグの数に格差が出てしまっていたので、今回はそうならないように、全体的にインフレさせてみた訳です。昔は「男しか出てこない話」ばかりの作っていた私が、こんな「4本のギャルゲーと1本の乙女ゲー」をごちゃまぜにしたようなキャンペーンをやることになろうとは。てか、様々なNPCを使ってPCにアプローチするのが、こんなに楽しいとは思いませんでした。多分、この傾向は今後も続いていくことになりそうな気がするので、私の卓に入る皆さんは覚悟して下さい。
 一方、ゲーム的な反省点としては……、最後の最後まで、結局、PCを本気で追い詰めることは出来ませんでしたね(最初から闇堕ちしてもらうことを前提にしていた前回のスサノオは除外)。「真・四天王」のHPは合計で5000だったので、いかに30レベルPCとはいえ、これを削りきるのは結構キツいだろうと思っていたんですが、あっさりと2ターン持たずに全員灼滅されてしまいました。やっぱり、このゲームの戦闘バランスって、難しいですね。てか、FEARゲーは高レベルで遊ぶものではない、ということを、改めて実感した次第です。
 あと、透の救出と餃子怪人のくだりで、上級ルールブックで追加された「フォーカス判定」を試してみた訳ですが…………、5人パーティーで「支援」を認めると、事実上、レベルや能力に関係なく、どんな難題でも相当な高確率で成功させることが出来る、ということが判明しました(実際、その力技で強引に押し切られました)。ただ、これはこれで「皆で協力して奇跡を起こす」という展開を演出する上では、なかなか面白い判定法なので、いずれまたサイキックハーツのGMをする機会があれば、その時はまた重要な局面で使ってみようと思います(いつになるかは分かりませんが)。
 それでは、まだ微妙に語り足りないことも色々ありますが(それくらい、私の中では充実したキャンペーンだった訳ですが)、ひとまずこれにて終了とさせて頂きます。最後にもう一度言わせて下さい。本当に、皆さん、ありがとうございました。

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最終更新:2014年02月07日 19:06