第8話「三百年前の真実」

8.1.1. 吉良荘

 渥美半島での戦いを終え、渥美三姉妹が歌姫だということが発覚した直後、英雄の携帯が鳴り響く。姫子からの連絡であった。これまで、彼女への連絡は透が定期的におこなっていたのだが、渥美半島に上陸した後は連絡が途絶えていたため、心配してかけてきたらしい。一通りの事情を英雄が説明すると、彼女は三人の歌姫を見つけたことに喜びつつ、彼等に新たな依頼を提示する。

「実は、歌姫かどうかは分からないのですが、未来予知の時に感じた歌姫の方々と非常に良く似たオーラを持つ人が、西尾市の吉良荘(きらのしょう)にいるらしい、ということが分かったのです。出来れば、そのまま現地に行って、確認して頂けませんか?」

 西尾市とは、三河湾の北部に位置する愛知県の市であり、吉良荘とは、江戸初期の時代において、吉良家が治めていた領域である。姫子が言うには、その吉良荘にある、今はもう誰も住んでいない古い民家の地下に、その「歌姫と良く似たオーラ」の持ち主がいるという。ただし、彼女が感じた実感として、それは人間ではなく、都市伝説に近いような存在であり、もしかしたらダークネスかもしれない、とのことである。

「ただ、出来れば、今回は透君は連れていかないでほしいんです。その土地は、言いにくいのですが、彼の亡くなったお母様と因縁のある土地ですので……」

 あまり詳細は語りたくなさそうな姫子の心情を察して、英雄はそれ以上深くは掘り下げず、ひとまず透には黙って話を進めることを了承する。一方、そんな空気を察したのかは不明だが、透はどこか不満そうな表情を浮かべている。

「なんで、俺じゃなくてアイツなんだ……? 今まで、ずっと俺が連絡してたのに……。せっかく、力に目覚めたことを報告しようと思ったのに……」

 そんな彼の気持ちを察したのか、英雄が姫子と電話している透に手渡す。

「あ、姫子ねーちゃん? うん、もう、大丈夫だよ、僕も力に目覚めたし。うん、鳳凰院のお兄ちゃんとも、仲良くやってるから♪」

 明らかに、これまでとは異なる声のトーンで嬉しそうに話している。ようやく、彼の小学生らしい表情が垣間みれた英雄達であった。

8.1.2. 透の弟子入り

 ひとまず、姫子からの連絡があった時点で既に夕刻となっていたため、西尾の吉良荘へと向かうのは翌日と決めた彼等は、みなとの斡旋により、豊橋市内のホテルで一泊することになった。
 透には「明日には東京に帰る」と伝えて、そこで彼を家に返そうとしたのだが、「お前らを東京に返すまでが俺の仕事だ」と言い張ったため、成り行き上、彼も同じホテルに泊まることになった。つまり、この時点で豊橋のホテルに泊まっているのは、英雄、政次、ヤマト、スサノオ、透、ミラ、花之、いなり、うずら、みなとの、合計10名である。この状況で、明日、透には「東京に帰るフリ」をしながら、反対方向の西尾へと向かう必要がある。
 そして、この計画を渥美三姉妹に伝えたところ、いなりとみなとは、助けてくれたお礼に彼等に協力する意志を伝える。武蔵坂組としても、透を同行させられない以上、道案内としての地元民の彼女達の手助けは望ましかった。一方、うずらは、出来れば彼等に協力したいと思いつつも、豊橋市内にはまだ鳥インフルエンザに苦しむ豊橋市内の養鶉(ようじゅん)農家が沢山あるため、まずはそちらを優先したい、とのこと。彼女の心情も理解した武蔵坂組は、逆に(彼等の中で唯一、解毒のサイキックを使える)スサノオを彼女に同行・協力させることにする。
 更にここで、英雄に妙案が閃いた。それは、透にも「治癒能力の訓練」という名目で、「うずら・スサノオ組」と同行させる、という作戦である。これならば、実質的にうずら&スサノオが透を引きつけている間に、彼等が西尾に行って用事を済ませることが出来る。
 こうして、年上組が密かにそんな密談を交わしている間、ヤマトの部屋にはその透が遊びに来ていた。

「エクソシストの先輩として、色々教えてほしいんだけどさ」

 透は小学四年生なので、学年的にはヤマトの方が年下なのだが、灼滅者・エクソシストとしては、確かにヤマトの方が先輩である。そう言われたヤマトも悪い気はしないようで、得意げに答える。

「じゃあ、まず何から教えればいい?」
「さっきの戦いで使ってた、ピカーっと光って、ドバーってなるやつ!」
「…………ジャッジメント・レイのことかな? さすがに、今ここでは教えられないから、イメージだけ伝えるけど、まず、正義の心を持って、相手にめがけて思いっきり光をパーって浴びせるようなイメージで」

 さすがに小学生レベルの語彙のやりとりだが、小学生同士はこれでも十分に意図が通じるようで、ヤマトの真似をしてポーズを構える透の手元に、サイキックエナジーが集まっているのが分かる。

「ちょ、ちょっと。ストップ、ストップ!」
「な、何か間違ってたか?」
「いや、合ってるんだけど、今、やっちゃうと、ホテルの壁が……」
「あ、そうか……。バベルの鎖ってのは、壊れた壁を直したりは出来ないのか?」
「気付かせなくすることは出来るけど、直すことは……」

 どうやら、透のサイキックエナジーに関する知識はあくまで断片的なレベルらしい。ただ、話を聞いただけですぐにサイキックを活性化させられる透に並々ならぬ才能が秘められていることを、ヤマトにもうっすらと感じ取っていた。その後も様々なサイキックの使い方についてヤマトから伝授してもらいながら、いつしか二人は疲れて、早々とそのままベッドで熟睡することになる。
 同様に、退院直後に新幹線から放り出されるというハードな経験を強いられたスサノオも、この日は早々と就寝の床につく。この小学生三人にとって、この日は色々な意味で、精神的にも肉体的にも、負担が大きすぎたようである。

8.1.3. 赤帽子の小人

 一方、同じ小学生でも5年生のみなとは、彼等が寝静まった夜中の時間帯になってもまだまだ元気で、ミラの部屋にひょっこり遊びに来る。

「ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけどさ……、ヤマト君って、その……、東京の方で、誰か付き合ってたりする人とか……、いる?」

 この唐突な質問にミラが困惑したのも当然であるが、どうやら彼女は、先刻の闇堕ち寸前状態の時にヤマトの声で救われて以来、三歳年下の彼のことが、少し気になり始めていたようである。

「今は、いないと思う……」
「そうなんだ。彼って、学校では人気あったりするの?」

 実際のところ、ヤマトは真面目な優等生として人望はあるものの、それほど特別人気という訳ではない。だが、そもそも中等部のミラにそんなことを聞かれても、彼女が小学校二年生のクラス内部の人間関係など、知っている筈がない。
 そんなこんなで彼女が返答に窮していると、彼女の保護者として付いてきたいなりが口を挟む。

「あら、珍しいわね、あなたが年下に興味持つなんて」

 ちなみに、そう言ういなりは高2であり、この場に来ている男性陣全員が年下ということになるのだが、そのせいか、彼女は特に誰にも興味は持っていないらしい。

「ごめんなさいね、この子、昔から惚れっぽくて、ちょっと優しくされたり、助けてもらったりすると、すぐ熱を上げちゃうもんだから」
「今回は本気よ。今までとは違うの。だって、ほら、私のこと、お姉ちゃんって呼んでくれたし、今までは私、恋に恋してただけだったから、頼りがいのある男の人にばかりに目が行ってたけど、今度は私が、恋に恋する男の子を導く番というか…………」

 そう話しながら、みなとは完全に自分一人の妄想モードに入ってしまっている。どうやら、今までずっと末っ子で子供扱いされていた彼女にとって、自分のことを「お姉ちゃん」扱いしてくれる年下の男の子が、ちょっと新鮮に思えたようだ。
 そんなやりとりの最中、どうリアクションして良いか分からないミラの視界に、奇妙な生き物の姿が映る。掌に乗る程度の大きさで、全身真っ赤で、三角帽子を被ったような形の頭をした小人のような何者かが、部屋の隅でチョロチョロと動いているのが目に入ったのである(下図)。


 その生き物から、微弱なサイキックエナジーを感じ取ったミラは、それを捕まえようと試みるが、失敗して派手にすっ転んでしまう。

「え? 何? どうしたの?」

 突然のミラの行動に驚いたみなとが目を丸くしていると、その「赤い小人」が皆の前に姿を現す。

「あ、怪しい者じゃないよ」

 やや甲高い声でその小人がそう叫ぶ。その姿を見たいなりが、何かを思い出したかのように、懐から手帳を取り出し、何かを調べ始める。すると、どうやら、その小人が何者かが分かったらしい。

「あなた、たしか、半田の広小路クララちゃんの相方の子よね?」
「そうだよ、僕、クララちゃんの相方の、クララっていうんだ」

 ややこしい話であるが、実はもともと半田市広小路の商店街には、昔からこの赤い小人(の姿をした都市伝説的な存在)の「クララ」がマスコット的な存在として知られていた。その後、知多娘の追加メンバー・オーディションに合格した少女が、もう一人の「商店街の顔」として、「広小路クララ」を名乗るようになった、という経緯らしい。今では既に知名度が逆転したとも言われているが、二人はいつも仲がよく、二人で広小路商店街を盛り上げるために協力し続けてきたらしい。

「クララちゃんは今、闇堕ちしてしまっているけど、まだ心はダークネスに染まりきっていない。だから、お願い、助けてあげて!」

 そのことを、同じご当地ヒロインである渥美三姉妹に伝えようと思って、彼(?)はここまでやってきたらしい。とりあえず、こうなると仲間に相談しない訳にもいかないと判断したミラは、既に寝てしまっている男子小学生三人以外の面々を集めて、皆で彼の話を聞くことになった。

「そう言われると、どうにかしたくなるな」
「しかし、そう言われても、今どこにいるか分からなければ、どうにもならんぞ」

 寝ようとしていた直前に引っ張り出された政次と英雄が、話を聞いた上でそう発言すると、小人のクララは衝撃的な一言を告げる。

「クララちゃん達は明日、吉良荘に行く予定だよ」

 どうやら、知多娘達も「吉良荘に潜む何か」の存在に気付いたらしい。こうなると、彼女を助けるか否かに関わらず、まず、彼女達よりも先に吉良荘に行く必要がある、という方針で一致する。ただ、姫子の意向とうずらの心情にも配慮した上で、うずら・スサノオ・透の三人は、明日の時点では豊橋の養鶉場巡りの任務を優先させるという方針には変更はない。ただ、敵と遭遇する可能性が高い以上、出来れば、うずら&スサノオにも、途中からでもいいから合流してほしい、とも考えていた。
 さて、ここで問題になるのが、都市伝説・覇狼院花之をどちらに同行させるか、である。彼女の瞬間転移能力は、分断した両者が合流する際には非常に便利だが、彼女自身は西尾市に行ったことがないので、仮にうずら組に同行したとしても、西尾まで彼女の能力で移動するという訳にはいかない。そうなると、むしろ彼女は本隊側に「いざという時の緊急帰還の切り札」として同行させる方が無難かもしれない。
 そんなことを話している中、当の花之は部屋の隅でいつものように糖分補給していた訳だが……、彼女が食べている菓子類が、いつも彼女が口にしている安物の駄菓子とは明らかに異なる、かなり高級な欧州産のチョコレートとなっていることに、政次が気付いた。

「なぁ、美味しそうなお菓子、食べてるよな」
「あ……、だ、ダメよ! これは私が、正当な報酬として貰ったお菓子なんだから……」
「ほーう、正当な報酬ってのは、どういうことか、説明してもらおうか?」
「そ、それは……、それを黙っていることまでが私の契約だから」

 この時点で、その場にいた者達はほぼその「契約」の内容について想像がついていたが、念のため、鳳凰院が更に踏み込む。

「分かった。誰から貰ったということは言わなくていい。では、君にそのことを黙っていろと言った人物は誰なんだ?」
「そ、それは、その…………、お菓子をくれた人?」

 さすがに、それでは答えになっていないことは、彼女も自覚している。

「それが誰なのか具体的に教えてくれたなら、もっと美味しいお菓子を君にあげよう」
「あのね、透君がね、なんか、私達がコソコソしてるのが気になったみたいで、何か隠してるみたいだから、教えてほしいって言われたの」

 金で買収された者は、更に金を払えばあっさりと契約者を裏切る。実に分かりやすい構図である。とはいえ、もうバレてしまったものは仕方ない。とりあえず、高級ういろうを花之に渡した上で、翌朝は豊橋巡回組を置いて、早々にホテルを出るという方針で確定した。あとは、透が勝手に西尾に向かわないように、スサノオの監視に期待するしかない。

8.1.4. 広がる悪夢

 こうして、ようやく眠りに就くことが出来た彼等であったが、この日の夜は、それぞれに「奇妙な夢」にうなされることになる。

8.1.4.1. 本能寺

 ミラは夢の中で、燃え盛る木造建築の中にいた。目の前には一人の武将が自分に向けて刀を向けている。周りには鏡もガラスもなく、自分が何者なのか、どんな姿になっているのかすら、全く分からない状態であったが、目の前のその男は、武士装束に身を包みながらも、明らかにヴァンパイアの姿をしていた。そんな彼が、自分に向かって、こう語りかける。

「信長殿、あなたは多くの物を壊しすぎた。あなたの役割は終わりです。これから先は再び、我等吸血鬼の御代となる」

 そう言われて斬りかかられた直後、ミラは目が覚める。なぜこんな夢を見たのか、さっぱり心当たりがないまま、以後も彼女は同じような夢を見続けることになる。

8.1.4.2. 源平争乱

 そんな彼女の隣の部屋で寝ていた政次は、夢の中で、自分が病床に就いていることが分かった。そして、周囲の人々が何やら慌てふためいている、ということも。

「おのれ頼朝め! 恩を仇で返しおって!」
「だからあの一族は、根絶やしにしておくべきだったのだ! このままでは、再びこの国は、吸血鬼の手に堕ちてしまう」

 和服を着た男達が、口々にそう叫びながら、自分の周囲で今後の方針について語っている。それに対して自分は病床故に何も出来ないまま、徐々に意識が遠ざかっていく。

8.1.4.3. 安政の大獄

 そして、同じ頃、英雄は夢の中で、処刑場にいた。どうやら自分が死に装束を着させられているらしい、ということを自覚すると、彼の目の前で、役人らしき男がこう彼に告げる。

「徳川幕府に仇なす行為を続けた咎で、吉田松陰を切腹に処す」

 それに続けて、介錯人らしき者に「何か言い残すことは?」と言われた彼は、以前、フリードリッヒに言われた自分の先祖の話を思い出しながら、こう答える。

「私はここで死ぬが、私の意志を継ぐ者はこの世界に沢山いる。いつかはその種が芽吹き、お前ら吸血鬼の世を終わらせるだろう」
「……世迷い言を!」

 そうして、彼は自らの腹を裂くと、介錯人の刀によって、彼の夢もまた終わりを告げることになる。

8.1.4.4. 大江山

 一方、彼等よりも少し早く寝ていたスサノオも、夢の中で窮地に追い込まれていた。山の中で、四人の屈強な部下を連れたヴァンパイアの侍が、自分に刀を向け、少しずつ自分が追い詰められているのが分かる。しかも、その視界に映る自らの手は、既に人間のものではなくなっていることが分かった。

「これで終わりだ、酒呑童子!」

 その男は、そう言って自分に向けて刀を振り下ろす。何が起きているのかサッパリ分からないまま、自分が「人間とは異なる色の血」を流しながら倒れていくのを、薄れていく夢の意識の中でスサノオは確認していた。

8.1.4.5. ある日の京都、そして……

 こうして、武蔵坂組がそれぞれに謎の悪夢にうなされる中、ヤマトもまた、いつもは異なる夢を見ていた。彼も政次と同様、どうやら病で死の床に就いているらしい。そんな彼の横に、侍大将の格好をしたヴァンパイアが座っている。

「晴明、おぬしは、死ぬにはまだ早いぞ。おぬしがいなければ、私は奴を討ち取ることが出来なかった。おぬしが人間と『闇』のどちらに味方するかは自由だ。だが、おぬしがいない世の中は面白くない。もうしばらく、長生きしてくれぬか」

 そう言われたヤマトは、既に心が「晴明」になりきっているのか、こう答える。

「残念だが、私の命は、もう長くないだろう」

 すると、残念そうな顔をして、その侍大将は再び口を開く。

「そうか、お前がその気になれば、いつでもお前は、蘇ることが出来る筈だ。なぜならば、灼滅者と闇は表裏一体。おぬしが陰陽師である限り、おぬしは同時に不死の王となることが出来る。我が一族がこれから先、この国で繁栄を極める様を、どんな形でもいい、見届けてほしい」

 彼がそう語ると、部屋の入口から、召使いらしき者の声が聞こえる。

「頼光様、お時間です」
「うむ。分かった。では、また何らかの形で会えることを、私は楽しみにしているぞ」

 そう言い残して、その侍大将は去っていく。その後、徐々に意識が薄らいでいくヤマトであったが、他の者達と違い、彼はここでは目が覚めない。次の瞬間、彼の目の前には、またしてもあの「狐面の男」が現れた。

「ちょっとヤマト君、人の大事な思い出まで覗き見するの、やめてくれへんかな」
「……勝手に夢に飛ばしたのは、そっちのせいじゃないの?」
「というかな、この辺りまで来るとな、色々な力が混ざり合っとるもんだから、夢の世界が色々混線してしまうんよ。多分、君のお仲間も今、変な夢にうなされとると思うで」
「お兄ちゃん達は、大丈夫なの?」
「んー、シャドウハンターでなければ、ちょっと心配かもなぁ。まぁ、一番心配なのは、スサノオ君なんよ。まぁ、彼と、僕というか君というかは、色々と因縁があるからな。多分、相当うなされとると思うで」
「因縁って、何なの?」
「んー、…………知りたい? 知らん方がいいかもしれへんで」
「…………じゃあ、今はやめておく」

 因縁、と言われて気にならない筈はないが、この男がそこまで勿体ぶる様子を見ると、安易に踏み込んではならない領域のように思えたのであろう。

「そっか…………。あ、そうそう、こないだ、僕、ちょっと勘違いしとったみたいやわ。酒井君が歌姫の子らを集めてるのは、僕のためやないみたい。彼はなんか別の目的があるみたいよ」

 狐面の男はそう告げるが、そもそも酒井本人の目的が何なのかがよく分からない以上、何ともリアクションのしようがない。現時点でヤマトが知っている酒井の情報と言えば、

  • 三鷹の芸術文化センターの時に現れたヴァンパイア
  • 倉槌(姉)の元指導教員
  • ラブリンスターとは対立していたらしい
  • 井伊、榊原、本多とは協力関係にあるらしい
  • 歌姫や姫子を襲撃しようとしているらしい

ということくらいである。

「そういや、君、明日、吉良荘行くんやって?」
「うん」
「そっかぁ。あの娘、元気かなぁ……」

 そう言って、彼が何やら想い出に耽っている様子を目の当たりにしながら、やがてヤマトも目を覚ます。この日も、何かが分かったようで、結局何も分からない、その意味では「いつもとあまり変わらない夢」であった。

8.2.1. 追跡者

 こうして、次の日は皆、それぞれに寝覚めの悪い朝を迎える。その中でもヤマトは特に悪夢の影響が深いようで、起きた直後もかなり頭がボーッとした状態だったが、もともと彼は「早朝・西尾組」の中に入っていないので、そのまましばらく休んでから出発してもらうことにした。
 自分自身が吉田松陰の子孫であることを既に知っている英雄は、夢の内容が気になり、シャドウハンターであるヤマトに相談するものの、ヤマトとしてもその夢の持つ意味自体は分からない。ただ、父親からの話によると、彼の夢の中に出てくる安倍晴明が関係しているらしい、ということを知らされ、この一連の事件の背後により大きな歴史的な因縁が蠢いていることを、実感し始める。
 一方、この日の朝は透もまた、明らかに体調が悪そうだった。彼のことを気遣った英雄が、声をかける。

「どうした? 何かあったか?」
「いや、なんか、よく分からない夢を見てさ。大勢の人達に襲われて、それから逃げていったら、また襲われて……」

 どうやら、彼の夢の記憶は曖昧らしいが、概ね他の者達と同様、「自分(が演じている、その夢の主人公)が死に至る直前の夢」であることは共通しているらしい。

「ただ、その、最後に襲ってきた奴の顔が……、気のせいかもしれないけど、あの『先輩』に似てた気がするんだよな」
「先輩?」
「ヤマト先輩だよ」

 どうやら、彼の中では既に(二歳年下の)ヤマトは完全に「先輩」として、敬意の対象となっているらしい。

「まぁ、体調が悪いなら、今日は無理せず、休んだ方がいいぞ」
「いや、やるよ。だって、俺の力が必要なんだろ? 俺、今回の件で改めて、解毒のサイキックの必要性がよく分かったから。いつどこに食中毒の危険性が潜んでいるか分からないからな」

 そう、彼もまた、昨日、黄色ブドウ球菌の被害に遭った人物の一人なのである。自分が西尾行きの計画から外されたことは知っている筈の彼であったが、この気に解毒のサイキックの技術を極めることに、彼自身の中での「使命感」を感じて納得しているように、英雄には思えた。
 その後、寝覚めの悪さで体調不良の二人の看病(監視)はうずらに任せて、残りの7名(英雄・政次・ミラ・ヤマト・花之・いなり・みなと)は、「赤小人のクララ」と共に、豊橋から電車で西尾市・吉良荘へと向かうことになる(クララはひとまず、いなりの袖口に隠して移動することになった)。馴れない名鉄電車に揺られながら、徐々に民家の少ない農村地区へと入り込んでいくことになるのだが、そんな中、隣の車両から、自分達を尾行していると思しき人影に、政次と英雄が気付く。

(どうする?)
(とりあえず、正体を確認しようか?)

 二人は目配せしつつ、とりあえず、このことを皆にこっそりと伝えた上で、電車の乗り換えのタイミングで急いで走って撒こうと試みるが、残念ながら逃げ切れず、そのまま尾行され続けてしまう。このままではまずいと思った政次は、さりげなく後部車両に移動して、その尾行者との距離を縮めて観察してみると、どうやらその尾行者は、女性の一般乗客のフリをした「淫魔の眷属」であるらしい、ということが分かったので、意を決して接触を試みる。

「何をしている?」

 そう言われると、その眷属は慌てて逃げようとするが、反対側から英雄が回り込んだこともあって、あっさりと取り押さえられる。

「とりあえず、知ってることを話してもらおうか?」
「わ、私は、あなた達の動きを知らせるように言われただけ……」
「誰に?」
「ク、クラウス様に……」
「クラウスは、知多娘を闇堕ちさせるという目的を果たして、この地を去ったのではないのか?」
「それは、手段であって、目的ではない……」
「では、クラウスがここに来た目的とは何だ?」
「クラウス様は、歌姫を探しておられる……。酒井様の依頼で……」

 どうやら、彼等の動きは既にクラウスに察知されているらしい。ということはつまり、この先で何らかの罠や伏兵が待ち構えている可能性が高い、ということである。
 その後、更に色々と尋問はしてみたものの、これ以上の有益な情報は得られそうにないと判断した二人は、その場で眷属の彼女を灼滅した。人間の死体から生み出された存在である眷属は、そのまま塵となって消え去っていく。そんな出来事が目の前で起きているにも関わらず、数少ない乗客達はバベルの鎖の力により、特に意に介すことなくそのまま各自の出勤先へと向かっていくのであった。

8.2.2. 抑えきれぬ闘志

 一方、その頃、少し遅れてホテルをチェックアウトしたスサノオ・透・うずらの三人は、当初の予定通り、うずらに引率される形で、豊橋市内の養鶉場を回る。基本的には、解毒のサイキックでウズラ達の身体から鳥インフルエンザ・ウィルスを除去するのは、うずらとスサノオの仕事で、透はその傍らで雑用を手伝いながらサイキックの使い方を学ぶ、という計画だったのだが、予想以上に早い段階で、透があっさりと解毒術をマスターして、医療戦線に加わることが出来たため、予定よりも早く治癒作業が進行していく。
 スサノオとしては、この仕事が早く終わったら、状況次第では西尾に合流するつもりであった。しかし、透を連れて行ってはいけないとも言われており、どうやって彼と別行動を取るべきか、悩ましい選択を迫られていた。
 一方、その透は、徐々に自分が新たな力に目覚めていくことに快感を覚えつつも、それでも心のどこかで、まだどこか吹っ切れない気持ちを抱えていた。

「なぁ、お前、この仕事が終わった後、どうするんだ?」

 ウズラへの治癒を施しながら、透はスサノオにそう問いかける。スサノオは、透が既に花之を買収して、西尾の吉良荘の件を知っているということを英雄達から聞かされていた。

「……もう知ってるんじゃないの?」
「…………そうか、もう、俺が知ってるということも、知ってるんだな。あれだろ? 姫子ねーちゃんが、いらん手を回したんだろ? 俺のことを考えてくれてるのかもしれないけど……」

 そう言いながら、段々と彼は表情が重くなりつつ、そのまま話を続ける。

「俺の存在ってさ、五十嵐家の中では『恥』らしいんだよ。俺が、というか、俺の母ちゃんが。と言っても、俺の記憶には全然ないんだけどさ。でも、ウチの一族の中で、姫子ねーちゃんだけが、俺のことをちゃんと親戚というか、家族扱いしてくれて、だから、俺のことを思いやってくれてるのは嬉しいんだ。でもさ、せっかく、力を手に入れたんだよ。この力、使いたいんだよ。今までは子供だから、力がないから、仕方ないと思ってた。でも、今はこの力で、姫子ねーちゃんの役に立ちたいんだ。だから、…………連れてってくれないか? お前達が、行こうとしているところへ」

 必死で自分の思いを熱弁する透の勢いに押されながらも、スサノオは冷静にそれを宥めようとする。

「僕達は戦いに馴れているけど、君はまだ目覚めたばかりで、馴れてないだろう? だから、今はまだやめた方がいい」
「戦いに馴れてないからダメだというなら、じゃあ、いつになったら強くなれるんだ?」
「まだ早い、ってことだよ。本当に姫子さんを守りたいなら、もう少し鍛えてから……」
「そんなこと言ってたら、遅いんだよ。俺だって知ってるんだよ。今、姫子ねーちゃん達、というか、お前等、世界の命運を賭けて戦ってるんだろ? 俺が強くなってからじゃ遅いんだよ。今すぐ強くならなきゃいけないんだよ。そのためには、実戦で強くなるのが一番だろ? そうじゃないのか?」
「確かに、実戦で強くなることはあるけど…………」

 スサノオとしても、返答に困る。彼自身、本来は「戦いたい」という衝動を強く抱いて生きてきた身だけに、ここで彼を説得するためには、どこかで彼自身が、自分の気持ちに嘘をつかなければならない。とりあえず、彼の剣幕を抑えるために、強引に話の論旨をずらそうとしてみる。

「……じゃあ、もし、僕が闇堕ちしそうになったら、俺を全力で止めてくれるか?」
「それは勿論。約束する。お前が俺を仲間と認めてくれるなら」
「認めてるよ」
「じゃあ、連れてってくれよ!」

 なんとか話をそらそうとしても、結局、彼は食らいついて主張を曲げない。こうなると、もはやスサノオには、彼を止めることは不可能である。

「……分かった。姫子さんには悪いけど、やっぱり、君の力は必要だと思う」

 そのやりとりを、傍らで見ていたうずらも、苦笑いしながら呟く。

「まぁ、仕方ないよね。男の子だもんね」

 とりあえず、まだ彼等を待っている農家はいるが、ひとまず、今日のところはこの養鶉場での治療を終えたら、西尾へと合流するという方針で、三人は合意する。結局、少年達が心に抱く熱い戦いへの闘志は、誰にも止めることは出来ないのであった。

8.2.3. 頂上決戦

 こうして彼等が西尾へと向かい始めたその頃、先発組は既に目的地の吉良荘の近辺にまで入ってきた。姫子が言うには、吉良荘の中でも現在は殆ど人が住んでいない小さな集落があり、その中にある民家の一つの地下室から、「歌姫のオーラに近い何か」が感じられるのだという。
 いなり・みなとでさえも来たことがない辺境の地に、姫子からの情報を元に作った地図を頼りに足を踏み入れた彼等であったが、そんな中、彼等を待ち伏せていた一人の男と遭遇する。

「スサノオはどうした?」

 本多五十六である。昨日、新幹線でスサノオと同席した時の和服そのままの格好で、彼等の前に現れた。と言っても、この場にスサノオはいない。つまり、彼の顔を知る者が誰もこの場にはいないのである。

「貴様、スサノオの関係者か?」

 英雄がそう問うと、彼はニヤリと笑いながら答える。

「そうだな、関係者と言っていいだろう。少なくとも、俺の方がお前達よりも、あいつとの縁は深い」

 この男が何者かが分からない以上、どう答えれば良いか判断するのは難しい。そんな中、今度は政次が口を開く。

「今はまだ来ていないが、そのうち、こちらに来ると思う」

 どうやら、彼はスサノオが透を説得しきれずに連れて来てしまうことも想定していたようである。もっとも、それは他の面々も概ね似たような認識であった。

「そうか、じゃあ、アイツが来るまでの間、少し俺と遊んでもらおうか。お前を5、6人くらいを殺している間には、奴も到着するだろう」

 そう言うと、彼の肘や肩の関節のところから、次々と刀が現れ、さながら全身から刃物が生えた怪物のような姿となった彼が、英雄達の前に立ちはだかる(下図)。


 その姿は紛れもなくダークネス、しかも、これまで彼等が出会ったどのダークネスよりも、個体としての戦闘力の高さが上であることは、この場にいた誰もが実感していた。

「さぁ、久しぶりに楽しませてもらおうか」

 そう言って、彼が英雄達との間合いを詰めようとするが、その瞬間、別の灼滅者がそこに割って入る。

「この地で、好きにはさせません」

 その声の主は、名古屋市。つい昨日、巨大化した茨城の鶏怪人を一刀両断にした、当代一のご当地ヒーロー(ヒロイン)である。

「ほう、貴様は……。これはこれで、なかなか楽しめそうな相手が来たな」
「この人達には、これからやって頂かなければならないことがあります。あなたに邪魔はさせません」
「いいねぇ、その自信に満ちた表情。クラウスが入れ込むのもよく分かる」

 こうして二人が対峙すると、市は英雄達に対して、「先に行け」と出て合図する。今、この場で繰り広げられようとしているのが、現時点における六六六人衆とご当地ヒーローの頂上決戦であることを察した彼等は、自分達が出る幕ではないと理解して、彼女の指示に従う。目の前に突然現れた「殺し甲斐のある相手」に目を奪われている本多は、彼等が吉良荘の内部へと足を踏み入れるのを、あっさりと見逃したのであった。

8.2.4. 陽動作戦

 こうして、ようやく彼等は、目的であった吉良荘の里に到達する。周囲の人々に聞きながら、姫子の予知にあった「古い民家」がどこにあるのかをようやく見つける。しかし、そこには既に先客がいた。知多娘達である。クラウスの姿は見えないが、どうやら知多娘16人全員がその場にいるらしい。ただ、彼女達はまだ民家の中には入っていない様子である。民家のどこに「謎のオーラの持ち主」がいるのかを探しかねているのか、もしくは、先にこの地を訪れるであろう灼滅者達を迎撃することを優先するつもりで、既に臨戦態勢になっているようにも見える。
 この状況を踏まえた上で、ひとまず彼等は、まともに戦っても戦力比はカバーしきれそうにない、ということで、陽動作戦を計画する。機動力のある「バイク(みなと)」「霊狐(いなり)」「竹箒(花之)」のを利用して彼女達の注目を集めた上で、その間に残りの4人が民家に入り込む、という案である。

「みなとお姉ちゃん、頑張って!」
「う、うん、大丈夫、任せて。私の陽動っぷり、見ててね!」

 ヤマトに激励され、彼女は「いいとこ見せよう」とやる気満々で爆音を鳴らそうとウズウズしている様子だが、残念ながら、突入部隊であるヤマトに、陽動部隊を見ている余裕など、ある訳がない。
 そして、陽動部隊が動き始めると、知多娘達は「来たわね!」と言って、彼女達に向かって走り出す。その隙をついて、四人が民家の地下へと侵入する、…………筈であった。しかし、

ドンガラガッシャーン!

という音が近辺に響き渡る。英雄が、見慣れない田舎の旧家屋の構造を理解出来ず、入口で足を引っ掛けて転んでしまったのである。当然、陽動部隊に向かっていた知多娘達の目が、民家へと再び向けられる。
 しかし、ここで英雄に皆の目が集中したことで、その両脇にいたミラとヤマトも見つかってしまったが、一足先に内部に侵入していた政次だけは、見事に地下室の入口を発見し、地下への潜入に成功したのである。こうして、予期せぬ形で生じた「第二陽動部隊」を盾に、どうにか政次は「本丸」に辿り着いたのである。

8.3.1. 受け継がれし言霊

 地下に入った政次は、その中に確かに「サイキックエナジー」の気配を感じる。しかし、それは灼滅者のそれでも、ダークネスのそれでもない。どちらかと言えば、花之やクララ(赤小人)のような都市伝説の類いに近いオーラである。
 彼はその力の発生源へと向かうと、誰もいない壁に向かって、話し始める。

「すまねぇな。勝手にズカズカと入り込んできて」

 彼がそう言うと、誰もいなかったその壁から、声が聞こえてくる。

「私の存在に気付ける方なのですね」

 その声と同時に、その壁にうっすらと女性の霊のような姿が現れる。着ている装束は、江戸時代の花魁か太夫のような豪奢な着物だが、その顔立ちには、どこか見覚えがある。それは、つい先日、三鷹市芸術文化センターで彼を劇団にスカウトした武林聖羅こと(現状動ける淫魔の中では最強と呼ばれる)ラブリンスターと顔付が似ているような、そんな印象の女性である。

「ここに、あなたの気配を感じたので」
「久しぶりですね。ここに灼滅者の人がいらっしゃるなんて」
「ほう、その言葉を知ってるということは……」
「と言っても、今の私は、ただの亡霊です」

 とりあえず、政次は非礼を詫びた上で、自分がダンピールの灼滅者であると自己紹介する。

「では、お武家様なのですか?」

 どうやら、彼女の中では、「ダンピール=武家」という認識らしい。

「今は、武家とか、そういう概念がないからなぁ。もしかしたら、先祖が武家だったのかもしれないけど、それを知ってる親戚は皆、死んじまったからな」

 厳密に言えば、政次の記憶にある親戚(里の人々)は、全員が「行方不明」である。ただ、現時点で彼が取り戻した唯一の記憶は、その親戚と思しき里の人々が、酒井小五郎に虐殺されていく場面しかなかった。

「で、私に御用というのは?」

 彼女が過去を知る亡霊ということであれば、色々と聞きたいことは山のようにあるが、まず、政次が最初に気になったのは、ヤマトが夢に見たという「忠臣蔵」に関する話である。この吉良荘という土地が、あの事件で赤穂浪士達に殺された吉良上野介の領国であることを考えると、彼女がそのことに関係している可能性が高いと考えるのは自然な発想であろう。
 ひとまず、ヤマトから聞いた話を一通り彼女に伝えると、彼女はこう聞き返す。

「ということは、その方は、寺坂様のご子孫なのですか?」
「そんなような話を聞いた気はするけど、詳しいことは正直、よく分からない」
「懐かしいですね、その名を聞くのは。と言っても、寺坂様は、大石様の傍らにいつもいただけで、私が直接お言葉を交わしたことは少ないのですけど」

 そう言って、彼女は自分が生きていた頃の時代に思いを馳せつつ、自分自身の過去について、ゆっくりと語り始める。
 彼女は三百年前、京の祇園で太夫を務めていた身らしい。その当時、彼女のお得意様の一人に赤穂藩の筆頭家老・大石内蔵助がいて、彼は「この世界を裏で操る闇」を倒すために「十二人の女性の歌い手」を探しており、その中の一人が彼女だったらしい。松の廊下事件で赤穂藩がお取り潰しになって以降、世間では、仇討ちを忘れて遊興三昧に溺れていたと言われていた彼であるが、その遊郭通いの本当の目的は、「吉良邸に潜む巨大な闇」を倒すための策として、十二人の歌い手を探すためであったのだという。
 その話を聞いた上で、政次は、今の自分達もまた同じように、巨大なダークネスを倒すために十二人の歌姫を捜しているということを告げると、彼女は納得したような表情で話を続ける。

「私達が三百年前に封印したお相手は、名前を挙げるのも憚られる存在なのですが……、私達は『東照大権現』とお呼びしておりました」

 東照大権現とは、言うまでもなく、江戸幕府の開祖・徳川家康の勅諡号である。当時の江戸の吉良邸に(百年近く前に死んだ筈の)東照大権現が潜んでおり、彼が不浄の存在として、この世界を影から操っていたらしい。しかも、赤穂浪士達の主君・浅野内匠頭が切腹に追い込まれたのも、その東照大権現の存在に気付いてしまったことで、吉良様から目をつけられたから、とのことである。

「その東照大権現様を封じることが出来る唯一の存在が『安倍晴明』様であり、その安倍晴明様を召還する儀式に、私達十二人の歌が必要なのだと仰っていました」

 これを聞いて、ようやく政次の中でも話が繋がってきた。今まで、「世界を救うために十二人の歌姫が必要」と言われてはいたものの、具体的に彼女達の歌の力をどのように使うのかについては、姫子ですらもよく分かっていなかったのである。

「そして、大石様の家の足軽に身をやつしておられました、寺坂吉右衛門様、あの方こそが、安倍晴明様の末裔であり、その方の力と、私達十二人の歌が合わさって、安倍晴明様を召還し、吉良邸に潜んでいた東照大権現を封印されたのです。もっとも、正確に言えば、あの討ち入りの際には逃げられてしまって、この吉良荘に逃げ込んでいたのを、寺坂様がこの地まで来られた上で、封印されることになった訳ですが」

 おそらくはこれが、ヤマトの夢で描かれた「吉良邸討ち入り」のくだりであろう。そして、このような事情であれば、寺坂が高輪泉岳寺への報告の際に姿がなく、結果的に赤穂浪士の中で唯一、切腹を免れることになったのも道理である。

「しかし、その最後の封印の直前に、東照大権現は『私は三百年後に蘇る』と言い残していたそうです。寺坂様はその言葉が現実化することを危惧して、安倍晴明様の召還の際に用いた歌詞を私に託されたのです。形として残していても、必ず闇の勢力によって消されてしまうから、残留思念としての私をこの地に残すことで、三百年後の皆様にお伝えするように、と」

 あえて吉良荘を選んだのは、敵の目を欺くためであろう。まさか、東照大権現を匿っていた吉良家の本拠地に隠しているとは、普通は誰も思わない。そして逆に、三百年後に再び東照大権現を封印するために、何らかの手掛かりを探しにこの地に灼滅者が訪れることを期待しての策でもある。実際、姫子が彼女の存在に気付けたのも、結果的に言えばその地が吉良荘であったことが間接的に影響しているのだが、そのことについては、まだこの時点では誰も気付いていなかった。
 そして、彼女は両手を掲げると、その手の先に、次々と文字が浮かんでくる。それは、古代サンスクリット語において使われていた「梵字」と呼ばれる特殊な文字である。どうやら、これが彼女達が安倍晴明召還の際に用いた歌詞らしい。

「私が最後の力で、この文字を映し出します。私が消える前に、書き写して下さい」
「え? 消えるって……?」
「私の残された霊力では、一度だけ表示するのが精一杯です。この霊力を使い切れば、私は消滅します。ですから、どうかその前に……」
「分かりました。そういうことであれば」

 一応、政次も全国各地を放浪していたため、その途中で天台宗や真言宗の寺に泊まったこともある。その時に、断片的ながらも、梵字の基礎は習ったことがあるため、意味を理解することは難しいが、全く未知の文字ではない。それでも、決して書慣れた文字ではないので、簡単な作業とは言い難かったが、彼女の最後の思いに応えるため、全力でどうにか書き写すことに成功した。

「ありがとうございます。最後に、もう一つお願いしてもいいでしょうか? 実は、十二人の歌い手の中に、その後、闇に堕ちてしまった私の妹がいるのです。もし、その子に会うことがあったら、伝えてやって下さい。『姉は使命をまっとうした。あなたも早く、本来の道に戻りなさい』と」

 そう言って、彼女の姿はスーっと消えていく。政次の中には、彼女の「闇堕ちした妹」に心当たりはあったが、今の時点では、まだそのことは考えたくない、というのが本音であった。

8.3.2. 総力戦

 一方、突入に失敗した三人は、まともに戦っても人数的に勝ち目がないということで、遮蔽物を利用しつつ、本来の陽動部隊の者達とも合流した上で、逃げ回りながら政次が帰ってくるのを待つ、というのが精一杯の状態であったのだが、やがてそれも限界に達し、16人の知多娘達に完全に包囲された状態になってしまう。南知多ビーチランドの時のように、みなとが一輪バイクを複数体召還して逃げる、という選択肢もあったし、いざとなれば、花之の力で脱出することも可能ではあったが、しかし、その場合、残された政次が民家から出て来た途端に嬲り殺しに遭うことは間違いない。
 しかし、そこにスサノオ、透、うずらの三人が到着する。彼等は、スサノオの直感により、途中の「市vs五十六」の戦場を通らない別のルートを通ったことで、どうにか無事に辿り着くことが出来たのであるが、それでもまだ戦力的には敵の約半数である。
 だが、そんな絶望的な状況において、全く想定外の援軍が現れる。

「どうやら、間に合ったようだな」

 そう言ってその場に現れたのは、スサノオのルームメイトの鴻崎翔である。更に、彼の右側には倉槌姉妹と坂本俊一、そして左側には、演劇部の西園寺帝・浅美博之・高倉大介が控えていたのである。

「あの小さい方のエクスブレインの子も、なかなかやるじゃないか。あの子の助言に従って正解だったようだね」

 帝がそう言うと、各自がそれぞれに「自分のターゲット」と決めた相手に向かって走り出す(実は彼等は、新幹線の中で知多娘達のプロフィールを見ながら、戦略を練っていた)。こうして、16対16の総力戦の火蓋が、切って落とされたのである。

8.3.2.1. 倉槌姉妹vs美浜姉妹
 まず、真っ先に動いたのは、倉槌姉妹である。彼女達の狙った相手は、美浜恋・美浜愛の姉妹である。美浜姉妹はもともとポテンシャルが(自分達と同じ)ダンピールということもあり、最初にプロフィールを見た時から、自分達の相手はこの二人と既に決めていたようである。
 しかし、それに異論を挟もうとする者が現れる。

「ちょっと待ってよ。そいつらは私が!」

 そう言って割り込んできたのは、みなとである。美浜姉妹は現在、「LOVE怪人」を名乗っているが、これは美浜町がデートスポットとして有名なことに由来しており、同じ海岸デートスポットとしての「恋路ヶ浜」を抱える田原市のご当地ヒロインとして、みなとは前々からこの二人に並々ならぬ対抗心を抱いていたのである。

「こんな汚れた心の怪人の相手は、お姉さん達に任せておきなさい」
「ヴァンパイアの戦い方は、私達自身が一番よく分かってるから」

 そう言って、倉槌姉妹はみなとを遮り、そのままバトルモードに突入する。厳密に言えば、現在の美浜姉妹はヴァンパイアではなく、あくまで「ご当地怪人」なのだが、それでもポテンシャルがダンピールだったことの影響は、確かに彼女達の戦闘スタイルに影響する。しかし、美浜姉妹も、言われっぱなしでは終わらない。

「手の内が分かってるのは、お互い様でしょう?」
「私達のLOVEを侮辱した罪、許さないわ!」

 そう言って、その姿をオレンジと黄色の巨大なハートに変えて、得意技のLOVEハートアタック(心臓発作)の連撃を仕掛けてくる。こうして、2対2の姉妹タッグバトルが幕を開けた。

8.3.2.2. 田原みなとvs常滑セラ
 一方、その対戦から外されてしまったみなとも、ふてくされている暇はなかった。すぐに彼女の前にも新たな敵が現れたのである。

「空を飛べない乗り物がいかに惨めか、思い知りなさい!」

 そう言って、彼女に空中から攻撃を仕掛けてきたのは、常滑セラである。彼女は両腕を飛行機の翼に変えた飛行機怪人として、セントレア・フレンズの形をした爆弾を空中から散布し始めた。

「なめんじゃないわよ! 私の一輪バイクは、空だって跳べるわ!」

 確かに、バイクは飛ぶことは出来なくても、跳ぶことは可能である。みなとは地形の高低差を利用してフルスロットルでバイクを跳ね上げ、キャリバーアタックをセラに仕掛ける。こうして、変則ライドキャリバー同士の、思わぬ形での空中戦が繰り広げられることになったのである。

8.3.2.3. 覇狼院花之&中田透vs太田川千代子
「あたしの心を踏みにじったアンタのことは、絶対に許さない!」

 そう言って、花之は太田川千代子に堂々と宣戦布告する。糖分摂取を生き甲斐とする彼女にとって、昨日の黄色ブドウ球菌ケーキは、まさに万死に値する蛮行であった。直接的に菌を混ぜ込んだのは知多みるくであったが、愛知県に来る前から千代子のイベントに参加することを楽しみにしていた花之にとって、目の前でその彼女本人に裏切られた心の傷は、計り知れない。

「ということで、私とこの子がアンタの相手になるわ!」

 そう言って彼女は、到着したばかりの透の腕引っ張って、戦場へと連れ出す。

「え? 俺!? なんで!?」
「都市伝説のあたしが、一人でダークネスの相手なんて出来る訳ないじゃない。あんたもまだ半人前なんだから、一緒に手伝いなさいよ。アンタだって、あんなケーキ食べさせられて、腹立ってるんでしょ?」
「ま、まぁ、そりゃそうだけど……。よし、じゃあ、やるか!」

 実際のところ、透も確かに彼女に恨みはある。だが、彼にとってはそれ以上に「戦えるなら、相手は誰でもいい」という気持ちの方が強かった。

「いいわよ、何人が相手でも。みんなまとめて、私の生クリーム・フラッシュの餌食にしてあげるから」

 余裕の表情で千代子はそう語り。二人を迎え撃つ体勢に入った。

8.3.2.4. 演劇部トリオvs半田・武豊・内海
「僕達も行くぞ、浅美・高倉!」

 帝の号令に従い、その三人が向かった相手は、半田酔子・武豊乙姫・内海お吉の三人である。彼女達のポテンシャルは神薙使い・サウンドソルジャー・サウンドソルジャーであり、これは演劇部の三人のルーツに合致しているが、彼等が彼女達を選んだのは、それだけが理由ではない。

「あなたを僕の歌で、酔わせてあげますよ」
「俺と一緒に、時を忘れて舞い踊ろう」
「君の三味線と、ぜひコラボさせてほしいな」

 明らかに私情丸出しで、彼女達に手加減攻撃を仕掛ける三人であったが、残念ながら、その程度の攻撃では全くダメージを与えられない。

「酒も飲めないガキが、何言ってんだか」
「アンタなんかより、ウチのタイやヒラメの方がずっと上よ」
「私のネオクラシカル奏法についてこれるかしら?」

 彼女達の痛烈な反撃を喰らった彼等は、どうやら本気にならなければ勝てない、ということをようやく実感し、まずは彼女達を闇堕ち状態(自分達の口説き文句が通じない状態)から解放することに専念せざるを得ないことを理解した。

8.3.2.5. 坂本俊一vs大田メディ
「君かい? 地方局で騒がれてる、大田メディってのは?」

 ハンディキーボードを片手に、俊一はそう言ってメディに語りかける。実は彼女は東海市で制作されたアンドロイドであり、数ヶ月前に愛知県で起きたデモノイド事件の影響でデモノイド・ヒューマン(厳密に言えば、デモノイド・アンドロイド)となった、非常に特異なご当地ヒロインでもあった。

「アンドロイドだかサイボーグだか知らないけど、電脳アイドルは、僕達のくるむだけでいいんだよ」

 実際のところ、三次元のアンドロイドと二次元のVIPでは、文字通り次元が違うので、本来は競い合うべき関係ではないのだが、一部のファン層が被っているのも事実である。

「あなた、あのVIPの制作者?」
「そうだよ。驚いたかい?」

 得意気に俊一は応えるが、メディは冷笑しながらこう告げる。

「あのコスチューム、露出多すぎ。エロガキ」

 …………言われた瞬間、俊一の顔が一気に紅潮する。

「あ、あれは鳳雛の趣味だ! 僕がデザインしたんじゃない! てか、お前が言うな!」

 確かに、メディの衣装も十分に露出過多である。そんな彼女にエロガキ呼ばわりされた怒りから、俊一は超絶技巧でディーヴァズメロディを仕掛けるが、メディはあっさりとエンジェリックボイスでそのダメージを回復させてしまう。攻めよりも守りと回復に特化した彼女を相手に、俊一は泥沼の戦いを強いられることになった。

8.3.2.6. 鴻崎翔vs南知多マリナ
「貴様か? 南知多ビーチランドの動物を使って、先輩達を襲わせたのは?」

 そう言って、南知多マリナの前に立ちはだかったのは、翔である。その身体は明らかに怒りに震えていた。

「そうだと言ったら、どうする?」

 マリナは余裕の表情で応える。実は、彼女の名前は確かに「南知多」だが、南知多ビーチランドは南知多町ではなく、美浜町にある。よって、彼女の管轄とは関係がないのだが、相手が勝手に勘違いして襲ってくるなら、それはそれで面白いと彼女は割り切っていた。

「俺は絶対に許さない。先輩を危機に陥れたこと。そして……」

 彼は眼鏡をクイッと上げて鋭い眼光でマリナを睨みつける。

「ペンギンやイルカ達を、悪事に加担させたことを!」

 次の瞬間、怒りに燃えた翔のティアーズリッパーが、マリナの身体を直撃する。寸でのところで避けたが、予想以上の勢いの先制攻撃に、思わずのけぞる。

「ちょ……、アンタの怒りのツボ、どこにあんのよ!?」

 狼狽しながらも、彼女はすぐに戦闘態勢に戻る。彼女の元来のポテンシャルは殺人鬼。彼の動きは十分に予想の範囲内でもあった。ただ、海を主戦場とする彼女にとって、今回のステージは不利と言わざるを得ない。目の前で怒りに燃える翔を目の当たりにして、一抹の不安が過る彼女であった。

8.3.2.7. 豊橋うずらvs阿久比ほたる
「はじめまして。私のナノナノ、ホタル型なんですよ」

 そう言って、阿久比ほたるは自らのホタル型ナノナノを提示する。

「知ってます。私、あなたに憧れて、ご当地ヒロインになりましたから」

 そう言って、豊橋うずらは、自らのウズラ型ナノナノを提示する。

「まぁ、かわいい。卵の殻がついてるのね」

 そう言って、阿久比ほたるは微笑む。元来、ナノナノにはクリオネ型しかいない筈なのだが、どういう訳か愛知県のこの二人だけは、特異な形のナノナノを手にすることになった。その理由はおそらく、永遠の謎である。

「で、提案なんですけど、お互い、味方を癒すのをナシにしません? そうすれば、私があなたを攻撃する必要もなくなりますし、あなたも私を攻撃する理由がなくなる筈です」

 阿久比ほたるは笑顔でそう提案する。確かに、基本的に回復要員である二人がそれぞれの味方への回復をやめるなら、戦略的にあえて攻撃する必要もない。しかし、豊橋うずらは笑顔でそれを拒絶する

「それはそうかもそれませんけど、それって、私達の存在意義がなくなるんじゃないですか?」
「なるほど。それもそうですね。では、やっぱり、ここで死んで下さい」

 そう言って、阿久比ほたるは自らの身体そのものをホタルに変貌させたホタル型怪人と化し、豊橋うずらに襲いかかる。

「あー、やっぱり、ダメか……。阿久比先輩なら、話を聞いてくれるかと思ったんだけどなぁ……」

 豊橋うずらは、そう言いながら、やむなく武器を構える。自分が尊敬してやまない先輩との戦いを覚悟した彼女の瞳は、哀しき決意に満ちていた。

8.3.2.8. 豊川いなりvs東浦未来
「あの子がいいのね? 分かったわ」

 いなりは、自分のサーヴァントである霊狐が東浦未来に向かって行こうとするのを察して、その動きに同調した。こうして、二人の和服少女のマッチングが実現する。

「あら、私のお相手をして下さいますの、狐さん?」

 のほほんとした口調で、未来はそう語りかけつつ、その身体を「葡萄怪人」の姿へと変貌させる。すると、霊狐はより一層、その目を鋭く光らせる。

「ごめんなさいね、この子、果物が好きだから。でも、安心して。どんなに酸っぱくてまずい葡萄でも、諦めずに最後まで食らいつきますから」
「まぁ、それは嬉しいですわね♪」

 挑発のつもりで言ってみたものの、全く通用していないようで、やや拍子抜けしてしまったいなりであったが、更に口撃を続けようとする。

「ついでに言えば、腐ってしまっても大丈夫ですよ。この子、私と一緒に色々な『おみき』を飲んで育ちましたから、アルコール耐性もありますし。低品質の東浦ワインでも、ちゃんと我慢して飲み干してくれますよ」

 巫女服のいなりが、おみきを飲むジェスチャーをしながらそう罵るが、未来は馬鹿にされたことにも気付かぬまま、別の部分に気を取られていた。

「あら、あなたの実家、神社じゃなくて、お寺じゃなかったかしら?」
「…………それ、ここで言うなや!」

 豊川稲荷は「稲荷」と名乗っているものの、実は「神社」ではなく、曹洞宗の「お寺」なのだが、「巫女キャラ」で売ってるいなりとしては、あまり触れてほしくないというのが本音である。こうして、挑発している筈が、なぜか自分の方が怒りに身を任せるようになってしまったいなりであった。

8.3.2.9. 武蔵坂本隊vs知多怪人本隊
 こうして、個別のマッチアップが形成されていく中で、知多娘の中でも特に知多みるくの親衛隊と言うべき知多舞子、東海しゅう、大府あかね、広小路クララの4人は、彼女を囲むようにそれぞれが怪人の姿へと変わっていく。舞子は巨大なマグカップの姿をした「カフェ怪人(下図左上)」に、しゅうはスパナの形をした「製鉄怪人(下図右上)」に、あかねは野球のグローブの頭をした「野球怪人(下図左下)」に、そしてクララは、あの「赤小人のクララ」を巨大化させ、手足を多数の触手に変えたオドロオドロしい姿の「商店街怪人(下図右下)」へと変貌し、「牛乳怪人」と化したみるくを守るように彼女の前に立ちはだかる。


 そんな彼女達に対抗するのは、英雄、ヤマト、スサノオ、ミラの4人である。敵のリーダーである知多みるくがいるにも関わらず、人数的には一人足りないという、状況的には一番厳しいブロックになってしまったが、ひとまず彼等としては、政次が戻ってくるまで粘りながら、なんとか敵を切り崩していくしかなかった。

8.3.3. 決着は閃光と共に

 しかし、この両軍の本隊同士の戦いは、思わぬ形で短期決着することになる。その最大の要因は、両軍の「スピード」の差であった。攻撃力・防御力では武蔵坂軍を上回っていた知多軍であったが、スピードで勝る武蔵坂軍のヤマト・ミラ・スサノオの速攻により、知多軍の切り込み隊長だった野球怪人(大府あかね)を速攻撃破され、出鼻を挫かれる。
 これに対して、知多軍も牛乳怪人(知多みるく)の「ミルキーポイズン」、カフェ(知多舞子)怪人の「熱湯地獄」、商店街怪人(広小路クララ)の「50%オフ包丁」という三連続攻撃で英雄とスサノオを追い詰めるものの、ヤマトやミラのサポートもあり、なんとか倒れずに踏み止まる。そして、英雄の「大震撃」にヤマト&スサノオが連撃を加えたことで、製鉄怪人(東海しゅう)がその場に倒れ込み、更に地下室から戻ってきた政次の駆けつけ一発により、カフェ怪人も撃破される。
 こうして窮地に陥った知多軍に更に追い打ちをかけたのが、「赤小人のクララ」の存在であった。乱戦の中、いなりの袖口から飛び出て来ていた彼(?)が商店街怪人の前に立ちはだかったのである。本来、彼女の精神的な分身とも言うべき彼(?)が目の前に現れたことにより、彼女の心の中に残っていた「ご当地ヒロイン」としての意識がかすかに呼び覚まされた結果、彼女は激しい困惑状態に陥り、精神的に錯乱したまま戦線離脱してしまう。
 更に、追い詰められた牛乳怪人が最終奥義「黄色ブドウ球菌スプラッシュ」を炸裂させようとしたその瞬間、後方から、一筋の閃光が彼女の身体を貫いた。それは、遠方から透によって放たれたジャッジメント・レイである。昨夜習ったばかりの身とは思えないほどの圧倒的なその閃光の威力によって、牛乳怪人はその場に倒れ込み、やがて知多みるくの姿へと戻っていく。
 そして、本隊同士の決着がつくと同時に、全ての戦いが決着していた。序盤はそれぞれの戦局ごとに一進一退の攻防だったが、まず真っ先にスイーツ怪人(太田川千代子)が透の攻撃で一蹴され、そこから彼と花之が各戦場のサポートに回った結果、次々と知多怪人達は倒されていったらしい。結果、それぞれに深いダメージは負いながらも、武蔵坂・渥美連合軍の完全勝利でこの戦いの幕は降りたのであった。

8.3.4. Composer meets lyrics with translater

「あなたの幼馴染みが、あなたが地下室で殺される未来を察知して、涙ながらに私達に頼み込んだんです。だから、帰ったら、デートの一つくらいはしてあげなさい」

 地下室から戻ってくるなり、思わぬ援軍の存在に驚いていた政次に対して、葉那はそう言った。

「本当は、りんねちゃんと淳子ちゃんも来たがってたんだが、さすがに姫子君の護衛を空にする訳にもいかないからな。皆でじゃんけんして、負けたあの二人には残ってもらったんだ」

 帝がそう付け加える。ちなみに、演劇部トリオとスサノオはここが初対面なのだが、なんだかんだで一番ハードな強行軍を強いられていたスサノオは既に疲れて倒れ込んでいたので、互いに改めて自己紹介出来るような状態でもなかった。

「で、あの建物の地下に何があったの?」

 みなとが政次にそう問うと、彼は地下室で見聞きした情報を(最後のくだりの「妹」の件以外)一通り伝えた上で、自分が書き写した「梵字」の歌詞を俊一に見せる。

「なるほど。この歌詞に合わせて曲を作ればいいのか……、って、分かるかい!」

 いかに天才少年といえども、パソコン少年の彼に古代サンスクリット語など、読める筈もない。しかし、ここで意外な人物が手を挙げた。

「私、読めますよ。一応、日本に伝わった仏教の経典は一通り目を通してますから」

 いなりである。どうやら、先刻の戦いで「豊川稲荷は実は寺」という事実をバラされてしまったことで、開き直って自分の隠された特技を披露する決意が出来ていたようである。
 こうして、遂に「歌詞」と「作曲家」、そして両者を繋ぐ「翻訳家」が揃ったことで、歌姫達による「聖歌」への道筋がほぼ完成した。あとは、残り二人の歌姫を探すだけである。

8.3.5. 女帝の帰還

 そして、戦いを終えて傷を癒していた彼等の元に、名古屋市が合流する。その傍らには、スーツを着た見知らぬ男がいた。

「お主達、どうやら無事に使命を果たしたようだな」

 なぜ市が彼等の「使命」のことを知っているのかは謎だが、彼女の存在によって救われた武蔵坂組は、素直に礼を言う。
 ちなみに、彼女曰く、どうやら五十六はクラウスから、彼等を足止めするよう依頼されていたらしいのだが、市との戦いに興じている間に、本来の目的を忘れたようで、最終的には戦いを途中で切り上げ、満足そうな顔をして去っていったらしい(ちなみに、援軍隊は名古屋経由で吉良荘に来ていたため、この二人の戦場には遭遇していない)。
 そして、彼女はこの話をしてる間、チラチラとミラに目線を向けていたが、目があった瞬間に視線をそらす、そんな不自然な動作を見せていた。その行為の意味は、ミラにもうっすらと伝わっていたのだが、ミラが何かを言い出す前に、市は倒れている知多娘達に目を向ける。

「この娘達は、まだ助かりそうだ。天白!」
「はっ!」

 彼女の傍らにいたスーツの男が、巨大な懐のスレイヤーカードから、知多娘達全員を収容出来そうな規模のバスを召還する。この男の名は「天白ヴァーゲン」。名古屋十六人衆の一人であり、平針教習所で数多くの弟子を育てている、通称「名古屋の運び屋」である。

「中村のところまで届けてやれ」
「承知しました」

 そう言って、彼は目にも留まらぬ早さで知多娘達をバスへと運び込む。ちなみに、「中村」とは名古屋十六人衆の一人「中村赤十(せきと)」のことである。愛知県のご当地ヒーロー&ヒロイン達から絶大な信頼を寄せられる東海一の名医であり、武蔵坂の付属病院にも、彼の弟子がいるらしい。

「本当は、出来ることなら私もお主達に協力したいのだが、名古屋はまた別の案件を抱え込んでいるのでな。すまないが、今は我等が東京まで出向く訳にもいかないのだ。健闘を祈る」

 そう言って、彼女が去って行こうとすると、ミラが呼び止める。

「あの…………」

 しかし、次の言葉が出てこない。彼女の夫の姓が「奏」であること。一人娘がいるということ。昨夜見た夢の中で、自分が「織田信長」になっていたこと。そして彼女の自分に対する意味ありげな目線。状況証拠はいくらでもある。しかし、決定的な確信には至っていない。だからこそ、次の言葉が出てこない。
 しばしの沈黙の後、市が彼女に視線を向けぬまま、口を開く。

「武蔵坂で、良い仲間と巡り会ったようだな。安心した」

 今はそれしか言えない。背中でそう語りながら、名古屋の女帝は西尾の地を後にした。

8.3.6. そして上京へ

 そんなやり取りの最中、透は、灼滅者として目覚めたばかりの自分の急成長に、自分でも驚いていた。

「なんかよく分かんないけど、ここに来てから、前よりも力が強くなったような気がするんだ。もしかして、俺のポテンシャルって、西尾のご当地ヒーローなのかな?」

 確かに、その可能性も否定は出来ないが、それは彼がこの西尾を離れた後も同じような力が発揮出来るか否かによるので、現時点ではまだ判断の仕様がない。
 一方、渥美のご当地ヒロインの三人のうち、いなり・みなとは、このまま彼等と共に新幹線で東京まで同行し、武蔵坂に転校することを了承する。本来、あまり地元を離れたくないと考えていた彼女達ではあったが、知多の案件が解決した今、自分達を助けてくれた彼等のために、歌姫としての使命をまっとうしようと決意したのである。更に言えば、いなりの場合は梵字の翻訳という任務、みなとに関しては個人的な興味(ヤマト)が、その決意を後押しすることになった。
 ただし、彼女達もご当地ヒロインとしての責務があるため、もし故郷が危機に陥った時は、花之の力で渥美に戻してもらう、ということを条件として提示する。これについては、花之本人も、他の武蔵坂組も、彼女達の立場は理解出来るので、快く了承した。

「ただ、その後のエネルギー補充は、そちらでお願いしますね」
「えぇ。大あんまきとか、いかがでしょう?」

 厳密に言えば、大あんまきは西三河の知立の名物だが、豊橋駅でも手に入る程度には、渥美地方にも浸透している。無論、他にも「ゆたかおこし」や「たんきり飴」など渥美地方特産の菓子は豊富なので、花之が糖分に困ることはないだろう。
 一方、うずらに関しては、彼女も武蔵坂に行くこと自体には異論はないものの、今日のウズラ農家巡りを途中で切り上げてしまった都合上、まだ回らなければならない箇所が残っていた。

「ですから、あと半日でいいので、スサノオ君と透君を貸してもらえませんか? それが終わったら、私も一緒に、武蔵坂に向かいますので」
「あぁ、それくらいなら、別に構わない」

 うずらの懇願に対して、英雄はあっさりと了承する。厳密に言えば、この時点で倒れ込んでいるスサノオの意思確認はしていないのだが、彼の性格上、断ることもないだろう。翌日は月曜日なので、学校を休むことにはなってしまうが、そういった理由があれば、あっさりと「公欠」扱いになるのが武蔵坂の利点である。

「ありがとうございます。それにしても、透君、凄いんですよ。今まで、治癒のサイキックは使ったことなかったらしいんですけど、あっという間に習得して、すごい勢いでウズラちゃん達の病気を治していったんです」
「そうか。いや、私達も、彼の成長の早さには、確かに驚いている」

 同時に、そのあまりの成長の早さに、英雄はどこか危険性を感じてもいたのだが、ひとまずそのことは口に出さなかった。
 そして、褒められて得意気な表情の透は、本音としては今すぐにでも武蔵坂(に通う姫子の家)に行きたかったようだが、自分の力が認められたことが嬉しかったらしく、うずらの提案を快諾する。

「ところで、お前は武蔵坂に行くこと自体に抵抗はないのか? 別れを惜しむような友達はいないのか?」

 英雄にそう問われた透であったが、あっさりと即答する。

「そりゃあ、友達がいない訳じゃないけど、別にどうでもいいよ。そんなことより、今の俺は、この力で姫子ねーちゃんを守ることの方がずっと大事だから。お前、前は世界中を放浪してたんだろう? これから先は、俺が姫子ねーちゃんの側にいてやるから、いつでもまた旅立っていいからな」

 小さな恋敵にそう言われた英雄は、思わず苦笑を浮かべつつ、透の頭を軽くポンポンとたたく。

「あぁ、分かった。考えておくよ」

 こうして、四人の「三河産灼滅者」が武蔵坂学園に加わることになった。そして、彼等の上京を機に、家康復活を巡る戦いは最終局面へと突入していくことになる。


第8話の裏話

 第5話に続いて、二度目の「新歌姫の登場しない回」だった訳ですが、実はこの回はセッション開始の2時間前まで「歌詞の守り人」を誰にするか、決めてませんでした。で、土壇場になって「300年前の歌姫の亡霊」という設定が思い浮かんだ訳ですが、さすがにそのタイミングで太夫のイラストを発注しても間に合わなかったので、「じゃあ、既存キャラの誰かと同じ顔ってことにしよう」というごまかし案を思いつき、白羽の矢が立ったのが、この人だった、という訳です。
 ちなみに、歌詞がサンスクリット語というのも、前回終了後に思いついた設定で、いなりがその解読者になるという展開も、当初は全く予定にはなかった訳ですが、結果的に、三姉妹の中で今ひとつキャラの弱かった彼女に見せ場を作ることが出来たので、これはこれで良かったかな、と思います(こういう「後付け設定リンケージ」は昔から私の得意技)。
 そして、これまで自分の出自の記憶がなかったPC三人の祖先が、ここで一気に明らかになった訳ですが、とりあえず、政次については名字的に(源氏の宿敵である)平家本流の末裔にしやすい名前だったので、そのまま清盛でいいとして、ずっと引っ張り続けていたミラの正体については、なんとなく「お市の娘」という設定が思い浮かび、それならば(自称:平家の)信長の子孫としてピッタリだろう、ということで、あっさり決まりました(なお、「ミラには姉と妹もいる」という設定も考えたのですが、三姉妹設定が渥美とカブる上に、これ以上NPCを増やす訳にもいかないと思い、やめました)。
 で、スサノオについては、実は当初は(時代的なバランスを考えて)「楠木正成」の子孫にしようかと思っていたのですが、どうしても「殺人鬼」のイメージと繋がらなかったので、思いっきり遡って(元祖・源氏とも言うべき頼光の宿敵としての)酒呑童子という設定に行き着いた訳です。ただ、酒呑童子って、どっちかというと「殺人鬼」よりも「羅刹」の方が近かったので、最終的にスサノオの場合は「父方が殺人鬼、母方が羅刹」の家系だった、という後付け設定に到達することになりました。
 ただ、酒呑童子討伐の時には安倍晴明が関わっていたことになってるので、そうなると、(ヤマトの祖先である)安倍晴明は「源氏の宿敵」とは言い難い。そこで、彼とは別に明確な対立構造としての「赤穂浪士(寺坂吉右衛門)vs吉良上野介」という設定を、強引に埋め込むことにした訳です。吉良家は源氏の名門ですし、寺坂は色々と謎が多い人物なので、安倍晴明の子孫というトンデモ設定もアリかな、と(外伝としての四谷怪談もある訳ですし)。
 そして、終盤の「16対17の総力戦」は、溜まりに溜まった味方NPC達に、そろそろ活躍の場を与えたいなと思い、思い切って一気に戦わせてみることにした訳です(セッション中は、演出する時間も無かったので「全員勝ちました」の一言で終わらせた訳ですけどね)。本来は、知多娘達はキャンペーンの終盤まで敵として愛知県で暗躍し続ける予定だったのですが、「そこまで引っ張るほどのキャラでもないだろ」と思い直した結果、ここで一気にケリをつけてしまった訳です。ちなみに、当初の構想では、最終回は「日間賀島に封印されていた家康(が進化した巨大ダコ)と決戦!」の予定だったのですが、この7・8話でやりたい放題やりきってしまったので、愛知県編はこれで完全に終了となったのでありました。

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最終更新:2014年01月05日 08:34