第7話「戦うご当地ヒロイン」

7.1.1. 1703年1月30日

 三鷹市芸術文化センターでの公演から数日後、ヤマトは久しぶりに、「ノーライフキングが出てこない夢」を見ていた。と言っても、それはそれで、普通の小学二年生が見るような夢ではなかった。
 そこに登場していたのは、雪の降る夜、時代劇に出てくるような武家屋敷に、夜討ちをかける数十人の武士達の集団であった。そう、これは元禄赤穂事件、いわわゆる「忠臣蔵」の一場面である。と言っても、小学二年生の彼にとって、忠臣蔵はそれほど馴染みのある物語ではない。何が繰り広げられているのか、よく分からないままその光景を見ていると、少し離れたところから、同じようにその様子を見ている「狐面の男」の姿を発見する。

「おぉ、また君か。久しぶりやな」
「お兄ちゃん、どうしてここに?」
「どうしても何も、ここ、僕の夢やで。あ、いや、違うか。僕の夢と、君の夢が繋がっとるんやな。なんとなく、君の近くは居心地がいいから、いつの間にやら近付いてしもうた」

 相変わらず、何を言っているのかよく分からないヤマトだが、とりあえず、聞きたいことは色々ある。

「今までの夢も、お兄ちゃんが見せていたの?」
「ちゃうちゃう。あれはタケちゃんが、君に嫌がらせしようと思って見せとった夢や」
「タケちゃんって、誰?」
「なんや君、そんなことも知らんのか。まぁ、でも、君、まだ子供やからな。ご先祖様が何しとったかなんて、知らんでもええか。まぁでも、君、僕の夢とシンクロ出来るくらいの力があるなら、そろそろ、お父ちゃんから聞いとかなあかんで」

 さっぱり訳が分からない会話を続けつつ、夢の状況について聞いてみると、どうやら、この赤穂浪士達の中の「寺坂」と呼ばれている人物が、ヤマトの祖先であり、この「狐面の男」の子孫でもあるという。その男は、討ち入りの最中に大将(大石内蔵助)から何かを命令されて、屋敷から出て、どこかへ走り去って行った。

「こん時はな、僕の友達が殺されようとしてたところを逃げ出して、それを今、君の御先祖様と僕が追いかけとる場面なんよ」

 狐面の男がそう言って、走って行く「寺坂」を指差すと、彼の背後に、その狐面の男と同じような影がうっすらと見える。

「あれも、お兄ちゃん?」
「うん、そうそう。まぁ、そう言ってええんかは微妙やけどな。というか、そもそも僕自身、ホントは君のご先祖様と言っても良いかどうか、微妙な位置付けやし」
「よく分かんないんだけど…………」
「まぁ、分からんでもええよ。あ、とりあえず、クライマックスはすぎたから、もうええわ。ほな、またね」

 そんな形で一方的な形で話を終わらされたヤマトは、目が覚める。さすがに色々と気になった彼は、父・タケルにこの夢の話を伝える。すると、「そうか、遂にお前の夢の中にも現れたか……」と呟いた上で、重い口調で「神代家の歴史」について語り始める。
 タケル曰く、ヤマトの夢に出てきた「狐面の男」は、この国の最初のエクソシストと言われる「安倍晴明」であり、彼を始祖とする陰陽師の一族の末裔の一つが、神代家らしい。そして、晴明の子孫の中で「神代」を名乗ったのは「神代吉右衛門」という人物なのだが、彼の本来の名前は「寺坂吉右衛門」、つまり、夢の中で登場した赤穂浪士の一人であるという。
 そして、あの「元禄赤穂事件」の討ち入りの真の目的は、吉良上野介が屋敷で密かに匿っていた「強大なダークネス」を討つことだったらしい(彼等の主君である浅野内匠頭の切腹も、そのダークネスの存在に気付いたことで、吉良に目をつけられて切腹させられたのだという)。ただし、そのダークネスが何者だったのかまでは、記録が残っていない、とのことである。
 寺坂吉右衛門は歴史上、赤穂浪士の中に名を連ねてはいるものの、吉良を打ち取った後の高輪泉岳寺への報告の際には姿がなく、そのせいか切腹も免れているため、討ち入りに参加したのかどうかも怪しい謎の人物として伝わっているが、どうやら討ち入りの途中で、何らかの密命を受けて、三河国の吉良荘に行くことになったらしい。そこで何をしていたのかは分からないが、最終的には「神代」と名を変えて、ヤマトまで続く「陰陽師」の名家の一つを打ち立てることになったという。
 いきなり大量の情報を聞かされて、さすがに頭が混乱していたヤマトであるが、とりあえず、少なくとも自分の周囲で、その過去にまつわる何かが起きようとしている、ということは、なんとなく実感しつつあった。

7.1.2. まりんの懸念

 その日の朝、またしても政次との「二人っきりの登校」に成功したまりんは、先日の舞台についての感想を語る。

「この間の舞台、本当に凄かったね」
「あぁ、そうだな」

 そう言いながら、政次は目をそらす。まりんは政次の晴舞台に感激していたようだが、もともと乗り気ではなかった舞台だけに、彼の中では、あまり良い思い出ではないらしい。

「ところでさ、ちょっと聞きたいんだけど……、舞台が終わった後、随分怖い顔をしてたけど、何があったの?」

 重い口調で彼女がそう語ると、政次は黙り込む。

「あんな顔をしたあなた、今まで見たことなかったんだけど」

 自覚はある。確かに、酒井の姿を見て、彼にまつわる過去の自分の因縁が頭にフラッシュバックした瞬間、自分自身が尋常ならざる殺気を抱えていたことは、彼自身もよく分かっていた。

「いや、すまねえ。今はまだ言えないな。もう少し、落ち着いてからにしてくれないか」
「そう……。でも、私もエクスブレインだから。私も少しは未来を見ることが出来るから。もしかしたら、私の力でどうにか出来ることかもしれないからだから、何かあったら、すぐ教えてね」

 そう言って、まりんに真剣な眼差しを向けられると、政次はリアクションに困りながらも、落ち着いて答える。

「いや、これは俺自身が決着つけなきゃいけねえことなんだけど……、何か手助けが必要になったら、その時にまた改めて話す」

 今の時点では、これが精一杯の返答だった。何しろ、自分自身がよく分かっていない過去にまつわる人物である。不確定な情報のままで、中途半端にまりんを巻き込む訳にもいかない、そんな心境であった。

7.1.3. 部長の事情

 その頃、五十嵐邸の居候娘達は、それぞれに自分達の校舎へと登校していたのだが、そんな中、りんねと共に中等部の校舎へと向かうミラの前に、帝が現れる。

「やぁ、ミラ君、この間は本当にありがとう。実は、部員達の間でも君のマリアは本当の絶賛でね。もし、君が良かったら、正式に演劇部に入部してくれないか?」

 実際、ミラの演技の評判が良かったことは事実である。しかし、部員達の評判がどうであろうと、彼女はミラを勧誘するつもりであった。それが彼女の個人的な欲望に基づいた心情であることは言うまでもない。

「一応、今のこの戦いが落ち着いてから……」

 ミラとしても、今はそう答えるしかない。彼女もまた、自分自身のことすらもよく分からないまま、戦いに身を投じている状況である以上、今は、目の前の戦いのことを考えるので精一杯だった。

「……そうだな。今はまだ、僕達には使命があるからね」

 そう言って、帝がひとまず納得すると、横からりんねが口を挟む。

「ところで先輩、いつ、姫子さんの家に来るんですか?」

 確かに、「彼女」も歌姫であることが確定した以上、現在の彼等の戦略的には「五十嵐邸の住人」になってくれた方が望ましい。そのことは帝にも伝えてあったのだが、まだ彼女は意見を保留していた。

「え、あ、いや、それは、確かに考えてはいるんだが、しかし、さすがに今、僕がミラ君と一つ屋根の下で暮らすのは、ちょっと早いと思うんだ。いや、決して、僕が他の女性達に目移りしている様子をミラ君に見られたくないとか、そういう訳ではないんだよ」

 何か心配事の次元がズレているような気がしなくもないが、いずれにせよ、まだしばらく、彼女は白泉寮での生活を続けるつもりらしい。

7.1.4. 恋愛スクープ?

 一方、その白泉寮の双璧の片割れである英雄は、久しぶりに登校途中で姫子と遭遇していた。すると、この日は姫子の方から英雄に声をかける。

「あ、英雄さん。実はちょっとお願いが……」

 彼女がそう言って近付いてきた瞬間、「パシャッ」という音が聞こえる。英雄がその方向を向くと、そこには「見慣れたカメラマン(♀)」の姿があった。

「えー、なになに? 鳳凰院さん、あなた、恋人いたの? ……ってか、この人って、五十嵐財閥のお嬢様よね? これって、スクープしていいの? マズいの? どーなの?」

 興奮気味にそう語るニトロに対して、英雄は少し困った顔をしながら、こう答える。

「こちらは、姫子殿と言って、私の学校の友達だ。恋人ではないので、誤解してもらっては困る」

 そう言われて、姫子は一瞬「あれ?」という表情を浮かべつつ、すぐに「いつもの笑顔」に戻って「はい」とだけ答える。

「あ、そうなんだ。あ、それはそうと、こないだの件だけど、なんか復帰したみたいね、あの二人」

 浅美と高倉の話である。どうやら、演劇部のホームページにも、彼等の名前が戻り、次の公演の出演予定者の中にも名を連ねているらしい。

「どうも、新しいステージに挑戦してみたいとは思ったが、やはり、元の環境が一番居心地が良かったようだ」
「そっか。まぁ、確かにあの二人と部長の西園寺君が並ぶのはすごく絵になる、と私の友達も言ってたしね。じゃあ、また何かあったら、教えてね」

 そう言ってニトロが去って行くと、姫子は特に「何が」とも言わず、

「ありがとうございます」

と一言だけ告げる。その上で、姫子はまた「次の任務」のために皆を招集するように、英雄に頼む。英雄はそれを了承しつつ、いつものように馬車に姫子を誘うことなく、一人で学校へと向かう。姫子はその「いつもと異なる様子」に微妙に違和感を感じつつも、笑顔で彼を見送った。

7.2.1. 西国の「ご当地ヒロイン」

 その日の放課後、姫子は皆を集めた上で、新たな計画について語り始める。

「私はこれまで、武蔵坂学園を中心に歌姫の方々を探してきました。しかし、中には武蔵坂に来ることを拒否して、日本各地で独自にダークネスと戦っている灼滅者の人々がいます。その代表的な例が『ご当地ヒーロー」と呼ばれる方々です」

 ご当地ヒーローは、その宿敵であるご当地怪人同様、比較的近年になって生み出された灼滅者とも言われているが、中には先祖代々一つの土地を守り続けている人々、つまり、サイキックアブソーバーの開発以前からダークネスと戦い続けてきた者達もいる。彼等の大半は自分達の故郷を守ることを優先し、武蔵坂学園からの招集を拒んでいるのだが、もしかしたらその中に、世界を救う「歌姫」がいるのではないか? というのが、彼女の仮説である。

「そこで、ルーツがご当地ヒーロー、いえ、この場合は女性ですから、『ご当地ヒロイン』と呼ぶべきでしょうか、いずれにせよ、その『ご当地パワー』で戦う方々の中で、西園寺さんのように、サウンドソルジャーをポテンシャルとする方が誰かいないか、と調べてみた結果、一人、有力な人が見つかりました。それが、この人です」

 そう言って姫子が見せた資料には、ピンクのスーツを着たOL風の女性の写真が載っていた。

「この方は『知多みるく』さんと言って、愛知県知多半島のご当地ヒロインです。そして、彼女を中心とする16人の『知多娘』と呼ばれる方々が、芸能活動をしながら、知多半島の平和を守っているそうです」

 続けて彼女が提示した資料には、16人の「知多娘」と呼ばれる面々の情報が列挙されていた。その概要は以下の通りである。

知多みるく 22歳 NPO職員 ご当地ヒーロー×サウンドソルジャー

美浜恋 20歳 大学生 ご当地ヒーロー×ダンピール

常滑セラ 22歳 空港職員 ご当地ヒーロー×ライドキャリバー

知多舞子 19歳 大学生 ご当地ヒーロー×魔法使い

半田酔子 24歳 OL ご当地ヒーロー×神薙使い

東浦未来 17歳(?) 家事手伝い ご当地ヒーロー×エクソシスト

阿久比ほたる 18歳 専門学校生 ご当地ヒーロー×ナノナノ

東海しゅう 21歳 製鉄所職員 ご当地ヒーロー×ファイアブラッド

南知多マリナ 21歳 海鮮食堂店員 ご当地ヒーロー×殺人鬼

大府あかね 16歳 高校生 ご当地ヒーロー×ストリートファイター

武豊乙姫 18歳 予備校生 ご当地ヒーロー×サウンドソルジャー

内海お吉 ?歳 芸者 ご当地ヒーロー×サウンドソルジャー

美浜愛 20歳 大学生 ご当地ヒーロー×ダンピール

広小路クララ 15歳 高校生 ご当地ヒーロー×シャドウハンター

大田メディ 20歳 地域レポーター ご当地ヒーロー×デモノイドヒューマン

太田川千代子 18歳 専門学校生 ご当地ヒーロー×魔法使い

 この中で、サウンドソルジャーをポテンシャルとするのは、知多みるく・武豊乙姫・内海お吉の3人だが、過去の経験上、歌姫は必ずしもサウンドソルジャーとは限らない。そのことも視野に入れた上で、ひとまず彼女達について調査してみる価値はあるのではないか、ということで、英雄、政次、ヤマト、ミラ、そして覇狼院花之の5人に、直接現地に赴いて彼女達が歌姫かどうかを確かめてほしいというのが、今回の依頼である。
 本来ならば、姫子自身が赴きたいところだったのだが、先日、まりんの未来予知により、彼女が現地に赴くのは危険と判断されたことで、断念したらしい。そのため、今回は歌姫の識別役は、ミラと花之の二人に任せることになる。そして、花之は同時に、彼等の不在時に五十嵐邸が急襲された時のための「テレポート要員」でもある(ちなみに、彼女は「行ったことがない場所」に行くことは出来ないので、あくまでも「帰還用」にしか使えない)。
 なお、翌日(11月23日)が都合良く土曜日ということで、姫子は既に(自分の分も含めた)6人分の新幹線のチケット(グリーン車)を用意していたらしいのだが、上記の事情から、余ってしまった自分のチケットは、乗車時刻を変更して(明日の午後に退院予定の)スサノオに譲ることにした。他の面々を連れて行っても良いのだが、五十嵐邸の防衛戦力を維持すべきという戦略と、病院暮らしが続いて鬱憤が溜まっているであろうスサノオに気分転換の機会を与えた方が良いだろう、という配慮故の人選である。
 その上で、16人の中で誰が「歌姫」である可能性が高いか、という話になった時に、珍しくやる気を出している花之が口を挟む。

「あたしはね、この娘が怪しいと思うの」

 そう言って彼女が指したのは、太田川千代子である。しかし、彼女の目線の先にあったのは、千代子に関する資料の隅に載っていた「2013年11月23日(土)より発売! 知多半島萌えスイーツコレクション第一弾 太田川千代子ケーキ 東海市のケーキ屋”La PALETTE”にて発売」という広告であったため(下図)、彼女の真意を一瞬で理解したその場の面々は、それ以上、彼女の話を聞こうとはしなかった。


 こうして、男女5人(+1人追加予定)の愛知県への出張旅行が決定した。しかし、その旅行先で、彼等の想定とは大きく異なる事態が待ち構えていることなど、この時点での彼等は知る由もなかった。

7.2.2. 小さな水先案内人

 そして翌日、彼等は新幹線のグリーン車に乗り、名古屋へと向かう。実は姫子がこの日を選んだのには、「善は急げ」ということの他に、もう一つ理由があった。というのも、ちょうどこの日、知多半島に存在するアミューズメント施設「南知多ビーチランド」の移転記念イベントが開催されることになり、そこに知多娘達が参加するという情報が届いていたのである。しかも、その移転事業に関わった土建業者は五十嵐グループの関連企業ということで、五十嵐グループの名を出せば、イベント前に楽屋などに入って、直接、知多娘と会話を交わすことも可能らしい。
 とはいえ、彼等の中には誰一人として愛知県の地理に詳しい者などいないし、姫子本人がいなければ、係員を説得出来るかどうかも分からない。そこで姫子は彼等に、JR名古屋駅の「銀時計」前で、彼女の従兄弟である中田透(とおる)という小学4年生の男の子と合流するように伝える。彼女曰く、彼は歳に似合わずしっかり者なので、彼女の名代&水先案内人として、彼を信頼してついていけば良い、との話である。

「あと、一応、西園寺さんのこともあったのでお伝えしておきますが、透君は間違いなく男の子です。小さい頃、一緒にお風呂に入ったこともありますから」

 サラッと言ってのけた姫子だが、それを聞いた英雄も、特にこれといったリアクションはなかった。無論、その瞳の奥で彼が何を考えていたのかは誰にも分からない。
 そんなことを思い出しながら、名古屋駅に着いた彼等は、新幹線改札口の目の前にある「銀の時計」の前に到着すると、そこには、目元にかすかに姫子の面影を残した、帽子を被った小学生の男の子が待っていた(下図)。


「あ、いたいた。お前等だろ? 姫子ねーちゃんから聞いてるよ。俺は、中田透。とりあえず、お前等を南知多ビーチランドまで案内すればいいんだよな?」
「あぁ、よろしく頼む」

 政次がそう答えると、透は到着した面々を見渡した上で、英雄の前にツカツカと進み出る。

「お前が、鳳凰院か?」
「あぁ、そうだ。中田透と言ったな、今日はよろしく頼む」
「なんか、姫子ねーちゃんに色々とつきまとってるらしいな、お前?」

 ひとまず、このツッコミについては英雄はスルーしつつ、各人が自己紹介を終えると、透はボヤくように呟く。

「お前等全員、灼滅者なのか。いいよなぁ。俺もなぁ、サイキック能力があれば、武蔵坂に行けるのに。そしたら、姫子ねーちゃんの近くにいられるのに……」

 この一連の会話で、なんとなく彼の姫子(と英雄)に対する感情を理解した彼等であったが、とりあえず、政次がフォローを入れようとする。

「まぁ、この力はいつ目覚めるか分からないし、目覚めてもいいことばかりじゃないぞ」
「それは、目覚めた人間だから、言えることだよ」

 確かに、「持てる者」には持てる者の苦悩はあるだろう。しかし、それは「持たざる者」に理解出来ることではないのも道理である。

「……まったくだな、悪かった」
「一応、俺にも、エクソシストの素質はあるって、姫子ねーちゃんは言ってたんだけどなぁ……」

 そうボヤき続ける彼に対して、今度は英雄が諭すように語る。

「もしも、お前に灼滅者としての力があるなら、いつか目覚める時もある。こればかりは、時を待つしかない」
「……あぁ、そうだね」

 透はそう返したが、英雄とは目を合わせようとしない。どうやら彼にとって、英雄は完全に「敵」として認識されているようだ。
 ともあれ、彼としても「姫子ねーちゃん」に言われた「彼等の案内」という使命を反古にする気は毛頭ないので、そのまま彼等を名鉄ホームまで案内する。

「名古屋駅は苦手なんだよなぁ。乗り場が分かりにくいし。俺も三河の人間だから、あんまり馴れてないんだよ」

 そう言いながらも、彼は的確に客人達を名鉄線のホームまで案内し、そのまま常滑線に乗って、愛知県知多郡美浜町の「河和」駅へと向かう。南知多ビーチランドは、本来は美浜町の伊勢湾側の奥田海岸沿いに位置する水族館&遊園地だったのだが、それが今回の移転事業で、三河湾側の河和駅の近くへと移設されることになったのである。これは、特急停車駅でもある河和駅方面の方が陸路からの集客が望める上に、海路からも三河方面からの集客が望めるようになる、という思惑を視野に入れた上での移設プロジェクトであり、そのための莫大な費用の大半を、五十嵐グループが融資しているらしい。
 そんな解説を透から聞きながら、やがて彼等を乗せた特急列車は、河和駅へと辿り着く。そして、そこから新規開通したばかりの直通バスに乗って、彼等は「新・南知多ビーチランド」へと到着したのであった。

7.2.3. 知多娘の真実

 移転後初の大イベントということで、既に会場内には多くの親子連れ客と、知多娘目当ての若い男性客で賑わっていた。そんな中、透は彼等を連れて施設の裏口へと周り、係員に「五十嵐家の一員」であることを示す特殊な身分証明書を提示する。すると、突然、警備員は表情を一変させて恐縮した面持ちで、彼等を施設内へと迎え入れた。
 周囲の会場職員達が彼等を奇異の目で見る中、女性職員達の話し声が聞こえてくる。

「あんな子、五十嵐家にいたっけ?」
「私、聞いたことあるんだけど、実はあの子ってね…………」
「え!? そうなの!?」

 そんな好奇の視線に晒されていることを自覚しながら、透はうんざりしたような表情のまま、小声でボヤき始める。

「本当は、こんな形で五十嵐家の力なんか使いたくないんだけどな。姫子ねーちゃんの頼みだから、しょーがねーけど」

 どうやら、彼は姫子以外の五十嵐家の人々とは、あまり仲がよくないらしい。その事情はよく分からないながらも、再び英雄が彼に語りかける。

「お前は嫌がるかもしれないが、お前がそうやって手伝ってくれると、姫子の身の安全のためにもなるんだ。だから、悩むのは分かるが、お前の行動は姫子のためにはなってるんだぞ」
「そ、そうか。じゃあ、まぁ、頑張らないとな」

 相変わらず、目は合わせないものの、英雄の言うことには気を良くしたようで、彼はそのまま周囲の職員達に話を通しつつ、控え室へと向かう。彼等がしばらくそこで待っていると、やがて、本日のイベントの事実上の主役の少女が、トレードマークのピンクのスーツを着て、彼等の前に現れた。

「はじめまして、知多みるくと申します。わざわざ東京から来て頂いたそうで、ありがとうございます。よろしかったら、こちらをどうぞ」

 そう言って頭を下げる彼女に続いて入ってきたのは、東海市でのケーキ屋のイベントから合流したばかりの、太田川千代子である。彼女の手に引かれたカートの上には、彼女の特製ケーキが並んでいた。まっさきにがっついた花之に続いて、他の面々もそれぞれに気に入ったケーキを口にしつつ、話を始める。

「本日は、どういったご用件でしょうか?」

 そう問われた彼等は、「自分達が『ある人々』を探している」ということを前提とした上で、それを確かめるために一曲歌ってほしい、という要望を伝える。

「そういうことでしたら、これからイベントの中で歌う機会もあるので、そこで聞いて頂いても良いのですが…………、実は、そうはいかない事情もありまして」
「というと?」
「一応、話には聞いていたんですよ。でも、あなた方かどうか確認出来なかったので」

 彼女がそう言うと、突然、花之が苦しみ始める。

「ご、ごめん、どこかにトイレとか、ないかな……」

 彼女がそう言って腹を抱えながら青い顔をしているのを見た灼滅者達も、やがて次々と時間差で同様に体調を崩し始める。どうやら彼等が食べたケーキは、普通のケーキではなかったらしい。そんな彼等を見ながら、みるくは笑顔で話し続ける

「いやー、クラウス様から、伺ってはいたんですよ。東京から、歌姫を探しに来る人たちがいる、と。申し訳ございませんが、皆さんには、ここで消えて頂きます」

 そう言って、彼女が左腕を縦に構えると、袖の下から腕時計のような何かが現れる。そして彼女は右手をそこに重ねると、こう叫んだ。

「変・身!」

 次の瞬間、彼女の身体は見る見るうちに「細い手足が生えた一本の巨大な牛乳瓶」へと変わっていく。それはまるで、日曜朝の子供番組に出てくる1話限りの悪役のような姿であった(下図)。


「牛乳怪人、腐乱ギュニュール、見・参!」

 これまで武蔵坂の外で戦う機会が少なかった彼等にとっては、あまり見慣れない異形の光景であるが、これこそが、「ご当地ヒーロー」が闇堕ちした姿、すなわち「ご当地怪人」なのである。
 更に、扉の奥に控えていた、太田川も含めた15人の知多娘達が彼女の周囲に現れると同時に、それぞれが同様の「ご当地怪人」へと変貌していく。ある者は飛行機に、ある者は日本酒に、ある者は葡萄に、そしてまたある者はホタルに……、彼女達が愛する地元の特産物の形をした怪人の姿へと変わっていく。どうやら、既に知多娘達は、全員が闇堕ちしてご当地怪人となってしまっているらしい。16対4(+都市伝説1&一般人1)という圧倒的な戦力差に囲まれた彼等は、まさに絶体絶命の窮地にあった。

7.2.4. 一輪バイクの逃走劇

 そんな中、彼等に思わぬ救世主が駆けつける。16人の知多娘(改め、知多怪人)達が彼等に襲いかかろうとしたまさにその時、彼等が囲まれていた控え室の壁をぶち破って、一台の一輪バイクが乱入してきた。そこに乗っていたのは、歳の頃は小学生くらいのサイドポニーの少女である(下図)。


「三河湾の平和を守る者・田原みなと、参上! 武蔵坂の人達、ここは一旦、退いた方がいいよ」

 少女はそう言うと、胸元からスレイヤーカードを取り出すと、そこから彼女が乗っている一輪バイクと同型のバイクを5台、取り出す。

「それに乗りな! その子達の動きはこの子とシンクロしてるから、それに乗ってれば、運転しなくても私と一緒に走れるから」

 何がなんだか分からないまま、ひとまず彼女が味方であるらしいと判断した彼等は、それぞれにバイクに跨がる。と言っても、数としては一台足りないので、一番小柄なヤマトと透が同乗し(本来なら、花之は空を飛ぶことが出来るのだが、他の面々よりも沢山のケーキを口にしていたせいか、今はそれだけの力が出せない状態らしい)、そのまま彼女のバイク操縦に引っ張られる形で、その場から逃走していく。
 しかし、やはりバイクに乗った経験のない上に、先刻の謎のケーキによって体調を崩している彼等にとっては、「ただ乗っているだけ」の状態でも、身体のバランスを保つのは難しい。どうにか施設の外までは無事に脱出出来た彼等であったが、そこから更に路上を走っていく過程において、英雄がバイクから転げ落ちて傷を負ってしまう。

「馬車とは、かなり勝手が違うようだな……」

 さすがに、日頃から馬車生活で、自転車に乗る機会すら少ない彼には、高速で走るバイクに乗り続けるのは難しかったようだ。なんとか改めて乗り直して逃走を続けていくと、やがて彼等の目の前に、三河湾の海が広がってくる。そして、河和の港に、一隻の小型フェリーが停泊しているのが見えた。

「いい? あそこに飛び乗るよ!」

 彼等を先導するバイクの少女がそう言うと、彼等のバイクは更に加速して、海に落ちる寸前のタイミングで跳ね上がる。しかし、さすがにこの動きに合わせてバイクにしがみつきつつバランスを保つのは、彼等にとっては相当厳しい。またしても英雄、そして、ミラ、ヤマトまでもが体勢を崩してしまう。ここで、英雄はどうにかフォースの力を使ってバランスを取り直したことで、なんとかフェリーまで到達出来たが、ミラとヤマト(と同乗している透)はそのままバイクごと海に落下しそうになる。

「危ない!」

 既に船上に到達していたバイクの少女は、そう言ってヤマト&透のバイクに飛び移り、彼等のバイクを蹴り落とすような形で反動をつけて、どうにか二人を抱えて船に飛び乗る。一方、ミラの元には、狐のような姿の「謎の霊的生命体」が現れ、一瞬にしてミラの首根っこを前足で引っ掴むと、彼女と同様にバイクを蹴り上げて船に飛び乗った。当然、彼等の乗っていた二台の一輪バイクは、そのまま海に沈んでいく。

「大丈夫ですか?」

 どうにかフェリーに乗ることが出来たミラにそう言って駆け寄ったのは、巫女服姿で狐耳と狐尾を生やした、高校生くらいの女性である。その彼女の近くには、ミラを助けた「狐のような生き物」が寄り添っていた(下図)。


7.2.5. 三河湾の追撃戦

 そして、彼等が飛び乗ると同時に、フェリーは出航し、知多半島を後にする。ようやく一息つける状態になったことで、彼等をここまで連れてきたバイクの少女は、状況について解説を始める。
 まず、彼女、田原みなとは、知多半島の対岸にある渥美半島の大半を占める「田原市」のご当地ヒロインであり、彼女が乗っていた一輪バイクは、サーヴァントとしてのライドキャリバーらしい。そして、このフェリーは今、彼女の本拠地・田原市の伊良湖岬に向かっているという。

「危ないところだったね。彼女達の出すケーキを口にしていたら、とんでもないことになっていたよ」

 実際には既に口にしてしまっていたのだが、そこまで状況を知らない彼女は、そのまま解説を続ける。

「あの知多みるく先輩は、知多半島のご当地ヒロインのリーダーだったんだけど、突然、東京からやってきた謎の淫魔によって、闇に堕とされてしまって、あんな姿になってしまったんだ……。今のあの人の目的は、知多半島以外で作られた牛乳に黄色ブドウ球菌を発生させること。そうすることによって、知多半島以外の牛乳を絶滅させようとしているんだ」

 あの時に出されたケーキの原料となった牛乳が知多半島以外の代物かどうかは分からない。ただ、状況的に、今の彼等が腹痛に苦しんでいる理由が、その黄色ブドウ球菌である可能性は高そうである。そして、「東京から来た淫魔」は、みるく自身の発言から察するに、クラウスであることは容易に想像がついた。
 そんなみなとに続いて、今度は同船していた「巫女服の女子高生」が語り始める。彼女の名は「豊川いなり」。彼女もまた東三河の豊川市のご当地ヒロインであり、ミラを助けた「狐のような生き物」は、サーヴァントとしての霊犬であるとのこと。どうやら、彼女が独自の情報網から、武蔵坂から灼滅者達が知多に来ているらしいという話を聞き、彼等の危険を察したみなとが救出に来た、ということらしい。

「てか、あんた、助けに行くなら、どうして車で行かなかったの? 馴れない人がバイクに乗ったら、転ぶに決まってるでしょ」
「いや、だって、あたし、やっぱりこっちの方が運転しやすいし」

 そのやり取りを見て思い出したのか、英雄がみなとに頭を下げる。

「すまない。バイクを二台も海に落としてしまったが、あれは大丈夫なのか?」
「あぁ、いいよ別に。またパパに造ってもらうし」

 どうやら、みなとは「愛知県の自動車会社」の社長の娘だそうで、あのバイクは「パパの会社で造っている一輪バイクの、あたし専用モデル」らしい。
 そして、ここにいる「みなと」「いなり」の他にもう一人、「豊橋うずら(下図)」という豊橋市のご当地ヒロインと共に、彼女達は「渥美三姉妹」というユニットを組んで、「ご当地アイドル」としても活動しているらしい。


 もともと、知多娘の妹分的な存在としてデビューしたが、彼女達が闇堕ちした現状では、闇の勢力がこれ以上広がらないよう、三河湾を挟んで対峙している状態である。

「まぁ、厳密に言うと、私、渥美半島じゃないんですけどね。でも、知多娘の中にも、東海さんとか、大府さんとかいるし」

 そんな、愛知県の地理に詳しくない彼等にとってはイマイチ実感のない解説をいなりが語っていたところで、フェリーの船員が、みなとに向かって叫ぶ。

「お嬢様、大変です。南知多のフンボルト部隊が!」

 そう言って彼が指差した方向を見ると、そこには、南知多ビーチランドの花形・フンボルトペンギン達が一心不乱にこちらに向かって泳いでくる姿があった。その目から、明らかに彼等が「闇の眷属」であることは分かる。

「まずいわね。あいつら、水中から船に穴を空けるつもりだわ。この位置から、あいつらを狙える人、いる?」

 どうやら、みなとは近距離攻撃専門らしい。しかし、みなとのその問いに対して、灼滅者4人は揃って頷き、それぞれに武器を構えて迎撃する。英雄はハンマーを船に叩き付けることで起きる振動を利用して、ヤマトとミラは指輪から放たれるペトロカースの力で、政次は日本刀から放たれる月光のごとき衝撃波で、それぞれに腹痛に苦しみながらも、どうにか船を一切傷付けることなく撃退に成功した。

「へぇ、やるじゃない」
「みなと、次が来るわ!」

 このフンボルト部隊に続いて、今度はイルカ、セイウチ、エイ、ウミガメといった刺客が次々とフェリーを襲ってきたのだが、それらは至近距離まで引きつけた上でみなとが迎撃する。更に日間賀島に差し掛かったところで、巨大タコの襲撃を受けることになるのだが、それは、いなりが霊犬(霊狐)との連携攻撃で瞬殺した。どうやら彼女達も、ご当地ヒロインとしては相当な手練らしい。

7.2.6. 遅れてきた少年

 一方、その頃、ようやく闇堕ち検診に伴う入院から解放されたスサノオは、姫子から事情を聞き、名古屋に向かう新幹線のチケットと、「南知多ビーチランド」までの乗り換え方法が書かれたメモを受け取り、グリーン車に乗車していた。すると、そこに和服を着た見慣れない中年の男性(下図)が現れ、彼の隣に座る。


「おぅ、坊主。小学生がグリーン車か。いい身分だな」
「え? いや、別に、俺、いつもコレだけど」

 そう言われたのがムカついたのか、なんとなく見栄を張りたくなったのか、スサノオがそう答えると、その男は更に話を続ける。

「そうか。どこまで行くんだ?」
「名古屋で降りようと思ってるんだ」
「ほう、奇遇だな。俺も名古屋だ。で、お前は何しに行くんだ?」
「ん? いや、普通に友達と遊びに行くんだよ。ちょっと怪我で遅れてしまったけど」
「そうか、怪我か。お前も色々と戦い続きだっただろうし、大変だっただろうな」

 いきなり、見ず知らずの乗客から「戦い」という言葉を聞いたスサノオが反応に困っていると、その男は更に続ける。

「どうだった、あの二人は?」
「……あの二人?」
「柳生と服部だ」

 さすがに、彼の中での「服部」という名前の記憶は曖昧だったが、「柳生」の名は忘れる筈がない。

「服部って…………、あぁ、あのワイヤーの人だよね……、って、な、なんでそれ知ってるの!?」
「当然だ。一応、ウチの組織は、組織としてはいい加減なものだが、アイツらは俺の関係者だからな。断っておくが、俺が襲わせた訳じゃないぞ。あいつらが勝手にやったことだ。俺はまだ、今のお前には興味はない」
「…………まさか、あなたが、本多五十六?」
「ほう、名前は知っていたか」

 現状では、スサノオは彼のことは「名前」しか知らない。ただ、六六六人衆の序列56と言えば、上位陣がサイキックアブソーバーの力で機能停止している現在においては、最強クラスと言っても過言ではない存在であるということは、彼も知っていた。その存在を目の当たりにしたスサノオが動揺を隠せずにいると、本多は更に話を続ける。

「お前はその程度で終わる男ではない。お前はもっと強くなる。強くなってもらわねば困る」
「…………強くなった僕に、何をしようというんだい?」
「俺に殺されれば、それでいい。俺より強くなった上で、俺に殺される。それがお前の使命だ」

 言っている内容が支離滅裂であるが、六六六人衆とは、そういう集団である。

「つまり、今の僕は殺す価値がない、と?」
「そういうことだ」
「……確かに、今、僕が襲いかかっても、すぐ負けるだろうね」
「それくらいは分かるようだな。しかし、お前は自分自身のことを分かっているのか?」
「自分自身?」
「お前が、どれほど恵まれた血統に生まれ、どれほどの潜在能力を秘めているか」
「血統? 僕は、貧乏な家庭に育って……」

 スサノオが混乱していると、彼の携帯の着信音が鳴り響く。それは姫子からの連絡であった。

「構わん。ここで話せ」

 そう言われたスサノオは、恐る恐る電話に出る。すると、どうやら透経由で姫子に「英雄達の現状」が伝わったようで、彼女はスサノオに、南知多ではなく、英雄達を乗せたフェリーが向かっている渥美半島の方面に向かうように伝える。
 そのためには、出来れば「名古屋」ではなく「豊橋」で降りてほしい、と彼女は言っているが、現在、スサノオが乗っているのは「のぞみ」であり、名古屋まで止まる駅はない(そして、世間知らずの姫子がそんなことまで考慮している筈もない)。そしてまさに今、彼等を乗せた車両が「豊橋」駅を通過して行くのが確認出来た。こうなると、名古屋まで出てから豊橋へと向かうしかないが、当然、そのためにどのようなルートを選べば良いかなど、小学四年生で東京育ちの彼には分かる筈もない。

「どうした? 何があった?」

 電話を切った直後、本多にそう問われたスサノオは、ここで隠し事をしても仕方がないと観念し、今から自分が豊橋に行くことに変更したという旨を伝える。

「そうか、それならば、まだ間に合うな」

 本多はそう言うと、突然、どこから取り出したのか、日本刀を構える。その唐突な行動に対し、スサノオも咄嗟に武器を構えようとするが、次の瞬間、彼等の座っていたブロックの窓を中心とする壁が、本多の刀によって切り落とされた。時速270kmで走る新幹線の外壁に、突然、大穴が開いたのである。

「用事があるんだろう? なら、今すぐ行けばいい」

 あまりに非常識すぎるその行動に困惑しつつも、その意図を察したスサノオは、覚悟を決めて飛び降りる体勢に入る。

「じゃ、じゃあ、もう少し強くなったら、また……」
「あぁ、俺は待っているぞ。お前は、『オロチ』よりも強くなる」

 そう言って、本多はスサノオを新幹線から蹴り落とす。凄まじい勢いで放り出された彼は、それでもなんとか受け身を取ることに成功して、立ち上がる。当然、通常の人間なら、かなりの高確率で即死している筈である。

「いってぇ……、あのおっさん、乱暴だなぁ……」

 そう呟きながら、とりあえず彼は、歩いて豊橋駅まで戻りつつ、携帯電話を鳴らして、英雄達に確認を取ろうとするのであった。

7.3.1. 「8人目」と「9人目」

 ちょうどその頃、ようやく英雄達を乗せたフェリーも伊良湖岬に到着する。これでようやく、海洋生物の追っ手から逃れることが出来て安堵したところで、みなとが(今更ながらに)素朴な疑問をぶつける。

「ところで、あんた達、どうして知多に来たの?」

 そう言われて、また一々説明するのが面倒臭いと思った政次は、単刀直入に「彼女達の歌が聞きたい」と提案する。

「んー、でも、うずら姉様がいないからなぁ。まぁ、いいわよ。ソロバージョンもあるから」

 そう言って、二人はそれぞれに自分の得意曲を歌う。どちらも典型的なアイドル歌謡曲だが、みなとが歌ったのはシンセサイザーを多用したアップテンポな元気系ソング、いなりが歌ったのは、和音階主体でやや演歌寄りのバラード曲である。全くもって対照的な二曲であったが、ミラはこの二人のどちらの歌声からも、確かに「歌姫」の波動を感じ取っていた。
 こうなると、残る「豊橋うずら」も同じ力を持っている可能性が高そうだが、彼女の現状についての話になると、やや彼女達の口調が重くなる。というのも、実は数日前から、豊橋近辺に茨城県のご当地怪人「トリンフル・ZENA」が出没し、豊橋中に鳥インフルエンザを撒き散らすという事態が発生しており、彼女は今、その病気に苦しんでいる(豊橋名産の)うずら達を助けるために、豊橋中を飛び回って、相当な過労状態になっているらしい(ちなみに、彼女のポテンシャルは、サーヴァントとしての「うずら型ナノナノ」であるという)。
 ちなみに、この怪人、 知多みるく(腐乱ギュニュール)と同じ「ライバル撲滅系」のご当地怪人であり、茨城県産以外の鶏製品を駆逐することを目的としているらしいのだが、どうやら愛知県に来るように手引きしたのも、彼女の仕業のようである。 そして、当初は地鶏市場でのライバルだった名古屋を襲うのが目的だったらしいのだが、名古屋には、知多娘や渥美三姉妹達の大先輩にあたる「最強のご当地ヒロイン」がいるため、手が出せず、まずは手始めに豊橋のうずらから潰していくことにしたらしい。
 そして、みなとが持っていた、その怪人の「手配書」の写真を見ると、そこには「筋肉質な男性の肉体の首の上から鶏の頭が生えている怪人」の姿が映っていた(下図)。


 とりあえず、この怪人をどうにかしないことには、うずらも、彼女を心配するみなと&いなりも、この地を離れる訳にはいかないようである。
 そんな中、スサノオから英雄の携帯電話に連絡が届く。ひとまず、彼が豊橋の近くまで来ていることは分かったので、一旦、豊橋駅まで出て、彼と、豊橋市内で鶉の解毒作業に従事しているうずらと合流しよう、という方針を固める。ただ、みなと&いなりは、知多軍が再び渥美半島に上陸する可能性を考慮して、しばらくは伊良湖岬に留まりたい、とのことだったので、彼女達からうずらに電話で連絡を入れてもらい、うずらにも豊橋駅近辺まで来てもらうことにしたのであった。

7.3.2. 合流と解毒

 そして、彼等6人(英雄・政次・ヤマト・ミラ・花之・透)は一輪バイクで豊鉄(豊橋鉄道)渥美線の終点である「三河田原」駅まで出た上で、そこから同線で(反対側の終点である)「豊橋」へと向かうことになる。
 しかし、その途上、彼等が乗っていた車両の車窓から、政次とヤマトは、信じられない光景を目にする。彼等と反対に三河田原へと向かう車両の中に、「異形の姿の三人」が乗車していたのである。一人は、みなとが見せた手配書に載っていた鶏怪人「トリンフル・ZENA」。そしてその両脇にいたのは、「バラの頭をした貴公子風の怪人」と「メロンの頭をした石ノ森ヒーロー的な怪人」である。バベルの鎖の力によって、一般人は誰も気にとめていなかったが、そんな三人が堂々とつり革につかまったまま電車に揺られて三河田原方面へと向かっていく様子が、確かに見えたのである(下図)。


 さすがにこの光景を見たら黙っている訳にはいかないのだが、既に電車はすれ違い発進してしまったため、今の時点で彼等はどうすることも出来ない。ひとまず、電話でみなと&いなりに、怪しげな人物達がそちらに向かった、という旨を伝えた上で、彼等はそのまま豊橋駅へと向かう。
 そして、豊橋駅でスサノオと合流を果たした彼等は、スサノオにここまでの経緯を説明した上で、まず、彼のポテンシャルに由来する「清めの風」の能力で、自分達の身体を蝕む黄色ブドウ球菌を除去してもらうことにする。そう、実は彼等の中で解毒のサイキックを使えるのは、たまたま今回の現場にいなかったスサノオだけだったのである。こうして、豊橋駅の片隅で彼等がひっそりと治療を続けていると、そこへ、満身創痍の状態の中学生くらいの少女が現れる。

「あの……、武蔵坂の方々、です、か……?」

 この彼女こそ、渥美三姉妹の残り一人にして、みなとに見せてもらったCDのジャケットではセンターに写っていた少女・豊橋うずらである。どうやら彼女は、豊橋中のうずらを救う為にキュア能力を使いすぎて、既にフラフラの状態らしい。大元のトリンフル・ZENAを倒さない限り、彼女の窮状はどうにもならないと判断した彼等は、そのまま八人で再び豊鉄を折り返して、三河田原、そして伊良湖岬へと向かうことになる。

7.3.3. 伊良湖岬の決戦

 そして、彼等がようやく伊良湖岬に辿り着くと、そこには先程の電車の中から見た三怪人が暴れ回り、それを止めようと必死の形相で戦うみなと&うずらが窮地に追い込まれていた。

「コケーッケッケッケ! 俺はトリンフル・ZENA! 名古屋コーチンも豊橋のうずらも、全て俺の鳥インフルエンザであの世行きだ!」
「我は聖騎士バラディン。日本中の全てのバラは、我が茨城フラワーパークが押収させてもらう。豊川のバラも例外ではない」
「マスクド・メロン、参上! 田原産の露地メロンも、全て茨城県産のメロンに偽装してやるわ。ありがたく思え!」

 なぜか、ご当地怪人は定期的に自己紹介しなければ気が済まない性分らしいが、どうやらバラ怪人(聖騎士バラディン)とメロン怪人(マスクド・メロン)は、鶏怪人(トリンフル・ZENA)と同じ茨城出身で、(それぞれにスタイルは異なるものの)渥美地方制圧のために鶏怪人に呼び寄せられたらしい。
 そして、彼等三人は瀕死のみなとに止めを刺すべく、合体攻撃「茨城トリニティ」を発動するが、いなりが身を挺してみなとを庇い、代わりに彼女が倒れてしまう。

「ね、姉様! 貴様等、よくも!」

 そう言って憎悪の炎に燃えたみなとの身体から、ダークフォースが生まれつつあるのが目に入る。しかし、彼女がその闇の波動に目覚める直前、急いで駆けつけた武蔵坂組の中から、ヤマトの声が響き渡る。

「お姉ちゃん、やめて!」

 その声が、逆上して我を忘れていた彼女の心の奥底にあった理性を呼び起こし、間一髪のところで、彼女は人としての心を取り戻す。そして、彼女達に代わって英雄達が三怪人と対峙することになった。
 まず、鶏怪人が政次に猛攻をかける。彼の繰り出す鳥インフルエンザ・ウィルスが政次の身体を蝕み、更にそこに立て続けにメロンが体当たりの打撃攻撃をかけたことで、政次の身体は限界を越えてしまい、魂が肉体を凌駕した状態で、かろうじて立っているのがやっと、という状態にまで追い込まれる。
 しかし、それと時を同じくして、ヤマトが持てるフォースを一気に注ぎ込んでメロン怪人に大打撃を与えると、既に満身創痍の政次からの決死の斬撃がメロンの表面を切り裂き、更にそこに英雄による大震撃が加わったことで、メロン怪人は自らの身体を爆発させて消滅する。その衝撃波は英雄にも強烈な一撃となったが、自らが生み出した炎の壁により、かろうじて致命傷は免れた。
 一方、ミラはバラ怪人に絶妙のタイミングでペトロカースによる魔法力を打ち込むものの、どうやら彼は魔法力には耐性があるらしく、今ひとつ致命傷を与えられない。しかし、そのことから逆に斬撃には弱いと予想したスサノオの猛攻が加わり、バラ怪人もまた窮地に追い込まれる。そして、そこに止めを刺したのは、意外な人物だった。彼等の後方から、放たれた聖なる光が、一瞬にしてバラの花弁を散らしていく。それは、サイキックの力に目覚めた透の一撃であった。

「こ、これがサイキックエナジー……」

 自らの力に透が困惑しているのを横目に、仲間が次々と倒されていく状況に危機感を感じた鶏怪人は、意を決して自らの身体を巨大化させる。しかし、そんな彼が英雄達に襲いかかろうとしたその瞬間、突如その戦場に現れた「見知らぬ和服の女性(下図)」が、一瞬にしてその巨大鶏を斬り倒す。


「我が名古屋の宿敵が、迷惑をかけたな」

 彼女がそう言うと、フラフラの状態で後方から支援しようとしていたうずらが、こう叫ぶ。

「お、お市様!」

 そう、彼女こそが、知多娘や渥美三姉妹の大先輩にあたる「最強のご当地ヒロイン・名古屋市(なごや・いち)」である。第六天魔王・信長の直系の子孫であり、愛知県の守護神とも呼ぶべき存在である彼女は、なぜか一瞬、ミラにチラッと視線を向けた上で、その場を去っていく。

7.3.4. 「10人目」

 こうして、渥美半島を騒がせた茨城県からの刺客を退け、ようやく平穏を取り戻した彼等は、うずらにも歌を聴かせてもらうことにする。彼女の歌う曲は、80年代の筒美京平や馬飼野康二を彷彿とさせる、やや哀愁を帯びたメロディを組み込んだ正統派のアイドルソングであり、それは90年代以降に生まれた彼等の心にも響き渡る、まさに正道・王道の楽曲であり、その旋律を奏でる彼女の歌声からは、確かにみなと・いなりと同じ波動が感じられた。
 それを確認した上で、政次はようやく、彼女達に「歌姫」の話を伝える。この世界を救うために、自分達の歌声が必要だということを聞いた彼女達は、助けてくれた彼等に協力したいという意志は示したものの、現状では知多勢がいつ攻めてくるか分からない状態なので、渥美の地を離れる訳にもいかない、と苦悩の表情を浮かべる。
 ちなみに、知多勢が名古屋に攻め入る可能性については、お市とその配下である「名古屋十六将」がいる限り、ありえない、というのが彼女達の見解である。特に、エース格の「昭和パスタ(通称:山さん)」に関しては、彼女達が三人がかりでも勝てないほどの実力である、とのこと。
 ただ、歌姫探しという点について言えば、名古屋十六将は全員男性であり、それを束ねるお市に関しては「あまり歌はお得意ではない」らしい。

「あの方の旦那さんは、世界的に有名な指揮者の方なんですけどね。奏(かなで)新九郎さんっていうんですけど」

 うずらがそう説明した瞬間、「奏」という名に、武蔵坂組が凍り付く。そして、更にうずらは解説を続ける。

「あと、確か、娘さんがいるっていう噂も聞いたことはあるんですけど、誰も見たことはないんですよ」

 失われていた「彼女」の心のパーツが今、ようやく見つかろうとしていた。


第7話の裏話

 やってきました愛知県。遂に私が待ち望んでいた「ご当地ヒーロー話」の幕開けです。「腐乱ギュニュール」とか「トリンフルZENA」とか、しょーもないダジャレのオンパレード的な隠し芸大会。これこそが、私がサイキックハーツを通じて一番やりたかったコトなのですが、よくよく考えてみたら、それは番長学園でやればいいだけの話でもある、ということに気付いたのは、この回を終えた直後でした。
 で、いきなり(現実世界における)知多半島のご当地萌えキャラである「知多娘」が登場したことには、プレイヤー陣もかなり面食らってたようですが、たまには、こんな話もアリかな、と。厳密に言うと、ルールブックには「ご当地ヒーローの必殺技には登録商標は使えない」と書いてあるんですが、キャラ名そのものに使ってはダメとは、どこにも書いてません(←屁理屈にも程がある)。
 一方、渥美三姉妹については、もともと「知多娘」のパロディとして、このサイキックハーツ用に用意していたNPCなのですが、前期のエリュシオンに出した時とは、我ながら全然違うキャラになってますね(イラストも描き直してもらってますし)。そして、彼女達のサーヴァントが色々な意味でルール違反だらけなのですが(シンクロバイク、クリオネではなくウズラ、犬ではなく狐、etc.)、まぁ、それも「ゴールデンルール」として、許して下さい。
 そして、この回からセッション中のテーブル上に「MacBook Air」と「外付けモニタ」を設置して「パワーポイントを使った紙芝居(背景やNPCの画像表示)」を展開するようになったのですが(背景画像の大半はネット上からの無断拝借なので、ここには載せられませんが)、思った以上に盛り上がったので、今後も定番として使っていくことになります。やっぱり、いくらTRPGが「想像力を駆使するゲーム」であるとは言っても、現実問題として、やっぱりイメージ画像があった方が伝わりやすいですからね。
 ただ、その準備に時間を費やしすぎて、開始時間が遅れてしまったこともあり、中ボス戦もラスボス戦も最後は演出で終わらせるという、中途半端な形になってしまったのが残念なところです。他にも、後々の伏線となる台詞を言い忘れたり、色々とポカが目立った回でありました(この頃からICレコーダーも導入し始めたので、聞き返してみるとそのポカがよく目立つ)。
 あと、致命的な大ポカとして、(イラスト担当者に指摘されて初めて気付いたのですが)「7.1.4.」のくだりで、ニトロが英雄と姫子のツーショットに対して食い付いてますけど、よくよく読み返してみたら、第1話の時点で既に「我が妻」として紹介してたんですよね…………。まぁ、これはアレです。バベルの鎖の力で忘れさせられてしまっていた、ということにしといて下さい。「ニトロはバベルの鎖をかいくぐれる程度の能力の持ち主」と言ってしまってますが、それはあくまで彼女の執着心が為せる技で、彼女の中でそれほど重要な情報ではなかったから記憶から消えてしまっていた、ってことで(言えば言うほど言い訳が苦しくなるので、この辺でやめておきます……)。
 そして、もう一つ残念だったのが、この愛知遠征編を「学生設定」と絡めることが出来なかったこと。具体的に言うなら、当初は「誰かの修学旅行に便乗した物語」にしようかと思っていたのですが、修学旅行に行く学年のPCが一人もいなかったんですね、これが(まぁ、それ以前の問題として、そもそも東京都民の修学旅行先として愛知県は有り得ないとは思いますが……)。せっかくの「学園設定」があるので、遠出する際にも、社会見学とか、遠足とか、何らかの設定を絡ませたかったのですが、結局、妙案が思い浮かばずに断念したのが心残りです。

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最終更新:2014年01月05日 07:14