第4話「ハロウィンの悪夢」

4.1.1. 白猫と竹箒

 10月29日の夜、奏ミラは、学園付属病院を出て、寮へと帰ろうとしていた。彼女は、闇堕ち検診仲間の鴻崎翔に頼まれて、この時間まで倉槌姉妹の看病を手伝っていたのである。翔としては、付き合いの長い先輩の看病を自分でやりたい気持ちもあったが、さすがに、汗の拭き取りや着替えなどを自分がやる訳にもいかず、かと言って他に頼める女子生徒の知り合いもいなかったので、ミラを頼ることになった訳である。ミラとしても、自分がつい先日まで同じような立場だったこともあり、その役回りを断る理由はなかった。
 そんな彼女が夜道を歩いていると、姫子からメールが届く。どうやら、彼女が友人全般に対して一斉送信したメールのようである。

「日頃の感謝の気持ちを込めて、10月31日の19時から、私の実家でハロウィン・パーティーを開きたいと思いますので、皆様、ぜひ遊びに来て下さい」

 突然のお誘いに、ミラがやや戸惑っていたその矢先、彼女が歩いていた夜道の向こう側から、少女の歌声が聞こえてきた。ややポップス寄りの、アイルランド民謡の要素が入ったアメリカのカントリーミュージックである。
 そして、その美しい音色の中に、自分やりんねと同じ波動、つまり「歌姫としての力」を感じたミラは、そちらに向かおうとしたが、その次の瞬間、その歌声は止み、激しく何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。彼女が急いでその場所にたどり着くと、既にそこには誰の姿もなく、ただ、現場には「白猫の毛」と「竹箒の欠片」だけが落ちている、という状態だった。結局、何があったのか、誰が歌っていたのかも分からないまま、家路に戻るしかないミラであった。

4.1.2. 受け継がれる炎

 一方、その頃、鳳凰院英雄もまた、夜道を一人歩いていた。姫子からのメールは、当然、彼の元にも送られており、さて、愛しの姫子を喜ばせるためにどのような仮装を用意すべきか、と思案を巡らせていた彼であったが、そんな中、ふと、自分の背後に懐かしい気配を感じる。彼が振り向くとそこには、胸に「鳳凰」をイメージした紋章が刻まれた軍服風の制服を来た、一人の白人男性(下図)の姿があった。


「お久しぶりです、マイン・カイザー」

 彼の名は、フリードリッヒ・アイゼンシュタット。かつて英雄が率いていた、闇の勢力を討伐する超能力集団における彼の副官だった人物であり、現在は二代目のリーダーの座を引き継いでいる。ちなみに、血統的には4分の3がドイツ人で、4分の1が日本人であり、日本語は堪能である。

「おぉ、フリード、久しいな。どうした?」
「実は、ハロウィンの夜にかこつけて悪さをするダークネスがこの街に潜んでいると聞いて、討伐に来た次第です」

 そう言って彼は、竹箒にまたがった一人の魔法使い風の少女(下図)の手配書を見せる。


 見たところ、小学生くらいのあどけない少女だが、彼が言うには、その正体は強大なシャドウで、人々を精神世界から貪り食う恐ろしい魔物であり、既に何人かの部下がその餌食となっている、とのこと。

「なるほど、分かった。では、それらしい情報が見つかったら、連絡することにしよう。ところで、フリード、せっかく久しぶりに会ったのだから、これからどこかで色々と語り合おうではないか」
「いえ、カイザー、私はまだ任務の途中ですので、それはまたいずれゆっくりと」

 そう言って、彼が後ろを向くと、そのマントには「丸」の中に「橘」が描かれた紋章が描かれていた(下図)。


 それは明らかに、和風の「家紋」である。その家紋について英雄が訪ねると、どうやら、それは彼の母方の祖父の実家の家紋らしい。

「私もこれからは、自分の一族を伝統を受け継いでいこうと思いまして」
「うむ、それは良い心がけだな」

 そんなやりとりを交わしつつ、フリードリッヒは再び、夜の街へと消えていった。

4.1.3. スサノオ、復活

 翌朝、スサノオ・ビヨンドルメーソンは、ようやく無事に目を覚ました。謎の襲撃者に襲われてから、意識不明の状態が続いていた彼ではあったが、彼よりも少し早く目を覚ましていた隣のベッドの倉槌緋那から、ここまでの大まかな事情を聞かされた。

「とりあえず、アンタはもう大丈夫みたいね。私も、姉さんも、身体の方はすっかり回復したわ。ただ、姉さんはまだ、意識がちょっと混乱してるみたいだから、話を聞くのは後の方がいいかも」

 その上で、姫子からのメールを確認した二人であったが、緋那は姉のことを気遣い、今回は遠慮するものの、スサノオには「楽しんできな」と告げる。スサノオとしても二人が心配ではあったが、病院のセキュリティは万全であると言われて、ひとまず納得する。

「そういえば、あのお嬢様、たしか猫が好きだったと思うから、仮装は、ハロウィンらしく黒猫の格好でもすれば喜ぶんじゃない?」

 緋那にそう提案され、自分に黒猫の衣装が似合うものなのか少々疑問に感じたスサノオであったが、よくよく考えてみれば、彼が来ている小学生用冬服には猫に変身する機能がついているため、それならばわざわざ衣装を用意する必要もない、ということに気付く。
 そんな中、二人が眠る病室に、翔が入ってきた。

「お、スサノオ、やっと目を覚ましたか。お前を襲った奴、正体が分かったぞ。朱雀門の生徒だ」

 彼の左脇には、剣道部員であるスサノオの暇潰し用に買ってきた『月刊剣道』の今月号が抱えられており、その中を開くと、「全中大会の優勝者」として、確かに、スサノオを襲った少年の写真(下図)が「朱雀門中学 柳生雅治」という名で載っていたのである。


「朱雀門と言えば、ヴァンパイアの巣窟。だが、奴はヴァンパイアではなかった。あの戦い方は、明らかに六六六人衆だ。六六六人衆が朱雀門と手を結ぶことは、普通は考えにくい。何か裏で動いているのかもしれんな」

 翔はそんな疑問を抱きつつも、ひとまず、ゆっくり眠って体力が全快したスサノオと共に、学校へと向かうのであった。

1.1.4. もう一人の未来予知者

 そんな二人に少し遅れる形で、学校へと向かいつつあった平福政次の前に、幼馴染みの須藤まりんが現れる。彼女もまた、学内でも数少ない「未来予知」が可能なエクスブレインの一人なのだが、彼女曰く、どうやら明日開催されている姫子のハロウィンパーティーで、何かが起きる未来が見えたのだという。

「明日、五十嵐先輩の家に、招かれざる客が二人来るわ。一人は、彼女が探している人。もう一人は、彼女に災いをもたらそうとしている人」

 ブレイズゲートの影響で、その二人の姿は明確には見えなかったが、その二人の「目」だけははっきりと見えたので、自分がその場にいれば必ず、見分けることが出来るという。ただ、彼女は姫子とはそれほど親しい関係ではないので(彼女が一方的に憧れているだけなので)、彼女の元にはパーティーの招待状は来ていない。

「だから、出来れば私も一緒に参加出来るようにお願いしてくれないかな。あ、いや、別に、その私も参加したいからそのための名目を作ってるとか、そういう訳じゃないのよ、ホントに」

 微妙に焦った顔をしながら、まりんはそう懇願する。少なくとも、それ「だけ」ではないだろうが、それもまた彼女の中で一つの動機となっていることは、おそらく政次も何となく感じ取ってはいたのだろう。とはいえ、そういう事情であれば、彼としても彼女を連れていくべき、という方針に異論はなかった。

「あと、なんか最近、音楽の先生と仲がいいって噂も聞くけど、私、別に、そんなに気にしてないからね。あなたが幸せになってくれるなら、私はそれでいいから……」

 まりんが何を言っているのか(何が言いたいのか)は、今ひとつよく分からない政次であったが、とりあえず、この日は久しぶりに二人で並んで学校へと向かう。ここ最近、幼馴染みの政次との距離が微妙に離れつつあることを感じていたまりんであったが、自分にエクスブレインとしての能力があったが故に、こうして彼と一緒にいられる理由が作れたことに、少しだけ感謝していた。

4.1.5. 行き倒れの魔女

 一方、保護者(タケル&昌子)付きとはいえ、クラスメートの淳子と今日も仲良く登校しているヤマトは、道端で、行き倒れの「ハロウィン風の魔女のコスプレをした少女」と遭遇する。

「T、treat、give me treat, or tri……ck……」

 まるで麻薬中毒者のような虚ろな目でその少女はヤマトに懇願するが、小学2年生の彼では、さすがに英語で何を言われても理解出来ない。幸い、タケルが彼女の意図を汲んで、懐から「Sn○ckers」を取り出し、彼女に与えると、彼女の顔色が徐々に回復していく。

「ありがとう。助かったわ。明日が年に一度の私の晴舞台なのに、財布を落としちゃって、困ってたの。お礼に、願いを叶えてあげるわ。お菓子をねだることから、イタズラすることまで、何でも出来るわよ」

 いきなり訳の分からないことを言われて戸惑う三人(+背後霊)であったが、しばらく間を開けて、ヤマトが口を開く。

「じゃあ、明日のハロウィンパーティーのために、お菓子を沢山ちょーだい」
「分かったわ。じゃあ、待っててね」 

 そう言って、彼女は左手に持っていた竹箒にまたがると、そのまま青空へと舞い上がっていく。そんな、あまりに非日常的な情景を目の当たりにした彼等は、受け渡す時間も場所も指定せずに飛んでいった彼女を、ただ呆然と見送るしかなかった。

4.2.1. それぞれのコスプレ

 その日の放課後、ヤマトから「魔女の姿で竹箒に乗った少女」の話を聞いた英雄は、ひとまずその旨をフリードリッヒに知らせた上で、姫子のパーティーに出席するための「デュラハン(首無し騎士)の仮装」の準備をする。各方面から集まったエキスパート達が作り出す「喋る首細工」を片手に持ち、自らは鎧の下に首を隠すという、かなり大掛かりな仕掛けである。ちなみに、鎧の中から本人が喋ると、それに合わせて首細工が動く仕組みらしい。
 中等部のミラとりんねは、それぞれ、サキュバスと魔法使いの衣装を探していた。りんねとしては、ミラの淫魔へのトラウマから自重しようかとも考えたが、ミラが「それくらいなら、全然大丈夫」とのことだったので、安心して露出度の高い衣装を物色することにした。ちなみに、(ポテンシャルが魔法使いである)ミラにとって、「魔法使いの服」が、そもそも「仮装」と言えるのかは微妙なところである。
 衣装を新調する必要のないスサノオは、自分の「飼い主」という設定で翔に「魔法使い」の格好で参加させることにした。当初は、パーティーそのものに対して乗り気では無かった翔も、わざわざ自分のために衣装を用意してくれたスサノオに押し切られ、しぶしぶ参加を承諾する。
 一方、政次とまりんは二人でハロウィン関連の衣装を物色した上で、最終的には「カボチャを形取ったコスプレ服」を見つける。政次はまりんに「(まりんが着るなら)それがいいんじゃないか?」と提案すると、彼女が店員に「じゃあ、これのLサイズとSサイズ下さい」と頼んでしまったため、問答無用でペアルックを余儀なくされることになったのであった。
 そんな中、ヤマトもまた母・ミコトと共にコスプレショップに来ていた。日頃、あまり物をねだることのないヤマトに頼まれたのが嬉しかったのか、ミコトはドラキュラ、狼男、フランケンシュタインなど、様々な衣装を次々とノリノリで提案する。しかし、それらはヤマトの希望の方向性とは少し異なっていた。

「淳子ちゃんがお母さんと一緒に『おばけ』のペアルックをやると言ってたから、僕もそれに近いものがいいな」
「そっかぁ……、淳子ちゃんと、昌子ちゃんと、ヤマトが、同じ衣装着るのね……。まるで本当の親子みたいね……。てか、もしかして、お父さんも一緒におばけの格好するのかなぁ? なんか、そうすると本当にその4人が一つの家族みたいよね。私以外の皆がまるで一つの家族みたいな……」
「お母さん、僕、狼男にするよ!」

 実に気が利く小学2年生である。ちなみに、一応、タケルにも(情報収集に協力してくれたということで)招待状は届いていたようだが、今回は仕事の都合で参加を見送ることにしたらしい。

4.2.2. 宴の始まり

 その日のパーティーは19時開始、とのことだったが、まりんの予言を危惧した政次は、彼女と二人で一足先に会場に到着し、怪しい者が現れないかの確認を試みようとする。ところが、馴れない衣装ということもあって、なかなか着替えがスムーズに進まない。ようやく政次が準備を終えてパーティー会場に来たものの、まりんはSサイズの服が予想より小さかったようで、彼以上に着替えが遅れてしまっている。
 そんな中、政次と同様に少し早めに到着していた英雄もまた、五十嵐家の使用人が持っていた参加者名簿を確認しながら、怪しげな人物が紛れ込んでいないかを確認していたが、少なくとも19時までに到着した者達の中には、特に不審な人物は見当たらなかった。
 一方、その頃、ヤマト&淳子(&昌子)は開始時刻の直前に到着するくらいのペースで五十嵐邸へと向かっていたが、そんな彼等の頭上から、突然、大量のチュッ○チャップスが落ちてきた。

「お待たせー、ごめんねー、見切り品がそれしかなかったんだー」

 そう言って、あの「竹箒に乗った魔女」が空中からにっこりと微笑む。

「ううん、ありがとう、嬉しいよ」
「じゃあ、私はこれから、良い子の家を回って、イタズラしなくちゃいけないから」

 何かが微妙に間違った行動指針を言い残して、彼女はそのまま夜空に消えていく。もし、彼女が本当にシャドウなら、彼女が持ってきたものを口にするのも危険な可能性はあるのだが、ヤマトはそんなことを気にせず、喜んでその色とりどりのチュッパ○ャップスを会場に「差し入れ」として届ける。
 そんな彼等とほぼ同時刻に、ミラ&りんね、スサノオ&翔、といった面々も到着し、宴が幕を開ける。この時点で、まだまりんは着替え室から出てこれていなかった訳だが、この会場に集まった面々を見渡してみると、全体的に「猫」のコスプレを着た人々が多いことが分かる(下図)。


 アメリカの製菓会社のマスコット、日本が誇る有名アニメ会社が映画化した八頭身の男爵、2000年前後に流行したポケットゲームのメインキャラ、川崎市を拠点とする悪の秘密結社のぬいぐるみ、日本が誇る妖怪漫画家が描いた十二使徒の一人、テレビ東京で11年前に放映されたアニメの主人公、いつもネズミと仲良く喧嘩しているアメリカの有名キャラクター、ゆるキャラブームの先駆けとなった彦根市のマスコット、といった面々が、楽しく談笑している光景が広がっていた。おそらく、緋那が言っていた通り、姫子の猫好きを反映した結果なのだろうが、選ばれているキャラのセンスから察するに、おそらくは彼女の同級生ではなく、もっと上の世代の者達が中心なのだろう。
 ちなみに、会場の隅では、妖艶な悪魔の服装に身を纏った律子先生もいたのだが、いつもの姿とのギャップが激しすぎて、学校関係者の誰も彼女が律子だと分からず、どう声をかけて良いものか分からないままスルーされた結果、一人で黙々と白ワインを飲み続けていたのであった。

4.2.3. 「本物」の来訪

 そんな中、英雄達にとって「見覚えのある顔」が、会場内に現れる。それは「淫魔のコスプレをした青年」に見せかけた本物の淫魔・榊原クラウスである。仮面舞踏会用のマスクを付けてはいたが、一度彼と死闘を繰り広げた彼等にとっては、その顔(と羽根と尻尾)を見間違えようがなかった。
 更に、それとほぼ時を同じくして、英雄の携帯が鳴る。どうやら、フリードリッヒが「例のシャドウ」を発見したらしい。救援を要請された英雄であったが、目の前にクラウスが現れてしまった以上、すぐにこの場を離れる訳にもいかず、「後で行く」と伝えるのが精一杯であった。
 そして、彼が電話に応答している間に、クラウスはミラを発見したようで、彼女に近付こうとするが、そこに政次が立ちはだかる。自分の正体があっさりと見破られていることを悟ったクラウスは、マスクを外し、『卒業』のダスティン・ホフマンのごとく両手を広げて、やや離れた場所にいるミラに向かってこう叫ぶ。

「ミラ、今からでも遅くない、帰って来い。そこはお前にふさわしい場所ではない。お前も分かっている筈だ。お前の歌声の価値を本当に分かっているのは、この私だと。私のそばにいることこそが、お前にとっての真の幸せなのだと」

 しかし、彼女の心は全く動かない。

「私はまだこの学園に来て間もないですけど、少しずつ分かってきたんです。ダークネスと戦うということの意味が」
「そうか、もう既に、こいつらの洗脳が始まってしまっているんだな……」

 周囲の者達の多くは「どっちが洗脳だ」と思っていたが、結局のところ、これは「種族間抗争」のレベルの溝であり、どちらが正しいという類いの問題ではない。ただ、クラウスの下にいた頃には「淫魔」にも「淫魔の眷属」にもなりきれなかったミラが、今は明確に「人類を守る灼滅者」としての立場に目覚めようとしていたことは事実である。しかし、クラウスとしては、その状況をそのまま受け入れることなど出来る筈もない。
 そのやり取りの最中、ミラとクラウスの間に翔も割って入り、他の灼滅者達もそれぞれに戦闘態勢に入ろうとしていたところで、ようやく着替えを終えたまりんが、会場へと到着する。

「お待たせー……、って、あれ? 誰、あの人?」

 いきなりのKY発言にその場が凍ったが、政次が慌てて彼女を庇うような形で身構え直す。そして、その空気に興が削がれたと感じたのか、それとも、灼滅者達の数を見てさすがに無勢を悟ったのか、クラウスはひとまず退散することを決意する。

「ミラ、私は諦めんぞ。そして、確信しているぞ。お前は必ず、私の下に戻ってくるということを」

 そう言って、彼はその場を去っていく。追撃することも可能ではあったが、去っていく彼の背中からは、以前に新宿で遭遇した時(不意打ちで襲撃した時)とは比べ物にならないほどの強大なサイキックエナジーが溢れ出ていたこともあり、この場であえて彼と事を構えようとする者はいなかった。

4.3.1. 一族の因縁

 しかし、これで危機が去ったという訳ではない。というのも、まりん曰く、彼女が予知した「姫子に害を与える者」は、クラウスではないのだという。つまり、これから会場内を改めて確認する必要があった訳だが、ひとまず目の前の脅威が消えたこともあり、英雄は会場を離れ、デュラハンの首をスサノオに預けて、(鎧は着たまま)フリードリッヒの元へと向かう。
 五十嵐家から走って数分程度の距離にある路地裏でフリードリッヒと合流した英雄だったが、そこにはシャドウらしき姿が見えない。

「フリード、シャドウはどこだ?」
「逃げられました。ただ、あなたをお呼びしたのは、それが主題ではないのです、カイザー」
「どういうことだ?」
「これでようやく、あなたは『あの女』から解放されます」

 この瞬間、英雄はフリードリッヒが、もはや彼の知っている「かつての自分の右腕」では無くなっていることを理解した。

「あの女だけは許せません。我々から貴方を奪った、あの女を。本当はこの手で灼滅したい。でも、あなたがいると、部下達は攻撃をためらう。だから、私はあなたをここで足止めする役を背負わなければならなかった」

 彼が言うところの「英雄を奪った女」というのが、姫子を指していることは明白である。確かに英雄は、姫子と出会ったことを契機に、組織を捨て、姫子との愛を成就することを最優先する道を選んだ。フリードリッヒの視点から見れば、確かに、彼女に英雄を奪われたことになる。そして、この彼の発言から察するに、現在、姫子を抹殺するために、彼の(かつての英雄の)部下達が動いている、ということになる。

「しかし、あなたが今すぐこちらの世界に来るなら、今から彼等に連絡して、攻撃をやめさせることも可能です。どうしますか?」

 それまで隠していたダークネスとしての力を開放させながら、フリードリッヒはそう告げる。しかし、このような形での突然の部下の裏切り行為に対しても、英雄は冷静だった。

「愚問だな。確かに、私にとって姫子は何よりも大切な存在。しかし、そのためにダークネスに堕ちるなど、ありえぬ」
「やはり、そうですか。それでこそ、マイン・カイザー。結局、どちらにしても、我が一族とあなたの一族は、こうなる運命だったのですね」
「どういうことだ?」
「カイザーの家系、調べさせてもらいました。鳳凰院家などという家は、江戸時代の公家にも武家にも存在しない。にも拘らず、明治期に突然、華族として台頭し、政府要人達の庇護の下であれだけの財を築けた理由がずっと謎だったのですが、ようやく解けました。鳳凰院家初代当主の正体、それは、明治の元勲達の恩師・吉田松陰の忘れ形見だったのですよ」

 公式の日本史では、吉田松陰に子供がいたという記録はない。故に、彼の話す内容が真実なのかは不明だが、確かに、あの吉田松陰に子供がいたとすれば、明治期の日本を動かしていた長州派の元勲達が華族に推挙するのも、以後の諸政策でその一族を優遇するのも、合点のいく話ではある。

「そして、私の母方の祖父は、かつての徳川四天王・井伊直政の直系の子孫。つまり、吉田松陰を誅殺した井伊直弼もまた、私の祖先なのです。154年前、私の祖先はあなたの祖先を殺したが、最終的に、あなたの祖先の弟子達の手によって、我が祖先が守ろうとした徳川の御代は打ち砕かれた」
「つまり、祖先の恨みを晴らすためにダークネスに堕ちた、ということか?」
「それも一つの理由ではあります。しかし、我等の最終的な目標は、神君の復活」
「神君…………、家康か!」

 言われてみれば、ここ最近、英雄達の行く手を阻んできた者達(榊原、服部、柳生)や、その背後にいると思しき者達(酒井、本多)はいずれも、徳川家に縁のある名の者達ばかりである。彼等がどこまで共闘しているのかは分からないが、その背後に「家康」の存在があるとすれば、自然と話は繋がってくる。

「はい、我等の力は祖先から代々受け継ぎしもの。ならば、その力は始祖の悲願を実現するためにこそ用いるべきでしょう」
「それは違う! 確かに祖先への敬意は大切だが、そのために、自らの灼滅者としての誇りを捨てて良いものではない!」
「私も最初は迷いました。しかし、私にこの道を決意させたのは、あなたですよ、カイザー。あの女さえいなければ……」

 そう言うと、フリードリッヒの身体から灼熱の炎のオーラが燃え上がる。彼は英雄と同じファイアブラッドをルーツとする灼滅者であり、その彼が堕ちた先の姿、それは……。

「そうそう、カイザー、あなたは私のことを『フリード』と呼んでいましたが、ドイツ語の『d』は末尾に来ると『t』の音となるのです。ですから、これからは私のことは『井伊(イー)フリート』とお呼び下さい」

 ちなみに、戸籍上の名字である「アイゼンシュタット」のイニシャルは「E」なので、そちらで名乗ったとしても「E(イー)フリート」となる。彼の両親が、その意図を込めて名付けたのかは分からない。いずれにせよ、今の彼の身体から燃え上がる炎は、紛れもなく、「赤鬼」と呼ばれた始祖・井伊直政の魂の籠った、イフリートの業火であった。
 その炎を目の当たりにして、かつての自分の部下が紛れもなくダークネスとなったという事実をはっきりと突き付けられた英雄は、自らの手でその部下の暴走を止める覚悟を固め、スレイヤーカードから武器を取り出す。こうして今、ハロウィンの宴に酔いしれる夜の街に燃え上がる二つの炎が、真正面からぶつかり合うことになったのである。

4.3.2. 彦根の白いにゃんこ

 一方、その頃、パーティー会場で侵入者を探していたまりんは、意外なところでその正体を見つける。

「あ、あの人、いや、人? えーっと、とにかく、あれです! 五十嵐先輩に害を及ぼす者です!」

 そう言って彼女が指差した先には、彦根城を模した兜を被った、白い猫の着ぐるみのような生き物の姿があった。そう、この「彦根の白いにゃんこ」こそが、彦根藩主・井伊家の末裔であるフリードリッヒが送り込んだ刺客だったのである。
 正体を悟られたと知ったその猫は見る見るうちに形を変え、巨大な猫型イフリート(下図)となって、その強靭な爪と炎で姫子に襲いかかろうとする。


 しかし、まりんの指摘によって一瞬早く武器を構えていた政次、スサノオ、ヤマト、ミラの4人が、すぐさま間に割って入り、そのダークネスと対峙する。
 一方、それに合わせて会場の外からも、フリードリッヒの(元・英雄の)部下達が侵入・襲撃を試みようとしたが、それに対しては翔・りんね・淳子(&昌子)が立ち塞がり、会場の外へと押し戻していく。
 そして、猫型イフリートはスサノオを最大の難敵と察したようで、彼に対して攻撃を集中するが、ヤマトの懸命の回復が功を奏して、どうにかスサノオもその猛攻を持ちこたえる。それと呼応して、4人も必死に攻撃を続け、持てる力の全てを振り絞った結果、どうにかその猫型イフリートを撃退することに成功した。
 そんな突然の襲撃に混乱するパーティー会場であったが、そこへ、今度はあの「竹箒の魔女」が現れる。

「ねえ、あの鎧の人、アンタの友達だよね?」

 彼女はヤマトに近付き、そう問いかける。「鎧の人」とは誰のことなのか一瞬、分からなかったが、状況的に英雄のことではないかと気付いたヤマトは、肯定の意を示す。

「さっき、私が変な奴に因縁つけられて襲われて、とっさに建物の中に隠れたんだけど、そしたら、あの鎧の人が来て、なんか戦いを始めちゃって、今、結構ヤバい状態になってるのよ。どうする? 助けに行きたい?」

 急な申し出に混乱するヤマトであったが、周囲にいたスサノオ、ミラ、政次も含めた4人は、ひとまず彼女の言を信じて、助けに行きたいという旨を告げる。

「じゃあ、R○YCE’五箱で手を打つわ」

 具体的にROY○E‘のどの商品を五箱なのか、という点を明言せぬまま、彼女は右手で取り出した謎のステッキを一回転させる。すると、彼等の姿がそのパーティー会場から、一瞬にして消えてしまった。

4.3.3. 不本意な結末

「腕が鈍ったな、フリード! 貴様のレーヴァテインは、こんな程度ではなかった筈だ!」

 フリードリッヒが繰り出す炎の一撃を間一髪のところで避けた英雄は、余裕の表情でそう語りつつ、ハンマーを彼に向けて振り下ろす。

「さすがです。それでこそ、マイン・カイザー。しかし、その余裕がいつまで持ちますかな」

 そう言いながら、フリードリッヒは自らの拳から幾重もの炎を繰り出し、英雄を追い込んでいく。序盤こそ、互角に戦えていた英雄であったが、やはり、ダークフォースを身につけたフリードリッヒの攻撃をかわし続けることは容易ではない。そして、遂にフリードリッヒの渾身の一撃が英雄を捕え、英雄の肉体が完全に限界を超えてしまったが、それでも英雄は倒れない。自らの行動がこのような事態を招いてしまったことへの責任感故か、その魂の力が肉体を凌駕する形で、闘志だけで戦いを続けようとしていた。
 そんな中、突如、二人の間に、乱入者が現れる。それは、「竹箒の魔女」の力でこの地に瞬間移動してきた、彼女と4人の灼滅者達であった。

「お、お前達、なぜここに?」
「あれ? ここはどこ?」
「貴様、今まで一体どこに?」

 皆が混乱する中、竹箒の魔女はやや疲れた表情を浮かべつつ、誇らしげにフリードリッヒに向けて言い放つ。

「私に手を出したことを、後悔するがいいわ!」

 そんな彼女の発言とタイミングを合わせて、(よく事態を把握出来ないまま)英雄が最後の力を振り絞って、フリードリッヒに魂の一撃を振り下ろす。それを真正面から受け止めたフリードリッヒは、自身の肉体の限界を感じつつ、ここで乱入した彼女達が少なくとも自分の味方ではないということを理解する。

「確かに、酒井様の『お使い』など無視して、最初から私のやりたいようにやるべきでしたね」

 魔女を見上げながらそう言って、フリードリッヒは英雄達に背を向ける。

「また、お会いしましょう、カイザー。この次は、最初から本気で」
「待て、フリード!」

 そう言って、彼を追いかけようとするが、既に限界を超えていた英雄の肉体は、その場に倒れ込んでしまう。

「『フリート』ですよ、カイザー」

 振り向き様にその言葉を残して、彼はその場を去っていく。こうして、誰にとっても不本意な心地のまま、この夜の戦いは幕を閉じた。

4.3.4. 「6人目」

 その後、五十嵐邸に戻った彼等を、心配していた翔やりんねが出迎える。彼等の視点から見れば、戦いが終わると同時に姿を消してしまった訳だから、混乱するのも無理はない。
 ただ、それでもバベルの鎖の力で、パーティー会場内の一般人の人々は、それほど動揺した様子はない。独り酒を続けていた律子先生も、生徒達が戦いを繰り広げていたことに殆ど気付かぬまま、酔い覚ましの烏龍茶に手を出し始めていた。
 とはいえ、それでも英雄としては、自分のせいで姫子や多くの人々を危険な目に晒してしまったという自責の念は止められず、姫子達に深々と頭を下げる。

「この度の件、全て私の不徳の致すところです。本当に申し訳ない」

 しかし、それに対して姫子は「ご無事で良かったです。本当に」とだけ言って、いつもの微笑みを英雄に向ける。その笑顔に癒されつつも、フリードリッヒとの決着は何としても自分でつける、と決意を新たにする英雄であった。
 一方、この時点で残された最大の「謎」である「竹箒の魔女」は、瞬間移動で疲労した体力(?)を回復させるために、会場のお菓子を片っ端から口にしつつ、自分自身の正体について、英雄達に説明する。

「私は、アンタ達が言うところの『都市伝説』、ってことになるのかな。この日本にハロウィンの楽しさを広めたい、という純粋な少女達の心の結晶体みたいな存在なのよ」

 つまり、フリードリッヒが言っていた「人々の魂を貪り食うシャドウ」というのは、全くの誤解orデタラメである、と彼女は主張している。それが本当か嘘かは分からないが、少なくとも現状では、明確に英雄達に敵意を向けたフリードリッヒよりは、彼女の発言の方が信用出来そうに思えるのは確かであろう。

「で、さっき、あの軍服の人がいきなり、『お前が生きていると困る人がいる』とか言って、いきなり襲いかかってきたのよ。全く、冗談じゃないわ」

 そう言いながら、五十嵐家御用達の高級チョコレートケーキを頬張る彼女に対して、ミラがふと、一昨日の夜のことを思い出し、訪ねてみる。

「一昨日の夜、歌声が聞こえて、その場所に行ったら、竹箒の欠片と白猫の毛が落ちてたんですけど……」
「あぁ、そう、それよ。あの軍服の人が、さっきのあの巨大猫を連れて襲いかかってきたんだって」

 つまり、昨日のミラの聞いた歌声の主が、この少女であるということはほぼ間違いない。それを踏まえた上で、皆が「この場をもう一度盛り上げるために、ハロウィンの歌を歌ってほしい」と彼女に持ちかけると、彼女は快諾して歌い始める。それは確かに、昨日の夜、ミラが聞いたあの歌声であった。
 そして、その歌を聞いた姫子は、ゆっくりと彼女に近付き、こう告げる。

「ありがとうございます。これで、やっと半分ですね」

 何のことだか分からぬまま、その「都市伝説」の少女は笑顔でまた歌い始める。こうして、悪夢のような戦いで始まったハロウィンの夜は、ようやく、本来の輝きを取り戻していく。

4.3.5. 「二年生」達の夜

4.3.5.1. 鴻崎翔(中学二年生)の場合

 そんな中、翔は、偶然にも自分と同じ魔法使いのペアルックとなっていたミラに声をかける。当初は、倉槌姉妹の看病を手伝ってくれたことのお礼を言おうと考えていたのだが、それよりも前に、彼にはどうしても気になることがあった。

「先輩、さっきのアイツに、ずっと監禁されてたんですよね」
「はい」
「アイツって、『淫魔』ですよね……」
「はい」
「ってことは、その……、あ、いや、すみません、何でもないです」

 ミラが淫魔に監禁されていたという事実はスサノオから聞いていたが、その淫魔本人を目の前にして、彼の中で何か説明しがたい感情が沸き上がってきたらしい。だが、その感情をどう表現すべきなのか、そもそも表現すべきではないのか、自分でもよく分からないまま声をかけてしまったことに、今、彼は激しく後悔している。中学二年生の彼が、今夜、どんな淫夢に取り憑かれることになるかは分からないが、とりあえず、「あの淫魔は、いつか必ず俺が殺す」という、よく分からない使命感に燃え上がっていた。

4.3.5.2. 須崎まりん(中学二年生)の場合

 一方、同じく中学二年のまりんは、戦いが一段落したところで、このパーティーに来たもう一つの目的を果たそうとしていた。それは、最近、政次が仲良くしているという「音楽の先生」がどんな人なのか、ということを確かめることである。これは、彼女の生来の好奇心がそうさせているだけで、別にそれ以上の意味は何もない、ただ知りたいという欲求だけがそうさせているだけ、と彼女は自分に言い聞かせていた。
 しかし、なかなか見つからない。話に聞いていた「眼鏡をかけてオドオドした雰囲気の地味な女性」らしき人物が、会場内のどこにも見当たらないのである。もしかして、呼ばれていないのかな、と思っていた時、後ろから姫子の声が聞こえてくる。

「桂木先生、先日、お話しした件なのですけど……」

 そう、確か「桂木」という名だった筈。「そこにいたか!」と目を凝らして姫子の話し相手を凝視するが、自分の想像とはあまりにも掛け離れた彼女の容貌に、深い衝撃を受ける(下図)。


 14歳の自分とは似ても似つかぬグラマラスな身体と、長く美しいウェーブの黒髪、強烈な目力、妖艶な唇、そして(悪魔コスによって増幅された)全身から漂う「大人の女」の色気……。その迫力に圧倒されたまりんは、露骨にテンションを落としながら、家に帰ったら豆乳の通販サイトを検索しよう、と決意する。

4.3.5.3. 山口淳子(小学二年生)の場合

 一方、小学二年生の淳子は、竹箒の少女の言動に、微妙な違和感を感じていた。彼女は「ヤマトと鎧の人(英雄)が友達」だということを知っていたようだが、最初に出会った時にも、○ュッパチャップスを届けた時も、その場に英雄はいなかった。ということは、彼女はその二回以外のどこかのタイミングで、ヤマトと会っていたのか、もしくは、ヤマトの言動をずっと影から見ていたか、どちらにしても、彼女がヤマトに何らかの興味を示していた可能性が高い。
 ここ数日、寝食を共にし続けたことで、彼女の中でヤマトが「一番親しい存在」となっていたが故に、ヤマトの中でも自分が同じような位置にいると思い込んでいた身としては、彼が自分以外の少女と親しくなっていく図を想像しただけで、どこかモヤモヤした気分になってしまう。だからと言って、人見知りの彼女としては、そのことを本人に確認するのも気がひけるし、誰かに相談する気にもなれなかった訳だが、そんな彼女を背後から見守っていた昌子は、真相を知っていた。
 実はあの竹箒の少女は、 パーティーが始まる直前のタイミングで密かに会場に潜入し、奥のケーキ・バイキングのコーナーでつまみ食いをしていたのである(そのことに彼女だけが気付けたのは、同じ霊的存在であるが故の感覚なのだろうか)。おそらく、そのタイミングで、ヤマトと「鎧の人」が仲良さそうに会話している場面を見ていたのだろう。
 だが、あえて昌子は、そのことを娘に伝えない。あの少女の出現により、淳子が「特定の男子に対して、特別な感情を抱きつつある」ということを自覚するのは、彼女の成長のためにも望ましいと考えていたからである。無論、一人でマゴマゴした状態のまま、じっとヤマトを見ている淳子は、自分の心の中が母親に丸々覗き見されていることなど、知る由もなかった。

4.3.5.4. 五十嵐姫子(高校二年生)の場合

 盛り上がる宴席の中で各自がそんな思いを抱いている中、主催者である高校二年生の姫子は、次々と自分の前に現れる猫系コスチュームの男性達の対応に、少々疲れていた。
 彼等は皆、姫子の知人であるが、学園関係者ではなく、主に父の会社の関係者や、関連企業の社長の御曹司など、いわゆる上流階級の人々が多い。美貌、才能、人格、財産、全てを持ち合わせた彼女の周囲に多くの男性が群がるのは自然の摂理であり、彼女の中でもそれは幼少期から日常茶飯事であった筈なのだが、なぜかここ最近、こういった宴席で彼等の相手をすることに、前よりも疲労感を感じるようになっていた。
 おそらく、その理由は、ここ最近、学園内で彼女に言い寄る男性の数が減り、「静かな学園生活」を送れるようになったことで、このような状況が彼女の「日常」ではなくなったからだろう。それは決して、彼女の魅力が衰えたからではない。むしろ、ここ最近の彼女は以前にも増して美貌に磨きがかかり、学園内でも彼女に想いを寄せる男性の数は増え続けているのだが、常に彼女にまとわりつく「面倒臭そうな男」がいる、という評判が広がっているからである。その男を押しのけてまで彼女をモノにしよう、と思えるほど気概のある人物は、今の学園内にはいないらしい。
 姫子自身がそのことに気付いているのかは分からない。ただ、彼が転校してきてから「静かで快適な学園生活」が送れるようになってきたことは、なんとなく感じ取っているのかもしれない。その意味でも、彼女自身の感情がどうであれ、既に彼女の中で彼が「特別な存在」となっていることは、疑い様のない事実であった。

4.3.5.5. 倉槌緋那(高校二年生)の場合

 そんな宴会で盛り上がる五十嵐邸から遠く離れた学園内の病院で、同じく高校二年生の緋那は、一昨日までスサノオが寝ていたベッドに目を向けながら、軽くため息をついていた。そんな彼女に、つい先刻、目を覚ましたばかりの姉・葉那が話しかける。

「そんなに気になるなら、行けばよかったのに」
「気になる、っていうか、心配なのよ。またバカやってるんじゃないかって。まぁ、最近は翔がちゃんと躾けてるみたいだから、大丈夫だとは思うけど」
「あなた、昔から、年下にはなつかれるタチだったよね。私なんかより、よっぽど長女っぽいわ」
「むしろ、姉さんがいるからこそ、私、妹か弟が欲しかったのかもしれない。早く姉さんみたいになりたかったからこそ、誰かの『お姉さん』でありたかったのかも」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、お姉さんとしては、もう少し甘えてほしかったかな。あなた、いつも自分で何でもやっちゃうんだもん。少しは頼ってほしかったわ」
「それを言うなら、姉さんの方が、私よりも『甘え上手』だったよね。今までの彼氏だって、皆、年上ばっかりだし」
「そうね。もしかしたら、私達、逆の順番で生まれた方が良かったのかも」

 そう言って笑顔を見せる姉を見ながら、緋那はようやく彼女が帰ってきてくれたことに、心の底から安堵する。もう二度と、こんな平和な会話を交わすことも出来ないと思っていたからこそ、彼女が人間の心を取り戻してくれたことが、本当に嬉しい。

「で、あなたはどうなの? 私がいない間に、年下の彼氏でも出来た?」
「冗談言わないでよ。私だって、付き合うなら年上がいいわ。少なくとも、精神的に私を支えてくれる人でないと、絶対無理よ」
「だったら、もう少し可愛げを出さないと。でも、今のあなたを無理に変える必要もないし、今のあなたを支えてくれる人なら、年下でも年上でもいいんじゃない?」
「まぁ、そうだけどね。でも、やっぱり、年上がいいかな。私、多分、年下と付き合うと、典型的な『だめんず・うぉ〜か〜』になりそうだし」
「そうかな? スサノオ君なんて、将来は普通に『いい男』になってそうだけど」

 そう言われて、緋那は一瞬、驚いた顔を見せ、次の瞬間、大声で笑い出す。

「翔ならまだしも、なんで、よりによってスサノオなのよ。アイツ、まだ小4よ? 7つも下なのよ?」
「その分、将来性があるってことじゃない。10年後には、どうなってるか分からないわよ」
「そりゃ、そうだけど、仮に10年後に、アイツがイケメンになってたとして、その時点で私は27よ? まぁ、そんなオバさんでもいいっていうなら、考えてやらなくもないけどね」
「そうね。あと、その歳になれば、27でも、28でも、大差ないわよね」

 ちなみに、葉那と緋那は一歳違いである。

「え……? ね、姉さん、ちょっと、本気で言ってる?」
「何、動揺してるのよ」
「い、いや、だって、その、アイツが『義兄さん』になるのは、さすがにちょっと……」
「冗談に決まってるでしょ。少なくとも、今は、ね」

 そう言って小悪魔のような笑みを浮かべつつ、葉那は窓の外を見ながら話を続ける。

「でもね、男と女って、いつ何がどうなるか、誰にも分からないものよ。誰が相手でもいいけど、自分の気持ちに気付いた時にはもう遅い、ってこともあるから、気をつけてね」

 何かを思い出しているかのような口調で語る姉の横顔を見ながら、緋那は、改めて「10年後のスサノオ(下図)」を想像してみたが、次の瞬間、思わず吹き出してしまう。


「ないない、やっぱり、スサノオだけはありえないって」

 そう言って一笑に付した緋那だが、その日の夜、彼女はその「10年後のスサノオ」に求婚される夢を見て、激しく動揺したまま、寝覚めの悪い朝を迎えることになるのであった。


第4話の裏話

 実は、今回の「竹箒の少女」は、数年前に『番長学園!』用に作ったNPCだった訳ですが、この日のセッションがちょうど「10月31日」だったので、これはぜひハロウィンの話をやらねばと思い、設定を一部リニューアルして投入することになった訳です。ただ、当初は彼女は「魔法使い×サウンドソルジャー」の「売れない地下アイドル」の予定だったのですが、それだと後の登場する愛知県組の面々と微妙にキャラが被ると思ったので、思い切って「都市伝説」という裏技を使うことになりました。一応、「友好的な都市伝説」の存在は公式にも認められてるので、一人くらいはそんな子がいてもいいかな、と。
 そして、この回も、ちょっと話がゴチャゴチャしてるんですよね。「英雄の過去の因縁」と「歌姫探し」と「ハロウィンパーティー」を無理矢理にくっつけてしまったお陰で、なんか無理のある展開になってしまったような、自分でもそんな心地の悪さを感じます(GM的には「やりたいこと」を全部やらせてもらえたので、十分楽しめたんですけどね)。
 それに加えて、もう一つ心地が悪かったのが、英雄の元部下達を全員「灼滅」してしまったことです。前回が甘々の裁定だったので、今回は(英雄とフリードリッヒの対立を煽るために)あえて厳しく皆殺しにしてしまった訳ですけど、なんだかんだでこの後のキャンペーンが「ヌルい展開」のオンパレードになっていってしまったので、後々になって振り返ってみると、ちょっとこの回だけが極端に重くなりすぎたかな、という印象です。
 ちなみに、この「井伊フリート」という、しょーもないダジャレから生まれたキャラが登場したことで、いよいよ「徳川四天王」の存在が明らかになる訳ですが(前述の通り、これは後付け設定なのですが)、これって、戦国時代に興味が無い人達にとっては、ちょっと分かりにくいネタでしたよね。歴史モノのゲームならともかく、現代超能力モノの話でこういう話をやるのは、メンバー全員がそういう話に興味がある人であることを確認してからにすべきだったと思います。ついでに言うと、もう一つの反省点として、ドイツ系の名前(クラウスとフリードリッヒ)が被ってしまったのは失敗でした(最初からこのネタが決まってたら、榊原の方はフランス系の名前にしてたんですけどねぇ……)。
 そして、英雄の祖先を高杉晋作にしたのは、井伊家との因縁ということもありますが、この頃に固まった「各PCの祖先を「(徳川家を含めた)源氏の宿敵」で統一しよう」という方針の一環でもあります。まぁ、このネタ自体、数年前にKAMUIで使った設定の焼き直しなんですけどね(しかも、政次の中の人はその時の参加者)。昔から、安易な歴史ネタに走りやすいのは私の悪いクセなんですが、このゲームの設定上、どうしてもそっち方面に話を持っていきたくなるんですよ。しかも、PC達の中に「記憶喪失」や「天涯孤独」のキャラが多いことを考えると、本能的に色々と設定を妄想したくなってしまう訳ですよね、私の場合。

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最終更新:2014年01月05日 06:15