第2話「伝説は眠らない」

2.1.1. 英雄と姫子のいつもの光景

「おぉ、美しき女よ。そなたを我が妻に迎え入れよう」
「あら、英雄さん、ごきげんよう」

 なぜか毎朝、姫子の通学路に唐突に現れる馬車から降りて、英雄が姫子に傅きながら、そんな「毎朝の光景」を繰り返しつつ、姫子は彼にこう告げる。

「この間の皆さんにお願いしたいことがあるんですが、私、連絡先を聞き忘れてしまって……」
「では、余が皆に連絡して回ろう。いつまでに告げれば良い?」
「出来れば、また今日の放課後に、私のクラスに来て頂けると助かります」
「うむ、分かった。では、休み時間の間に連絡して回ろう。時に女、学校まで余と一緒に来るか?」
「あ、はい。お願いします」

 そんなこんなで、馬車に乗って共に学校へと向かう二人。これもまた、学園内では「見慣れた光景」であった。
 この後、英雄は約束通りに皆に姫子の元に来るように告げて回ることになるのだが、その過程で各クラスで様々な波紋を起こすことになる。だが、そんな非常識な光景もまた、この学園内では「ごくありふれた」日常の一環でしかないのであった。
 なお、この後、英雄はポケットマネーで(それまで携帯を持っていなかった)ヤマトとミラに連絡用携帯を手渡す。この結果、彼等は仲間同士での連絡手段を、ようやく手に入れることになる。

2.1.2. 殺人鬼を狩る男

 一方、その頃、男子寮のスサノオと翔の部屋に、一通の「葬儀にご出席頂いた方々への礼状」が届いていた。宛先は、翔である。

「あぁ、こないだ。同じクラスの奴が殺されたんだ。俺達と同じ殺人鬼だったんだがな」

 級友の葬式など、普通の中学生ならば、あまり経験する機会のないイベントである。しかし、彼等にとっては、さほど珍しい光景ではない。いつ誰がダークネスとの戦いで命を落としてもおかしくない、そういった環境の中で学校へと通い続けることが、彼等にとっての「普通の日常」であった。

「学校帰りに、透明の強靭な糸で絞殺されたらしい。しかも、死体の形状からして、一度ダークネス化した上で殺されたそうだ。その手口からして、六六六人衆の一人、服部健一じゃないかと言われてる」

 服部健一とは、六六六人衆の一人で、元々はプロの暗殺者だったが、殺しそのものの魅力に取り憑かれて、闇に堕ちた存在らしい。今の序列は三百番台の中堅クラスだが、闇堕ちしそうな暗殺者を狙って、闇堕ちさせた直後に殺すことで、序列を上げてるらしい(六六六人衆の序列は、基本的に仲間同士の殺し合いで上下する)。

「俺達も殺人鬼だから、奴に狙われる可能性は十分にある。気をつけないとな。ところで、これから、あの奏っていう先輩を、闇堕ち検診に案内に行くんだが、お前も一緒に来るか?」
「あ、はい、行きます」
「あれ? お前、いつの間に敬語が使えるようになったんだ?」
「うん、こないだ覚えた」

 これまで、翔以外の上級生とはあまり話す機会がなかったスサノオであったが、先日の一件以来、高校生の先輩達と話す機会が増えて、少しずつ日本流の礼儀を覚えていったらしい。

「まずいな、こうなると、俺もちゃんと敬語で話さないといけないじゃないか」

 そう呟きながら、彼はスサノオと共に、ミラのいる女子寮へと向かったのであった。

2.1.3. ミラの新生活

「昨日、鴻崎君っていう後輩から、電話があったよ。今日は闇堕ち検診ってのがあるらしいね」

 朝の身支度を整えているミラに対して、りんねがギターの調律をしながら、そう告げる。一応、闇堕ち検診についてはミラ自身も聞いてはいたのだが、前日の時点で改めて翔が連絡していたらしい。

「ところで、今まで、どんなジャンルの音楽をやってきたの? 楽器とか、弾ける?」
「あ、いえ、その、クラシックをやってたんですけど、楽器はちょっと……」

 りんねとしては、出来ればバンド仲間になれれば、と思っていたようだが、残念ながら、そのアテは外れてしまったらしい。

「そっかぁ。まぁ、音楽性は合いそうにないけど、仲良くやっていきましょ。私達、世界を救うための仲間らしいし」

 そんなやりとりをしつつ、やがて迎えに来た翔・スサノオと共に、ミラは闇堕ち検診へと向かう。

「アンタ、記憶がないんだって? あ、いや、その、ないんですか?」

 検診所への移動の途中、馴れない敬語で翔が語りかける。

「まぁ、思い出せないなら、思い出さない方がいいのかもしれないですね。『忘れる』ってのは、人が生きてく上で、必要な能力の一つだと思います。俺ももう、過去は忘れました」

 厳密に言えば、「過去を思い出せないこと」と「自主的に過去を忘れること」では意味が大きく異なるのだが、いずれにせよ、過去にこだわらずに生きていくしかない、という意味では、彼もまたミラと同じ立場の人間であった。

「そういえば、スサノオ、お前はどうだったかな?」
「んー、正直、殺し合い始める前のことは、よく覚えてない」

 実は、翔はこの答えが来ることを知っていた。その上で、あえて改めて問うたのは、その答えをミラに聞かせたかったからである。

「そうだな。俺達はそれでいい。過去がどうであろうと、今、目の前にあること、今、出来ることをやるしかないんだ」

 そんな話を続けつつ、彼等は検診の場へと到着する。そこで一通りの検診を受けたミラであったが、実際のところ、まだ記憶も戻っておらず、自分の周囲の状況も完全に把握しきっているとは言い難いミラにとっては、何を質問されても、まともに答えることは出来なかった。

「とりあえず、『今、自分はここにいていいのか?』とか、『ここは自分の居場所じゃないんじゃないか?』とか、そういうことを考え始めたら、すぐに相談して下さいね」

 検診担当の医師にそう言われた後、ミラは教室へと移動する。この日は、ミラにとって初めての正式な登校日でもあり、担任の先生に紹介されながら、皆の前で簡単に自己紹介をして、授業を受ける。そして授業が終わると、多くの男子生徒達が彼女の周りに集まってきた。

「奏さん、前はどの辺の学校に通ってたの?」
「ここに来る前、どんなことしてた?」
「今日、学校終わった後、何か予定ある?」

 いきなりの質問攻めで困惑していると、(同じクラスに配属されている)りんねが割って入る。

「はいはーい、そういう話は、マネージャーの私を通してね」

 りんねに邪魔されたことで、しぶしぶと男子生徒達は退散する。二人がどういう関係なのかを知る者はこのクラスにはいないが、なんとなく、「りんねの関係者」というだけで「面倒な存在」という印象を与えてしまったらしい。結果的に言えば、「クラスの友達」を作る機会を減らしてしまったことになるが、まだ「日常」への免疫がない彼女にとっては、今はこれで良かったのかもしれない。

2.1.4. 小学生と不審者

「すまん、ヤマト、ちょっと体調が悪くて準備が遅れそうなんだ。先に行っててくれ」

 相変わらず、悪夢にうなされて朝が苦しそうな父・神代タケルは息子・ヤマトにそう告げる。母・ミコトに見送られて、学校へと向かったヤマトであったが、その途中、見るからに不審な雰囲気を漂わせた中年男性と遭遇する。

「き、きみ、武蔵坂学園の子だよね、や、山口、淳子ちゃん、って、知ってる、かな?」

 その異様な風貌に危機感を感じたヤマトは、やや距離を取りつつ、答える。

「う、うん。同じクラスだよ」

 山口淳子とは、確かにヤマトと同じクラスの女子生徒の名前である。と言っても、おとなしい子で、ヤマトとはあまり話したことはない。

「や、やっぱり、そうかぁ。あの学園にいるんだぁ。ねぇ、どこに住んでるかとか、知ってる? お母さんの子供の頃に似てるのかなぁ?」

 ニタニタと薄気味悪い笑顔を浮かべながら、その不審者が近寄って来ようとすると、後ろの方から、怒濤の勢いで近付いてくる父・タケルの姿が目に入る。その状況に対して、その男は「や、やばい……」と呟きながら、一目散に退散していった。

「大丈夫か? ヤマト」
「うん、なんか、よく分からない人だった」

 とりあえず、父としては、今後は当分、無理してでも自分と一緒に登校させるべきだと改めて実感したのであった。

2.1.5. 楽譜の少女

 ちょうどその頃、学校へと向かおうとしていた政次が、その途上の曲がり角で偶然、一人の小柄な少女とぶつかってしまった。

「あ、ご、ごめんなさい……」

 小学校低学年くらいのその少女(下図)は、手に楽譜を持っていたようで、それが辺りに散らばってしまう。


 それを必死でかき集めようとしていたので、政次もそれを手伝い、楽譜を手渡すと、

「あ、ありがとうございました!」

と言って一礼し、一目散に武蔵坂の小学校の校舎へと走って行く。その後ろ姿を見送りつつ、自分も高等部の校舎へと向かおうとした政次であったが、一瞬、彼女のその走り去っていく背中から、並外れて強力なサイキックエナジーを感じた。これは、先刻まで彼女と正面から向き合っていた時には感じなかったほどの力である。その奇妙な違和感と、そして「楽譜」という持ち物から、先日の事件の際に姫子が言っていた話が思い起こされたが、さすがに今から追いかける訳にもいかず、この場は素直に学校へと向かうことにした。

2.2.1. 姫子の推論

 そして放課後、英雄に招集される形で、りんね・ミラ・政次・ヤマト・スサノオの5人が、再び姫子のいる教室へと集められた。

「あれから更に調査を続けて、この井の頭キャンパス内のほぼ全てのサウンドソルジャーの女生徒を確認してみたのですが、結局、見つかりませんでした」

 武蔵坂学園にはいくつかのキャンパスがあり、彼等の通う井の頭キャンパスの他にも、吉祥寺キャンパス、武蔵境キャンパス、天文台キャンパスなどが併設されている。

「当然、今後、他のキャンパスも探してみる必要はあるのですが、もしかしたら、まだポテンシャルが覚醒していない、若い灼滅者の方々の中にいるのかもしれません」

 灼滅者は通常、ルーツとポテンシャルという二つの能力を持ち合わせているが、いきなり二つが同時に覚醒するとは限らず、片方しか目覚めていない者も中には存在する。そういった人々の中に、サウンドソルジャーとしてのポテンシャルを秘めている者がいる可能性は、確かにありうる。
 その話を聞いて、政次は今朝遭遇した「楽譜の少女」のことを思い出す。その少女の特徴などを説明すると、どうやらそれは、ヤマトの同級生・山口淳子である可能性が高い、ということが判明したので、ひとまず、その娘についての情報を、教員であるヤマトの父経由で調べてみよう、という方針を固めた。
 一方、りんねは「吉祥寺キャンパスに知り合いがいる」とのことで、同時並行で他のキャンパスについても調べることを提案する。彼女はミラの声を聞いた時も、その音色に特殊な波動を感じることが出来ていたので、「歌姫」の歌声を識別する能力があることは証明済みであり、姫子がわざわざ出向かなくても、彼女一人でその人物を探し当てることが出来る、という目算であった。
 その提案を受け入れた上で、英雄、政次、スサノオの3人は、ヤマトが遭遇したという「山口淳子に興味を示している不審者」を日が暮れる頃まで探して回ったが、結局、見つからなかった。ただ、その不審者を目撃したという生徒は何人も存在しており、彼等の間では、その男は人間でもダークネスでもなく、「都市伝説」と呼ばれる、人間の噂が生み出した妖怪の一種ではないか、という噂が広がっていた。

2.2.2. スサノオを狙う影

 そして、この日の調査を終えて、家に帰ろうとしていたスサノオは、自分が何者かに尾行されている気配を感じる。その正体に不安を感じつつも、ひとまず、最も安全な場所であろうサイキックアブソーバーのある学園の方向へ向かって走り続けた結果、どうにかその何者かの尾行を振り切ることに成功した。
 しかし、その翌日、学校へ向かおうとしていた彼の目の前に、その尾行主が白昼堂々と姿を現す(下図)。


 その、露骨に禍々しいオーラを漂わせた中年風の男は、ニヤリと笑いながら彼に語りかける。

「貴様が、スサノオだな。この俺をまくとは、なかなかやるじゃないか。さすが、本多様が見込んだだけのことはある」

 「本多様」という呼び名に記憶がなかったが、その男が噂の「服部健一」であることは、彼の手に持っていた透明のワイヤー状の何かから、察しがついていた。

「貴様、こちらの世界に来ないか? この世のモノとは思えぬほどの快楽を味わえるぞ。あの殺人ゲームを経験した身なら、想像出来るだろう。誰かのためでも、金のためでもなく、ただ純粋な気持ちだけで人を殺すことがもたらす快楽の魅力が」

 確かに、「殺し」の魅力自体はスサノオもよく知っている。しかし、その魅力に支配されなかったからこそ、今の彼がいるのである。

「僕は大概がいいんだ。流れるままに生きていければ、それでいい」

 サラッとそう言ってのける彼を見て、やや失望しながらも、その男は続ける。

「まだ、今のお前ではダメなようだな。では、仕方ない。外堀から埋めていくことにしよう」

 そう言って、彼は姿を消した。その言葉に不安を感じながらも、今の自分では彼と1対1で戦っても勝てないと分かっているスサノオとしては、黙って見送るしかなかった。

2.2.3. 伝説の歌手

 一方、その頃、偶然同じ通学路で蜂遇わせた英雄と政次は、一人の不審者が小学生の女子を尾行しているのを見つけた。その特徴から、おそらくその不審者が、昨日ヤマトに声をかけた男で、彼が付け回しているのが、ヤマトの級友・山口淳子であろうことは想像が出来た。

「おい、そこの貴様、何をしている?」

 英雄に声をかけられた男は、突然の事態にビクつきながら仰け反る。

「い、いや、何って、別にそんな、俺は何も……」
「この辺りで、怪しい人物を見かけたという話があるんだが」
「し、知らない。俺は、怪しい奴なんて、見てないぞ」

 彼が逃げようとすると、反対側に政次が回り込む。

「まぁ、確かに『見たこと』はないだろうな。でも、『いる』ことは分かってるだろう?」

 そう言いながら、政次も警戒しつつ距離を詰める。それに合わせて、英雄が尋問を続ける。

「ここで何をしている?」
「何って、いや、別に、何も、てか、お前等、学生だろ。とっとと学校行けよ」
「あ、悪い。俺、不良なんで」

 そう言って、容赦なく退路を塞ぐ政次。そして、英雄が携帯電話に手をかけた瞬間、その男は体中から禍々しいオーラを放ち、その正体を露にする。それはまさに、人々の噂によって生み出された都市伝説「芸能人ストーカー」の姿であった。
 都市伝説とは、灼滅者ともダークネスとも異なる、言わば「サイキックエナジーそのもの」が意志を持った存在であるが、その能力は様々であり、人に危害を及ぼす者もいれば、無害な者もいる。だが、この場合、明らかに「有害な都市伝説」である可能性が高いと判断した政次は、渾身の一撃を彼に与える。その衝撃で倒れたその男は、あっさりと手を挙げて無抵抗の意志を示した。

「た、助けてくれ……。お、俺はただ、山口昌子の娘がいると聞いて、追いかけてただけなんだ」

 「山口昌子」と聞いても、英雄も政次も今ひとつピンとこなかったが、それは彼等がまだ幼少だった頃に一世を風靡した伝説のシンガーソングライターの名前である。伸びやかで張りのある歌声を武器に、若干13歳でデビューして、一般大衆から音楽評論家に至るまで「奇跡の歌声」と評され、数多くのヒット曲を生み出したが、10年前に突然、一般人男性との結婚を発表し、そのまま芸能界から姿を消した。まさに日本歌謡史に残る伝説的な存在である。

「な、頼む、見逃してくれよ。ほら、お前等もここの学校の生徒なら、好きな娘とかいるだろ? その娘に関する色々な情報も、俺は持ってるからさ」
「愚かな。そういったものは、自分で集めるから意義があるのだろうが」
「ま、まぁ、確かにそうかもしれんが……」
「時に貴様、念のため聞いておくが、姫子のことも付け回しておったのか?」
「姫子? ……あぁ、あの高等部のお嬢様か。大丈夫、あの娘は俺の守備範囲外だから。俺のストライクゾーンは、そこまで『高く』ないんでね」

 そんな会話を繰り返しつつ、段々と英雄の中で「こやつは生かしておいてはならぬ存在ではないか」という意識が高まりつつあったが、まだもう少し、情報を聞き出す必要があった。

「それで、その情報はどこから出てきたんだ?」
「どこって、そりゃあもう、ネット上の裏サイトでは最近ずっと話題になってるからな。あの伝説の歌謡界の女王の娘がいる、ってね。一応、俺も山口昌子は中三の頃までは好きだったから、その娘がいると聞いたら、いてもたってもいられなくなって、これはなんとしても居場所を突き止めないと、と思った訳だよ。そしたら、確かに昔の昌子の面影を残した美少女だったもんだから、そりゃあもう興奮して……」
「よし、政次、こやつ、殺していいか?」

 そう言って、スレイヤーカードから武器を取り出そうとした英雄であったが、さすがに、命を助けることを条件に話を聞き出した以上、ここで殺すのは仁義に反すると考えた政次は、英雄を止めようとする。

「まぁ、待て。殺さなきゃいけないほどのことでもないだろう」
「いや、しかし、今、こやつを殺さなければ、この言い様のない不快感は収まらぬ」

 二人がそんな形で押し問答をしている間に、その男(都市伝説)は姿を消した。彼が言っていたことがどこまで本当かは分からないが、ようやく、彼女に関する手掛かりを少しだけ手に入れることが出来た二人であった。

2.2.4. 山口家の事情

 そしてこの日の午後、再び、英雄・政次・スサノオ・ヤマト・ミラの5人が、姫子の元に集まる。ヤマトの父が調べたところによると、淳子のルーツはサウンドソルジャーではなく、「魔法使い」らしい。ただ、ポテンシャルはまだ不明とのことで、その意味では彼女が歌姫である可能性はまだ十分にありうる。
 また、ヤマトや淳子の担任の教員が、淳子の家庭訪問に行った時に会った彼女の「母親」は、ちょっとガラの悪い、かなり若い母親であったという。また、彼女は武蔵坂に来る前から、学外の音楽教室に通っていたらしいのだが、ヤマトの記憶によれば、淳子は学校の音楽の授業において、いつも頑張って歌おうとはしているものの、まともに声が出ていないことが多く、あまり音楽が得意なようには思えなかった。
 その情報と、英雄・政次が遭遇した男の情報を照らし合わせてみると、まだ色々と不審な点は多かったので、とりあえず、ネット上の裏サイトを色々と調べてみると、「山口昌子の現住所」が既に晒されていた。その真偽は定かではないが、学校まで小学生でも歩いて行ける距離であり、先日、政次が彼女と遭遇した場所とも近かった。
 そこで、ひとまず5人でその住所へと向かってみると、そこは既に様々なタイプの「芸能人ストーカー(都市伝説)」達がたむろしており、そこからやや距離を取ったところに、彼等に怯えて家に近付けずにいる淳子の姿があった。彼女からヤマト達が事情を聞いていると、そこに、20代前半くらいの女性(下図)が駆けつける。


「淳子、何があったの? 大丈夫? その人達は誰?」
「あ、いや、その、この人達は、悪い人達じゃないよ……、多分……」

 淳子は、自分を取り囲む上級生達を見ながら、俯きつつそう説明する。一応、彼女の中でヤマトは「クラスの優等生」であり、政次は「楽譜を拾ってくれた親切な人」であり、英雄達も「ヤマトの友達」ということで、それなりに信用して良いと判断していたようである。
 そして、その「淳子の母親らしき人物」と共に、ひとまず淳子の知人の家へと移動して、そこで詳しい話を聞くことになった。

「多分、皆くらいの世代だと、もう『山口昌子』と言われても、顔とか思い浮かばないわよね。だから、勘違いしてるかもしれないけど、私は、山口さゆり。昌子の妹なのよ」

 8年前、昌子が淳子を身籠っていた頃、昌子と夫が二人で散歩していた時に、何者かの手で、昌子の目の前で突然、夫が殺されてしまったらしい。昌子はそのショックで体調を崩して流産しそうになり、なんとか淳子は助かるも、昌子は命を落としてしまう。結局、その事件の真相は(バベルの鎖の力により)迷宮入りしたまま、ひとまず、昌子の妹であるさゆりが、淳子を自分の養女としたらしい。淳子自身もそのことは知っているが、「山口昌子の娘」ということが世間に知られると好奇の目に晒されることになると考えて、学校にもこの情報は伝えていない、とのこと。

「この娘、姉さんが歌っている映像を見るのが好きでね。私は、ちょっと言いにくいんだけど、水商売をしてて、家にいないことが多いから、その間、音楽教室に通わせてるんだ。でも、なかなか上手く歌えないというか、いざ歌おうと思うと、声が出ないみたい」

 自分が生まれる前に母を亡くし、あまり家にいない叔母の下で幼少期を過ごしてきたが故に、どこか満たされない心を持て余しながら育ってしまったことが原因なのだろう、ということは、さゆり自身が一番分かっていた。しかし、仮に水商売をやめたとしても、女手一人で育てるためには、ある程度時間を拘束される仕事に就くことは避けられない以上、これ以上、どうすることも出来ない状態だったのである。

2.2.5. 母の遺した子守唄

 そんな話をしている最中、その家の窓の外から、誰かが近付いてくる気配を感じる。ヤマト以外の4人が家の外に出ると、そこには、先刻までの「都市伝説」達とは一風変わった、しかし、その根底には同じオーラを感じる、そんな中年男性の姿があった。
 政次や英雄が警戒して武器を構えようとすると、その男は落ち着いた口調でこう語る。

「私は、誰にも危害を与える気はありません。ただ、この音源を、あの子に届けたいだけです」

 そう言って彼が取り出したのは、小型のMP3音源プレイヤーである。見たところ、それ自体には特にこれといった仕掛けはなさそうであった。

「あの子が今、母親のように歌えなくて悩んでいると聞きました。ならば、きっとこれが役に立つ筈です」
「この中には、何が入っているんだ?」
「あの子の母親が、あの子だけのために作った子守唄です。まだ彼女が母親の胎内にいた時に、胎教として聞かせていたものです。そして、この音源を持っているのは、私だけです」
「なぜ、そんなものをお前が?」
「それは、先程のさゆりさんの会話の内容を私が知っている、ということから、お察し頂ければ良いかと思います」

 そう言われて、その場にいた何人かの者達は気がついた。そして理解した。なぜ、他のストーカー達は撒けたのに、この男だけは場所を特定出来たのか。なぜ、部屋の中で話していた筈の話を、彼が知っているのか。ストーカーの常套手段の一つである「あの道具」を用いれば、確かにそれは可能である(それをいかにしてどこに設置したのかは不明であるが)。

「おそらく、これを聞かせれば、彼女の中で何かが変わるきっかけになるででしょう。ただ、音質はかなり悪いので、どなたかが代わりに歌って差し上げた方が良いかと思います」

 彼はそう告げると、その場を去っていく。彼が人間なのか、都市伝説なのか、盗聴魔という名の紳士なのか、紳士という名の盗聴魔なのかは分からない。ただ、現状で彼女を救おうとする意志だけは伝わった。
 そして、実際に聞いてみると、確かにそれは心温まる名曲であったが、さすがに盗聴器経由の音源だけに、音質はかなり悪い。それでも、なんとかミラがその歌詞をメロディを頭に入れた上で、部屋に戻り、淳子に聞かせてみたところ、彼女は呆然とした顔で、涙を流し始める。

「私、この歌、知ってる。なんだろう、なぜか分からないけど、心が……」

 彼女がそう呟くと、彼女の中から、特殊なオーラを帯びた何かが目覚めていく。しかし、それが何なのかを確認する前に、部屋の外から、不穏な気配が漂ってきた。

2.3.1. 8年前の真実

 その気配をいち早く感じ取ったのは、ミラと政次である。それは、先刻の「紳士という名の何か」とは異なる「明確な殺意」であった。
 そしてその殺意は、換気扇の隙間から「透明の強靭なワイヤー」という形で、淳子の首筋へと向かう。その動きに気付いたミラと政次がそれを一瞬にして断ち切ると、今度は窓ガラスを割って、白昼堂々、武装した不審人物が部屋に入り込んできた。

「スサノオ、決心はついたか?」

 それは、六六六人衆の一人、服部健一であった。どうやら彼は「外堀を埋める」の宣言通り、スサノオの周囲の者達を少しずつ殺しつつ、彼をダークサイドへと引き込もうとしていたらしい。しかも、不意打ちで幼女を殺害するという、最も怒りを誘発しやすい卑劣な手段で。
 咄嗟に、灼滅者達は淳子・さゆりを庇う形で、服部の前に立ちふさがる。すると、怪訝そうな顔で服部は再び口を開く。

「おや、その女達の顔、どこかで見たことがあるような……、おぉ、そうだ、あの時の女の怯えた顔だ。八年前、俺がまだ雇われ暗殺者だった頃、イカれたファンからの依頼で俺が夫を殺した時に見せた、あの時の女の表情にそっくりだ」

 そう、彼こそが、8年前に山口昌子の夫(淳子の父)を殺した張本人だったのである。

2.3.2. 蘇る伝説

 そのことを知った灼滅者達の怒りは頂点に達する。だが、ここで一つ、服部は重大な過ちを犯していた。それは、たとえ彼等5人が理性を失うほどに怒りに達していたとしても、彼等が本気になれば、闇堕ちすることなく、彼を倒すことも決して不可能ではなかった、ということである。
 灼滅者達の動きに先んじて、服部は得意のワイヤーで彼等全員に深い傷を与えるものの(その結果、ヤマトやミラには相当な致命傷となったが)、彼等の動きを止めるまでには至らず、間髪入れずに繰り出される政次とスサノオの反撃によって、一瞬にして形勢は逆転する。特に、スサノオによる打撃系の一撃は服部の弱点を突き、一瞬、彼はその場によろめく。
 更に、そこに英雄が止めを刺そうとハンマーを振り上げたが、それよりも一瞬早く、異変が起きた。服部が入ってきた時に破られた窓ガラスの破片が、突然、彼に向かって飛びかかってきたのである。その謎の怪奇現象により、服部はその場に倒れ込み、そのまま灼滅されていく。
 一瞬、何が起こったか理解出来なかった灼滅者達であったが、後ろを振り返ると、淳子の背後に、これまで見たことのない巨大な影が現れていた。それは、一般にはポテンシャル能力を持たない灼滅者達が使役することが出来ると言われる『サーバント』の一つ『ビハインド』であった。ビハインドとは、本人に親しい何者かの魂が具現化した背後霊の類いであり、先程の窓ガラスによる攻撃は、「ポルターガイスト」と呼ばれるビハインド固有の能力である。
 そして、ビハインドは基本的に「顔」を見せることはない。故に、このビハインドが何者なのかは分からない筈なのだが、淳子も、さゆりも、そしておそらくはその場にいた灼滅者達も理解していた。そのビハインドの正体こそが、淳子の母である伝説の歌手・山口昌子であることを。8年前に胎内の娘に聞かせていた子守唄が、ミラの声を通して改めて淳子へと伝わったことで、淳子の中に封印されていた昌子の魂が、ビハインドとして蘇ったのであった。

2.3.3. 「三人目」と「四人目」

 その後、部屋の持ち主に対しては、さゆりが電話で平謝りした上で、灼滅者達は淳子を、「もしかしたら……」という期待を込めて、姫子の元へと連れていく。淳子がサウンドソルジャーである可能性は消えたが、そもそも姫子の未来予知における歌姫達が全員サウンドソルジャーとは限らない。
 そして、姫子の前で歌おうとした淳子は、やや緊張した様子で、なかなか声が出なかったものの、やがて『ビハインド』としての昌子が現れると、彼女に導かれるように、笑顔で歌い出す(下図)。


 はっきりと顔は見えないものの、初めて出会えた母との喜びに満ち溢れた笑顔で歌う彼女の声は、幼いながらも芯の通った美しい音色で、それを優しく包み込むようにサポートする昌子の歌声と絡み合って、魅惑のハーモニーを紡ぎ出していく。ややフォークソング寄りの歌謡曲的なそのメロディは、服部との戦いで傷付いていた灼滅者達の心身を和ませる癒しのオーラに満ち溢れていた。
 やがて淳子が歌い終えると、姫子は静かな歓喜の表情を浮かべて、こう語る。

「皆さん、ありがとうございます。これで、あと8人ですね」

 りんねとミラに続いて、淳子、そして昌子もまた、12人の歌姫の一人であると姫子は断言したのである。サウンドソルジャーではない淳子だけでなく、灼滅者どころか(既に)人間ですらない昌子までもが歌姫であるということは、今後は彼等も調査の範囲を、今までとは比べ物にならないほど拡大しなければならない、ということを意味していた。

2.3.4. 神代家の事情

 そしてもう一つ、彼等には課題が残っていた。それは、淳子の住居である。既にさゆりの家はネット上に晒されており、仮に今後、引っ越したとしても、ストーカー達は何らかの手段で追いかけていく可能性がある。「山口昌子」そのものだけに執着している者達は、彼女が既に他界していることを知れば興味を失うだろうが、彼女の娘にまで興味を示している者達は、淳子のことを延々と追いかけかねない。
 こうなると、淳子を(防犯設備が完備されている)学園の寮に預けるという選択肢が浮上することになるのだが、もともと控え目で臆病な性格で、家でも一人ですごすことが多かった彼女が、他の寮生達とすぐに馴染めるかというと、不安も残る(それに加えて、そもそも小学校低学年向けの寮は数が少ない)。
 この状況下において、ヤマトから事情を聞いた父・神代タケルが、一つの解決策を思いついた。しばらくの間、彼女を自分の家で引き取るという案である。おそらく、今後しばらく、さゆりが一人暮らしを続けていれば、ストーカー達は興味を失うであろうから、それまでの間の臨時措置として、自分の家で預かろうというのである。淳子にとっても、同じクラスのヤマトとであれば、全く見知らぬ寮生達よりは一緒に暮らしやすいのではないか、という配慮でもある。
 このことを妻・ミコトに相談してみると、彼女は複雑そうな表情を見せる。

「確かに、その子は可哀想だと思うし、私もずっと『娘が欲しい』と思ってたから、その子とヤマトさえ良ければ、別にいつまででもウチにいてくれていいと思うわよ、ただ……」

 少し間をあけて、上目遣いで夫を見ながら、彼女は続ける。

「アナタ、たしか、山口昌子のファンだったわよね?」

 そう言われて、夫・タケルは、これまで妻に見せたことのないレベルでの動揺の表情を浮かべる。

「い、いや、その、確かに、そりゃあ、CDとか買ってたけど、でも、それは、その、俺達の世代は、大体みんな聞いてたというか、だからその、周りに流されて、なんとなく俺も買ってただけで、べ、別に、そんなに本気で入れこんでた訳でもないし……」

 タケルは知らない。彼のiPodが未だに山口昌子の楽曲だらけだという事実が、既に妻に筒抜けになっていることを。

「別にいいのよ。私だって、昌子ちゃん好きだったし。昔はカラオケでもよく歌ってたわ。だからね、別に芸能人相手に嫉妬したりはしないし、ましてや幽霊相手にあーだこーだ言うほど度量の狭い女じゃないわ。でもね、ちょっと一つだけ確認したいんだけど……」
「な、なんだ?」
「……幽霊って、子供作ることは出来ないわよね?」
「ば、ばか、お、おま……、な、何を言い出すんだ! 出来る訳ないだろ。てか、仮に出来たとしても、俺はそんなことは絶対に、絶対にしな……」
「あら、私、別に相手があなたとは一言も言ってないんだけど。幽霊同士でも人間相手でも、とにかく昌子ちゃんが『二人目』の子供を産んだら食費も増えることになるのかな、ってことが気になっただけなんだけど、何をそんなに慌ててるの?」

 そんな妻の冷たい視線に、タケルは完全に閉口してしまう。ともあれ、ミコトとしてもそこまで本気で夫の下心を疑っている訳でもなかったので、この案件については、ヤマトと淳子(と昌子)の方針を聞いた上で決断する、という方針で一致したのであった。


第2話の裏話

 本格的な歌姫探しが始まったこの第2話において、最初に登場するのが「幼女」と「その母親の幽霊」という、我ながら斜め上すぎる組み合わせ。おそらく大半の人々は、第2話以降も女子中高生が沢山出てくる展開を予想していたと思いますが、12人のキャラ分けを考えると、これくらい年齢層がバラけさせた方がいいかな、と思った訳です。サウンドソルジャー大戦にするとか言っておきながら、最初からその枠組から外れたキャラにしたのも、今後の「キャラ被り回避」が理由です。
 なお、本来のルールでは「ビハインド」は積極的な意思表示や会話が出来ないことになっているので、歌えるかどうかも微妙だと思うのですが……、まぁ、NPCだし、「特殊な存在」として許して下さいってことで(こんなカンジの反則技は、今後もちょくちょく登場します)。
 敵役の服部君については、前回のクラウス戦が中途半端な形で終わってしまったので(もともと「ミラの宿敵」に想定していたこともあり、第1話で殺すつもりもなかったので)、今回はちゃんと「PC達が自力で倒せるラスボス」として出したつもりだったのですが……、ミドルフェイズで思った以上に時間をかけてしまい、どうにも時間が足りなくなってしまったので、NPCが止めを刺すという、なんとも不本意な形で終わらせることになってしまいました(物語的には綺麗な展開ではあったのですが)。
 ちなみに、「昌子の夫の殺害の依頼人」のその後についてもプレイヤーの人々は調べようとしていたのですが、実はGM的には全く何も考えていませんでした。とりあえず、後付けの裏設定ですが、「その時のショックが原因で昌子が死亡したことを知り、自暴自棄になって自殺した」ということにしておいて下さい(服部君が死んでしまった今、そのことをPC達が知る術もない訳ですが)。
 で、今回のシナリオの本来の主人公はヤマトの予定だったのですが(淳子を小2にしたのも、それが理由)、ラスボスをスサノオ関連のダークネスにしてしまったお陰で、ちょっと物語的に無理があるというか、不自然な流れになってしまったなぁ、というのが反省点です。それぞれのPCの物語を同時並行で進めつつ、毎回各PCに見せ場を与えるというのは、やっぱり、難しいものですね。
 ちなみに、最後のヤマトの両親のくだりは、本当はセッション中に(ヤマトの目の前で)やりたかったのですが、時間が無くて割愛してしまったので、本人不在の裏話的なエピソードとして、ここに挿入させてもらいました。私、基本的に「マスターシーン(一人芝居)」は嫌いなんですけど、こうやってNPC同士の会話を文字として書き残すのは好きなんですよ。出来れば、一人一人のNPCについての外伝小説も書きたいくらいです(需要が無いのでやらないですが)。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年01月05日 04:45