第9話「聖者達の黄昏」

9.1. 動き出す使徒達(月曜・講義)

9.1.1. 亡き友の妹

 名古屋での一件から数日後の朝、まだ色々とモヤモヤした気持ちを抱えながら、百合子は学校に向かおうとしていた。そんな時、この学校に来てから授業を通じて知り合った後輩から、電話がかかってくる。なんだかんだで、この学園に来てから様々な事件を解決してきた彼女は、既に学園内で有名人の部類に入っており、(かつてのカノンと月のように)そんな彼女のことを慕う後輩も現れ始めていたのである。

「あの、最近、転校してきた娘が、先輩に会いたいって言ってるんです。今日の放課後とか、大丈夫ですか? 鏡玲子さん、っていうんですけど」

 百合子はその名を知っていた。それは彼女の親友・鏡蘭子の妹である。一応、彼女も何度か面識はあるのだが、「真面目そうないい子」というイメージだった。彼女が撃退士としての力を身につけていたとは聞いたことがなかったが、この学園に来たということは、そういうことなのだろう。
 迷うことなく、百合子はその申し出を受け入れた。

9.1.2. 忘れかけていた夢

 百合子が電話で後輩とそんな会話を交わしている頃、同室のまどは、一足先にくらげ館の玄関まで来ていた。そこで、学園に来る前からのメル友であるサルビアと顔を合わせたのだが、どうも彼女から生気が感じられない。

「ねぇ、まど、人に迷惑をかけてまで、自分の夢を追いかけるのって、やっぱり、ダメなのかな?」

 サルビアが何を言っているのかは分からないが、明らかに何かに悩んでいる様子である。

「何かあったの?」

 まどはそう問いかけるが、サルビアの答えも、今ひとつ要領を得ない。

「ずっと追いかけてた夢があって、でも、それはもう無理だと分かって、諦めていた筈だけど、諦めきれなくて、そんな時、その夢を叶えることが出来るかもしれない方法が見つかったんだけど、でも、それは沢山の人達に迷惑を……、あ、いや、ごめんね。変なこと言って」

 なんとか必死にいつもの元気を取り戻そうとするサルビアだが、やはり様子がおかしい。クラスメートでもある彼女としては、しばらく彼女の言動を注視する必要があると実感していた。

9.1.3. 十二使徒

 一方、その頃、月は「生存訓練」の授業前にタチアナの控え室を訪れていた。正確に言えば、タチアナが彼を呼び出していた。彼等の仇敵であるヘラクライストについて、ロシア戦線で戦う彼女の友人経由で、新たな情報が入ったのである。

「どうやら、ヘラクライストは今、実質的には『権天使』としての力を確立しているらしい」

 「権天使」とは、実質的には中位の天使を意味する。国連の調査団の襲撃や、カノンの失踪事件の時点での彼は下位天使であった筈なので、その頃よりも更に強力になっている、ということである。ただ、先日遭遇した宗方勇は、「下位天使ヘラクライストの第二使徒」と名乗っていた。月がそのことを指摘する前に、タチアナが話を続ける。

「ただ、権天使として天界に認められるには、自分に忠誠を誓う『十二人の使徒』を揃える必要があるのだが、どうやら彼は、まだその条件を満たしていないらしい」

 逆に言えば、十二使徒さえ揃えれば「権天使」への昇格も秒読み段階となるらしい。正式にその称号を得ることで何がどう変わるのかまでは分からなかったが、カノン達を連れ戻すためにも、少しでも早く何らかの手を打つ必要があるということを、カノンは実感していた。

「ところで、ちょっと小耳に挟んだんだが、お前、その、薊さんとも、頻繁に連絡を取り合ってると聞いたんだが……、本当か?」

 これは紛れもなく、先日の名古屋での大会の最中に彼女と電話していた時のことである。タチアナに「女の魅力」で自分が負けた事がよほど悔しかったらしく、薊は「私やったら、十年後でもこの姿のままやで。そっちの方がお得やと思わへん?」などと迫っていたのだが、そこまでの話の内容までタチアナに伝わっているかどうかは不明である。

「いや、別に、その、な、お前を拘束する権利が、私にないってことは、分かってる。うん、いや、その、分かってはいるんだが……」

 そう言って、目をそらしながら言葉に詰まったタチアナは、最終的に、黙って部屋を後にして、黙々と授業の準備を始めるのであった。

9.1.4. 開かれたゲート

「じゃあ、行ってきます。あの女子高生よりも、もっと綺麗なサラ艶ストレートになってきますからね」

 そう言って、ミカは真司の身体から離れて、学園とは反対の方向へと飛んで行く。ミハイルの企業から義体のプロトタイプが届いたそうで、彼自身がそこに入れるかどうかのテストをすることになったらしい。
 いつも身体の中にいる彼の存在が消えたことで、少し身体が軽くなったように感じた真司であったが、そんな彼に突然、見知らぬ男性が声をかける。

「ここにいたんですか、真宮寺くん、昼間に出歩いちゃダメって言ったでしょ」

 年齢的には、自分よりも少し歳上、といったところだろうか。全く見覚えのない人物に、全く聞き覚えのない名前で呼ばれ、いきなり腕を掴まれる。

「今、ゲートを開きますから、早く入ってて下さい。私は今から出勤なんですから」

 そう言って、彼が手をかざすと、そこに謎の異空間が開かれる。それは紛れもなく、異界へと繋がる「ゲート」であった。いきなりの不可解すぎる言動に、必死で抵抗しようとする真司であったが、その謎の男の手で、あっさりとゲートの中に放り込まれてしまう。

 そして、ゲートの中に入った彼は、その奥に「天界」らしき空間が広がっていることに気付く。だが、そこに至る前に、自分の周囲にいる天使の眷属達が、自分へと襲いかかってきた。訳も分からないまま、馴れない空間で応戦していた彼であったが、やがて、そのゲート空間に再び穴が空き、何者かの手が彼をゲートの外側へと引きずり出す。
 それは、堕天使クリテスティーナであった。偶然、登校中にゲートを発見した彼女は、閉じようとしているそのゲートの中から真司の気配を察知し、慌てて自らの力で再びそのゲートをこじ開け、力尽くで救い出したのである。

「な、なぜ、こんな場所にゲートが? しかも、すぐに消えてしまったし。何があったんだ?」

 そう言って、困惑するクリスティーナであったが、より深い困惑に捉われていたのは真司の方である。あのゲートを開いた男は何者だったのか。そして彼が言っていた「真宮寺」とは誰のことなのか。しかし、後者に関しては、すぐにその正体を知ることになる。

9.1.5. 二人の真司

 時を同じくして、校舎へと向かおうとしていたアンドラスの視界に、見覚えのある人物が映る。それは紛れもなく、つい数分前に黒瀧邸を出たばかりの暫定ルームメイト・鳴滝真司の姿である。だが、彼はどこかボーッとした表情のまま、フラフラと校舎とは反対側の歩いている。

「おい、真司、何してるんだ?」

 そう言って彼に近付くアンドラスだが、真司と呼ばれたその男は、どこか上の空の表情のまま、こう答える。

「お前、ここの生徒か?」
「は? 何を言ってるんだ、お前?」
「俺は、ここの生徒だった筈。しかし、見たことのない建物ばかり。ここは俺の知っている学園ではない」
「……お前、何か疲れてるのか? いいから行くぞ」

 アンドラスはそう言いながら、強引に「真司」を連れて学校へと向かう。しかし、到着したクラスには、ゲートでの戦いでやや疲弊した様子の「真司」がいた。
 この状況に皆が困惑する中、タチアナが現れ、点呼を取ることになる。

「シンジ・ナルタキ」
「はい」

 ゲート帰りの彼がそう答えると、タチアナは驚愕の表情を見せる。なぜなら、彼女の視界にはこの名を呼んだ時、「アンドラスが連れてきた方の真司」が映っていたからである。そのまま全員の名前を呼び終えるが、その「もう一人の真司」は、誰の名に対しても反応しなかった。

「おい、ちょっと君、いいか、どこから来たんだ?」

 そう言って、彼女はその人物を問い詰める。だが、要領を得ない様子のまま、ひとまず学園の本部へと連れて行くために、彼の手を引っ張りながら訓練場を出る。
 そしてその数分後、訓練場の外で、巨大な爆音が響き渡った。ほどなくして、やや傷を負ったタチアナが、訓練場へと戻って来る。

「アイツを連れてきたのは、誰だ!?」

 鬼の形相でそう叫ぶ彼女に対して、アンドラスが恐る恐る白状し、事情を説明する。すると、タチアナは怪訝そうな顔をしながら、こう告げた。

「彼は自分の名を『シングウジ・マサト』と名乗った。学園の情報局に調べてみてもらったところ、どうやらそれは、かつて天魔との戦いで命を落とした、この学園の一期生の名前らしい」

 そして、強引に教務課へ連れていこうとしたその途中、突然、何かに覚醒したような表情で暴れ出し、その場を去っていったという。
 とりあえず、この「シングウジ・マサト」という名を聞いて、真司は大方の事情を理解した。なぜ、その男が突然、この学園に現れたのかは分からない。ただ、このことはミカには告げるべきではない、ということだけは、彼も十分に分かっていた。

9.1.6. 新たなる同志

 一方、その時間帯は別の講義を受けている筈だったマヨネーズは、その少し前、校舎へと向かう途中で、意外な「同志」を発見する。路地裏の中から見えたその姿は、紛れもなく、マヨネーズを口に加えてチュウチュウしながら歩いている妙齢の女性であった。
 思いがけず同好の士を発見して喜ぶ彼であったが、その姿をよく見ると、背中から羽根と尻尾が生えていることが確認出来る。しかも、それはつい数日前、名古屋で会ったばかりの女性であった。

「あれ? お兄さんの身体からも、いい匂いがするぅ」

 そう言って、彼女ー下位悪魔ウーネミリアーは近付いてくる。どうやら彼女は、最近になってマヨネーズの魅力に気付いたらしく、マヨチュッチュしながら白昼堂々、構内を散策していたらしい。
 学園の一員として、当然、彼女は倒さねばならない相手だが、どう考えても1対1で勝てる相手ではない。そして何より、彼は撃退士である以前にマヨラーである。その意味でも、あえてここで彼女に戦いを挑む理由は彼にはない。

「ねぇねぇ、この美味しい食べ物について、もっと教えてよ」

 そう言われて彼が断れる筈もなく、なし崩し的に彼は、授業をサボって彼女とのマヨデートに興じることになる。

「こないだの、お兄さん達、凄かったよねぇ。特にあのギターの女の子、あたしのバックバンドに欲しいなぁ」

 二人でマヨネーズを頬張りながら、そんな話題で盛り上がりつつ、最終的に彼女はこう告げた。

「もうすぐ、天界で昇格試験があるらしくて、ヘラちゃん、色々と必死みたいよ」

 そう言って、一通りマヨネーズで腹を満たした彼女は、満足した様子で「またね〜」と、その場を去っていった。その後、マヨネーズが彼女の情報を元に更に調べてみた結果、どうやら、ヘラクライストは「権天使」となるための条件としての「十二使徒」のうち、既に十一人まで従えている、ということが分かった。そして、今週末の金曜日にその昇格審査があるらしい。それはつまり、それまでに「十二人目の使徒」を探そうとしている可能性が高い、ということを意味していた。

9.2. 広がる疑惑(月曜・放課後〜火曜・放課後)

9.2.1. 蘭子殺害の真相?

 放課後、百合子が後輩から指定された場所へと赴くと、そこには、確かに玲子の姿があった。彼女は現在、中学三年生。以前に会った時は「ごく普通の、どこにでもいる女子中学生」といった風貌だったが、今、目の前にいる彼女は、確かに「戦士」の顔をしている。そしてその静かな決意を秘めた瞳は、闇雲に天使への憎しみだけに燃えていた、この学園に来たばかりの頃に自分ともダブって見えた。
 百合子はそんな彼女に対して、色々と聞きたいことがあったが、それより先に玲子が口を開く。

「百合子さん、いつまで、こんなところでグダグダやってるんですか? 姉さんの仇を取る気があるんですか?」

 突然の、自分を罵倒するかのようなその言い方に百合子が驚いている間に、彼女は更に続ける。

「こんな学校のヌルいプログラムじゃあ、いつまで経っても、姉さんの仇の悪魔を討つことなんて出来ませんよ」

 いや、そう言われても、現実問題として今、出来ることは……、と返そうとしたところで、彼女の発言の中の奇妙なフレーズに気付く。

「悪魔……? 蘭子を殺したのは天使の……」
「何言ってるんですか! 姉さんを殺したのは、ウーネミリアという悪魔ですよ。そんなことも知らないんですか?」

 突然、訳の分からないことを言われて、百合子は戸惑いを隠せない。だが、考えてみれば、自分も蘭子が殺された場にいた訳ではない。彼女が「天使に殺された」というのは、筧からの情報にすぎず、「その天使がヘラクライスト」というのは、タチアナからの情報にすぎない。彼等が嘘をつく理由が思いつかないが、彼等自身が間違った情報に踊らされている可能性も無いとは言い切れない。

「だって、奴等は姉さんを殺して、身体まで弄んだんですよ。そのことは、百合子さん自身がよく知ってるでしょう? 百合子さん自身が、悪魔に利用された姉さんの身体と戦わされたんでしょう? なのに、どうして天使が天使が殺したなんて、訳の分からないことを言い出すんです? 一体、誰に騙されたんですか?」
「いや、それは、天使が倒した蘭子の身体を、悪魔が利用しただけで……」
「そんな訳ないじゃないですか! 姉さんの身体は強力なアウルを生み出す特異体質だってことは、天使達だって知ってた筈ですよ。なんでその身体を、みすみす悪魔に渡すようなことをするんですか。どう考えても、辻褄が合わないじゃないですか!」

 確かに、言われてみればその辺りの経緯には、やや不自然さは感じる。だが、かといって、今まで自分が信じてきたことが全て嘘だったと言われて、そう簡単に納得する訳にもいかない。そもそも、玲子の情報自体、どこから出てきたものか分からなくては、それが正しいかどうかも判別の仕様がない。
 そして、百合子が自分の中で、状況を整理出来ずにいる間に、玲子は彼女に背を向ける。

「もういいです。誰に洗脳されたのか知りませんけど、百合子さんがそんな状態なら、もう話すことはありません」

 そう言って、彼女は百合子の元を去っていく。彼女が言っていることと、自分がこれまで信じてきたこと、果たしてどちらが正しいのかは分からない。ただ、どちらが真実であろうとも、亡き親友の妹である彼女であればこそ、なんとしても、せめて彼女だけは自分の手で守りたい、という気持ちが、百合子の中で強まりつつあった。

9.2.2. サルビアの症状

 一方、サルビアの様子が気になったまどは、真司と共に彼女の症状について調べてみるが、あと一歩のところで、なかなか糸口が掴めない。そんな中、真司の「身体の居候」が、彼の元へ帰ってきた。

「あー、もう、やってられないですよ、アイツら、本来の性別でないと、精神と身体のバランスがおかしくなるかも、ってことで、女体はダメだと言うんですよ。実際には、生まれつきそういう状態でも、立派に生きてる人達も沢山いるってのに……」

 それとこれとは微妙に事情が違うような気がしなくもないが、ともあれ、帰ってきた幽霊に対して、真司は「真宮寺聖人」のことは一切話さず、サルビアの症状についての調査を手伝わせる。すると、思いのほかあっさりと結論に辿り着いた。どうやら彼女は、陰陽師系の催眠術によって、何者かに精神を支配されている状態らしい。陰陽師と言えば、心当たりの人物が二人ほどいるが、時間的にも、今日のところはここまで調べるのが背一杯だった。
 そして翌日(火曜日)の放課後、二人から話を聞いた月は、この件について薊に確認してみる。

「確かに、橘流にも催眠術の奥義は存在するけど、雛菊にそないな技が使えるとは思えん。とすると……、なんか、嫌な予感がするな」

 その予感の詳細については語らぬまま、ひとまず、彼女もくらげ館に泊まり込んで、まど・百合子と共にサルビアの深夜の動向を監視することにした。

9.2.3. ゲートを開く者

 そんなこんなで様々な情報が錯綜する中、翌日(火曜)になると、学内で不穏な噂が広がっていた。どうやら、天界へと続くゲートが、学内の様々な場所で出現しているらしい。ただし、それらはいずれも、出現してから短時間で消滅しているらしいのだが、それでも看過出来る問題ではない。ゲートを開くことが出来るのは、最低でも使徒以上の存在。それが頻発しているということは、間違いなく学内に定住している可能性が高い、ということを意味している。
 そこで、この問題に関して全力で調べてみたところ、どうやら、それらのゲートが出現した場所では、同じ男性が目撃されているらしい。そしてその人物は、どうやら、石森食堂でバイトとして働いているらしい、という情報にまで辿り着くことが出来た。
 この情報を元に、実際に「謎の人物」によってゲートに放り込まれた被害者である真司達が石森食堂に行ってみると、確かにそこには、彼を「真宮寺」と呼び、彼の目の前でゲートを開いたあの男が、働いていたのである。

「福島君、そっち、よろしく頼むよ」

 石森の店主がそう告げると、その男は厨房から料理を持って、笑顔で接客する。店主曰く、数日前からバイトで雇ったらしいが、飲食店での勤務経験が長い人物らしく、非常によく働いてくれている、とのこと。だが、状況的に、この男が天界の関係者である可能性は非常に高い。真司達は警戒心を強めつつ、この日の段階では、ひとまず撤収することにした。

9.3. 決戦への序曲(火曜・真夜中〜水曜・真夜中)

9.3.1. 狐の陰陽師

 薊を部屋に迎えて、共にサルビアの動向を探っていた百合子とまどであったが、彼女達の予想が的中した。寮内の殆どの者達が寝静まった真夜中、サルビアは密かに扉を開け、寮の外へと出る。しかし、その目に生気はなく、まるで夢遊病のような、何かに取り憑かれたような状態に見えた。
 そんな彼女を三人が尾行していくと、やがて、学内の廃墟へと辿り着く。ここはかつて、サルビアが忍者となるための修行をしていた場所である。そして、そこで彼女を待っていたのは、一匹の「狐」であった。サルビアはその狐を前に立ち止まり、目と目を合わせたまま、明らかに意識を失った様子で立ちすくんでいる。
 当初は、全く状況が理解出来なかった百合子とまどであったが、よく見ると、その狐の背後に、何者かの気配を感じ取り始める。そして、その二人よりも早くその気配に気付いていたのが、薊であった。

「そうか、そういうことやったか」

 そう言って、薊は一人、堂々とその「狐」に向かって歩み始める。

「なるほどな。あの引っ込み思案な子が、えろう大胆なことすると思うたら、アンタが黒幕やったんやな、隼人!」

 彼女がそう叫ぶと、狐の背後から、眼鏡をかけて陰陽師装束を身に纏った男性の姿が現れた。歳の頃は40〜50台くらいであろうか。その「隼人」と呼ばれた男は、淡々とした表情で薊に答える。

「それは誤解だ。確かに私はヘラクライスト様に雛菊の存在を紹介したが、彼女は私の存在は知らなかった。あくまで、彼女自身の判断で、私とは異なる理由で、使徒となる道を選んだのだ」
「ほな、聞かせてもらおか? アンタの意志って何や!? 仲間を欺いて、死んだフリまでして、天使側に寝返った理由は何なんや!?」
「人間同士が啀み争い合う、憎悪と不平等に満ちたこの世界を変えるためだ。人が人のままであり続ける限り、同格の者同士で支配権を争い合い続ける限り、争いは終わらない。天使という絶対的な存在に支配される『使徒』へと昇華することで、人は初めて平和で平等な社会を築ける」
「くだらん妄想やな。そういう夢見がちなところだけは、雛菊はアンタに似とるわ」
「お前には分かるまい。橘家始まって以来の天才と言われ、自らの研究でほぼ永遠の若さを保つ秘術を生み出し、未だにその美貌を保ち続けるお前に、凡庸な才能しか持たない身で婿入りした私が、どれほど肩身の狭い想いをして、周囲の嘲笑に晒され、苦しみ続けてきたか、お前には永遠に分かるまい」
「ホンット、女々しいやっちゃな。前言撤回。そういうトコもアンタに似とるわ、あの子」

 そんな、見た目だけなら犯罪級の年齢差の(元)夫婦の会話を聞かされていた百合子とまどであるが、この二人の放つアウルの力が、明らかに自分達とは次元が違うことは実感していた。そして、その「隼人」と呼ばれた陰陽師の背後からは「I」という文字がうっすらと見える。それはすなわち、先日の名古屋からの岐路で遭遇した宗方よりも格上の「使徒」、ということを意味していた。

「ごめんな、ちょっとそこの娘、あんた達で保護してくれへんか?」
「そうはさせん。その娘は、ヘラクライスト様の悲願のために必要な存在。渡す訳にはいかん」
「ほーう、偉うなったもんやなぁ。私と戦いながら、その娘の身柄まで確保出来るつもりか? 舐めんのもええ加減にせえや!」

 そう言って、二人が本格的に陰陽師大戦を始めると、ひとまず百合子とまどは、放心状態のサルビアをその場から引き離そうとする。しかし、そこで、別方向からまた別の「使徒」が現れる。

「真宮寺君、よろしくお願いします」

 そう呼ばれて百合子とまどの前に立ちはだかったのは、二人のよく知っている「真司」と同じ顔をした「使徒」であった。それは、月曜の講義の時点で見た時とは異なる、人間としての姿を捨てた「使徒モード」の状態である。うっすらと空中に浮かんだ状態のまま、自我があるのか無いのか分からないような表情で、二人の行く手を阻もうとする。そして、その背後には「V」の文字が映っていた。
 しかし、百合子がどうにかその「第五使徒」の足止めをしている間に、まどがサルビアをその場から連れ去り、目標を失った二人の使徒は、ひとまず退散する。その後、三人はサルビアをくらげ館へと連れ帰り、以後は薊が彼女に掛けられた呪法を解くために、しばらく彼女に寄り添う形で滞在することになった。

9.3.2. 最強の剣士

 翌朝、まだ寝不足の百合子であったが、彼女にはどうしても、確認しなければならないことがあった。月曜に玲子が語っていた「蘭子を殺した犯人」についてである。過去に戻って自分の目で見ることは出来ない以上、残された資料と証言から判断するしかない。
 そこで、タチアナに頼んで国連の調査機関に残されたデータを確認し、更に近隣の人々の証言などのデータベースなどを確認してみたが、やはり、あの場には天使軍しかいなかったことは明らかである。しかも、玲子が「犯人」と名指ししていたウーネミリアは、襲撃事件が起きたその時刻に、日本国内で目撃された情報もある。つまり、どの資料に基づいて考えても、玲子の主張の正しさを裏付ける要素はない。
 そうなると気になるのは、果たしてどこから、玲子がその情報を手に入れたのか、である。そのことを確認するために、百合子は玲子を呼び出し、なんとか心の距離を縮めながら、彼女の知っている情報を聞き出そうとする。しかし、さほど社交的とは言えない百合子にとって、女子中学生と小粋な会話で関係を深めるというのも、なかなか厳しいミッションであった。
 そんな時、偶然、助け舟が現れる。

「あ、剣さん。こないだの音楽祭、お疲れさん。あれ? そっちの娘は?」

 そう言って、明良が近付いてくる。彼女の近辺では数少ない「常識的なコミニュケーション能力」の持ち主である彼が会話に入ってきてくれたお陰で、ようやく少し場が和み始める。

「そうか、君があの蘭子さんの……。君のお姉さんのことは、剣さんからよく聞いてるよ。本当に大切な存在だったらしいからね。お姉さんが亡くなってから、君のことも、剣さんはずっと気にかけていたよ」

 嘘八百である。百合子は明良に、玲子の話をしたことなど一度もない。ただ、状況的にそう言っておいた方が良いだろう、と咄嗟に判断したのである。バンドのリーダーにしてフロントマンという、観客の空気を読む経験に長けている彼にとって、このような会話上の小細工は得意分野であった。

「いやー、それにしてもホント、剣さんの歌は凄かったな。バンド経験もない女の子に、あんなエモーショナルな歌声を聴かせられたら、俺達もやってられないよ。あれは、剣さんみたいな、本当に真面目で実直な人でないと出せない音色だと思う。まぁ、彼女のそういう人となりについては、君の方が分かってるかもしれないけど」
「……えぇ、そうですね。そう思ってました。姉さんから、百合子さんのことはいつも聞かされてたし、姉さんがそこまで信頼してるってだけで、十分に尊敬に値する人だと思ってました」

 「過去形」とはいえ、彼女からこんな言葉が出てきたことが、百合子としては意外だった。もっとも、玲子はそう言いながらも、誰とも目を合わせようとはしなかったが。

「だよね。あと、初対面でこんなこと言っても信用出来ないかもしれないけど、俺には君も、剣さんと似たタイプのように思えるよ。真面目で、不器用で、損得勘定無しに誰かのために命を賭けようとする、そんな熱い魂を感じる」

 彼のその評が当たっているのかは分からない。ただ、結果的に、「似てる」と言われた当の二人は、互いにより相手を意識するようになる。さっきまでの緊迫した空気は、明らかに別モノに変わっていた。

「あ、ごめん、俺、バイトの途中だった。じゃあ、これで」

 そう言って、「あとは若い二人に任せて」といった雰囲気を作り上げた上で、彼は足早に去って行く。バイトの途中だったことも本当だが、それ以上に、まど以外の女性達と親しげにしている場面を、あまり人前に晒したくない、という思惑もあった。
 そうして、無意識のうちに二人の距離が縮まりつつあったこのタイミングで、百合子は本題に入る。国連の調査機関の情報などを提示しつつ、やはり天使軍による襲撃である可能性以外は考えられない、ということを理路整然と説明していく。自分の中にあった「百合子への漠然とした憧れ」を呼び起こされた直後の玲子は、その情報を頭ごなしに否定することなく、しかし、だからと言ってそのまま受け入れることも出来ないまま、混乱し始める。

「そんな……、そんな筈はないわ……。だって……、だって、それなら私は、私は……」
「あなたに、『蘭子を殺したのは悪魔』と言ったのは、そもそも誰なの?」
「……ありえない。ありえないわよ、そんなの!」

 そう言って、錯乱した状態の彼女は、百合子の前から必死で走り去ろうとする。しかし、そこに偶然、学園OBの筧が通りかかる。百合子が一人の女子中学生を追い回している状況を見た彼は、迷うことなく、玲子を片手で抱きとめた。

「どうした、お嬢ちゃん?」
「は、離して下さい。私は、私は……」
「一体、何があったんだ? てか、この娘は一体……」

 と、筧が百合子に問おうとした瞬間、反対側から聞き覚えのある声が聞こえる。

「ウチの若いのを、離してもらおうか」

  その声の主は、名古屋からの岐路で彼女の前に現れた「II」の数字を背負った剣士である。それはすなわち、筧が「会ったら、迷わず逃げろ」と言っていた、あの男であった。

「……おい、俺が30秒食い止めてるに、この娘を連れて逃げられるか?」

 冷や汗を流しながら、筧はそう問いかける。自分よりも明らかに格上の筧ですら、「30秒の足止め」が限度だと言わざるを得ないほどの敵を前にした今、百合子としては他に選択肢はなかった。
 筧の無事を祈りつつ、彼に背を向け、必死で玲子の腕を掴んで逃げる百合子。しかし、さすがにこの状況で「逃亡」と「連行」を両立するのは難しく、結局、途中で玲子に手を振りほどかれ、別方向に逃げられてしまった。そして、そんな玲子を追いかけるだけの余力は、逃げるだけでも必死だった百合子には、残っていなかった。

9.3.3. 第四世界からの刺客

 その日の夜、くらげ館でサルビアにかけられた呪法の解除作業に従事していた薊が、百合子とまどにこう告げる。

「また、何かが近付いてきてるな、この寮に」

 そう言われた彼女達は男性陣(アンドラス、マヨネーズ、真司、月)に連絡し、彼等は寮の外側から周囲を警戒することになる。すると、遠方から寮の様子を伺っている三人の少女達の姿が目に入った。

「アンタ達、また邪魔する気なの!?」

 次女・豊橋うずらは、自分達の姿が彼等の視界に入ったことを認識した時点で、そう叫んだ。彼女の背中には「X」の文字が浮かぶ。

「せっかく、私達の歌を世界に広げる力を手に入れたのに……。ここで引く訳にはいきません」

 長女・豊川いなりは、そう言いながら武器を構える。彼女の背中には「IX」の文字が浮かぶ。

「こないだの恨み、晴らさせてもらうよ!」

 三女・田原みなとが、そう叫んで彼等に飛びかかってきた。彼女の背中には「XI」の文字が浮かぶ。
 どうやら彼女達は、前回の音楽祭の終了後、ヘラクライスト陣営からスカウトされる形で、「使徒」となっていたようである。
 アンドラス達にとって、この三姉妹の戦闘力は未知数だったが、先日の東名高速での、あまりのお粗末な姿を見ていたが故に、どこか油断する気持ちがあったのかもしれない。その隙をつかれて、カノンとマヨネーズが重症を負い、戦線離脱してしまうという、思わぬ苦戦を強いられることになるが、すぐに彼等に救援が駆けつける。

「先輩! 大丈夫ですか!」

 真っ先に到着したのは、百合子でも、まどでもなく、寮長の満月である。先日の電話以来、急速にアンドラスとの関係を修復していた彼女の支援のお陰で、どうにか体勢を立て直す。ほどなくして、百合子とまども到着し、なんとか三人を撃退した彼等は、逃げようとする彼女達を追いかけるが、そこで遂に、敵の「御大将」が姿を現す。真夜中故にはっきりとは見えないが、その後ろには多くの眷属達を従えているように見える。

「お前達、あくまで私の邪魔をするというのなら、こちらにも考えがある。来い、フクシマ!」

 そう言われて姿を現したのは、石森食堂の職員にして、先日、真司をゲートの中に放り込んだあの男である。だが、その登場に真司達がリアクションするよりも先に、まずその男自身が口を開く。

「マヨネーズ! 貴様、こんな所にいたのか!」

 突然、何の脈絡もなく名前を呼ばれて、マヨネーズは困惑する。その男の姿には、全く見覚えがない。

「俺は、迷宮キングダムの『赤き革命軍』の盟主、福島ケチャップ! 貴様を追って、この世界に来たのだ!」

 そう言って彼は、それまでの「どこにでもいそうなバイトの男性」から、一瞬にして、全身タイツに覆面を被り、両手にケチャップを握りしめた変質者の姿へと変身する。

「あの世界で我々を弾圧しただけでなく、この世界に来てからも、私を料理人として拾ってくれたロイヤル・ガストを破滅に追い込んだ恨み、決して忘れはせぬぞ!」

 マヨネーズにしてみれば、殆ど身に覚えがないというか、「お前は今まで食ってきたパンの数を覚えているのか?」レベルの話だったのだが、彼がケチャップに対して告げるべき言葉は一つしかなかった。

「ざまぁwwwwww」

 この一言でブチ切れたケチャップは、突然、その場に巨大なゲートを生み出す。それは、二日前に真司を放り込んだ時とは比べ物にならない、この場にいる者達全員を飲み込むほど規模であった。天界でも冥界でも人間界でもない、「迷宮キングダム」という「第四世界」から来た彼は、自在に空間を操る能力を持っていたのである(これに対して、マヨネーズにはなぜこの能力がないのかは分からない。というか、そもそも彼がなぜこの世界にいるのかも、実は全く明らかになっていない)。
 こうして彼等は、突然開いた「天界へのゲート」に、意図せずして放り込まれることになったのである。それは、まさに彼等にとっての「最終決戦」の舞台であった。

9.4. 最終聖戦の戦士達(時の流れを無視した異空間)

9.4.1. 城門の番人(IX・X・XI)

 それから、どれくらいの時が経ったであろう。しばらく意識を失っていた彼等のうち、アンドラス、百合子、真司、月の4人は目を覚ます。そして、その傍らに、まだ昏倒状態にあるマヨネーズとまどの姿も確認出来た。
 そこは、見たことのない光景。しかし、おそらくそれは「天界」と呼ばれる領域であることは理解出来た。人間界の住人がこの空間に放り込まれた場合、土地勘どころか、方向感覚すら持てないまま、永遠にその空間を彷徨う者が殆どである。
 しかし、この数ヶ月の間に撃退士として十分すぎるほどの経験を経ていた彼等は、この状況になっても動じなかった。まず、倒れていた二人を、アウルの力も借りてどうにか起こした上で、この空間から出るための糸口を探し出す。すると、この空間の中央に「城」のような建物の存在を確認出来た。おそらくはそこが、ヘラクライストの本拠地なのであろう。
 そして、彼等が傷ついた身体を引きずりながら、どうにかその城の門の近くまで辿り着くと、そこには、また「あの三姉妹」が待ち構えていた。

「しぶといわね、アンタ達」
「てっきり、あの空間の中でのたれ死ぬと思っていたのに」
「もう、アンタ達と戦うのはうんざりなんだけど」

 これに対して、「こっちの台詞だ」とアンドラス達が口にするよりも先に、彼等の後方から「ゲート」が開く。

「そ、そんな! 今、外側からこの世界への空間を開ける予定なんて、なかった筈」

 そう、それは彼女達にとって予想外の出来事である。ケチャップが彼等をこの世界に引きずり込んだのは、この慣れない空間で彼等が路頭に迷って倒れていくことを期待した上でのことだったが、仮に彼等が城まで辿り着いたとしても、これ以上の援軍が現れる前に、彼等を叩きのめすことが出来るという思惑もあった(少なくとも、無尽蔵に援軍が現れる学園内よりは、遥かに戦いやすいと考えていた)。
 しかし、彼等は知らなかった。彼等が招き入れた6人の中に、ゲートを開くことが出来る「堕天使」と親しい者がいたことを。

「大丈夫か、真司君!」

 そう言って、真っ先に飛び込んできたのは、クリスティーナ・カーティス。そう、このゲートは、彼女が「真司」の気配を辿って、強引に空間をこじ開けたのである。そして、彼女に続いて、まず、明良が姿を現す。

「お、その三人が、こないだお前達と戦った相手か? じゃあ、今度は俺にやらせてくれ。こないだの音楽祭に出られなかった鬱憤が溜まってるんだ。女の子三人くらい、俺一人で十分だ」

 そう彼が言い放つと、後ろから別の男女の声が聞こえてくる。

「おいおい、たまには中年組にも仕事をくれよ」
「私も最近、出番が無いんだから、ここは出しゃばらせてもらうわよ」

 そう言って、風紀委員会の下働きコンビ、ミハイル&桃香が姿を現す。二人とも、この「リリスの心臓」を巡る最後の戦いで蚊帳の外のまま終わってしまっては、何のために今まで、公安の犬に成り下がっていたのか分からない。
 そして、彼等から少し遅れて、タチアナが到着する。

「ここは彼等に任せて、先を急いだ方がいい。この空間は奴等の領域だ。モタモタしていると、どんな手を打ってくるか分からん。電撃作戦で、一気に叩くべきだ」

 皆がそれに同意し、アンドラス、百合子、月、マヨネーズ、真司、まど、クリス、タチアナの8人は、城内へと突入していく。こうして、この数ヶ月に及ぶヘラクライスト達との因縁を清算する最終決戦の火蓋が、切って落とされたのである。

9.4.2. 一階の番人(VII)

 城内に突入した彼等は、外観よりも中の構造が相当広いことに気付かされる。おそらく、何層もの構造となっているのであろう。そして、上の階へと続く階段を彼等が発見するが、その前に立ちはだかったのは、玲子の姿であった。彼女の目は明らかに、正気を失っている。それは、二日前のサルビアの症状を、更に悪化させたような表情であった。
 そして、彼女の背後には「VII」の文字がうっすらと見える。

「仇……、姉さんの……、仇……」

 うわごとのようにそう呟きながら、彼女は剣を振り下ろそうとする。困惑する百合子に代わって、その剣を受け止めたのはタチアナであった。

「親友の妹を傷付けたくはないだろう? ここは、私に任せてくれ」
「すみません。助かります……」
「なぁに、私は体術も心得ているんだ。気絶させて、無事な状態で連れ帰ってみせる」

 タチアナとしても、彼女は愛弟子の妹である。そして、自分の判断で蘭子を死地に送ってしまった、という気持ちもある。だからこそ、自分自身の手で彼女を救いたい、という気持ちは、百合子に負けないほどに強かった。
 無論、それと同等以上に、自分自身の手でヘラクライストを倒し、蘭子の仇を討ちたいという気持ちもある。だが、教員として、騙されて使徒化してしまった生徒を救うことの方が、彼女の中では優先順位が高かったのである。無論、五体満足で連れ帰ったとしても、救える保証はない。だが、それでも、彼女はまず目の前の自分の仕事を果たすしかなかった。
 そんな彼女の想いを背負って、百合子達7人は2階へと上っていく。

9.4.3. 二階の番人(V)

 そして、二階に進んだ彼等を待ち受けていたのは、「真司によく似た男」こと、真宮寺聖人である。廃墟で百合子達と遭遇した時と同様、彼はフワフワと浮遊した状態から彼女達を見下ろしながら、「ここから先に進むならば。殺す」と「目」で訴えていた。
 遂にこの状況に遭遇してしまったことで、真司の中の幽霊が激しく動揺する。だが、「彼」がリアクションを示す前に、そこで「彼」の宿敵であるクリスティーナが口を挟む。

「この人物は、数十年前の戦いで死んだと思われていたが、その身体はゲートの中を冷凍睡眠に近い状態で彷徨っていた。それをヘラクライストが発見して、使徒化したらしい」

 それが、彼女の天界自体のコネによるものなのか、学園独自の調査による情報なのか、彼女は説明しなかった。ただ、その説明で納得した様子の幽霊が、真司の身体から離脱する。

「なるほど。どうやら、ようやく、私が残留思念としてこの世に残り続けた意味が分かった気がします。真司さん、ちょっと昔の男との関係を、清算させて下さい」

 そう言って、彼は持てる力をフル稼働させて、その場に実体化する。かつては、ヘラクライストの猛攻を一人で凌ぎきっただけの強大なアウルの持ち主である。おそらく、その使徒の一人くらい、彼の力であれば倒すことは難しくはないだろう。ただ、問題は、本当に彼の中で「聖人」が「昔の男」なのかどうか、という点である。場合によっては、ここで寝返ってもおかしくはない。だが、誰もその可能性を疑おうとはしなかった。それが信頼によるものなのか、ただの直感なのかは分からない。ただ、いずれにせよ、ここにいる者達は誰もミカの造反の可能性を疑うことなく、この場を彼に任せて、先に進むことになった。

9.4.4. 三階の番人(VI)

「ここから先に通す訳にはいかんぞ、マヨネーズ!」

 三階に辿り着いた彼等の前で、赤き血潮の変質者が、そう叫びながら立ちはだかる。

「私はこの天使の力を使って、この世界を支配する。そして、世界中の人類達を、この私の濃縮トマトの力で、血液サラサラの健康体にしてくれるわ! 覚悟するがいい!」

 それで困る人間は誰もいないというか、むしろ南欧育ちのアンドラスにしてみれば、トマト寄りのケチャップの方が好物だったりもするのだが、ともあれ、結果的に天使に協力してしまっている以上、彼をこのまま看過する訳にはいかない。
 とはいえ、全員でこんな変態の相手をするのも嫌なので、ここはマヨネーズに任せて先を急ごうかとしたその瞬間、彼等の後方から、「カツーン、カツーン」という下駄の音が聞こえる。クリスティーナが開いたゲートから来たのは、全部で5名。つまり、これ以上の援軍は、もう現れない筈だった。しかし、その男は確かに現れた。

「ウチのバイトの不始末ってぇことは、こりゃあ、あっしの仕事ですよねぇ。料理以外のことにアウルを使うのは、何年ぶりかな」

 そう、その男は石森達行。石森食堂の店主である。彼がなぜ、どのような力でここに入ってきたのかは分からない。というか、そもそも、この場で彼が出てきて、一体何が出来るというのか、誰もが疑問に思っていたが、それでもなぜか、このおっさんに任せれば、なんとかしてくれるのではないか、そんな不思議な存在感が感じられた。

「店長、アンタには世話になった。だが、コイツ等の味方をするというのなら、容赦はしない」
「悪いな、福島。ウチは従業員よりも、お客さん優先なんだよ」

 そう言って、二人が静かに向かい合い、睨み合い、相手の出方を伺っている状態を横目に、他の者達はその先の階段へと進むことにした。

9.4.5. 四階の番人(I)

 そして、四階に到達すると、そこに待っていたのは「I」のオーラを背負う男、陰陽師・橘隼人であった。廃墟でも見せた九尾の狐を従えて、ただ黙って、侵入者達の進路を阻んでいる。薊ですら倒しきれなかったということを考えると、おそらく戦闘能力としても、ヘラクライストの使徒の中でトップクラスの実力者であろう。

「この人は、厄介だ。私に任せてもらおう」

 そう言って、堕天使クリスティーナが皆を制して前に出る。

「付け焼き刃だが、薊さんから、使い方は聞いている。それに、この空間での戦いには馴れている」

 そう言って、彼女は陰陽師の札を掲げる。その場にいる誰もその札の正体を理解出来なかったが、これは式神の力を弱める効果を持った護符である。まさに、陰陽師の力をもって、陰陽師の力を封じるための秘具である。そして、堕天使である彼女は、確かに、天界での戦い方という意味では、隼人以上に熟知していた

「仕方ないですね。天界の者同士争うのは不本意ですが」

 そう言って、隼人が術を唱える構えに入ると、クリスティーナはクールにその発言を否定しようとする。

「今の私はもう天界の者ではない。今の私は、し、し、しん、jklasfdskgsav……んの者だ!」

 結局、クールに言い返すことが出来なかった彼女は、顔を紅潮させたまま、真司と目を合わせないまま、隼人へと襲いかかる。そんな彼女の「人間らしさ(女性らしさ?)」を目の当たりにして、彼女が再び天界に寝返ることだけはないだろう、と確信しつつ、次の階へと進んで行ったのであった。

9.4.6. 五階の番人(II&VIII)

 敵の筆頭幹部の妨害を振り切り、ようやく5階に辿り着いた6人であったが、ここで、彼等にとっての最悪の事態が待ち構えていた。そこで彼等を待っていたのは、、かつての学園内最強剣士にして、ヘラクライストの第二使徒・宗方勇と、その傍らで、彼に侍るように控える学園のオペレーター・竜崎アリスの姿である。そして、彼女の手には、あの断魄刀が握られていた。
 6人がその2人の姿を見て言葉を失っていると、宗方が口を開く。

「下がれ。俺は弱い奴とは戦わん。それに、出来れば、学園の後輩とも戦いたくはない」

 その言葉には一種の温情が感じられなくもなかったが、実際の彼の瞳には、一転の曇りもなく、ただ、目の前の侵入者を追い返すことしか考えてない、主君に忠実なる騎士としての瞳であった。しかし、彼にとっての本当の「主君」は、実はヘラクライストではなかった。

「俺が使徒となったのは、人類や学園に恨みがあったからではない。ただ、隼人さんの恩義に報いるためだ。俺は昔、あの人がまだ人間だった頃、あの人に命を救われた。今度は、俺があの人を命懸けで支える」

 撃退士として、そして人としての彼の決断の是非はともかく、彼を突き動かしていたのは、このような至極単純な理由であった。
 一方、その傍らに立つ竜崎の背後からも(彼の『II』と並ぶ形で)、はっきりと「VIII」の文字が浮かび上がる。そう、それは紛れもなく、彼女もまた「使徒」となっている証であった。その風貌自体は以前と殆ど変わらないが、明らかに目付きや表情が、いつもの彼女とは異なる。どこか冷たい目をした彼女は、まるで人が変わったかのような印象であった。
 その状況が整理出来ずに皆が混乱している中、突然、真司が苦しみ出して、その場に倒れ込んでしまう。

「どうやらその子は、長期間にわたって幽霊に取り憑かれ続けたことで、霊的な存在に取り憑かれやすい体質になってしまっているみたいね。この城内の聖霊達が、彼の身体の中に入り込んでいるわ」

 皆の混乱に更に拍車がかかる中、竜崎が淡々とそう告げる。彼女の推論が正しければ、おそらく、ミカが身体が抜けたことによって生じた彼の「心の隙間」に、聖霊が入り込んでしまった、ということであろう。

「今はまだ、彼の精神力でそれをはね除けているけど、いつまで続くかしらね。それを完全に除去出来るのは、この刀しかないわ」

 そう言って、彼女は「断魄刀」を皆の前に掲げる。それは確かに、彼等が必死の努力の積み重ねの末に、名古屋で勝ち取った筈の、あの断魄刀であった。

「結局、あなた達は誰も気付いてなかったのね、私達の芝居に。私と違って、この人は芝居が得意ではないのに、私とこの人がグルだと、あの時、気付かなかったの?」

 あの時点で、竜崎と宗方の関係を知っていれば、あるいはその可能性も推測していたかもしれない。しかし、馴れない土地での馴れない演奏に向けての準備で必死だった彼等には、竜崎に「ペンダントの男性」について確認する余裕など、ある筈もなかった。

「あなた達では、この人は倒せない。それでもこの先に進みたいというなら、そして、その子のためにこの刀が必要だというのなら、撃退士として、その力で勝ち取ってみなさい!」

 そう言って、彼等の前に「第二使徒」と「第八使徒」が立ちはだかる。当然、彼等の脳裏には彼等は「宗方先輩とは絶対に戦うな」という筧の忠告が明確に刻まれている。しかし、だからと言ってこの状況で、もはや彼等に「撤退」という選択肢は有り得なかった。特に、アンドラス、マヨネーズ、月、百合子の四人にとっては、この先に「因縁の相手」が待っていることが明らかである以上、最初から退くことなど考えている筈がない。
 そして、この状況に最も困惑しているであろう、竜崎を慕う一人の少女もまた、彼等と同じ想いであった。

「私は…………、あなたを、倒します!」

 竜崎の真意は分からない。しかし、「撃退士」としての道を示し続けてくれた彼女にそう言われた以上、まどとしては、ここで戦わない訳にはいかなかった。それが、「彼女の中の竜崎アリス」に応える唯一の道だったのである。
 そんな彼等の決意を見て、道を違えることになったとはいえ、学園の先輩として、どこか満足そうな表情を浮かべた宗方は、正々堂々、真っ向から彼等を迎え撃とうと、全神経を彼等に集中させて、戦闘態勢に入ろうとする。
 だが、その時、背後から、予想外の凶刃が彼の身体を貫いた。

「ア、アリス……、お前……」

 自分を貫いた断魄刀から流れ落ちる血流に困惑しながら、その凶刃の主の名を呟き、彼はその場に倒れた。

「あなたは、私にだけは無防備な背中を晒してくれる。だから、アナタを殺せるのは、私だけ。あなたは何も悪くない。あなたは、この悪い女の卑劣な裏切りによって、非業の死を遂げることになるの」

 そう言って竜崎が恋人を見下ろしていると、彼の身体から、彼の魂魄が刀を通じて彼女の身体の中へと逆流してくるのを感じる。そう、熱田神宮の者達が忠告していた通り、「本人の意に沿わない形での魂と肉体の分離」を強行したために、彼女の身体の中に、身体から切り離された宗方の魂が入り込んできたのである。

「さぁ、まど、撃ちなさい! 今のこの瞬間なら、あなたのエナジーアローで、私ごと彼の魂も消せるわ!」

 彼女は後輩に向かってそう叫ぶ。その目は、さっきまでの「使徒」としての顔ではない。身体はおそらく使徒のままなのだろうが、あきらかに「撃退士」の顔に戻っていた。そう、彼女の狙いは、最初からこれだったのである。「学園史上・最強の剣士」とも呼ばれる恋人を、恩人への忠義に報いるために全力を尽くそうとする恋人を止めるには、これしか方法がない。それが、彼のことを最もよく知る竜崎の下した決断だった。

「彼が私の身体を乗っ取る前に! お願い、死なせてほしいの、最後は、この人と、一緒に……」

 その彼女の決意を受け取ったまどは、意を決してエナジーアローを打ち込む。すると、彼女は満足そうな表情を浮かべつつ、その身体が少しずつ白い粉末となって消えていく。

「ありがとう。これしかなかったの、あの人を倒す方法は……。もし、筧君が無事だったら、伝えて……。あの子をお願い、って……。そして、受け取って。私の、最後の力を……」

 彼女がそう言うと、彼女の身体に残っていたアウルの力が、まどやアンドラス達がこれまでに受けた傷や失ったアウルを回復させていく。それが、自ら裏切り者を装いながら、決死の覚悟でかつての恋人の命を断つという決断を下した撃退士としての彼女が残した、最後の輝きであった。
 そして、彼女が消え去ると同時に、彼女とは全く逆の(そして、こちらは本物の)「裏切り者」となった女性が、突如、後方から姿を現す。

「し、真司くん! どうしたんだ、一体……」

 それは、堕天使クリスティーナの姿であった。第一使徒・橘隼人と戦っていた筈の彼女であるが、どうやら、少し遅れて薊が救援に駆けつけたらしく、「これは夫婦の問題だから、代われ」と言われて、その場を任せて先に来ることになったらしい。
 そして、目の前に倒れている真司の姿を見て困惑していた彼女であったが、一通り事情を説明した上で相談した結果、ひとまず、彼女が真司を連れてゲートの外まで連れ出すことになった。今の時点で断魄刀で彼の身体から聖霊を切り離しても、いつまた再び同じ状態に陥るかは分からない。彼の身を案じるクリスとしてはそれが最善の策であり、誰もその方針に異を唱える者はいなかった。
 こうして、最終決戦を目前にして、貴重な戦力を一人、欠くことになってしまった彼等であるが、それでも、彼等は足を止める訳にはいかなかった。

9.4.7. 最上階の決戦(III&IV)

 そして、遂に彼等が最上階に辿り着こうとしたその瞬間、前方から、激しい爆音が聞こえる。それはアウルとアウルが衝突する、紛れもなく戦いの音であった。

「ヘラクライスト様、大丈夫ですか?」

 それは、かつて一瞬だけ彼等の同胞だった少女・雛菊の声である。そして、それに続けて、彼女の主の声も彼等の耳に届く。

「あぁ、心配ない。まったく、手こずらせおって……」

 その声を聞き終えるとほぼ同時に、彼等が遂に最上階の部屋に辿り着く。そこにいたのは、この城の主であるヘラクライストと、残り二人の使徒、橘雛菊とカノン・ライヘンベルガー、そして彼等3人の前に倒れている、黒瀧と筧の姿であった。どうやら彼等は、アンドラス達とは別の何らかのルートで、この部屋に辿り着き、彼等と戦い、そして力及ばずその場に倒れ込んでしまっていたらしい。
 そして、「新たな来訪者」を目の前にして、ヘラクライストは再び口を開く。

「今度はまたお前達か。あと少しで、十二使徒を揃えて、この学園からも手を引くところだったのに。最後の最後まで邪魔しおって。だが、お前達は意外な副産物をもたらしてくれる。カノンにしても、リリスの心臓にしても。この娘にしても」

 そう言って彼が部屋の奥を指し示すと、そこには、魔力結界の中に封じ込められた満月の姿があった。どうやら彼女も、あのケチャップの暴走の時に巻き込まれて一緒にこの空間に来てしまっていたらしい。

「この娘の精神から溢れ出る無限のアウル。素晴らしい。この娘を洗脳して使徒化出来るのなら、もはや、あんな出来損ないのバハムートテイマーなどいらんわ」

 そう、彼の計画では、本来はサルビアが「第十二使徒」となる筈であった。しかし、その計画が百合子達の手によって止められてしまったことで、結果的により優秀な「代役」と巡り会えた、という訳である。

「ユウ・ムナカタを失ったのは痛いが、あの女の裏切りを見抜けなかった私の責任だ。致し方ない。欠けた分は新たに補えばいいだけのこと。そこでお前達に、最後通告だ。今からでも私に降れ。この戦いで他にも何人か欠員が出るだろうが、お前達で帳消しにしてくれる」

 当然、今更そんな勧誘に従う者など、誰もいる筈がない。

「ふざけるな! 蘭子の仇、今度こそ取らせてもらう!」

 そう言って、百合子は銃を向ける。すると、両者の間に雛菊が割って入る。彼女の背後からは「III」の文字が浮かび上がっていた。

「待って下さい。皆さんも、悪魔達によって、多くの学友を失った筈です。多くの悲しみを背負っている筈です。悪魔を倒したいという気持ちは同じの筈です。確かに、いずれは人間だけの力で、彼等を倒せる日が来るかもしれない。でも、その前に多くの人々が犠牲になることになります。より多くの人々が悲しむことになります。だからこそ、一刻も早く彼等を倒すために、天界の力が必要なんです……分かってもらえませんか?」

 だが、その誘いは再び、アンドラスによって拒絶される。

「今の時点で悪魔が倒せないからと言って、天使の力を借りるのは、ただの逃げだ。逃げるだけの選択に未来はない」

 しかし、そう言われても、雛菊の決意は変わらない。

「ただ漫然と消極的に攻めていても、何も生み出しません。今を打開するために必要なのは、こだわりや固定観念を捨てて、積極的に逃げてでも今を変えようとする勇気です」

 彼女のその発言の妥当性はともかくとして、アンドラスには十分に彼女の意志は伝わった。その上で、彼としてはその決意を受け入れることは出来ない、ということを改めて実感した。こうなってしまった以上、お互いの信念をかけて戦うしかない、ということを。
 そしてそれは、「IV」の文字を背後に浮かべる使徒・カノンもまた同様であった。

「先輩、もうこれ以上、何を言っても仕方がないことです。決着をつけましょう」

 そう言って、彼が剣を抜くと同時に、最後の戦いの火蓋が切って落とされる。そして次の瞬間、この戦いの流れを大きく決定付ける一撃が、意外な人物から繰り出されることになった。

「お前さえいなければ!」

 雛菊を守るため、カノンがアンドラス達の攻撃に対応しようとしたその瞬間、本来は打撃力に欠けるディヴァインナイトである筈の月の怒濤の一撃が雛菊を襲う。尊敬する先輩を奪った「不倶戴天の敵」に対する一撃は、その「尊敬する先輩」の冷静さを奪うに十分だった。

「雛菊!」

 重症を負った雛菊を守るため、カノンは全力で彼女を庇おうとするが、この機に乗じたアンドラス達の集中攻撃によって、雛菊は殆ど何も出来ないまま、その場に倒れ込んでしまう。

「月! 貴様、よくも!」

 自分が可愛がっていた後輩が、自分の想像以上に成長していたことに対して、本来の彼であれば賞賛の言葉を与えたであろう。その一撃が自分を狙ったものであれば、素直に喜ぶことも出来たかもしれない。しかし、自分の人生を投げ打ってまで守ろうとした最愛の女性を傷付けられたことで、彼は完全に理性を失っていた。そして、理性無きディヴァインナイトの脳裏からは、もはや主人を守るという「本来の目的」など、完全に消え去っていた。今はただ、一刻も早く彼等を倒して、雛菊を安全な所に連れて行って手当しなければ、という意識だけが先走っていたのである。
 こうなると、ヘラクライストを守る者は誰もいない。それでも力押しで倒せると思っていた彼であったが、直前の黒瀧・筧との戦いで大きく消耗していた彼には、竜崎の最後の力で万全の状態にまで回復していた彼等の全力攻撃を受けきれるだけの力は残っていなかった。互いに死力を尽くした総力戦の末、最後はマヨネーズの渾身の一撃によって、ヘラクライストはその場に崩れ落ちたのである。
 こうして、数ヶ月間にわたって繰り広げられたアンドラス達とヘラクライストの戦いが、遂に終焉を迎えることになったのである。

9.4.8. 崩れ落ちる城

 そして、ヘラクライストが倒されるのとほぼ同時に、どこからともなく、不気味な笑い声が響き渡る。それは、どこか達観した声色の、福島ケチャップの魂の叫び声であった。

「そうか、分かったぞ。全ては塩だ。この世の味の根源は、全て塩から始まるのだ! マヨネーズよ、俺は国に帰る! 塩の基礎から学び直して、全ての調味料を凌駕する最強のケチャップを作り上げてみせる! 首を洗って待ってろ!」

 その声と同時に、城が崩れ出し、そして新たな異空間への扉が開かれる。どうやら彼は、自分とマヨネーズの祖国・迷宮キングダムへと続くゲートを開いてしまったようである。空間自体の歪みが広がっていく中、ひとまず、アンドラス達は満月、黒瀧、筧といった面々を抱えつつ、なんとかその空間の歪みから逃れようとするが、その一方で、雛菊を抱えてその場から逃れようとしたカノンは、その空間の中に引きずり込まれてしまう。そして、彼と共に彼の懐にあった「リリスの心臓」もまた、その空間の闇へと消えていく。
 そして、その「リリスの心臓」に一瞬、目を奪われた百合子もまた、その空間に引きずり込まれそうになるが、その次の瞬間、突如現れた見たことのない「竜」のような生き物が、彼女を空間から拾い上げる。

「大丈夫、ユリコ!?」

 そう言って、その「竜」の背中から顔を出したのは、サルビアであった。あれから意識を取り戻した彼女は、皆の力になるため、初めて本気で集中して「竜」の召還を試みた結果、見事に成功し、この天界に乗り込んできていたのである。
 そして、その竜の背中にはもう一人、石森店長の姿もあった。

「いやー、あの福島をね、軽くひねってやった上で、あっしが持ってた塩むすびをくれてやったら、勝手に時空の扉を開きやがったんですよ。なんだか訳の分からないことを言ってましたけど、少なくとも、もう今後は、我々に危害を加えるようなことはしなさそうなカンジでした」

 その説明を聞きつつ、皆と合流して城を逆走して元来たゲートへと戻ろうとする彼等に対して、今度はサルビアが口を開く。

「私、あのフクシマって人に、『誰でもニンジャになれる世界がある』って言われて、心が揺らいでたの。その世界に行くゲートを開くことが出来るけど、そのためには私は使徒にならなきゃいけない、と言われて……。で、詳しい話を聞きに行ったら、よく分からないオジさんがいて、気付いたら催眠術をかけられてたの……」

 そして今、彼女の目の前には、その「誰でもニンジャになれる世界(=迷宮キングダム)」への扉が開かれている。しかし、そのことを知ってもないお、彼女は自らそこに飛び込もうとはしなかった。

「私は政府の奨学生だから、ここで私が行方不明になったら、来年から私の後輩達の留学の枠が減らされるかもしれない。だから、少なくとも、高校卒業するまでは待つことにしたわ。というか、卒業したいの。皆と一緒に。だって私、この学園が好きだもん。まどがいて、アンドラスがいて、シンジがいて、アザミちゃんがいて……」

 そう彼女が語ったその瞬間、その「アザミちゃん」が彼等の前に姿を現す。多少の傷を負っているようだが、基本的には無事なようだ。しかし、元・夫、隼人の姿が見当たらない。

「すまん、この空間が壊れそうになった瞬間、逃げられてしもうた。おそらく、今後は別の天使に使える気やと思う。結局、奴にとって、ヘラクライストはあくまで、自分の妄想を実現するための『仮の上司』にすぎんかったようやな」

 その後、アンドラス達が雛菊の行方について彼女に説明していた途中で、今度はミカと聖人の姿が目に入る。既に聖人はミカの手によって倒されていたようで、その身体は(竜崎の時と同様に)白い粉となって消えていこうとしていたが、それと同時に、ミカの身体もまた、少しずつ消失しようとしているのが分かる。

「私、もう未練を断ち切りました。やっぱり、私がこの世界に残っていたのは、聖人さんに想いを伝えきれなかったからだったみたいです。でも、もう、ちゃんと伝えました。ずっと好きでした……、って。まぁ、ちゃんと聞いてもらえたかどうかは分かりませんけどね」

 そしてどうやら、その目的を達成したことで、彼の魂もまた成仏(?)しようとしているらしい。真司の姿が見えないことを悔やんではいたが、最後に彼はこう告げて、消えていく

「真司さんに伝えておいて下さい。今度は、黒髪ストレートの女の子に生まれ変わって、18年後に、あなたに会いに行きます。その時、あなたの横に誰がいようと、若さと美貌で、絶対に、真司さんを奪い取ってみせますから、って」

 ミカの最後の笑顔を焼き付けた彼等がようやく一階まで戻ると、そこには、傷ついた玲子を背負いながら、タチアナが待っていた。

「とりあえず、気絶させただけだ。この後、彼女をどうするかは、戻ってから考えよう。それにしても月、無事で良かった、本当に……」

 やや涙目になりながら、傷ついた月を抱きしめつつ、彼等は遂に城の外に出る。そして、ゲートの入口付近では、明良、ミハイル、桃香の3人が、渥美三姉妹を抱えた状態で彼等を迎える。

「良かった……、まど先輩、無事だったんですね! こっちはもう、全然楽勝でしたよ」

 そう言って、明良はまどに駆け寄る。実際、この一連の戦いにおいて、最もあっさりと決着がついたのは、この戦場だった。

「そもそも、彼女達は使徒化自体が不完全だったようだ。というか、この一番下の娘に至っては、そもそも阿修羅だったぞ。これでは、使徒になれる素質があったかどうかも怪しい。多分、他の二人についても、使徒になりきれていない状態で、力を発揮しきれなかったんだと思う」

 ミハイルがそう説明すると、桃香がそれに続いて口を開く。

「もし、人間に戻せるなら、個人的には更正の機会を与えたいです。私自身がそうであったように」

 今やすっかり「風紀委員の下働き」としての職務が板についてきた彼女としては、勢いで暴走して道を踏み外してしまった彼女達に、どこか昔の自分を重ねているのかもしれない。

 こうして、十二使徒達との戦いを終えた彼等は、クリスティーナの力で再び開かれたゲートを通って、学園への帰還を果たす。翌日の授業で、激しい睡眠不足と体調不良に襲われながら授業を受ける羽目になったことは、言うまでもない。

9.5. エピローグ

9.5.1. 使徒達のその後

 この戦いが終わった後、学園側に提出された報告書には、ヘラクライストの十二使徒について、以下のような記録が残されている。

第一使徒:橘隼人→行方不明(逃亡)
第二使徒:宗方勇→消滅
第三使徒:橘雛菊→行方不明(異世界へ?)
第四使徒:カノン・ライヘンベルガー→行方不明(異世界へ?)
第五使徒:真宮寺聖人→消滅
第六使徒:福島ケチャップ→行方不明(異世界へ?)
第七使徒:鏡玲子→捕縛
第八使徒:竜崎アリス→消滅
第九使徒:豊川いなり→捕縛
第十使徒:豊橋うずら→捕縛
第十一使徒:田原みなと→捕縛
第十二使徒:不在

 そして、捕縛された4人のうち、渥美三姉妹はミハイルの予想通り、まだ完全に使徒化していない状態だったため、元の身体に戻され、桃香に保護観察という形で預けられることになる。
 一方、玲子は既に完全な使徒の形になってしまっていたため、人間の身体に戻すことは出来ない。ただ、彼女自身は騙されて使徒になっていたという経緯があるため、その罪は情状酌量された上で、「リリスの心臓と義体による実質的な転生」への道を残すため、冷凍睡眠状態に置かれることになった。もっとも、リリスの心臓が異世界に行ってしまったままなので、この時点で明確な算段が立っていた訳ではなかった。

9.5.2. 忘れ形見

 そして、その戦いが終わってから数日後、筧が、今回の事件に関わった者達を、とある病院へと連れて行く。竜崎の最後の言葉に示されていたように、どうやら彼は、竜崎から何かを託されていたらしい。
 彼が案内した先では、竜崎そっくりの女性が、ベッドに横たわっていた。どうやらそれは、ミハイルの企業の技術を利用して創られた、竜崎のクローンらしい。そして、布団の上からでも分かるレベルで、竜崎の下腹部が大きく膨らんでいた。
 筧曰く、彼女の胎内にいるのは、竜崎と宗方の子供らしい。自分の身に何かあった時のために、自分の胎内からクローンの胎内へと移していた、とのこと(もともと、このような形での代理出産の母体として活用することは、最初から義体計画の一環として想定されてちた活用法であった)。それが、彼女が使徒化を決意するよりも前なのか後なのかは分からなかったが、少なくとも、DNA的には、宗方も竜崎もまだ人間だった頃に受胎した子供であることは間違いないらしい。竜崎が名古屋の音楽祭へと向かう前日、酒の席で筧にこのことを伝えていたのだという。

「とりあえず、養育費は俺が出す。だが、親代わりは俺には無理だぞ、絶対に。いくら俺でも、さすがに昔の恋敵の子供を相手に、いい父親役が出来るとは思えんからな」

 そう言って、筧は女性陣を見渡しつつ、「この子には、誰かが母親が必要だ」ということを、目で訴える。それに対して最初に口を開いたのは、竜崎の親友・タチアナであった。

「本来、これは私が請け負うべきなんだろうが、私の本業は軍人。いつまで日本にいるかも保証出来ないし、いつ死ぬか分からん身では、引き受けられん」

 全くもって正論である。そして、しばらく沈黙が続いた後、まどが手を挙げる。

「私が、育てます」

 子供が生まれる段階で、おそらくまだ彼女は学生である。しかし、尊敬する竜崎に自ら止めを刺した身として、せめて彼女の忘れ形見を自分の手で育てたいと彼女が思うのも、自然な感情と言えよう。
 ちなみに、まどが手を挙げるのがあと数秒遅かったら、満月が「じゃあ、私がやるー」と手を挙げるところだったのだが、どちらにせよ海月館全体でまどをサポートする必要があることは、その場にいる女性陣達の共通見解であった。

9.5.3. 異世界からの手紙

 こうして、一連の争いの後処理が一段落していく中で、新たに再建された学生寮への引っ越しの準備に勤しんでいたマヨネーズの前に、突然、下級悪魔ウーネミリアが現れる。

「ケチャップから、あなたへの手紙を預かってるわよ」

 そう言って彼女は封筒を渡すが、マヨネーズはそれを読まずにビリビリと破ってしまう。その状況に苦笑しながらも、彼女は「そういうことされると、逆に伝えたくなるのよね」と思いながら、彼にケチャップからの伝言を伝える。
 曰く、ケチャップは迷宮キングダムの世界に戻り、「至高のケチャップ」の作成を着々と進めており、自分と決着をつけるために、マヨネーズに「帰って来い」と言っているらしい。そして、雛菊とカノンも、様々な成り行きの末に、今は彼と共に向こうの世界に溶け込んでいる、とのこと。そして、ウーネミリアは、自力でその世界への扉を開くことが出来るらしい。

「行くなら、案内しようか。あっちの世界も面白そうだし」

 この話を聞いた上でも、マヨネーズは帰る気にはならなかったが、カノンを連れ戻したい月と明良、そして玲子を助けるためにリリスの心臓を取り戻したい百合子は、迷宮キングダム世界に向かうことを決意する。

「まど先輩、俺、あの子が生まれるまでには、絶対に帰ってきます。そしたら、二人で一緒に育てましょう」

 明良がまどにそう告げると、まどは笑顔で頷く。この言葉の意味を、まどがどこまで重く受け止めているかは分からないが、明良の中では、これまでの人生の中で最高潮のテンションに達していたことは言うまでもない。
 ちなみに、アンドラスもカノンのことは気がかりではあったようだが、彼が異世界に行くことについては、満月が強硬に反対したため、カノンのことは月達に任せることにした。そして、サルビアもまた、迷宮キングダムへの興味をまだ捨ててはいなかったが、当初の予定通り、まずは卒業を優先するという当初の方針を掲げつつ、「あっちの世界でニンジャになるための条件とか、出来れば調べてきてね」と言付けして、バハムートテイマーとしての単位取得に専念することになった。

9.5.4. 咎人達の再就職

 こうして彼等が異世界に行くための準備を進めつつ、学園側への一時休学申請が受理されるのを待っていたところで、百合子の部屋を改めて桃香が訪れる。

「ごめんなさいね。本当は、私もリリスの心臓を取り戻すのに協力したいけど、今の私には、私の使命があるから」

 桃香はそう言って、申し訳なさそうに百合子に謝罪する。彼女は結局、正式に風紀委員会に加入することになった。先輩から「アナタ、眼鏡のツンデレなんだから、正式に風紀委員になるべきよ」という意味不明な勧誘されたことが直接的な契機らしいが、実際、彼女の性格的にも、この仕事が性に合っていることは彼女自身も認めていた。そしておそらく、最初に彼女をスカウトした黒瀧も、彼女のその資質は見抜いていたのであろう。

「でも、不良中年部が活動再開したことで、ミハイル様とはこれで完全に敵同士なのよね……」

 そう言って彼女が肩を落としていると、彼女の部下として配属された渥美三姉妹の次女・豊橋うずらから、電話がかかってくる。

「姐さん! 石森食堂で食い逃げした生徒が、そっちに向かってます!」

 彼女達は「堕天使」達と同様の保護観察下に置かれながらも、「善行を積んで学園に貢献すれば、音楽業界への斡旋にも協力する」という学園側の説得により、かつての桃香と同様、風紀委員会の補助役として働くことになったのである。
 その電話を受けた桃香は、すぐに寮を飛び出し、公道を走って逃げていた食い逃げ犯の前に立ちはだかる。

「宝石強盗までやった私が、何の因果かマッポの手先……。笑いたければ、笑うがいいさ!」

 そう言って彼女は、容赦なく食い逃げ犯にエナジーアローをぶちまける。そんな光景が、今後もこの学園内で幾度と泣く繰り返されることになるのであった。

9.5.5. 去り行く大人達

 一方、薊は隼人の行方を探るために、しばらく学園を休学することを決意する。隼人が再び学園に現れる可能性もあるが、既に完全に面が割れてしまっているため、おそらくは国外の別の天使の下で戦う道を選ぶのではないか、というのが、長年連れ添った彼女の推測であった。

「あの娘が戻ってくるかもしれへんから、一応、学籍は残しとくけどな。あー、でも、旅先でいい男見つけたら、そのまま帰って来んかも。そん時は、あの娘のこと、任せるわ」

 そう言って、彼女は学園を去っていく。彼女にしてみれば、色目を使った真司や月に全く相手にされないままというのは、どこか納得がいかない心境ではあったが、「自分の魅力に気付けないガキにこだわっても仕方がない」と割り切っている様子でもあった。

 一方、タチアナは、国連の対天魔機関に戻ることが決定する。出来れば、親友・竜崎の子供が生まれるまで学園に留まりたいという気持ちもあったし、冷凍睡眠状態のままの(愛弟子・蘭子の妹の)玲子のことも気がかりではあったが、国からの命令ということであれば、仕方がない。そして、彼女の中ではもう一つ、心残りがあった。

「これで私はもう教師ではないから、その、なんだ、私とお前がどういう関係になろうと、その……」

 そう言って、顔を紅潮させながら月に何かを伝えようとするが、最終的には、

「無事に、帰って来いよ」

と伝えるのが精一杯であった。

 そして、筧もまた、フリーランスとして、新たな依頼を求めて、ひとまず学園を去ることになる。

「どうだ、この学園での生活は? そして、俺が最初に言ったことを覚えているか?」

 そう問われた百合子は、複雑な表情を浮かべながら、ポツポツと語り始める。

「友とを作れ、ということですよね。覚えています。それが達成出来たかは分かりませんが、少なくとも私は、この学園に来て、変わったと思います。以前の私は、ただ天使を倒すことしか考えていなかったし、その頃に比べたら、ずっと視野も広がったし、今のような考えが出来なかった。色々な考えを理解出来るようになったという意味でも、この学園に来た意味が大きかったと思います」

 それを聞いて、筧は満足そうに笑みを浮かべる。

「まだまだ学園生活は長いんだ。ゆっくり作ればいい。友も、そして、友以上の存在も、な。もちろん、無理してまで作るもんじゃないがな。色恋沙汰で道を踏み外した人も大勢見てきた訳だし」

 そう言いながら、彼を目線をそらしつつ、こう告げる。

「誰も見つからなかったら、そん時はまた俺のところに連絡してくれればいい。俺は多分、あと5年は独身だからな」

 しばしの沈黙の後、

「まぁ、戯れ言だと思って、聞き流してくれ。だが、お前さん、きっと、竜崎先輩以上の『いい女』になるぜ。俺が保証してやるよ」

 そう言って、彼は本州への連絡船が待つ港へと向かっていった。

9.5.6. the last scene......?

 そして、百合子・月・明良の休学届けが受理され、彼等が迷宮キングダムへと旅立つことが決定したその日の夜、閉店間際の石森食堂を訪れる、一人の中学生の姿があった。彼は一心不乱にブラボー丼を腹に流し込むと、懐から一つの宝石を取り出した。

「すまない。食券を使い切ってしまったので、お代はこれで」

 溢れ出す無限のアウルの力を感じ取りながら、店主はその宝玉を「お代」として受け取る。

「ありがとうございます、おやっさん」

 そう言ったのは、さっきまでブラボー丼を食べていた彼ではなく、その背後に立つ、この店の元店員であった。

「いずれ、あなたを納得させる味を作り出してみせますよ」

 その言葉を、店主は笑顔で受け入れる。

「じゃあ、もういいか? 行くぞ?」

 元店員がそう告げると、宝玉を手渡した中学生は無言で頷き、彼が開いた「次元の扉」を通って、今の彼等の住処である「迷宮キングダム」へと帰還して行く。なぜ、彼等がこのタイミングでこの世界に戻って来たのか? なぜ、このタイミングでブラボー丼を食べたかったのか? なぜ、彼は「あの宝玉」をこの世界に返しに来たのか? その答えを知る者は、まだこの時点では誰もいなかった。

 そして、この謎を解く鍵を握る人物・鳴滝真司は、今回の戦いを終えた後に身体から断魄刀で聖霊を切り離したものの、まだ不可解な後遺症に悩まされたまま、リハビリを続けている状態であった。彼を巡る新たな物語が語られることになるのは、まだ、もうしばらく先の話である。


裏話

 ということで、なんだかよく分からない、色々な意味で消化不良なままのラストになってしまいましたが、順番に色々と弁明していきましょう。
 まず、最後の最後で突然出て来た「十二使徒」という設定ですが、これは実際に最終盤になって思いついたネタだったので(当然、元ネタのヘラクライストに引っ掛けたネタではあったのですが)、その半分以上が最終回で突然現れるという、非常にバランスの悪い構成になってしまいました。てか、本来ならこの第9話は、2回かけたかった話だったのですが、どうしてもラガの活動回数的に無理だったので、かなり詰め込みすぎの最終回になってしまった次第です。
 とはいえ、薊さんの旦那とか、蘭子の妹とか、ミカの想い人とか、これまでのキャンペーンの流れを踏まえた上での、なかなか面白いラインナップにはなったんじゃないかな、ということで、自分では結構気に入ってます(渥美三姉妹は露骨に数合わせでしたが、12人もいるなら、こういう雑魚枠があってもいいかと)。特にケチャップに関しては、正直、もっと早く出しておくべきだったというか、なんでもっと早く思いつかなかったのかと、ちょっと後悔したくらいです。
 で、物語の途中で突然、真司が退場してしまいますが、お察しの通り、これは「四階の戦い」の途中で一旦「次週に続く」になった後、翌週&翌々週にプレイヤーが体調不良で参加出来ず、やむなく彼を欠いたまま物語を進めざるを得なくなった、という訳です。私の中では「最終回は必ず全員出席」がポリシーだったのですが、さすがに今回は日程的にもこれ以上の延期は出来なかったので、ひとまず今回のキャンペーン自体は彼不在のまま終わらせた上で、その後で彼を主人公にした「後日談」を作ろう、という方針で(私の中で)妥協することになりました。
 ちなみに、私の中では、カノンと雛菊が異世界へと飛ばされる、というエンディングは、随分前から決めてました。無論、最終決戦で彼等がヘラクライストよりも先に死んでしまう可能性もありましたし、戦闘不能状態となった彼等を強引に連れ帰るとPCが宣言した場合は、判定次第で認めてもいいかな、と思ってはいたのですが、出来れば彼等には最後まで「自分の信念」を貫いたまま退場させたかったんです。安易に心変わりして人間界に舞い戻るENDは出来れば避けたいな、と思っていたんですわ。無論、これはアンドラスや月の願いをGMの強権で阻止することを意味していたので、あまり褒められた姿勢ではないのですが、「人間界を捨てる」という結論を選んだカノンという「元PCの意志」も尊重したいな、という気持ちもあった訳です。
 ただ、最後の石森食堂でのくだりは完全に予定外というか、ぶっちゃけて言うと、私の凡ミスを無理矢理補うための苦肉の策でした。というのも、本当はヘラクライスト戦後に時空の扉が開いた時、「異空間に吸い込まれていくカノンからリリスの心臓を取り戻す判定」をおこなうつもりだったのですが、最終決戦で時間をかけすぎて学館の利用時間をオーバーしてしまい、戦闘後の処理を大慌てで終わらせてしまった結果、この判定自体をすっかり忘れてしまっていたんです。
 こうなると、カノンも戻ってこないし、リリスの心臓も取り返せないまま、という、あまりにもモヤモヤしたエンディングになってしまうので、最後の最後で(GMとしての咄嗟の判断で)「カノンが自ら返しにきた」という、よく分からないエンディングでごまかすことにした訳です。その上で、百合子達がこの後、どうするのか? 玲子は新しい身体を手に入れることが出来るのか? という点については皆の想像に任せつつ、カノンとケチャップの不可解な行動については、上述の「真司の外伝」で語ることにしようかな、と(もっとも、そもそも本当にやるかどうかもまだ決まってないレベルの話ですが)。
 あと、個人的に最後まで葛藤したのが、竜崎の処遇でした。最終決戦に向けて(物語本編との絡みが少ない)まどのテンションを上げてもらうために、あえて「敵に寝返ったフリ」をさせた訳ですが、最終的に彼女を生還させるべきかどうかで、最後の最後まで悩み続けました。使徒となってしまった彼女を何らかの方法で助ける道も考えたのですが、助ける優先順位としては(百合子があまりに不憫すぎたので)玲子を優先したかった訳です。その上で、やっぱり一人くらいは死んでくれないと物語が盛り上がらないかな、と(注:人を殺すことでしか物語を盛り上げられないのは、ストーリーテラーとしては三流です)。ただ、そうすると、まどのエンディングがあまりに寂しくなってしまうので、そこで考えた苦肉の策がコレだった訳ですが……、これはこれで、「自分の子供を後輩に押し付けたまま死ぬ」という、ある意味で最低の先輩になってしまいましたね。
 私個人としては、この「忘れ形見END」は結構気に入ってるんですが、人によって好き嫌いが分かれるラストだと思うので、こういう展開をPCに押し付けるのは、GMとしてどうなのよ……、とも思う訳です。あと、「プレイヤーがどんだけ頑張っても、結局、竜崎は助けられない」と最初から路線を固定化してしまうことにも抵抗があったので、なんとか選択肢次第では彼女を助けるルートも考えようかな、と思ったのですが、結局、思いつきませんでした(もし、プレイヤー側から、GMの想定外の救済法を提示された時は、それも認めようかな、とは思ったんですけどね)。
 そんな訳で、最後の最後まで、GMとしての色々と悩みながらの、ハプニングに振り回されながらのキャンペーンになってしまいましたが、最後まで付き合って下さったプレイヤーの皆様方には、本当に感謝しています。真司外伝も含めて、今後も再び同じ卓を囲む機会があれば、その時はまたよろしくお願いします。

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最終更新:2013年08月26日 13:15