第8話「神に捧げる歌」

8.1. 緊急会議

8.1.1. 繋がる因縁

 ディオ・コッキーによる通り魔事件を解決してから数日後、状況整理と今後の方向性について議論するため、学内の一角に、アンドラス、マヨネーズ、月、百合子、まど、そして病床から回復した真司の6人が集められた(厳密に言えば、月はやや遅れて到着することになったのだが)。
 そして、彼等を呼び出したのは、黒瀧、竜崎、タチアナ、ミハイル、そして、なぜか明良もまた、彼等を「呼び出した側」の席に座っていた。
 まず、タチアナから、百合子の親友・蘭子についての詳細を聞かされる。数ヶ月前まで、彼女と蘭子は同じ国連直属の対天魔機関に所属しており、彼女は蘭子を指導する立場にあった。そして、国連による古代遺跡の調査隊が中東に派遣されることになった時、タチアナが蘭子をその護衛隊の一人として任命したという(本来はタチアナ自身が行く筈だったが、他の予定と重なってしまい、自分の代役として彼女を指名した)。そして、その遺跡で「リリスの心臓」を発見したものの、天使軍に教われて、彼女を含めた調査隊は全滅してしまった。だが、そのリリスの心臓を預かっていた蘭子が、その鞄をホテルに残していたため、天使達の手には渡らず、その後、個人的に調査隊の足取りを追っていた筧によって発見され、百合子に届けられた、という訳である。

「その天使軍のリーダーの名は、ヘラクライスト」

 タチアナがそう告げると、その場にいた人々の何人かの心には衝撃が走るが、誰も声を上げない。否、声を上げることすら出来ないほどの衝撃だったのかもしれない。結果的に、彼はその後、雛菊を通じてその宝玉を奪い去ることになった訳だが、そこまで彼が計算してこの学園に狙いを定めていたのかは、誰にも分からなかった。ちなみに、その調査隊との戦いでは、彼もまた多くの使徒を失ったらしい。それだけ、蘭子を初めとする護衛の者達が善戦したということなのだろう。

8.1.2. 「義体」計画

 その話が一段落したところで、今度はミハイルが口を開く。彼は以前から、自分の所属する企業が、なぜリリスの心臓を欲しているのか疑問に思っていたのだが、上層部に打診を続けた結果、ようやくその理由が判明したという。
 曰く、彼等の企業内の極秘プロジェクトとして、以前から、クローン技術を応用した「義体」を生み出す研究を研究していたらしい。この場合の「義体」とは、人間の魂を移し替えることの出来る身体、という意味である。つまり、この技術が完成すれば、肉体が滅びても、魂を義体に移すことで、実質的に「永遠の命」に近い状態を生み出すことも可能になるかもしれないのである。
 そして、物質としての「義体」そのものはほぼ完成しているらしいのだが、いかにしてそこに「魂」を移植させるか、という点については、まだ試行錯誤している段階である。肉体から分離した魂が別の肉体に憑依する、という事例は世界各地で存在するが、それは大半が天使か悪魔の仕業であり、通常の人間の魂は肉体から分離させた直後に、その存在を保てなくなる、というのが定説である。
 だが、例外的に、数百万人に一人と言われる「魂魄そのものから強力なアウルを生み出せる特異な魂魄の持ち主」が「霊的存在」となり、様々なモノに取り憑いた、という事例もある。つまり、この「天使」「悪魔」「得意魂魄者」に共通しているのは「強力なアウルの持ち主」ということであり、逆に言えば、アウルの力を媒介すれば、魂と身体をつなぎ止めることも可能かもしれない、という仮説が提示されているらしい。
 そこで彼等が着目したのが、無限にアウルを生み出すことが出来るという「リリスの心臓」である。通常の人間の魂でも、肉体から切り離した直後に、アウルが込められた霊的な魔導具の中に魂を依嘱させたという事例は過去にもあるらしく、その技術を応用し、人間の魂をこのリリスの心臓に移し、その上でリリスの心臓を義体に埋め込めば、結果的にそれで魂を義体に移植出来るのではないか、というのが、この仮説の概要である。無論、これは「リリスの心臓」という伝説的宝具の存在を前提とした話なので、仮に成功したとしても、すぐにそのまま量産出来る訳ではないのだが、そのメカニズムを解明出来れば、将来的には同じ様なシステムを作り上げることが出来るかもしれない。

 ミハイルがここまで説明すると、今度は黒瀧が口を開く。既にこの場にいるほぼ全員が気付いている通り、真司の身体に取り憑いているミカ・シラフジは、まさにこの「数百万人に一人の特殊な魂魄の持ち主」であるが、実はカノン・ライヘンベルガーも、そのような特殊魂魄者である可能性が高いということが、(学園側との交渉で入手した)学生データ集の中に記されていたらしい。つまり、彼に関しては、ミハイルの会社の技術を使えば、使徒の身体を捨てて、「人間(に近い存在)」に戻れる可能性もある、ということである。
 一方、雛菊に関しては、薊からの情報によると、そこまで強力なアウルの素質の持ち主ではないらしい。ただ、上述の通り、リリスの心臓を用いれば、通常の人間の魂でも、義体に移植出来る可能性はある。つまり、リリスの心臓を取り戻した上で彼女に翻意を促せば、彼女もまた「人間」に戻れる可能性は残されているのである。
 ここまで話した上で、黒瀧は百合子に向かってこう告げる。

「ただし、リリスの心臓の本来の所有権は君にある。だから、これはあくまで、君が彼女のためにリリスの心臓を用いることを認めてくれるなら、という前提の上での話なのだが」

 そう言われた百合子であるが、彼女の中では特に迷いはなかった。むしろ、歓迎すべき提案だったようだ。

「天使や使徒は、私にとって憎むべき存在ですが、こういった形で、使徒から人間に戻れる道を開けるなら、その前例を作れるなら、それは望ましい話だと思っています」

 彼女がそう語ると、ミハイルは安堵した表情で、再び話を始める。ひとまず、現時点では全てが「仮説」レベルの話なので、企業側としては、まず「義体」に魂を憑依させる実験から始めていきたいらしい。そこで、真司に、ミカに実験に協力してもらえないか、と提案すると、真司もミカも、特に反対する理由はなかったようで、あっさりと二つ返事で了解する。

「真司さん、サラ艶ストレートと、ゆるふわパーマと、どっちが好きですか?」
「…………ストレートで」

 既にウキウキ気分で「新たな肉体」への期待に胸を膨らませる幽霊であるが、その横でミハイルが「なるべく、生前の形に近い肉体であることが望ましいらしい」と説明していたことなど、全く耳に入っていなかった。そして彼が実際にその実験に参加するのは、もうしばらく後の話となる。

8.1.3. 音楽祭への誘い

 その上で、もう一つの問題は、いかにして二人の魂を「(使徒の)身体」からから切り離すのか、という問題であるが、これについては、黒瀧が一つの「奇策」を提案する。
 曰く、来月、名古屋の熱田神宮にて、毎年一度の「神前音楽祭」が開催されるという。このイベントの優勝者には、毎年、熱田神宮の宮司達が霊力によって生み出した様々な神具が与えられるらしいのだが、今年の優勝商品が、この神社に封印されている草薙の剣から生み出されるアウルの力を利用して作られた「断魂刀」という代物らしい。詳細は不明だが、どうやら「身体と魂の関係を断つ刀」であるとのこと。

「お前達でバンドを組んで、この音楽祭で優勝してこい」

 あまりに無茶な提案と言わざるを得ない。一応、マヨネーズ、月、真司、そして実はまどもバンド経験者ではあるのだが、アンドラスと百合子は、全くの素人である。むしろ、このような企画に参加すべきは明良の筈なのだが、本人曰く、その日はどうしても外せない仕事が入っていて、参加出来ないらしい。
 しかも、このイベントは予選を含めて6回、曲を披露する機会があるらしいのだが、その全てが異なる内容のオリジナル曲でなければならない、という。だが、この件については、明良が自信に満ちた顔でこう告げる。

「安心しろ。曲は俺が作る。だが、歌詞だけはお前達で考えてくれ。お前達自身が奏でる歌である以上、お前達の魂が込められた詞でないと、審査員の心に響かせることは出来ないからな」

 そう言われて、戸惑いながらも、ひとまず承諾する彼等に対して、最後に竜崎がこう告げる。

「当日は私が、ライトバンで皆さんを名古屋まで連れていきます」

 すると、この音楽祭の話になって以来、ずっと黙っていたタチアナが突然、竜崎の腕を引っ張って、彼女を部屋の隅へと連行する。

「いいか、絶対、『あのコト』は言うんじゃないぞ。絶対だぞ。いいな。特に月にはな。絶対だぞ」

 そう言って、真顔で竜崎に釘を刺すタチアナに対して、竜崎は「あー、はいはい、わかってますよ」と、どこか冷めた表情で受け流している、そんな姿が、月達の目にも映ってしまっていたのであった。

8.2. Road to Nagoya

8.2.1. バンド結成

 そして彼等6人は、以下のような形でバンドを結成することになった。

  • ボーカル:百合子
  • ギター:月&まど
  • ベース:真司
  • ドラム:マヨネーズ
  • キーボード:アンドラス

 楽器経験者の4人はそれぞれの得意楽器を担当しつつ、アンドラスは打ち込みでごまかすことを前提にキーボードのポジションに入り、ボーカルは百合子に任せることになった。本来、彼女はこういった役回りに向かない性格なのだが、アンドラスが(主にマヨネーズの曲を歌うことへの嫌悪感から)ボーカルを断固として拒否した結果、苦肉の策でこのような配置になったのである。ただ、この音楽祭自体、歴代の優勝者の大半が女性ボーカルであるらしく、その意味では(結果的に)妥当な人選でもあった。
 ちなみに、バンド名は「黒い微笑み」に決定。理由は不明だが、なんとなく、メタルバンドっぽい雰囲気にしたくなったのだろう。この後、彼等は音楽祭で披露するための楽曲の歌詞を一人一曲ずつ作詞しつつ、一ヶ月にわたって、演奏の特訓を続けることになる。

 そして、大会一週間前の時点で全ての楽曲が出揃い、まずは「予選」用に応募する一曲目として、マヨネーズ作詞による「マヨネーズの誘惑」のレコーディングがおこなわれた。

妖しく誘(いざな)う 金色(こんじき)のBody
その甘美な香りと 魅惑の酸味が 人の心を狂わせる
あぁ なぜにアナタはそこまで 私のSoulを乱すのか
その淡く濡れた感触だけが 今の私を支配する
全てを捨ててしまいたい 全てを捨てても手に入れたい
全ての素材の面影消して 全てをアナタで染めてしまおう

 この曲を予選用に用いたのは、一番クォリティが低くて本選では使えないから、という理由もあるが、おそらくはそれ以上に「こんな歌を、人前で歌うのは嫌だ」という百合子の意向もあったのではないか、と推測される。

 ともあれ、どうにかこの曲で無事に予選は突破し、彼等は神前音楽祭への出場権を確保することになる。

8.2.2. 竜崎の異変?

 当初の予定通り、「黒い微笑み」の6人は、竜崎のライトバンに乗り、まずフェリーで横浜まで出た上で、そこから名古屋へと向かうことになる。
 東名高速をひたすら西へと向かう彼等であったが、車を運転する竜崎の手つきが、どこかおかしい。明らかに疲れている、というか、寝不足の様子なのである。このことを奇妙に思った彼等は、浜松インターでの休憩時にネットの学園裏掲示板で調べてみたところ、昨晩、彼女が学園OBの筧鷹政と二人で飲み歩いていた、という目撃情報が投稿されている。そもそも、筧と彼女にどのような接点があるのかも不明だが、あまり男と二人で飲み歩くイメージでもないので、想像すればするほど、どうにも奇妙なシチュエーションに思えた。
 そして、今度は豊川インターでの休憩時に、社内の奥の座席から、彼女の物と思しきペンダントが発見される。しかし、チェーンの部分がちぎれた状態で、しかもトップの部分が(明らかに内側に写真が入っていることは分かるのだが)半壊して開けない状態となっている。やや不審に思った彼等が、強引にその半壊したカバーを剥がしてみると、そこには剣を背中に背負った見慣れない男性の写真が入っており、その下には「Yu Munakata」と記されていた。
 色々と気になる情報が混在した状態だが、ひとまず、この時点では誰一人として、竜崎にこれらの件についてツッコめる者はいなかった。

8.2.3. 狐巫女と狼男

 そして、彼等が豊川インターを出ようとすると、その前に、狐のような耳と尻尾を生やした、巫女装束の少女が現れる。

「尾張方面には、向かわない方がいいです。危険な気配を感じます」

 彼女は思わせぶりにそう言うと、不気味な雰囲気を漂わせたまま、その場を去っていく。彼女が何者なのか気になりつつも、今更引き返す訳にはいかない彼等は、そのまま西へと向かう。すると、今度はその道路が何らかのアクシデントで封鎖されている、という状況に遭遇する。気になって前の方を見てみると、悪魔の眷属であるワーウルフと、小中学生くらいの少女が戦っている姿が目に入った。
 撃退士として、この状況を見過ごす訳にはいかない彼等は、すぐに少女に加勢してワーウルフを高速道路の下へと叩き落す。しかし、

「キャアァァァァァ」

 落ちていくワーウルフから、そんな叫び声が聞こえたのである。何が起きたのか理解出来ずに彼等が戸惑っていると、そのワーウルフと戦っていた少女は、やや焦ったような表情で、彼等の前から立ち去ろうとする。

「あ、ありがとうございます。じゃあ、そういうことで……」
「ちょっと待て!」

 アンドラスがそう言って彼女を呼び止める。あまりに状況が不審すぎたが故に、彼女が何者で、なぜここでワーウルフと戦っていたのか、ということを問い詰めるが、彼女は「いや、その、たまたま通りかかって……」としか答えない(ここは高速道路であり、通常は歩行者などいる筈もない)。
 一方、百合子達は高速道路の下に降りて、ワーウルフの行方を探ったが、そこにあったのは「ワーウルフの抜け殻(着ぐるみ)」のみであり、「中身」の姿は発見出来なかった。
 結局、何が起きていたのか今ひとつ把握出来ないまま、彼等は後始末を愛知県警に任せた上で、そのまま名古屋へと向かうことになる。

8.2.4. タ○○○と○リス

「では、私は今から、皆さんのマネージャーです」

 無事に名古屋に彼等を送り届けた竜崎は、そう言ってサングラスをかけて車外に出て、参加受付のブースへと向かう。まどがそれに動向するが、周囲の人々が彼女の姿を見て、ヒソヒソと話をしているのが聞こえる。

「おい、あれ、竜崎アリスじゃね?」

 どうやら、彼女は過去にこの大会と何かしらの関係があるらしい。その後、周囲の人々に聞いて色々と調べてみたところ、彼女は10年前にこの大会で優勝した女性デュオ「タリスマン」の片割れらしい。そして、もう一人は「ターシャ」と呼ばれる女性だったという。
 個人的好奇心に駆られた、まど、月、真司、マヨネーズの4人は、神社の境内の裏に貼られている「歴代優勝者」の写真を見に行くと、そこには確かに、フリフリのアイドル衣装を着て踊る(10年前の)竜崎とタチアナの写真が飾られていた。

「どうだった?」

 戻ってきた彼等に対してアンドラスが聞くと、月はこう答えた。

「女神がいました」

8.3. 神前音楽祭

8.3.1. 長久手からの刺客

「それでは、ただ今から開催したいと思います。解説は、よろず評論家の海原遊山先生です」
「よろしく」

 神社の職員と思しきアナウンサーに紹介された、どこかで見たことのあるおっさんが解説席にいることに違和感を感じつつ、「黒い微笑み」の面々も遠征の準備を始める。そんな彼等の一回戦の相手は、去年ベスト8の強豪・Green Fairiesという2人組である。彼等は長久手に住む「妖精」と呼ばれる存在であり(天使側なのか、悪魔側なのかは不明)、心に響く重低音と、魂を揺さぶるハイトーンヴォイスを組み合わせた独特のハーモニーで、観客を魅了する。

「この荒んだ都会で傷ついた心を癒す、優しく美しく自然な音色。まさに、彼等にしか生み出せない音楽ですな」

 解説席の海原先生がそうコメントしながら聞き入っている。審査員席の人々の評価も上々である。「黒い微笑み」の面々は、彼等を上回る評価を引き出さなければならない。

「では、続きまして、茨城県から御参加の『黒い微笑み』の皆さんです。曲は『友に捧ぐ氷の頁』です。どうぞ〜」

 一回戦で彼等が用意したのは、百合子が作詞した曲である。百合子曰く、「あまり注目度の高い試合では歌いたくない」ということで、最初に持ってくることにしたらしい。

あなたはいつも 笑ってくれた
私の心を 癒してくれた
そんなあなたも 今はいない
自分を信じて その身を捧げた
私は紡ぐ あなたの歌を
私は伝える あなたの姿を
今も終わらぬ My Diary
凍ったたままの Your Page

 親友を亡くした彼女の気持ちをストレートに歌詞に乗せたロック・バラードが、会場を包み込む。数分前のヒーリングミュージックとは真逆の哀しい旋律が、何の事情も知らない観客と審査員達の心を揺さぶる。
 最終的に、5人の審査員のうち、4人が「黒い微笑み」を支持して、彼等は無事に二回戦へとコマを進めた。

8.3.2. 小悪魔、再び

 一回戦を終えた彼等は、しばしの休息を終えた後、すぐに二回戦・開始のアナウンスで呼ばれる。

「続きまして、2回戦。この試合は、初出場同士の対決となりました。まずは、マジカル・Uさん。悪魔のコスプレ姿での登場です」

 そう紹介されて登場したのは、二ヶ月前にミカを奪うため、つばめ館の204号室を襲撃した悪魔・ウーネミリアである。驚愕する真司達を横目に、彼女はノリノリで奇妙なサウンドのポップスを歌い上げる。

「うーむ、なんというか、その、きゃりーぱみゅぴゃ……、むぴゃ、ぱ、みゃ……、と、椎名林檎を混ぜたような、不思議な音楽。それにしても、よく出来た羽と尻尾ですな。まるで本物のようだ」
「そうですね。でも、こんなところに本物の悪魔がいたら、大変なコトになりますよね」

 そんな解説席でのやり取りに冷や汗を流しつつ、「黒い微笑み」の面々は、彼女に続いてステージに上がる。

「では、続いて、『黒い微笑み』の皆さんです。曲は『戦場の拍手』」

戦場 それが私の生きる場所
戦場 それが私の生きる意味
戦場 それが私を輝かせ
戦場 それが私を狂わせる
戦う者は美しい 敵も味方も美しい
拳と拳 剣と剣
重なる想い 重なる響き
それは勇者を讃える拍手
皆を讃える戦場の拍手

 撃退士として戦場に生きる月の想いを歌詞に載せた、SAXON系の正統派Heavy Metalである。敵との拳のぶつかり合いの音を「拍手」になぞらえ、味方だけでなく敵をも同時に讃えようとする姿勢は、もしかしたら、今は敵陣営にいるカノンへの想いが込められているのかもしれない。
 この審査を巡ってはかなり議論が白熱したが、それでも、どうにか3対2で「黒い微笑み」が勝利する。

「えー、なんでー、やっぱり、こんなんじゃつまんないー」

 そう言って、彼女が悪魔としての本性を露にして暴れ出そうとしたその瞬間、観客席から、マヨネーズの応援グッズを持ったミハイルが割って入る。

「お嬢さん、遊びたいなら、私が付き合いましょう。まずは、鶴舞公園にでも行きましょうか」
「あら? 本当? アナタなら、すっごく楽しませてくれそうね」

 そう言って、二人は会場を後にする、この後、鶴舞公園で血で血を洗う激闘が繰り広げられることになるのだが、その結末がどうなるのかは、この会場にいる者達の誰にも分からなかった。

8.3.3. SAMURAI SPIRITS

 二回戦が終わった時点で、ミハイルと共に、筧と堕天使クリスティーヌが会場に来ていたことが明らかになる。それぞれ、百合子と真司の応援グッズを持っていたのだが、ステージの彼等には、そんなものに目を向けている余裕はなかった。
 そして、このインターバルの間に、なぜか月が薊に電話して、そこで薊から、なぜか猛烈なアプローチをかけられることになったのだが(どうやら、どうしてもタチアナに負けたことが気に入らなかったらしい)、そのことがタチアナの耳に届くのは、もうしばらく後の話である。
 一方、アンドラスはアンドラスで、先月の時点で発生してしまった、くらげ館の寮長・満月の誤解を解こうと、何度も電話していたのだが、これもこれで、なかなか実を結ばない状態が続いていた。ただ、「まどちゃんがさぁ、なんか最近、リア充っぽくなってる気がするのよねぇ」などといった、たわいもない与太話の相手を求められる程度には、関係修復への予兆も感じられていた。

 さて、そんなこんなで彼等がそれぞれの休憩を過ごしつつ、ステージでは三回戦が始まっていた。次々と現れる強豪、そんな中で、彼等の直前に、優勝候補のご当地アイドル「知多娘」が敗れるという波乱が起きていたのだが、自分達の準備で精一杯の彼等には、そこまで目を向ける余裕はなかった。

「さて、続きましての対戦は、初出場の『黒い微笑み』の皆さんと、皆様お馴染みの『名古屋おもてなし武将隊』の方々です」

 そう言って、彼等の前に現れたのは、戦国時代の甲冑を着た六人組のロックバンドである。彼等は名古屋市職員によるコスプレ・パフォーマンス集団であり(何代目かは不明)、地元・名古屋はもちろん、全国のイベントに引っ張りだこの人気者である。

「今年の商品は『刀』じゃからのう。これは我等が獲りに行かねばなるまいて」

 そう言って、リーダーの信長が荒々しく歌い上げる。そんな彼を支えるのは、ギター:前田利家&前田慶次、ベース:加藤清正、ドラム:徳川家康、キーボード:豊臣秀吉、というメンバーであり、人数も楽器の数も、「黒い微笑み」と全く同じ編成であった。

「和の旋律と重低音の組み合わせ、悪くないですな。攻撃的なギターは、Gargoyle時代の屍忌蛇を思い起こさせる。そして何より、この荒々しいドラム、まるで往年のコージー・パウエルのようだ」

 長く伸びた後ろ髪を激しくヘッドバンギングさせながら、海原先生は熱く語る。審査員達も、すっかり彼等の熱い魂に引き込まれてしまった。

「それでは、続きまして『黒い微笑み』の方々に歌って頂く曲は『下僕のカタツムリ』です」

俺は逃れることは出来ない 渦巻く螺旋の殻の愛
奴は俺を支配する 心も身体も 重く深く
male? female? guy? lady?
どちらでもいい どちらでもない
奴は 奴は カタツムリ
奴が下僕? 俺が下僕?
どちらでもいい どちらでもない
俺も 俺も カタツムリ
my my baby my my honey
俺の中に奴がいて、奴の心に俺がいる
そうだ 俺は 俺達は 離れられないカタツムリ

 この歌が、精神的に雌雄同体(?)のミカと彼自身の関係を歌った内容だということなど、会場にいる誰一人として理解出来る筈もない(ちなみに、今回彼等が作った曲の中で、唯一のラブソングである)。しかし、女子高生がトランスジェンダー的な歌詞を、相手に負けないハードな楽曲に載せて歌い上げるという、どこか倒錯的でサイケデリックな独特の雰囲気に、観客のいつの間にか心は飲み込まれていった。
 最終的に、審査員達の間でも評価がくっきり分かれたものの、最終的には、どうにか5人中3人の支持を獲得するに至り、辛くも「黒い微笑み」が勝利を獲得し、遂に彼等は「ベスト4」へとコマを進めることになったのである。

8.3.4. 師弟対決

 そして、そんな彼等の前に立ちはだかったのは「A’z」と名乗る謎の2人組である。優勝候補の知多娘を破って勝ち上がった彼等の正体が何者なのか、会場中がざわついていたが、彼等を一目見ただけで、アンドラス達は黙るしかなかった。この二人のことを、彼等は知りすぎるほどに知っていた。そう、彼等の前に立ちはだかるその2人組は、天界から(彼等にとっても危険な存在である)断魄刀を入手するために派遣された、カノンと雛菊だったのである。

「一応、言っておく。『A’z』の『A』は、『QUATRO ACES』を引きずってる訳じゃないぞ。『Angel』の『A』だ」

 本番直前、月がカノンに会いに行くと、彼は月にそう告げた。月にとって、カノンは「QUATRO ACES」の尊敬する先輩であり、ギターに関しては師匠と言っても良い存在である。まさかその彼と、こんな大会で敵として対決することになろうとは、全く想定すらしていなかった。無論、それはカノンの側も同じ気持ちだったであろう。
 ちなみに、この時、月はカノンに「義体」計画のことを語るのだが、それに対して、カノンはやや動揺した様子を見せる。おそらくそれは、自分ではなく、雛菊を元に戻せる可能性があるという点に対してであろうが、いずれにせよ、不確定な要素が多すぎる計画に対しては、そのまま賛同する訳にもいかず、彼は途中で話を打ち切り、ギターの準備のために楽屋へと戻って行く。

 そんな経緯を経た上で、この準決勝の師弟対決は、A’zの先攻で幕を開けることになる。

「これは、なんと澄んだハイトーン・ヴォイス……。そして、それを支える重厚なギター・サウンド。まるで、ターヤ在籍時代のNightwishに、陰陽座の持つ和のテイストを盛り込んだような、まさに至高の一曲!」
「おぉ、海原先生の口から、遂に『至高』のフレーズが! これはすなわち、これまでの全参加者の楽曲の中で、最大級の評価ということです!」

 そうして解説席が盛り上がる中、色々な意味で今はまだ海原・父に顔を覚えられたくないアンドラスであったが、同時に彼の中で、静かに闘志が漲ってきた。「至高」を超える楽曲など存在しない、という「常識」を目の前に突き付けられたことで、彼の中の反逆精神に遂に火がついたのである。

「それでは、続きましては『黒い微笑み』の皆様、曲は『常識なんか消してしまえ』です」

したり顔でアイツは語る 冷めた瞳で奴は語る
愚かな者は経験に学び 賢き者は歴史に学ぶ
そんな常識 誰が決めた? 鉄血宰相? 誰だそれは?
俺の経験 誰かの歴史 過去にこだわる姿勢は同じ
導き出される推論に 何を委ねろというのだろう
俺の人生 俺の未来 過去の法則(ルール)に意味はない
一分前も 百年前も 俺にとっては全て過去
今を縛る常識なんて 一秒後には役に立たない
全てを壊せ 全てを消し去れ 俺が踏み出す一歩が全て
俺が生み出す「常識」も 未来の俺が消してしまえ

 日頃、「常識に従った生き方が嫌い」と公言しながらも、あまりの非常識な日常故に、ついつい常識的思考に捉われそうになるアンドラスが紡ぎ出した、もどかしさとやるせなさを爆発させた魂の歌詞であり、それを月とまどのツインギターを基調とする疾走感溢れる演奏が後押しする。ちなみに、カノンの(おそらく)血統的なルーツであるドイツの偉人の言葉をdisった歌がこのタイミングで披露されることになったのは、全くの偶然であった。
 そして、最終的にアンドラスはその宿願を果たす。大方の予想を裏切って、海原先生が「至高の作品」と認めた「A’z」の楽曲を「3対2」の僅差で破って、彼等が決勝への進出権を確保したのである。まさに、「常識ブレイカー」としての彼の久しぶりの真骨頂と言える。

「まさか、お前に負けるとはな」

 そう月に告げて、カノンはおとなしくギターケースを片手に、雛菊と共にその場を去る。ブランクがあったとはいえ、後輩に負けたという事実は、エリート人生を歩み続けてきた彼にとっては屈辱的ではあったが、それはそれで、どこか満足している様子でもあった。アンドラスの歌詞と月のギターが生み出した、常識破りの下克上が、それはそれで、無味乾燥な天界の一員として生きる今の彼にとって、どこか心地よかったのかもしれない。

 ちなみに、この対決の直後の休憩時間に、アンドラスは再び寮長との電話に興じることになるのだが、

「えー、ホント? そんなに可愛い猫ちゃんが一杯いるの?」
「あぁ、あの中庭は本当に最高の場所なんだ。今度、案内するよ」
「うん、行こう行こう♪」

小動物をダシに使うという、ある意味、常識的な常套手段で、少女の心を呼び戻すことに成功したのであった。

8.3.5. ご当地アイドル

 そして、決勝に駒を進めた彼等の対戦相手は、地元・愛知県の渥美半島におけるローカル・アイドル「渥美三姉妹」の面々である。が、そのうちの二人は、彼等にとって見覚えのある面々だった。

「やはり、あの時、無理にでも止めておくべきでしたね」

 そう言いながら彼等を軽く睨む狐耳の巫女は、三姉妹の長女・豊川いなり。どうやら彼女は、東国から大会に出場する者達のうち、有力と思われる面々に対して、あのような形で妨害工作をしていたらしい。

「あ、さっきはどーもー」

 あまり悪びれる様子もなくそう言ったのは、三女の田原みなと。高速道路でワーウルフと戦っていた(?)少女である。そして、その二人に挟まれる形で真ん中にいる二女の豊橋うずらは、なぜか頭に傷を負っていた。

「知多娘を倒して名を挙げたかったけど、仕方ない。アンタ達で我慢してあげるわ」

 そう言いながら、また頭を痛そうに抑える。おそらくその傷が、ワーウルフの着ぐるみごしに彼等が与えた傷だということは容易に想像出来たが、今更そのことについて言及しても誰も得しないので、ここはひとまず皆がスルーを決め込むことになった。
 そんな彼女達の歌う楽曲は、正統派のアイドルソングである。渥美半島から応援に来た親衛隊達の野太いコールやMIXが、彼女達の歌声と一体となって、会場を盛り上げる。

「素晴らしいですな。この会場全体を支配する圧倒的なパフォーマンス。十年前のタリスマンを思い出します。ウチの娘も、あんな能力に目覚めさえしなければ、こういう道に進ませてあげたかったのですが……」

 そう言いながら、久遠ヶ原の娘のことを思い出して顔をニヤつかせている海原先生を含めて、会場内が彼女達のアイドル・オーラに圧倒されていく。

「さぁ、それではこれが、今大会最後の曲となります。『黒い微笑み』の皆さんで、『連なる山』です。どうぞ!」

私の前には 山が広がる
高く険しい 山が連なる
越え難い 越えられない
でも 越えなければならない
それは私の人生 私の未来
立ちはだかる坂 道を断つ崖
心を枯らす太陽 身を震わせる雪
その先にあるものすら 何も見えないまま
私は進む 私は越える
私を阻む全てのものを
私の一歩が、踏み越えていく

 最後の最後で、 それまでのロック路線から一転して、まどの作詞した、まるで合唱曲のような荘厳なバラードが会場内に響き渡る。それまでのピンク色のオーラが、一瞬にして森と大地の色へと染まっていく。多くのミュージシャン達が歌い、奏でたこの大会の最後にふさわしい、百合子の圧倒的な歌声に、ただただ、観客も審査員もアナウンサーも解説者も、静かに聞き入っていた。
 そして、最後も審査員の意見は割れながらも、どうにか「黒い微笑み」は、優勝を勝ち取ることになったのである。

8.4. エピローグ

8.4.1. 断魄刀

「納得いかないわ! どう考えても、あたし達の方が盛り上がってた筈なのに……」

 次女・豊橋うずらはそう主調する。確かに、観客の盛り上がりは彼女達の方が上であった。しかし、それは彼女達をサポートする親衛達の努力によって作り出された空気でもあり、彼女達の音楽そのものの力だけではない、と審判に判断されていたようだ。

「私達の歌が、こんな素人混じりのバンドに敗れる筈がありません。評価基準がおかしいのです」

 長女・豊川いなりはそう嘆く。確かに、楽器演奏は素人レベルであったし、百合子の歌唱力そのものも、プロ歌手レベルとは言い難い。しかし、音楽の魅力は技術だけで決まるものではない。それはある意味、「アイドル」という技術を半ば度外視した世界で生きている彼女達であればこそ、分かっていた筈の道理であった。

「見てなさいよー! 来月の出雲大社の音楽祭では、絶対にリベンジしてやるんだから!」

 三女・田原みなとはそう言い残して、姉達と共に去っていく。無論、百合子達には来月の出雲大社の大会に出場するつもりなどサラサラないのだが、そんなことを彼女達が知っている筈もない。そして、実はもっと早く、しかも意外な形でこの三人と百合子達の再会は実現することになるのだが、そんなことは誰一人として知る筈もない話であった。

 そんなこんなで、こうして無事に優勝を飾った彼等には、優勝商品として金一封と、そして、熱田神宮の宮司達が作った霊剣「断魄刀」が贈られることになった。

「この断魄刀は、悪霊などが何かに取り憑いた時に、それを断ち切るための道具です。ただし、強力すぎる悪霊の場合、刀の持ち主に取り憑く可能性があるので、ご注意を。あと、危険ですので、人間相手には使わないで下さい」

 この説明だと、使徒相手に通用するかどうかの確証は持てなかったが、ともあれ、一つの可能性を手に入れた彼等は、この刀を持って無事に学園に帰還する





筈であった。

8.4.2. 第二使徒

 バンドメンバー6人を載せた車が、岡崎市のICの近くに差し掛かった時、竜崎が叫ぶ。

「天使の気配を感じるわ! 皆、戦える!?」

 さすがに高速道路上で戦う訳にはいかないということで、急遽、高速を降りて一般道へ、そして更に民家の少ない方面と向かっていくが、徐々に天使の気配が強くなりつつあるのを、皆が感じ始める。しかも、それはかなり強大な、下手したら、以前にヘラクライストと戦った時以上の圧倒的なアウルを感じさせた。そして、天使の飛行速度を考えれば、自動車程度で振り切れる筈もなく、徐々にその気配は近付いてくる。

「とりあえず、近くにまだミハイルや筧君もいる筈。皆が止めてくれている間に、なんとか彼等と合流してみるわ」

 そう言って、彼女は後輩達を降ろし、山道の方面へと車を走らせていく。そして、残された彼等の前に現れたのは、一体の、それも見覚えのある顔の使徒であった。

「刀は、どこにある?」

 そう言って彼等の前に降りてきたのは、紛れもなく、竜崎のペンダントの中にあった写真の人物である。そして、彼の背後には「II」という文字がうっすらと浮かび上がっていた。

「誰なんですか、あなたは?」

 張りつめた空気の中、マヨネーズがそう訪ねると、彼はこう答える。

「俺はユウ・ムナカタ。下位天使ヘラクライスト様の第二使徒だ。もう一度聞く。刀はどこだ?」

 彼が言うところの「刀」が断魄刀のことなのかどうかは分からないが、状況的に他の可能性は考えられない。そして断魄刀は現在、竜崎の車の中にあるのだが、そんなことを彼等が告げる必要もない。

「お前達に敵対の意志がないなら、こちらも戦うつもりはない。俺は、弱い奴とは戦わない」

 あからさまに見下したその態度に腹を立てる者もいただろうが、それでも彼等は、動けなかった。特に百合子は、自らの親友を殺した宿敵の直属の使徒を目の前にして、本来ならば撃ち殺したい気持ちで溢れていたが、それでも動けなかった。それほどまでに、圧倒的な力の差を感じていたのである。
 そして結局、しばらくの睨み合いの末、彼はその場を去っていく。状況がよく分からないまま、とにかく目の前の危機だけは脱することが出来た彼等は、すぐさま竜崎に電話をかけてみるが、繋がらない。そこで、今度はマヨネーズがミハイルに電話をしてみるが、彼の所にも特に何の連絡も来ていないという。
 その後、彼女の車が向かった方向を探してみたところ、車は見つかったが、中には誰も乗っていない。そして、断魄刀もない。特に争った形跡もなく、ただ、普通に、車だけがその場に残されている、そんな不可解な状況だけが残されていた。

8.4.3. 筧の忠告

 結局、彼等は竜崎の行方も、断魄刀の行方も分からないまま、僅かな金一封と優勝盾だけを手みやげに、学園へと帰参する。何が何だか全く分からないままの彼等の前に現れたのは、筧鷹政であった。
 彼の証言によると、竜崎のペンダントの中にいた男性の名は「宗方勇」。かつてこの学園で最強と呼ばれた剣士であり、竜崎の恋人でもあった。卒業後は世界各地で傭兵として天魔と戦っていたらしいが、半年ほど前から急に連絡が取れなくなっていたという。
 そして、彼等が名古屋へと出発する前日、竜崎が明らかに憔悴した表情であったため、筧は彼女から何か聞き出そうと思って酒屋をハシゴしたらしいのだが、結局、彼女は何も語らなかった。ただ、現在の状況から推測するに、おそらく宗方から彼女に対して、何らかの連絡があったのではないか、と考えるのが妥当である。

「こうなると、最悪の可能性も考えておいた方がいい」

 やや目をそらしながら、筧はそう語る。それはつまり、竜崎が宗方と共に使徒になっている、という可能性である。昔から二人の関係性を知る筧曰く、もし、宗方が竜崎に、自分の元に来るように要求した場合、それを断る竜崎の姿は想像出来ないという。
 その上で、彼は更に言いにくいことを、しかし、言わねばならないことを、まどに問う。

「あんた、竜崎先輩とは親しかったようだが、もし、あの人が使徒として目の間に現れたら、どうする?」

 当然、まどは即得することが出来ない。一度、使徒になった人間を元に戻す方法は、今のところ開発されていない。「人間に近い存在」に戻すための技術をミハイルの会社が開発中だが、まだ未完成で、しかもそのために必要な断魄刀が行方不明のままの状態である。この状況下で、彼女が敵として現れたら、どうすべきなのか。彼女に憧れてこの学園に入ったまどには、あまりに酷すぎる質問である。
 だが、しばしの沈黙の後、彼女はこう答えた。

「…………その時は、戦います」

 現実問題として、この場での彼女には、そう答えるしか選択肢はなかった。それが、学園の生徒としての当然の義務だからである。彼女のその発言がどこまで本気なのか、その場にいる者達も測りかねていたと思うが、それでも筧は、

「分かった。今は、その言葉を信じよう」

そう言って、この話を終わらせた。今の彼等にとって最も憂慮すべきは、竜崎を起点として、もともと人望のあった彼女を慕う者達を中心に更なる造反者が現れることである(無論、それはカノンの離反の時にも考慮した可能性であった)。その意味で、竜崎の信奉者の一人でもあるまどのこの発言を、今はただ信じたい、それが筧の本音であった。
 その上で、彼は最後にこう皆に告げた。

「次に宗方先輩に会ったら、迷わず逃げろ。あの人は、お前達の叶う相手じゃない」


裏話

 えー、まぁ、色々とツッコミ所が満載だとは思いますが、一言で弁明するなら、「やりたかったんです」ということになります(何の弁明にもなってない)。
 前々回の料理対決の時にも書きましたが、このシステムの秀逸なところは「戦闘(殴り合い)システムを使って、戦闘以外の対決も処理出来る」という点にある訳で、料理以外にも何らかの形で「特殊クライマックス」を演出したいな、と思っていた訳です。で、「バンド」設定を持ってるPCが多かったので、いつかはバンド対決をやろう、ということは、割と初期の頃から考えてました。
 まず、「楽曲作成ルール」として、カードRPG版『サイキックハーツ』のキーワードカードをランダムで引いてもらい、「カードに書かれた文字」と「自分のPCに関係する言葉」を組み合わせて「楽曲のタイトル」を考える(その上でダイスを振って、その楽曲の「武器」としての威力を決める)、という方式で作ってもらった訳ですが……、うーん、さすがに、初心者プレイヤーの人々への要求としては、ちょっと無茶振りすぎましたかね。こちらが想定していた以上にネーミングに苦戦して、結局、1週で終わらせることが出来ませんでした(まぁ、そもそも「6戦」が多すぎた、ってのもあるんですけど)。
 なお、誤解なきよう言っておきますが、上記の文中に出てくる「歌詞」は、プレイヤーの人々に考えてもらった訳ではなく、セッション中で実際に歌った訳でもなく、セッション終了後に私が勝手にタイトルから類推して歌詞っぽく書き殴っただけの代物です(セッション中は時間の問題もあって、演奏・歌唱の演出描写は殆どありませんでした)。でもまぁ、ベテランプレイヤー相手なら、実際に作詞してもらって、その内容に応じて威力を決める、なんてセッションをやってみるのも、面白かったかもしれませんね(ちなみに、作詞経験皆無の私が、一曲分の歌詞を考えるのに費やした時間は、概ね20〜30分くらいでした)。
 で、対戦相手については、とりあえず「ご当地ネタ」と「過去に登場したNPC」を織り交ぜよう、ということで、本当は来期のキャンペーンで登場させる予定だった「渥美三姉妹」をここで登場させつつ、モリコロとか、おもてなし武将隊とか、出オチキャラを適当に並べてお茶を濁すことになった訳です。ちなみに、本当は審査員として「春元康」や「大室哲哉」を何人か出して、それぞれのHPを削る形で採点させる予定だったんですが、さすがに、これ以上NPCの数を増やすのもどうかと思ったので、海原先生を解説者役として登場させるという、我ながら訳の湧かないキャスティングでお茶を濁すことにした訳です。
 そして、音楽対決ルールについては、結果的に言えば、このキャンペーンのクライマックスの中で一番ギリギリのバランスの名勝負となりました。てか、ぶっちゃけ、2回戦以降は誰か一人でもファンブルしてたら、その時点でアウトだったので、かなり厳しい難易度設定だったんですが、それでも何とか、ギリギリのところで勝利してくれましたね(まぁ、途中で負けたら、その時はその時で敗者復活イベントとか、色々と対処法はあったんですけど)。なんだかんだで、ダイスの神様も、ここぞという時には空気を読んでくれるようです。
 そんなこんなで色々やりつつ、この回はドタバタだけで終わらせるのかと思いきや、最後の最後で突然、訳の分からない展開のまま、せっかくの成果を奪われてしまうという、我ながらちょっとヒドすぎるオチが待っていた訳で。とりあえず、この件については、来週の裏話でまとめて話すことにしましょう。

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最終更新:2013年08月26日 12:59