第4話「男子寮の幽霊」

4.1. 204号室の謎(日曜)

「つばめ館に、空室が出来たらしい」

 三人の居候を抱える黒瀧が、唐突に彼等にそう告げた。つばめ館とは、月が住んでいる学生寮のことである。どうやら、その月の部屋の隣の「204号室」の住人が海外留学することになり、その結果、男子学生を一人、受け入れることが出来るようになった、とのこと。
 そこで、黒瀧は新たな住人として、真司を推薦することにした。実は、マヨネーズの入寮に対しては寮長が断固拒否して、アンドラスに関してはくらげ館の近くに建設予定の新寮に入居させるように、くらげ館の寮長からの強い要望があったので、実質的には選択肢がなかったのだが、表向きは「新入生優先」の原則で彼にその部屋を与えることにしたのである。

 それと時を同じくして、つばめ館の方でも月にその旨が伝えられていた。ただ、寮長にとって不可解だったのは、今年に入って、204号室を出ていくことになった学生はこれで5人目だということである。何らかの理由で、よほど居心地の悪い環境になっているのではないか、と心配しつつ、月には騒音などを出さないよう、釘を刺していった。

 一方、その頃、くらげ館では、桃香が百合子とまどの部屋を訪れていた。曰く、昨日の夜、その空室となった「つばめ館204号室」に、外から天使が壁をすり抜ける形で入っていくのを見た、という目撃情報が、風紀委員会に届けられたらしい。しかも、その証言内容から推測するに、その天使は、雛菊とカノンを連れ去った下位天使・ヘラクライストである可能性が高い、とのこと。

 そんな諸々の謎にそれぞれが想いを巡らせつつ、その日の真司の引っ越しは無事に完了し、彼にとっての学園内での初めての「正規の居住地」が与えられることとなった。

4.2. 真夜中に響く声(月曜〜火曜)

 しかし、そんな彼の新生活は、残念ながら快適とは程遠い環境だった。というのも、真夜中に彼が床に着こうとしたその瞬間、少女のような謎の声が、部屋中に響き渡ったのである。

「ダメ、はやく逃げて……」
「急いで、ここから出て……」

 その声の主が分からぬまま、結局、彼は一睡も出来なかった。充実した学生生活を続ける上で、ある程度の睡眠不足は避けては通れぬ道だが、さすがにこのような形で安眠が妨げられることになろうとは、考えてもいなかったであろう。
 そして、学園内でも、204号室については様々な噂が広まっていた。アンドラス達が調べてみたところ、どうやら、先代と先々代の住人は、毎夜、訳の分からない言葉で語りかける幽霊のような何かに取り憑かれ、ノイローゼ気味になっていたらしい。状況的には、今の真司と似ているが、真司に語りかける声は明らかに日本語であり、原因が同じかどうかは分からない。
 とはいえ、さすがにこの状況を見過ごす訳にはいかないと、月達が手伝う形で真司の部屋を調べてみたところ、どうにかその声が発生する方向を突き止めることに成功する。すると、そこに現れたのは、少女のような姿をした、一体の幽霊であった。

「聖人(まさと)さん……、ですよね?」

 そう言って、その幽霊は真司の顔を覗き込む。しかし、その場にいた誰も「聖人」という名に聞き覚えはない。どうやら、その幽霊は真司と他の誰かを勘違いしているらしい。そして、幽霊自身も、やがてそのことに気付き始める。

「そうですよね、聖人さんは、もう、この世には……」

 陰鬱な表情を浮かべながら、やがてその幽霊は姿を消す。だが、姿は消えても、その陰鬱な空気はその場に充満したまま、真司達の精神を蝕んでいくことになる。

4.3. 小悪魔、襲来(火曜・真夜中)

 結局、幽霊の出現した原因も分からないまま、その日の夜を迎えてしまったため、アンドラスは隣の月の部屋に泊まり込む形で、204号室と真司の監視を続けることになる。
 一方、天使への復讐の機会を伺っていた百合子は、つばめ館の外側から、ヘラクライストが再度現れるのを待ち伏せしていた。その傍らには、怪談話に興味津々で付いて来た同室のまどの姿もあった。そんな中、状況に変化が生じたのは、百合子達の側だった。彼女に対して、突如現れた謎の女性が語りかける。

「ねぇねぇ、お姉さん達も、あの部屋に用事があるの?」

 そんな幼い語り口調で話しかけてきたのは、その声とは裏腹に成熟した肢体を持つ銀髪・色黒の女性である。不自然なまでに長い前髪故に、その表情は今ひとつ読み取れないが、それ以上に彼女には、見る者に鮮烈な印象を与える特徴が備わっていた。それは、背中から生えた漆黒の翼と、その下からスルスルと伸びる暗黒の尻尾である。
 まごう事なき悪魔の姿を目の前にして、百合子も、まども、思わず武器を身構える。すると、彼女は嬉しそうな顔でこう続ける。

「あぁ、遊んでくれるんだ。嬉しーなー」

 次の瞬間、彼女が二人に襲いかかる。内に秘めたる強力なアウルの力で二人を圧倒しようとした彼女であったが、その物音に気付いたアンドラス、月、真司の3人がすぐに救援に駆けつけたこともあり、どうにか彼女の攻撃を退けることに成功する。

「へぇ、なかなかやるじゃない。また今度、お友達つれて遊びに来るね」

 そう言って、彼女は去っていった。後に分かったことだが、彼女の名はウーネミリア。学園内にしばしば現れる、無邪気で凶悪な下級悪魔である。だが、彼女がなぜ、あの場所に現れたのかまでは、この時点では誰も分からなかった。

4.4. 幽霊の正体(水曜〜木曜)

 その翌日、ひとまず幽霊の呪縛から逃れるために、真司は隣の月の部屋に転がり込むことになる。だが、その日の夜、誰もいない筈の204号室から激しい爆音が響き渡る。翌朝になって寮長が部屋を空けてみると、その部屋の中は、明らかに何者かが激しい戦闘を繰り広げた後としか思えないほどに、燦々たる状況となっていた。
 全く状況を解決する糸口が見えぬまま、百合子は、月に許可を貰う形で、つばめ館の内部へと入り、204号室の幽霊と直接対話を求めることにする。すると、意外にもあっさりと幽霊は彼女の前に姿を現し、切々と自分の過去について語り始めた。
 曰く、この幽霊は久遠ヶ原学園の一期生で、「白藤ミカ」というのが生前の名前であったらしい。聖人というのは、幽霊が生前に想いを寄せていた男性のことで、その姿が真司に瓜二つだったという。だが、ある時、悪魔軍による、つばめ館への襲撃事件によって、彼にその想いを告げることも出来ないまま、彼を失うことになってしまったのだという。その戦いで自分自身の肉体も失ったが、もともと強いアウルの持ち主だったこともあり、現在は「アウルの集合体」のような形で、一種の意志体として、地縛霊のような形でこの部屋に取り憑いているのだという。
 そして、どうやらその「アウルの集合体」という存在は天使軍にとっても貴重な戦力と映ったらしく、日曜の夜、そして水曜の夜に、下級天使ヘラクライストがこの部屋を訪れ、天界の一員となるように勧誘してきたらしい。しかし、命を落としたとはいえ、元撃退士の身として、さすがにそのような申し出を受け入れることなど出来る筈もなく、一度目はあっさり断り、そのまま姿を消したという。だが、前日の二度目の勧誘を拒絶した時には、ヘラクライストは力付くでその身を奪おうとし、全力でもってそれを撃退した結果、部屋がこのような惨状になってしまったのだという。

「多分、一昨日に現れたという悪魔も、同じ理由で私を狙っているのだと思います。本来なら、私自身が何らかの形で消えてしまえば、問題はないと思うのですが、どうすればそれが出来るかも分からず……」

 そんな形で途方に暮れている頃、アンドラスはアンドラスで、独自の方法で事態を解決する術を探っていた。まず、幽霊の専門家でもある陰陽師の薊に、除霊が可能かどうかを相談してみた。転校初日の一件で、なんとなく真司に悪印象を持っている彼女は、あまり乗り気ではない様子ではあるが、陰陽師としての見解を語り始める。
 彼女曰く、強力なアウルの持ち主が、アウルの集合体として幽霊に近い存在となった事例は、過去にもあるらしい。その場合、除霊すること自体は出来なくはないかもしれないが、説得次第では味方になるかもしれない存在であり、慎重に考えた方が良い、とのこと。また、地縛霊の場合、憑依対象を他の物(者)へと移転させたという事例もあるらしい。
 その上で、この幽霊が本当に味方となりうる存在なのかどうかを確認すべく、今度は学園のデータベースにアクセスして、その生前の情報を調べてみたところ、確かに「白藤ミカ」という生徒が過去に存在していることは確認出来た。本人が語っていた通り、学園の一期生で、つばめ館の住人であり、フィンランド人と日本人のハーフの、極めて優秀なインフィルトレイターだったが、悪魔軍との襲撃で命を落とした、という事実が判明した訳だが、それらと同時に、ある一つの衝撃的なデータを発見することになる。だが、彼がそのことを皆に伝える前に、事態が急変することになる。

4.5. 三つ巴(木曜・放課後)

 百合子と幽霊の対話が一段落した頃、本来の部屋の主である真司が帰宅する。気まずい空気の中、百合子が一通り事情を説明すると、おもむろに幽霊・白藤ミカが口を開く。

「あなたが聖人さんでないことは分かりました。勝手な想いをぶつけてしまって、しかも、貴方の部屋をこんなにしてしまって、本当にごめんなさい。でも、出来れば、私のこの力、貴方を守るために使わせて頂けませんか? もう、誰も失いたくはないんです……」

 そう訴えかけられた真司は、迷うことなくミカを受け入れる決断を下す。彼がどのような心境でそう決めたのかは分からない。具体的に、どのような形で受け入れることにするのか、明確なビジョンがあった訳でもない。だが、少なくともこの時点での彼には一切の迷いはなかった。
 しかし、これで事態が改善するかと思ったその矢先、部屋の外側から、激しく何かがぶつかり合う音が聞こえる。

「ちょっとヘラちゃん、横取りはズルいんじゃない?」
「何を言う。アレを見つけたのは私が先だ!」

 そう言い争いながら戦っていたのは、下級天使ヘラクライストと、下級悪魔ウーネミリアである。どうやら二人は、いずれもミカの身柄を狙って、再びこの地に現れていたらしい。そして、ウーネミリアに至っては約束(?)通り、彼女の「お友達」も連れていた。

「私がヘラちゃんの相手してる間に、そっちをお願い♪」

 彼女の命に従う形で、豪魔達が204号室へと攻め上ってくる。しかし、部屋の中にいた3人に加えて、マヨネーズ、アンドラス、まどの3人も救援に駆けつけたこともあり、あっさりとその豪魔達の攻撃を撃退する。
 すると、不利を悟ったウーネミリアはあっさりと撤退を決断。その場にはヘラクライストと6人が残り、一触即発の空気が広がることになる。
 しかし、そんな中、両者の間にミカが割って入る。しかも、その力(アウル)の発生源が、「204号室」から「真司」へと変わっていることが、その場にいた者達の目にはっきりと映っていた。それはすなわち、ミカが真司の身体に自らの魂とアウルを埋め込み、真司もまたミカを受け入れた、ということを意味していた。

「一足遅かったか……。仕方ない。今回は引き上げよう。何やら見覚えのある顔の者達もいるが、いずれまた相見えることになるだろう」

 アンドラスや百合子の方を見てそう呟きながら、ヘラクライストもまた、その戦場から姿を消した。そして、ミカは心から安堵した表情を浮かべながら、その身体を真司の中へと融合させていく。

4.6. エピローグ

「間に合わへんかったけど、どうにか解決したみたいやな」

 ヘラクライストと入れ替わりにその場に現れた薊が、アンドラス達を見ながらそう呟く。そして、真司に目を向けると、一瞬、「本業」の目を見せた上で、こう続けた。

「そうか、『彼』も、無事に新たな宿主を見つけたんやね」

「………………『彼』?」

 困惑した表情の真司を、既にデータベースでこの真実を知っていたアンドラスと、男子寮であるつばめ館の住人であるという時点で薄々察知していた百合子は、複雑な表情で眺めていた。フィンランド人にとって「ミカ」が男性名であることなど、ハッキネンの現役時代を知らない世代の真司にとっては、知らなくて当然の話である。
 常日頃から、「同性(男)は嫌い」と公言していた彼が、この時点でどれほど激しく後悔していたかは、その場にいた誰一人として知る由もなかった。
 なお、後に確認して判明したことだが、先代と先々代に対して語りかけていた幽霊の正体もミカだったらしい。ただ、その時点では彼の自我は混乱した状態で、本来の母語であるフィンランド語で語りかけてしまっていたが故に、誰にも理解出来なかったらしい。それが、真司が現れたことで聖人との記憶が部分的に蘇り、日本語で語りかけるようになった、とのこと。
 そして、水曜の部屋崩壊事件に関して、一切何の説明もしなかったが故に、つばめ館の寮長から新たに「危険人物」のレッテルを貼られてしまった真司は、再び黒瀧邸の住人へと逆戻りすることになる。それが、事件を引き起こした当事者であるミカへの気遣いなのか、幽霊に恐れをなして部屋から逃げたという事実を認めたくなかったからなのか、それとも他に何らかの特別な思惑があったのか、それは誰にも分からなかった。


裏話

 前回のセッションを踏まえた上で、「まず、真司をこの物語に引き込むために、彼と深く関われそうなNPCを作り出そう」ということで、色々考えた結果、作り出されたのが「ミカ」という「女装幽霊」でした。彼の設定に「嫌いなもの:同性」と書いてあったので、あえてこういうキャラを出して、上手く取り憑かせることが出来れば、それはそれで「美味しい展開」に持っていけるかな、と(ちなみに、まどの「好きなもの」の中に「怪談」という項目があったことも、この設定を選んだ理由の一つです)。
 ちなみに、エリュシオンの公式リプレイに、設定の一部と容姿が丸被りのNPCが登場していますが、全くの偶然です(だって、このシナリオやってた当初は、まだそのリプレイは出てなかったし)。そして、当初はもっと純粋無垢な、ハス太のような美少年キャラにしようと思っていたのですが……、この後、キャンペーンが進むにつれて、徐々にニャル子化していくことになります。どこで道を誤ったんだろう……。まぁ、これはこれで、薊さんと並ぶ「賑やかし役のNPC」として、色々と重宝していくことになる訳ですが。
 なお、エリュシオンの公式の世界設定には「幽霊」なんて存在しません。というか、死後の人間の魂がどうなるのか、実はイマイチはっきり書かれてないのですが、まぁ、曖昧な世界観だからこそ、これくらい無茶苦茶やってもいいのかな、ということで、かなり暴走気味に作った設定でした。とりあえず、「天使vs悪魔の戦いに巻き込まれるPC達」という構図の話をやってみたかったので、その点で「ニュートラルな幽霊」という存在は、ちょっと面白いかな、と思った訳です。
 そして、ここで初登場した下位悪魔・ウーネミリアについては、なんとなく「ヘラクライストのライバル」的な立ち位置に設定しましたが、特に深い設定を考えていた訳ではなく、今後再登場させるかどうかも微妙な位置付けだったのですが、なんだかんだで、キャンペーンの後半で、そこそこ重要な役回りで再び現れることになります。
 なお、戦闘バランスについては、前回の反省を踏まえた上で「今回はちょっと強めに……」と思って用意した筈だったのですが、今回もまたあっさりと瞬殺でした……。うーん、やっぱり、ファンブルしないことを前提にするなら、もっと強めの敵にしてもいいのかな、と思いつつ、それでも、第2話でのファンブル連発のトラウマも捨て去れない、というジレンマに、以後も苦しんでいくことになります。

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最終更新:2013年08月26日 12:45