第10話(BS45)「和平会談」 1 / 2 / 3 / 4

1.1. 奔走する親衛隊長

 ムーンチャイルドの騒動から数日後、ヴァレフールの国内冷戦の当事者であった騎士団長ケネスと副団長グレンの間で、新体制構築に向けての直接会談が開催されることが、ようやく決定した。会場に選ばれたのは、両勢力の中間に位置するカナハの村である。


 伯爵位の継承問題に関しては、両者の間ではレアを推挙する方針でほぼ合意に達しており、実質的な論点は、この爵位継承に伴って勇退することがほぼ内定している騎士団長と副団長の後継者であった。ケネスとしては、自身がレアに提示した三条件(トオヤによる騎士団長継承、聖印教会派以外の者への副団長継承、レアと聖印教会の断絶)をグレンに許容させるために、副団長には(聖印教会からは実質破門状態にある)グレンの孫のレヴィアンを据えようと考えていたが、それでグレンが納得するかどうかはまだ不明である。
 なお、あくまでも「和平会談」ではあるものの、これまでの対立の経緯を考えれば、互いに寝首をかかれることを警戒するのは当然の話であり、ケネスはトオヤ率いるタイフォン軍を護衛として随行させることにした。これには騎士団長候補としてのトオヤをグレンに直接引き合わせて認めさせるためという意図もある。また、新体制に関わる問題である以上、レア抜きで話を進める訳にもいかないため、必然的にレアも会談の場には同席することになる。つまり、トオヤ率いるタイフォン軍には、実質的には「レアの護衛」としての役割も託されていた。
 ここで一つ問題になるのは、レアを守るためにこの地に残っているウチシュマを、今回の任務に随行させるべきか否か、という点である。現時点におけるこの村での彼女の「一番の信徒」であるカーラがそのことを本人に問いかけると、ウチシュマは淡々と答えた。

「う〜ん、行きたいけど〜、リカが言うには、今回は私は行かない方がいいらしいんだよね〜。なんでも、交渉相手が『私達』のことを嫌ってる人達らしいから〜」

 実際、「聖印教会派との交渉」ということになれば、それが妥当な判断だろう。

「だから、行きたいのは山々だけど、仕方無いから今回はここでゴロゴロしてるよ〜」
「分かりました。では、留守の間はよろしくお願いします」

 カーラはそう言って「祠」から去りつつ、侍女の人達に留守中の差し入れなどの指示を出した上で、出立の準備のために兵士達の方へと向かった。明朝、彼女達はタイフォンを出発し、アキレスでケネスと合流した上で、カナハへと向かう予定である。そのための諸確認のためにカーラが兵舎の中に入ると、そこでは兵士達が「下世話な噂話」で盛り上がっていた。

「それにしてもなぁ、領主様はてっきり姫様とくっつくものだと思ってたけど、なんでドルチェ隊長なんだろうなぁ。いや、確かに、どっちも捨て難いんだけどさぁ」
「バカだなぁ、お前。ドルチェ隊長はどんな姿にもなれるんだぞ。これがどういうことか分かるか? ドルチェ隊長と結婚すれば、それはつまり自動的に『姫様』とも……」
「おぉ、そうか!」
「しかも、姫様だけじゃないぞ。毎晩毎晩、自由自在だぞ。今日はチシャ様、明日はカーラ様」
「お前、マジ頭いいな!」
「だろ? 領主様もきっと頭いいんだよ」
「あ〜、俺も『幻影』の彼女欲しい〜!」

 そんな最低な会話を交わす兵士達に対して、凍て付いた目をしたカーラが籠手で彼等を後ろから殴り付ける。

「想像するのは勝手だけど、聞こえるようなところでやらないでくれるかな?」
「い、いや、その、申し訳ありません……。ただ、その……、俺は皆が噂してることをそのまま伝えただけでして……、別に俺が言い出した訳じゃないんですよ、はい……」

 兵士達がそんな弁明を残しながら逃げて行くと、彼等とは風貌も雰囲気も異なる別の兵士が、カーラに一通の「手紙」を届けに来た。この兵士は「森の民」と呼ばれる妖精族の血を引く人物である。

「カーラ隊長、私の実家から、隊長宛にこのような手紙が届いております」

 そう言って差し出したのは、「花想いの君」と呼ばれる森の民の女性からの手紙であった(下図)。カーラは自身が封印される前に一度だけ、母であるヴィルスラグと共に訪れたとある森で、この「花想いの君」と出会ったことがる。ヴィルスラグ曰く、もともとヴィルスラグはこの「花想いの君」が住む森の近くで投影され、彼女の元でこの世界について学んでいた時に、その森を訪れた英雄王エルムンド(カーラの祖父)に出会ったらしい。つまり、カーラにとって彼女は「母の恩人」であった。


「お久しぶりです、カーラ。先日、マリア様からお伺いしました。ようやくお目覚めになられたのですね。遅ればせながら、あなたの第二の人生に祝福があらんことを。……」

 そんな書き出しから始まったその手紙は、内容の大半は昔の思い出など中心とする他愛ない話であったが、最後の一節が不穏な言葉で締められていた。

「……さて、まもなく『ヘリオンクラウド』の出現の周期が近づきつつあります。お気を付け下さい。彼等は『ヴァレフスの欠片』から生まれた存在です。ご油断なさらぬように」

 「ヘリオンクラウド」とは、「イヴィルゲイザー(邪視する者)」の異名を持つ凶悪な一体の怪物を中心とする投影体集団である。カーラは噂程度にしかその名を聞いたことがないが、ブレトランドにおいて数年単位で定期的に出現する代表的な混沌災害の一例として知られていた。

(これは、チシャお嬢に伝えるべき案件かな)

 投影体に関する話ということであれば、普通に考えれば召喚魔法師であるチシャに聞くのが一番である。その旨を伝えるために、カーラが勤務中の領主の館へと向かおうとする途中で、先刻の兵士達がまだ下世話な話を続けてのが聞こえてきた。

「今回の出征先のカナハの領主様達も、かなりの美人姉妹らしいな」

 実際、カナハの領主であるユイリィ・カミル(下図後)と、守備隊長のマイリィ・カミルは(下図前)、双子の美人姉妹として知られており、いずれもまた二十歳前の独身であった。


「ドルチェ隊長みたいな玉の輿がアリなら、俺達にだって、そういうチャンスはあるかも?」
「バーカ、そういうことは、邪紋の一つも刻んでから言えっての」
「そうだよなぁ。俺もドルチェ隊長みたいに、邪紋でイケメンに変身出来ればなぁ」
「一兵卒から、邪紋一つで逆玉かぁ。最高だよなぁ」

 この程度の会話なら別にいいかとカーラは聞き流してそのまま立ち去ろうとしたが、ここで一人、気になることを呟く兵士の声が聞こえる。

「そういえば、あの村の守備隊には、一兵卒から邪紋の力に目覚めて副隊長にまで成り上がった『めっちゃ強い男』がいるって聞いたことがあるな。しかもそいつ、『混沌の匂いを嗅ぎ当てることが出来る力』を持ってるらしいぞ」

 正確に言えば、その男は邪紋の力に目覚める前から副隊長を務めていたのだが、カーラにとってはそのことは特に問題ではない。重要なのはその「混沌探知能力」である。もしこの兵士が言っていることが本当なら、いかに姿を変えていても、邪紋使いや投影体の正体を匂いで嗅ぎ分けられる、ということを意味している。

(注意すべきは、ボクとドルチェくんかな。ボクはいいけど、ドルチェくんが潜入捜査とかをしてると、まずいかな。一応、これはドルチェくんには知らせておこう)

 むしろ、「この能力」の持ち主と対峙した際に、より重大問題に直面する者がいるのだが、まだこの時点ではカーラはそのことに気付いていなかった。
 彼女は「ヘリオンクラウドの件」についてはチシャに、「カナハの邪紋使いの件」についてはドルチェに連絡した上で、「花想いの君」への「感謝と近況報告をしたためた手紙」と、クリフトへの「諸々の小言を書き連ねた手紙」を、それぞれの出身地と縁のある兵士に託し、改めて出立の準備を始める。この国の命運を賭けた会談の最大の鍵を握る「次期騎士団長候補」の親衛隊長は、改めて念入りに部下の兵士達の状況に目を配るのであった。

1.2. 進化する契約魔法師

 その頃、チシャは最近覚えたばかりの「空間召喚」の魔法についての再確認をおこなっていた。チシャは元来、召喚魔法師の中でも「青の学派」と呼ばれる「本流」の系譜の魔法を専門としていたが、ここ最近になって他学科の魔法も積極的に取り入れるようになり、その中で「浅葱の学派」と呼ばれる「召喚魔法の亜流の学派」の魔法も習得し始めていた。
 青の学派の召喚魔法が基本的には「異界の生命体(投影体)の召喚」に特化しているのに対し、浅葱の学派の召喚魔法を用いれば「物品」や「空間」を召喚することも出来る。そんな中で最近になってチシャが習得したのは「休息のための洞窟」を召喚する魔法である。この魔法を用いれば、任意の場所に洞窟を作り出すことが可能となり、これを応用することで「伏兵の待機場所」としても活用出来ることに気付いたのである。
 今回の和平会談において、いきなり大軍でカナハの村に乗り込むのはさすがに威圧的すぎるため、トオヤ達数名がレアの護衛を兼ねる形で武装して入村しつつ、実質的には兵士達の大半は村から少し離れた場所で密かに待機させようとケネスは考えていた。そのための方策として、チシャのこの魔法を活用することにしたのである(ケネスの契約魔法師がハンフリーだったこともあり、ケネスは召喚魔法に関しては並の魔法師以上に詳しい知識を得ていた)。
 カナハの村は表向きは「中立」の姿勢を示してはいるものの、以前にケネス派との間で遺恨があったため(ブレトランド八犬伝2参照)、実質的には体制派寄りであるとケネスは考えている。グレンと手を組んで罠を仕掛けてくる可能性も考慮した上で、相手に手の内を見せずに予備戦力を準備しておく必要があると考えていたのである。そのために、チシャはカナハ周辺の地形図を確認しつつ、洞窟を発生させるのに最適な場所を模索していた。
 そんな中、チシャの魔法杖に、意外な人物からの通信が届いた。その人物の名はヴェルナ・クァドラント(下図)。エーラム時代にチシャが寝泊まりしていた学生寮の隣の部屋に住んでいた女性である。チシャとは歳も近く、将来有望な時空魔法師として知られていたが、なぜか未だに君主との契約を果たせず、最近はブレトランド各地の君主の元を転々としながら就職活動を続けているらしい。


「お久しぶりです。お元気ですか?」

 卒業以来聞いていなかったヴェルナのその声を聞いたチシャは、唐突な通信にやや戸惑いながらも答える。

「あ、はい、お久しぶりです」
「実は私、今、マーチ村にいまして、あなたの弟君のラファエル様の補佐官を臨時で勤めているのですよ」


 マーチ村は中央山脈に位置するヴァレフール北端の地である。元来は旧トランガーヌ子爵領の一つだったが、約一年前の「巨大蛾騒動」の末に、現在はなし崩し的にヴァレフールに併合されている。この地の領主は、先代マーチ領主の外孫にして、ヴァレフール七男爵の一人ガスコイン・チェンバレン(下図左)の息子でもあるセシル・チェンバレン(下図中央)という少年であった(その経緯はブレトランドの英霊5を参照)。そして、チシャの末弟のラファエル・ドロップス(下図右)はこの時、この地で騎士としての修行を積むための研修の一環として、セシルの補佐役を命じられていたのである。


「というのも、今、この村の領主のセシル様がご側近のSFC様と共に、グリースのラキシスへの外遊に出られており、不在なのです。私は本来、セシル様の契約魔法師候補としてこの地に訪れたのですが、急にその話が出てきたことで、ご不在の間の領主代行をラファエル様が担当することになり、私がその補佐を任されることになりました」
「はぁ、なるほど……」

 チシャとしては、寝耳に水な話である。末弟ラファエルがマーチで研修中であることは当然把握していたが、まだ13歳の彼がいきなり「領主代行」というのも荷が重い話であろう(もっとも、正規の領主もまだ11歳ということもあり、父ガスコインによって派遣された優秀な官僚団が日頃から村には常駐しているのであるが)。そして、そのラファエルを支えているのが実姉チシャの旧友ヴェルナというのが、なんとも奇妙な縁である。
 そもそも、「セシルのグリースへの外遊」自体が少々唐突な話ではあるのだが、ヴェルナが聞いたところによると、これはセシルの父ガスコインと、グリース子爵ゲオルグ・ルードヴィッヒの間での「個人的友誼」に基づく「交換留学協定」の一環らしい。

「グリース側からも、交換留学生のような形で、『子爵の妹君』がケイへと向かわれました。あちらも、護衛についていたのはオルガノンの方でしたね。『楽器のオルガノン』らしいです」

 グリース子爵ゲオルグの妹のルルシェは、一部では兄以上のカリスマの持ち主とも言われる「救世主の聖印」の持ち主である(ただし、その聖印は「なぜか混沌を浄化出来ない特殊な聖印」らしい)。それほどまでの大物がなぜこのタイミングでケイを訪問しているのか、と考えると、どうにも不可解ではある。

「ラファエル様は現在、少々体調を崩しておりまして、せっかくの私の手料理も食べられない状態なのですが、姉君によろしくお伝えしてほしい、とのことでした」
「分かりました。こちらこそ、弟によろしくお願いします」

 そう言ったところで、通話を終える。なお、「ヴェルナの手料理」にはいつも「常人では理解出来ない特殊な味付け」が施されており、それが彼女がなかなか就職出来ない原因ではないかとも言われている。そう考えると、ラファエルの体調不良の原因について、少々嫌な予感が湧き上がってくるのだが、ひとまず今はその可能性については考えないことにしたチシャであった。

 ******

 その後、カーラからヘリオンクラウドのことを聞いたチシャは、こちらも最近になって習得した時空魔法を駆使して、今後の彼等の出現に関する「未来予知」を試みてみた。これは上述のヴェルナを初めとする多くの時空魔法師が得意とする呪文であり、予知したい対象の未来についての「鍵」となる言葉を導き出すことが出来る魔法である。その結果、チシャは以下の三つの言葉に到達した。

「草原」「陽動」「魔法師」

 ブレトランド全体の中で、草原地帯が最も広く広がっているのはヴァレフールであり、今回の会談の場であるカナハの村の北方にも「草原」と呼べそうな区域はある。無論、他にも草原地帯は国内にいくらでも存在する以上、あくまでもそこは「出現候補地の一つ」でしかない。
 「陽動」に関しては、色々な解釈が出来る。ヘリオンクラウドの中の一部が陽動部隊として行動することを意味しているのか、あるいは、ヘリオンクラウドの出現そのものがもっと大きな何かの動向を覆い隠すための陽動なのか、判断が難しい。
 そして、もっと謎なのが「魔法師」である。ヘリオンクラウドの出現に魔法師が関わっているのか、魔法師がヘリオンクラウドに狙われているのか、様々な可能性が考えられるので、これだけでは何とも判断し難い。
 時空魔法を習得出来たのは良いものの、まだその技術を使いこなすには、もう少し時間がかかりそうなことを実感するチシャであった。

1.3. 厄介な伏兵

 一方、カーラから「混沌を探知出来る邪紋使い」の話を聞いたドルチェは、ひとまずタイフォン内の住民達の中で、カナハの事情に通じてそうな者達を探して話を聞いて回ってみたところ、つい数ヶ月前までカナハの守備隊にいたという兵士を発見し、その人物を中心として様々な搦め手を使った聞き込み捜査をおこなうことで、詳しい事情を知ることが出来た。
 どうやら、カナハの守備隊の副隊長であるフリックという人物の身体に埋め込まれた邪紋は、かなり特殊な邪紋らしい。それは約一年前に、それまで「ただの屈強な戦士」にすぎなかった彼の身体に突如出現した「異界の文字のような紋様」で、同じような邪紋を持つ者がこのブレトランド内(?)に八人存在するという。
 彼等はアントリア北東端の漁村ラピスで発生していた「透明妖精」と呼ばれる「姿が見えない投影体」による混沌災害を解決した英雄として知られているが、それを可能としたのが、彼等の持つ「匂いで混沌を嗅ぎ当てる能力」であり、その力の根源は、ラピスを旧くから守り続けていた「犬神」の力らしい。それ故に彼等は「八犬士」などとも呼ばれているという。
 なお、彼等を率いてラピスを混沌から解放し、現ラピスの領主となったルーク・ゼレンという君主は、元はヴァレフール南端の港町オーキッドの領主の養子であり、彼の聖印にも様々な特殊な力が備わっているらしいが、その全容についてはよく分かっていない。ただ、彼の聖印と八犬士達の邪紋は密接な繋がりを持つ関係にあり、現在はカナハの領主に仕えているフリックは、今でもルークとは深い信頼関係にあるという(なお、カナハの領主であるユイリィもまた、個人的にルークとは親しい間柄らしい)。
 実際のところ、この話にどこまで信憑性があるかは分からない。ただ、ラピスの領主に関しては、レアの話の中でも「邪紋を切り離す能力のある君主」として名前が挙がっていたことから、おそらく何らかの特殊な力の持ち主であることは間違いないし、ラピスの透明妖精の騒動についても、発生当時にサンドルミアにいたドルチェですら風の噂で聞いたことがあるほどの有名な事件である。それらの情報と照らし合わせて考えてみても、確かに話の辻褄は合っていた。
 そうなると、ここで一つ重大な問題が発生する。そのことに気付いたドルチェは、ひとまずそのことをトオヤに知らせるために、領主の執務室へと向かう。すると、その部屋の中から、トオヤとレアの話し声が聞こえてきた。

「やっぱり、今回は私がいかない訳にはいかないわよね」
「えぇ」
「問題は、今の私の状態が彼等に分かった場合、彼等は私を後継者とは認めない可能性があるということ。だから、そこは騙し通さなきゃいけない。騙すことに関しては、私よりも『あの子』の方がずっと得意なんだけど、でも、そろそろ私も自分の力でどうにかしなくちゃいけないわよね。今までは、『あの子』だけでなく、あなた達があなた達のお爺様を騙し続けてきたのだから、今度は私が私のお爺様を騙すわ」

 レアがそこまで言ったところで、「あの子」が現れる。

「失礼するよ」

 その表情は、ややバツが悪そうだった。

「あら、どうしたの? ドルチェ」
「いやー、立ち聞きするつもりはなかったんだけど、トオヤに『あること』を伝えようと思ったら、たまたま話を聞いてしまってね……。そうやって決意を新たにしてくれるのはありがたいんだけど、ちょっとそれは難しそうだ」

 そう言って、ドルチェはフリックのことを二人に伝えると、トオヤはすぐに彼女が抱いている「懸念」に気付いた。

「それはつまり、キミだけなく、姫様の正体もバレる、ということか?」
「あぁ。姫様が『聖印』ではなくて『混沌核』を持ってることが彼には分かるだろうね。僕に関しては、この姿のまま『君の一部下』として一緒に行く分には問題ないだろうが……」

 つまり、いくらレアが「自分の現状」をごまかそうとしても、フリックには見破られてしまう可能性が高い、ということである。グレンに対して、レアが「本物」であることを信じさせることは(二人の間でしか共有されていない記憶も多い筈なので)それほど難しくはないが、「本物のレアが聖印を受け取れない体質であること」を看破されることは、ある意味、つい先日までの「レアが影武者であること」を看破されることへの懸念以上に重大な問題である。
 だが、この話を聞いた上で、レアはそれを逆手に取る方法を思いついた。

「……その話をケネスに伝えて、『どうしてもカナハに行く前に体を治す必要がある』と説得することで、薬を事前に渡してもらうことは出来ないかしら?」

 現状、ケネスはグレンとの間で「上述の三条件を満たした上でのレアへの継承」という合意を取り付けることを、レアに薬を引き渡す条件として提示している。逆に言えば、その確約が得られるまで薬は渡さないというのがケネスの方針だったのだが、この話が出て来ると、確かに事態は少々変わって来るだろう。

「可能性はあると思う。お爺様が『条件を満たすまで薬を渡さない』という姿勢だったのは、あくまでも『念押し』だった訳で。正体が発覚することで和平会談が潰れることは、お爺様の望むところではないでしょう」

 トオヤはそう言って頷く。更に言えば、フリックと「ラピスの領主」が親しい関係にあることを知ったことで、最悪「ケネスの薬に頼らなくても元に戻せる可能性がある」ということを示唆すれば、ケネスとしてもあまり強気の交渉には出られなくなるかもしれない。
 こうして、彼等がフリックという「想定外の伏兵」への対処に思考を巡らせる中、大陸で発生した事件(ブレトランドの光と闇6)の結果として発生した、もう一つの「想定外の事態」がアキレスで発生する。その結果、彼等は更なる軌道修正を迫られることになるのだが、この時点ではまだそのことを知る由もなかった。

2.1. 影武者の真髄

 翌日、兵を率いたトオヤ達がアキレスに到着すると、現地で彼等を出迎えたのは、アグニとジーンであった。どうやら今回の任務には彼等も同行するらしい。偵察要員のジーンはともかく、破壊活動が専門のアグニを随行させる必要があるかどうかは疑問だが、常に「最悪の事態」も想定して打てる手は打っておくのがケネスの流儀である(無論、彼等の力を用いるのはあくまでも「最後の手段」なので、チシャの召喚する「異界の洞窟」に待機させる予定である)。
 だが、ここで彼等にとって予想外の緊急事態が発生した。出発を間近に控えたケネスが、突然、心臓の発作で苦しみ始めたという知らせが届いたのである。トオヤ達が急いで病室へと駆け込むと、医師達の処方の甲斐あってか、どうにか一命を取り止めた様子ではあった。

「どうやら、誰かがパンドラに弓を引く決意を固めたようだな……」

 ケネスが呼吸を整えながらそう言うと、カーラは思わず呟く。

「誰かが……」
「おそらくはゴーバン殿下であろうな。ご自身の手でそれを決意されたのであれば、それはそれで結構な話。だが、よりによって今か……」

 どうやら、ケネスの身体に刻まれた「契約の刻印」が、彼の心臓に激痛を与えているらしい。今は聖印の力でその激痛を抑え込んでいはいるものの、おそらくはゴーバンと思しき「ケネスの縁者」が今後もパンドラと戦う続けるのであれば、いつ命を落とすかも分からない状況である。
 トオヤはそのことを察した上で、やや冷めた口調で語りかけた。

「しかし、それはもう覚悟なさっていた話なのでは?」
「その通りだ。だが、今儂が死ぬと、自動的に騎士団長の座がグレンのものとなる。その前にお主への禅譲を進めておきたかったのだがな……」

 このままケネスが会談に臨めば、最悪、グレンの目の前で頓死する可能性がある。聖印教会派である彼に対して、パンドラとの密約など話せる筈もない以上、それだけは絶対に避けなければならない。
 今のこの状況を熟考した上で、ケネスはドルチェをチラッと見る

「おや? なんだい?」
「お主は数ヶ月間にわたって、この儂を謀り続けた」
「まぁ、否定はしないね。僕はそういう存在だ。褒め言葉と受け取っておこう」
「ならば、グレンを謀ることも出来るであろう?」

 その言葉で、ドルチェはケネスの言いたいことを理解する。そしてケネスはドルチェの肩に手を置き、真剣な表情でこう言った。

「任せた」

 あまりに唐突な申し出であるが、それでもすぐに対応出来るのがドルチェのドルチェたる所以である。彼女は目の前のケネスの姿をじっくりと凝視した。

「なるほど……」

 彼女がそう呟くと同時に、その姿は「ケネス」に変化する。

「グレンの爺さんか……。まぁ、僕の存在を知っている分、他の人よりはやり辛いだろうが、出来なくはなかろう。けどね、カナハには一人、面倒臭いのがいてね……」

 「ケネス」の姿のままドルチェはそこまで言ったところで、カーラが何か言いたそうな顔をしていることに気付く。

(ドルチェくん、それ、引き受ける条件として「薬」を要求してもいいと思う)
(分かってるよ)

 目線でそんな会話を交わしつつ、「ケネスの姿のドルチェ」は「混沌を嗅ぎ当てられる邪紋使い」のことを「本物のケネス」に話す。

「そういう存在がいる以上、『僕』と『レア姫』という形で二人も『偽の君主』がいたら、少なくともどちらかは気付かれる可能性が高いよ。特にレア姫が気付かれるのはまずい」
「……つまり、『例の薬』を差し出せということか?」
「そうだ」

 「自分と同じ顔の人物」にそう言われた「本物のケネス」は、ニヤリと笑って答える。

「合格だ。それでこそ、儂の身代わりは務まるというもの」
「お褒めに預かり、どうも。そこまで言われたなら、僕も安心出来る。正直僕は、あなたなんかよりレア姫の方が大事なんで」
「それは構わん。当然の話だ」

 実際のところ、これまで誰も言及していなかったが、その薬を「ケネスの身体にかけられた呪い」を無効化するために用いるという選択肢もあった。だが、ケネスはあえてそのような形で「切り札」を使おうとはしなかった。今更自分がそれで生きながらえることよりも、今後の交渉材料として残しておくべきと考えていたが故の判断だったのだが、結果的にそれがこのような形で功を奏することになったのである。
 ケネスは目的のためなら手段を選ばない。だが、彼の目的はあくまでも「ヴァレフールの繁栄」であって、自分自身が権力を掌握することは、そのための手段でしかない。無論、ケネスが「自分以外にこの国を支えられる者がいない」と考えているのであれば、おそらく薬を用いて自分が生き永らえる道も考えただろう。あえてケネスがその道を選ばなかったのは、後継者としてのトオヤへの期待が芽生えていたことの証左でもある。しかし、だからこそ、ケネスの中ではこの時、トオヤに対して一つ、言っておきたいことがあった。

「正直、出来ればその交渉はトオヤにやってもらいたかったところだがな。この状況で儂を脅して薬をもぎ取るのは、国を預かる者として当然下すべき選択。騎士団長代行として、それくらいは自分で思いついてほしかった」

 これに対してカーラは内心で「ドルチェくんじゃなくて、あるじに言うべきだったのか……」と悔やんでいたが、トオヤは特に意に介すこともなく、淡々と答える。

「僕に出来ることは、たかが知れていますから。それを僕の仲間達が補ってくれるのであれば、それでいいのでは?」
「……まぁ、いいだろう」

 そう言いながら、ケネスは懐から鍵を取り出し、この城の地下室にある「秘密の隠し場所」の位置を「自分と同じ顔を持つ邪紋使い」に教える。

「ただし、あの薬は『薬を飲んだ人間の想像出来る最良の姿』にすることは出来ると言われているが、混沌核を聖印に戻すことまで出来るかどうかは、やってみないと分からぬぞ」
「分かった。とはいえ、今の時点ではそれくらいしか手段がないんだ。その薬は貰っていくよ」

 そう言って、ドルチェは「ケネス」の姿のまま城の地下室へと向かう。当然、その姿のドルチェを不審に思って止める衛兵などいる筈もなく、彼女は難なく「薬」を手に入れるのであった。

2.2. 蘇る聖印

 ドルチェが持ち帰ったその薬は、奇妙な形の小瓶の中に封印された飲み薬であった。それは現在のエーラムの魔法師達が作り出す魔法薬の容器とは似て非なる形状であり、太古の時代の魔法師か、もしくはエーラムとは異なるどこかの闇魔法師の手で作られた代物のように見える。
 念のため、チシャがその中身の色と匂いを確認すると、確かにそこからは生命魔法と思しき特殊な力が感じられる(それが分かるようになったのも、彼女の昨今の「進化」の賜物であった)。その上で、少なくとも即座に人体に害を及ぼすような代物ではないと彼女は判断した。
 その話を聞いた上でチシャから薬瓶を受け取ったレアは、一思いにその薬を飲み干す。その時点では、彼女の見た目そのものは全く変わらなかったが、レア自身は自分の身体に起きた変化をはっきりと認識していた。それまで自分にかけられていた「偽装の姿」をあたえる魔法の効果が消えると同時に、自分の身体の中の混沌核が「別のもの」へと書き換わり、そして彼女自身の体が(それまでかけられていた「偽装の姿」とほぼ変わらない)「本来の姿」へと戻っていく。
 レアは目を閉じ、そして自分の中にある「何か」を感じ取り、そのまま自分の手の甲に出現させる。それは紛れもなく、彼女が父から与えられていた「光の紋章」であった。

「戻った……、私の聖印が……」
「そのようだね」

 隣で観ていたドルチェがそう答える(なお、この時点でもまだ彼女は「ケネス」の姿のままであった)。レアの聖印をいつも間近で目の当たりにしていたドルチェには、確かにこれが以前の彼女の聖印と寸分違わぬ同じ紋様となっていることが分かる。

「でもこれで、お父様の体質を治す手段はもう無くなった。だから、私も覚悟を決める。私がこの国を継いで、この国を立て直す」

 改めてレアは決意を固める。なお、この時、もともと病弱であった彼女の身体も、心なしかより健康体になったように感じられた。
 そんな彼女に対して、「本物のケネス」は安心した表情を浮かべながら「事情」を伝える。

「そこまで覚悟を決められたのであれば、お伝えしておきましょう。その薬はもともとグレンが手に入れた薬を、私が奪った代物ですが、元々の出所もかなり怪しい。おそらくは混沌の力による薬なので、グレンが私を公的に批判出来なかったのもそれが原因でしょう。聖印教会の者として、それを用いることを表明は出来なかったでしょうからな」

 彼はそう言った上で、今度はトオヤ達に向かってこう言った。

「もしかしたら、交渉が終わってお主達が帰ってきた時点で、儂はもう死んでいるかもしれん。その時は、後のことは任せる」

 トオヤ達はその意を受け取り、ひとまず「本物のケネス」の元を去る。こうして、トオヤ達は「本物の聖印を持つ姫君」と「偽物の騎士団長」を連れて会談へと臨むことになったのである。

2.3. 会談前の情報戦

 「ケネス」となったドルチェは、ぬかりなくその役割を果たすために、今回の会談に向けて把握しておくべき事前情報などを、ケネスの側近達から確認する。「敵を騙すにはまず味方から」という言葉もあるが、さすがに今回は緊急事態で前準備に費やせる時間が少なかったこともあり、同行するケネスの側近達には正体を告げた上で、必要最低限の口裏合わせを施すことにした。
 その上で彼等は軍議を開き、今回の任務にあたっては、まずトオヤ、カーラ、チシャの三人が「レアとケネス(ドルチェ)の護衛」という名目で同行した上で、いざという時のためにタイフォン軍を中心とする兵士達をカナハの近くに(チシャが「異界の洞窟」を召喚した上で、その中に)待機させる、という方針を確認する。なお、この待機軍の指揮を委ねられたのは傭兵隊長のガフ・アイアンサイドであり、アグニの「悪鬼隊」とジーンの「夜梟隊」も彼等と共にその地で待機することになった。
 その上で、問題は「フリック(カナハの村の邪紋使い)対策」である。彼が混沌の匂いを嗅ぎ当てることが出来るとなると、いかにドルチェといえども、その嗅覚までもごまかすのは難しい。そうなると、考えられる対策としては「ケネス(ドルチェ)とフリックを会わせないように工作する」ということくらいだが、カナハ側は以前の公金横領事件以来、ケネス派との間での遺恨も残っているため、相当に強い警戒心をこちらに抱いていることが予想される以上、警備隊の主戦力であるフリックを一度も自分達の前に差し向けないように調整するのはかなり難しい。

「いっそのこと、彼等には本当のことを話した方が良いかもしれない」

 ドルチェはあえてそう提案した。彼女が昨日の時点で調べた情報によると、フリックは極めて生真面目で実直な性格であり、こちらが何かを隠そうとしていることが判明した時点で、状況によっては修復不可能なほどに強い禍根を残してしまう可能性が高い。一方で、信義を重んじる性格だからこそ、事前に正直に「本人が体調不良であるが故の、やむにやまれぬ影武者」だということを話してしまえば、理解が得られる可能性もある。
 ただ、彼は主人であるユイリィ・マイリィ姉妹への忠誠心が非常に強いので、説得策を採るなら、フリック一人ではなく、まず領主姉妹に話を通すべきであろう。逆に言えば、彼女達さえ説得すれば、おそらくフリックは個人的な感情で動くことはない。幸い、カナハとタイフォンは地理的にも近く、トオヤはユイリィとも面識はあるため、まずはその筋から裏交渉を試みるべき、という結論に至るのであった。

 ******

 そして、この軍議を終えた直後、チシャはアグニに呼び出される。嫌な予感がする中、彼と二人きりになったところで、彼はチシャにこう言った。

「今回は『平和的な話し合い』である以上、俺が矢面に出る可能性は低いだろうが、とりあえず、姐さんからの伝言は伝えておこう。『巨大な投影体がカナハの村の北方に出現するらしいから、気をつけろ』だとよ」

 どうやら、チシャが懸念していた「ヘリオンクラウドのカナハ近辺への出現」の可能性が現実味を帯びてきたようである。ネネが何を根拠にそう言っているのかは不明だが、そのことをアグニに問い質したところで、おそらくは彼もそこまでは聞かされていないだろう。

「まぁ、出現するのか、させるのかは知らんがね。ただ、姐さんは嘘をつくこともあるが、少なくとも、お嬢に不利益なことは言わん。絶対にな」
「分かりました……」

 チシャが短くそう答えた上で、アグニと分かれ、トオヤ達の元へと向かい、彼等にそのことを伝える。イヴィルゲイザーによって率いられたヘリオンクラウドという存在は、多くのブレトランド人にとって「厄介な混沌災害」の代名詞のような存在であり、それを聞いたトオヤやカーラが当然のごとく警戒心を強める中、ドルチェはそれ以上に「嫌な感情」が自分の中で湧き上がって来るのを実感する。

(イヴィルゲイザー……、なぜだろう? その名を聞くと、悪寒が……)

 それは、彼女が「今の自分」になる前の記憶の断片であり、それ自体が彼女が記憶を失う直接的な原因の一つでもあったのだが、結局、この時点で思い出されることはなかった。

2.4. もう一つの脅威

 翌朝、トオヤ達はロンド経由でカナハへと向かうため、足早にアキレスを出立した。カナハの人々との事前交渉の都合上、グレン達よりも先に到着する必要が発生したため、本来ならば二日かけて移動する予定だった行程を、(チシャの魔法なども駆使して)強行軍で一日で移動することになったのである。
 そのため、昼過ぎにロンドに到着するもそのまま素通りして、ロンドとカナハの中間地点まで来たところで、チシャが予定通りに「休息用洞窟」を召喚し、迅速な行軍で疲弊した兵士達にその中で休眠を取らせる(この召喚魔法は、敵襲時には警報を自動的に鳴らす装置も付随しているため、見張り役の兵士も必要ない)。
 こうして出現した人口洞窟の構造をチシャが兵士達に説明している中、突然、チシャの魔法杖に外部からの通信が届いた。長城線のオデットである。

(え? オデットさん? このタイミングで?)

 全く心当たりがないチシャが、ひとまず洞窟の外に出て通話に応じると、オデットは深刻な声色で彼女に語りかける。

「チシャ様、申し訳ございませんが、もしかしたら、また長城線への援軍をお願いすることになるかもしれません。まだ不確定な話なのですが、どうやらお姉様が『嫌な未来』を察知したようで……」

 オデットの姉弟子のオルガは、時空魔法師である。現在はチシャでも未来予知の魔法を使えるようになってはいるものの、やはり「本業」である彼女の方が、その精度は上であろう。その彼女が「嫌な未来」を予知したとなると、当然、チシャの脳裏には「あの言葉」が思い浮かぶ。

「それは、ヘリオンクラウドでしょうか?」
「は? え? いえ、そうではなく、普通に敵襲の可能性を危惧されているようでしたが……」

 オデットはそう反応しつつも、ここで「更に嫌な予感」が湧き上がる。

「……あ、いや、でも、ヘリオンクラウドを『戦力』として『敵』が活用する可能性も無いとは言えませんね。その発想はありませんでした」

 高度な召喚魔法師であれば、普通ならば人類に害をもたらすような凶悪な投影体でも「従属体」として召喚することは出来る。その意味では、確かにイヴィルゲイザーやヘリオンクラウドを従属体として呼び出すことも理論上は可能だが、それがどれくらい現実的な話かは分からない。少なくとも、チシャやオデットでは到底不可能であろうし、このブレトランドの歴史において、彼等が何者かによって「戦力」として召喚されたという話を、実例として聞いたことはない。
 ただ、「従属体としての召喚」は無理でも、何らかの対価を支払うことで「交渉相手」として活用することは可能かもしれない。少なくとも、ヘリオンクラウドを率いるイヴィルゲイザーには、通常の人間程度(もしくはそれ以上)の知力は備わっていると言われている。

「いずれにせよ『思わぬ方向からの奇襲』が、この長城線を襲う可能性があるらしいです。ですので、もし何かあったら、その時は……」
「分かりました。もし何かあったら、すぐに連絡して下さい。私もペリュトンの召喚魔法は修得しましたので、今回はお迎えに来てもらわなくても、こちらから駆けつけます」
「ありがとうございます。では、また」

 そう言って、チシャは通信を終えた。ヴァレフールがようやく一つにまとまろうとしているこの時点で、長城線に危機が迫ろうとしているのだとしたら、果たしてそれは偶然なのか必然なのか。しかも、それが「ヘリオンクラウドの出現」と関係しているのかどうかも、今の時点では分からない。
 チシャがそのことをトオヤ達に知らせると、彼等も困惑の表情を浮かべるが、そこで「ケネスの姿のドルチェ」はこう言った。

「ひとまずは、このまま会談に向かう、で構わないだろう。その上で、もし会談中に長城線で何かあれば、グレンの爺さんも巻き込んで救援に向かえばいい。長城線は中立的な立ち位置である以上、そこからの救援要請に応じない理由はどちらの陣営にもない」

 その意見に皆が同意する。アントリア軍がまたしても長城線を攻め落とそうと企んでいるのであれば、それは紛れもなくヴァレフールにとっての脅威だが、ある意味、ヴァレフールにとってはその脅威そのものが「結束を促す好機」でもある。どちらかの陣営がアントリアと内通しているのであれば話は別だが、ケネスもグレンもヴァレフールの滅亡に繋がるような裏工作は用いていないであろうと、彼等は信じていた。

2.5. 中立なる立会人

 その日の夕刻、トオヤ、レア、チシャ、カーラ、「ケネス」の五人は、僅かな手勢と共にカナハへと到着する。そんな彼等を「村の東口」にて出迎えたのは、守備隊長にして領主の双子の妹でもあるマイリィ・カミルであった。彼女もまた、副官のフリックと同じ「不死」の邪紋の持ち主であるが、彼女自身にはフリックのような「特殊な嗅覚」は備わっていないらしい。

「姫様、騎士団長様、ようこそいらっしゃいました」

 恭しく彼女がそう言って頭を下げると、一行を代表して「ケネス」が答える。

「会談場所の提供感謝する。しばらく世話になるぞ」
「過去には、我が姉の契約魔法師であったダニエルと、今は亡きハンフリー様との間での様々な『疑惑』もありましたが、もうこれ以上、不幸な衝突は避けたいところです」

 神妙な表情でマイリィはそう語る。それは彼女自身が監禁されるに至るほどの大事件であったが、一応、名目上はそれは「ダニエル個人の勝手な暴走」という建前で収めたため、カナハ側からハンフリーに対して正式な抗議はおこなっていない。それはヴァレフールの内戦を悪化させないためのユイリィの判断であり、マイリィ自身もその方針に従ってはいるものの、当然、納得しきれてはいなかった(なお、この会談に先立ち、ケネスは過去にハンフリーが掠め取った税金と同額以上の支援金を水面下でユイリィに送っていた)。

「当然だ。ヴァレフール内の衝突を抑えるため、我々はここに来た。ヴァレフールの未来にとって良い結果がこの会談で得られることを願っている」
「そうですね。私は一介の武人に過ぎませぬので、会談が無事に終わるよう『どちらの側からも』妨害が入らないように警備に努めます」

 マイリィは「ケネス」に対して釘を刺すような視線でそう告げるが、「ケネス」は太々しい態度で答える。

「それでいい。では、我々は領主殿のところに向かうとしよう」

 そう言って、彼等はそのまま領主であるユイリィ・カミルの館へと向かった。

 ******

「この度は我が村を会談の場所に選んで頂き、ありがとうございます」

 館の応接室にて、ユイリィがトオヤ達をそう言って出迎えると、「ケネス」は先刻と同じような態度で挨拶を返す。

「我々としても、協力に感謝する」
「今夜中にはグレン殿も到着すると思われます。予定通りに、会談は明日の昼から、この館にて開催ということでよろしいですか?」

 ユイリィがそう言ったところで、「ケネス」はトオヤが目配せした上で、話を続ける。

「そうか。グレンの奴はまだ到着していないか。ならば奴が到着する前に、あなた達に話しておかねばならないことがある」
「なんでしょうか?」
「この村には、フリック君という邪紋使いがいると聞いたが」
「えぇ。彼は我が村の支柱となる人物です。彼は今現在、西側の検問を担当しています」
「そうか。では、まずあなたに見せておこう」

 「ケネス」はそう言うと同時に変身を解き、「ドルチェ」の姿になる。唐突にその変容を目の当たりにしたユイリィは目を見開きつつ、勤めて冷静に問いかける。

「……どういうことでしょうか?」
「どうもこうもない。率直に言……」

 ドルチェがそこまで言いかけたところで、カーラが口を挟む。

「あるじが言うべき」

 言われたドルチェはひとまず黙り、そしてトオヤが口を開く。

「ユイリィ殿を信用してお話しするつもりなのだが、我が祖父ケネスは今、病に倒れているため、此度の会談に参加することが出来ない。しかし、そのことをグレン殿に知られてしまっては、今後の交渉において、聖印教会を信奉するあの方々に都合の良すぎる方向に話を進められる可能性がある。そこで我々としては、どうしても祖父の身代わりを立てる必要があったのだ」

 ユイリィが(ケネス派によって自分の妹を人質に取られるような事件を起こされた後も)グレン派には加わらずに「中立」の立場を保っていた背景には、彼女の中での聖印教会への不信感がある。トオヤ達がそこまで気付いていたか否かは不明だが、この説明でユイリィとしては彼等に対して一定の理解は示した。
 その上でユイリィが、トオヤの隣にいたレアに視線を向けると、彼女も黙って頷く。その様子を確認した彼女は、改めてトオヤに語りかける。

「なるほど、我が村のフリックであれば、そのことに気付くであろうと察したのですね」
「えぇ」
「分かりました。では、少々お待ち下さい。皆様をお連れしたマイリィを今から西門に回し、代わりにフリックにこちらに来てもらいます。その上で、申し訳ございませんが、あなた方全員について『確認』させて頂きます」

 そう言って、ユイリィはひとまず彼等の前から立ち去って行った。

 ******

 トオヤ達がそのまま応接室で待機していると、やがて彼女は、重武装のまま館へと呼び出されたフリック(下図)を連れて、再びトオヤ達の前に現れる。


 フリックは「再びケネスの姿となったドルチェ」を目の当たりにした上で、彼女の周囲の空気を黙って嗅ぎ取る。

「なるほど、確かに『このケネス殿』からは混沌の気配がします。それ以外の方で混沌の気配がするのは……、こちらの方ですね」

 そう言いながらフリックが視線を向けたのは、カーラであった。

「その姿から拝見するに、あなたは『武器と自身を一体化させる邪紋使い』の方でしょうか?」

 フリックの仲間の中にも、そのような能力の持ち主はいる。もっとも、彼女はルークと共に今はラピスにいる筈なので、ここ最近は会ってもいないが。

「まぁ……、混沌核が小さいから、そう思われるのも仕方ないよね。一応、ボクはオルガノンのハーフです」

 下手に隠し立てしてごまかすよりは素直に話した方が良いと判断したカーラがそう言うと、フリックは一瞬面食らうが、かつての仲間の一人に「刀のオルガノン」がいたことを思い出す。その外見は普通の人間と変わらぬ風貌であり、その異国情緒漂う美しさが、道往く人々の目を奪うことも多かった。あまり色恋事に積極的な性格ではなかったが、彼女を妻に迎えたいと考える男性が多いであろうことは想像に難くない。そう考えれば、「投影体との混血児」がこの世界に存在することも、さほど不自然ではないように思える。

「なるほど……、それもありえない話ではなさそうですね」

 フリックはそう呟きつつ、一旦ユイリィと目配せした上で、改めて五人に対して真剣な表情でこう言った。

「分かりました。これ以上のことは私は詮索しません。レア様がそれを分かった上で『この方』を『ケネス殿』として出席させるのであれば、もはや私が関与出来る話ではありません。今の話は聞かなかったことにした上で、私はこの会場の警備に専念します」

 彼のその言葉を聞いてレアが安堵の表情を浮かべたところで、「ケネス」も礼を述べる。

「そうしてもらえると助かる」

 あくまでも「騎士団長の影武者」としての態度でドルチェがそう言ったところで、トオヤが別の話題を切り出す。

「ところで、それとはまた別件で、ウチの魔法師の話を聞いてもらえないだろうか?」

 彼にそう促されたところで、チシャがユイリィとフリックに向けてこう言った。

「このカナハの村の北方に、ヘリオンクラウドが発生しそうな気配が漂っています」

 その名を聞いたユイリィは、表情を曇らせる。

「忌々しい名前ですね。確かに、彼等はいつ出現してもおかしくない存在ではありますが」

 実際、過去にもこの村の近辺でヘリオンクラウドが出現したという記録は残っている。それ故に、この地の人々は常に彼等の出現に備えて迎撃の準備は整えてはいるものの、ユイリィ自身はまだその「実物」を見たことはない(無論、それはチシャやトオヤ達も同様である)。

「そして、長城線の方でも何か不穏な動きがあるようです。場合によっては、そちらからも要請があるかもしれません」

 これについても、チシャとしてはまだ不確定な情報なので、それ以上の具体的なことは言えないが、ユイリィはフリックと顔を見合わせつつ、強い決意の表情を浮かべながら答える。

「分かりました。様々な状況に対応出来るように準備を進めておきます」

2.6. 宿敵にして同志

 この日の夜、予定通りに副団長グレン・アトワイトもまた、カナハの村に到着する。護衛として付いてきたのは、孫のマルチナ・アトワイトと、その副官のベルカイル・ストーンウォールの二名であった。いずれもトオヤと同じ「守ること」に特化した聖印の持ち主である。
 彼等の到着に対して、レアがトオヤ達四人を従える形で出迎えた。

「久しぶりだな、グレン」
「お久しぶりです、姫様。ご壮健なようで何よりです。お父上とは既に一度お会いされたようですが、私もずっと心配しておりました」

 グレンは笑顔でそう答えるが、彼がレアを見る目がやや訝しげであることに、ドルチェとチシャは気付く。どうやら、レアが「本物」かどうかを疑っているようである。

「私もこうして無事にお前と再会出来たことを嬉しく思う。その上で、会談の前に一つ提案したいことがあるのだが」
「ほう? 何でしょう?」
「どうやら今、厄介な事案が二つほど起きているらしい」

 彼女はそう言って、グレンに「長城線の危機」と「ヘリオンクラウドの出現」の話を伝える。いずれも、その根拠が「時空魔法による予言」ではあるが、グレンは聖印教会の一員ながらもエーラムの魔法師には一定の信頼を置いているため、真剣にその話を聞き入れる。

「お主も警護の兵達は連れて来ているのであろう? ならば、ひとまずその兵を、ヘリオンクラウド対策のために、この地の衛兵達と合流させた上で、この村の近辺の警護に当たらせないか? 無論、ケネス達が連れて来た兵士達にも協力させるつもりだ」

 レアはグレンにそう告げる。実はこれはトオヤ達が事前に考えた策なのだが、「ケネス」がこれを提案しても、そこに何か裏の意図があるのではないかと疑われる可能性があると判断したため、あえてレアの口から進言するように依頼したのである。グレンがそのことに気付いていたか否かは不明だが、彼は少し思案を巡らせた上で、レアに確認する。

「それは、この地の領主殿の了承を得た上で仰っているのですか?」
「あぁ。領主殿にはもう伝えてある」

 実際、その件についてはユイリィからも異論はなかった。

「分かりました。どちらにしても、こちらも『いざという時』のための兵士は用意しておりますので、彼らを向かわせましょう」

 グレンはそう言って、ベルカイルに命じて後方に控えていた兵達を呼び寄せる。

「相変わらず、食えん奴だ」

 「ケネス」が憎らしそうな声でそう言うと、グレンも同じような声色で返す。

「そうでなければ、貴殿と数十年も付き合うことは出来ん」
「ハッ、その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 ドルチェはそんな「いつもの彼等の会話」を予定通りに演じつつ、こちらもカーラが後方で控えていた兵士達の元へと向かい、合流を促す。こうして、翌朝には両軍がカナハの守備隊に加わる形での暫定的な合同警備体制が築かれることになった。一年近くに渡って対立を続けてきた両軍の兵士達であるが、元来は同じヴァレフール伯爵家の旗の下で戦う同志である。アントリア軍やヘリオンクラウドといった脅威を前にすれば結束出来るだけの一体感は、まだ残っていた。少なくとも、この場に集まった者達の間では。

3.1. 副団長の信念

 翌日の昼、「ケネス」とグレンの会談が開始された。トオヤ達もレアの護衛という名目で、その場に同席する。
 最初に口火を切ったのはグレンであった。

「知っての通り、私は以前から次期伯爵にはレア様がふさわしいと考えている。この点について貴殿等に異論がないのであれば、議論する必要はないだろう。ただし、もし『レア様による継承そのものが難しい状態』なのであれば、その限りではない」

 ボカした言い方だが、おそらく「レアが偽物である可能性」を意識した上での発言であろう。

「ほう?」

 あえて「ケネス」がとぼけた口調で首をかしげるが、グレンはそれ以上の真意は語らずにそのまま話し続ける。

「その場合は、ゴーバン殿下やドギ殿下、更にはヴェラ様およびそのお子様も将来的には候補者となりうる。あるいは、行方不明のフィーナ殿下が発見されれば、当然、話もまた色々変わってくるだろう」

 ここで「フィーナ」の名前まで出してきたのは想定外だったが、実際に彼女の行方をグレンが掴んでいるかどうかは定かではない。ケネス側を牽制するためのハッタリの可能性も高いだろうと察しつつ、「ケネス」は頷きながら答える。

「まぁ、それはそうだろうな。だが、今のところはレア姫様の継承が最もふさわしい。その意見については私も同じだ」
「その上で、陛下の退位よりも前に私と貴殿が同時引退するという案については、私も基本的には賛同だ。我等の間の遺恨を断ち切るために、ここは揃って身を引くべきだろう」

 グレンのその発言に対しても、ケネスは黙って頷く。しかし、問題はここからである。

「ただし、次期騎士団長に関してはトオヤ殿、そして副団長にはウチのレヴィアンを、という貴殿の提案に関しては、承諾出来ない。これまでの実績、人望、あらゆる点から考えて、騎士団長にふさわしいのはファルク・カーリンを置いて他にはない」

 この主張はある程度予想通りである。とはいえ、グレンとしてもこの提案が通るとは思っていないだろう。「ワトホートの娘」に爵位を継承させた上で、聖印教会派のファルクに騎士団長の座も譲るという条件でケネスが納得する筈もないことは分かっている。あくまでもこれは「交渉における最初の条件提示」でしかないことは、この場にいる者達はおおよそ見当がついた。

「そもそもレヴィアンには、私の爵位を継がせる気もない。私の後継者はあくまでマルチナだ。レヴィアンが自力で聖印を育てて成り上がるのは勝手だが、少なくとも私の男爵聖印を引き継がせるつもりはない以上、今のところ、副団長候補として名前を挙げること自体が不適切だ」

 どうやら、想像以上にレヴィアンとグレンとの関係は思わしくないようである。その上で、グレンは「ケネス」に問いかけた。

「貴殿は、自身の孫がファルクよりもふさわしいと思える根拠がどこにあると考えている?」
「身内贔屓を差し引いても、十分に誇れるだけの実績を残してきた奴だとは思っている。主だったところでは、長城線におけるアントリア・ノルド軍の撃退。それだけでも十分すぎるほどの戦果ではないか?」
「確かに、そのことは私も聞き及んではいる。その上で、無論、七男爵会議の結果としてトオヤ殿を推す声の方が強ければ、それに従うのが筋だ。ただ、その場合、トオヤ殿には騎士団長として、まずやってもらわねばならぬことがあると私は考えている」
「ほう? それは何だ?」
「アキレスの近海に出現した『謎の魔境』の討伐だ」

 その発言を聞いた瞬間、レアが微かに動揺していることに「ケネス」とチシャは気付く。一方、グレンはその様子には気付いていなかった。なぜならば彼は、そう言いながら(レアではなく)トオヤと「ケネス」の反応を凝視していたからである。グレンはそのまま「ケネス」を睨むような視線で見つめながら語り続ける。

「言いにくい話だが、一部では、貴殿がパンドラと通じていると噂する者もいる」
「心外だな。ハンフリーの件を忘れたか!」
「むしろ、お主ほどの者が『あの下手人』をみすみす捕り逃したこと自体が不自然だ、と言い出す者もいる。何か裏取引があったのではないか、とな。昨今のアキレスの急速な経済復興をもたらした出所不明の資金についても、疑念は多い」

 つまり、ミオの脱走劇(ブレトランドの光と闇3参照)は実はパンドラとの裏取引の結果であり、その見返りとして大量の資金を得ていたのではないか、という説が広まっているらしい。実際のところ、これは完全に的外れな推論なのだが、真相を説明すると、この推論以上に世間から批判を浴びそうな「パンドラとの関係」が発覚してしまうため、「ケネス」もトオヤもひとまずは黙ってそのままグレンの言い分に耳を傾ける。

「そして、一部ではパンドラの手による代物であるとも噂されている『あのアキレス近海の魔境』を放置していることもまた、その論拠となっている。あくまでも推測だがな。そういった推測を断ち切るためにも、あれを早々に排除してもらいたい。お主達の力だけでは足りぬというのであれば、当然我々も力を貸すし、状況によっては他国に援軍を求めても良いだろう」

 ここでグレンが言うところの「他国」とは、大陸の幻想詩連合諸国ではない。グレンはむしろ、魔境討伐のために「ブレトランド諸国との共闘」を示唆していたのである。

「その意味では、むしろあの魔境そのものを共通の敵とすることによって、神聖トランガーヌやアントリアとも手を結べる契機となるかもしれぬしな。もうこれ以上、ブレトランドで不毛な人間同士の争いを続けるべきではない。我等が戦うべき相手は混沌だ。それこそが君主の本来の使命であろう」

 グレンのこの主張は、聖印教会の信徒としては非の打ち所のない正論であるし、本来は彼等と対立するエーラムの視点から見ても、何一つ間違ってはいない主張である。その上で、彼はトオヤに視線を移しつつ、話を続ける。

「一度発生してしまったパンドラとの癒着の噂については、存在しないことを証明するのは不可能だろう。だから、私はこの問題についてはこれ以上言及する気はない。むしろトオヤ殿、騎士団長候補としてのあなたの考えをお聞きしたい」

 そう語るグレンの声色は、明らかに先刻までの「ケネス」との対話の時とは異なっていた。その様子から、グレンがトオヤに対しては本気で期待を寄せていることが伺える。しかし、それと同時に、トオヤの本質を見極めなければならない、という強い意志も感じられた。

「私は聖印教会の信徒だが、魔法師や邪紋使いを全面的に否定するつもりはない。エーラムのことは信用しておらぬが、それでも彼等がこの世界に益をもたらすこともある、ということは理解している。だが、パンドラだけは駄目だ。パンドラを野放しにするような輩とは手を組めぬ。だからこそ、トオヤ殿、まずは貴殿の考えをお聞かせ願いたい。貴殿としては、もし騎士団長に就任した場合、あの海上の魔境をどうなさるおつもりか?」

 強い信念の込められた瞳でそう熱弁するグレンに対し、トオヤはあえて「やや冷めた態度」で口を開く。

「質問に質問を返すようで悪いが、まずあなたにとってパンドラとは何ですか? まず、そこをお聞きしたい」
「人類の敵だ。その認識が共有出来ないのであれば、貴殿と同じ旗の下で戦うことは出来ない」

 はっきりとそう言い切ったグレンに対して、トオヤは逆に少し間を開けてから答えた。

「そうですね……、多少、認識の差があると思います」
「ほう?」
「私にとってもパンドラは許せない存在です。ですが、パンドラと一概に断じて全ての者を切り捨てるのは違うと思います。その中にはやむを得ぬ事情でパンドラに与している者も、パンドラと知らずに協力している者もいるでしょう。それらを全て悪だと断じて切り捨ててしまうのは、君主としてすべきことではない」
「では、パンドラのことを『交渉の余地のある相手』だと考えている、ということか?」
「パンドラだから、という理由で討つ訳にはいきません。パンドラの連中が人々に害を為そうとするからこそ討つのです。その点において、件の島においてそのような事例は我々では観測していません。よって、私はあの島を『今』討つ必要はないと思います」
「確かに、あの島がパンドラによるものかどうかはまだ分からない。だが、魔境であることは間違いない。それはエーラムの認識としても同じであろう?」

 グレンはそう言いながらチシャを見るが、何も答えない。先日のエレオノーラの失言から、彼女はあの島の正体にも気付いているが、あえてここで口にすべきではないことは分かっている。そんなチシャの思惑など気付く筈もなく、グレンはそのまま持論を展開する。

「魔境の存在は人々に害をもたらす。実際、あの島の存在によって航海が妨げられているのも事実であろう?」

 それは紛れもない事実である。現状では、その海域を迂回出来るだけの航路は確保されてはいるが、もし今後、更に魔境が侵食を始めていった場合はその限りではないし、実際にその可能性を考慮するのは自然な発想であろう。それをあえて放置している時点で、何か裏があるのではないかという認識に至るのも当然である。そして実際、ケネスは「あの島の住人達」との間で相互不干渉の裏取引を交わしている。その点については、トオヤ達はケネスのその決断を密かに黙認していた。

(藪をつついて蛇を出したくないというか、篭っててくれる方がありがたいんじゃないかなぁ)

 そう考えていたのはカーラである。自分自身が「混沌の産物」であるカーラにしてみれば「魔境があれば問答無用で即討伐対象」というグレンの考えが理解出来る筈がない。これまでケネスのことを「厄介な老害」だと思ってきた彼女であったが、いざ実際に話を聞いてみると、やはりグレンの方が(少なくともカーラ自身にとっては)「より根本的な次元で厄介な存在」であると実感出来る。
 ここで、再び「ケネス」が口を挟んだ。

「一つ聞くが、そこまであの魔境にこだわる理由は何だ?」
「魔境を討伐することこそ、君主の使命であろう」
「それを否定はせん。だが、あの魔境以上に人々に害をもたらしている魔境は他にもある」
「無論だ」
「大きなところでは、ヴォルトバルドの大森林もある」
「だが、大森林に関してはユーフィー殿達の活躍もあって、ある意味でまだ『安定』した存在ではある。それに対して、あの島は一番得体が知れぬ。だからこそ、早々に手を打たねばならぬ」

 グレンの語気が再び強まりつつあるのに対し、これまでずっと黙っていたレアが、動揺を必死に抑えつつ、鋭い口調で割って入った。

「そこまでだ! 双方、控えよ。第一後継者である私を無視して話を進めるでない」
「これは失礼致しました」

 トオヤがそう言って謝罪すると、グレンと「ケネス」も恭しく頭を下げる。その様子を確認した上で、レアは精一杯の威厳を込めた口調で語り始める。

「海上の魔境への対処法を決める権利は、伯爵位の継承者たる私にある。そして、今の私はブレトランドを離れていて久しい故、判断するための情報が不足している。だからこそ、今の時点で結論を出せる問題ではないし、それを騎士団長人事の判断材料とすることも不適切である」

 彼女はそう言い切った上で、グレンに対して決意を込めた視線を向ける。

「グレン、貴殿は私にとっては偉大な祖父だ。そして現伯爵ワトホートは偉大な父だ。しかし、あくまでも私は私。貴殿等の傀儡に成り下がるつもりはない。意のままに操れる人形としての価値しか私にはないというのなら、私は爵位を継承する気はない」

 留学前の幼かった彼女からは想像も出来ないほどに堂々とした態度でそう語る孫娘に対して、グレンは少々困惑していた。そんな祖父に対して、彼女は畳み掛けるように持論を展開する。

「海上の魔境も、アントリアも、神聖トランガーヌも、我が国にとっては等しく脅威だ。どの脅威に優先して対処するかを決めるのは、国主の務め。騎士団長の権限ではない。そして、状況は刻一刻と変化する。現時点で交わした約定に私の就任後も縛られることは、この国にとって有益であるとは私には思えぬ」

 レアとしては、聖印教会派の祖父に対して「海上の魔境を討伐する気は無い」などとは口が裂けても言えない。だからこそ、その本音を覆い隠してこの場を乗り切るために、この数日間、一人で必死で考えた上での口上であった。

(姫様が仰っていることは正論だ。だが、何か違和感がある。あの姫様が、ここまではっきりと御自身の意思を表明されたことがあったか? 留学中に御成長されたとしても、帰国後にも御自身の名の下に声明を発表されたことは一度もない筈だ。なぜ今になって、このような確固たる姿勢を示されるようになったのか……。無論、それ自体は国主として望ましいことなのだが……)

 グレンが内心でそんな想いを巡らせているところで、追い打ちをかけるようにレアは続ける。

「無論、トオヤがパンドラと通じることによって、この国に害をもたらそうとするのであれば、私はそれを許すつもりはない。だが、それは貴殿等が聖印教会や神聖トランガーヌと通じることで、結果的にこの国に不利益をもたらそうとするのであれば、それもまた私は許さない」

 レアのこの主張に対しては、さすがにグレンも黙ってはいない。

「姫様は、聖印教会とパンドラを同列に並べて論じられるのですか?」
「そうは言っていない。あくまでも極論だ。それが気に障ったというならば謝ろう。だが、いずれにせよ私が優先すべきはヴァレフールの民だ。その外側にいる者達ではない。だから、アントリアにも、グリースにも、同盟にも、連合にも、そしてエーラムにも、いずれの思惑にも左右されるべきではない。私はあくまでヴァレフールの民のために戦う。そのために手を結ぶべき相手が誰か、戦うべき相手が誰かは私が決める。貴殿等からの助言には耳を傾けるが、最終的には私が私の責任を以って決断を下す。それが、私の覇道だ」

 そこまでレアが言い切ったことで、グレンも完全に沈黙する。当初、レアが影武者(パペット)である可能性をグレンは考慮していたが、今のグレンの中では別の懸念が広がりつつある。

(影武者ならばまだ良い。だが……、この姫様が「本物」なのだとしたら、その方がよほど厄介かもしれん。もし、「本物の姫様」がケネス達に洗脳されているのだとしたら……)

 グレンとしては、レアが自らの強い意思でヴァレフールを率いる気概を見せてくれることは望ましい話ではある。だが、彼女が聖印教会をあまりに蔑ろにする姿勢を取れば、国内の過激派の信徒が離反し、(イアン・シュペルターの実弟フランクのように)神聖トランガーヌへと亡命する者や、反乱を起こす者が現れかねない。ましてや、魔境を放置したまま神聖トランガーヌを相手に宣戦布告するようなことにでもなれば、国内は大荒れとなるだろう。
 グレン自身は決して過激派ではない。状況に応じて、エーラムとも折り合いをつけて共存していく必要性は分かった上で、一部の過激派が暴動を起こさないよう、国内の信徒達を統御する立場である。だからこそ、レアが自分達の方針に聞く耳を持たないようになる事態だけは避けなければならないと考えてた。
 しばらく沈黙が続く中、不意にチシャのタクトに何者かからの通信が届く。それに気付いたユイリィが、皆に向かって提案した。

「では、ここで少し、ご休憩にしましょう。控え室をご用意しております。そちらでお茶菓子などをどうぞ」
「そうだな。長話は老体には応える」

 「ケネス」はそう言って、席を立つ。くしくもそれは、テイタニアの騒動の会議の時の「本物のケネス」と同じ発言であった。
 一方、グレンもまた神妙な表情で立ち上がりつつ、「ケネス」に向かってこう言った。

「分かった。ただ、私としては休憩中にレア姫と直でお話しさせて頂く機会が欲しい。何ヶ月もそちらで姫様を独占していたのだ。それくらいは認めても良かろう?」

 グレンとしては、まずこのレアが本物かどうか、というところから、どうしても確かめておきたかったらしい。この申し出を受けて、レアが「ケネス」に対して黙って頷くと、「ケネス」もそれに同意する。

「まぁ、構わん。いくら次期国主とはいえ、貴殿から見れば一人の孫だ。それを邪魔するつもりはない。どのような立場であれ、家族は家族だからな」

 「ケネス」はそう答える。本音としては、ただでさえ明らかに無理をしているレアにこれ以上の負担は強いたくはなかったが、ここで彼女との接触を禁じれば、余計に不信感を抱かせることになるだろう。レア自身がグレンと戦う道を選んだ以上、ここは彼女を信じて任せるしかなかった。

3.2. 山岳街道の異変

 別室に移動したチシャが通信に応じると、魔法杖を通じて語りかけてきたのは、マーチ村に滞在中のヴェルナであった。

「お忙しいところ、申し訳ございません。どうしてもお伝えしたいことがありまして」
「はい、どうしました?」
「先刻、東方の街道から『暁の牙』を名乗る傭兵団が来訪し、そのままマーチを通り抜け、ケイへと向かいました」

 暁の牙とは大陸最強の呼び声高い傭兵団である。政治的にはあくまでも中立であり、金さえ払えばどんな勢力にも味方する。ブレトランドにおいては、約一年前の長城線の攻防ではヴァレフール側に味方してアントリア軍の将軍ハルク・スエードを討ち取ってる一方で(ブレトランドの英霊3)、グリース領ティスホーンでの武術大会に参加したり(ブレトランド八犬伝4)、アントリア領ラピスの混沌災害の鎮圧に協力したこともある(ブレトランド八犬伝8)。

「一応、この件に関してはケイの領主であるガスコイン様から、事前にラファエル様宛に『そのまま素通しするように』という書状が届いていたようなのですが、正直、その、彼等の様子が、色々と妙でした」
「と言いますと?」
「私は以前、暁の牙と同じ任務に随行したことがあったのですが、今回の指揮官もその時と同じウィルバート・ファーネスという若い邪紋使いでした。ただ、率いている兵の規模がその時とは全く違います。おそらく『暁の牙としての全軍』と同じか、それ以上の規模ではないかと」

 ヴェルナとウィルバートが過去に同じ任務に随行したのは、アントリア子爵ダン・ディオードによるコートウェルズへの出征の時である(ブレトランドの英霊4)。ウィルバートは指揮官としてはその時が初陣で、その時点で率いていたのはあくまでも傭兵団の中の一分隊にすぎなかったのだが、今回はその時よりも遥かに大軍勢な軍勢であるらしい。

「団長のヴォルミスではなく、彼のような末端の指揮官がこれほどまでの部隊を率いているのは、明らかに不自然です。更に言えば、私の見間違いでなければ、その陣営の中に、以前に私と彼と同じ任務に参加した、アントリア北部の警備隊長と思しき『不死の邪紋使い』の姿がありました。ですので、おそらくあの軍勢の大半は『暁の牙に偽装したアントリア兵』だと思われます」

 「暁の牙としての全軍よりも多い大軍勢」というのは、つまりはそういうことなのであろう、というのがヴェルナの推測である。だとすれば、そのような「アントリア軍と思しき大軍勢」がこのタイミングで山岳街道を通過し、そのままケイに向かおうとするのを、ガスコインが容認したのかが不可解である。

「ラファエル様としては、セシル様の父であるガスコイン様からの通達があった上に、今は病で伏せっておられることもあって、特に何も確認することなくそのままお通しするように命令を出しました。正規の契約魔法師ではない私としては、その進軍を止める権限はありません。しかし、正規の契約魔法師ではないからこそ、客観的な情報をお伝えすることも出来ます。ただ、ラファエル様もその話を聞いて気がかりな様子ではあったので、ひとまず、姉君であるあなたにお知らせした次第です」
「分かりました。ありがとうございます」

 チシャはそう言って、ひとまず通話を打ち切った上で、トオヤ、カーラ、「ケネス」の三人にこの旨を告げる。真っ先に反応したのは「ケネス」であった。ドルチェは先刻までの流れもあってか、完全に「ケネス」になりきった口調のまま、チシャに命令を下す。

「まずは事実確認だな。チシャ、まずはガスコインの契約魔法師に連絡を取れ」
「はい」

 チシャはそう言ってガスコインの契約魔法師であるロバート・ハルカスへの魔法杖通信を試みるが、反応が無かった。今日の時点で和平会談が開催されることは既に通達済みの筈である以上、同じケネス派の重鎮の側近として、何か相談事項などがあった時のために待機しているのが筋である。それが音信不通というのは、明らかに異常事態であろう。

「こちらとの通話を受け取る気がないのか、それとも、通話出来ないほどに追い詰められた状態なのか……」

 チシャはそう呟く。前者だった場合、この一件はガスコインもしくはロバート個人による謀叛の可能性が高い。後者だった場合も、既にケイが危機的状況にあるのだとすれば、一刻の猶予もならない事態である。
 ひとまずチシャは、アキレスにいるケネス(本物)の連絡用の契約魔法師に連絡して、今のこの事態について確認を取る。すると、ケネス(本物)曰く「そもそも暁の牙をガスコインが呼ぶという話自体を聞いていない」とのことであった。謀反であるにせよ、そうでないにせよ、これは明らかに由々しき事態である。その上で、カナハとケイの間に位置するレレイスホトの村の領主の契約魔法師にもアキレス経由で連絡を試みたが、こちらも音信不通の状態であった。なお、レレイスホトの領主はガスコインの従属君主である。
 この状況を踏まえた上で、今度はトオヤがカーラに声をかける。

「カーラ、兵士達をすぐにこちらに連れて来てくれ!」
「はい!」

 カーラは先程のグレンの語る「聖印教会側としての主張」を散々聞かされたことで、投影体として心にグサグサと傷を受けていたが、トオヤから「仕事」を与えられたことで、改めてキリッとした顔に戻り、走り出して行く。その途上、グレン側の侍従にもこのことを伝えて、協力を要請することにした。
 一方、カーラが去った後のトオヤは、ひとまず現状を改めて頭の中で整理してみる。

「明らかに状況がおかしい」

 それがトオヤの率直な実感であった。仮に暁の牙がアントリア軍だった場合、ガスコインがマーチ通過を許可した理由も不可解だが、それ以前にグリースの保護領であるトーキーをどうやって通過したのか、という謎もある。グリース側があえて通行を許可したのか、既に攻め滅ぼされているのか、あるいは抵抗を諦めて許可せざるを得なかったのか、様々な可能性が考えられる。
 グリースに関しては未だに謎が多い国であるが、これまではどちらかと言えば「ヴァレフール寄り」の姿勢を示していたし、幻想詩連合に加盟申請したこともある(結局、その申請は保留にされたままだが)。ただ、一方でグリースの筆頭魔法師のヒュースはアントリアの次席魔法師クリスティーナと同門のため、アントリアとの開戦を望んでいないという話もあり、これまでヴァレフールとアントリアの対立に対しては微妙な立ち位置を保ってきた。そんなグリースからの「留学生」として子爵の妹ルルシェがケイに滞在している状態で、このような事態が起きているという状況が、トオヤにはどうにも不自然に思えたのである。
 なお、その「暁の牙と名乗る集団」を率いてるウィルバートという部隊長とは、実はトオヤは修行時代に面識がある。当時の彼は良くも悪くもまっすぐな武人だったが、現在の彼が当時のままの性格なのかどうかは分からないし、そもそも実際に会ってみないことには、その部隊長が本当にウィルバート本人なのかどうかも分からない。
 一方、その傍らにいたチシャは、自身の予言の中に現れた「陽動」という言葉の意味について改めて考えていた。

「『暁の牙』が陽動なのか、それとも……?」

 判断に悩みつつ、ひとまず長城線のオデットに連絡を取ってみることにした。すると、こちらは無事に通信が届く。

「こちらは異常はないです。ただ、いつものことと言えばいつものことですが、クワイエットのアントリア軍は、いつ攻めてきてもおかしくない雰囲気です」

 逆に言えば、それはクワイエットのアントリア軍はマーチ方面には向かっていないらしい、ということでもある。実際、ヴェルナの話によると、暁の牙の中に混ざっていたアントリア軍の将の一人は北方の港町の警備隊長だったらしいので、常に長城線を脅かしている南東方面軍とは別の軍閥を中心とする兵団である可能性が高そうである。
 ひとまずチシャはオデットにも情報共有のためにヴェルナの話をそのまま伝えた。

「暁の牙ですか……。そういうことなら、お姉様とも相談してみます」

 オデットはそう言い残した上で、ひとまず通信を切る。彼女の中では、チシャとはまた別の意味で「嫌な予感」が広がりつつあった。

(暁の牙が動いているということは、また「あの人」が何かを企んでいる可能性もある……、いや、でも、さすがに同じ手を二度使うことはないか……?)

 日頃から後ろ暗い秘密を隠している者は、他人に対しても必要以上に疑心暗鬼になりやすい。それは魔法師として良し悪しだが、今はひとまず邪念を捨て去り、あるがままの報告をオルガに伝えることにしたのであった。

3.3. 邪視する者

 トオヤの命令通りにカーラがタイフォンの主力部隊を集めて領主の館へと向かおうとした時点で、北方の平原を監視していたカナハの兵士から報告が届いた。

「謎の魔物兵団が出現しました。救援をお願いします」

 おそらくはヘリオンクラウドであろう。どうやら、ほぼチシャの予測通りにカナハの北部の地点に出現したようである。現状はマイリィとフリックに率いられたカナハの守備隊が全力で対応しているらしいが、彼等はいずれも「守り」には強いものの、敵を殲滅出来るだけの力はない。そして、それはグレンが連れてきたマルチナやベルカイルも同様である。
 これは一刻も早く現地に向かわなければならないと判断したカーラは、ひとまず兵の一人にトオヤへの伝令を頼んだ上で、自らはそのままタイフォン軍を率いて北方へと向かう。
 そのカーラからの伝令が領主の館に到着した時点で、館の主であるユイリィは既にマイリィとフリックを支援するために出陣した後であり、「ケネス」とグレンが対応策を講じようとしていたところであった。その報告を受けたトオヤは、判断に迷った上で、チシャにこう告げる。

「すまない。俺はこの館に残ってもいいか?」

 チシャの予言の中に「陽動」という言葉があった以上、北方に出現したヘリオンクラウドと思しき集団とは別に「本隊」が存在する可能性がある。その場合、レア(あるいは「ケネス」やグレン)への刺客を別方面から送られるかもしれないと判断した上での配慮であった。どちらにしても、 ドルチェは「ケネス」の姿のままではその力を発揮しきれないし、この局面で「ケネス」が不在になるのも不自然なので、彼女はここから動くことは出来ない。ならば、レアとドルチェを守るためにもこの場に残りたいというのがトオヤの考えであった。

「分かりました。では、私が向かいます」

 チシャがそう言って、ワイバーンに乗って村の北方へと向かうと、そこに広がっていたのは、不気味な異形の集団を相手にカナハ軍が必死で防戦を続けている光景であった。そこに、カーラが率いるアキレス・タイフォン軍と、マルチナおよびベルカイルが率いるイカロス・ダイオード軍が加わるが、そんな彼等に対し、異形の集団の奥から、無数の目を持つ不気味な龍のような形状の巨大な魔物が現れた。それは、チシャが以前に魔物図鑑で見たことがあるヘリオンクラウドの長・イヴィルゲイザーの姿そのものであった(下図)。


「これはなかなか狩り甲斐のありそうな獲物達だのう。たまには人間の言うことを聞いてみるものだ」

 イヴィルゲイザーと思しき魔物は、どこから発しているのか分からない声で、そう呟く。どうやらこの魔物は「何者か」に促されてこの地に出現したらしい。それが誰なのかは不明だが、少なくとも「ただの周期的な混沌の収束による出現」ではないようである。
 これに対して、チシャはカーラ達と合流した上で、ヘリオンクラウドによる村への攻撃を防ぐ役割を他の部隊に任せつつ、イヴィルゲイザーを中心とする「ヘリオンクラウドの本隊」に対峙することにした。今この場にいる者達はいずれも防御特化型の能力者ばかりのため、イヴィルゲイザーを倒せる可能性があるのは、チシャとカーラくらいしかいなかったのである。
 まず、チシャが先制でイヴィルゲイザーとその周辺の魔物達に対して全力でジャック・オー・ランタンを特攻させるが、イヴィルゲイザーはその一撃を受けても全く怯むことなく、反撃の火炎攻撃をチシャに向かって浴びせかける。チシャは即座にオルトロスを召喚してその身を庇いつつ、エーラムから支給されていた「身代わりの魔石」も使ってどうにか耐えるが、彼女を乗せていたワイバーンの方が重症を負ってしまう。
 その直後に、今度はカーラが敵の本陣に斬り掛かり、自らの本体を巨大化した上で、一気に真横に薙ぎ払うように衝撃波を放ち、手負いのワイバーンも突風を巻き起こして魔物達に襲いかかる。この結果、直前のジャック・オー・ランタンの特攻で疲弊していたイヴィルゲイザーの両脇の部隊は崩壊するが、イヴィルゲイザーはまだ倒れる気配がない。そして、ヘリオンクラウドの魔物達の反撃を受けたカーラ隊の兵士が次々と倒れ、ワイバーンも徐々に追い詰められていく。
 ここでチシャとカーラを更に絶望させる光景が、二人の目の前で展開された。イヴィルゲイザーの身体に刻まれた傷が、驚異的な速度で回復し始めていたのである。短期決戦で勝負をつけようとしていた二人は、この時点で完全に勝機がないことを痛感する。

「ダメだ……、チシャお嬢、ここは撤退しよう!」
「仕方ないですね……。一旦引いて、トオヤ達と合流しましょう」

 チシャはサラマンダーを召喚して防壁を作り、再びオルトロスを瞬間召喚して敵の追撃に耐えつつ、既に疲労困憊のワイバーンに乗ったまま、カーラと共に戦場から離脱して、領主の館へと向かう。これまで幾多の敵を薙ぎ払ってきた二人であったが、トオヤ・ドルチェ不在で、長期的な戦線を維持することは出来ないこの状況では、あまりにも分が悪すぎる相手であった。

3.4. 突然の訪問者

 その頃、主であるユーフィー不在のまま領主の館の会議室では、グレン、「ケネス」、トオヤ、レアの四人の間では、微妙な不協和音が広がっていた。
 グレンが訝しげな視線を「ケネス」に向けつつ、「この状況」について問い質す。

「貴殿がまた何か変な策を弄した訳ではないのだな?」
「そう見えるか? この状況でも」

 「ケネス」は不機嫌そうな声でそう答える。確かに、和平会談の最中に魔物集団が出現するという状況は、偶然にしては出来過ぎである。何者かの陰謀がその背後にあると考えるのが自然であろう。問題は、それが「誰の陰謀なのか?」ということである。グレンは険しい表情のまま話を続ける。

「あらゆる可能性は排除出来ん。それは貴殿も同じ考えであろう?」
「確かに、お主の策という可能性も考えられない訳ではない。だが、今はお主と手を結ばねばならないと考えている。同じ程度の信頼は求めたい。全面的に信頼しろとは言わんがな」

 「ケネス」としてドルチェはそう答えながらも、これまでのケネスのやってきたことを考えれば、グレンがこのような疑いを持つのも当然だろうという思いはある。それは傍で黙って聞いていたトオヤも同様であった。
 一方、先刻までグレンと一対一で会談していたレアは、必死で緊張感を保ちつつも、明らかに疲れた様子で奥の椅子に鎮座していた。グレンから何を聞かれていたのかは分からないが、表向きグレンの様子は前と変わっていないため、どうやら核心に迫るような話に至る前に、ヘリオンクラウドの出現を知らせる伝令が届いたようである。
 そんな中、新たな伝令兵が四人の元に現れた。

「ケイの領主ガスコイン卿の契約魔法師ロバート様が、早馬で到着なされました」

 チシャからの魔法杖通信への返事が無かったロバートが、まさか自らこの地を訪れるとは考えていなかったので、トオヤも「ケネス」も驚いて顔を見合わせる。ただ、つい先刻まで全力で馬を走らせていたのだとすれば、魔法杖通信に気付かなかったとしても、それはやむを得ぬことなのかもしれない。
 本来、ここでロバートへの対応を決定する権利を持つユイリィが不在だったため、「ケネス」とグレンが直接話を聞くために、ロバートをそのまま領主の館の会議室まで招き入れるように伝令兵に伝える。ほどなくして四人の前に現れたロバートは、早馬で訪れたにしては存外落ち着いた様子であった。

「ケイで何があった?」

 「ケネス」にそう問われたロバートは、一瞬、怪訝そうな顔を浮かべる。

「『ケイで何かがあった』ということを、既にご存知なのですか?」

 そう言いながら、ロバートは周囲を見渡しつつ、「この場に誰がいるのか」を確認した上で、話を続けた。

「少々、当初の予定とは異なっているようですが、致し方ないでしょう。ここに『あなた方二人』がいれば問題ない」

 彼は覚悟を決めた表情を浮かべながら、「ケネス」とグレンに対して、改めて滔々とした口調で語り始めた。

「我が主ガスコイン・チェンバレンは、ヴァレフール伯爵領からの独立を宣言致します」

 その言葉に四人が目を見開いて驚愕の表情を浮かべる中、ロバートはそのまま語り続ける。

「これまでケネス殿に我等は付き従っていた。しかし、ケネス殿がパンドラと繋がっていることが明白となった以上、もはやこの国には未来はない。我等は聖印教会にもパンドラにも屈せず、人としてあるべき道を行く。そのために、あなた方にはここで消えてもらいます。私と共に」

 そう言うと同時に、彼の身体の内側から、彼の外皮を切り裂いて「巨大な悪魔のような何か」が現れる。この場にいる者では誰もそれが何者なのかは分からないが、ロバートは召喚魔法師であるため、おそらくは特殊な形でアビス界かディアボロス界の悪魔を、自らの身体を触媒として特殊召喚したのであろう。
 突然の怪奇現象に皆が言葉を失っている中、その悪魔は手前にいた「ケネス」に対して謎の火炎攻撃を放つ。

(邪紋の力を使えないのは、さすがに厳しいな)

 「ケネス」は内心そう思いながらも、絶妙な足捌きで素早くその火炎をかわす。その動きは、どう見ても「初老の知性派老人」の反応力ではない。

「避けた!?」

 グレンは勿論のこと、さすがにトオヤも驚く(一方で、レアだけは「彼女なら、邪紋を使わなくてもそれくらい出来る」と信じていたようである)。その直後、グレンはレアを守るように彼女の前に立ちはだかり、聖印の力でレアの身を守る。そしてトオヤもまた、光の盾を作り出して最前線に立ちつつ、悪魔に向かって言い放つ。

「パンドラに通じていることを否定しながら、貴様自身が魔道に堕ちたのか!?」

 悪魔はその言葉を意に介せず、再び「ケネス」を狙うが、先刻の火炎攻撃を避けられたことで動揺したのか、動きにキレがなく、またしても「ケネス」はあっさりと避ける。

(これ、このまま避け続けると正体がバレるか?)

 ドルチェはそう思いつつ、その次の相手の火炎攻撃に対しては、死なない程度にあえてその攻撃を身体で受けようとするが、今度はそこにトオヤが割って入り、その鉄壁の防御力で守りきる。一方で、ドルチェは「ケネス」の姿でいる限りは本来の攻撃力を出来ず、トオヤは防御能力、グレンとレアは回復能力に特化した君主のため、この状況では反転攻勢に出ることは出来ない(なお、仮にこの場にいるのが本当のケネスだったとしても、彼の聖印は「友軍支援」に特化された能力のため、どちらにしてもこの戦場では役には立たない)。
 そんな硬直した戦況がしばらく続いた後、やがて窓の外から、ワイバーンに乗ったチシャとカーラの姿が見える。「ケネス」は、相手の戦意を喪失させるために、あえて「勝利を確信したような口調」で呟く。

「来たか」

 長年、権力者の影武者を続けてきたが故のそのハッタリは、見事に悪魔の心に突き刺さる。だが、結果的にそれは最悪の引き金を引くことになった。それまで無言で「ケネス」達を襲っていた悪魔は、不気味な声で語り始める。

「ならば仕方がない。どのみち私は生きて帰るつもりもなかった……。レア姫を巻き込むのは不本意だが、ここで全てを終わらせる」

 どうやらこの「悪魔」は、姿は異形の存在と化しながらも、心はまだロバートのままだったらしい。彼はそう言い終えると同時に、自らの内側の混沌核を文字通りに爆発させ、自分を中心とした周囲の者達全員を地獄の業火が包み込む。トオヤが咄嗟に持てる聖印の力を全て注ぎ込んで光の巨大な壁を発生させることでその威力を押さえ込みつつ、「ケネス」も邪紋の力を用いてかわしつつ、レアの身を守る。
 結果、四人ともその業火をどうにか生き延びた。そして悪魔自身は跡形もなく燃え尽き、その遺体すらも完全に消失していたのであった。

4.1. 副団長の慧眼

 立て続けに発生する異常事態に皆が呆然としている中、グレンは改めて「ケネス」を問い質す。

「ケネス、こうなった以上、知っていることを全て話してもらおうか」
「あぁ」
「まず、貴殿は何者だ?」

 どうやら、さすがに数十年前からケネスのことを知っているグレンの目はごまかしきれなかったらしい。

「あそこまでの身体能力は、貴殿にはなかった筈。まさか貴殿までもが、何か『良からぬ力』に手を染めたか?」
「グレン……、貴様だけは最後まで謀るつもりだったんだがな……。いいだろう。民の安寧のためには、ここで明かさざるを得ない。おそらくケネス殿もその想いは同じ。やること為すこと食えぬ人ではあったが……」

 そう言いつつ、グレンにとっては一番分かりやすいであろう「パペット」の姿に戻る。

「やぁ、お久しぶりだね、グレンのお爺さん」
「なるほど、そういうことか……。まさか貴様がそちら側に寝返っていたとはな」
「寝返る? 何のことさ? 僕は最初から君達の部下だなんて思ったことは一度もない。僕はレア・インサルンド様の忠実なる影武者さ」
「つまり貴様がここにいるのはケネスではなく、姫様の意志ということか?」
「そうだね。少なくとも、姫様を謀るつもりは無いからね。姫様がダメといえばこんなことは出来ないさ」

 そんな二人のやりとりに対して、レアが割って入る。

「そうです。色々複雑な経緯はありますが、『彼女』は私のために、今回の危険で困難な『ケネスの影武者』という任務を担当してもらいました」
「では、本物のケネスは?」

 当然のごとくグレンがそう問いかけたのに対し、レアは(答えられる範囲で)正直に答える。

「彼は今、体調を崩しています。今回の件に関してはトオヤに任せるという決断に基づいた上で、彼女に影武者を任せました」
「あやつがそこまでトオヤ殿のことを信用しているとはな。だが、まだその話を全て信用するには足りない」

 それに対して、再びパペットが口を開く。

「何が足りないんだい?」
「都合が良すぎる。この状況、ケネスにしてみれば、自分の身代わりを送り込むことで、ガスコインと共謀して私を殺そうとしたように見えなくもない。少なくとも、その可能性を否定しない者は多いだろう」
「はたから見れば、そうだろうね」
「だが、それはいい。百歩譲ってそれはいいとしよう。今問題なのは、こやつの方だ」

 そう言いながら、グレンは爆散した魔法師の立っていた跡地に視線を移す。

「これはどういうことだ?」

 パペットもレアもどう答えれば良いのか分からない中、今度はトオヤが対応する。

「私達にも分かっていません。今分かっていることは、ガスコイン殿が『あなた方』を暗殺しようとしたことだけでしょう」

 あのロバートが偽物という可能性も無いわけでは無いが、マーチの状況と照らし合わせて考えても、ガスコインがヴァレフールに対して敵意を抱いている可能性は極めて高い。そして、ガスコインはもともと聖印教会嫌いで知られていたからこそ、これまでケネス派の一角を担っていたのだが、もしケネスのパンドラとの癒着説を彼が信じたとすれば、この国に絶望して独立宣言に至ったとしてもおかしくはない。

(問題は、何を根拠にその噂を信じるに至ったのか……)

 ケネスが楽園派や新世界派と裏で密約を結んでいることを知っている者は、ケネスの側近達の中にも殆どいない筈であり、おそらくはガスコインにも知らされていない。誰かがその情報を漏洩したのか、あるいは、何らかの特殊な方法でその情報に辿り着くに至ったのか。
 未だ困惑した空気が広がる中、カーラとチシャも領主の館の会議室に辿り着く。

「救援を頼みに来たんだけど……、それどころじゃない?」

 半壊した会議室の中で、負傷した様子のトオヤ達を目の前にしてカーラがそう問いかけると、トオヤは落ち着きながら答える。

「ひとまず、姫様を守ることは出来た……。チシャ、大丈夫か?」
「どうにか……」

 チシャはそう答えるものの、少なくとも見た目には彼女が一番疲弊している。ひとまずカーラとチシャから話を聞いたトオヤと(パペットから姿を戻した)ドルチェは北部戦線に向かったが、彼等が到着する前に、ヘリオンクラウドは更に北の方角へと退いていったらしい。チシャとカーラの特攻によって主力部隊に大きな被害が出た上に、その後でマイリィ、フリック、マルチナ、ベルカイルといった面々が完全に防御に徹して戦線が膠着したことで、決め手を欠いた彼等は撤退を決意したようである。

4.2. 決意の暴露

 ひとまずは「脅威」が去ったことを確認した時点で、レアはユイリィによってあてがわれた客室に、トオヤ達四人を集める。室内にいる者達が「身内」だけになったことで、レアは一気に脱力した表情を浮かべながら語り始めた。

「色々想定外ではあったけど、仕方なかったわね」

 まだ色々と状況が整理出来てない状態の中でレアがそう呟くと、ドルチェは申し訳なさそうな顔で答えた。

「すまない、騙し切ることは出来なかった」
「それはやむを得ないわ。もともと無理のある話だったし。結果的にあなたが敵の目を惹きつけてくれたおかげで、私もお爺様も助かったわ」

 実際、あの悪魔は「ひたすら避け続けるケネス」に困惑して、もう一人の殺害対象であったと思しきグレンまで相手にする余力がなかった。最後の発言から察するに、レアを殺すつもりはなかったようだが、あの状況で悪魔がグレンを攻撃しようとすれば、レアが巻き込まれていた可能性はにある。
 レアはトオヤ達に、先刻の休憩時間にグレンに聞かれていたことを説明する。「そもそも今までどこにいたのか?」「どういう経緯があって今の考えに至ったのか?」「ケネス達に変なことを吹き込まれたのではないか?」「サンドルミア時代の交友関係についても疑われる」「何か変な思想に取り憑かれてないか?」そんなことを散々質問されたらしい。答えられるところまでは答え、答えられないところはごまかしつつ、どうにか乗り切ったものの、少なくともグレンには、自分が本物であることは伝わっていた様子であり、今後も自分の即位を支持し続けるという言質を得るには至ったらしい。
 そのことを踏まえた上で、レアはトオヤに問いかけた。

「あなたはさっき、相手がパンドラであっても、問答無用で即討伐対象とはしないと言ってたけど、あれは本当にあなたの本音なの?」
「あぁ。だって、無理に戦いはすべきではないだろう」
「じゃあ、それを信じて私も本当のことを言うわ。ここに来るまでの間に私が匿われていた場所は、さっき『魔境』と呼ばれていたあの島よ」

 その発言に対し、トオヤは驚き、カーラとドルチェは納得したような表情を浮かべ、既に察していたチシャは黙ってそのまま話を聞き続ける。

「あの島は、パンドラ楽園派と呼ばれる人々によって作られた島……」

 レアがそこまで言ったところで、ドルチェが口を挟んだ。

「そのことは知っている。君がそこにいたというのは初耳だったがね」

 一方、トオヤはここで「彼女」のことを思い出す。

「ということは、ウチでいつもダラダラ寝ているあいつは……」
「彼女もその一員よ。彼女と、この間一緒に来ていたモルガナやエイトのおかげで、私は今もこうして生きていられている。あの三人のおかげで私は自分の正体を知り、あの三人のおかげで私は記憶を取り戻せた」

 レアにとっては、それはあまりにも大きすぎる恩義であり、当時の記憶は、本来の人格を取り戻した今も確かに彼女の中に残っている。

「パンドラの中にも色々いる、とあなたは言ったけど、それは本当にその通り。ドギが新世界派の首領に身体を乗っ取られていると聞いて、私も愕然としたわ。ケネスとの間で裏取引があったことについて、あなた達が納得していないのも当然だし、私も納得はしていない。ただ、現実問題として、新世界派の助力がなければ、あの島を作ることは出来なかったらしいの。だから、ドギを攫った新世界派と、私を助けてくれた楽園派は、決して無関係とは言えない。あの島がなければ、私はそもそも命があったかどうかも分からないんだから」

 つまり、レアにしてみれば、間接的に新世界派のおかげで今の自分がいると言われても否定は出来ない。無論、だからと言ってそれは新世界派を認めることには直結しないのであるが。

「だから、お爺様や、あのガスコインの契約魔法師のように、本気でパンドラを倒さなければならないと考えているのであれば、少なくとも今の私の考えとは、いずれどこかで対立する。もちろん、それは皆も同じ。この話を聞いた上で、まだ私がヴァレフールを継いでもいいと思う? 私としては、ヴァレフールを継いだ上で、戦うべきパンドラとは戦う、協力できるパンドラとは協力する、という立場でいきたい」

 レアとしては、もうしばらくこの件については黙っておきたかった。だが、さすがにこの状況において、トオヤ達にまで黙っていることは出来ないと判断したようである。たとえそれで自分が彼等に見限られても、それはそれで仕方がないと覚悟した上で、彼女は初めて本音を曝け出すに至った。
 それに対して、最初に答えたのはカーラであった。

「協力というか、そこはせめて許容と言ってほしいんだけれども……」

 カーラとしては、まだそこは完全には割り切れないらしい。ウチシュマのことを「神様」としてひとまず崇めてはいるものの、これまでの諸々の経緯もあって、「組織としてのパンドラ」に「協力」するという発言は、さすがに抵抗があるらしい。
 とはいえ、ウチシュマ達と同様、投影体の血を引くカーラとしては、グレンのような「魔境もパンドラも全て討伐しなければならない」という主張よりは、レアの思想の方に強く共感していた。むしろ、聖印教会の中では穏健派と言われているグレンですら魔境やパンドラに対しては強硬な姿勢を示しているという事実を目の当たりにして、「これはパンドラに行きたがる人達がいるのも分かるわ」という気持ちになっていたカーラにしてみれば、次期国主候補のレアがこのような姿勢を示してくれたことは、せめてもの救いであった。

「そうね……。ただ、少なくとも、彼等の中は一枚岩ではない筈。交渉次第では切り崩すことも出来るとは思う。そのために、私は自分の生まれた血筋と立場を利用したい。もちろん、これから引き継ぐ予定のお父様の聖印も。実質、お父様の命を奪ってこの命と聖印を手に入れる覚悟を決めた以上、もう私は後戻りをする気はない」

 自分でも、かなり過激な発言をしていることは自覚している。少なくとも、この「本音」をグレン達に伝えれば、彼等は間違いなく自分を見限るだろう。血縁だけで(彼等にとっての)危険思想家を後継者に据えるような暗愚な祖父ではないことは、レアが一番よく分かっている。
 その悲壮な覚悟をあえて暴露したレアに対し、今度はドルチェが口を開く。

「君はそういう人だよね。知ってたさ。そうでなければ、君のお父様とお爺様が実権を握るあの宮廷で、邪紋を宿す僕にただ一人手を差し伸べてくれるようなことはなかっただろう」
「手を差し伸べるも何も、あなたはずっと私を助け続けてくれた。そうでしょう? あなたがいなければ私も、こんな自由に振る舞うことは出来なかった」
「やれやれ。まぁ、無茶してくれるのは嬉しいけどね」

 その方が影武者としてもやり甲斐がある、とでも言いたいのだろうか。不敵な笑みを浮かべてそう答えるドルチェに対し、レアもまた含みのある笑みを浮かべながら、トオヤに視線を向けつつ冗談めかした口調でドルチェにこう言った。

「恨みは消えた訳ではないけどね」
「おおっと、それは別問題だな。残念ながら、彼はくれてやる訳にはいかない」
「それはもういいわ。ただ、私はトオヤを捨ててヴァレフールを取ったのだから、その代わり、あなた達二人には頑張ってもらわなければならないと」

 実際には別にそういう訳ではなかった筈なのだが、彼女の中では(いつの間にか)そういうことになっていたらしい。

「でも、今の話を聞いた上で、あなたにもトオヤにも、私を見限る権利はあると思う。少なくとも、客観的に見て、ガスコインが言ってることが間違っているとは思わない。騎士団長がパンドラに通じていると聞いたら、この国を見捨てるのも無理はないわ」
「ま、だろうね」

 客観的にドルチェがそう答えたのに対し、トオヤは静かな怒りを乗せた語気で自論を語る。

「いいや、違う。ガスコインが選んだ方法は、絶対に間違っている。なぜなら、いくら考えが違うからと言って、相手を殺すことで自分の思い通りに進めようということは、絶対にやってはけないことだ、君主として、人として、それだけは言える」
「でもねトオヤ、今の話を踏まえた上で、ガスコインが私の考えを否定してこの国を壊そうとするのなら、私はガスコインを殺したいと思う。だから、その点では私も彼と同罪よ。彼の言うことに筋が通っているということは分かった上で、彼がパンドラをどうしても許容出来ないなら、彼を殺さなければならない」

 無論、レアとしても無闇に(今回のような)暗殺という手段に頼るつもりはない。だが、どうにもならないと思った時には、人としての道を踏み外してでも「最も被害が少なく済む方法」を選ぶ覚悟はある。それが自分の歩もうとしている覇道だということを、トオヤには分かっておいてほしかった。たとえそれを告げたことで、自分が見限られることになろうとも。
 だが、ここまで言い切ったところで、レアは自分の覚悟の中にまだ「甘さ」が残っていることに(誰から指摘された訳でもなく)自分で気付いてしまう。

「もちろん、私の行く道を阻もうとしているという意味では、私のお爺様も同じ。でも、正直なところ、私はまだお爺様までをも殺そうとは思えない。結局のところ、それはただの身内贔屓かもしれないけど……」

 自分の中にある全てのものを吐き出そうとした結果、自分でも何が言いたいのか分からなくなってきたレアに対し、トオヤは先刻とは打って変わって穏やかな口調で声をかける。

「グレン殿とのことは、今は無理に結論を出す必要はない。だから、今はそんなに自分を責めなくてもいい。ひとまず今起こっている問題について考えよう」
「そうね……」

 レアはそう呟きつつ、ひとまずチシャに、ヴァレフール各地の通信可能な魔法師達と可能な限り連絡を取るように依頼する。なお、チシャはもともと真相を知っていたからこそ、今更レアのこの方針に異論を唱えるつもりはサラサラない。ただ、自分の中で「パンドラの一員としての母親」に対して、どんな立ち位置で対応すべきかの決断は、まだ定まってはいなかった。

4.3. 叛逆者の主張

 チシャが幾人かの知人の契約魔法師に連絡をつけてみたところ、どうやら既にガスコインから、ヴァレフール全土に向けて「独立宣言」が(主に魔法杖通信を通じて)発表されていたらしい。
 その宣言によれば「ブラフォード湖を中心とするケイ、マーチ、レレイスホト、ダイモンの領主は、ヴァレフール伯爵領から離脱し、ガスコイン・チェンバレンを盟主とする『ブラフォード子爵領』の成立を宣言する」とのことである。ガスコインの本来の爵位は男爵の筈であり、この地の全君主の聖印を合わせたとしても、子爵には満たない筈である。ただ僭称しているだけなのか、密かにそこまで聖印を成長させていたのか、あるいは外部から「誰か」が提供したのか、今のところ真相は不明である。
 その上で、彼等は「グリース子爵領と相互援助条約を結んだ」と発表し、騎士団長ケネスと爵位後継者候補のレアがパンドラと内通しているという前提の上で、「聖印教会とパンドラに乗っ取られた今のヴァレフールには未来はない。ヴァレフールを離れて独立するというのであれば、共に手を携えて行こう」と、各地の領主に通告しているらしい。
 ケネスとパンドラの内通説に関しては、グレンが語っていた点に加えて、ゴーバンの失踪やドギの突然の体質改善にもパンドラが関わっているという憶測が語られており、今のレアもまた「パンドラに手を貸す異界の神」によって洗脳されていると彼等は語っていたらしい(なお、その神は現在、タイフォンの領主の館に祠を築かれて崇められているというのが彼等の説である)。
 ただ、レアの継承そのものの是非に関しては明言せず、「我々としてもケネス、グレン以外の者とは無駄に争う気はない。ヴァレフール伯爵位の継承者は、改めて民に認められた者が継げばいい」という曖昧な表現に留めつつ、ヴァレフールとアントリアの両国に対しては当面は中立の姿勢を示す一方で、神聖トランガーヌとだけは絶対に協力しないと断言している。つまりは「パンドラと聖印教会以外の全ての勢力と手を組む準備がある」ということらしい。
 ここまでの話を聞いた上で、ようやく現状がある程度までトオヤ達にも見えてきた。おそらく、セシル(ガスコインの息子)とルルシェ(グリース子爵ゲオルグの妹)は両国間での人質交換として互いの中心地に派遣されたのであろう。チシャとしては、この情報を提供してくれたヴェルナに感謝しつつ、おそらくは何も聞かされないままマーチに置き去りにされてしまった末弟ラファエルの安否が気になっていた(状況によっては、彼もまた人質として利用される可能性もある)。
 そんな中、ケネスの契約魔法師団の一人から、チシャに連絡があった。どうやらケネスの体調は回復したようで、今すぐカナハへ向かうとのことである。チシャはここまでの和平会談の状況や独立問題に関する情報を一通りケネスに伝えると、魔法杖を通じてケネスは「トオヤはどう考えている?」と問いかけてきた。

「まぁ、なんというか、色々とツケが回ってきたということですね」

 トオヤがそう答えたとチシャが伝えると、ケネスもまたチシャを通じてトオヤに自身の考えを伝える。

「その通りだ。儂の首が必要ということであれば、差し出してくれても構わん。もっともその場合、ヴァレフール騎士団の権威は地に堕ちるだろうがな」

 ケネスとしては、どちらにしても自分の命はいつでも投げ出す覚悟はある。一番効果的な形でその命を利用出来れば本望という覚悟ではあったが、当然、使いようによっては国家の威信が揺らぐことに繋がることも理解している以上、安易に投げ捨てることは出来ない。
 その覚悟をチシャを通じて聞かされたトオヤは、チシャを通じてこう返した。

「えぇ、ですから、俺はガスコインを説得しに行きます」

 それに対して、横からドルチェが口を挟む。

「ほう? その言い方だと、レア姫のように殺す気ではないのかい?」
「最初から対立に向かってはいけないだろう。なにせ俺は戦いには向いてない」
「君はそういう人だね」

 そんなやりとりをしている中、魔法杖の向こう側でケネスはこう答えていた。

「状況次第ではそれも一つの道と考えていいだろう。だが、問題は『暁の牙』だ。より正確に言えば『暁の牙を偽装したアントリア軍』とガスコイン達は、おそらく手を組んでいる。ガスコインは国内諸侯と交渉するつもりはあると言っているようだが、実際には交渉の席に着くふりをして、時間稼ぎをする気なのではないか?」

 チシャがその旨をトオヤに伝えるが、トオヤの方針は揺るがない。

「それは承知しています。しかし、少なくとも一度は話を聞いてみる必要があるでしょう」

 ドルチェも彼に同意する。

「アントリアと手を組んでるのは厄介な話だけど、ここで彼等の言い分を聞いておくことは、この一件が終わった後での国内調整という意味でも一つの手がかりにはなる」

 一方で、魔法杖の向こう側のケネスは「最悪の事態」を想定していた。

「だが、交渉を通じて時間稼ぎをされている間に、取り返しのつかないことになる可能性があるぞ。『暁の牙に偽装したアントリア軍』がブラフォード湖を超えて、裏側から長城線を襲撃するかもしれない。少なくとも、それを足止め出来る者が必要になるだろう。癪だがそれはグレンに頼むべきなのかもしれんな」

 その方針に対しては、トオヤ達も同意する。どちらにしても、この状況ではグレン派と争っている場合ではない。おそらくそれはグレン側も同じ見解だろう

「では、その方向で話をつけろ。繰り返すが、最悪、儂も首を差し出す覚悟はあるからな」

 そう言ってケネスは通信を打ち切った。確かに、ここでトオヤがケネスを「パンドラとの内通者」として処刑することは、八方丸く収めるための最善手かもしれない。実際、ケネスは殺されても文句が言えないだけの所業を重ねているとトオヤ達も思っているし、そのことは本人も自覚している。だが、それはトオヤにとって望ましい解決法ではなかった。それは、ケネスが血縁者だからではない。「誰かの命を奪うことによる解決」は、あくまでも彼にとって「どうしても他に選択肢がない時の最終手段」であり、それを避けるための道は可能な限り模索すべき、というのが彼の信条であった。

4.4. 南方からの援軍

 ケネスとの通信を終え、今後の方針について改めて確認しようとした時、チシャは館の窓の外から何か巨大な集団が近付いてくるのを感じる。そのことをトオヤ達に告げ、彼等が屋外に出ると、村の南方の山岳地帯の上空から「輸送用ペリュトン」に乗った兵団が近付いてくるのを発見する。先頭に立っているのは、オーバーハイムの領主レヴィアンと、その契約魔法師のロザンヌであった。どうやら、ロザンヌは浅葱の流派の召喚魔法も習得しているらしい。

「久しいね、レヴィアン・アトワイト」

 声が届きそうな距離まで近付いたところで、ドルチェが声をかけると、レヴィアンはペリュトンの鞍上から答える。

「今回の話し合いには参加するなと、爺様からは言われていたんだが、それどころでは無さそうだからな。今、こちらではどういう状況になっている?」

 それに対して、ドルチェは簡潔に現状を説明した上で、自分達の立場を率直に伝える。

「……という訳で、今、ここにいる騎士団長派の方針はトオヤに委ねられている。そしてトオヤの方針は『ガスコインに話を付けに行く』だ」
「なるほど」
「だが、そのためには人手が足りない」

 正確に言えば「トオヤがガスコインと対談している間に暁の牙を牽制する戦力」が不足している。ケネス達が到着するにはまだ時間がかかるであろうし、ヘリオンクラウドが再出現する可能性もある以上、この場にいるグレン派の戦力も迂闊には動かせない。
 レヴィアンはそこまでの話を理解した上で、根本的な問いを投げかける。

「まず、話が付けられる相手だと思っているのか?」
「少なくとも、彼はそう思っている」

 ドルチェがそう答えた横から、トオヤ自身が続けて答える。

「というよりも、付けなければならないだろう。これからのヴァレフールのために。ここで無理矢理、力で解決してはダメなんだ」

 そう力説するトオヤとは対照的に、ドルチェは肩をすくめながら冷ややかな口調で付言する。

「という訳だ。正直ね、今の彼は無茶苦茶を言ってると思うよ。でも、それが出来れば素敵だろう?」
「確かに。ここでヴァレフール内で争えば、最終的にはアントリアやグリースが得をすることになるのかもしれない。だから、話を付けられる目処があるなら、その方がいいだろう。だが、まずその前に敵の動きを止める必要がある。だから、まずは敵の全容を教えてくれ」

 レヴィアンがそう言ったのに対し、ドルチェは現状で把握している情報を全て伝えた。それに対し、今度はレヴィアンの傍にいたロザンヌが口を開く。

「なるほど。わたくしの予知魔法と概ね合っていたようですわね。そこまでの大軍とは予想外でしたが、そういうことなら、まずわたくし達はオーロラ村に向かいましょう。オーロラはもともと聖印教会寄りの土地。皆様よりもわたくし達の方が適任かと思います」

 現状、レヴィアンは(ロザンヌと契約したこともあって)聖印教会とは疎遠な状態なのだが、それでもグレンの血縁者という肩書きは大きい。もっとも、現在のオーロラの領主であるゲンドルフ自身は聖印教会の信者ではないので、どちらにしてもあまり影響はないのかもしれないが。
 いずれにせよ、ここで彼等が加勢に来てくれたのは、トオヤ達にしてみればまさしく「渡りに船」である。ドルチェは素直にレヴィアンに感謝の意を示す。

「本当に君は話が早くて助かるね。君達の活躍を祈っているよ。出来れば、君が副団長になることに誰も異論を挟まなくなるくらい大活躍してくれると嬉しい」
「副団長か……。それは、そこの彼が団長になるという前提の上での話かい?」

 レヴィアンに視線を向けられたトオヤは、堂々とした態度で答える。

「あぁ。俺は誰よりも先頭に立って、姫様を守り、ヴァレフールを守り続けるために、俺は騎士団長になる。その覚悟はもう決めている」

 それに対してレヴィアンはやや複雑な表情を浮かべる。

「確かに、今の時点での戦績・功績に関しては、私は貴殿に及ばないだろう。だが、私にも『その志』はあるということは伝えておく。まず今は、その北の脅威を止めるために、お互いに出来ることをやろう」

 そう言い残して、彼等は北方へ向けて飛び去って行った。それとほぼ時を同じくして、途中からその様子を見ていたと思しきグレンがトオヤ達の前に現れる。

「まったく、若い者達が勝手に動きおって……。だが、もう『潮時』なのかもしれんな」

 苦笑を浮かべつつそう呟く副団長に対して、トオヤは声をかける。

「ですが、俺達には力と勢いはありますが、いささか経験などが足りない。そういう時こそ、あなた達の助言が必要になるのでは?」
「その助言を聞く耳があれば、の話だがな」
「僕にはあるつもりなのですが」

 そんなやりとりに対して、横からドルチェが横槍を入れる。

「よく言うよ。今から君は何をしに行こうとしている?」
「君主として当たり前のことだよ」

 トオヤのその言い方から、この点に関しては譲るつもりがないことは伺える。その様子をグレンに見せつけた上で、ドルチェは諦めたような口調でグレンに語りかける。

「そういうことだ、グレンの爺さん。これも一つの若さってことで、大目に見てくれると助かる」
「……そうだな」

 こうして、トオヤ達はヘリオンクラウドへの対応をグレン達に任せた上で、ひとまずケイへと向かうことを決意する。はっきりとヴァレフールに叛旗を翻した者達を相手に、どこまでの交渉が可能なのかは分からないが、話し合う前から諦める訳にはいかない。それが、トオヤの掲げる君主道であった。

4.5. 替え玉

「もしもし、ゲオルグ様。お元気ですか? どうです、このスマホ? 最近になってOSがアップデートされたみたいで、まだ私も新しい機能とかよく分かってないんですけどね。というか、異世界でもちゃんとアップデートされるんですね。混沌って凄いですよね。あ、ゲオルグ様、混沌嫌いでしたね。すみません。でも、混沌のことは嫌いでもいいですけど、私のことは嫌いにならないで下さいね。まぁ、それはともかく、この世界でこのスマホを持ってるのは私とゲオルグ様だけですし、私とゲオルグ様の心のホットラインとして機能してくれさえすればいいから、別にそんなにややこしい機能とかなくてもいいんですけどね。……えぇ、私の方は全く問題ないですよ。ケイの人達は皆、優しくしてくれてます。KX-5も、いつもとは違う人達を相手に演奏するのは楽しいみたいで、生き生きしてます。この街の人達は、SFCさんのおかげで『ヘンなオルガノン』にも免疫があるみたいです。てか、私もSFCさんには会ってみたかったんですけどね。いや、お父さんが持ってたんですよ。私も子供の頃にお父さんが持ってたスーファミでF-ZEROとかストIIとか色々やってましたし。お父さんは、アクトレイザーが好きとか言ってましたけど、正直私はよく分からなかったというか、そういえばSFCさんって、どんなソフトが入ってるんですか? ……あ、まぁ、そうですよね、忙しくて遊んでる暇なんて無いですよね、すみません。とりあえず、もうすぐ『暁の牙』の人達も到着するみたいです。例の自爆テロは失敗しちゃったみたいですけど、それはそれでマーシーさんの想定の範囲内みたいですし、問題ないですよね。……はい、大丈夫ですよ。誰も気付いてません。だって、私とルルシェさんは『同じ人間』なんですから、バレる訳ないですよ。ミラージュとかポリモルフとかサイレントイメージとか、そんなチャチな偽物達とは違いますから。ある意味、私は『本物の替え玉』なんですから。だから、ゲオルグ様も私のことをルルシェさんと同じように愛して頂いて構わないんですよ。この世界の倫理的にも、私に手を出すのは問題ないですよね? ……あ、いや、ごめんなさい。今はまだフラグ立ってなかったんですね。ありもしないコマンドを選んでしまって、すみません。何はともあれ、私のことは心配しなくても大丈夫ですから、安心して計画通りに進めて下さい。危なくなったら、私はいつでも自力で逃げ出せますから。いやー、そりゃまぁ、本音としては、ゲオルグ様に助け出されたい気持ちもあるんですけどねー。でもまぁ、首ナイフ問題とか、この世界でどういう処理になるのか、よく分からないですし。とりあえず、ご迷惑はかけません。ルルシェさんの評判を落とすようなコトも絶対にしないので、ルルシェさんにもよろしくお伝え下さい」

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最終更新:2018年04月30日 16:42