中立一元論


中立一元論(英:Neutral monism)とは、心身問題についての考え方のひとつで、心的だとか物理的だとかいうものは、ある一つの実体、または出来事の、二つの性質のことだとする理論である。性質二元論はほぼ同じ立場である。

中立一元論は物質的なものと心的なものが実在するとする実体二元論と対立する。また存在論的には一元論であるが、物理的なものだけが存在するとする物理主義や、心的なものだけが存在するという唯心論と対立しつつ、その両者の中間的位置を取る。バートランド・ラッセル、ウィリアム・ジェイムズ、ピーター・ストローソンがこの立場である。デイヴィッド・チャーマーズの自然主義的二元論は中立一元論の一種である。スピノザは汎神論的な一元論者であるが、心身問題に関しては中立一元論といえる。

中立一元論は、心的なものについての説明が困難な物理主義の欠点と、物理的なものの実在性と対立している観念論の欠点を、それぞれ回避しているという点で支持する者が多い理論である。

しかし現代の物理主義者は物理領域の因果的閉包性を前提に、中立一元論者がいう「性質としての心」も、因果的に排除可能だと論じており、心的因果を擁護できるか、また因果的提灯や現象判断のパラドクスを回避できるかが課題となる。

中立一元論のバリエーションの一つであるトロープ説では、心的性質と物理的性質はコインの表裏のように不可分なものとして心的因果を擁護しようとするが、しかしその不可分性の強調は、心的性質の物理的性質への依存に過ぎないと物理主義者は批判している。


  • 参考文献
S・プリースト『心と身体の哲学』河野哲也・安藤道夫・木原弘行・真船えり・室田憲司 訳 1999年
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