現象


現象(英:phainomenon)とは、人間の意識に「現れ」るもののことである。人間によって知覚・理解される全てのものごとは現象である。対義語は「本質」または「実在」。

人間は実在を理解することは不可能であり、現象のみを理解できるのだから、実在を想定することは無意味だとする立場が現象主義である。

現象は外的知覚による物的現象と内観による心的現象とが区別される。「表象」や「クオリア」、また「観念」や「思惟」と呼ばれるものは、全て現象の一種といえるものであり、その現れ方や性質によって分類されているにすぎない。

現象に対する立場には以下のようにいくつかの立場がある。

(1)現象をもたらす普遍的実体があることを想定する観念論的立場。プラトン、プロチノス、J.ヘルバルト、R.ロッツェなどに代表される。

(2) 現象界を叡智界から区別し、現象をもたらす実在・本体 (noumenon)を想定し、それがわれわれの意識に現象をもたらしていると考える立場。イマヌエル・カントは「物自体」を想定し、人間には物自体は認識不可能であり、認識可能なのは現象界だけだと考えた(不可知論)。

(3)実体や物自体の存在を認めず、現象の認識だけを認める立場で、現象主義と呼ばれる。経験主義と実証主義の方法を進めた思考型である。ジョージ・バークリーデイヴィッド・ヒューム、エルンスト・マッハ、A.J.エイヤー、大森荘蔵などに代表される。現代でも論理実証主義や操作主義(operationalism)でその方法論が用いられている。

哲学の歴史では、紀元前のパルメニデスが、変化する現象は矛盾だとして不変の実体を想定したことから、現象についての哲学的考究が始まる。パルメニデス以降の哲学者は、変化する現象と不変の実体とを調和させるため、イデア論や原子論など、さまざまなアイデアを考案することになる。

中世スコラ哲学においては、実在する対象に対応するかしないかによって「現象」か「仮象」に区別されることもあった。

ジョージ・バークリーは、客観世界の実在性を否定して現象のみが存在するとした。これが現象主義の始まりである。

イマヌエル・カントは、現象を物自体と対比した。人間には感性と悟性の二種の認識形式がアプリオリ(先験的)にそなわっているとし、その認識形式、つまり人間の認識装置によって物自体を捉えたものが現象であるとした。

フッサールの現象学では、現象外部の実在性について判断を中止し、現象の構造を分析し記述するという方法を採用した。カントが感性や悟性といった超越論的な能力をもつ自我を想定したのに対し、フッサールは現象を記述するための手段として自我を(暫定的に)想定したに過ぎない。フッサールは現象について、その背景にある実体などとの相関については想定しない。


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