狭心症の診断と治療

狭心症や急性冠症候群について、安定狭心症と不安定狭心症の観点から、診断方法や治療法について復習。

 

はじめに

・心筋虚血は心筋の酸素需要に対して供給不足の状態

・その原因は代謝異常や冠血流の悪化

・主な虚血性心疾患は狭心症と心筋梗塞

・狭心症は 一過性に心筋虚血を生じた状態

・虚血性疾患の発症には生活習慣病などのマルチプルリスクが強く関連

 

分類

・労作性〈安定〉狭心症(ST低下):労作によって再現

・安静時狭心症:安静時に発生する

・安静時狭心症は、早朝か夜間に血管が痙攣して起こる冠攣縮性〈異型〉狭心症(ST上昇)と不安定狭心症(ST低下)がある。

・不安定狭心症は他の狭心症に比べて心筋梗塞を約3倍発症しやすい。

・Braunwald分類では、不安定狭心症を重症度・臨床状況・治療状況についてそれぞれ3段階で評価。

Braunwald分類では、予後の予測に有用。

   最近2ヶ月以内の新規発症→48時間以内の発作→安静時の発作と重症度が進むにつれ、

   心筋梗塞発症リスク高い。

・不安定狭心症は迅速な診断と治療が必要である。

・不安定狭心症・心臓突然死・急性心筋梗塞→急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome:ACS)

・ACSの発症メカニズム

         不安定プラーク(Vulnerable plaque:lipid-richな三日月状で薄く破れやすい線維性皮膜をもつ)

         の破綻に引き続き

        →粥腫が露出して血栓が形成

        →急激な冠動脈閉塞を来たして

        →急性心筋梗塞に至る。

・ACSの突然死の原因は閉塞自体でなく、ショックによる血圧低下、心室頻拍・心室細動、

  心臓破裂etc

・プラーク破綻に起因する心筋梗塞は全体の8割→不安定プラークの早期発見が重要!

 

狭心症の症状

・虚血性心疾患における胸痛の訴えは、重苦しい、締め付けられる(拘扼感)という表現が多い。

・高齢者では単に倦怠感のみを訴えることもある。

・糖尿病患者では約6割が無痛性。

・痛みの部位は前胸部が多く、顎・左腕に放散し、自律神経失調による冷汗を伴う。

・痛みの持続時間は狭心症では5分程度、心筋梗塞では20分以上持続することが多い。

・鑑別すべき胸痛を呈する疾患:大動脈解離(背部の激痛・疼痛部位の移動)、

  肺塞栓症(下肢や骨盤腔の静脈血栓症)、気胸(呼吸で変動する胸膜痛)など。

・あらゆる年齢層で、不安やストレスが原因の心因性胸痛も増加。

 

虚血性心疾患の診断

①詳細な病歴の聴取

②心電図(虚血発作時)

③運動負荷心筋シンチグラフィー

④ドブタミン負荷心エコー図法

⑤経胸壁心エコー図法

⑥冠動脈造影もしくは冠動脈CT(マルチスライスCT)

※安定労作狭心症の場合にも、運動負荷試験や冠動脈造影を含めたリスク評価が必要

※ACSの早期鑑別および回避を目指す。

 

(虚血発作時の心電図)

・虚血は心臓壁の内側から外側に向かって起こる。

・虚血範囲が小さく心内膜下部分の虚血状態でのST→低下

・心内膜から心外膜まで全層性に及ぶ貫璧性虚血あるいは壊死のST→上昇

・ST上昇と胸痛→95%以上が心筋梗塞・残りはウイルスによる急性心膜炎が多く、若年者に多い。

 

(心筋シンチグラフィー

・安静時心電図が異常時に灌流欠損像として心筋虚血を検出。

・201Tなどを投与し、一定時間後に201Tなどの集積を測定し、冠動脈の心筋への血流や機能状態を評価

 

(ドブタミン負荷心エコー図法

・安静時にみられない壁運動異常などを検出。

・ドブタミン投与により心拍数を上昇させて心筋の酸素需要を上げ、胸痛の発生や心筋の動きを

   観察。

 

(経胸壁心エコー図法による冠血流予備能測定)

・冠動脈の血流を観察し、虚血による左室機能を評価

・虚血性心疾患の約8割はこの心エコー図で診断可

 

(冠動脈造影(Coronary Angiography:CAG)

・狭窄の部位や程度、及び冠動脈の状態を診断。

・AHAの冠動脈区域分類と部位で表記。

        左冠動脈前下行枝(Left Anterior Descending coronary artery: LAD)

        左冠動脈回旋枝(Left Circumflex coronary artery: LCX)

       右冠動脈(Right Coronary Artery: RCA)

・CAGは入院が必要

 

(冠動脈CT(CT Coronary Angiography:CTCA))

・造影剤により冠動脈内腔のみならず動脈壁も観察可で、外来で診断可

・CTCAでは、プラークの性状をCT値で評価

・CT値は空気を-1000、水を0としてX線の透過率を表す数値。

・CT値≦50の不安定プラーク→LDL値正常でもスタチン増量することあり(CT値が薬剤加減の指標)

・3年以上の糖尿病の既往、脂質異常症または高血圧の合併があれば、CTCAを考慮

 

頸動脈エコー検査

・動脈硬化の評価の併用も重要。

・内膜・中膜複合体厚(Intima Media Thickness:IMT)の測定により、動脈硬化の状態を合わせて評価

(正常のIMTの厚さは1.0mm以下)

 

(三次元心エコー図)

・心臓を立体で表示して冠動脈流をリアルタイムに観察できる

 

2Dスペックルトラッキング(2D speckle tracking imaging)

・過去の虚血が類推できる。

 

狭心症の治療

 虚血性心疾患の治療には、薬物治療(運動療法)、経皮的冠血管形成術(Percutaneous Coronary Intervention :PCI)、冠動脈バイパス手術(Coronary Artery Bypass Graft:CABG)がある。

 

 1.基本的な薬物治療

・禁忌のない限りアスピリンを使用。

・労作性狭心症にはβ遮断薬か心拍低下型Ca拮抗薬

・冠攣縮性狭心症にはCa拮抗薬を中心に投与。また長時間作用型硝酸薬やニコランジルを併用。

 

硝酸薬)

・冠血管拡張作用により心筋への酸素供給を増やす。

・硝酸薬の長期使用による薬剤耐性が問題とされ、発作時のみの頓用使用に限定されていた。

・最近では長期硝酸薬の使用は非使用に比べて予後が良いとの日本人での報告もある。

 

(β遮断薬)

・大規模試験により虚血性心疾患の予後に対する効果はほぼ確立されている。

・日本では冠攣縮性狭心症が多く(攣縮と狭窄との合併も多い)、β遮断薬の血管収縮作用でより

   発作が起こりやすく禁忌。

・ただし、カルベジロールは比較的攣縮が少ないため、使用される。

β遮断薬の使用時には、慢性肺疾患・徐脈・性機能不全などの出現には注意が必要。

 

Ca拮抗薬)

・欧米での大規模臨床試験からは、ジヒドロピリジン(DHP)系及び非DHP系Ca拮抗薬が

  虚血性心疾患の予後を明らかに改善するという報告はない。

・特にDHP系については、いずれも高用量の短時間作用型での試験結果であり、

   短時間作用型DHP系では反射性頻拍を引き起こすことがあるため、用いるべきではない。

・冠攣縮性狭心症ではCa拮抗薬が有効(長時間作用型DHP系の使用が多い)。

・non-dipper型やmorning-surge型の高血圧合併患者に対しては、長時間作用型DHP系でも、

   1日2回投与も検討される。

 

(ニコランジル)

・高リスクで安定狭心症患者を対象としたIONA 試験で、プラセボ群に比べてニコランジル群で、

   主要な冠動脈疾患死および非致死性心筋梗塞や胸痛による緊急入院を有意に抑制との報告あり。

 

(ACE-I及びARB)

・血圧値が正常域内で心血管疾患・糖尿病を有する(心不全患者除く)高リスク患者を対象とした

  ONTARGET 試験で、心血管イベントの発症においてテルミサルタンはラミプリルと非劣性と報告。

   ACE-Iによる咳の副作用は服用者の約30%に発現し、用量・期間に依存するため、

   ARBが第一選択薬となる可能性が高い。

 

(脂質低下療法:スタチン系薬剤)

・LDLを下げるためではなく、プラークの安定化を目的として投与。

    いくつかの大規模試験より、脂質低下療法の虚血性心疾患の予後に対する効果はほぼ確立。

 

2.経皮的冠血管形成術(PCI)

・十分な薬物治療にもかかわらず狭心症が持続 or 心筋虚血が患者の死亡リスクを上昇させている場合

・冠動脈造影に引き続き、PCIでバルーン形成術単独もしくはステント留置術。

PCI後に問題となる再狭窄は、新生内膜の増殖と血管のリモデリングが原因。

再狭窄率は、バルーン形成術で40%、Bare Metal Stent(BMS)で20%、

   薬剤溶出ステント(Drug Eluting Stents: DES)で5%

・ステントで、再狭窄は完全には防げない。

・PCIの施術前には、IVUS や OCT で冠動脈病変の血管径や病変長、プラークの位置や偏りなどの

  詳細情報を得る。

IVUS:血管内膜やプラークの定量的評価が可能である(分解能は0.1mm)。

※ CAG:血管壁は見えないが、IVUSを用いると今まで正常と診断されていた動脈硬化や

               プラークラプチャー、血管のリモデリング、再狭窄が観察できる。

OCT:冠動脈血管の三層構造(内膜・中膜・外膜)や石灰化病変をリアルタイムで鮮明に観察可 

           (分解能は0.01mm)。

             lipid-richで膜が薄い場合には透けて黄色プラークと観察。

             75μm以下の薄い内膜は破綻しやすいプラークとされている。

  3.血栓管理と抗血小板療法

・易血栓性微小血栓はアテロームと相互に関係してアテロームの不安定化を促進させる(仮説)。

   :血管の内皮障害により血 小板や白血球が活性化されて内皮に炎症が起こって血栓ができる。

     これと同時に可逆的に微小血栓は溶解し、その溶解の際に白血球からアテローム促進因子

   (MMP-9・TNF-α・IL-6など)を放出して炎症を助長してアテロームの不安定化を促進する。

    :このような悪循環が不安定プラークの形成を促す

    :抗血小板薬の継続的な投与はこのような悪循環を断ち切る効果があると考えられている。

・通常PCI施行後、出血リスクの無い場合はDES留置後、クロピドグレル75mg/日を

   少なくとも1年間投与し、BMS留置後には少なくとも1ヶ月間(理想的には1年間)継続するよう

    推奨(ACC/AHA/SCAI PCIガイドライン2007)。

・昨年、日本でシロリムスステント留置後のチエノピリジン系薬のアスピリンへの併用期間

   について、6ヶ月以内の中止でも心筋梗塞や死亡は上昇しなかったとの報告があるが、

   上記、血栓とアテロームの相互関係の仮説から検討すると、議論の残るところ。

・一方、アテローム性血栓イベントの高リスク患者を対象としたCHARISMA試験

   :クロピドグレル+アスピリン群とアスピリン単独群とは、「初発の心筋梗塞+脳卒中+

       心血管死」について有意な差なし。

   :症候性患者 (冠動脈疾患、虚血性脳血管疾患、末梢動脈疾患)を対象としたサブ解析では、

      併用群で「初発の心筋梗塞+脳卒中+心血管死」はわずかではあるが有意に減少 した

      (RR〔相対リスク〕 0.88  95%CI〔95%信頼区間〕 0.77~0.998)。

  :無症候性患者では有意な差はなかったが、心血管死では併用群で有意な上昇(p=0.01)。

  :中等度出血は併用群で有意に増加し(RR 1.62  95%CI 1.27~2.08)

  :重度出血も増加する傾向であった(RR 1.25  95%CI 0.97~1.61   p=0.09)

・これらの知見と今般の日本の生活習慣の欧米化も考慮して、抗血小板薬の併用が適応となる病態や

    投与期間のさらなる検討が必要と考える。

・クロピドグレルの loading dose(初回負荷300mg)は、PCI施行1週間前からのアスピリンへの

   併用投与が理想。

・緊急のPCI施行時には直前投与(300mg)を行う。

・loading doseを行う理由

   :ステント留置直後のloading dose無しのOCT画像で、ステント内面に微小血栓の付着が観察される 

   :クロピドグレルが効きにくい患者が多く見られる

   :主に CYP2C19 による肝臓での代謝後に抗血小板作用が発揮され、効果発現に時間を要する。

   :症候性冠動脈疾患におけるPCI施行予定患者を対象としたCREDO 試験では、

      loading doseの有用性とタイミングを検証。

      → PCI施行後1年間のアスピリン+クロピドグレル追加投与

        (PCI施行前3~24時間以内に300mg負荷投与、施行後75mg/日投与)は、

          アスピリン単独群に比べて「死亡+心筋梗塞+脳卒中」の発生率を有意に低下

        (RRR〔相対リスク減少率〕 26.9%  95%CI 3.9~44.4%)。

      → PCI施行前の6~24時間でのクロピドグレル300mg追加群では「死亡+心筋梗塞+脳卒中」の

           発生率を低下させた(RRR 38.6%  95%CI -1.6~62.9%  p=0.051)が、

          6時間未満では十分な血小板凝集抑制効果が発揮されないことが示唆。

・上記の非臨床や臨床でのエビデンスを考慮して、虚血性心疾患によるアテローム血栓だけでなく、

   全身の血栓予防のために、Act Local かつ Act Global な視点から、抗血小板薬の最適な継続期間と

   有効な投与方法による長期的管理が重要と考えられている。


 Q:ACE-IとARBを併用することの意味は?

 A:前述のONTARGET試験によると、併用療法についてはACE-I単独投与を上回る有効性は

       みられず、有害イベントは増加。併用するのは費用の問題か。

      十分な降圧のためには、ARBは現行の基準量の1.5~2倍必要と思われ、

      それを補うための利尿薬あるいはACE-I併用ではないかと考える。

 

Q:スタチンを選ぶ基準はあるか?また血液検査の数値のみでこれを投与する際の注意点は?

 A:いずれのスタチンでも投与目的の60~70%は到達しており、投与すること自体に、

       意義があると考える。どんな患者にどの時期に投与するかを見極めることが重要である。

      血液検査だけでなく、多面的な検査も必要で、1年に1回は頸動脈エコー検査でIMTの測定が

     望ましいが、他に疾患がある場合はより精密な検査も考慮する必要がある。

 

Act Local かつ Act Global な視点・・・その心を、今後も注意して学んでいこう。

 

ヾ(*'-'*)

最終更新:2010年02月14日 09:41