女さんが転校してきたのは、2学期も半ばを過ぎた10月のことだった。
女「はじめまして。皆さんよろしくお願いします」
つやのある黒い髪を揺らして、女さんは頭を下げた。
少し高めのよく通る声と、色白の肌が印象的だった。
一言で言えば、女さんは間違いなく美人だった。
高校2年のこんな時期に転校してきた女さんには、多少の黒い噂が付きまとっていた。
前の高校でいじめにあっていて、自殺をはかったことがあるとか、
精神的に不安定で、実家に放火したことがあるとか、そういう類のものだ。
その証拠―と呼べるか分からないけど―に、女さんの制服の下の右腕はいつも包帯に包まれていた。
幼「全く・・・みんな噂好きなんだから」
幼がそう言って呆れ、僕はそれに頷いた。
少なくとも、学校で普通に見ている分にはそんな兆候はなかったからだ。
女さんが転校してきて一月が経った。
女「幼さん、男さん、一緒にお弁当食べませんか?」
幼「いいね~! 今日はどこで食べようか? 屋上?」
男「バカだなお前。屋上なんて行ったら風邪ひくぞ。今日はすげー寒いしな」
幼「えーっ、私と女ちゃんはともかく、アンタは風邪ひかないでしょ、バカだから」
男「お、お前なぁ・・・」
女「ふふっ、私はどこでも構いませんよ」
僕と幼、そして女さんはわりと親しい仲になっていた。
女さんについての黒い噂は消え、他のクラスメートもそれなりに仲良くしていたが、
女さんは僕らと一緒にいることが多かった。
幼「じゃあ、教室でいっか」
男「そうだね」
僕らは机を適当にくっつけたあと、それぞれお弁当を広げた。
幼「女ちゃん、今日はサンドイッチ?」
女「えぇ」
男「いつも手作りなんだっけ。偉いよな、それに比べて幼は・・・」
幼「な、何よー。男だってお母さんに作ってもらってるんでしょーが」
男「僕はいいんだよ、オトコだから」
幼「うわー、男女差別反対!!」
僕と幼の下らない言い合いを、女さんは微笑んで見ていた。
綺麗に作られたサンドイッチを取り出して、1口食べようとした女さんは、
ふと思いついたようにこんなことを言った。
女「良かったら、幼さんも男さんもコレ食べてみませんか?」
男「え、いいの?」
女「はい・・・あ、もしかしたらお口に合わないかもしれませんが・・・・」
男「いやいや、絶対おいしいって! じゃあちょっともらうよ」
レタスとトマトとハムのはさまれたサンドイッチを1口ほおばる。
女さんはその様子をじっと見つめていた。
男「・・すごくおいしいよコレ。なんか隠し味でも入ってるのかな、ちょっと鉄っぽい味もするけど」
女「あぁ、ちょっとだけケチャップかけてあるんです。鉄っていうのはそれのことかも」
幼「あ、私もほしいなー」
女「どうぞどうぞ」
このとき、僕はまだ気づいていなかった。
女さんの本当の正体を・・・・。
その日の放課後、僕は女さんと一緒に帰ることになった。
本当なら幼も一緒なのだが、その日は幼が委員会が遅くなるとかで一緒には帰れなかった。
僕がちょっとした異変に気づいたのはその時だった。
女「男さんの家ってネコ飼ってるんですよね? 名前はミーちゃんで女の子。
男さんが中学生のときに拾った子ですよね?」
男「え・・あぁ。(そんな話、した覚えないぞ・・・)」
女「いいなぁ、ミーちゃんは」
男「何で?」
女「だって、ずっと男さんと一緒にいられるじゃないですか」
男「・・え?」
女「うらやましいなぁ」
女さんは歌うような調子でそう続けた。
顔は笑っていたが、目は笑っていなかったように見えた。
僕はちょっとした恐怖を覚えたが、その後何もなかったように十字路で別れた。
男「ただいまーっと・・・・あれ?」
いつもなら、僕が帰宅すれば必ず玄関に顔を出すミーの姿がない。
どこかに遊びにいっちゃったのかな・・・と僕が首をひねった次の瞬間、僕はそれを見つけてしまった。
不自然な形に首を捻られた、ミーの姿を。
『これで1人、邪魔者が減りました』
そんな、物騒なメモと共に。
ミーが死んだ翌日の登校途中、僕は幼にその話をした。
幼「・・そう、なんだ・・・でも誰がそんなことしたんだろう。許せない」
幼は怒りを露にした。僕の次にミーを可愛がっていたのはこの幼だったから。
幼「ホント嫌になるね・・・・あれ?」
男「どした? ん? 手紙?」
昇降口で靴を履き替えていると、幼の上履きの中に小さなメモ用紙が入っていた。
昨日、ミーの傍に落ちていたメモ用紙と同じ紙に見えた。
幼「・・・お、男・・・ねぇ、これって」
『次はあなたの番ですから、覚悟してくださいね』
メモに書いてあったのは、その1文だけだった。
昨日のメモとよく似た筆跡だった。
幼「これ・・・女さんの字・・・」
男「・・・えっ?」
僕と幼はすごい恐怖と戦いながら教室へ向かった。だが、そこに女さんの姿はなかった。
風邪で欠席だと朝のHRで先生が言っていたが、何だかそれも信じられない。
その日は何事もなく、1日が終わった。
幼「ねぇ、嘘だよね? 女ちゃんがこんなこと」
男「嘘だって信じたい。だけど、本人がいないんじゃなぁ・・・」
幼「・・・男・・・私、怖い」
幼はがくがくと震えていた。何事もなかった1日を終えて、一気に緊張の糸が解けたのだろう。
僕はそんな幼をそっと抱きしめた。怖いのは僕も同じだが、僕がしてやれることは何でもするつもりだった。
男「帰ろうか」
幼「・・・うん」
僕らは帰路についた。
幼「・・・怖いよ・・ねぇ」
男「家にいれば安心だよ。お母さんもお兄さんもいるんだから」
幼「でも・・・なんか・・男に一緒にいてほしい、から・・・」
男「幼・・・」
半泣きの状態の幼を放っておけず、僕は自分の家へ幼を招き入れた。
まだ震えている幼を落ち着かせるため、ホットミルクを作って幼に飲ませる。
幼「ごめんね」
男「気にするなよ」
幼「うん・・・」
家の電話が鳴ったのはその時だ。
『あぁ、男か? お前、幼と仲が良かったよな? 今幼がどこにいるか分かるか?』
電話の主は担任だった。なにやらとても慌てている。
僕と一緒にいますけど、と答えを言い終える前に、担任はこう続けた。
『幼の家が火事になった』
僕は受話器を落とした。
僕らは走って幼の家に向かった。
たくさんの野次馬をかき分け、何とか家の前にたどり着く。
幼の家は真っ赤な炎に包まれていた。
女「あれ~? 何で幼さんがここにいるんですか?」
幼「お・・・女ちゃん」
女「おかしいなぁ・・・ちゃんと殺す予定だったのに」
男「っ・・・お前!!」
僕は女さんの胸倉を掴んだ。女さんはそれでもなお微笑むのをやめない。
女「待っててくださいね、男さん。今度はうまくやりますから」
男「お前! 自分で何言ってるのか分かってんのか!?」
女「だって、男さん、私の手作りのサンドイッチおいしいって言ってくれましたよね?」
僕は、まだ平和だったあの日を思い出す。確かに僕はそう言ったが、それとこれとは・・・。
女「私の隠し味にもちゃーんと気づいてくれたじゃないですか」
男「隠し・・・まさかっ」
女「・・・おいしかったですよね? だって私の一部が入ってるんですから」
女さんは右腕の包帯をとって、その腕を僕に見せつけた。
無数の赤い蚯蚓腫れが走った、その腕を。
女「あはは、楽しいですね。憎い人の家が燃えるって」
男「お前・・・狂ってるよ!」
僕は手を離し、女さんを解放した。それは危ない行為だと分かってはいたが、これ以上女さんの傍にいるのも嫌だった。
女「黒こげになった幼さん、見てみたかったなぁ」
幼「・・・・」
幼は自分で自分を抱きしめるような格好でその場に蹲っている。
僕はその前に立って、幼を守ろうと手を広げた。
男「何でこんなことするんだよ!」
女「何で? 男さん、まだ気づいてくれないんですか?」
男「分かんねーよ!」
女「うふふ、私はただ・・・あなたのことが好きなだけですよ」
書いてる私が1番怖いんですが何か?)ガクガクブルブル
幼「・・・そんなの」
女「・・え、なんですか幼さん?」
幼「そんなの、好きとは違う」
女「へぇ、どう違うんですか? 説明してもらえます?」
蹲ったまま必死に言葉を紡ぐ幼に対し、女さんはあくまで冷静だ。僕はもし何かがあったらすぐに動けるように、二人の様子に目を配る。
幼「本当に好きなら・・・こんなことできるわけない」
女「じゃあ幼さんは、好きな人に他の女が近づいてもいいっていうんですか?」
幼「・・・」
女「好きな人には、ずっと自分だけを見てもらいたいんじゃないですか?」
幼「・・・」
女「ずっと傍にいて、愛してもらいた―」
パン、という乾いた音がした。
女さんの頬にはくっきり赤い手の跡がついている。幼が女さんを叩いたのだ。
幼「・・・それはただのワガママ」
女「我が儘でいいじゃないですか。私は男さんがいればそれでいいんです」
幼「男が、アンタを好きになるとは思えない」
女「へぇ? 私は、男さんが幼さんを好きになるとは思えませんけど」
幼「私は・・・いいの、それでも」
男「・・・幼?」
幼「でも・・・アンタは許せない」
女「別にいいですよ? 幼さんに許されなくても」
幼「そういうことを・・・言ってるんじゃないわよ!!」
僕は、急に飛び出した幼の手に握られているものを、一瞬だけ目にした。
男「おい! やめ―」
女さんの胸の辺りに、カッターナイフが刺さっていた。
男「幼!」
女「あ・・・あはっ・・・血が・・・私が流れて・・・・うぐっ・・」
異常事態が目の前で起こっていることは理解した。ただ、僕がどうすればいいのかは全く分からない。
女さんは仰向けに倒れ、それでも首だけを起こして僕を見ている。
幼はそんな女さんを見ても微動だにしない。
幼「・・・・」
女「お、とこさん・・・私、あなたを・・・・」
幼「しつこいわね、アンタ」
女「あ・・いし・・・ぐふっ・・・」
女さんに刺さったナイフを足で押し込む幼は、もう僕の知っている幼ではなかった。
幼「ふふっ、これで安心ね」
だから、そう言いながら微笑んで振り向いた幼に、僕は近づけなかった。
――幼の家が火事にあってから数年後。
幼「はいっ、できたよ男♪」
男「あ・・・ありがとう・・・・」
幼「今日は隠し味がたーっくさん入ってるから、どんどん食べてね」
男「う、うん・・・幼の隠し味、おいしいからね」
どうしてこうなったんだろう、と僕は首を捻りかけたが、頭の奥が停止し、それ以上僕は何も考えられない。
だから、僕は黙って目の前にある料理を口に運ぶ。
オムライスも、コンソメのスープもサラダにかかったドレッシングも・・・どれも鉄の味がする。
僕の舌が麻痺してしまったのだろうか。
男「あ・・あれ? このお肉、何かいつもと違うね」
幼「あ、そう? でもおいしいでしょ?」
妖艶に微笑む幼に僕は何も言えない。たとえ材料が分かってしまったとしても。
幼「ダメだよ男。私以外に興味を持ったりしたら♪」
男「う・・・うん、ごめん幼」
―――END
お疲れ様でした~。
最終更新:2006年11月18日 20:43