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「キョンくーん、朝だよーっ」
うぅん、重い。起きるからどいてくれ。

「女の子に重いは禁句だよ、キョン君!」
へいへい、わかったよ。

ひとつ伸びをして、窓を開けて外を見てみても、空にはカバンなんて飛んでいないし、人形が黒い翼をはばたかせたりもしていない。
鶴屋山の隣には来る筈のない使徒を迎撃する要塞都市なんてありゃしない。
もちろんそのための人型汎用決戦兵器とかいう名のロボットも存在しない。
木星には未だ人類は到達していなくて、ナデシコといえばほとんどの人が花の名前だと答えるだろう、宇宙戦艦だなんて答える人間はゼロだと断言できる。
しかし涼宮ハルヒというトンデモ神は我が母校の同級生で俺の後ろの席だし、
違うクラスには宇宙人、超能力者がいて、上級生には可憐な未来人までいらっしゃる。
つまりあれだ、混ざってた世界が全て元に戻っちまったって事さ。
そして例のごとく記憶が鮮明に残っているのは俺と長門くらいしかいないってワケだ。
この無駄な記憶力をもう少し学業にも振り分けたいもんだね。

何の変哲も無い日常を享受している平凡な人間だった俺。
涼宮ハルヒと知り合い、SOS団という奇妙な団体に所属させられてからは、
突発的に非日常な宇宙的、未来的はたまた異世界的な騒ぎに巻き込まれていたわけだが、
それ以外の時間は非常に穏やかな日常であった。
それが何のきっかけか、色んな世界が混ざってしまうなんて事になり、
それから俺の日常は常に騒がしいものへと移り変わっていったのだ。
元に戻って清々したね。毎日が台風だった世界が晴れ時々大雨くらいになったんだから。
しかも最近はその大雨さえ来ない。平和そのものだ。
そうさ、俺は普通が大好きなんだ。普通平凡無味無臭、それこそ俺の望んだ青春だったはずだ。
だがなんだ?このモヤモヤ感は。

「キョンくぅん」
妹よ、兄は今考える葦なのだ、邪魔をしないでくれ。

「でも、時間は?」
……しまったぁ!結局俺は朝飯を食えずに学校に行く事になってしまった。


いつもの通学路、いつものハイキングコース。朝飯を食ってこなかったせいか、いつにも増してつらい。
ジワリと汗ばんできたのを感じながらヒーコラ上っていると、誰かが俺の事を呼んでいる。
俺はスーパーヒーローでもなんでもない。従ってこんなハイキングコースで俺を呼び止める奴なんて、このアホくらいだ。

「よお、キョン。いつにも増してしけた面してんな!早く涼宮と仲直りしろよ」
何をワケのわからん事を。お前はいつにも増して元気だな谷口よ。

「へっへ、わかるか?実は新たにかわいい子を見つけたんだ、昨日帰ってる途中で……」
よくもまあ毎日女の事ばかり考えていられるものだ。人間の60%は水分らしいが、こいつは残り40%全て煩悩だろう。
こいつなら……俺は、ふと質問をぶつけてみた。

「おい谷口。美人でスタイルも抜群だけど酒癖が悪い年上の女性を知っているか?葛城さんというんだが」
俺のいきなりの質問に谷口は目を数回ぱちくりさせ、少し考えた後、突っかかってきた。

「知らんぞ、おいキョン、またお前は美人と知り合ったのか、
 くそっ、なぜお前にばかり美人が集まるんだ、不公平だと思わないか?だからどこの人か教え……」
だめか。この40%煩悩男ならひょっとしたら憶えているかもしれないと思ったのだが。
俺は憶えている。こいつがジャージを着た中学生とつるんで葛城さんを追っかけていた事を。
このアホバカコンビは、俺達の間ではなかなか有名だった。
みんな忘れちまってるのか。思わずため息をついて、俺はどうして今ため息をついたのか自問自答しながら教室へ向かった。


教室についてもいつも通りだ。ハルヒはどこかメランコリックな表情まどの外を見つめていて、
今日もどこかで機関の連中が頑張ってるんだろうな、などと俺は思いつつ、
軽く挨拶をして席につく。ほどなくして授業が始まる。眠い。教師のいう事はほとんど頭に入ってこない。
この教師は催眠術師にでも転職した方がいいんじゃないか?尤も俺にしか効いてないみたいだが。
そうして淡々と流れていく時間。
昼休みは谷口らと弁当をつつき、放課後の部活もダラダラと古泉と、時には朝比奈さんを交えてゲームをして過ごす。
ハルヒはパソコンの前から動かず、長門がハードカバーを閉じる音ともに、三々五々散って行く。
そんな日々。ホントにこいつらは宇宙人だったり未来人だったり超能力者なのかさえ疑いたくなる日常だ。


「キョン君おかえり~、最近遅いね、また何かやってんの?」
はて?俺が帰宅してからの妹の第一声に、俺は首をかしげた。遅いという実感がなかったからだ。

「遅いよ?前まではアニメの時間が終わるまでに帰ってきてたもん」
なるほど、そういえばそうだった気がする。今リビングのテレビはバラエティ番組を映しだしていた。
中身のない時間は早く過ぎるというが、こういうものなんだな。明日は時計を意識してみるか。



灰色の世界。くすんで見える我が母校の校舎。なんだ?ここって閉鎖空間じゃないのか?
なぜ俺はここにいる?俺はいつものようにベッドで眠気に身を任せていたはずなのに。
上半身を起こしてぼーっとしていると、頭をはたかれた。

「キョンじゃない!ちょうどいいわ、手伝って。今日こそあいつを捕まえるのよ!」
ハルヒだ。俺の手をとって引っ張りあげると、元気にそう宣言する。ちょっと待て、説明してくれ。

「説明って、ウサギを捕まえて、もう1度あの子達に会うの!」
意味がわかんねーよ!俺の叫びは無視され、ハルヒはどこかへ走っていく。俺はしぶしぶ追いかける。
これは夢なのか?ハルヒが閉鎖空間をなんとも思っていない事が不自然だ。
こんな異常事態に普通でいられるハルヒなんて、世界が混ざってた頃ならともかく、こっちの世界じゃ考えられん。

そんな感じで考え事をしながらだらだら走っていると、ハルヒは見えなくなってしまった。クソ、アイツ足早いな。
慌ててスピードを上げるが、もうどこにいったのかわからなくなっちまった。俺は立ち止まって改めて周りを見渡してみる。
見慣れたはずの校舎だが、音も光もないと本当に不気味だね。こんなとこに1人でいたら気が狂っちまいそうだ。
しかし、なぜ巨人はいないんだろう。閉鎖空間はあの巨人に暴れさせて壊させる、ハルヒのストレス発散のための空間のはずだ。
閉鎖空間でもないのか?古泉達もいないしな……やばい、どんどん不安になってきた。

そうだ、部室のパソコンを見てみよう。前の閉鎖空間ではそこで長門と連絡が取れた。
今度も連絡がとれるかわからんが、溺れる者はなんとやら、だ。上から探せば、ハルヒだって見つけやすいだろうしな。

俺はダッシュで校舎を駆け上がり、部室へ飛び込む。よし、パソコンはある。頼む、動いてくれ……
念を込めて電源を入れるが、うんともすんともいわない。
なんてこった、ノーヒントでどうやって元の世界に帰れっていうんだ、
金田一だってホームズだって手がかりがないと事件解決できないんだぞ。
俺が頭を抱えていると、部室のドアが乱暴に開かれた。

「あ、キョン!こっちに、ウサギ、来なかった?」
開けたままのドアに片手を付きながら、ハルヒは息を切らせて俺に問いかけてきた。ウサギなんぞ知らん。

「もうっ!どこ行ったのよ!」
地団駄を踏むハルヒ。お前はこの空間に違和感を感じないのか?ウサギを探してる場合じゃないだろう。

「なに言ってんの、どうせこれは夢なのよ?それに、わたしはウサギを捕まえてあの子達に会いたいの」
そうか、そういえば前もそう言ってたな。悪夢だなんて言われたが。
それにしてもあの子達って誰だ。


「え……あれ……誰、だっけ」
なんだそりゃ。もしかしてウサギとやらも初めからいないんじゃないだろうな?
統合失語症の団長だなんて俺はゴメンだぞ。

「それはいるのよ!なんでかわかんないけど、わたしはそいつを捕まえなきゃいけない気がするの!」
なんでかわからん?おいおい、大丈夫か?こりゃいよいよカウンセリングを

「なによ!バカキョンのクセに、しかも夢の中のキョンのクセに生意気ね!前はもっと……」
俺は急いでハルヒを制する。
ストップ、言うな。それ以上は思い出さないでくれ。俺だって恥ずかしすぎて心のアルバムにも何重にもパスワードをかけてあるくらいだ。

「え?アンタ前の事知ってるの?どうして」
ハルヒが言い終わる前に部室のドアが静かに開いた。その向こうから現れた人影といっていいものかどうか分からんものに俺は驚愕した。
ウサギだ。正確にいうと顔はウサギで首から下は人間となんら変わりない。
タキシードだかを着ているから、中身まで人間とそっくり同じなのかわからんが、知りたくもないね。

「ほらほら!本当にいたでしょ?フフン、そっちから来てくれるなんてカモネギとはこの事ねっ!覚悟しなさい!」
あっけにとられている俺を尻目にハルヒは急に元気になった。しかしウサギは懐から時計を取り出し、

「始まりは終わり、終わりは始まり。今宵の幕はすでに下りています。次の幕が開くまで、ご退場願いましょう」
そう言って時計を持っていないほうの手を2度動かした。ウサギが喋った事に驚く間もなく、俺の身体から重力の感覚がなくなる。

「きゃぁーっ!」
ハルヒの方を見ると、ハルヒの身体はウサギが作ったであろう穴の中に沈んでいくところだった。いや、俺も落ちている!
落ちながら俺はハルヒに向かって手を伸ばしたが届かない。
ハルヒもそれな気づいて手を伸ばしてきたが、届かなかった。クソッ!

「キョン!」
その声を残し、ハルヒの姿はそのまま暗闇に溶けていった。
ハルヒ!俺は叫んだが、もうその声は届いていないだろう。ハルヒの声も聞こえない、何も見えない。
ひたすら落ち続ける。
なんてこった、俺はウサギに殺されちまうのか。俺はウサギに何か恨みをかう様な事をしていたんだろうか。
そういえば、ウサギとカメでは断然カメを応援していたし、ウサギの目が赤いのは毎晩1リットルもの血を飲んでるからだ、
なんてウソを妹に教えて怖がらせた事もあったな……
死んだらウサギに謝ろう。そしてfry me to the moonした後にお詫びの餅つき大会でも開くとしよう……
きっと月面の模様が変わったとニュースになるに違いない。


いてて……
我に返ると、見知った天井が見える。背中の下が固くて冷たいという事は、ベッドから落ちたようだ。
右手を目の前に持ってきて、握ってみる。
生きてる、のか?ていうか夢だったのか?俺は安堵した。
生きててよかった、しかし俺は当分落下系のアトラクションは乗れないだろうな。
やれやれ、この夢の事は明日長門に聞いてみる事にして、俺は生きている事をハルヒじゃない神様に感謝しながら、
朝までの残り少ない時間を二度寝に費やす事にした。


「キョン君おはよ~」
う~ん、もう少し寝かせてくれ

「だめだよ~ほらほら」
こ、こら、妙な所を妙な所で揺するんじゃありません

「ほぇ?おはよっ、今日はご飯食べて行きなさいって、お母さん言ってたよ~」
くっ、予想外の手で目覚めさせられてしまった。しかも天然か。妹属性がなくてよかったぜ。
昨夜の夢のせいで寝不足だ、長門に詳しい事を聞いてみないとな。ただの夢ならいいんだが。


登校して教室にはいると、ハルヒは机に突っ伏していた。こいつも寝不足か?おはようと声をかけてみる。

「ん、おはよ」
眠そうだな

「ちょっとね」
元気もないな

「アンタだって最近元気ないわよ」
そうか?今日は確かに寝不足だが、それまではいつも通りなはずなんだが

「そう?まあいいわ」
そういうと再び突っ伏してしまった。やれやれ、ハルヒもこうなってるという事は、どうやら昨夜のアレはただの夢じゃなかったらしい。
昼休みにでも部室に行くことにして、俺も催眠教師に導かれて眠るとするか。


昼休み。午前中の授業をほとんど寝て過ごし、幾分楽になった俺は弁当を持って部室へ向かった。
ドアを開けるといつもの椅子に長門が座っていた。俺は弁当を長机に置いて椅子に座る。

「あなたと涼宮ハルヒは1時間54分35秒消失していた」
さすがに察しがいいね。そうか、ちょうどテレビの特番くらいの長さだな。内容からすると、昨夜のはホラー番組ってとこか。

「フォローが遅れてしまってすまない事をした」
いいさ、今生きてるんだ。でも何か理由があるんだろう?

「ある。通常の閉鎖空間ではない。だから古泉一樹達も干渉できなかった、わたしも対応が遅れた」
なるほど、神人とやらもいなかったしな。じゃあなんなんだ?

「あなたは憶えている?世界が混成していた事」
ああ。ハルヒに妹がいて、長門にも姉妹がいたな。

「そう。そのそれぞれの世界にも、この世界の閉鎖空間のような異空間というものがある。
 nのフィールドと呼ばれるものや、ディラックの海と呼ばれるもの」
そうなのか。使徒やらローザミスティカやらボソンジャンプやらが存在する世界だ、そんなのがあっても不思議ではないな。
もしかして昨夜のあれは……

「そのそれぞれが混ざり合った空間というのが情報統合思念体の推論」
推論なのか。

「観測されたのが昨夜が初めてだったから」
待てよ、ハルヒは昨夜が初めての様子ではなかったぞ、今日こそ、とか言ってたし。

「昨夜までは涼宮ハルヒ個人の夢だったと思われる。何らかの事情であの空間を完成させ、あなたを引っ張り込んだ可能性が高い」
ウサギが捕まらないとかそういうやつか。俺じゃなくて猟友会とかマタギでも呼べばいいのに。
まあ、マタギがあの変てこウサギを捕まえられるとも思えんが。
それにしても、まだ混ざってた世界の名残は消えてないんだな。


「そう。現に、未だそれぞれの世界のリンクは消えていない」
そ、そうなのか!それじゃあ、もう1度世界が混ざるって事もありえるのか?
ちょっと待て、何で俺はこんなにテンションが上がっているんだ。突っ込む俺を無視して、突っ走るもう1人の俺は長門を質問攻めにする。

「それはわからない。しかし可能性はある」
それを聞いてさらに俺は今すぐにでも動き出したい衝動に襲われた。なんだってんだ、せっかく平穏な日常が戻ってきたってのに。

「あなたは、それを望むの?」
漆黒の瞳に見つめられて、俺は答えに詰まってしまった。自分でもわからん、俺はまたあの騒がしい世界に戻りたいと思っているのか?
待て待て、それではハルヒと同じではないか、断じて違うぞ!平穏無事平々凡々こそが我がモットーだ。
そう答えようとしたが、結局俺は「望むと言ったらどうする?」というわけわからん答えをカッコつけて言ってしまった。
なんかいろんな意味で恥ずかしい。

「情報統合思念体は特に干渉するつもりはない。
 むしろもう1度混ざった方が、自律進化の可能性も高まり、監察もまとめてできる、という意見もある」
ほう、それが情報ナントカの答えか。で、長門の答えはどうなんだ?
俺の恥ずかしい答えをスルーしてくれるのはありがたい。でもだからって、お前の答えはスルーしてやらないぞ。

「わたしという個体としては……わたしは」
俯いてしまった。長門が答えに窮するなんて珍しいな。
よし、それじゃあ答えやすくしてやろう。長門、お前はレイやルリに、また会いたいか?一緒に住みたいか?
質問を変えてやると、長門はすぐに顔を上げた。

「会いたいという願望やまた同居したいという願望は、ある」
だよな。俺だってまた会いたいくらいだ、長門はそれ以上だろう。お前達姉妹は独特の空気をもってたからな。
長門と漫才ができるのは、あの2人くらいだもんな。

「しかしどうするべきかはわからない。情報統合思念体も……わたしも」
そう言うと、長門はスッと立ち上がって部室を出て行こうとする。なんだ、どこに行くんだ?

「時間」
……ぐわ、弁当食ってねぇ。俺は5時限目を空腹と戦いながら過ごす事になってしまった。


そして5時限目が終わった休み時間、俺は弁当を取り出してかきこむ。周りの目は気になるが、背に腹はかえられん。
というか腹が減りすぎて背と腹がくっついたらえらい事だ。
がっついていると、今日ほとんど寝ていて回復したらしいハルヒが茶々をいれてきた。

「アンタ、食べてなかったの?食べ方汚いわねぇ、もっとキレイに食べなさいよ、あっ!ちょっと、こぼさないでよ!」
俺は返事をしていないのだが、ハルヒは1人で俺に話しかけてくる。
静かにしていてくれるにこしたことはないが、何故か全く嫌な気分にならない。こう、注意されるのってなんか……
いかんいかん、目覚めている場合ではない。今は食う事に集中しなくては。
驚くべき事に5分ほどで弁当箱は空になった。
ウガンダはカレーを飲み物だと言ったが、俺は弁当も飲み物だと言いたいね。それくらいの偉業だ。

「ちゃんと噛んでるの?ちゃんと噛まないと身体の機能が消化に回っちゃって、眠くなるのよ?」
今日ほとんど寝てたハルヒに言われたくない。しかし何でそう構ってくるんだ。


「え、そ、その……なんか、元気になったみたいだから」
どういう事だ、そういえば朝も妙な事を言っていたな。俺はずっと元気なはずだ。

「違うわよ、ずっと元気無かった。なんていうか、イライラしてるっていうか」
それはハルヒだろ、ずっと憂鬱そうだったじゃないか。

「わ、わたしだって、ずっといつも通りよっ!」
「2人とも仲直りしたのね、よかった」
ハルヒが立ち上がって抗議してきたその時、横から阪中が会話に入ってきた。
阪中は誤解している。言っておくが、特にケンカをしていたわけではないぞ。そうだろハルヒ。

「そうよ、別に仲直りとかする必要なんてないのよ、キョンが一方的に服従するべきなのよ」
……何を言っているんだコイツは。

「フフ、やっと2人らしくなったのね、今までピリピリしてて気が気じゃなかったから」
確かにこんな無茶苦茶な理屈を振りかざすのが当初の涼宮ハルヒだが……やれやれ。そういう事にしておくか。

「そうそう、大人しく付いてきてればいいのよっ!キョンは雑用なんだから」
待て、そこは『そういう事』の範疇外だっ!

「クスクス」
阪中も笑ってないで説明してやってくれっ!
こうして休み時間は終わり、6時限目も華麗にスルーし、放課後に至った。
コンコンと部室のドアをノックするが、返事はない。朝比奈さんの天使の美声が聞けなくてがっかりしながら部室に入ると、誰もいなかった。
ちょうどいい、頭の中を整理してみる事にするか。

混ざっていた世界の名残があるあの空間でハルヒはウサギを捕まえようとしていた。
なぜか?ハルヒはあの子達に会う、と言っていた。そしてあの子達について聞くと、答えられなかった。
恐らくアスカと翠星石の事だろう。無意識に憶えていたんだ、妹の事を。
ハルヒは傍目から見てもあの2人を大切にしていた。俺はそんなハルヒを見て姉属性に
……今ものすごい思考が頭をよぎった気がするが、置いておこう。
とにかくだ、あのウサギが何かを知っているに違いない。ハルヒの夢に出没し、昨夜の閉鎖空間にも現れ、空間を裂いて見せた。
どう考えてもただもんじゃない。
いや、タキシード着て喋ってる時点でただのウサギじゃないのはわかってるんだが。


「やっほーキョン君!いたんだ~」
元気な声が聞こえて俺は顔を上げた。鶴屋さんだ。後ろには朝比奈さんもおられる。

「ノックしても返事ないから、誰もいないのかと思っちゃったよっ!驚かそうとしてたのかい?」
いえいえ滅相もありません。少しぼーっとしてました。

「ま、いてくれてよかったよ。ハルにゃんに伝言お願いっさ、みくるは今日は鶴にゃんがいただきますってねっ」
「ごめんね、キョン君。今日はお買い物に行くの。おいしいお茶葉買ってくるからね?」
いいんですよ、それだけで、全米の泣いた映画予告の100万倍以上に明日が楽しみになりました。

「んじゃ、よろしくにょろ~」
鶴屋さんは最後まで元気よく出ていった。その無尽蔵の元気パワーはいつ見ても励みになります。

「クス、そうだ……」
残った朝比奈さんは唐突に俺の方に近づいてきて、あろう事か俺の耳に顔を近づけ、小声でこう仰った。

「あたし達も特に干渉はしません。応援してます。あたしも涼宮さんの妹さん達にもう1度、会ってみたいですし」
耳から伝って脳がとろけそうだ。この声にはセイレーンの歌声だって敵うまい。

「それじゃ、頑張って下さいね」
軽く手を振って、朝比奈さんは出ていかれた。俺のやる気が100倍になった事に、誰も異論を挟めないだろう。
ぜってーにウサギをとっ捕まえてキリキリ吐かせてやるぜ!

俺が燃えていると、再びドアが開き、古泉と長門が一緒に入ってきた。
俺は朝比奈さんの欠席を副団長に告げる。

「そうですか、それより……」
いつものスマイルがないまま、俺の対面に座る古泉。長門はいつのまにか指定席に座っていた。

「昨夜は申し訳ありませんでした」
理由は長門から聞いてるから謝る事なんてないぞ。それより機関はどういう見解なんだ?
機関はこの世界を維持するのが仕事はずだから、俺のやろうとしている事に反対されるかもしれない。

「それなんですが、機関の方では意見が分かれてしまっていて。
 我々の仕事は、涼宮さんが創造した閉鎖空間がこの世界と入れ替わってしまう事を防ぐ事です。
 ですが今涼宮さんがやろうとしている事は、新たな世界の創造ではなく、
 元からあるそれぞれの世界を混ぜる事と、それにともなう情報改変。
 ですから万一混成が成ったとしても、僕は僕のままというわけです」
相変わらず説明好きな野郎だ。要は、あれだな?お前ら全員敵ではないわけだ。


「そうとってもらって結構ですよ。反対派というのも、積極派に対する静観派というところです。
 あなたや涼宮さんの邪魔はしないでしょう。元々、我々の能力ではあの空間には入れないですし。
 それに不思議と僕も、涼宮さんの妹さんというのにあまり違和感を感じないんですよ。
 よほど強烈に印象が残っているんでしょうね」
いつものスマイルが古泉に戻り、俺はコイツとひとくくりに扱われていた中学生を思い出す。
そうだ、おまえとカヲルは罵倒されまくってたからな。特に翠星石に。

「おや、そうなんですか?だったら僕は反対にまわりましょうか。そうしたらあなたは僕を引き止めてくれますか?」
こら、無意味に顔を近づけるな、ウインクをするな。そういうのがあらぬ誤解を生むんだぞ。

「これは手厳しい。僕なりの友情の確認なんですがね」
今度から友情の確認は手旗信号くらいにしてくれ。いちいち近いんだよ。
とにかく、これで心置きなくハルヒの手伝いができるな。

「涼宮ハルヒに、妹という存在を意識させるべき。涼宮ハルヒは無意識に寂しさを感じている。
 最近SOS団の解散時間が遅いのも、それにみんなが気づかなかったのもそのせい」
俺と古泉の会話が一段落したところで長門が話し始めた。
そうか。俺も妹に言われるまで気づかなかったもんな。

「妹という存在を意識する事で、世界混成に大きく近づくはず」
「やはり妹さんがおられるあなたが適任ですね」
わかった、まかせておけ。作戦は決まった。

その後ハルヒがやってきて、俺は妹とのエピソードを多少の誇張も交えつつ語った。
毎朝起こしてくれる事、遊んでやらないと拗ねる事。話しながら俺は、ハルヒの妹も俺の妹も同じようなもんだな、と思っていた。
きっとどこの妹も同じなんだろうさ。

「アンタが妹ちゃんを大事に思ってるっていう事は、よーくわかったわ」
俺が一通り言い終えた後、ハルヒはこう感想を漏らした。それを聞いて俺は思う。
ハルヒ、お前だって俺以上に妹を大事に思っていたのだ。

「妹ちゃんがアンタの事大好きだっていうのもね」
誓ってもいい。アスカや翠星石だって、お前の事を慕っていたんだ。

「それにしても今日はなんかあったの?急に元気になったと思ったら、珍しく妹ちゃんの自慢を語り出すなんて」
認めよう。今日の昼休みから確かに俺は生気が漲っている。またあのハチャメチャ世界に戻りたいが為に。
もう凡人面はできないな、俺も。だが素直にそう答えるわけにもいかん。、含みを持たせた答えを返しておこう。
なに、ちょっとした人生の目標ができたのさ、と。

「なにそれ、わけわかんない。あ~あ、なんだか妹ちゃんに会いたくなっちゃったな!
 そうね、まだ早いし、今からキョンの家に遊びに行きましょう!」
俺はさりげなく横目で長門を見る。ジャストタイミングで首がコクリと縦に振られたのを見届けて、俺はいつもの、しょうがないというポーズを作る。
やれやれ、お茶もお菓子も出さんぞ。それでもいいなら遊んでやってくれ。


「キョンが妹ちゃんの話をするからでしょっ!お茶とお菓子はアンタが買ってきなさい!みんなの分もね!」
ゲッ!思わぬ出費だ。しかし最近は不思議探索さえしていなかったので、俺の財布は初春ほどの暖かさは保っている。
このままほっといたら土筆でも生えそうだったんだ、少しくらい使ってやろう。
俺がポケットの財布をぽんと叩くと同時に、古泉がやおら立ち上がった。手には携帯電話を持っている。

「申し訳ありません、バイトの呼び出しです」
「わたしも急用ができた」
長門もそれに続く。

「という事でお2人で行ってきてください、それでは」
ハルヒが文句を言う前に、2人はあっという間に部室から姿を消した。この辺は俺も見習いたいね。

「仕方ないわね、2人だけでもいくわよ!」
ハルヒはそう宣言して、俺を引っ張っていった。


「おかえり~、あっ!ハルにゃんだぁ~久しぶりだね!」
俺をまるっきり無視してハルヒに突進していく妹。兄として、ちょっぴり傷ついたのは秘密だ。

「あぁ、もう、ちょっと待ってよ、フフ」
迷惑そうな口ぶりだが思いっきり笑顔のハルヒ。コイツは年下に甘いんだよな。案外保母さんなんて向いてるんじゃないか。
場所をリビングに移して、俺は着替えもせずにハルヒと妹が遊んでいる光景を見ていた。
あぁ、やっぱハルヒはお姉ちゃんだよな。お姉ちゃんて最高だよな。俺は自分が姉属性に目覚めた事をもう認めてしまっていた。

「あっ、キョン君がハルにゃんの事見てるよ~」
「ちょ、ちょっと!何見てんのよっ!妹ちゃん、ああいう顔した人が変態っていうのよ、気をつけなさい」
「うん、わかった~キョン君の変態っ!キャハハ」
おい、妹にいらん事を教えんでくれ。
俺は言い返したが、変態の部分は否定できなかった。悲しいかな。


「ハルにゃんまたね~、今度はアタシが勝つからねっ!」
「フフーン、せいぜい楽しみにしておくわっ!」
結局、遅くまで遊んで外は暗くなっていたので、俺はハルヒを送らなければいけなくなった。
ハルヒを愛車の後ろに乗せて、ペダルをこぐ。さっきまでの元気はどこへやら、ハルヒはずっと黙ったまんまだ。
楽しかったか?俺は聞くまでもない質問をしてみる。

「え?うん……なんかね、すごく懐かしかった。変ね、そんなに長く会ってないわけでもないのに」
そうか。

「……キョンはいいわね、毎日妹ちゃんと会えて」
そうだな。毎朝フライングボディーアタックで俺の腹筋を鍛えてくれるしな。

「なーによそれ。でもいいな、なんでわたしには妹がいないんだろ」
それがいるんだよ。思わず小声で返してしまう。

「え?なに?」
聞こえてなかったようだ。まあいいさ、近いうちにきっと会える。俺は黙ってペダルをこぐ足に力を込めた。

ハルヒを送り届け、家に帰って風呂からでてくると、メールが届いていた。長門からだ。
どうやら例の空間が発生しているらしい。やれやれ、早速今日も引っ張り込まれるのか。
ん?『Alice's Adventures in Wonderland』てなんだ?アリスの不思議の……不思議の国のアリスか。
確かにウサギを追いかけて、わけわからん世界へ行こうとしてるんだ、その通りだな。
これが何かのヒントなんだろうか。長門の事だからきっと意味があるんだろう、覚えておこう。
最後の『わたしもルリの面倒をみて姉属性を身につけたい』っていうのは、どういう意味だ。やれやれ。

俺はベッドに潜って眠気に身を任せる。何時間後かはわからんが、ウサギを追っかけて走らにゃならんからな……


気がつくと俺はまた灰色世界にいた。相変わらず薄気味悪いな。

「あーっ!キョン!またアンタがいるの?」
後ろを向くとハルヒがいた。何でか知らんがお前はいつも俺の後ろにいるんだな。たまには前から現れてくれ。

「はぁ?何言ってんの。それより、ウサギ!もう何日続けて同じ夢を見てるかわかんないわ!
 きっとウサギを捕まえない限り、この夢は続くのよ」
ハルヒの言う事はだいたい合っているだろう。ハルヒはどこかで妹達に会いたがっているのだ。
それが叶うまできっとこの空間は消えない。俺も毎晩追いかけっこをしなけりゃならん。
それはごめんこうむりたいね。今晩中に捕まえてやる。

「あっ、キョン後ろ!」
いきなりハルヒが俺の後ろをさして叫んだ。つられて振り向くと、いつの間にかウサギが立っていた。コイツもいちいち心臓に悪い。
ウサギは昨日と同じように懐から時計を取り出すと、それをこちらに見せながらこう言った。

「どうやら役者と台本が揃ったようです。さあ、開演の時間です。」
そしてこれまた昨日と同じように腕を振る。すると空間が裂けて穴になった。

「それでは、客である私は先に行っていますよ」
ウサギはなんの躊躇いもなく穴に飛び込んでいった。俺とハルヒは顔を見合わせる。
どうする、ウサギは先に行っている、と言っていた。俺達にも来いという事だろう。
長門のメッセージもきっとこの事だろう。アリスは穴に落ちて不思議世界に行ったはずだ。
俺は覚悟を決めた。ハルヒも決意したようだ。

「キョン、わたし行くわ。この先に面白いものがあるような気がするの」
俺もそう思うぞ。

「キョンも、来てくれるよね?」
もちろんさ。これまで以上の楽しい事が待っているに違いない。

「フフ、キョンがそんな事いうなんて。なんだかキョンじゃないみたい」
俺だって自分で変わったと自覚している。いちいち言わんでいい。


「じゃあ、行くわよ」
待て。俺は勇気を総動員してハルヒの手をとった。

「な、何よバカキョン……」
昨日みたいに落ちている途中で離れるのは嫌だからな。他意はない。決してない。

「そ、そう、それもそうね。変な事したら死刑なんだから」
善処しよう。さあ行くぞ。
俺とハルヒはせーので穴に飛び込んだ。


俺はスカイダイビングをやった事がない。でもきっとこんな感じなんだろう。
景色なんてものはないから全然楽しくはない。ハルヒの手だけが救いだ。

「キョン~!夢にキョンがでてくると、いつも楽しい事が起きるの!」
落ちながらそう言って無邪気な笑顔を向けてくれる。チクショウ、かわいい。

「だから、昨日キョンが出てきてくれて、嬉しかった!ずっと追っかけてただけの夢が進展したのも、キョンのおかげよ!」
なんだ、えらい素直だな。夢だと思っているからか。正直たまらん。
俺は落ちながらハルヒを引き寄せ、抱きしめるという、タクワン和尚もびっくりの離れ業をやってのける。

「ば、ばかっ!だめよ!変な事したら死刑だって」
いいから聞け。ハルヒ、この先にはお前の妹達がいるんだ。そう、お前にそっくりな、素直じゃないツンデレラ達だ。

「妹……?うん、わたしもそんな気がしてた」
俺は、そんな妹達の面倒を見ている時のハルヒが、

「え……キョン……」
ええい、違う!ハルヒ、俺は姉萌えなんだ!妹の面倒をみている時のお前は、素晴らしく輝いていたぞ!
そう叫んでから少し後悔する。俺も大概素直じゃないね。
途端に目の前が光に包まれた……


ん……気がつくとまた見知った天井だ、なんとか戻ってきたのか。窓を見るともう明るい。二度寝はできんな。
眠い身体を起こして学校に行く準備を整える。今日はフライングボディーアタックを食らわずに済みそうだ。
いつになく早起きの俺に驚いている親を尻目に、そそくさと朝食を済ませ、家を出た。

たまにはゆっくり登校するのもいいもんだ。ハイキングコースもゆっくり登ればそれほどきつくもない。
ふと立ち止まり、景色を眺めてみる。鶴屋山の隣には、高層ビル群が立ち並んでいた。来るはずもない使徒を待ち構えて。
きっと昼頃になれば、カバンや翼を持った人形が空を飛び回る事だろう。そしてそれを見ても誰も不思議がらないんだろう。
ニュースを見れば、地球と木星の政治的駆け引きについて、コメンテーターが語るんだろう。
せっかく落ち着いていたのに、気分が高揚してきた。俺も変わったね。

教室に着くと、まだハルヒは来ていなかった。俺はすでに来ていたクラスメイト数人と挨拶を交わすと、席につく。
すると急激に眠くなってきた。静かな教室の雰囲気も手伝って、俺は眠ってしまった。

「キョン、こら、起きなさいキョン!」
誰かが身体を揺すっている。
うーん、妹よもう少し寝かせてくれ

「バカキョン!」
頭をはたかれて目が覚めた。ちょっとは手加減をしてくれハルヒ。

「わたしだって眠いのに、目の前でスヤスヤ寝られると腹が立つのよ!」
なんという自己中心的思考。こいつは間違いなく涼宮ハルヒだ。

「うるさい、なんか変な夢見たせいで寝坊して、お弁当の分量間違えちゃうし!」
なんだ、寝坊したのに弁当作ったのか。

「だってアスカの分も翠の朝ご飯も作らなきゃいけないんだから。ほっとけないでしょ!」
…そうか。そうだったな。ハルヒは長女だもんな。

「アンタにも責任あるんだからね。教えてあげないけど。だからこれ、責任もって処分して」
そう言ってハルヒがカバンから取り出した、弁当箱。なんていうか、王道って感じだな。

「団長命令よ、拒否は許さないんだから」
そんなつもりは毛頭ないね。例え中身が爆弾だとしても、俺が責任を持って処分させてもらおう。
だから俺はこう言ったのさ。

「ありがとな、ハル姉」


終わり