節分

 バァンと勢いよくハルヒがドアを開け、妹二人のいるリビングダイニングへやって来た。
 騒がしくないことなど無いに等しいこの家で、この状況に驚くこともなく妹二人が制服を乱しながらやって来た姉に目を向けた。
 「どうしたの、ハル姉」
 「どうせまた、変なイベントを考えただけですぅ」
 「なぁ~にが、変なイベントよ!」
 興味無さ気に答える二人の妹の頭を、ハルヒはぐりぐりと掻きまわす。
 「今日はすごっくいいもの用意したんだから!!」
 乱れた髪を直す二人の前に、ハルヒが買い物袋を突き出す。
 「恵方巻きよ!!」
 「恵方巻き?」
 アスカと翠星石の声が同調する。『恵方巻き』は二人にとって聞きなれない言葉だった。
 「知ってる?」
 アスカが聞くと、翠星石は慌てたように「も、もちろんですぅ」と答えた。
 「そ、そんなことも、知らないですか、アス姉」
 ダラダラと汗を流しながら胸を張る翠星石に、じと目を送るアスカ。
 疑っているわけではない。知らないと確信を持っているのだ。
 「じゃあ、翠は知ってるわけね」
 「と、当然ですぅ!」
 「じゃあどんなのか教えてよ」
 意地悪な質問をわざとするアスカに、翠星石は困惑し、手足をばたつかせる。
 「恵方巻きといったら、あ、あれです…ほら、その…なんと言えばいいですかねぇ…」
 「恵方巻きって言うのは、これよ!!」
 話が一向に進まないことに痺れを切らしたハルヒが、バサバサと買い物袋の中身をテーブルに撒き散らした。
 撒き散らされた恵方巻きの一つを、アスカが手に取る。
 「これって…?」
 「それが恵方巻きよ!節分の日にそれを丸ごと一本、一言も喋らずにまるかぶりするっていう苦行を成功させれば、その年は幸福が訪れるっていう風習よ!」
 ズガーンと頭を打ち抜かれたような衝撃が、妹たちに走る。
 「一言も喋らずに食事を終える…確かに苦行ね…」
 静寂とは対極に位置する姉妹にとって、無言で食事を終えるなど苦行以外の何者でもない。隣の姉妹なら、難なくこなせそうではあるが。
 「こ、こんなに太いのを丸ごとですかぁ…?」
 「ま、おチビの翠には無理か」
 ひょいと一本手に取るアスカの挑発を受け、翠星石も恵方巻きを手に取った。
 「見くびるな、ですぅ!この程度のこと、翠星石にかかれば…」
 「あ、ちなみに途中で一言でも喋ったら、一年間いいことが何もないからね」
 ハルヒの言葉を聞き、恵方巻きを食べ始めていた翠星石は「ムググ」と喉の奥でむせ、「言うのが遅いですぅ」とでも言うような恨めしげな視線を向けた。
 だが逆に翠星石の隣に座ったアスカは、ニヤッと悪戯な笑みを浮かべた。
 「ねえ、翠」
 ちょいちょいと肩を叩かれ、翠星石が隣に目を向けると、アスカが両手で顔をみょ~んと伸ばした、変な顔をしていた。
 「ぶっ…ぶはっ!ひぃ~っひっひっひ!!な、なんて顔してやがるですぅ!!」
 翠星石は溜まらず吹き出す。
 米粒や具材を飛び散らせながら、バンバンとテーブルを叩きながら笑う翠星石。
 「あ~あ、これで翠には一年いいことが起こらなくなったわね」
笑いの止まらない翠星石を尻目にアスカが自分の分の恵方巻きを口に運ぶ。
「くぅ~」っと握りこぶしを作り悔しがる翠星石だが、すぐに表情が復讐に歪んだ。
 「……」
むぐむぐと無言で恵方巻きをほお張るアスカ。
 翠星石はそのアスカの懐に潜り込み、こちょこちょと脇をくすぐり始める。
 アスカも耐えようとするが、長くはもたない。すぐに声を上げて笑い出してしまう。
 「ぶくっ!ごほっ!ごひっ!あーっはっはっはっはっ!こ、こら!翠、やめ、ひっひっひ!!」
 「イ~ッヒッヒッヒ!アス姉、さあ一年分の幸せを吐き出すですぅ!!」
 「ほ、ほんとだめっ!翠!やめっ!」
 くんずほつれずの争いをしている二人の目に、一人もくもくと恵方巻きを食べ続けるハルヒの姿が映る。
 二人は目を合わせ、にやりと笑う。
 「ハ~ル姉!」
 にこやかな妹たちの声にハルヒが目をやると、二人の変な顔が待ち受けていた。
 恵方巻きを咥えたまま、顔を真っ赤にしながら声を出すのを耐えるハルヒ。肩をぶるぶる震わせながらも、声だけは出さない。
 だがそれも長くはもたずに、遂に恵方巻きを吐き出し、腹を抱えて笑ってしまう。
 「あ~っはっは!な、なんて顔してるのよ二人とも!!あはははは!!」
 二人はやり遂げたとハイタッチを交わして喜ぶ。
 「いえーい、ですぅ」
 「これでハル姉も一年不幸決定!」
 だが喜ぶ二人の顔面めがけ、豆が雨あられとぶつけられる。
 「いてててて!」
 「な、なんですかこれは!!」
 二人が目を上げると、怒りの炎に身を包んだハルヒが見下ろしていた。
 その形相は、まさしく鬼の形相。
 「や~っぱり、節分と言えば豆撒きよね!二人は鬼役として逃げ回りなさい!!」
 「ちょ、ま、待ってハル姉!や、やりすぎた!謝るから!!」
 「そ、そうですぅ!そ、それにむしろ今のハル姉の方がよっぽど鬼らしいですぅ!」
 今のハルヒに何を言おうが無駄であった。
 「さぁ!早く逃げないと痛い目見るわよ!鬼は外ー!!」
 「ご、ごめんハル姉~~!!」
 「に、逃げるですぅぅぅ!!」
 ハルヒに追い回される二人の悲鳴が、夜の街に響いた。


 一方その頃、お隣さん。
 「……」
 「……」
 「……」
 三人は一言も喋らず、ただ黙々と恵方巻きを食べていた。

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最終更新:2007年02月03日 21:38