東京島





題名:東京島
作者:桐野夏生
発行:新潮社 2008.05.25 初版 2008.7.20 8刷
価格:\1,400



 作家の本分は、いかに人を食った小説を書いてゆくかということに尽きるんじゃないか、と思うことがよくある。馴れ、ということで循環する作家があり、そこに同じように、馴れ、という態度で委ねる読書があってもそれはそれで構わないと思う。お互いの約束事が好きな読者タイプが好きな人もいれば、そういう読書を求めたい、癒されたいと思う気分だって、誰にもないとは言えないだろうから。

 しかし、ぼくがリスペクトしたいと思うクリエイターは、どちらかと言えば、馴れ、という領域を逸脱しようと、常にチャレンジする精神を維持し続けている部類の作家である。その意味では、日本の女流娯楽小説というフィールドは、実に作家という素材に恵まれており、宮部みゆき、篠田節子、桜庭一樹といった名前は、男作家たちを喰う勢いで、保守という言葉に無縁な冒険心旺盛というイメージを感じさせてくれている。さらにまたその筆頭に立つ旗手のような役割を果たしているのが、この桐野夏生という作家ではないだろうか。

 通り一遍の評価を受けることで満足することなく、次から次へと異色の作品を出し続け、いい意味で読者の予想を裏切り続ける女流作家としては、トップ・ランナーであると言っていいだろう。前作『メタボラ』でも、今までの女性悪漢小説とは異なったカラーを出してきたのだが、本書ではさらに吃驚! ついに無人島漂流記を書いてしまったのである。

 漂流ものと言えば、最近では海外TVドラマの『LOST』だろう。冒険小説フォーラムの歴史においては文芸評論家・関口苑生がFMラジオで紹介した『悪夢のバカンス』(シャーリー・コンラン著)が、一気にフィーバーしたことがあるが、これはもう17年も前の話。そういう意味では、桐野夏生という作家が、無人島をネタに彼女の世界観で人間たちを好きなように料理するというグッド・アイディアは、テキサス・ヒットみたいに意表を突いたタイミングだと思う。

 さらにこの無人島記だが、無人島の割りに、やたら賑やかなのだ。漂流者が多すぎる。一極集中型無人島だから、「東京島」なんていうふざけたネーミングがぴりりと効いてくるのかなとも思う。その辺り、実にうまいアイディアであると思う。群像小説でもある。漂流者たちのさまざまの人生が、無人島漂着という極めて極端な非日常体験によって検証され、考え直され、露出してゆく。ごまかしのきかない、高精度フィルムのように桐野の文体は、皮肉とユーモアたっぷりに黒々とした腹の底までをも描出してしまう。

 ある意味残虐で過酷な物語にならざるを得ないのが無人島サバイバル小説であるとは思うが、東京島というネーミングに委ねられた日常と非日常のコントラストが極めて作家の風刺や悪戯心によって活き活きと明るく輝いてしまう作品というものは、そう滅多にあるものではない。

 描写の方法も、三人称普通文体のいろいろな視点、いろいろな時制、日記体、手記体などなど、バリエーション豊かに組み合わせ、それでいて独特のテンポのよさ、スピード、等々、読者側の好奇心をくすぐる方法を駆使しており、本当に、やられた感の強い小説である。谷崎潤一郎賞を受賞したのだそうである。心よりお祝いを言いたい。

毒も薬もたっぷりの小説であるが、薬ばかり盛り込もうとする小説よりも遥かに効能がありそうなのは確かである。

(2008/12/14)
最終更新:2008年12月14日 23:02