デジモン小説特電第1回
「太一のアグモン、啓人のギルモン、そして『Egg and I』」
デジモン小説は面白い。何を今更、と言われるかもしれないが、では「どのデジモン小説が、どういう風に面白いのか?」という議論は、実は今まであまりされていないと思う。感想を作者へ向けて送ることはあっても、全体へ向けて「この作品は面白い!」と伝える場所も人も、いままでほとんどいなかった。今回から始まる(そして、今回だけで終わるかもしれない)このコラムでは、そんな「このデジモン小説はなぜ面白いのか?」という分析を、筆者なりの視点で行ってみようと思う。取り上げる作品はなるべく現行でも読めるもの、最新のものをピックアップするつもりだが、筆者の記憶を頼りにかつてのクラシック作品を気まぐれに扱うかもしれない。このコラムが多くのデジモン小説ファンにとっての作品ガイドになり、また多くのデジモン小説作家の研究材料になるとすれば、それほど嬉しいことはない(あと、できればこの論評に対する意見感想も貰えればな~、とか思ってしまっているとは口が裂けても言えない)。
筆者は旧オリジナルストーリー掲示板時代から足かけ12年ほど、デジモン小説を読んでいる。休止期間も何度かあるが、それなりにデジモン小説は読んでいる方だと思う。その中で、敢えて「史上最も凄いデジモン小説」を決めるとすれば、筆者はENNEさん作「Egg and I」を推したい。星の数ほどデジモン小説はあれど、デジウェブ育ちのデジモン小説作家にアンケートを取れば、おそらくこの作品は1、2を争う得票数を得られるのではなかろうか。
『Egg and I』の何処が凄いのか。それはこの作品が「現存するデジモン小説作家のほとんどが読み、影響を受け、未だ記憶している」※1ことだと思う。「『Egg and I』を読んでデジモン小説を書こうと思いました!」という人は数知れず。100話以上の長編でありながら誰もが読んでいる。何年も前に連載終了した小説で、未だに内容まで記憶されているデジモン小説が、他に何作存在するだろうか。※2
では、『Egg and I』の何がそこまで読者を惹きつけるのか。理由はいくつかあるだろうが※3、ここではその中でも特に見えやすく、デジモン小説作家が学ぶべきポイントをクローズアップしたい。
ブラックメタルガルルモン※4というデジモンがいる。メタルガルルモンと同様の姿で、体色が黒いという点だけは異なる。属性はウィルス種で、黒いワーガルルモンから進化する。
さて、このデジモンについて語る時、デジモン小説を読み漁っているファンなら、ほぼ全ての人がある同一の個体を思い出すのではなかろうか。力強いが、パートナーを愛し、狂的なまでに固執する存在。『Egg and I』の、多岐誓士のブラックメタルガルルモンを。
これが『Egg and I』の凄い所だ。つまり、デジモン小説の読者に、あるデジモンのイメージを固定させてしまっている所だ。ファンにとってアグモンが「太一のアグモン」であり、ギルモンが「啓人のギルモン」であるように、ブラックメタルガルルモンは「誓士のブラックメタルガルルモン」なのだ。
これは誰にでもできることではない。同時に、オリジナルの個体(オリジナルデジモンではなく)を作るデジモン小説作家の多くが夢見る状態でもある。あるデジモンを思い出す時に、特定の作品の個体を連想させるには、作中に於いて相当に繊細なキャラクター造形と、印象的な描写が求められる。これは単なる技術論だけでは賄えない難しさだ。自分のキャラクターへの理解と愛が必要不可欠だ。もちろん、それを読者に共有させられるだけの文章力も無ければいけない。デジモンがアニメと同じ種族ならば、アニメのキャラクター付けに負けないくらいの描写とインパクトが必要なので猶更だ。
メタルガルルモンだけではない。『Egg and I』に登場するデジモンは、(例え脇役でも)その多くが印象的だ。人懐っこいエアドラモンはヒロイン・千歳のパートナー、物語に何度か登場するキメラモンは完全体とは思えないほど悍ましい悪役。やけに紳士的なアグニモンはデジモンフロンティアの同種とは非常に対照的だ。脇役のピピスモン※5でさえ、筆者はイラストを見ると「あ、ガルルモンに深手を負わせたアイツだ」と思ってしまう。
アニメにせよゲームにせよ、デジモンの根本の魅力はキャラクターにあると思う。キャラクターが印象強ければ、それだけでデジモンとしては「勝ち」と言ってもいい。『Egg and I』はその意味で、『デジモンアドベンチャー』をはじめとする公式の物語に対抗しうる作品だと筆者は思う。
さて、今後『Egg and I』のキャラクター造形に匹敵する登場人物を生み出すデジモン小説は現れるのか?一読者として期待したいし、デジモン小説作家の皆様には頑張ってほしいと思う。無責任な発言だと自分でも思うけれど。
ちなみに、筆者が『Egg and
I』で最も印象に残っている場面は、19話から始まるデュークモンとキメラモンの一戦だ。序盤の山場でもあり、それまで物語に度々登場していたイティアとデュークモンがついに描かれる。無駄のない描写で描かれる凄惨な戦場と、成長レベルで言えば格下なのにも関わらずとんでもなく「ヤバいヤツ」に見えるキメラモン。そして大事な場面で自らの危うさを露呈するガルルモン。まだ未読の方はぜひ一度、とにかく黙ってこの辺りまで読んでほしい。そうすれば後は、誰にも勧められなくとも自然と最終話まで読めてしまうはずだ。
文・Ryuto
※1 ネットスターさんは、いつか自分のネットラジオ「ねす☆らじ」で『Egg and I』のファン作家ばかりを集めた『Egg and Iナイト』をやりたいと言っている。言った以上はやりますよね、師匠?
※2 他に長期連載かつ、未だ多くの読者を抱える作品・作家については、ネットスターさんの「オリスト掲示板十二年史」を参照。いずれも偉大な作品ばかりである。
※3 『Egg and I』がなぜこれ程までに長い間影響力を持ち続けているのかについては、実はほかの理由もあると思うのだが、それはまた別の機会に。機会があれば、だけど。
※4 『Egg and I』作中では単に「メタルガルルモン」と表記されているが、ここでは便宜上「ブラックメタルガルルモン」と表記しておく。
※5 最初に読んだ当時の筆者にとってあの笑い方はちょっとしたトラウマだったので、記憶に残っているのはそのせいかも。ガルルモン痛そうだったし。