「ねえ、樋口君。私たちさっきから結婚としかいっていないけど、本当は何をするのか
わかる?」
「え、えと、その……。せ、セックス……ですか?」 

 ぼくは恥ずかしさをこらえてその言葉をいった。

「ええ、そうよ。子どもを作るときは、キスの後はセックスをするの。ふふ、樋口君も
ちゃんと知ってたのね」
「ご、ごめんなさい……」
「謝ることないわ。学校でも保健体育で教えるものね。まだあなたの学年だと習ってな
いかもしれないけど。――じゃあ、セックスってどんなものなのかはわかる?」
「ええと、まず裸になって、それから男の人のペニスと、女の人のお……ヴァギナを合
わせて」
「そう、それから?」
「そ、それから、ペニスを膣の中に入れて、それで男の人がその、し、射精します……」

 そこまでようやくいったところで、ぼくはもう耳たぶが熱く感じるぐらい恥ずかしく
なっていた。

「その通りよ、テストだったら百点満点ね」
「う、ありがとうございます……」
「そんないじけないで。ごめんね、あなたがどれくらい知識を持ってるか知っておきた
かったから。おかげで安心したわ。樋口君も男の子だもん、ちゃんと知ってるよね」

 先生は下を向いてうなだれているぼくにそういって、抱き合っていた腕を離した。

「じゃあ、まず裸にならなくちゃね。服脱ぐから、樋口君も脱いで」
「は、はい」

 ぼくらはお互いにお互いを見ないよう後ろを向いて服を脱いだ。ぼくの耳には、先生
がスーツを脱ぐ衣擦れの音や、メガネを机に置く音が聞こえた。ぼくは何度もボタンを
外しそこねたりネクタイの結び目にてこずったりしながら、なんとか制服を脱いだ。

「ぬ、脱ぎました」
「うん、でもちょっと待って。まだ振り返らないで」
「どうかしたんですか?」
「ううん、ただ、私を見る前に約束してほしいの。何を見ても、逃げないって」
「……わかりました。絶対に逃げたりしません」
「ありがとう。もう、振り返ってもいいよ」

 ぼくは振り返って、ついに先生の裸を見た。
 先生の裸は、やっぱりものすごくきれいだった。メガネを取った顔はいつもよりもっ
と優しく見えたし、服を脱ぐと白い肌が暗い教室の中で浮き上がるように見える。先生
のおっぱいは、なだらかな丘のように盛り上がって、とても柔らかそうだった。

 そして不思議なことに、先生の下半身は何か白いもので包まれている――ように見え
た。実際にはしっかりとそれが見えたわけじゃないし、脚の輪郭なんかははっきり見え
ているのだけど、なぜか体の周りに白いもやか幽霊のような何かが見えるような気がし
てしょうがないのだ。
 さらに背中にも、ちらちらと羽のようなものが見えるような気がした。それはガラス
のように透明で二対ある、ということは意識できるのだけど、どう目を凝らしてもその
姿をはっきりとらえることはできなかった。

「ど、どうかしら。私の体は、どんな風に見える?」

 先生が緊張した声でたずねてきた。

「きれいです。すごく」
「そ、そう? 何か変なものは見えない?」
「ええと、何だか白いもやみたいなのと、透明な羽みたいのが見える気はしますけど、
それ以外は普通だと思います」
「そう、良かった」

 先生は目に見えて安心したようだった。

「私の体って人によって見え方が違うらしくて、たまに霊感の強い人だったりすると、
それ以外のものがもっとはっきり見えるのよ」
「それ以外のものって?」
「例えば、虫の脚とか、節のある腹とか、触覚とかね」
「ええっ!」
「いったでしょう、私は雪虫の神様だって。――どう、気持ち悪いと思う?」

 ぼくは改めて先生の体を見た。やっぱり、先生の体は普通の人とどこか違うように見
える。ぼくはその時、「先生は本当に人間じゃないんだ」と実感した。だけど、だから
といってそれを気持ち悪いとは感じず、むしろ先生が神聖で尊いものに思えた。

「気持ち悪くなんかないです。先生の体、すっごく素敵です」
「……ありがとう。そういってくれて、とっても嬉しいわ」

 そしてぼくらは、もう一度体を寄せ合った。
 直に触れる先生の肌は、温かくてしっとりとしていて、ただ触れあっているだけでと
ても気持ちが良かった。ためしにもやの部分や羽に触れてみようとしたけど、素通りし
てしまってどうしても手では触れなかった。

「やっぱり気になる?」
「ううん、大丈夫です」
「良かった。私も、樋口君の体に触っていい?」



 ぼくがいいですよ、というと、先生の手がぼくの背中や胸をなで始めた。触るのも気
持ち良かったけど、触られるのはそれよりもずっと気持がいい。先生の指先が肌に触れ
るたびに、そこからぴりぴりと静電気みたいに心地よさが頭まで上って来た。

「あ、せんせ……気持ち良いです」
「そう、だったらもっと気持ち良くなっていいよ」
「あの、先生は」
「なに?」
「先生は、ぼくの体を触りたいって思うんですか?」
「ええ、思うわ。樋口君の体をさわりたいし、樋口君に触られたい。だから、もっとい
ろんなところを触って。私もあなたのいろんなところを触るから」
「は、はい」

 ぼくはその時はじめて、先生のような女の人も、男の人の体を触りたいと思うという
ことを知った。異性の体に触るというのはとってもいやらしいことだと思っていたけど、
実際はそうじゃなくて、相手を思いやりながらするそれは、想像よりずっと素晴らしい
ことだった。
 だからぼくは、先生のおっぱいやお尻にも手をのばして、優しくそこに触ったりもん
だりする。先生もぼくの体のあちこちに手をのばして、じっくりとぼくの全身をなでた
りさすったりした。
 なるべくなら、先生にもっと気持ちよくなって欲しいと思ったけど、たぶん先生より
ぼくのほうが気持よくなっていたと思う。なぜなら、先生の手はずっと動き続けていた
けど、ぼくはあまりの気持ちよさに途中で手が止まったりしたから。

「あっ、そんなところ、汚いです……」

 動き回っていた先生の手が、ついにぼくのペニスにまで触れた。触れられたとたん、
背筋がびくっと震えた。

「汚くなんかないわ。それに、これからセックスをするのよ。ここを触らないとどうし
ようもないわ」
「で、でもぉ……」
「恥ずかしいでしょうけど、我慢して」

 先生の手はぼくのペニスを、くにくにと指でもむようにして刺激した。

「あぅ……なんか、すごく変な感じです」
「大丈夫よ。まだ慣れていないだけだから、じきに気持ちよく感じてくるわ」

 ぼくはその変な感じを耐えるために、先生の体にしがみつく。ぼくのペニスは先生に
触れられて、だんだんと熱くなり、根元の方からはとくとくと血が流れる感触が感じら
れた。そのうち、ペニス自体も血の流れるのと同じようにぴくぴくと小さく動くのまで
わかるようになった。

「ほら、樋口君の大きくなってきたよ」

 いわれて自分のそこを見ると、ぼくのペニスはいつもよりずっと大きく膨らんで、し
かも普段は皮の中にあって見えないおしっこの出る穴まで外に出ていた。そういう風に
なるっていうのは知っていたけど、こんなに大きくなったことなんてなかったから、ぼ
くは、ぼくのそれが自分のものでなくなったような気がして、なんだか怖いと思ってし
まった。

「ひっ……」
「大丈夫、健康な男の子の証拠だから」

 先生は感触を確かめるように、ぼくのそこを刺激し続けながらいった。

「ちゃんと反応はするね。だけど、まだ全部は剥けてないみたい。いま、剥いちゃいま
しょうか」

 先生は指でぼくのペニスの先っぽを軽くつまむと、そのままゆっくりと下に向けて皮
ごと引き下ろした。

「あ、あ、あぁ……」

 ぴりぴりするような感触とともに、ぼくのペニスの中から赤くはれた中身が出てくる。
そして、

「ひぎっ、い、痛いっ、痛いです!」

最後まで引きずり降ろされる寸前、皮がひきつったようになって、激痛が走った。

「痛い? ここだけまだくっついちゃってるんだね。じゃあ……」

 先生は急にしゃがんで、ぼくのそこをぺろりと舌でなめた。

「え、ええっ、そんな」
「驚かないで。唾をつけて、くっついちゃったところを剥がすだけだから」
「ひ、でも、でもぉ……」

 何回かそこに舌で触れたあと、先生はゆっくりとぼくのペニスをその口の中に入れて
しまった。

「あぁぁ!」

 ぼくはもう何が何だかわからなくなった。先生の口の中に、ぼくの恥ずかしくて汚い
部分が丸ごと飲み込まれてしまい、でもとてもそのことが信じられず、いやらしいよう
なうれしいような、悲しいような怖いような、そんなぐちゃぐちゃな気持ちになってしまっ
たのだ。勝手に足ががくがくふるえだして、今にもへたりこみそうになる。


 ぼくがそうして混乱している間にも、先生は口の中でぼくのそこをなめて唾でぬらし
て、そしてひきつった部分を舌先でむいていく。びりびりと、あるいはひりひりとする
ような痛みがあったけれど、ぼくにそれを気にしている余裕はなかった。

「んっ――ほら、全部むけたよ。よく我慢したね」

 そういって先生が口を離した。先生の口から出てきたそれは、いつも見ているぼくの
ものとは全然形が違って、赤いヘビの頭みたいだった。先生の唾でぬれたそこに冷たい
空気が当たると、まるで氷でなでられたみたいに感じる。
 はあはあと息を切らしたぼくは、ついに床の上にへたりこんでしまった。腰くだけに
なって、ぶるぶるとふるえながら、ぼくは初めて女の人に本当のいやらしいことをされ
たショックを受け止めた。

「う……ううぅ……」
「怖かったんだね。ごめんね。でも、大事なことだから」

 泣きそうになっているぼくを、先生が優しく抱きしめてくれた。先生の温かくてやわ
らかい体に包まれて、ようやくぼくのふるえは止まった。

「樋口君も、見られるばかりは嫌だよね。私も自分の恥ずかしいところ、あなたに見せ
てあげる。ちゃんと、女の人の体のこと教えてあげる」

 先生は立ちあがって脚を軽く開くと、ふとももの付け根にあるそこをぼくに見せた。
もやの薄くなったそこだけが、真っ暗な中でもはっきりと見えた。
 ぼくが初めてみる女の人のそこは、真っ白の体に引かれたピンク色の線みたいに見え
る。そして先生が自分の指でそこを広げると、太い線だったそれが赤い花みたいになった。

「ほら、これが女の人の性器。この中に、今から樋口君のそれが入るの」

 ぼくはそこを食い入るように見つめた。いやらしい、見ちゃいけないものだっていう
気がしたけど、でもどうしても見ずにはいられなかった。

「良く見てね。この外側のが大陰唇で、内側のが小陰唇。上にある丸いお豆みたいなの
がクリトリス。そして、見えにくいけど、いま私の触れている辺りに穴があって、そこ
が膣口。ここに、男の人のペニスを入れて中で射精すると、赤ちゃんができるのよ」

 先生はいちいち指さしながらそこを示した。ぼくは聞いているような、半分聞いてい
ないような、ふわふわした心地でその説明を聞いていた。

「んっ……」

 説明していた先生が、自分の膣口の中に指を入れる。それは入るっていうより、埋ま
るといった方が近いような、そんな風にぼくには見えた。


「せ、先生……」
「は、ん……ちょっと待って。いま、私も、セックスの準備をしているところだから」

 ぼくの見ている前で、先生の指が出たり入ったりをくり返した。何度も出入りするう
ちに、先生のあそこも指も、きらきらと光る液でぬれていくのがわかった。

「は、あんっ……はあ、気持ち良いよぉ……」
「先生、気持ち良いの?」
「ええ、そう、よ……。私、樋口君の裸を見ながら自分のここをいじると、気持ち良く
なっちゃうの」
「ぼ、ぼくの裸でそんな風になるの?」
「そう、私、いま樋口君の裸でお……オナニーしてるのぉ。はあ、んぁ……」

 ――オナニー、なんだ。
 ぼくは、名前だけ知っていたその行為を間近で見て、なんだかものすごく興奮してし
まった。無意識のうちに、ぼくの手も自分のペニスをさわっていた。
 ぼくは生まれて初めてのオナニーを、先生と見せあいっこしながらした。

「はあぁ……樋口君のも、また大きくなったね」

 先生のいったとおり、一度小さくなりかけていたぼくのペニスは、さっきよりもずっ
と大きく成長していた。

「二人とも準備できたね。じゃあ、そろそろセックス、しましょう」

 先生は手近な所からイスを一脚ひっぱりだして、ぼくの前に置いた。

「あなたはここに座って」

 ぼくはうながされるまま、そのイスに座る。座ったぼくの両脚を、先生の手が優しく
開いた。先生自身は、ぼくの体の上にまたがった。

「樋口君の初めて、私がもらうから。いい?」

 じっと見つめられて、ぼくは返事を求められていることに気づく。

「は、はい」
「うん、よろしい。じゃあ、いくね……」

 ぼくのペニスを手で支え、先生はゆっくりとその上に腰をおろした。

「ん……くは、あぁ……」
「ああっ……せ、先生……せんせぇっ!」

 ぼくの赤くはれたペニスが、先生の中にずぶずぶと飲み込まれていった。
 先生の中は、とっても熱くて狭い。ぼくの敏感な先っぽを優しく包み込んで、同時に
根元はきゅうっと強くしめつける。

「先生……、先生、せんせえ、せんせぇ……」
「はふ、全部……はいったよ。これで、樋口君も大人なんだね」

 先生の腰が落ち切ると、ぼくのペニスは完全に見えなくなってしまった。ぼくは先生
の体重を全身で感じて、とっても幸せな気分になる。ペニスからは今までに感じたこと
のない気持ちよさがこみ上げてきて、お腹も胸も頭の中も、全部が温かい涙の味で満た
されたような感じがした。
 ぼくらはぴったり一ミリのすき間も作らずくっついて、なるべくたくさんお互いを感
じられるように抱きあった。ぼくは先生のおっぱいに顔の両側を挟まれながら、先生の
顔を見上げる。先生も自分のおっぱいの間にあるぼくの顔を見る。先生がうつむくと、
ちょうど二人の唇が合わさった。

「ん、ちゅ、ちゅるっ……はあっ、んぐっ……」
「ふうっ、んんうっ……くちゅ、ちゅうぅっ」

 ぼくたちはお互いの体がすっかりとなじんだと思えるまで、お互いの口を吸いあった。
ぼくが舌を突き出すと先生がそれを吸ったし、先生が舌をあたえてくれればぼくがそれ
を吸った。お互いがお互いのものをなるべく多く自分の中に迎え入れようとして、そし
てお互いが自分のものを相手に与えたがった。
 そのうちぼくの体は全てぐずぐずに溶けて、先生に飲み込まれてしまうような心地に
なった。ぼうっとした頭ではもう、どこからどこまでが自分の体なのかも判断できなく
て、だから、自分のペニスがとっくに限界を超えていることに気づいたのは、もうそれ
がびゅくびゅくと動いて射精を始めた後だった。
 ぼくのペニスが不慣れな動きで精液を噴き出すのを、先生はきゅうっきゅうっという
腰の動きで助けてくれる。キスを続けながら、ぼくはその気持よさに息を止めてたえた。

「はあっ、出ちゃった……」
「ちゃんと出たね。あなたの射精、しっかり感じたわ」

 ようやく射精が終わって息苦しさにもだえるぼくに、先生はそう声をかけてくれた。

「先生、これでもう終わりなの?」

 ぼくは不安になってきいた。

「大丈夫よ、まだ時間はあるわ。今夜だけなんだから、できなくなるまで何度でもしま
しょう」



 先生の腰が動く。ぼくのペニスは先生の中に包まれたまま、ぐうっとしごきあげられ
た。

「ふああぁっ! 待って、先生。ぼく、まだぁ……」
「出したばかりでつらいのね。だけど、ごめんなさい。私は、今夜はもう我慢しないっ
て決めたの」

 ぼくの上で先生が腰をひねり、上下に振り、左右にゆすり、ためらうことなくぼくの
ペニスを刺激した。そこからぼくの頭に流れ込んでくるのは、敏感な先っぽをこすられ
る痛み、熱い先生の中の気持ちよさ、そして射精したばかりのペニスを無理やりにいじ
くりまわされる、もどかしい苦しさ。

「ひんっ、あっ……アッ……あっ……ハあっ!」

 苦しさと気持ちよさにぼくは息もできずにあえぐ。今までの人生で一度も使ったこと
のない神経にいきなりとてつもない刺激を流し込まれて、ぼくの脳みそは焼き切れそう
になった。
 それでも刺激されるうちに、だんだんと苦しさより気持ちよさの方が大きくなってく
る。気持ちよさは先生が動くたびに大きく膨らんでいって、同時にぼくのペニスもまた
膨らんでいく。
 自分の心臓の音がうるさいほどに大きくなる。汗が体中の水分が全部出てしまったん
じゃないかと思えるほどたくさん噴き出て、ぼくも先生も全身がずぶぬれになった。
 先生とぼくがつながっている部分はもっとずっとびしゃびしゃになっていて、先生が
腰を打ちつけるたびにぐちゃぐちゃと水音を立てた。その水音すら、ぼくの興奮をどう
しようもないほどに高める。

「ひぐっ、でるぅ! あっ、あああ!」

 流し込まれる気持ちよさが体の中に収まりきらなくなって、ついに爆発した。
 今度は射精の瞬間が自分でもわかった。ぼくのペニスがびくびくと脈打ち、体の奥底
にたまったマグマが飛び出すように、ぼくは先生の中に液状になった自分の欠片を流し
こむ。そして先生の体は、それをうれしそうに飲み込んでいった。

「はぅ、はあっ、はあ――。先生、ぼく……もう……」

 射精を終えたぼくは、すがるような気持ちで先生を見た。だけどそこにぼくが見たの
は、ぼくが望んだような表情じゃなかった。
 そこには、苦悩と悲しみの色があった。それと同時に、さっきオナニーをしていた時
のような興奮と抑えきれない欲望があった。
 ぼくは、女の人がそんな顔をしているのを見たことが無かった。いや、それをいうな
ら今までに見たどんな人のどんな表情とも違っていた。

「せ、先生……どうしたの?」
「――ごめんなさい」

先生がまたぼくに謝った。
 一度動きを止めていた先生が、再び動き出す。ぼくのペニスを中に入れたまま。

「ひぎっ――。せんせっ、止めてっ……きついよぉ!」

 今度こそ、ぼくは本物の苦痛を感じた。二回連続で射精したあとのぼくに、気持ちよ
さを感じる余裕なんてあるわけなかった。
 でも先生は、ぼくの訴えを聞いても止まらず、ぐいぐいと上下に左右に動き続ける。

 それでぼくは、自分がどんなに未熟で弱い存在なのかを知った。

 先生もぼくも、お互いのことを欲しがっている。それは間違いない。だけど、ぼくか
ら先生にあげられるものは、もう全て使い果たしてしまった。ぼくが弱くて、なにも知
らない子どもだから。だから、先生はぼくから奪うしかなくなってしまったんだ。
 ――ぼくのせいで。

 そう考えただけで切なくて苦しくて、涙が自然にあふれだすのを止めることができない。
先生のことを愛しいと思う感情が、自分が子どもなのがくやしいという感情が、この人
と離れたくないと思う感情が、ひどい、つらい、苦しいという感情が、いつまでもいつ
までもあふれ続ける。

「うあああっ! わあああああぁぁぁぁっっっ!」

 気がつくと、ぼくは大声を上げて泣きわめいていた。本当に小さい赤ちゃんのような、
人間ではない動物がほえるような、めちゃくちゃな声を上げてぼくは泣いた。

「ごめんっ! ごめんねっ! 樋口君ごめんね!」

 先生はぼくを抱きしめながら、何度も何度も、ごめんごめんと謝った。ますます激し
く腰を動かしながら、本当に必死な声で謝った。
 ぼくは先生に、謝って欲しくなんかないといいたかったけど、どうしてもまともな声
が出せず、ただ先生の胸に抱かれてわあわあ泣き続けるだけしかできなかった。
 いつしかぼくのペニスは、さっきと同じくらい大きくふるえて、先生の中にまた射精
していた。しかし、ぼくも先生もそんなことはもう気にしなかった。先生はずっと動き
続け、ぼくは泣き続けた。ペニスがふくらんで、射精して、泣いて。またふくらんで、
また射精して、また泣いて。ぼくはただ、ずっとそれだけをくり返す。
 先生もまた、動いて、あやまって、泣いて。また動いて、またあやまって、また泣い
て。ただそれだけをくり返した。
 泣き声の二人は、暗い教室の中で、小さいイスの上で、声が続く限り叫び続ける。声
が枯れてもお互いを呼び続ける。体力が尽きて、それでもお互いを抱きしめ続ける。そ
んな自分の全てを使い尽くすような交わりが、いつまでも続く。

 そして、ついにぼくの全てに限界が来た時、ぼくのすりつぶされた意識はふっつりと
とぎれた。

 目が覚めた。目は覚めたけれど、ぼくの体は、死んだようにうんともすんとも動かな
い。だいぶ苦労してから、ようやくまぶたが開いた。
 目を開けたとき、ぼくは自分が、あの先生の体を包んでいたのと同じ白い綿毛で包ま
れているのを発見した。その綿毛はほんの一瞬で消えてしまったので、しっかりと見る
ことはできなかったけど、確かにぼくは先生に包まれていたのだと思う。
 そしてその向こうに、ぼくを抱きしめたまま目をつぶっている先生がいた。

「先生?」

 ぼくはひかえめに声をかけた。先生はずっと目を閉じたまま答えてくれない。

「先生!」

 焦ってそう呼びかける。

「大丈夫、起きてるわ」

 先生が目を開けてくれた。ぼくはほっとして胸をなでおろす。

「良かった。心配しました」
「そう……」

 先生は気だるげに一言だけいうと、ぼくを抱きしめていた腕を離す。

「あの、先生……」

 その様子が変だったので、ぼくはまた不安になった。

「樋口君、服を着て」
「え? あ、はい」

 そういわれて初めて、ぼくは自分が裸なのを思い出した。急いで床に放り出してあっ
たそれを拾って身につける。ぼくの後ろで、先生も服を着ているようだった。
 服を着たぼくが振り返ると、そこにはいつも通りの姿の先生がいた。

「荷物は大丈夫? 忘れものとか無い?」
「え?」
「忘れたの? あなたと私は、今日でお別れなのよ。もう時間が無いから、今すぐ別れ
なくてはいけないわ」
「そ、そんな! だって、先生はぼくと……」
「だめよ。最初に約束したでしょう、本当に今夜限りだって」
「で、でも……」
「樋口君、あなたはもうこれから本当の大人にならなければいけないの。そして、本当
の大人は別れの大切さを知っているものなのよ」



 そういわれて、ぼくは先生との別れがどうしようもない運命であることを、いまさら
ながら思い知らされた。

「また、いつか会えますか?」
「それは無理よ」
「どうして? 一年後にまた戻ってくるんでしょう」
「確かに、私は一年に一度だけこの世に現れることができる。だけど、あなたと私とが
もう一度出会うことはないわ」
「ど、どうして……」
「その理由はきっと、あなたが本当に大人になったときわかること」
「ぼく、もう大人です! 先生だって、さっきそういったじゃありませんか」

 本当はそうじゃないと自分でも知っていたけど、でもいわずにはいられなかった。

「そういうことをいうのは、子どもだけなのよ。さあ、もう駄々をこねるのは止めて、
お家に帰りなさい。きっとご両親も心配しているわ」

 そして先生は、最後にぼくの頭を軽くなでてから、ぼくを置いて教室から出て行って
しまった。

「ああっ、待ってください先生!」

 ぼくは急いで教室を出て先生の姿を探した。しかし、走っていたとも思えないのに、
先生の姿はすでに見えなくなっていた。廊下に、先生の足音だけが響いていた。
 その足音のする方に向かって、ぼくは走り出す。廊下を走り、階段を駆け下り、また
廊下を走り、そしてついに一階の昇降口まで来る。そこまで来ても追いつけなかった。
 ぼくはためらうことなく、靴をはきかえることもせずにそのまま校庭へと走り出る。
きっとそこに先生がいると、そう思ったのだ。

 身を切るように寒い夜の校庭に出る。不思議なことに、真夜中にもかかわらずそこは
妙に明るかった。そしてそのうすぼんやりとした中に、白い小さなものが見えた。

「雪虫……」

 それは、白い綿毛をまとった雪虫たちだった。それも、今までに見たこともないぐら
いたくさんの。校庭の植木や、土の上、タイルの上まで、全てをおおい尽くすかのよう
に一面に雪虫がいた。
 その雪虫たちは、ぼくの目の前で一斉に飛び立った。ぼくの周りを、視界をさえぎる
くらいに雪虫が飛び交い、風に乗り、どこまでも高みに昇っていく。粉雪のようにも、
妖精のようにも見えるそれは、北風をつかまえて高く高く舞い上がり、そしてやがて空
に輝く星にまぎれてわからなくなる。
 ぼくはあまりに幻想的なその姿に心を奪われて、何もいえず立ちつくした。
 最後の最後まで先生は美人だと、ぼくはそう思わずにいられなかった。


 結局あの後、僕は帰りがものすごく遅くなったせいで親にこっぴどく怒られた。理由
ももちろんきかれたけど、とても本当のことはいえず、ただ学校で居眠りをしたら夜に
なってたと言い訳した。どうも信じてもらえなかったようだけど、一応それ以上は追及
されずにすんだ。
 そして迎えた今朝、寝不足の頭を抱えつつも、ぼくはなんとか学校へと歩みを進めて
いる。街路樹の葉は全て落ちて、土の上には霜柱。ぼくの首にはマフラーが巻かれてい
る。今朝の天気予報は、まだ十二月の初めだというのに、もうこの冬一番の寒さを伝え
ていた。
 学校についたぼくは、授業を受けて、暖房の温かさに思わず居眠りをして、後ろの席
の柴田や隣の江藤さんとおしゃべりをする。

「相っ変わらずカメゾウはむさかったなー。入院したついでに、顔も整形してくりゃ良
かったのによ!」

 今朝のホームルームから復活した担任教師を、柴田はそうこき下ろした。柴田ほどで
はないにしろ、松葉杖をついてまで出てきたあの先生については、もっと長く入院して
て欲しかったというのがみんなの共通認識だ。

「そういえば、柴田は白川先生にメルアド教えてもらえたの?」

 江藤さんが柴田に向かってきいた。

「だめだった……。何度きいてもはぐらかされてよ。王様ゲームが最後のチャンスだっ
たのに、それを江藤、お前は……お前がっ!」
「ちょ、ちょっとそんな、急に逆ギレされても困るわよ! っていうか、アンタそんな
理由で王様ゲームなんていい出してたわけ? で、なんかズルしようとして失敗したん
でしょ。そんなの人のせいにしないでよ!」
「う、うるせえ! てめえが、俺の引くはずだった王様くじを先に引かなけりゃ、俺が
先生とラヴラヴエッチな罰ゲームをしているはずだったのに!」
「へ、変態! 最低っ! 色魔っ! 触らないでよ変態がうつっちゃうじゃないの!」
「止めてよ二人とも! なんかぼくにも当たってる、攻撃当たってるからっ! 痛っ、
痛いって!」

 ぼくを挟んで始まったそのケンカは、前回の二倍の時間にわたって続けられた。そし
て柴田と江藤さんと、なぜかぼくまでも一緒に、次の授業のために入ってきた亀山先生
に仲良く怒られるはめになったのだった。

「くそっ! カメゾウの奴、自分が怪我したからって、やつあたりに放課後まで説教し
やがって……」
「なんで関係ないぼくまで叱られなきゃなんないんだろ……」
「もー最悪! なんか天気まで悪くなってきたしっ」

 ぼくたち三人は、それぞれに不満をもらしつつようやく下校しようとしていた。亀山
先生に職員室まで呼び出されたあげく、夕方までえんえんとお説教されたのだから、そ
れが当然の感想だと思う。
 そういえば、職員室ではちらりと白川先生が使っていた机を見てきた。その机は元か
ら物が少なかったけど、今ではもう先生がそこにいたことを示すものは何もなくなって
いた。たぶん先生が消えたあの時に、先生がこの学校にいた証しも、全て消えてしまっ
たんだろう。そしてみんなの記憶だけが残って、でもその記憶もだんだんと消えて行っ
て、最後にぼくだけが先生のことを憶えているんだろう。それはとても寂しいことだけ
れど、でもそれがきっと一番良いのだと、ぼくは思う。

 遅れて昇降口から出たぼくを、柴田と江藤さんは待っていてくれたようだ。二人はな
らんで立ちながら、上の方を見上げている。

「お待たせ。どうかしたの?」
「ん、いや、何かいま冷たいもんが顔に当たったような気がして、雨降んのかな、と」
「やだな。あたし、傘持ってないよ」

 ぼくも二人と一緒に空を見上げる。暗く曇った空。もう日が短い時期だから、気温も
さらに下がってきている。

「あっ、雪だ!」
「えっ……?」

 江藤さんが上を指していう。
 それとともに、ちらちらと、空から粉雪が降り始めた。雪はぼくが見ている間にもど
んどん強くなって、ぼくの黒い制服の上にもたくさんの雪の花を咲かせた。

「うおっ、すげえ初雪だ! やっぱ、雪とかテンション上がるな~」
「きれいだね。もっと降ったら、積もらないかな?」
「俺としては積もってほしいな。そしたら、カメゾウがまた事故るかもしんないし」
「もっとまともな感想はないわけ? ま、元からあんたには期待してないけど。ところ
で、樋口君はどう……あれ、樋口君どうしたの?」
「ん? あれ、おい樋口。なんでお前、急に泣いてるんだ?」

 にじんだ視界の中の二人は、突然泣き始めたぼくを不思議そうに見ていた。
 友達に見られながら、それでもどうしても涙がこらえられない。温かくて恥ずかしい
涙が、雪の結晶と混じり合って地面にぽたぽたと流れ落ちた。こんなところで人に見ら
れながら泣くなんて、やっぱりぼくはまだまだ子どもだ。

 初恋の終わりを告げる雪は、ぼくらの上に途切れることなく降り続ける。

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最終更新:2009年01月08日 22:59