いつからだろうか…私は自分の存在に疑問を抱いていた。
レゾンテートル、存在理由。
私は何故ここにいるのか?
私はここにいてもいいのだろうか?
私は何処に向かうのだろうか?
…答えはない。ただ、『強さ』だけが私を私たらしめる証だった。
だけど…私はそなたと出会って気付いてしまった。
私は恐れていた。世界が私を拒絶することを恐れていたのだ。
いつだって私は怖くて、悲しくて、ひとりぼっちだった。
世界を幾度となく滅ぼせる力を手に入れようと…久遠に尽きる事のない時間を持とうとも、私は…

初撃。互いに神速の域に達する斬撃が交錯し、間合いが“削り取られて”いく。
大地を蹴ってさらに踏み込み、切り返して連斬…狙うは首―――のはずだった。
二人は同時に踏み込み、互いに密着するほどの至近距離に至るや唐突に刀を伏せた。
「…強くなったな、刀刃斎。余は嬉しいぞ。」
とん、と胸に頭を預けて師匠は僕を初めて誉めた。
「…はい。」
僕は戸惑い、どうしていいか分からないまま左手で師匠の頭を撫でた。
「そなたは優しい。それはそなたの弱さでもあり、強さでもある。
余は…優しいそなたなら余を討ち果たせると信じている。」


「神を討つのは心だ。人間は脆く、儚く、生まれた瞬間から死へと向かう哀れな存在…だからこそ、我等には到底持ち得ぬ“心”を持っている。
人は限られた時間を…我等から見たら取るに足らない時間を懸命に生きて、喜び、怒り、悲しみ、笑って、最後には等しい死を迎える。
だから人は…そなたは…美しいのだ。」
そう言うと、師匠は僕をじっと見上げて、背伸びをしてキスをした。

―――余は…そなたを“     ”。
唇を離し、師匠は優しく笑って言った。

龍は数歩の間をおいて人と対峙する。
掲げる手に握られるは月読の刀。
「…武神、戦神、闘神、龍神、天神の名に誓い、我が剣に宿すは我が御霊なり。
果つるなき時を、森羅万象を、鳥獣草木の果てまで、有象無象の別なく斬り伏せ給へ。」

龍が静かに口ずさむ言霊に、人も言葉と刀を重ねる。

「「天上冥府を貫く修羅の剣を与え、我が真名を我が御霊をぞ刻み、我が敵を討ち果たさん。
聞け、我が真名は…」」
白んだ空に光が差し込み、紅の太陽が夜明けを告げる。

「八洲天龍」
沈みゆく蒼き月に捧げたるは龍の真名。

「“八洲”刀刃斎」
昇りゆく紅き暁に捧げたるは人の真名。

「「必殺っ…!!」」

体が刃と化して、刹那を那由多に捉える感覚。
風の流れも…太陽の光も…踏みしめる大地も…鈍色の刀身さえ暖かく感じた。

互いに最大最強最後の一太刀を交わすその時、師匠は構えを解いて僕に微笑みかけて言った。

「ありがとう…」

人の叫びと澄んだ金属音、そして静寂が辺りを包んだ。

「なぜだ。そなた、なぜ刃を止めた!」
「僕には…師匠は、僕の…僕の…」
頬に鋭い痛みが走り、刃の無くなった刀を取り落とす。
目を向けると、右の角に亀裂の入った師匠が手を堅く握り締め、赤い瞳のまま睨み付けていた。

「そなたは…己が願いを忘れたか?この世を平和にしたいのではなかったのか?
余を…余すら討ち果たせずして何が平和だ…そなたの想いとはその程度か?
余はそなたになら、そなたの想いなら余を討ち果たせると思って…いや、願っていた。
なあ、刀刃斎。余はそなたにある感情を抱いている。
余には愛という感情は分からないが…この気持ちが愛だというならば、きっとそうなんだろう。
そなたが余をどう思うかは分からないし、心を見透かしてまでそれを知りたいとも思わない。
ただ…余はそなたを…。」


ふわり、と師匠の匂いがした。
さっきと同じで、さっきとは違う意味のキス。
僕の唇を押し分けるように師匠の舌が乱暴に入ってきて、僕の舌に絡めてきて、僕はどうしていいか分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになる感じがした。

「ん…ぅ…はあ」
ゆっくりと糸を引きながら唇が離れると生まれたままの姿の龍は少し困惑したような表情を浮かべて言った。
「余は口下手だ…だから単刀直入に言おう。
そなたと交わり…そなたの子を孕みたい。」
龍は淡々と一語一句を噛みしめるように言い放ち、空を見上げる。

「師匠…でも師匠は僕の―――むぐっ!」
「余はもうそなたの師ではないし、育ての親でもない。
ふむ、そうだな…口下手な余なりに言わせてもらうと“哀れな人間を食らおうとしている恋する龍”といったところか。
ふふっ…なんとも滑稽ではないか。」
くすくすと笑う龍はなんとも嬉しそうで、その笑顔はどことなく幼い印象を青年に与えた。
「さて、それではそなたの筆下ろしだな。…案ずるな、余も…初めてだから。」
「初めてって…何がですか?それに筆下ろしって?」

?を浮かべる青年、開いた口がふさがらない龍。
それはかくも可笑しき風景かな。


「ふふっ、そうか、そうだったな。思えばそなたには性に関する事はなんら教育せなんだったな~♪」
…尻尾を振って腹を抱えて笑う師匠なんて初めて見たな…そんなにおかしいことかな?
「よいよい。この際だ、そなたに女を教えようぞ。まあ家で茶でもどうだ?余が淹れてやろう。」
そういえば師匠の淹れるお茶なんて久しぶりだなあ…なんだかいろいろ疲れたし、温かいほうじ茶でも飲みたいな~。

―――いいのかい?ホイホイついて行って…龍は童貞だって食っちまう(ry
空耳だろうか?どこからか犬神さんの声が聞こえた気がした。

「まあ、当然のごとく一服盛るんだがな~」
それは僕が飲み干すと同時にさらりと告げられた。
「これは…術…です…か?」
「やはりそなたは余の一番弟子だな♪まあ、これから何が起こるかは分かってないようだが…」
じっと見つめる師匠の顔はまるで酔っ払った時のように紅く、その目つきはまさしく酔って絡んでくる寸前の目を思い出させる。
ハッキリ言って師匠の酒癖は悪い。
いきなり説教を始めたかと思うと全裸になって倒れるように眠り込んだり、
酷いときには僕が湯船に浸かっていると「1人では寂しいだろうから余も入る」なんて滅茶苦茶な理由で無理やり湯船に入ってくる。


だが、師匠の目はどこか違っていた。
少し潤んだような…何か物欲しそうな目つきで僕の顔をのぞき込んでいる。
そういえばさっきから息が荒いし、やたらと下半身をもじもじと動かしている。
師匠が全裸なのはいつもの事だけど…今日の師匠はなんだか変だなあ?