「おいレオン。次の町にはまだ着かんのか?」
「まだまだですよ」
「もう野宿は嫌だぞ私は。今日中に何とかしろ?」
「無茶言わないでくださいよ。最低でもあと一日はこの森に……痛いッ!」
「主に口答えとは、随分と偉くなったもんだなぁ」
「す、すみません」
 鬱蒼とした木々が日の光を遮る薄暗い森の奥深くに、一人の青年と一匹の猫がいた。
 猫にレオンと呼ばれた青年は、背中に旅道具と思わしき物を背負って重そうに揺ら揺らと危なっかしく歩いている。
 茶髪の短髪、顔は完全に女。しかもそこ等の女では敵わないであろう美人顔で、過去の記憶が断片的にしかない男。
 だが身に着けているものは白い鎧で、彼の胸を覆っている。
 肩や腕や脚には白い肩当て、腕当て、臑当ても身に着けておりその下は普通の服。
 そんなちょっとした騎士のような格好をしている彼の肩当ての上に乗っている一匹の白い猫。
 名前はブランシュネージュ。雌猫。
 その右が赤、左が青と両目の色が違うその猫は、レオンの頬を爪で引っ掻き、さらに根元から二本に分かれた尻尾で傷口を叩いている。
 その攻撃にレオンは怯み涙を溜めながらも歩き続けていた。
「ご、ごめんなさぁい!」
「ふん、まぁ許してやろう。ほら、またされなくなかったら急ぐんだぞ?」
「は、はい」
 傍から見たらひ弱そうだが人間の男が猫の言いなりになっているのは、少し妙な光景だろう。
 だが、二人の関係は明らかにレオンより猫のほうが上の立場であり、彼は立場上猫の下僕である。
 何故こんな関係なのか、理由は簡単で、ただ単にブランシュネージュの方が力が上。
 文明が滅び数百年経ったこの世界では力が物を言う。
 よって、ブランシュネージュより力関係では下のレオンは彼女の下僕というわけだ。
 まぁ、彼女の場合は少し特別なのだが。
「ぶ、ブラン様? す、少し休みませんか?」
「私は疲れていない、却下だ」
「う……はい」
 ただレオンや荷物の上に乗っているだけのブランシュネージュが疲れるわけもなく、レオンの提案は即答で却下された。
 ため息を吐き、薄気味悪い森の中をレオンは進んでいく。
 この森に入る前の村にてレオンは、この森には魔物がウジャウジャいると聞いておりかなりビビッている。
 武器なんてものは持っておらず、人間であるレオンが襲われればひとたまりもない。
 そして、そんな彼に近づく無数の気配をブランシュネージュは感じていた。
「おいレオン、いいことを教えてやろうか」
「な、何ですか?」
「後ろを見てみろ」
「え…………うわああっ!!!」
 不敵な笑みを浮かべているブランシュネージュに言われたとおり、レオンはゆっくりと背後を見る。
 そして驚き、尻餅をついてしまった。
「イタ、シロイネコ」
「シッポ、フタツ」
「メノイロチガウ、マチガイナイ」
「ブランシュ、ネージュ……」
「お、オーク!!」
 レオンにとって一番恐れていたことが起こってしまった。
 目の前には10体はいるであろう魔物の群れ。オークだ。
 レオンより何倍もある大きさ、赤い目を光らせレオンというよりブランシュネージュを見ている。
 オークが一歩前に進むとレオンは一歩後退り、彼の体の震えは止まらない。
 オークといえば、頭はかなり悪いが凶暴な魔物で有名であり、戦士へ兵士でもない限りは見たら逃げるのが当たり前……特に女は。
 更に、オークの群れはレオンを女だと判断し、明らかに興奮した表情で彼を見ていた。
「レオン、お前は私の下僕だ」
「え?」
「下僕なら主を守って見せろ」
「はい!!?!」
 残酷とも言えるブランシュネージュの言葉に、レオンは我が耳を疑った。
 確かに彼女のいう言葉も一理あるが、奇跡でも起きない限りはレオンにオークの群れの相手をするのは不可能。
 そしてレオンが声を上げたとき、オーク達は一斉に襲い掛かった。
 オーク達の目的は二つある。一つはレオン。
 そしてもう一つはブランシュネージュ。何故なら彼女はただの喋る猫ではないのだから。
「オオォォオオォォーー!!」
「うわああああーーー!!!!」
 地面を揺らし、辺りの木々が音を立てて揺れる。
 無数のオークが一斉に走り出せば、周りはちょっとした地震のようになる。
 オークの群れはレオン達に向かい雄叫びを上げながら突撃していき、レオンは全力で逃げた。
 先程までの疲れなんて忘れている、このままでは恐らくいろんな意味で襲われて殺されてしまうからだ。
 背負っている荷物の中から、林檎等の食料や色んな道具が落ちオークに踏み潰されるがレオンは気にせず森を進んでいく。
 必死に逃げるレオン。振り落とされそうになりレオンにしがみ付くブランシュネージュ。
 背後を見れば木々をなぎ倒しながら、物凄い形相のオーク。
 レオンは涙を流しながら走り続ける。
 だがその逃走も長くは続かなかった。
「わわっ!!」
 石に躓き、思いっきり顔から転ぶレオン。その前方に飛んでいくブランシュネージュ。
「いたた……」
「こ、こら、主を吹き飛ばすな」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ……」
 不機嫌気味にレオンに言うブランシュネージュの白い体毛には土がついてしまっている。
 だが、レオンにとっては正直そんな事構っていられない。追い詰められてしまった。
「ブラン、シュ、ネージュ……クウ」
「オンナ……ヤル」
 ジワリジワリとレオンに近づいていくオークの群れ。
 完全に女と思い込んでいるレオンを犯し、ブランシュネージュは食うつもり。
 恐怖で動くこともできないレオンは、涙を流しながら震えるだけ。
 しかし、そんなレオンの頭を踏み台にしブランシュネージュがオーク達の前に現れた。
「まったく、仕方のない下僕だな」
「ぶ、ブラン様!」
「目を瞑っていろ、すぐ終わる」
 震えているレオンに対し、彼女は至って冷静、余裕な口調。
 両手で頭を押さえていたレオンは、ブランシュネージュに言われたとおり目を瞑り蹲る。
 その刹那オーク達は我先にとブランシュネージュに襲い掛かった。
「ウオオオオォォオォォーー!!」
「寄るな雑魚ども。私を誰だと思っている」
 それは一瞬だった。
 目を瞑っているのにもかかわらずレオンは眩しいと感じ、周囲の温度が一気に上がり、オークの叫び声とともに爆発のような音が森中に響いた。
 オークがブランシュネージュに襲い掛かった瞬間、彼女の尻尾の先はオークに向き両目が光ると同時に小さな体全体が白く眩く光った。
 その光にオークは飲み込まれる。光が治まったころにはオークの姿はなく、オークだけが消滅していた。
「もういいぞ」
「う………あ、ありがとう、ございます」
「主に守られてどうする。情けないとは思わないのか女男」
「す、すみませ……」
 恐る恐る目を開けたレオンも、魔物が消えていることに驚かされる。
 何度この光景を見ただろうか、そして決まってブランシュネージュの説教が始まる。
 まぁ、彼女の言うことも一理はあるのだが、やはりちょっと無理がある。
 レオンは人間。ブランシュネージュのように魔女となった猫とはわけが違う。
 そして、ブランシュネージュの説教にしゅんとして謝ろうとしたレオンの背後にあった木が折られ、彼はそこから現れたオークに捕まってしまった。
「う、うわああぁぁ!!」
 情けない声を上げるレオン。手足をばたつかせて抵抗するも、オークにはまったく通じない。
「ぶ、ブランさまぁ~~!!」
「……」
 ブランシュネージュに助けを求めるレオンだが、その声を聞いても彼女は黙ったままだった。
「……お前は私の下僕なのだ。オークの一匹くらい倒して見せろ」
「そ、そんなぁぁーー!!」
 主から出た言葉に、レオンは絶望した。
 ついに見捨てられた、そう感じた直後レオンはオークの大きな手により地面に叩きつけられた。
「がっ!!」
 一瞬息が止まる。
 オークの手は彼の頭を押さえつけ、レオンは起き上がれなかった。
「オンナ、オンナ、ヤル!!」
「ひいぃぃ!!」
 更に、自らの性欲のままオークはレオンが穿いている衣服に手をかけようとする。
 このままではやばい、そんな事を思いながらもレオンは抵抗することすらできなかった。
 だが、オークが彼に触れる前に、小さな竜巻がオークを茂みの中に吹き飛ばす。
 地面は再び揺れ、ゆっくりと起き上がったレオンの傍にブランシュネージュは歩み寄った。
「あ、ありがとうございます、ブラン様」
「まぁ人間では少し無理があるようだ。だが私も、いちいち下僕を守っていられない、疲れるしな」
「え?」
「そこで……お前にこれをやろう」
 ブランシュネージュの尻尾が光り、その中から何かが出てきた。
 それを尻尾で渡され、レオンは困惑した。
 出てきたのは見たことのない物質だった。黒く十字架、どことなく剣のような形をしている。
 そして十字架の中央には、赤く妖しく光る丸い宝石があった。
「あの、これは何なのでしょうか?」
「それは魔装具(ガジェット)。私のコレクションの一つだ。それをお前にくれてやるのだ、有り難く思え?」
「は、はぁ……」
 有り難く思えと言われたも、ガジェットなど聞いたことのない物体を渡されたレオンの心情は微妙。
 以前ブランシュネージュは古代兵器から魔法兵器まで何でもコレクションしている、と本人が口にしていたのをレオンは思い出した。
「さぁ、それを使いオークを倒せ。あんな筋肉一撃で倒せるだろう」
「で、でも……」
「オオオオーー!!」
 更に倒せと言われても困ってしまうレオン。
 だがその直後、森の中から先程のオークの叫びが響き、木々をなぎ倒して近づいてくるのがわかる。
 使い方もわからない道具、渡した本人に聞こうとしても、既にブランシュネージュは木の上にいた。
「オンナッ!」
「あ、あの、ブラン様、これどうやって……」
「そんなものは、魔装具に聞け」
「え……わッ!!」
 オークは再びレオンの前に現れた。吹き飛ばされたのを根に持っており明らかに怒っている。
 レオンは木の上で眠っているブランシュネージュにガジェットの使い方を聞くと、彼女はただ一言レオンに言う。
 その言葉に困ったレオン。
 だがその直後、ガジェットは赤く眩く光りオークもその光りに目を瞑って怯んだ。
 赤い光は周囲を一瞬赤に染め、治まるとレオンの手には小さなガジェットの変わりに、黒い両刃の大剣がその手に握られていた。
 俯きながら黙っているレオンに、一瞬怯んだオークは再び叫びその大きな拳を振るった。
 だが、その腕はレオンに当たることなく、オークから分離し地面へと落ちた。
 その直後、オークは悲鳴を上げ赤い血を大量に噴出しながらその場へと倒れた。
「……ヘっ、筋肉野郎が、俺様を殴ろうなんざ十年はえーんだよ」
「なるほど、あれがあの魔装具か……」
 オークの腕はレオンにより斬られていた。
 レオンはオークの死体を見て、大剣を担いで笑っている。
 目つきは鋭くなり、髪の色も黒くなり、力も増し、まるで別人になったようなレオンを、ブランシュネージュは尻尾を揺らしながら眺めていた。
 そんな時、彼らの周囲から再び気配を感じ、レオンは笑いながらそれが出て来るのを見ていた。
 オークだ。仲間の叫びとブランシュネージュの気配、そしてレオンの笑いを聞き再び群れで彼らの前に現れた。
「なんだやんのか? いいぜ、久々に出てきたんだ、大暴れしてやるぜ!!」
 そして、レオンが大剣を前に出し構えた瞬間、オークの群れは一斉に彼に襲い掛かった。


「な、なに、これ……」
 気がつけば、自分はオークの死体の山の上にいた。
 木々はオークの血で赤く染まっており、自分も返り血らしき物を浴びていることがわかった。
 レオンはとりあえずその場から離れようとするが、腰が抜けてしまい四つんばいでオークの死体から離れる。
 困惑した。無理もない、ガジェットが赤く光った直後の記憶が殆ど無いのだから。
「どうした?」
「あ、ブラン様」
 木の陰に隠れているレオンの頭の上に、ブランシュネージュが木の上から着地する。
 レオンは困惑しながらブランシュネージュに色々と聞いた。ガジェットは何かとか色々。
 木の上で終始見ていたブランシュネージュは、レオンの質問攻めが終わると軽くため息を吐いた。
「ふぅ、まぁ、教えてやろう。なぁに簡単だ。その中にはある魂が宿っているんだよ」
「た、魂ですか?」
「あぁそうだ。そいつが光ってから記憶が無いのだろう? それはお前の体の中にその魂が入り込んだせいだ」
「ぼ、僕の中にですか?」
「そうだ。その魂がお前の代わりに、お前の体を使って戦っていた」
 俄かには信じられない。
 だが、オークの死体、記憶が無いこと、それにブランシュネージュが魔女と言うことがレオンを信じさせた。
「今後も、私ばかり頼らずにそいつを使え。なに、戦いになれば喜んで戦ってくれるさ」
「わかりました……」
「あと、それ以外は表に出すなよ?」
「は、はい……出し方分かりませんけど……」
『ちょっと待てそこの猫女!!』
「え!?」
 レオンの頭の上に乗り、尻尾で彼の頬を撫でながらブランシュネージュは命令する。
 それに彼は従った時、レオンが手に持っていたガジェットがその命令に反論した。
 と言うより、喋ったことにレオンは驚いた。
『てめぇ何勝手決めてやがんだ!!』
「勝手も何も、貴様は今からレオンの私物だ。下僕の物に意思があるのなら、それも私の下僕」
『だぁ~れがてめーの下僕だぁ!!』
「下僕の物は私の物。それとも何か? また海のそこで眠っているか? 今から捨ててやってもいいのだ、魔装具はお前だけではないからなぁ」
『すみませんでしたぁ!!!』
 ガジェットの反論も、ブランシュネージュの一言により終わった。
 彼女の新しい下僕の誕生である。もっとも普段は何もできないので、レオンの苦労は変わらないが。
 ブランシュネージュの下僕として生きて長いレオン。だが今日改めて、この猫には敵わないと悟った。
「見ろレオン、あれは村ではないのか?」
「え……あ、本当ですね」
 そしてレオンは立ち上がり、血まみれの荷物を持つ。
 しばらく歩くと、森を抜けていた。オークに追われる際一気に抜けてしまったようで、レオンに疲労が襲った。
 思わずその場にしゃがみ込むレオンに、ブランシュネージュは猫耳と尻尾を動かしながら彼に言う。
 彼女の言うとおり、まだ少し距離はあるものの小さな村が見える。
 レオンは最後の力を振り絞り、再び歩き出した。
「野宿は免れそうだな。よくやったぞレオン」
「あ、ありがとうございます」
 手で撫でるように、ブランシュネージュは二本の尻尾でレオンの頭を撫でた。
 彼女にほめられ、レオンも笑顔を見せながら歩いていた。
『おい小僧! 宿に着いたら飯にしようぜ!』
「う、うん、そうだね」
「今日は肉の気分だ」
「わかりました」
 そして、小さな丘を超えブランシュネージュご一行は村を目指す。
 新しい下僕……仲間の魔装具を向かえ、レオンの両親を殺した者を見つける為の旅、そしてブランシュネージュの下僕としての旅は続く……