反響する自分の声に追い立てられるかのように、アルは駆け出した。
懸命に四肢を動かして逃げる様は、犬のそれに等しい。いや、それよりも無様に見えた。
小さく笑みを動かした、少年にとっての恐怖の対象――宗教画に出てくるような悪魔の羽を生やした美貌の女性は
くすり、と笑みを漏らして少し前かがみになった。大きく開かれた獣の翼が小さく揺れると同時に、その細い肢体が浮き上がる。
直後、弾かれたように女性は音もなく狭い室内を飛んだ。まるで獲物を捕らえる鳥のように、アルの背中にその身を落とす。
軽い衝撃と共に、アルの苦悶に満ちた呻き声が木霊した。

「ばっ・・・・・・化け物」

「あら、化け物なんて失礼ね。私には、エルザって名前があるのに」

悲鳴のように叫ぶ。
少し気分を悪くしたのか――それでも随分と楽しそうではあるけれど――自らをエルザと名乗った女性は形の良い眉を吊り上げた。
エルザの言葉はアルには届いてないようだった。
頭では自らが決定的な立場に立たされてしまった事自体は理解しているが、動物としての生存本能が未だにその運命に抗おうとしているようだった。
見た目のとおりに、エルザの体は随分と軽い。普段であれば、アルならば問題なく持ち上げられる程度しかない。
だが、恐怖の余り統制を失っているのか。アルの肉体は背中に腰掛けたエルザの体を上下に揺らす程度しか出来ない。
その事実が、この哀れな少年をさらに焦らせていく。既に何を口走っているのかすら、全く自覚できないでいた。

「さぁ、もう観念しなさい?」

酷く優しい声だった。場所が場所であれば聖母のそれと区別がつかないだろう。だが、今のアルにとってそれは死刑宣告のようなものだった。
いくらか少年は落ち着き始めていた。なんてことはない、とりあえず上にいる自分の理解が及ばないものをどかせばいい。
扉は開いている。他ならぬこのエルザと名乗った化け物が開けた。どうもここは牢屋の一種らしい。だったら外にはかんぬきもあるはずだ。
とりあえず身を軽くする。その後一目散に、全力で、この部屋を出る。あとは硬く閉じてなんとかこの城を脱出しよう。
外が晴れなら逃げれるはず。もし、晴れじゃなかったら――? そしたら僕の運命もそこまでということだ。
なんにせよ、何の抵抗も示せずに死ぬそれだけは・・・・・・

そこまで考えて、アルは決意を新たにする。全身に力をこめようとして――目眩がアルを嘲るように襲い掛かってきた。


「う・・・・・・ぁ・・・・・・」

「どう? 貴方達人の身では聞き取ることの出来ない――いえ、凶器にすらなる私の『声』は?」

それは、アルが目覚めたときのそれと酷似していた。どうしようもない浮遊感と吐き気。それがアルの思考を一瞬にして奪い取っていった。

「もう我慢するのにも飽きたわ。そろそろ味見させて頂戴ね?」

何か引っ張られるような感覚と共に、耳元で衣の裂くような音――いや、実際彼の衣服が引きちぎられる音が聞こえた。
それが何を意味するのか、アルには瞬時には理解できなかった。気づいたのは、冷えた肌に熱っぽい空気を感じたときだった。

「や、め――!」

鋭いものが肉を貫く生々しい感触。首の根元、鎖骨の辺りに感じる鋭い痛み。同時に体から何かが流れていくのを感じた。
背中と言うよりかは、胸の方に近い部分を噛んだらしい。上体を起こした不自然な体勢のアルを、エルザの常人を超えた筋力が支えている。
飲みきれずに唇の端から溢れたソレが、お互いの体を濡らしていく。
朦朧としていた意識は激痛によって一気に正常へと引き戻されていた。あるいは、それは不幸だったかもしれないが。

「・・・・・・はぁ・・・・・・」

どれほどの時間がたったのだろうか、エルザは正常な男ならば聞けば思考を蕩けさせるような妖艶な吐息をついて口を離した。
悩ましげに少し開いた唇の隙間から見える鋭く伸びた犬歯から新鮮な血が滴っている。青白い綺麗な肌の喉には赤い筋が一本延びていた。

「思ったとおり。若くて、新鮮な血は・・・・・・美味しいわね・・・・・・」

エルザは、自分の下で苦痛に顔をゆがめる少年の頬に小さく口づけをした。
それは情愛などから来るものではなく、久方ぶりのご馳走をくれた事にたいする彼女なりのご褒美だった。


少しばかり余韻に浸った後、エルザはゆったりとアルの背中から腰を下ろした。
うつ伏せに倒れたアルの体に手をかけて、仰向けに転がす。
血液の流出と共に体力も低下したのか、さしたる抵抗も見せずに少年は天井を見上げる形になった。

「人には痛めつけて悦ぶ人と、痛めつけられて悦ぶ人と、二種類居ると聞いたわ。――どうも、貴方は後者だったようね」

言ったエルザの赤い瞳はアルの下半身を見つめていた。そこには、服の下からでもはっきりと分かるほどに誇張したアルのモノがあった。

「暫くぶりの来客だもの。長く、楽しませてもらうわ」

そう言って、手を伸ばす。アルはか細い吐息でしか返事を返せない。
そんなに沢山飲んだつもりはないのだけど――と、エルザはどこか遠くで考えた。でも、あんまり長い間まともな食事がなかったものだから
調子にのって採りすぎてしまったのかもしれない。その点については少しばかり反省しよう。
実際のところは、今まで経験もしなかったような事態にアルの体がついていけなくなっただけではあったが
そうエルザが思い違いしてくれたことによって、その後の行為にはいくらか手心が加えられていた。

細い指がアルの探検用の丈夫な下着にかかる。小物をいくつもぶら下げた厚い皮のベルトごとそれを引きちぎった。
露になり、ろうそくの明かりに照らし出されたアルの下半身を見てエルザは思わず感嘆の声を上げた。それは、年の割にはかなり大きかったからだ。
何よりもまず飢えが来た。楽しむのは明日からでもいいだろう。とりあえず、今日は――
冷静さを誇りとする彼女の思考から、少しずつ理性が取り払われていく。遠い昔に封印した獣性が首をもたげはじめていた。
もしかしたら、今日が満月の夜であったからかもしれない。人が呼ぶ吸血鬼と言う存在と、彼女の存在は全く違うものだったが
いくらか影響は受けているかもしれない。とにもかくにも、エルザは自分の意識がどんどん収束されていくのを感じていた。

立ち上がると、下腹部に違和感を感じた。太ももの部分が濡れている。
スカート――かつてこの城の主の娘が来ていた服――をたくし上げて、指をそこに這わす。嗅いで見ると、雌の臭いがした。
もう我慢できないらしい。とエルザは自嘲した。でも、そんな人間的な思考すらも少しずつ削り取られていった。長くは持たなかった。
このままだと、行為をしている最中に、目の前の美味しそうな獲物の血を全て飲み干してしまいそうだった。それだけは避けたい。
たくしあげたスカートをそのまま口に含む。結果、自分の下半身は露になったが恥辱は感じなかった。むしろ興奮さえ感じる。
胸を上下させるだけで、微動だにしないアルの体を跨ぐ。体は早く、早くと、急かしていたがなんとか押しとどめた。
ゆっくりと腰を下ろす。こんな場所でなければ、その姿はとてもいじらしく、また、可愛らしく思えただろう。
そして、自分の局部とアルのソレが触れ合う感触を合図にするかのように、一気に腰を落とした。


「く・・・・・・うぅ!?」

痛みか快楽かそれとも別の何かか。絶叫にも近い声でアルは初めて感じるその感触を迎えた。
顔を少し上げると、自分のそこで一心不乱に腰を振る化け物――エルザが見えた
頬は上気したように赤く染まり、宝石のような瞳の輝きはさらに増していた。
手足が冷たいが、つながった部分だけは溶岩のように熱い。自分がまるでソレになったかのような感覚。
頭まで突き抜ける快楽の奔流。何も考えれずにアルはただ与えられる感触に翻弄されていた。

息を殺すエルザの姿を見ていると、まるで少年が嫌がる美女を侵しているように見えるが、実際は全く別だ。
全く経験のないアルは性交という行為がもたらす快楽に弄ばれている。それに対してエルザは貪欲にソレを求めていた。
当然のごとく初めてのアルの限界は早い。また、エルザの性器が与える快楽が強すぎるのもあった。
始まって数秒もたたないうちにアルはその内に秘めたものをぶちまけた。若さを象徴するかのように結合部から白い液体が溢れ出す。
でも、エルザは止めようとはしなかった。喘ぎ声がやがて苦痛の声となっても構わずに腰を何度も打ち付ける。
その瞳からは既に正気は失われていた。ただ、ただ情欲に溺れる雌がそこにいた。
苦痛を通り越してアルの声に再び淫らな音が混じり始める頃にやっと、エルザの思考は冷静になりはじめていた。
既に5時間も経ったころだった。常人ならば気絶してもおかしくない。アルも多分にもれず意識は既に混濁している。
だが、エルザの言う後者であった彼は、既に狂い始めていた。
肉体を酷使すれば酷使するほど歓びを感じるように精神が組み換えられつつあった。勿論、自覚なんてしていなかったけれど。

エルザが満足して立ち上がる頃には、腐った肉と血と土のにおいで満たされていた石室は、精液の臭いに包まれていた。
青白い肌を濁った白い液体が伝う。ごぽ、と酷く生々しい音を当てて塊がアルの局部の先端に垂れた。触れると同時に赤く腫れた部分がぴくりと身じろいだ。
どうやら見境を無くして吸い尽くしてしまう事態は避けられたらしい。と、エルザは安堵した。
見下ろした少年も生きているようだ。精のつくもの――肉などを食べさせれば心はともかくとして体は元気になるだろう。なってもらわないといけない。


エルザの気分は過去類を見ないほどに晴れやかだった。
これでまた、一人寂しい思いをしないで済む――

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年01月23日 11:07