残暑(前編)

「もうこんなもんでいいんじゃない?」
「ん、そうね…」
 9月のまだ残暑厳しい夏空の下、小学校の片隅に植えられたマロニエの前で、セーラー服姿の
未来と、オレンジのポロシャツにグレーの半ズボンといういでたちのイツキが、並んでしゃがみこみ
ながら、泥で汚れた手で額の汗を拭っていた。その傍らには、雑草の小山ができている。今日は
未来とイツキとで、一緒にマロニエの周りの雑草取りをしていたのだ。
 時刻はまだ真昼といって差し支えない頃だったが、新学期が始まったばかりの短縮授業で、
イツキも未来も、もう授業はとっくに終わり、未来の帰宅時間に合わせて待ち合わせをしての
作業だった。

「手が痛くなっちゃった。それに汗だらけだよー」
「まだ暑いもんね」

 二人は拭いきれない汗を額に浮かべながら、水場で並んで手を洗っていたが、やがてあらかた
泥を落としてしまうと、未来がイツキに声をかけた。「それじゃ、帰ろっか?」
「うん」
 イツキはぱっぱっと手の滴を払うと、未来と共に校門のほうへと歩き始めた。夏休み中、避難所と
なって多くの人が出入りしていたこの学校も、新学期にあわせてその役目を終え、今はもう避難民の
姿はない。授業もとっくに終わって児童はみな帰宅し、この強い日差しの下では校庭で遊ぶ子供もなく、
わずかに教師が職員室に残るだけとなった学校には、夏の終わりを告げるツクツクホウシの声だけが
響いていた。地震であちこちヒビが入って痛んだ校舎と相まって、非常に物寂しい雰囲気だ。

「…あ、そうだ」
 そんな無人の校内を歩き、校門を目前にしたところで、急にイツキがなにかを思いついた顔になると
立ち止まった。
「なあ未来ねーちゃん。いいトコがあるんだ、ちょっと寄って行こう」
「いいトコ?」
 未来の質問に、イツキはイヒヒと笑みを浮かべただけで、突然駆け出していく。「こっちだよ
未来ねーちゃん」

「あ、ちょっと待って、イツキ君!」
 未来が慌ててその後を追いかけて行く。イツキが向かっているのは校門と反対の側、学校の奥の
ほうで、どうやら“いいトコ”というのは校内のどこからしい。(あっちは確か…)
 つい半年ほど前まで通っていた学校だ、未来も学校の中の様子はよくわかっている。イツキに
ついて進むにつれて、彼女にもイツキがどこに行こうとしているのか、なんとなく察しはついた。

(やっぱり…)
 すぐにそれは未来の視界に入ってきた。彼女が予想した通り、イツキが向かっていたのはプールだ。
こんなに暑くて汗だくとなれば、冷たいプールでひと泳ぎしたくなるというのも肯ける。
 が、いくら暑いとはいえもう9月、プールは閉鎖されてしまっているはず。実際、プールの方も、
校内の他の場所と同じく静まり返っていて、子供たちの歓声も水音も、まったく聞こえない。

「ちょっとイツキ君、どこ行くの?」
「こっちこっち」
 だが未来の予想に反し、イツキはプールの入口を素通りすると、プール沿いにどんどん駆けていって
しまった。後を追う未来が、通り過ぎざまに横目でちらりと入口を見ると、南京錠がかかっていて、
どの道入ることはできそうにない。未来がイツキに視線を戻すと、彼はその先のプールの角に沿って
曲がり、見えなくなってしまった。
「もう、待ってよ」
 未来もその後をついて角を曲がる。そこは学校の高い塀と、一段高くなっているプールの土台部分に
挟まれて通路状になっている場所で、イツキはその先、学校の角にあたる部分でようやく足を止めた。

「ここだよ、未来ねーちゃん」
 そう言ってイツキが指差したのは、プールの角の部分だった。プールは不審者対策のブラインドで
ぐるりと囲まれていて、外から中の様子を見ることはできないのだが、そこだけ土台のコンクリートが
崩れてぽっかり穴が開き、プールの中が見えている。恐らく例の地震で崩れ、まだ補修がされていない
のだろう、コーンとポール、そして黄色と黒の安全ロープでおざなりに囲ってあるだけだ。
「こっから中に入れるんだぜ」
「あ、ちょっと…」
 制止しようとする未来を尻目に、イツキはロープをくぐって土台をよじ登り、プールの敷地の中に
入っていってしまう。
「ダメよ、勝手に入っちゃ」
「へーきへーき、未来ねーちゃんもおいでよ」
 プールサイドによじ登ったイツキは、穴の向こうから未来を見てそれだけ言うと、さっさと奥へと
行ってしまう。
「待ちなさいってば」
 しかたなく未来もロープをくぐると、彼の後を追ってその中へと入っていった。

 無人のプールはしんと静まり返り、水面が強烈な日差しを反射してきらきら輝いていた。閉鎖され、
恐らく浄水ポンプも止まっているのだろうが、最後に使用されてまだ間もないせいか、水もまだまだ
透明に澄んでいる。
「へへ、だーれもいないや」
「ダメよ、怒られちゃうよ?」
「外から見えないし、あんまり音を立てなきゃ大丈夫だって」
 イツキの口ぶりからして、何度か忍び込んだことがあるのだろう。未来はやれやれといったふうに
溜息をついた。
 しかしそれはまあいいとして、一つ問題が…「だいたい、水着なんて持ってないわよわたし」
「そんなの裸で泳げばいいじゃん」
「!?」
 頬を赤くして目を剥く未来の前で、イツキが服を脱ぎ始める。「ちょ、ちょっとイツキ君…!」
未来が止める間もなく、イツキはシャツを脱いで上半身ハダカになり、靴に靴下、そしてズボンも
脱いでトランクス一枚になってしまう。(そ、それも脱ぐ気!?)
 未来がますます顔を赤らめる。いくらまだ子供とはいえ、さすがにすっ裸になられたら、少し
目のやり場に困ってしまう。

「いやっほぉ~!」
 しかし幸いなことに、イツキも全裸になるのはやはり抵抗があるのだろう、トランクスは身に
着けたまま、歓声をあげて元気よくプールへと飛び込んで行った。
 この学校のプールは、低学年用の浅い部分と高学年用の深い部分が真ん中で柵に仕切られている
タイプで、イツキが飛び込んだのは高学年用の深い側だった。まだ8歳のイツキでは、普通に立って
いても顎まで水に隠れてしまうくらいで、彼が飛び込むと同時にどっぽーんと派手に水しぶきが上がり、
イツキはそのまましばらく浮かんでこなかった。そして十秒くらいして、ようやく水面に顔を出した
イツキは、今の音を誰かに聞き咎められていないかとハラハラしている未来に向かって、お気楽そうに
手を振った。
「未来ねーちゃんもおいでよ!」

「…わたしは遠慮しとくわ」
 未来はジト目になってプールサイドに腰をおろした。いくらまだ子供のイツキの前でも、さすがに
下着姿になって泳ぐのは抵抗があるし、かと言って服のまま泳ぐわけにもいかない。ためらいなく
下着姿になれるイツキに、呆れ半分羨ましさ半分で、未来はプールで一人はしゃぐ彼を目で追っていた。

「……暑い」
 プールサイドで夏の日差しにじりじり焼かれながら、未来は一人ごちた。イツキが泳ぎ始めて
まだ十分と経っていないが、こんな日を遮る物のなにもない場所で、何をするでもなく手持無沙汰で
いるとなると、なおさら暑さが堪える。
「ねぇ、もういいでしょ? そろそろ帰ろ」
「えー? まだもうちょっといいじゃん」
「もう…」
 まだプールからあがろうとしないイツキに、未来が不満げな溜息を洩らしたその時だった。
「うわっ」
「?」
 突然イツキが驚いたような声をあげ、未来が目をやると、彼は水中でぴょこぴょこと飛び跳ね、
頭が水面を出たり入ったりしている。(なにやってんだろ…?)
 未来が眩しさに目を細めてじぃっと見ていると、イツキは手で水面をバタバタと叩き始めた。
頭が水面に出るたび、ぷはっぷはっと水を噴いている。

 ……。

 溺れてる!? 遅ればせながらそれに気付いた未来はがばっと立ちあがった。「イツキ君!!」
 どうしよう、誰か助けを呼ばないと…。未来はおろおろと辺りを見回したが、もちろんプールに
他の人間はいない。いや、恐らくは職員室にでもいかなければ人は見つからないだろう。
 誰かを呼びにいっている時間などない。一瞬の判断ののち、未来はためらわずにプールへと
飛び込んだ。

「イツキ君!」
 もがくイツキに向かい、未来は水をかき分けながら進んだ。セーラー服が水を吸って重くなり、
なかなか思うように進まない。とはいえ、しょせんは小学校のプールだ、ほどなく未来はイツキの
元へと辿りついた。
「ほら掴まって!」
「み、未来ねーちゃん…!」
 未来が手を差し伸べるよりも早く、イツキのほうから未来の肩にしがみついてくる。「あ、足、
けほっ、足が…いたたたたた…」
 イツキが水にむせながら訴える。未来が水中に目を凝らすと、右足をくの字に曲げている。きっと
こむら返りでも起こしたのだろう。
「今外に出してあげるから、ちゃんと掴まってて!」
「う、うん…いてて…」
 涙目のイツキを肩に掴まらせ、未来はプールサイドに引き返して行った。プールの縁に辿りつくと、
未来は先にイツキのお尻を押してプールから出すと、重くなった服に苦労をしながら、やっとのことで
プールの縁をよじ登る。

「あたたたたた…」
「はぁ、はぁ…」
 四つん這いになって息をついている未来の横で、イツキは仰向けに転がって爪先を曲げ伸ばしして
いたが、やがてこむら返りが治まってくると、未来の方へ顔を向けた。「ありがと、未来ねーちゃん」
「『ありがと』じゃないわよ、バカ! わたしがいなかったら死んじゃってたかもしれないんだよ!
だから勝手に入るなって言ったのに、もう…!」
 間髪入れずに、未来が思い切りイツキを叱りつけた。激しい叱咤に、イツキは首をすくめた。
ちょっと足がつっただけなのに大げさな…。イツキはそう言い返そうになったが、未来の瞳にプールの
水ではない水滴が…涙が浮かんでいるのに気付いて口をつぐんだ。
「せっかく地震で助かったのに、こんなことで死んじゃったらどうすんのよ…」
「……」
 未来の震える声に、イツキは神妙な顔になると身体を起こして胡坐をかき、首を少しうなだれさせた。
彼女が何故こんなに取り乱すのか、もうイツキにもわかっていた。悠貴だ。あの地震で命を落とした、
未来の弟でイツキの親友だった少年…。

 イツキは首をうなだれさせたまま、ポツリと呟くように言った。
「…ごめんなさい、もう勝手にプールに入ったりしないから」
「絶対だよ?」
「うん…」
 涙声の未来に、イツキがこくんと肯く。未来はそれを見届けると、体育座りになって膝に顔を
埋めた。イツキはその横で、やはり座ったまま押し黙っていた。

「……」
「……」
 気まずい沈黙が数分続く。未来は膝に顔を埋めたまま、涙を零し続けて…いるかと思いきや、
こっそり顔を赤くしていた。顔を上げないのは赤面をイツキに見られたくないからだ。
(あ~もう、泣いちゃったじゃない…イツキ君のバカ!)
 悠貴の死を思い出してしまったとはいえ、泣いてしまうなんて我ながら少しナーバスすぎる反応
だったと、未来は心の中で頭を抱えた。さらにそれを年下の男のコに見られたとなると、恥ずかしくて
顔を上げられない。かといって、このまま膝に顔を埋めていても埒が明かないし…。

「あ~~~~っ!」
 さらにしばらく葛藤したのち、未来は顔をあげると叫んだ。「もう、服がびしょびしょ~!」
 未来は両手をバタバタ振って滴を払うと、さっと立ち上がった。ぽかんとしているイツキの前で、
未来はびしょ濡れになったセーラー服の裾に手をかけると、一気に捲りあげた。

「!?」
 未来のささやかな膨らみを覆う、飾り気のない白いブラジャーが露わになり、イツキの心臓が
ドキンと跳ねる。頬を赤らめるイツキの前で、未来はセーラー服を脱ぎ捨てるとスカートのホックに
手を掛けて外し、ばさりと地面に落として、上下とも下着姿となってしまった。ブラに続き、やはり
飾り気のない純白のパンツを目にして、どぎまぎとなっているイツキに、未来がソックスを脱ぎながら
声をかける。
「やっぱわたしも泳ぐわ。いこ、イツキ君」
「え、あ…」
 イツキは慌てて立ちあがり、そこでちょっと訝しげな顔をする。
「でも、勝手にプールに入ったらダメなんだろ」
「今度は浅い方でね。それに、もしまた溺れそうになってもまた助けてあげるわよ」
「あ…うん…」
 照れ隠しにつっけんどんに言う未来に、イツキは気圧されたように肯いた。そして未来の後に
ついて、プールのほうへと歩いていった。

「あはっ、冷たーい」
「へへっ」
 浅い方は飛び込んだら底に激突すること間違いなしなので、二人は縁に腰かけると、爪先から
するりと水中に入りこんだ。水深は未来の股下までくらいしかなかったが、さっきイツキを助ける
時には無我夢中で、他の事を考えている余裕のなかった水の冷たさを、今はそれでも十分に感じる
ことができた。イツキのほうも、未来を泣かせてしまったことをまだ気にしつつも、彼女に笑顔が
戻ったこともあって、笑みを漏らした。

「きゃはっ」
 未来が腰を落として肩まで水に浸かると、ゆっくり水を掻いて泳ぎ出した。イツキもその横で
並ぶように泳ぎ始める。しばらく二人は並んですいすいと平泳ぎをしていたが、ふと未来が横泳ぎに
なると、片手でイツキに水を掛け始めた。
「やめろよ、未来ねーちゃん!」
「ふふっ、それ!」
 思わず底に足をついて立ちあがったイツキに、未来も泳ぐのをやめて両手で水を掛け始めた。
イツキは片腕で顔を覆って水を防ぎ、空いている方の手で未来に水を掛け返す。そして一瞬
未来の手が休んだ隙に、イツキが両手で猛然と水を掛け始めた。
「きゃぁっ!」
 今度は未来が悲鳴を上げ、両手で水を防御する。しばらく水を掛けられるがままになっていたが、
イツキの隙をついて再び掛け返す。もはや誰かに聞き咎められる心配も忘れ、二人はバシャバシャ
きゃあきゃあと、プールの中ではしゃいでいた。

「……!?」
 だが間もなく、水を掛け合っていたイツキが不意にその手を止め、目を丸くして棒立ちになった。
おかげで未来が浴びせる水をモロに受けることになったが、イツキはそんなことにはまったく気付いて
いないかのように、微動だにしない。今の彼の意識にあるのはただ一つ、目の前にいる未来だけだった。
 はしゃぎながら彼に水を掛けてくる未来は、当然のように全身びしょ濡れだ。そしてもちろん、
身に着けているその下着も…。
 薄くて白いその布は、未来の肌にぺったりと張り付き、その下に隠された部分の色形をくっきりと
浮立たせてしまっていた。小さくもふっくらとした白い乳肌も、薄茶色の乳首が、冷たい水に漬かった
せいでツンと尖り、透けた布地を内側から突き上げている様子も、股間に走る一本の亀裂も、そして
その上、土手の部分に生え始めたばかりの密やかな恥毛までも、未来のなにもかもが、彼女が
掛けてくる水飛沫に邪魔されつつも、はっきりとイツキには見えてしまっていた。

「……どうかしたの?」
 ほどなく、そんなことになっているとは全く気付いていなかった未来も、イツキの様子がおかしい
のに気付いて、手を休めて彼に訊ねた。おかげで、ますますはっきりと透けた部分が見えてしまい、
イツキはどぎまぎと視線を落とした。
「う、ううん…なんでもないよ…」
「そう? ……えいっ!」
 頬を赤らめて首を振るイツキに、未来は少し訝しく思いつつも、再び水を掛け始めた。すると
イツキは、じりじり後ろにさがり、未来に背中を見せると向こうへと泳ぎ出した。
「あっ、コラ逃げるな」
 未来は水に身体を浮かばせると、クロールで後を追う。のろのろ泳ぐイツキに、未来は大人げなく
全力で泳いで前に回り込むと、そこに立ち塞がった。「はい、ここまで」

「!?」
 行く手を遮られ、思わず顔をあげたイツキの目に、モロに未来の股間が飛び込んできて、彼は
目を白黒させた。ショックを受けたようによろよろと後ずさるイツキに、未来が再び水を掛け
始めるが、彼は腕でかばう仕草を見せるものの、一方的に水を掛けられるだけで、やり返そうとは
しなかった。ただ困ったようにきょどきょどと、視線を未来と虚空との間に泳がせるだけだ。

「もう、どうしたのよぉ?」
 急に付き合いの悪くなったイツキに、未来は腰に手を当てて不満げに訊ねたが、彼は何も答え
なかった。恥ずかしげに視線を落とすと、腕をもじもじとさせ、そして時折ちらっちらっと
未来の方に視線を投げかける。

(やっぱり下着が気になるのかな……あ!?)
 イツキが自分の下着姿を気にしているのかと、未来はちょっと自分の身体を見下ろしてみて、
そのまま凍りついた。彼女の大きく見開かれた目には、固くなってツンと尖った乳首が、ブラから
透けている様子がはっきりと映っていた。
「ひ…あ…?」
 未来の口からかすれた悲鳴が漏れる。次いで、視線が下の方に動き、そこも…パンツも、性器や
陰毛まではっきり透けてさせてしまっているのを見ると、未来の髪がざわざわと逆立ち、みるみる
うちに顔が真っ赤に染まっていった。

「きゃぁぁっ!?」
 一瞬の間をおいて、未来は両腕で胸と股間をさっと隠し、くるりとイツキに背を向けて水中に
しゃがみこんだ。背中を丸めて鼻まで水に漬かりながら、しばらくぶくぶくと息を漏らしていた
未来は、やがてイツキのほうへぎくしゃくと首を巡らせた。
「み…見てたの?」
「え、あ…お、俺…」
 イツキはもごもごと言い淀んだ。しかし返事は聞くまでもなかった。あれに気付かないわけが
ないし、何より、急におかしくなった彼の態度、そして今のうろたえぶりが、その答えを雄弁に
物語っていた。

「もー、信じらんない! バカ、エッチ、ヘンタイ!」
「う…」
 半泣きで叫ぶ未来の言葉がぐさぐさとイツキに突き刺さった。別に見るつもりで見たわけじゃない
のに、なんでそんなに責められないといけないのか…。そう思って腹が立つ一方、未来の秘密の部分に
目をやってしまったのもまた事実で、イツキは言い返すことができずにうなだれた。

「もうイツキ君なんて大っ嫌い!!」
 次に聞こえた未来の言葉に、イツキは頭をガツンと殴られたようなショックを受けた。思わず顔を
あげると、未来は肩まで赤く染め、イツキに背を向けてわなわなと震えている。未来ねーちゃんが
怒ってる、未来ねーちゃんに嫌われた。イツキの頭に、さっとそんな考えが走った。その次の瞬間、
彼の目尻に熱い物が込み上げてきた。

「うくっ…」
「え?」
 イツキのしゃくりあげる声に、未来はぎくりとなった。見ると、イツキが肩を震わせている。
そしてあっと思う間もなく、彼はくるりと踵を返してざばざばと水をかき分けながら縁までいき、
さっとプールをあがると、脱ぎ散らかしていた服の所に駆けていった。
「あ、イツキ君…」
 透けた下着のせいでプールから上がるに上がれず、未来は水中にしゃがみこんだままでイツキを
呼んだ。しかしイツキはそれに応えることなく、濡れた身体をそのままにばたばたと慌ただしく
服を身に着け、二人が入り込んだ穴から外へと姿を消してしまった。

「……」
 独りプールに残された未来は、水中にしゃがみこんだまま茫然としていた。未来の脳裏に、
あの時の忌まわしい記憶がフラッシュバックする。あの時…悠貴の命を奪う原因となった、あの
東京タワーの倒壊の時、自分が酷い事を言ったせいで泣きながら走り去っていった悠貴の姿と、
今のイツキの姿が重なって見えていた。
(やだ…行かないで…行かないでよ…)「待って!」
 最後にもう一度だけ叫んだ未来の声は、がらんとしたプールサイドに虚しく響くだけだった。


「……」
 それからしばらくして、未来は生乾きのセーラー服を身につけ、とぼとぼと帰路についていた。
イツキが悪いわけじゃないのに、ついあんな事を言ってしまった…。(ちゃんと謝んないと…)
 そうは思うが、ハダカを見られたこともあって、どうも顔を合わせるのが気まずい。それにイツキが
怒っていたらどうしよう、もう会いたくないって思ってたらどうしよう…。
 イツキがもう会ってくれなくなったらと思うと、未来の胸がズキンと痛んだ。なにか、また弟を
失ってしまったような気がして、深い喪失感に襲われながら、しかしイツキの家まで謝りにいく
勇気も起きず、未来は自宅に向かってただ黙々と歩き続けた。


「ちぇっ…」
 その夜、まだ少し早い時間。イツキは今の住まいとなっている仮設住宅で、夕食を終えると早々に
パジャマに着替え、布団に寝転がってふてくされていた。未来の『大っ嫌い』という声が、いつまで
経っても頭から離れない。
 イツキはごろりと寝返りを打った。向こうが勝手に見せたくせにと、やり場のない憤りを覚える。
勝手に見せたくせに…。「……」
 未来のヌードを思い出してしまったイツキは、頬を赤らめた。同時に、罪悪感も湧きあがってくる。
そんなトコを見たりしたから、未来に大っ嫌いと言われてしまったというのに…。
 もう一度寝返りを打って他の事を考えようとするが、一度思い出してしまった未来のハダカは、
イツキの頭にこびりついてなかなか消えようとしなかった。頬っぺたが火照り、なんだか股間が
むずむずしてきて、イツキはまた寝返りを打ったが、未来のハダカのイメージも頬の火照りも、
そして股間の違和感も、消えることはなかった。

(未来ねーちゃん…)
 イツキの脳裏に、未来の小ぶりなバストや薄茶色の乳首、股間の割れ目、うっすらしたアソコの毛…
昼間見てしまったものの詳細な記憶が次々と浮かびあがり、股間が…ペニスがますますきゅぅっと
固くなっていく。イツキは無意識のうちにうつ伏せになると、固くなったペニスを解きほぐそうとでも
するかのように、ぐいぐいと布団に押し付けた。
「ん……」
 それでペニスの強張りが解けることはなかったが、イツキは不思議な心地よさを覚え、軽く吐息を
漏らした。一方で、オチンチンを擦りつけて気持ちよさを覚えることに、後ろめたさも感じる。
親から、そんなとこをいじったらいけませんとよく言われるのに…。それに、寝室は両親とは別の
部屋があてがわれているものの、妹とは同室で、今もイツキのすぐ横の布団で眠っているところだ。
もし妹が目を覚ましてこんなとこを見られたら大変だ。

「はぁっ、はぁっ…」
 そうは思っても、イツキはその行為を止められなかった。未来のヌードを思い浮かべながら、
切なげに息を荒げて、イツキはペニスを何度も何度も布団に擦りつけた。(未来ねーちゃん…、
未来ねーちゃん…)
 未来のハダカを想うこと、そしてペニスを弄ることへの罪の意識を心の隅に感じつつ、イツキは
腰を動かし続けた。ペニスに感じる気持ちよさはどんどん強まっていき、イツキは枕をぎゅっと抱える。
(未来ねーちゃん…あっ、ふっ、んっ…)
 枕にしがみつき、荒い息を吐きながら、イツキはぎゅっぎゅ、ぎゅっぎゅと、リズミカルに
ペニスを布団で擦り続け、やがて下腹部の快感は限界まで膨れあがった。(あっ…あ、なんか…なんか
来る…っ!?)「……んんっ!」
 イツキのペニスで、快感が弾けた。腰がぎくんと大きく跳ね、ペニスがパンツの中でびくんびくんと
何度も何度も脈動する。息の詰まるような快感に、イツキはきつく目を閉じ、ペニスの脈動にあわせる
ように小さく肩を震わせていたが、ほどなくそれはすぅっと治まっていき、彼はうっすらと涙を
滲ませた目をそっと開いた。

(未来…ねーちゃん…)
 生まれて初めての絶頂にイツキは半ば呆然としながら、最後にもう一度だけ、心の中でそっと
未来の名を呼んだ。



最終更新:2010年03月11日 17:00
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