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上琴クリスマス

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上琴クリスマス


 灰色の空に、今にも雪が降り出しそうな学園都市の道を、上条当麻はくたびれた顔で歩いていた。
 補習、されど補習。何が悲しくてこんな日に補習をしなくてはならんのだ、上条は今日何度目かの溜め息を吐いた。
 12月25日。聖なるクリスマス。少し見渡せば視界には溢れんばかりのカップルの群。寄り添い歩いている二人が選り取り見取り。どうやって仲を引き裂いてやろうか、などと言った残忍なことを上条は考えてやめた。

「虚しい……。虚しすぎるぞ俺のクリスマス……」

 何時ものように不幸だ、と叫ぶのも億劫だった。学生寮に帰っても、今日は同居人のシスターはレッツパーリィと言うことで、担任の小萌先生の所にお泊まりもひっくるめて外出。よって、一人の夜を過ごさなくてはならない。

「あー、いたいた。ちょっと、ねえ。……ねえ!」

 右肩に掛けていた薄っぺらい鞄を、左手に持ち替えて、後ろに向け空いた右手を動かした。
 直後、青白い閃光が辺りを照らした。

「聖なる夜も一人の俺を笑いにでも来たのか? 笑え、笑えよ……」
「うげっ……。アンタ、地獄でも見たの?」



 上条に声を掛けて電撃をぶっ放したのは、常盤台中学の第三位『超電磁砲』、御坂美琴。面倒そうに、上条は振り返ってそちらを見る。

「この戦場は……地獄だ!」
「…ははーん、アンタ、もしかして一人?」
「悪いかよ。……そういうお前はどうなんだよ」
「うぐっ…そ、それは…!」

 跳ね返された言葉に、美琴は狼狽えた。
 二人の周囲は相も変わらずリア充の群がクリスマスムード一色の街を歩いている。

「べっ、別に私が一人だってアンタには関係無いでしょ!?」
「あー、はいはい。そうですね」
「イラッ☆」

 ノーモーション電撃が上条を狙うが、右手の『幻想殺し』を避雷針代わりにして打ち消した。それを三回程繰り返し、美琴は観念した様子で、

「ホント、アンタの右手は何なの? バカなの?」
「死なねえからな!」
「何もそこまで……」

 人通りの往来で大声で死なない発言。思い出してみよう、今日はクリスマス。だがそこいら全てがカップルというわけでもなく、上条や美琴と同じように一人ふらふら歩いている者や忌み妬む者、熱々の肉まんをカップルにぶつけようと虎視眈々と狙う者等様々な者がいる。そこに上条の言葉が行き渡れば、完璧に注目の的になるのは容易かった。



 ざわ…ざわ……

「ちょ! そんなこと大声で言わんでいい!」
「は? なんでだよ……って、注目されてるぞお前」
「このバカ! ずらかるわよ!」

 わけもわからないまま、上条は美琴に手を引かれてその場から走り去った。周囲では何やらロマンチックだの素敵だのバリバリ! やめて!だのそれぞれ違う反応をしていたが、たかが数十秒くらいで、また人々は今日の日を楽しみだした。



 人気の無い近くの公園まで走ってきた上条と美琴。冷たい風が頬に非情に吹き付ける。
 指先も冷たく、暖まりきらない体を暖めようと手近な自販機でホットの飲み物を購入する。

「寒いだろ、飲めよ」
「へ?…いいの?」
「寒い中、生足出してる女の子に何もしてやらないなんてこと出来ません」
「ーーっ! …ありがと」

 女の子、という単語に美琴は、判るか判らないかレベルの反応をした。このバカからもちゃんとそう認識されているのは正直驚いた。頬に熱がこもるのに時間は掛からなかった。

「どうした? 顔赤いぞ? ……まさか熱でもあるんじゃねえか!?」
「な、無いわよ!」
「そうか? 無理するなよ? あと少しで年明けなのに寝込んで過ごす正月は嫌だろ?」
「そんな大袈裟な……」

 冷えたベンチに、二人は並んで座る。まるで、あの夏の日のように。

「………、」
「確か、あの時もこの公園で、このベンチだったわよね」
「…あん?」
「あの子とアンタが初めて会った日のことよ」
「…ああ」

 あの日、命に灯火を受けたその前から、既に決められていた『妹達』の運命。その幻想をぶち壊したのは他でも無い上条である。



 美琴が、もう自分の手ではどうしようも無いことを知り、自己犠牲で終わらせようとした『計画』を、悲劇ではないが、最良でもない、普遍的な、それでもまだ救済の余地のあるエンディングへと誘った。

「もう冬か……」
「…そろそろ記憶のこと、話してくれてもいいんじゃないかしら」

 二人は視線を合わさず、ベンチに座ったままただ灰色の空を見上げる。
 記憶喪失。いつ、どの様にそうなったのか、美琴は知らない。上条も判らない。

「話せ、って言われてもわからないものはわからない、としか言えねえよ……」
「どういうことよ、それ」
「記憶を失う前のことを覚えてたらこんな話はしてないって」
「あ…そっか……」

 開封して、それ程時間が経っていないにも関わらず、飲み物は段々と冷えてきた。上条は一口、それを飲んで次の言葉を探す。

「俺は別に、記憶喪失だからって困ったことは無いんだけどな」

 自分が記憶喪失だ、と公言すれば大変なことになるのは間違いないが、関係ない美琴に知られているけれども。

「記憶喪失と」
「『妹達』、か……」

 それぞれがそれぞれに、大切な者達に言えないものがある。隠し通すのは簡単なように見えても心が傷付く。



「……雪だ」
「ホワイトクリスマスね」

 辛辣な空気を、静かな雪が隠すように埋めるように舞い散る。柔らかな氷の結晶は、地面に触れ、溶けて無くなる。
 手のひらを差し出し、そこに落ちた雪は、体温で水に戻る。

「夜明け過ぎに雪に変わる、そんなことは無かったな」
「でもホワイトクリスマスって定番だけど滅多に無いわよね」
「ロマンチック、だな」
「アンタがそういうこと言うの、似合わないわよ」
「わ、笑うなよ!」
「笑え、って言ったり笑うなって言ったり、私も忙しいわ」

 気兼ねなく話せる相手。
 いつか白井黒子が言っていたあの言葉を上条は思い出していた。

(俺も居心地が良いのかもしれないな)

 隣で安心して笑みを浮かべる美琴を見た。それに気付いた美琴はきょとんとした表情をする。そんな折、上条にひとつの考えが浮かんだ。

「な、なあ御坂」
「んー、何?」

 言葉に詰まる。

「その、なんだ……」
「どうしたの?」

 なかなか言い出せずに口ごもってしまい、自分に苛立ちを覚えたが、なんとか勇気を振り絞って言い切った。

「う、ウチに来ないか? …クリスマスだし、なんか小さいパーティーでもやりたいなあ、って思ってさ……」



 黙って聞いていた美琴は、唖然とした表情から驚愕の表情に移り、寒さで赤く染まりかけた頬を違う朱に染めた。

「ダメか…?」
「ダメじゃない」

 今回は即答してしまった。雪に合わせて、イルミネーションも点灯しだして、よりクリスマスらしくなってきた。

「二人だけのクリスマス、か」
「そ、そう。予定とか無かったの?」
「合ったらこんな誘いはしねえって」

 学生寮に向かい、歩を進める二人。やはりクリスマスなので、手を繋いで歩くカップルや腕を組み歩くカップル達とすれ違った。

「…なあ御坂、俺達もやってみるか?」
「今日のアンタ、どうしちゃったの?」
「そう言いつつもちゃっかりやってるお前はなんだよ」
「い、良いじゃない! 寒いんだし、スペースも取らないし」

 スペースは関係無いだろ、と野暮なツッコミをしようか迷う上条であったが、それは飲み込んだ。

「メリークリスマス」
「サンタさんには何をお願いしようかしらね」
「まだ信じてるのかよ」
「まだまだ子供なの!」
「はいはいわかったわかった。せめて胸でもごめんなさいごめんなさい」
「腕組んでるのが右側で命拾いしたわね」

 笑顔が怖い。平身低頭で上条は謝罪を述べたが、美琴はすぐにやめさせた。



「雪に雷は合わないでしょ?」
「黄色と青色の勇者は氷と雷だったな」
「あれは水寄りじゃない?」
「言われてみればそうだなー」

 他愛ない話をしていると、結構すんなりと寮に着いてしまった。

(サンタさんには勇気をお願いしようかしら)
(あとは勇気だけ、か)

「なあ、」
「ねえ、」

 タイミングが被る。お互い顔を見合わせて、きょとんとする。どうぞどうぞは日本人の悪い癖だと、二人は思い、せーので言おうじゃないかということになった。

「それじゃあ……せーの!」

「「ベリーメリークリスマス!」」

 今日の学園都市の夜は長いだろう。



ー糸冬ー


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