小野たかむら歌字尽

(たかむらは竹かんむりに皇)
漢字を正確に手習わせ、覚えこませるのをねらいとしながら、しかもこれまでにない独自の工夫をほどこし、おびただしい普及の実績をあげた往来である。撰者は全くの不明であるが、江戸時代の前期に撰作され刊行された手本と推測される。寛文9年(1669)に編まれた書籍目録には本書の名がみあたらないにも関わらず、元禄5年(1692)版の書籍目録には、はっきりと記載されているからである。家蔵本については、寛文13年(1673)本と、これとは系統を異にする天和3年(1683)本があって、それぞれ初版本とされる。普及していった歌字尽には、これら2つと、さらに大きな改訂を加えて内容を一新してしまった新修歌字尽系の、合計3つの大きな系統に分類できる。
基本的な内容と構造はいずれも似たりよったりだが、おおむね何らかの意味的な類似をもつ漢字を1行に並べ、これに歌をそえて記憶に便利なように試みている。

椿   榎     楸   柊     桐
春つばき夏はゑのきに秋ひさぎ冬はひらぎに同じくは桐

海月      海松    海老    海蟲
うみのつきくらげみるは海の松海の老いゑび海の蟲あま


小野たかむら歌字尽のパロディ本

このような手習い本、また節用文化の隆盛によって庶民における識字層は増大した。漢字、文字を使用した遊戯の需要は十分に準備されていた。パロディ本が多く出回るということは、それだけ「歌字尽」が人口に膾炙していたということである。調べ得た限りでも、以下のようなものがある。

恋川春町『廓ばかむら費字尽』 天明3年(1783)
(さとのばかむらむだじづくし)※ばかむらは竹かんむりに愚

曲亭馬琴『旡筆節用似字尽』 寛政9年(1797)
(むひつせつようにたじづくし)

曲亭馬琴『麁相案文当字揃』 寛政10年(1798)
(そそうあんもんあてじぞろえ)

式亭三馬『小野ばかむら嘘字尽』 文化3年(1806)
(おのがばかむらうそじづくし)※ばかむらは竹かんむりに愚


涎操・葛飾北斎『己痴羣夢多字画尽』 文化7年(1811)
(おのがばかむらむだじえづくし)

この中で、『己痴羣夢多字画尽』は「国書総目録」に書名はあるものの所蔵がはっきりしない。そのほかは、「歌字尽」の体裁を多少なりとも取り入れたものである。特に『小野ばかむら嘘字尽』は内容、規模からいってその最大のものである。「歌字尽」のみならず、節用、案文集のもじりの集大成ともいえる内容を持っている。

これらの本が「歌字尽」の何をパロディ化したのか、それは漢字そのものであった。既存の文字から遊び心に満ちた新しい文字を創造するという試みは、江戸時代以前に見当たらない。この発想は「歌字尽」のもじりにとどまらず、江戸の人々の新しい文字感覚を示すものなのである。
最終更新:2007年02月01日 14:34