ホリンの猛犬 ファルセア・マックロイレポート
先日の一件はサロンにダメージを与えたが、しかし消失へは至る事はない。
N◎VAの夜には煌々たる光が満ちるが、それでもなお闇が消える事はないのだから。
さて、その日も私はサロンでゆったりとした時間を過ごしていた。
ポケットロンでマリオネットの北米株式情報を眺めながら、紅茶を飲む。
と、サロン内が緊張に包まれているのに私は気づいた。
緊張の主は一人の少女だった。
ここは我が君の領土、ここを守るのは私の勤めでもある。
私は自らの名を名乗り、少女にここに来た要件を尋ねた。
途端に、私の額にナイフが現れた。
少女が私の額にナイフを紙一枚挟んでを突きつけていた。
お見事。
私の命はこの少女の手中にあった。
「マックロイの人間には借りがあるから殺さない」
そう告げて、少女はサロンを去っていった。
先代か、それとも親戚かはわからないが、とりあえずその人物に感謝しながら、私は残された紙を見た。
紙には『αの手で殺されてなければ、フェルグスよ、戦いの決着をつけよう。』とクー・フーリンの署名で書かれていた。
我が祖先より伝わる口伝では少なくともクー・フーリンとの間には友情があったと伝えられているし、それ故に「裏切りの騎士」となったはずだ。
私はこの裏切りの騎士、という二つ名とマックロイの家の名に誇りを持っている。
その二つの名にかけて、クー・フーリンとは友情を暖めるべきであり、戦うべきではない。
その後、我が君より「この件が片付くまで帰ってこなくてよい」と心ある言葉を賜ったので私は後顧の憂い無く調査に乗り出す事にした。
色々とあたってみたが、どうやらクーフーリンが復活したという話は真実である
と見て間違いないようだ。しかしながら、彼がどこにいるのか、何をしているのかがわからない。
何か手がかりが無いものか、と売店でイエローペーパーを幾つか手に取った。
こういった与太話の中に一片の真実が隠されているのだ。
ふと気が付けば、同じような行動をとっている、一人のクグツがいた。
興味を覚え、話しかけると、どうやら彼は何かを探しているようだった。
目的は違えども、状況は同じであるので、お互いに何某かのチャンスがあるかもしれない。そう考えて、私は自分の名をなのると、彼に詳しい話を聞いた。
彼は上条と名乗り、どうやらカラドボルグを探しているらしかった。
私は正直にカラドボルグの所持者である事を告げ、封印されているカラドボルグは自らの意思では譲与する事もできない、と話すと、Mr.上条はあきらめてくれたようだった。
その後、どうしたものか、と思案する私は今度は女性の姿を借りているMs.エレクとMr.左馬助と邂逅した。彼らはそれぞれ目的を持って探索を行っている様子だった。
Mr.左馬助は兄弟達の仇を、Ms.エレクは迷いイヌの飼い主を探していた。
いずれの探索も手詰まりといってよく、それ故私はメイガスの手を借りる事を提案した。古来より、メイガスやドルイドの占いは失せもの探しにも効果的だからだ。
Ms.エレクのつれたク・シーは小型犬の外見をしており、実に愛嬌があった。
思えばクー・フーリンとは、そも、ク・ホリン、ホリン家の猛犬という意味だ。
猛犬には程遠く見えたが、これもある種の縁であろう。また、Mr.左馬助の探す人形狩り(サイバー狩りもしているようだが)はあらゆる手段で破壊するのと、刺突武器で破壊されているのと二種類があるようで、そちらはどうやら、私がさがすクー・フーリンである可能性があるように思えた。
調べてみれば、サイバー狩りで被害にあっている人間は、どうやら闇夜の住人である可能性が高いように見受けられた。
ますます、Mr.左馬助と共通の目的である可能性が高まった。
少々のトラブルがあったが、とりあえず我々はメイガス、アデプタス・フェイタス氏の邸宅へと向かった。
フェイタス邸では、Ms.フェイタスとMs.神風がいた。相変わらずMS.神風のお子さんは元気がいい。Mr.フェイタスは手が離せない、との事だったが、Ms.フェイタスは大層腕のたつ占い師であった、との事で、早速占ってもらった。どうやら、予想が当たったらしく、Mr.左馬助の仇と、クー・フーリンは同行して
いるらしい。
そこへ、Mr.フェイタスと見知らぬ研究者風の男性、それに付き従った少女がやってきた。
Mr.フェイタスは気難しい人物ではあるが、礼節を欠く事のない人物である。
しかし、この男性はお世辞にも紳士とは言いがたい人物であった。だが、彼のお陰でどうやらとある企業の殺戮人形が暴走し、クー・フーリンと共にある事がわかった。この事実を知らしめてくれた彼には感謝したい。
余談だが、Ms.フェイタスはMr.フェイタスとその男性との付き合いに関して強い難色を示していた。娘の教育に良くない、という理由だ。メイガスはあらゆる手段をもって、真理へと到達する道を探す。時には人の道を外れる事もあり、それは優秀なメイガスであればあるほど陥りやすい。だが、Ms.フェイタスとその娘がいる限り、Mr.フェイタスは大丈夫だと思った。きっと彼はあらゆる道を探し、そして妻や娘の為に正しき道を歩んでいく事だろう。
閑話休題。
フェイタス邸を後にした我々は、Ms.エレクの優秀なサポートのお陰で、極めて迅速に二体の殺戮人形とクー・フーリンの元へと向かう事が出来た。
だが、ここに来ても、私はクー・フーリンと戦うつもりはなかった。やはり、祖先の意思を無駄にする事はできない。
だが、私の呼びかけに彼は一切答えず、また、道化の形をした殺戮人形達も彼に手を加えた、と笑いながら言った。
事ここに至っては是非もない。
Mr.左馬助が先陣を切るのと同時に思考分割を開始した。
まずは彼我戦力差を演算を行う。Mr.左馬助の性能は以前の戦闘で認識している。サイバー狩りの情報を求めた際のデータから、Mr.左馬助と殺戮人形との戦闘をシミュレートする。1,2,3,4番目までのシミュレートではMr.左馬助の戦力だけで既に勝率が97%を越えていた。5番目のシミュレートは殺戮人形に備わっているであろう未知の機能を過大評価しているため、勝率が80%程度だ。いずれにせよ、私はクー・フーリンとの戦いに集中すべきと結論付けた。
私はカラドボルグを抜き放ち、クー・フーリンへと肉薄する。彼との戦闘の演算に全ての分割した思考を割り当てる。彼に関するデータは少ない。しかし、伝承が私にはある。そこから演算する事は不可能ではない。クー・フーリンの膝が力を貯めるようにやや曲がった。途端に1から5番までの全ての思考がALRATを発する。彼を跳ばせてはならない。ネガティブ。彼の跳躍の阻止確立は10%を切った。私は次に訪れるであろう攻撃の回避経路を計算する。ネガティブ。物理的な手段では回避できない。クー・フーリンが跳躍した。彼の手には輝く魔槍、ゲイボルグ。私は2番が導き出した解を適用、ゲイボルグが着弾する部位のアッシャ界における結合を弱め、分解する。短時間、小範囲しか出来ぬゆえの不破の防御だ。着弾まであと1.27649秒。クー・フーリンは跳躍の頂点でゲイボルグを放った。槍の穂先が3つに分裂、そこからさらの15の鏃が降り注ぐ。着弾まであと0.73582秒。伝承に曰く。着弾まであと0.31127秒。ゲイボルグの一撃は決して過たず、心臓を刺し貫くと言う。着弾。透過。鏃は私の心臓を貫く事無く霧と化した左胸を通過し、私の背後のアスファルトを砕いた。再構築開始。5つの分割思考全てが悲鳴をあげる。何と言うことだ、どうシミュレートしてもクー・フーリンを倒す事ができない。倒される事はないが倒すことはできない。千日手か。歯噛みしながらも、さすがはクー・フーリンと心の中で賞賛する。手を緩めれば自分が倒れる。私は読みきれぬ攻撃を続けざるを得なかった。今この瞬間では千日手だ。だが、状況は変わる。必ず変わる。確信を持って格闘戦を続ける私の右方で道化を模した殺戮人形が砕け散った。もう一体の殺戮人形がその隙を突きMr.左馬助の動力を狙うが、それはいつの間にか現れたフェイタス邸で先程みかけた、研究者風の男に従っていた少女に防がれた。必殺の攻撃は転じて必死の隙へと転ずる。Mr.左馬助の巨大な刀が再び死の旋風を起こし、殺戮人形は砕け散った。まだ私の演算は甘い。Mr.左馬助の戦闘能力を見誤っていた。Ms.エレクのウェブサイドからの支援もあっただろうが、それでも自分の戦闘解析能力はまだ甘い。いずれにせよ、これでまた演算のリトライが必要となる。私は再び闘争の為の演算を「わんわんわんわんわん」開始…なんだ?クー・フーリンの動きがとまる。アレはMs.エレクが連れていた迷い犬のはずだが…。と、クー・フーリンは急激にその姿を槍へと転じた。ゲイボルグ?どういう事だ?そしてその槍は例の迷い犬の元へと飛んでいき、彼の両手、両前足と表現するべきか?、の中に収まった。
「クー・フーリンだワン!」
と、迷い犬が宣言した。いささか納得は行かないが危機的状況は去ったと判断。
分割思考を全て停止した。
自らをクー・フーリンだと名乗る迷い犬は、殺戮人形と共に行動していたのは
ゲイボルグが変じた姿であり、自分こそがクー・フーリンであると説明した。
その是非は私にはわからないが、いずれにせよ、祖先が深い友情で結ばれていたクー・フーリンと刃を交える必要がなくなり、私は正直ほっとしていた。
クー・フーリンに今後の処遇を尋ねると、どうやら以前は我が偉大なる祖先、フェルグス・マクローイが飼い主であったと言う。それなら、私が引き受けるのが彼に取っても幸せと言うものだろう。
しかし、彼、クー・フーリンの言が正しいと肯定するのなら、我が祖先は仕えて
いた女王を裏切ったのは飼い犬の為という事になる。
それはつまり単なる 愛 犬 家 であったという事なのであろうか?
いや、いやいや、対象が犬であろうとも友情は友情である。主に対する忠節と比肩したとしてもなんら不思議はない。少々自分でも苦しいと思うが、自分のレゾンデートルが崩壊する音が聞こえかけたので、そう思う事にした。
いずれにせよ、全てのトラブルは解消された。
私は新たな友人を抱き上げ、Ms.エレク、Mr.左馬助と別れを告げて帰途へついた。
途中、この騒ぎの隠蔽のための手続きを取ったが、新しい友人を含めた友人達
のために骨を折るのは苦痛ではなく、確かに喜びであった。
最終更新:2006年12月11日 00:00