巷で流行りのメンタルヘルス

先日、いつのまにか書店のビジネス実務系資格コーナーの中に、メンタルヘルス・マネジメント、というのが出来ているのに気付きました。随分と参考書も沢山並んでいました。筆者は以前のプロジェクトの時、派遣先の会社の方針でこの「メンタルヘルス」の研修に参加した事がありますが、その内容は、対面で依頼占をやってた事もある身としては、「これで現場の役に立つのか?」と思わざるを得ないものでした。実占者とメンタルヘルスの場合で最も違うと思ったのは、メンタルヘルスのセオリーは、基礎研修だったせいか非常に画一的、教科書的で、人間心理というものをきちんと受け止めていない様に見えるという事です。それでうまくいく位なら、そもそもこんなもの必要ないだろう、と感じたものです。

この時学んだ事は、精神面で追い詰められた人が発するSOSを、周囲の人は出来るだけはやく気付いてあげて、元気になる様にしむけてあげよう、というものでした。頭ごなしに注意したり怒ったりせずに、相手の存在を認め、勇気づけてあげましょう、といった事が再三に渡って述べられ、筆書には少々苦痛でした。

中国古典には、「孝行息子がもてはやされるのは、それだけ人々が親を大事にしなくなってしまったからだ」といった表現がありますが、その手法を借りて言えば、メンタルヘルスが流行るのは、それだけメンタル面において不健全な人々が増えた、という事を示していると考えられます。そもそも不健全なのだから、健全な人がいくら何かしてあげようと唱えても、いかほどの事があるのでしょうか。そもそも当人を苦しめている悩みを共有する事すら難しいのに。

聖書には、お腹が空いて死にそうになっている人に「神の言葉を聞けば心安らかになります」といった事を言っても意味がない。それよりはパンのひと切れでも食べさせてあげなさい、という意味の事が書かれていますが、まさにその通りで、当人が欲していて、ききめのある対応を示さなければ何にもならないのです。

かく云う自分の場合

筆者は一介のプログラマーですが、やはり知情意ともに備えているせいで、物思いに沈んだりうかれたり不満で一杯になったり、精神的にまったく平穏を通す、という訳にはいきません。その上、職場では余りサインを出さないので気にかけてもらう事もなく、あっても外からはどの程度困っているのかが解り難く、周囲も対応に困っているようです。今までのパターンでは、そうこうするうちに自分自身の感心が他に移ってしまい、多少悩んだりしていても自然に解消してしまいます。やがて別な問題を抱える事になったりはしますが、それもまたいつまでも残る事はありません。あまりくよくよしていると最後には妻に怒られてしまいます。従って、誰かの見守りのお蔭で助かる、という事はなく、専ら妻の一言と自力救済でバランスを保っている、という状態です。

占術で何が出来るか

散々メンタルヘルスの悪口を書いてきましたが、では、占術では何が出来るのか、といいますと、これまた似たり寄ったりです。そもそも人の内面の問題というものは、他人がどうこう言うものではないので、あの占いだから解決した、この心理療法はだめ、といった事を無理矢理あてはめるのには適していません。

ただ、占術を使う場合、いきなり相談者本人も気付いていない核心をつく事があります。心理学では到底出来ない事です。これは、どちらが優れているとか劣っているとかいう問題ではなく、両者の在り方の違いです。極端に言えば、占術は、相談者を診断する訳ではないので、相談事を言われる前に答えを用意する事だって出来るのです。セラピストやカウンセラーのように相談者の言い分を聞く必要もありません。本人が出しているサインを見つける必要も、会う必要も無いのです。

そこまで言ってしまうと余りにも現実的でないという印象を持たれる方も多いかもしれませんが、占術の本質は、診察や観察ではなく、ある決まった手順で決められた操作をすると、必ずその結果が出るので、それを独自の体系なり理論なりに基づいて解釈する事にあるのです。だからこそ人知や感情や固定概念にとらわれない、ある種の客観的な視点からの物言いが出来るのです。また、「占断」という様に、どんな問題に対しても必ず何らかの答えが出せるのです。

尤もその答えが相談者にとってどんなものになるかは別問題です。また、実際には相談者の話を丁寧に聞いて、より実情に即した占いをしてくれる術者も沢山います。そういう点では優秀な占術家は優秀なカウンセラーも兼ねているかもしれません。欧米ではカウンセラーになろうとする人は、西洋占星術や易を勉強する事がある、という話もどこかで読んだ事があります。実際、私が勉強したTarotカードのテキストの著者は、とある米国の大学で教鞭を取っている人でした。


コールセンターのメンタルヘルス

コールセンターで働く人々のメンタルヘルス・マネジメントはどうなっているのでしょうか。内々の事なので、筆者のように外部にいる人間には知る事が出来ない領域なのですが、ちょっと考えただけでも精神的には相当辛い事もあるだろう、という事は想像出来ます。それにどう向き合うのか。それは誰の役目なのか。諸説色々あると思いますが、少なくとも本稿では、筆者はやはり「自分の問題は自分で解決」を原則にしたいと考えています。この問題で、会社はあてにしてはいけないし、あてにならないと思っています。しかし、従業員のメンタルヘルス・マネジメントについて、会社には責任がない、と言っている訳ではありません。あくまでも、自分が個人としてどう感じるか、という問題について、会社や他人をあてにしてはいけない、というスタンスです。



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最終更新:2009年08月27日 21:15