イデア論


ヘラクレイトスは万物は流転すると説き、ソフィスト達はすべての物は主観に依存し、客観的な真理は存在しないことを説いていた。ソクラテスの弟子であるプラトンは、師と同様に相対主義に反対し、ノモス(人為的なもの)を超えたフュシス(自然・万物・本質)的なものを追求する。現象面では生成変化を認めざるを得ないにしても、現象を超えたところに永遠不動の何かがあると考えたのだ。それがイデアである。

イデアとは最高度に抽象的な完全不滅の実であり、感覚的事物はその影であるとする。イデアが存在しているのがイデア界(本質界)で、その陰が投影されているのがわれわれ人間の住む現実界となる。

ソクラテスが徳や善に限って普遍的なものを追求したのに対し、プラトンは道徳的なものだけでなくありとあらゆるものに対して普遍的なものを追求していった。

まず、イデアとは「普遍概念」の意味がある。「赤い花」「赤い血」「赤い陽」それらを抽象した際に純粋で普遍な「赤」そのもの、つまり「赤のイデア」があるという考えだ。また現実の世界に円形をした物はたくさん存在するが、いずれも完璧な円ではない。しかし、これら不完全な円たちのひな型として、永遠不変で、完璧な円のイデアがあるとする。また、人間が花を見て美しいと感じるのは「美」というイデアが実在しており、個別の花に「美」のイデアが分有されているからである。多くの人間たちはそれぞれ違う存在に見えるが、いずれも「人間」のイデアを分有しているとする。

このイデア論はソクラテスの延長線上にある。ソクラテスは「徳」について、また「善」について、それらにさまざまな種類のものがあるにしても、それらには全てある一つの性質を持っているはずだと考えていた。ソクラテスは問答によって徳、そして善の性質を相手に示していたのだった。

プラトンのイデア論はピュタゴラス派の影響も受けている。ピュタゴラスでは肉体のある世界と異なる魂の世界というのを想定していた。その肉体と魂の二元論は、プラトンでは「虚偽である現実の世界」と「真実である理想の世界(イデア界)」として受け継がれる。

プラトンによれば、イデアは個物から抽象したもでなく、個物に先立って「イデア界」に存在するという。イデアは個物の原型であり、人間を含めた、現実界の目的であり理想でもある。イデア論の基本は現実を超えたところに真実があるとする理想主義(イデアリズム)である。このプラトンの思想は「プラトニズム」と呼ばれその後の西洋哲学に大きな影響を与えていく。

人間の持つ感覚は不完全であるため、五感によってイデアを捉えることは出来ない。プラトンは、理性で認識することによってのみ、イデアに至ることが出来ると考えた。イデアが実在する、と考える点で観念論 (idealism) 、実念論(実在論) (realism) の系譜に属する。