因果的閉包性


物理的領域の因果的閉包性(英:Causal closure of physics)とは、「どんな物理現象も物理現象のほかには一切の原因を持たない」とする原理のこと。物理的閉鎖(英:physical closure)、物理的な閉鎖(英:closed under physics)などとも呼ばれる。

心の哲学においては心的因果の問題、つまり現象的意識クオリアが物理的な身体や脳に、いかに作用するかという議論において、二元論への批判として提示される概念であり、クオリアなどを持ち出さなくても、脳細胞に起こっている現象を解明すれば人間の行動は神経科学的に説明できるという物理主義的な立場である。

物理的なものが本当に因果的に閉じているのかという点については、少なからぬ学者・科学者から大いに疑問視されている。例えばカール・ポパーは「宇宙というのは一部には因果的であり、一部には確率的であり、そして一部には開かれている」と述べて否定した。またフォン・ノイマンは二元論者であり、量子力学において波動関数の収縮は人間の意識によって行われていると考えた。ロジャー・ペンローズも類似の立場であり、独自の量子脳理論を主張している。

心の哲学での歴史において、デカルトに代表される実体二元論では、物的なものと心的なものという異なる実体がこの世に存在すると考えた。そしてこの両者は何らかの形で相互作用するとした。しかし科学が発展するに従って、それまで神秘的とされていた物事も科学的に説明されるようになり、特に20世紀後半から急速に発展した神経科学の研究によって、脳においてもやはりその振る舞いを原子や分子の機械的な挙動の結果として説明することが可能になり、物理現象は因果的に閉じているに違いないという考えが支配的になった。そして心的な性質として理解されていた様々な人間の行動も、物理的な脳の作用から説明されることが一般的になり、人間を一種の自動機械(オートマトン)として捉える考え方が強まり、心的なものは全て物理的なものに還元できるに違いないという還元主義一時隆盛を極めることとなる。

しかしその後、心的な性質のうち現象的意識やクオリアなどの主観的な体験は、物理領域に還元することが難しいのではないかという主張が、心の哲学において性質二元論の立場を取る学者たちによってなされるようになる。なお性質二元論の立場から、因果的閉包性を前提にした上で、なおかつ現象的意識やクオリアの還元不可能性を主張する場合、随伴現象説がひとつの解決策として提示される。

しかし随伴現象説ではクオリアなど主観的体験は、物理現象に対して何の因果作用ももたないとする。そのため随伴現象説における心的なものは、物理現象にぶら下がっているだけの付属物、という意味で因果的提灯(いんがてきちょうちん)と呼ばれることもある。

また現象的意識やクオリアを、物理状態になんの因果作用も引き起こさない随伴現象として位置づけると、そこからはある種のパラドックスが引き起こされる。それは現象意識やクオリアは物質である脳に何の情報ももたらさないのに、脳は「赤」や「痛み」といった情報を持っているという問題である。この問題は現象判断のパラドックスと呼ばれている。

  • 参考文献
森田邦久『量子力学の哲学』講談社現代新書 2011年
ジョン・R・サール『MiND 心の哲学』山本貴光・吉川浩満 訳 2006年
  • 参考サイト