新神秘主義


新神秘主義(英: New mysterianism)は、心身問題、つまり心的な意識現象と物質的な脳がどのように関わりあっているのか解明するのは不可能だとする立場のこと。代表的な論者にコリン・マッギンがいる。トマス・ネーゲルも新神秘主義者に分類されることがある。

マッギンは認知的閉鎖説を提唱し、人間が意識の謎、つまり意識のハードプロブレムが解明される可能性に懐疑的である。トマス・ハックスリーは1886年に、「神経組織の活動によって意識状態という驚くべきものが出現することは、物語のアラジンが魔法のランプをこすれば魔人が現れることのようだ」と心と脳の関係を表現した。このハックスリーの言葉は意識現象がいかに奇跡的であるかうまく捉えていたとマッギンはいう。そしてマッギンは心的特性を物理特性に還元する物理主義を批判し、また心的なものの排他性を強調する二元論は脳から心を切り離すようなものだと批判する。マッギン自身の説は、脳には知ることのできない自然特性があり、それに立脚して意識が存在するのだが、その特性が不可知であることからあらゆる難問が生じている、というものである(つまり心的因果を否定し、クオリアについては創発説をとる)。

マッギンに代表される一連の立場が新神秘主義(New Mysterianism)と呼ばれるようになったのは、1991年 Owen Flanagan の著作に始まる。ここで使われている「新」という言葉は、それまでの歴史上、主に宗教的理由から意識の問題は解決できないだろうと考えてきた人達(いわば旧神秘主義者、または宗教的神秘主義者)と、現代の論客を区別する意味合いで付けられている。マッギン自身は1993年の著作で、自分の立場を超越論的自然主義(Transcendental naturalism)と名づけている。超越論的とはもちろんイマヌエル・カントの超越論的哲学の意味があり、カントがわれわれの認識能力が制限されているためにその制限を超えた認識ができないと考えたのと同様、マッギンはわれわれにアプリオリに備わった認識能力では心的なクオリアや現象的意識と、物質的な脳とのつながりは理解できないと考える。マッギンはエドウィン・アボットの『フットランド』という古典作品を例に挙げている。この作品世界では二次元世界に住む生物たちが登場する。彼らは三次元の世界がどういう世界なのか決して理解できない。このことは、私たち三次元に住む人間からは、より高次元に住む存在がどのような体験をしているか決して理解できないことを示している。

マッギンは新神秘主義の役割として、心の研究のなかで私たちが達成できることと、達成できないことの境界設定があるという。私たちは神経機構と意識がどう相関するか研究できるし、それによって心的状態が脳の科学的特性にいかに依存しているかといった重要な知見を蓄積させることができる。しかしそのことと、意識のハードプロブレム、つまり脳がいかにして意識を生み出すかという深遠な問題とを混同すべきではないという。

トマス・ネーゲルはマッギンほど極端な立場ではないものの、意識とは現行の科学的な手法では解決できない謎だと考えている。将来的には解明できる可能性はあるものの、そのためには私たちの考え方や既成概念を劇的に刷新する必要があるとする。現在の科学的手法や人間の概念といった道具を用いては意識のハード・プロブレムを解明するのは困難だという立場である。


  • 参考文献
コリン・マッギン『意識の〈神秘〉は解明できるか』石川幹人 五十嵐靖博 訳 青土社 2001年
  • 参考サイト