行動主義


概説

行動主義とは、心理状態は行動状態にほかならないとする理論である。心の哲学においては物理主義の一種である。元は心理学のアプローチの一つで、観察不可能な心の私秘的性質に依拠せず、観察可能な行動を研究することで人間の心理を科学の対象とする試みだった。従って行動主義においては、人に意識現象があるとみなせるのは、自分に知覚や意識があると報告可能な場合に限られる。

行動主義においては、意識において志向対象とならなかった表象クオリアは、報告不可能なため研究の対象とならない。このため心の哲学における行動主義は1960年代には衰退し、心脳同一説にとって代わられていった。だが、行動主義の方法論のいくつかは機能主義に受け継がれている。

歴史

20世紀、精神分析学のムーブメントと同時期に、行動主義学派は心理学に浸透した。 行動主義に影響を与えた主な人物には、
  • 条件反射を研究したイワン・パブロフ
  • 試行錯誤学習を研究したエドワード・ソーンダイク
  • 内観法を破棄し、心理学の実験法を問い直したジョン・ワトソン
  • 行動主義にプラグマティズム的な倫理的基点をもたらし、オペラント条件づけの研究を先導したバラス・スキナー
 などがいる。
全ての行動主義者にも共通するようなアプローチは存在しないが、「行動の観察が心的過程を研究する方法である」という点では一致している。

「徹底的行動主義」では、行動の研究が科学であるべきだという基本的前提があり、仮想された内的状態(心的状態)を考慮せず、あくまで行動のみの研究を行う。

「方法論的行動主義」は、仮想された内的状態を利用するが、精神世界にそれらを位置づけず、主観的経験に頼らない。心理学という科学が刺激のインプットと行動上のアウトプットとの相関関係を見つけることに尽きるという趣旨の心理学上の研究戦略である(ワトソン1925)。

心の哲学における行動主義

哲学における行動主義は心理学の行動主義に強く影響されているが、違いは心理学では「事実」を問題にしたのに対し、哲学では「意味」の問題になったことである。

哲学における行動主義は論理実証主義から生まれており、ゆえに論理実証主義の方法を敷衍したもので、「論理的行動主義」とも呼ばれる。この立場では「心」ということで指し示されていることは、それらが行動という形で存在する以外、いっさい存在しないと考える。ルドルフ・カルナップやカール・ヘンペルらは、心理的状態の「意味」とは検証可能な行動であり、心理的状態は行動状態に他ならないとした。考える、望む、知覚する、といった心理状態はすべて何らかの行動状態として理解されべきで、心は行動以上のものではない。論理的行動主義者によると、心についてのどんな文や文の集合も、意味を変えずに公に観察可能な行動についての文や文の集合に翻訳でき、だからこそ心理概念が言語で使用可能だとされる。

ウィーン学団の論理実証主義者たちは、哲学の問題を科学の方法で解決できるよう定式化し直そうとした。彼らは「検証原理」という基準を使って、哲学上のあらゆる文を有意味と無意味に分類した。検証原理が含意しているのは、「ある文の真偽を決定する何らかの手続きがあるとき、かつそのときに限って、その文は有意味である」ということである。したがってある文が有意味なのは、それを証明したり反証したりすることが原理的に可能な場合だけである。この基準によれば、宇宙の起源についてであるとか、神の存在や魂の存在についてといったような形而学上の問題は無意味となる。ただし注意すべきなのは、論理実証主義者たちはそうした形而学的な主張が偽だといっているわけではなく、完全に無意味だと言っているのである。

ウィラード・ヴァン・オーマン・クワインは、スキナーの考えに影響され、言語の研究の中で行動主義を利用した。ギルバート・ライルは、哲学的行動主義に傾倒し、自著『心の概念(The Concept of Mind)』のなかで哲学的行動主義を概説した。そしてライルは、二元論の例証では、日常言語の使用の誤解によるカテゴリー錯誤(category mistakes)が頻繁に生じていると考えた。ダニエル・デネットも自身を一種の行動主義者であると認めている。デネットは現代における行動主義者の代表的人物と見られている。

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの哲学と論理的行動主義や徹底的行動主義の間には共通点があると言われ、ウィトゲンシュタインは行動主義者とみなされることがある。例えば「私的言語」や私秘性といわれる経験についての批判である。(詳しくはウィトゲンシュタインのページを参照)しかしウィトゲンシュタインの哲学は複雑かつ難解で、様々な解釈が可能である。

数学者のアラン・チューリングは行動主義者と見なされることがある。チューリングテストにパスすることは思考を持つことの十分条件として考える人工知能研究者もいる。これは他人の内面的経験は観測不可能であるゆえに、機械にも内面的経験があることを否定できないというものである。

行動主義への批判

哲学的行動主義は20世紀の後半以来、認知主義の興隆と同時に支持を失っていった。認知主義は行動主義のいくつかの問題点を認識して行動主義を否定した。たとえば行動主義は、ある人がひどい痛みを経験しているという事について語るときに、その人の痛みでなく、痛みを原因とした行動について語ることになるという点で、直観に反する主張をしていると言える。サールによると、そのような理由から「行動主義者は不感症を装ってる」と皮肉られ、冗談のターゲットであったという。サールは以下のようなジョークを紹介している。
行動主義者どうしが愛し合った後で、「君にとってはすごく良かったよ。私にとってはどうだったかね?」

ノーム・チョムスキーは、心理学を研究するために行動を研究するという発想は、物理学を研究しようとして計測を研究するのと同じぐらいばかげていると批判した。

脳科学者の茂木健一郎は、心理学における行動主義の運動は、クオリアや表象といった心的現象を本来特徴づける性質が存在しないかのような擬制の下で、個体における刺激ー反応の入出力関係のみを問題にした。行動主義は、心的現象の起源の解明という意味においては、不毛であったという。


  • 参考文献
S・プリースト『心と身体の哲学』河野哲也・安藤道夫・木原弘行・真船えり・室田憲司 訳 1999
ジョン・R・サール『ディスカバー・マインド!』宮原勇 訳 2008
  • 参考サイト