アウェアネス


概説

アウェアネス(英: awareness)とは、認知科学や心の哲学の用語で、人が自分の精神や知覚の情報にアクセスできて、その情報を直接的に行動のコントロールに利用できる状態(direct availability for global control)」のことを言い、日本語で「気づき」とも訳される。自覚状態を指すため「覚醒」という意味もある。

茂木健一郎は以下のように説明している。
部屋で本を読んでいる時など、突然、換気扇の音や、冷蔵庫の音に注意が向けられることがある。これらの音は、アウェアネスの中ではクオリアとして成り立っていたのであるが、注意が向けられていなかったので、それと把握されたり、言語化されたり、記憶に残ったりすることがなかったのである。(茂木 2004:50)

電車でぼんやり窓外を見ていると、さまざまな光景が流れるが、視覚でとらえたもの全ての形や意味を理解できるわけではない。しかし多くのものが見えていることだけは理解できる。このように多くの視覚的クオリアがある状態は「視覚的アウェアネス」と呼ぶ。

人間の脳内で行われている処理、または人間の行動、それらの全てがアウェアネスの状態であるわけではない。精神分析学では、ほとんどの処理はアウェアネスを伴わず進行すると考えられている。これは無意識と呼ばれる。アウェアネスは意識的な運動に情報を利用できることを言う。反射や無意識での反応とは区別される。

人間の脳は外部からの知覚刺激によって覚醒状態になり、知覚の対象へ注意を向ける状態に移行する(志向性)。その移行の際に意識が発生する。この一連の過程がアウェアネスである。

意識とアウェアネスの違い

「意識(consciousness)」と「アウェアネス(awareness)」という語の意味は類似しているが、認知科学や心の哲学では論者によって微妙に用いられ方が異なる。

ジョン・サールは「意識(consciousness)」というものを以下のように定義している。
「意識」という言葉で私が意味するのは、典型的には夢のない眠りから覚めたときに始まり、再び眠りにつくまで日中続く、感覚や気付きのこうした状態である(Searle 1999: 40-41)
サールからすると、アウェアネスとは意識の一つの状態ということになる。

茂木健一郎は以下のように説明している。
アウェアネスの中で多彩なクオリアが同時に感じられるという意識の側面を、「現象学的意識」と呼び、そのうち一部に注意が向けられ、言語化されたり、記憶に残ったりするという側面を、その内容にアクセスできるという意味で、「アクセス意識」と呼ぶことがある。(茂木 2004: 51)
上述の「現象学的意識」と「アクセス意識」の区別はネド・ブロックによってなされたものである(詳細は現象的意識を参照されたし)。

デイヴィッド・チャーマーズは、現象的意識がないのにアウェアネスがある状態を想定している。

現象的意識とアウェアネスについての研究と議論は今も継続中である。


  • 参考文献
デイヴィッド・J. チャーマーズ『意識する心―脳と精神の根本理論を求めて』林一 訳 白揚社 2001年
茂木健一郎『脳内現象』NHKブックス 2004年
  • 参考サイト