自己


概説

自己(英:Self)とは、意識される自分自身を言う。「私」に近い概念である。その自己を起点とする意識作用が自我である。自己と自我は混同されて用いられることも多いが、自己と違い自我とは物事を対象化する機能である。

自己は、時間を経ても持続的に存在しているように感じられる。しかし、昨日の自分と今日の自分は同一であるのかと懐疑することができる。この問題は人格の同一性というテーマで考究されている。

還元主義と非還元主義

哲学においては、自己について対極的な二つの考え方があり、デレク・パーフィットは双方の立場を以下のように「還元主義」と「非還元主義」と呼び分けた。(ただし、パーフィットがいう還元主義は、心的な現象は物理現象に還元できるという還元主義とは意味が異なるので注意が必要である)

1、非還元主義
自己がそれ自体で存在するという立場である。心の哲学においては観念論実体二元論がこの立場である。素朴心理学的な考えであり、自己を継起する知覚や持続的な意識を担う「主体」としての存在とみなす。古くは「魂」が自己というものの本質であると考えられてきた。現代の哲学者でこの立場を取る者は少ないが、英国のリチャード・スウィンバーンは魂の存在を主張している。また日本では永井均が〈私〉という用語で、自己が個別の肉体や精神に還元できないものとして存在する、との主張を行っている。

2、還元主義
自己とは、他の何かから成り立っている概念であるとする立場である。心の哲学においては物理主義性質二元論がこの立場である。歴史的にはインド哲学の梵我一如がこの立場に近い。近代哲学において最も明確な形で自己の実在を否定したのはデイヴィッド・ヒュームであり、彼は自己とは知覚の束であると考えた。この種の立場を進めると究極的には、昨日の「私」と今日の「私」は、タイプ的には同一であっても、異なったトークンであると考えることもできる。

一般的に物理主義や性質二元論の立場を取る哲学者は、さまざまに変化している精神現象・クオリアを担う主体としての魂のような「何か」を想定していない。しかしジョン・サールは「生物学的自然主義」を標榜するものの、「私が私である」と感じさせる形式的な原理を想定する必要がある、という主張を行っている。

  • 参考文献
デレク・パーフィット『理由と人格 非人格性の倫理へ』森村進 訳 勁草書房 1998年
ジョン・R・サール『MiND 心の哲学』山本貴光・吉川浩満 訳 朝日出版社 2006年
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