ついせん【Twitter活用事例1000】まとめWiki

東京会場座長の所感

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そもそも、「ついせん」がいかにして始まったか、どのような細かいやりとりや出会い、交流があったかは、@kzhirata さんの素晴らしいブログ(http://tuisenhirata.blogspot.com/)にある通りなので繰り返しません。ここでは全体を俯瞰することと、今後の「ついせん」が見据えるものについて自分の考えを整理してみたいと思います。なお文章は、読み手にとって決して心地良いことばかりではありません。しかしながら2010年「ついせん」春のオフ会を、自分自身の素敵な思い出として遺しておきたいというお気持ちがある方に対して不愉快になっていただくことは私の本望でもありません。素敵な思い出を大切にされたいのでしたら、どうかこの先は読まないでいただきたいと心よりお願い申し上げます。


そのまず「ついせん」のそもそもの目的は乱暴に言ってしまえば「事例集を出版しよう!」だったと記憶しています。ツイッターに関心があるが、どう楽しんでいいのか分からない人たちに「ツイッターってこんなに面白いし、素敵なことがあるんだよ」ということを実際のつぶやきを集めて伝えようというのが出発点です。それゆえ出版事業を軸にして、皆がいろいろ考えていきました。その中にはタイトルをどうしょうかとか、一体誰に向けて出版するんだ(主婦向けとビジネス向けとかの分冊案もありました)とか、構成をどうしようとか、収益はどうするんだい?とか、がありました。出版関係の方からの助言もありました。で、どのような事例をどんなふうに集めるかという問題はともかくとして、まずは1000個集めてみる。1000個集めてみてから考えようということで「つぶやき大会」が始まっていったと記憶しています。これを集積するための @st_bb さんのブログ、@TakahiroPEJp さんのwikiも立ち上がりました。ただ、その歩みは(今思えば)ゆったりとしていたものでした。出版関係の方々からも「やりましょう(孫さん風♪)」的なお言葉もなかったはずです。

そこに今回の「ついせん」春のオフ会の話が持ち上がりました。これはあくまでも、ツイッターだけで話しているだけじゃなくてオフ会をしようよ、というところから始まりました。これが(前後関係はあやふやですが)「一同に集まれないのから各都市でやろう。同時開催でやろう」「せっかくやるんだから事例を持ち寄って、どうやったらツイッターの良さが伝えられるだろうかというミニ勉強会的なことをやってみよう」という案だったと思います。私自身も「それなら大体20-30人規模だよね」。というツイートをしていたと記憶しています。そして、その規模の研修や研究会なら捌いた経験が何度もあったので座長に名乗りを上げた「はず」でした。ところが勢いがついてあれよあれよと、参加人数は50人以上を想定した大規模な話になっていきました。これは当初私が想定していた研修というよりは、ほとんどイベントとなったわけです。私にはその経験はありません。正直なところこの時点で観客側に回ろうかな?その方が楽しそうだし・・と思いました。ただ、2010年4月30日の @ktamiya さんオフ会(#ktc0430) @SuzuJ さんが仰ったように「ツイッターでありがちな」引っ込みがつかなくなった状態♪となって、「うん、ならば一生に一度経験できるかどうかのチャンスだからやってみよう!」と思い切ったわけでした。

ところで、この時点でのオフ会を行う大きな目的の一つは、当初からあった出版計画との連動でした。オフ会を大々的にやることで「ついせん」(当時はこういう愛称はなかったですが)の認知度を高める。認知度が高まれば出版業界も関心をもってくれて出版に前向きになってくれるかも?という目論みがあったと記憶しています。以後、各都市同時開催春のオフ会は、おそらく2ヶ月足らずの期間で、沢山の皆様が集い、最後は札幌も加わって、沢山の参加者を集めて成功裏に終わりました。プロのイベンターでもないのにこれだけの規模のイベントを各都市で同時にやってしまった、というのはツイッター史に必ずや語り継がれる出来事だと確信しています。なので春のオフ会自体にはまったくの不満や問題はありません。いいメッセージを届けられたと自負しています。私も参加できて光栄でしたり、何よりも心底楽しみました。

さて、ここで「ついせん」の未来に目を転じてみましょう。繰り返しますが春のオフ会は「ついせん」出版計画に連動したイベントでした。そして何とかやり遂げようとした。で、やり遂げた。・・・それでどうするのか?ここで現在(拙稿を書いている2010年5月1日)において2つの流れができつつあると考えます。

1つは各都市で集まった、できた!という達成感、「つい縁」の効果から、各々の地域で集まって振興を図れないかとう流れです。それは地域全体でもいいですし、地域のある特定の業種、イベント、同好の士でもいい。街を挙げてじゃなくてもいい、その町で一部でもいいから盛り上がることができないかという視点です。もっとおおざっぱに何かできないか?という投げかけで終わってもいいのかもしれません。私がツイートhttp://bit.ly/bzXcbWしたように個人レベルでのフォロー、フォロワーでのネットワークの拡がりは一定の状態に遷移したと思っています。何人のフォロー、フォロワーがいるかは、ツイッターにおいて前面にでる目的ではなくなるでしょう。あるレベルでつながったネットワークが、今度は他の、通常なら想起できないネットワークと結びつく( @dimaizumさんが言うリワイヤリング)が起こりつつあります。地域というフィールドで考えれば、今後はアカウントが集った地域同士がフォロー、フォロワーの関係となっていく段階ではないかという思いが私にはあります。

 ただ、@hirosaki710 さんが指摘http://bit.ly/aIILvA されているようにツイッターが地域にできることは限られているでしょう。ツイッター人口は中の人たちである私たちが想像する以上に偏在していると思います。私はだからこそ、ツイッターでつながれる人たちだけでもつながって、いくのも一手ではないかと思う次第です。地域で活躍している人たちは敏感に反応するでしょう。それぞれの地域だけなら見えない突破口が、ツイッターでつながることで見えてくるかもしれません。そんな相互に必要とする情報がやりとりできるような「場」として、「ついせん」が活用できるのなら、それは素晴らしい試みだと思います。大阪の @genkimame さんが語る日本ツイッター新聞という構想 http://bit.ly/9gbRXP もこの流れで捉えるとわかりやすいモデルだと思います。

「ついせん」秋オフ会も、春にやったから秋もやろうというノリで始まっています。もちろんハロウィンで仮装すれば顔出しNGの人も気軽に参加できるという「優しさ」も当然あります。これに上述の「地域」を結びつければ、5都市に終わらず各都市でやってしまうのは必然です。したがって、拙稿を書いている現時点では「ついせん」秋のオフ会は、春のオフ会とは違った目標が何となく備わってきているという、私の印象があります。ただ、「何のために全国で一斉にオフ会をやるのかわからない」とか@iblab_ky さんの「サイトみたけどわからない」http://bit.ly/beqMrF というツイートに象徴的な、多くの人が集うようになったので、今までの私たちが何となく共通認識だと思っていたことをきちんと整理して明示する必要性が迫られているのも事実です。

 「ついせん」ポスト春のオフ会のもう一つの流れは「助けよう」という善意です。おそらくこれは、@fuurin さんが大阪での演奏会場が見つからないというヘルプに対して、 #twicase1000 上でRTが展開され、めでたく会場が見つかったという事例が象徴的だったのだと記憶しています。今までは「良かったという事例」を集めていた。これに「良かったと思えるような事例を作り出そう」という思いだと考えます。ツイッターが現時点では人間の善意が表しやすい媒体であるので、この試みは共感が得やすくかつ実行も容易です。これが今後の「つぶやき大会」に連動していく流れもとても理解できます。しかし、善意の行い、が必ずしも求められてこととズレを生じることがあり得ます。その際に欧米と日本とのボランティアあるいは奉仕の概念がちがうことをどこまで認識するかで、その後の展開が変わってしまうことを老婆心ながら心配している、ということだけ触れておきます(これ以上は議論が拡散してしまうので本稿では書きません)。

さて、ここにおきましても、「ついせん」( #twicase1000)の発祥早期から居合わせた者として思うところがあります。そもそも「オフ会」はまず出版がありきではなかったのかという記憶です。奇しくも2010年5月1日に @tomokyun85 さんから一連のツイートがでました。議論の根幹はここに集約されていると考えます。:

http://bit.ly/c3cI6g ありのまま綴られていて恐縮です。自分は議論に多く参加してませんが多人数作業で本を出すならまとめ役が必要と述べましたね~RT @kzhirata 「ついせん東京スタッフ書記のついせんストーリー 本編2章 理念の迷走」 http://ow.ly/1FiXV #twicase1000

(以下、RT部分を私の責任で削除して再掲します。)

http://bit.ly/b38tnv スタジオジブリも宮崎監督の理念に鈴木Pが現実の輪をかけてビジネスに仕立てるので。出版するならなお旬を外すと売れませんし
http://bit.ly/d9GAJo だから想いを伝えるだけなら出版は不要では?と先日のイベントに参加して思いました。ネット上だけど想いが波及し始めてるから。
http://bit.ly/9QiA1i しかしネット以外の方々にも伝えるなら本が必要で。しかも旬を逃さないスピード感が必要で。事例を寄せてくれた方々のためにも☆
http://bit.ly/cYQhQH 先日のオフ会は1000事例集まった区切りであり、本の出版を前提とするとイベント連動したメディアMIXとして秀逸でした。
http://bit.ly/bU5eWR だから今一度理念と出版とイベントの関連性や実現時期を一旦整理した方が良いのではないかと、理念に賛同するからこそ思います☆

 所期の目的であった本は出版するのか?出版するのならその目的は?出版するのなら旬を逃がさない(個人的には旬は逸しつつあると思います)ためにも加速する必要があるのでは?出版しないのなら出版を目指していたときに共感した人たちへの説明は?集めた事例の公表方法は?

「ついせん」の始まりから関わってきた人は当然のことながら、これから関わる人みんなが今一度考えて欲しいことではないかと考えます。なぜ「ついせん」を始めたのか?は時とともに「ついせん」が向かう方向性を制限したり支配することではありません。しかし起点であることは否定できない事実です。抹殺するか改竄しない限り、起点は未来永劫存在します。原点に帰れと言えば大袈裟すぎますが、「ついせん」が春のオフ会を経て立派な歴史となった今だからこそ、振り返らなければならない大切な時期なのではないかと考えましたので、冗長な所感といたしました。お目汚し失礼いたしました。

2010年5月1日
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