「坊やに来てもらったのは、私達がその記憶を知りたかったからよん」
「私達も貴方の記憶が何のか知らない。だから連れてきたのよ、織田さんのところへ」
織田はゆっくりと郁人の方へ歩み寄る。先ほどとは全く違った男らしい形相で。
「お、織田さん…?」
お互いの鼻が触れ合うかのような距離まで接近して止まる。
織田の顔がまたゆるみ。
「ちょっと我慢してね、坊や。」
え…?
「ヌぅどぉりゃあああああああああああああああああああ!!!!!」
んがっっ!!!?
郁人は激しい痛みが全身に伝わる。
織田の右手が郁人の睾丸を鷲掴みにしていた。
な、なにしやがる…!!!
時計は顔色変えずに織田の側により肩に手を添えた。
「織田さんは睾丸に触れることによって対象の記憶を探ることができるの。
貴方の10年前の記憶、これから一緒に探してもらうわよ。」
織田の右手が光り輝く。
「それじゃ、潜るわよ!」
睾丸が熱くなり、光がさらに大きくなって視界を真っ白に覆った。
頭に何かが流れこんでくる感覚。
自分の脳が天に抜け出そうになる感覚。
そんな感覚がごっちゃになり、やがて目の前が真っ暗になった。
最後には目をつぶって立っている感覚に変わっていた。
郁人はゆっくりと目を開ける。
そこには郁人の全く知らない世界が広がっていた。
「なんだよ…これ…」
赤い宇宙、と形容すればいいのか。
そこはまるで怪獣の胎内。
赤い肉壁が蠢き、良く分からない液体が頭上から大瀑布を形作っている。
「…やはりそういうことなのね」
「時計…!これはどういうことなんだよ…こんなのが10年前の記憶だっていうのかよ!?」
予測はしていた。しかし信じたくはなかった。と、時計は呟いた。
俯いてしまった時計の代わりに織田が口を開く。
「この気持ち悪いのが10年前のこの世界なのよ。まさか本当に貴方が創造主だったなんてねぇ…」
「創…造主…?どういう…」
「ホラ、あそこに居るのが10年前のアナタ」
織田がゆっくりと指をさす。その先にあるのはただの肉の塊。
もっと言えば、1対のタマが、この地獄のような朱の上に
ぷかぷか、ぷかぷかと浮かんで、浮か、ん、で
「アナタの本体はキンタマ。その体、ううん、体だけじゃない。
この『檻』の中のモノ全ては、アナタが願って創りだしたモノなの」
織田の声が、遠くに聞こえた。
「俺が願って創り出した世界だと…
じゃあお前たちは俺が創り出した幻なのか?
俺が望めばどんなことも『現実』になるとでも言うのか!?」
時計を見つめる郁人。次の瞬間、
時計の体が粘土人形のように溶けていった。
「いやいやいや、俺こんなの望んでねーし!」
そう思うと意識はそこからどんどん遠のいていく…。
「…なんちゅー夢だ。」
「あー、やっと起きたん?」
「お前、寝すぎだろ。さっさと起きろバカ。」
流 清水がいた。後、死んだと思ってた御手洗も。
「はぁー夢でよかったよ・・・」
そういって御手洗の方をたたく。
「何だよ。きもちわりーな。あ、そうだ。病院坂がお前のこと呼んでたぜ。」
「そうそう。起きたら屋上まで来るよう伝えてくれって。」
病院坂から?屋上へ来てくれって?これはまさか・・・
「お約束のイベントですか!」
俺はテンションフルスロットルで屋上へ一直線に走った。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
俺は息を整え、屋上の扉のガラスで決め顔をつくり、ドアノブに手をかけドアを開く。
屋上には病院坂が一人、空を眺めて立っていた。
これから起こるイベントへの期待がばれない様に俺は必死で平静を装い、病院坂に声をかけた。
「病院坂、なにか用か?」
病院坂がゆっくりと振り返る。
「・・・」
病院坂はしゃべらない。
「なんだよ。用があるんじゃないのか?」
続いて声をかけたが病院坂は黙ったままだ。
「・・・」
「・・・?」
数十秒の長い沈黙の後、病院坂は眼鏡を外し、そして重い口を開いた・・・
「満足したかしら?」
イチャラブキャッキャウフフイベントが発生すると思ったので予想外の台詞に面をくらう。
いざ自分を目の前にして照れているのだろうか?
いや、まるでこの世で一番汚いものを見ているような、乾いた眼差しを見るかぎりその可能性は薄そうである。
「えーと病院坂さん?満足とは何をさしているので・・・はっ!」
っと、そこでこのイベント自体が便所コンビの罠という可能性に行き着く。
そもそも自分は病院坂ルートのフラグを建築した記憶が全くないのでこの状況はおかしいのではないだろうか。
それならばあのバカ共のことが、どこかに隠れて影で笑っている可能性の方が高い。
というか間違いない。
しかしここは漢・川中島郁人!ただでは転ばぬ男である。
毒を喰らわば皿まで食べつくしてみるのが自分の生き様。
よし!とりあえずあのアルミニウムのように輝いてる高級織物ような黒髪を頬張りつくそう!
はち切れんばかりのリビドーを一気に開放し病院坂に飛びかかる。
「いただきまー・・・ぶべらっ!!!」
それはそれは見事なカウンターであった。
病院坂の情け容赦ない位置の間にか装着されていたナックルから繰り出される一撃は、
川中島郁人の体を───簡単に───吹き飛ばし・・・
───世界を消した
気付くとそこはさきほどまで殺風景な部屋で尻餅をついていた。
「おかえりなさ~い、坊や。」
非常に嬉しくない目覚ましである。
よく見渡すと部屋どころか奇天烈な格好の織田さんに仏頂面の病院坂もいるではないか。
「なんだったんだ今のは・・・?」
まさに混乱。
「今のはあなたが創った新しい世界よ。もっとも『この世界』を信じられなくて創られたハリボテの世界だったらしいから、少しの衝撃で壊れてしまったみたいだけど。」
病院坂という生き物の中では世界を壊す威力の一撃が少しの衝撃なのだろうか。
未だ頭の中で情報を整理しきれていないが、セクハラは控えようと決意、ちょっとだけ。
「坊やは今まさに私達が説明した能力を使ったのよ。」
しかしそうなるといくつかの疑問が生まれる。
「『さっきの世界』が壊れたのが分かるが、どうして『この世界』に戻ってきたんだ?」
もし先ほどの説明の通りであれば『さっきの世界』創造したことで、
『この世界』すでに上書きされ壊されているのではないのだろうか?
「あら、あなたのようなミジンコ程度の脳みそでそこに気が付くとは意外だわ。」
この女は呼吸をする感覚で人をコケにしないと、生きていけない病気を患っているのだろうか・・・。
「坊やの疑問はもっともだわ。その秘密はね『はれるや』にあるのよ。」
「はれ・・・るや・・・?」
「そう『この世界』はね、"はれるや" によって固定された閉じた世界なの。」
「『はれるや』っていうのは、あの街の中心にそびえ立っているあのドーム型気候管理施設のことを指しているのか・・・?」
「そう、あの『はれるや』で間違いないわ。
表向きは天候を管理する施設と謳っているけど、本当の機能はそれではない。
あくまで気候管理プログラムは『この閉じられた世界』を管理している施設の機能の一つなの。」
そこで俺はもう一つの疑問を口にした。
「病院坂、お前は一体何者なんだ?」
織田さんはシステム側の人間である。
しかし病院坂には当然睾丸はないにも関わらず、ずいぶんと世界の裏側に精通しているではないか。
「私はこの『閉じられた世界』の外側から人間。
ここに来た目的は"ハレルヤ"の破壊、及びこの世界に閉じ込められている人間を救出すること。」
「そして睾丸を持たないことであなたの創造の影響を受けない、この世界で唯一の女よ。」
最終更新:2011年09月28日 14:14