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       #28「謎」

―――ふと見渡してみれば、周りは一面真っ黒だった。
身動きはとれない、でも動こうとは思わない。
いまは何だか、不思議な心地よさが体を包んでいた。
その心地よさに身を任せ、何もない空間を見つめていると、突然誰かの声がした。
「……い…………ろ」
うるさいなあ……せっかく人が気持ちよく眠ってるっていうのに……
「……おい……っかり……しろ!」
ああ、もう! 鬱陶しいなあ。
こうなったら、徹底的に無視してや……
「おい、しっかりしろっ!」
声の音量が、突然何倍にも跳ね上がった。
「うわあああああ!」
おかげでようやく、骨川スネ夫は目を覚ました。

冷静さを取り戻したスネ夫は、ゆっくりと周りを見渡してみた。
洗面所に便器……ここはどうやら、トイレのようだ。
地面には、割れた花瓶の欠片が転がっている。
「そうか、僕はここで襲われて……気を失って……」
後頭部をさすってみると、物凄く大きなたんこぶができていた。
「おい、大丈夫なのか?」
突然スネ夫の顔を、何者かが覗き込んでくる。
白いローブで全身を包み隠しているその男に、スネ夫は見覚えがあった。
「あなたは確か……『レジスタンス』のリーダーの……」
「フォルテだ。 よろしく、骨川スネ夫君」
白いローブの男、フォルテが静かに言い放った。



スネ夫はそれから、フォルテが何故ここにいるのかを説明してもらった。
どうやら、先程からスネ夫を起こそうとしてくれていたのはフォルテのようだ。
彼はトイレに入り、後頭部を叩かれて気絶しているスネ夫を発見した。
そしてスネ夫が目を覚ますまで、ひたすら呼びかけてくれていたそうなのだ。
「えっと……ありがとうございました……」
混乱しながらも、とりあえずフォルテに礼を告げるスネ夫。
とその時、再び頭に激痛が走った。
「っ……い、痛ああああああ!」
激痛に悶えるスネ夫を見て、フォルテは慌てて何かを取り出す。
それは、救護カバンのようなものだった。
フォルテはその中から聴診器を取り出すと、突然それをスネ夫の胸に押し当てた。
スネ夫が戸惑っていると、突然機械の中から薬のような物が出てきた。
フォルテはそれを取ると、スネ夫に向けて差し出した。
「心配するな、ただの痛み止めだ」
フォルテにそう言われたスネ夫は躊躇いながらその薬を口に含んだ。
すると不思議なことに、痛みが急激に引いていった。

痛みが消えたことで落ち着いたスネ夫は、ふとあることを思い出して立ち上がる。
「そうだ、試合にいかなくちゃ! 
僕がいなかったら、人数不足で負けになっちゃう!」
慌てて駆け出そうとするスネ夫を引きとめ、フォルテは説明を始める。
「今から言ったって無駄だ。
君が試合に間に合わず、ドラーズは人数不足で不戦敗となった。
だが案ずることはない、君の代わりに補員として出木杉英才が出場した。
彼と野比のび太のコンビは見事勝利を収め、そして二番手の剛田武も……」
『勝者、『ドラーズ』剛田武選手!』
ここでタイミングよく、ジャイアンへの勝利の宣告がコロシアムに響き渡った。
「……どうやら、終わったみたいだね。
決勝進出おめでとう。 私もいまから試合があるから失礼させてもらうよ」
「え……ちょ、ちょっと待って……」
スネ夫が引き止める間もなく、フォルテはトイレから去っていった。



……一方ドラーズの一行は、戦いを終えて部屋へと戻っていた。
「見たか、俺様の華麗な勝負姿を!」
ウコンに勝利したジャイアンは、達成感に浸っていた。
「ジャイアンも凄かったけど、今回勝てたのは出木杉のおかげだよね」
いい加減彼の自慢話にうんざりしてきたのび太が、話の対象を出木杉へとすり替える。
「ほんとそうよね。 のび太さんとのコンビ、かなりうまくいってたわ。
それに出木杉さんがいなかったら、今頃不戦敗で地下室行きだったしね。
ありがとう、出木杉さん」
「そ、そんなことないよ。
僕の方こそ、みんなには随分世話になったよ。
だから、おあいこってことで……」
静香に絶賛された出木杉は、照れて頭を掻きながらそう言った。

「不戦敗といえば……スネ夫の奴、一体どこに行きやがったんだ?
あいつのせいで負けかけたんだ、見つけたらただじゃおかねー!」
先程まで上機嫌だったジャイアンが一転、怒りのオーラを全身から放出し始める。
ちょうどその時、4人は部屋の前に到着した。
「まあまあ、落ち着いてよジャイア……」
のび太がジャイアンをなだめつつ、部屋のドアを開ける。
その時見た光景に、4人は一瞬凍りついた。
部屋の中央に、いままさに話題に上っていたスネ夫が座っていたからだ。
「や、やあ。 お疲れ様……」
スネ夫が右手を上げておどおどと挨拶を始めたとき、すでにジャイアンは動き出していた。
「てめー! いままで何してやがった!」
迫りくるジャイアンから逃げつつ、スネ夫は必死に事情を説明した。



「……なるほど、一通りの事情はわかったよ」
スネ夫の話を聞いても、出木杉は冷静さを崩さない。
だが、他の3人は驚愕して口をポカンとあけていた。
「まさかお前が襲われて、大怪我を負ってたなんて……
スマン、スネ夫! 事情も知らずお前に殴りかかったりして……」
ジャイアンがスネ夫に向けて頭を下げる。
こういうことがキチンと出来るようになったのは、ジャイアンが成長した何よりの証だろう。

「痛みは無いって言うけど、一応その頭のコブは治療しておいた方がいいわね。
いまは他に使えそうな物が無いから、これで我慢してね」
静香はそう言うと、バッグから薬を取り出す。
「ちょ、ちょっと待って! それ、ポケモン用の傷薬じゃないか!」
スネ夫がうろたえながら後退する。
その姿を見て、静香が慌てて説明をする。
「学校で聞いた話によると、ポケモンと人間の遺伝子構造はよく似ているらしいの。
遺伝子学の研究が禁止になったから、あまりくわしいことは分からないんだけど……
……とにかくそう言う事だから、ポケモン用の薬は人間にも効果があるらしいの。
ただ、人間の方が遺伝子構造が複雑だから、ポケモンに比べて薬の効果は薄いらしいけど。
それでも、何もしないよりはましよ!」
静香は説明を終えると、さっそく傷薬をスネ夫の頭へ吹きかけた。
「それじゃあ私、次の試合がどうなってるか見てくるわ」
薬を使い終えた静香は、試合を見るために部屋を出て行った。



「骨川君を襲った奴も気になるけど、レジスタンスのリーダーも気になるな……
いったい、どうやってそんなに凄い痛み止めを作ったのか……」
先程から無言で考え込んでいた出木杉が呟いた。
そこに、突如のび太が割り込んでくる。
「それなんだけどさ……“お医者さんカバン”じゃないかな?」
「「お医者さんカバン?」」
のび太の口から出てきた謎の単語に、他の4人は声を合わせて聞き返す。
戸惑いながら、のび太はその道具について説明する。
彼によると、フォルテが使った道具は、ドラえもんの持つ“お医者さんカバン”という秘密道具である可能性が高いと言うのだ。
「で、でも! 秘密道具はここじゃあ使えないってドラえもんが言ってたぜ……
第一、なんでそいつが秘密道具を持ってるんだ?」
「わからない、だから僕も戸惑ってるんだよ……」
ジャイアンの問に、のび太は答えられない。
誰もが謎だらけで考えに行き詰まり、部屋に沈黙が流れる……

とその時、突然部屋のドアが開いた。
ドアの向こうから現れた静香が、早速報告をする。
その顔は、若干青くなっているように見えた。
「そのフォルテさんたちのチームだけど、つい先程敗退したわ。
試合時間は1人あたりたったの十分、まさに完敗だった……
私たちの決勝の相手はMr.ゼロの最強の手下、『ジョーカーズ』よ」



       #29「決勝前夜」

レジスタンスが、完敗した。

その知らせを聞いたのび太たちが、思わず立ち上がる。
「そんな……あの人たちですら、ジョーカーズに敵わないなんて……」
皆の顔は青ざめていた。
彼らなら……レジスタンスなら、ジョーカーズに勝てるかもしれない……
そんな希望を、どこかに抱いていた。
だが、その希望はあっさりと打ち砕かれてしまったのだ。
のび太の口から、溜息がこぼれた。

「レジスタンスの人たちはよく頑張っていた、いままでのどのチームよりも検討したと思う。
でも、それでも……ジョーカーズとは圧倒的な戦略差があったわ。
レジスタンス側は、相手のポケモンを1匹倒すのがやっとだったもの……」
静香が、先程のバトルをこう語った。
圧倒的なジョーカーズの力を改めて実感し、のび太は再び溜息をついた。
自分たちは本当に、奴らに勝つことができるのだろうか?
そんな思いが、胸を過ぎったのだ。



「結局、あのリーダーの実力は未知数のまま終わっちゃたね」
そう言った出木杉はいまだに、フォルテのことを考えている。
今回彼は大将だったので、出番が回ってこなかったのだ。
謎だらけの彼の正体に少しでも近づくためにも、その実力がどの位のものなのか見極めたたい。
そのためには、ジョーカーズの選手のような強い選手との激突を見なければならなかった。
彼なら、ジョーカーズの選手にも勝てたかもしれない。
そういう予感があっただけに、彼らの戦いが実現しなかったのが残念だった。
「あ、忘れてた!」
出木杉が思考をめぐらせていた時、突如静香が大声をあげた。
「フォルテさんが、私にメッセージを残していったのよ!」
フォルテは敗北して地下室に向かう途中、静香に向かって大声で何かを伝えたのだと言う。
いったい、彼は何と言ったのだろうか?
4人の視線が静香に集まる。
静香は緊張した様子で、ゆっくりと言葉を発した。

「『どんなときも、決して諦めるな。
必ず強い意志を、希望を持ち続けろ。
そうすれば、チャンスは簡単に途絶えはしない』
……それが、彼が残していった言葉よ」

場が、完全に静まり返ってしまった。
皆、どういう反応をすればよいのかわからなかったのだ。
その言葉はただ単に、自分たちを励ましているだけなのか。
それとも、もっと深い意味を持っているのか……
5人とも、理解に苦しんでいた。

―――その言葉に秘められた真意など、いまの5人には知る由も無かった。



(※注 ここからのび太視点になります)

それから数十分が経ち、いま部屋にいるのは自分と出木杉だけになっていた。

出木杉が補員として加わったので、この部屋のベッドは一つ足りなくなってしまった。
そこで、スネ夫がこんな提案をしたのだ。
「いまは全部の部屋が空いてるんだから、1人が1つの部屋を使えばいいじゃないか」
他の部屋を使っていた選手たちはすでに、全員負けて地下室に送られていた。
故に、いまは全ての部屋が空き室になっているのだ。
皆すぐにスネ夫の提案に賛同し、近くの部屋へ移っていった。
なのに出木杉がまだこの部屋に残っているのは、自分が引きとめたからだ。
彼はいま、いろいろなことを考えていた。
フォルテのこと、この大会のこと、そして明日の試合のこと……
だから、部屋から出て行こうとする出木杉を、こう言って引き止めたのだ。
「考え事をするのなら、1人より2人のほうがいいよ。 僕も一緒に考えてあげる!」

だが、大して頭がよくない自分が出木杉の役に立てるわけがない。
自分は先程から、出木杉の言うことに適当に相槌を打つだけだった。
こうなることは、分かっていた。
では何故、役に立てないのに出木杉を引き止めたのか?

それは恐らく、1人になるのが怖かったからだ。

明日の試合に本当に勝てるのか、不安で不安で仕方なかった。
1人でいると、その重圧に押し潰されてしまいそうだった。
だから、誰かに傍にいてほしかったのだ。



「さてと、考えるのはこの辺でやめて、そろそろ僕も自分の部屋に行こうかな……」
突然出木杉が、そう言って立ち上がった。
「え! ちょ、ちょっと待って……」
慌てて止めようとする自分に、出木杉は穏やかに微笑みかけた。

「野比君……不安なのは、僕も一緒だよ。 おそらく、剛田君たちも……
でもいまは、明日の試合に勝つことだけを考えよう。
それがいまの僕たちにできる、最良の選択のはずだよ」
出木杉はそう言うと、部屋から出て行った。
その間ずっと、自分は呆然としていた。

―――見抜かれていた、自分が不安で彼を呼び止めていたことを。
さすがは出木杉だと思った。
本当は彼だって不安なはずなのに、自分のために部屋に残ってくれたのだ。
己のことで精一杯な自分とは、大違いだ。
彼の優しさに、感謝の気持ちがあふれ出てきた。
「ありがとう、出木杉……」
誰もいない部屋の中で、こっそりと呟いた。

その後、僕は自分の部屋のドアノブを握っていた。
他の仲間とも、話をしたいと思ったのだ。
そうすれば、自分の不安がもっと和らぐかもしれない。
また、出木杉のように、相手の力になってあげられるかもしれない。
そう思って、ゆっくりとドアを開けた。



最初に向かったのは、自分の隣にあるスネ夫の部屋だ。
中に入ると、スネ夫と一緒にジャイアンもいた。
先程まで談笑していた2人は、自分に気付くと話を中断して視線をこちらに向けた。
2人とも自分とは違い、かなり余裕があるみたいだ。
「おうのび太、どうしたんだ?」
「ちょっと、話がしたくてさ……」
ジャイアンの問いにそう答え、2人の近くまで歩み寄っていった。

「あのさ……2人は、明日の試合が怖くないの?」
単刀直入に聞いた。
何故そんなに落ち着いていられるのか、気になったからだ。
しばらく考え込んだあと、まずスネ夫が話してくれた。

「そりゃあ僕だって、明日の試合は怖いよ。
でもそれ以上に、なんとかなるんじゃないかって気持ちがあるんだ」
スネ夫の声は、明るかった。

「……僕はずっと、才能がないからって自分に言い聞かせて、トレーナーの夢を諦めていた。
でも今回の大会で、僕は自分の可能性を試すことができた。
この世に『不可能』なんてないってことを、知ることができたんだ。
実際、僕たちは何度も、困難な壁を越えてきたんだ。
絶対に勝てないと思っていた、四天王やフロンティアブレーンとの試合でさえね。
だから明日の試合だって、きっと何とかなる。
そんな根拠のない自信が、どこからか湧いてくるんだ」
スネ夫は話を終えると、軽く笑みを浮かべた。



「俺だって、スネ夫と同じだ」
今度は、ジャイアンが語りだした。

「俺はいままでずっと、力で無理やり敵をねじ伏せるような戦い方しかできなかった。
でも、それじゃあ駄目だった。
あのままでは、俺は敵と化したジャイ子を救えなかった。
なら、何故俺はジャイ子を救えたのか? 何故ここまで勝ち上がってこれたのか?
……それは、お前たちが、『仲間』がいたからなんだ
仲間が俺に、戦術を教えてくれた。
挫折していた俺を、立ちなおさせてくれた。
だから俺はジャイ子に勝って、あいつを救うことができたんだ。
ここまで勝ち上がってこれたのだって、仲間がいたからだ。」
傲慢だった昔のジャイアンからは、考えられないような言葉だった。
「今度の敵はたしかに強すぎる、俺1人じゃあ間違いなく敵わないだろう。
でも俺には、最高の仲間たちがいる。
俺は仲間と一緒なら、どんな敵にでも勝てると信じてるぜ!」
ジャイアンの声は、自信に満ち溢れていた。

―――2人の話を聞いて、胸をハッとつかれた感じがした。
そうだ。 僕たちはいままで、どんな困難にも打ち勝ってきたではないか。
それなのに、今ここで諦めてどうするんだ。
不安はだいぶ消えてきた、そして代わりに自信が湧いてきた。
「ありがとう! ジャイアン、スネ夫!」
礼を告げ、勢いよく部屋を飛び出していった。



廊下に出ると、自分の部屋の前に静香が立っているのが見えた。
「どうしたの、静香ちゃん?」
静香の下に歩み寄って、尋ねた。
「話したいことがあるんだけど……いいかしら?」
首を縦に振り、早速静香を自分の部屋に招きいれた。

「それで、話したいことって何?」
「えっと……実は、明日の試合のことなんだけど……」
静香の口調は、重々しかった。
「その……不安だったの、本当に明日勝てるんだろうかって。
だから、のび太さんに相談しようって思って……」

同じだ。
静香も自分と同じく、明日の試合への不安を抱いていたのだ。
自分は先程、出木杉とスネ夫とジャイアンにその不安を取り除いてもらった。
―――だから、今度は自分が静香の不安を取り除いてあげる番だ。

「……確かに、敵はあまりにも強大だ。」
先程の試合を目の前で見た静香は、だれよりもそのことを実感しているだろう。
そう考えるとますます、自分が静香の力にならなくてはいけないと感じた。
「でも僕たちだって、ここまで勝ちあがってきたんだ。
僕たちはこれまで何度も、大きな壁にぶつかってきた。
でもその度に、みんなの力を合わせて壁を乗り越えてきた!
だから……今度もきっと、乗り越えられるさ。 
みんなの力を合わせれば、きっと……」
静香の手を、両手で握り締める。
手は少し、冷たくなっていた。

「がんばろう、静香ちゃん!
明日の試合に勝って、みんなを救い出すんだ!」
静香の手を強く握りながら、呼びかけた。



しばらくの間、ずっと静香の手を握り締めていた。
やがて、黙り込んでいた静香が言葉を発し始めた。
「……なんだかちょっと、元気がでてきたわ。
ありがとう、のび太さん!」
安心した。 
静香が、笑顔だったからだ。

静香の手はいつのまにか、ぬくもりを取り戻していた。
と同時に、頬が少し紅潮していた。
……その後静香は何も言わず、部屋を出て行った。

その後は出木杉に言われたとおり、明日の試合に勝つことだけを考えていた。

―――大丈夫、きっと勝てる。
   自分には、最高の仲間たちがいるのだから。
ジャイアンとスネ夫が言った通りだ。

フォルテが残した言葉を思い出した。
そうだ、まだ諦めてはいけない。 
希望を、手放してはいけない。
自分が負けたら、たくさんの命が失われることになるのだから。

たくさんの人の思いが、頭の中を過ぎっていく。
真っ先に脳裏に浮かんだのは、いまだに消えたままのドラえもんと交わした約束だった。
彼と約束したトーナメント優勝に、あと少しで手が届く。

絶対に、掴んでみせる。

胸にそう誓い、ゆっくりと目を閉じた。
次に目を開けたときが、最後の決戦のときだ。



       #30「素顔」

「そ、そんな……」
試合を見守る出木杉の顔が、みるみる青くなっていく。

「マニューラ、冷凍パンチ」
敵の二番手、2ndの冷酷な一言が響く。
次の瞬間、ジャイアンのボーマンダは地に墜ちていった。
「勝者、『ジョーカーズ』2nd選手……」
審判は2ndの勝利を告げたあと、冷酷な宣告を下す。

   「よってこの試合、『ジョーカーズ』の勝ち」

「チクショオオオオオ!」
ジャイアンが、天へ向けて咆哮した。

「私が、負けさえしなければ……」
「悪いのは、僕も同じだ」
静香とスネ夫は、自分を責め続ける。

「終わったのか? すべて……」
出木杉の一言が、虚しく響きわたった。



―――今回の試合、敵は一番弱い4thを大将にもってきた。
最初の2試合で、勝負を決めにきたのだ。
始めのダブルバトル、ドラーズのスネ夫と静香はかなり健闘した。
……しかし、1stと3rdのコンビには勝つことができなかった。
続く3対3のシングルバトルは、ジャイアンと2ndの対決。
こちらもかなりの死闘となったのだが、ジャイアンは最終的に敗れてしまった。
こうしてドラーズは、大将ののび太まで回せないまま敗北を喫してしまったのだ。


「……やれやれ、ようやく終わったか……」
ふと、コロシアムの上の方から声が響いてきた。
椅子に座り込んでいる、黒いローブを纏った男……Mr.ゼロだ。
となりには相変わらず、司会の者が立っている。

「君たちはなかなか頑張ったよ、ドラーズの諸君。
……だが、私のもつ最強のチームには到底及ばない。
所詮、君たちの力はその程度ということだ。
あとに待ち構えているのは、“死”のみ。
君たちは、ここで終わりだ」

Mr.ゼロの言葉を聞き、皆が顔を俯けていた。
……だが1人だけ、真っ直ぐとMr.ゼロを見据えている者がいた。
―――野比のび太だった。

彼は視線をそむけずに、はっきりと言い放った。
「まだ、終わってなんかいないさっ!」



「まだ終わっていない? 
何を言っているんだい、野比のび太君。
君たちにはもう、死ぬ道しか残されていないんだよ?」

Mr.ゼロの挑発を無視し、のび太は仲間たちに呼びかける。

「まだ終わりなんかじゃない……
だって僕たちには、まだ戦えるポケモンがいるじゃないか!」
彼の言うとおり、まだ全員無傷のポケモンを所持していた。
戦っていないのび太と出木杉は6体、敗北した残りの3人も3体ずつ。
「で、でも……」
「たったこれだけの戦力で、いったい何ができるのっていうの?」
仲間の4人は、彼の言葉に困惑する。

――精一杯戦った。
でも、奴らにはその力は届かなかった。
圧倒的な実力差を、見せつけられた。
最早4人に、戦う気力など残されていなかった。

「彼らの言うとおりだよ、いまさら君たちに未来は残されていない。
まさかたった5人で、ここにいる全員を倒そうなんて考えてるんじゃないだろうな?」
Mr.ゼロが、馬鹿にするように問う。
だが、のび太は意外な返し方をしてきた。

「ああ、その通りさ」

―――Mr.ゼロがほんの少し、動揺した。



「な……本気か、のび太?」
スネ夫が信じられないという顔を浮かべる。

「フフフ、面白い冗談を言ってくれるじゃないか。
ジョーカーズだけでも勝てないっていうのに……いまここに何人のトレーナーがいるか分かっているのか?
係員、警備員、審判、敗北した配下の3チーム……総勢200名近くの敵が君たちにはいる。
抵抗するだけ無駄、君たちが生き延びられる可能性は0%だ。
さっさと諦めて、おとなしく死を迎えるんだな」
「そうはいかない!
この世に“不可能”なんてありえない……僕たちはこの戦いで、そのことを実感してきたんだ!」
どんな言葉を浴びせられようと、のび太は決して挫けない。

「みんな、もう一度戦おうよ!」

        「この大会の参加者みんなを救えるのは、僕たちしかいないんだ!」

   「僕たちなら、きっとできる。
   だから最後の最後まで、戦い抜くんだ!」

「だから無駄だと、何度言えばわか……「のび太、お前の言うとおりだよ」
Mr.ゼロの言葉が、強い意志をもった言葉に遮られる。
その声の主は、ジャイアンだった。



「俺はさっきまで、もう自分は死を待つだけだって諦めてた。
でもそれじゃあダメだ。 だって、俺たちはまだ戦える。
……なら、戦うしかないじゃないか!」
「ジャイアン……」
のび太が嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「のび太……お前のおかげで、そのことに気付けたよ。 ありがとな。
……ったく、昨日あれだけ大口叩いてた自分が情けないぜ!」
ジャイアンが恥ずかしそうに頭を掻く。

「僕も同じだ。 たったいま、君に自分が何をすべきかを気付かされたよ、野比君。
地下室で待つ『チーム・コトブキ』の仲間や、ここにいる仲間のために……僕も戦うよ!」
出木杉が、モンスターボールを取り出した。
「私も戦うわ。 みんなを、守りたいから……」
「僕だって、こうなったら徹底的に抵抗してやる!」
静香とスネ夫も、戦う決意をあらわにした。

「みんな……」
のび太が涙を浮かべた目で、仲間の顔を見渡す。
仲間たちが頷いたのを確認すると、大きく息を吸い込む。
そして、Mr.ゼロに向けて宣戦布告する。
「見ての通り、僕たちは決して諦めない!
最後まで戦う…これが僕たちの選んだ道だ!」

しばし、沈黙の時が流れた。

のび太たちは無意識のうちに、Mr.ゼロの言葉を待っていた。
彼が先程までのように、こちらの行動を蔑むような言葉を放つ。
それが、開戦の合図になるはずだった……

―――だが、彼が見せた反応は予想外のものだった。



「そ、そんな馬鹿な……
この絶望的な状況でなお、希望を捨てないだなんて……
ありえない! こんなことは、ありえないいいいいぃぃぃ!」
Mr.ゼロは突如、狂乱したかのように叫び始めた。
いくら感情がこもっていないように感じられる機械音声でも、彼が動揺しているのがはっきりと分かる。

「なんであいつ、あんなに焦ってるんだ……」
先程まで戦闘態勢だったジャイアンが、気の抜けた声を出す。
その疑問は至極当然のことだ。
いくらこちらが奮闘しても、奴らに勝てる確率は1%にも満たない。
そのことは、先程Mr.ゼロ自身が言っていたはずではないか。

しかしいま、彼はのび太たちが戦うと聞いて物凄く動揺している。
  一体、何故?
皆この状況に戸惑い、動けなくなっていた。



それからしばらくの時が経った。
先程から誰も一言も喋らず、ただその場に立ち尽くしていた。
突然、その静寂をMr.ゼロの声が切り裂いた。
「くっ……こうなったら仕方ない……
見せてあげよう、私の正体を……」

「え?」
とのび太が呟いたと同時に、激しい音が響き渡った。

――何かが、爆発する音。

次の瞬間目に入ったのは……粉々に砕け散ったMr.ゼロと、司会の姿だった。



「きゃああああああああぁぁぁぁ!!!」
最初に響き渡ったのは、静香の甲高い悲鳴だった。
それに続いて他の者たちも、混乱し、ざわめき始める」


「心配することはない、それはただの人形だ」

場を静めようとする、何者かの声が聞こえた。
先程までMr.ゼロたちがいた、時計の下の広場。
聞こえてきたのは、その奥からだった。

のび太は、身震いしていた。
その声に、聞き覚えがあったからだ。

少しずつ、広場に歩み寄ってくる2つの丸い影。
それがハッキリと姿を現したとき、誰もが自分の目を疑った。


「ド………ドラミちゃんに……ドラえもん?」

ついにその素顔を露にした、Mr.ゼロとその傍らにいた司会者。
青と黄色の、丸い顔を持つ奇妙な生物。
誰がどう見ても、見間違えることなど絶対にありえない。

―――それは間違いなく、のび太と長い時をすごした親友とその妹の姿だった。

「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

いつのまにかのび太は、わけも分からず咆哮していた。