ドラえもん・のび太のポケモンストーリー@wiki

トキワ英雄伝説 その7

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akakami

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 #12 「仲間」

ドラーズが滞在する425号室はいま、重い沈黙だけが流れていた。
……結局ジャイアンは、5thを殴ることはできなかった。
それもそうだろう、彼女の正体は自分が可愛がっていた妹だったのだから……
ジャイアンは手を放し、開放されたジャイ子は無言のままその場を立ち去っていった。

そして先程部屋に帰ってきてから数分、いまだに誰も口を開こうとはしなかった。
しばらくして、沈黙に耐え切れなくなったのび太が部屋を出て行く。
「僕ちょっと、静香ちゃんを探してくるよ」
のび太はそう言い残し、部屋を出ていった。

残されたジャイアンとスネ夫は、無言でいつのまにか置かれていた夕食に手をつける。
「ねえ、ジャイアン」
突然スネ夫が箸を止め、ジャイアンに話しかける。

返事をしないジャイアンに、スネ夫はそのまま話を続ける。
「明日の試合、僕たちが四天王に勝つには『奇跡』を起こさなければいけない
その奇跡に少しでも現実味を持たすには、僕たちが必ず勝たなければいけないんだ
シングル一戦目に出る静香ちゃんは様子がおかしいし、のび太もドラえもんのことで頭がいっぱいみたいだ
しかものび太の相手は四天王の中でもずば抜けた実力を持つワタル、あいつに勝利を求めるのは酷な話だ
静香ちゃんとのび太の両方ともが勝利する可能性は極めて薄い、勝つためには僕たちは絶対に勝たなければいけないんだ……
だからジャイアン、君が苦しんでいるのはわかってる……
でもいまはジャイ子のことを忘れて、試合に集中してほしいんだ……」

『ジャイ子』、その言葉に反応したジャイアンが立ち上がり、スネ夫の胸ぐらを掴む。
「お前に俺の何が分かるっていうんだよ! ふざけんな!」
ジャイアンが拳を振り上げ、スネ夫が思わず目を閉じる。
だがジャイアンはその拳を振り下ろさず、スネ夫から手を放して部屋を出て行った。



部屋に1人残されたスネ夫は、深い溜息をつく。
昨夜のバトルとジャイ子のことで苦悩するジャイアン。
試合で見たこともないような一面を見せ、いまだ部屋に帰ってこない静香。
姿を消したドラえもん、それを心配するのび太。
「こんな調子で明日、大丈夫なのかな……」
スネ夫の不安は尽きそうにもない。

―――場面は変わってここは5階、コロシアムの最北端
先程からコロシアムをさ迷い続けていた静香は、ふとここで足を止めた。
ここだけ壁に大きな透明のガラスが張られており、外の様子が見えるようになっているのだ。
そしてそこから見える光景は、満天の星空……

自分の心とは違い、美しく輝きを放つ星たち。
一瞬それに目を奪われるが、時間が気になって時計に視線を移す。
現在の時刻は午後8時、静香が1人になってからかなりの時間が経っていた。
仲間の3人は自分を心配しているだろうか、それとも呆れて放っているだろうか。
「どっちでもいいわ、私にはもう彼らに会わす顔がないもの……」
寂しく1人、夜空に向かって呟く。

「あれ、先客がいる」
突然後ろから声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにはニット帽を被った同じくらいの年頃の少女がいた。
少女は静香の顔を見つめると、明るい声で言った。
「あ、あなたあのチームの! 久しぶりね」
満面の笑みを浮かべる少女の姿に、静香は首をかしげる。
「失礼ですけど……私、あなたとどこかでお会いしたことありましたっけ?」

静香がそう言うと、少女は笑みを絶やさず答える。
「あちゃー、覚えてないのか…… あなたたち、英才の知り合いよね?」
英才……彼女が出木杉のことを言っているのに理解するのに数秒かかった。
何故ここで出木杉の名が? 静香はますます首をかしげた。



静香がとりあえず出木杉の知り合いであることを告げると、彼女は言う。
「やっぱり、確かあなたたちのチーム『ドラーズ』だったかな?
ほら、私はあなたたちと戦った『チーム・コトブキ』の選手、つまり英才のチームメイトよ」
記憶をたどると、確かに彼女には見覚えがあった。
予選会場で勝利した出木杉を祝福していた輪の中に、彼女を見た記憶がある。
「どうやら、思い出してくれたみたいね」
彼女は再び、朗らかに微笑んだ。

2人はその場に座りこみ、星空を見ていた。
「ここ、綺麗でしょ! 私が見つけたお気に入りの場所なんだ」
笑顔で言う彼女に対して、静香も僅かな微笑みを返した。
「あ、自己紹介がまだだったね。 私はヒカリ、あなたは?」
「私は静香、源静香よ。 ヒカリ、よろしく」
静香はそう言って手を差し出し、ヒカリもその手を握って硬く握手をする。

2人はすっかり打ち解けあい、様々な他愛ない会話を交した。
ヒカリの屈託のない笑顔は、静香の緊張を解し、その心の癒しの存在となっていた。
『彼女なら、ヒカリならもしかしたら……』
ヒカリなら自分の悩みを解決してくれるかもしれない。
今あったばかりの少女に、静香は全てをゆだねようとしていた。
1人で悩み続けるのは辛かった、だれかに心の闇をぶつけたかった。

―――そして静香は、ヒカリに己の全てを打ち明けた。

話を聞き終えたヒカリはしばらく考え込むと、ある話を始める。
「ねえ静香、私の悩みも話していいかな」
ヒカリの顔に先程までの笑顔はない、そこには初めてみる彼女の深刻な表情があった。



ヒカリの悩み、それは出木杉に関することだった。

―――静香とそのチームメイト2人は、コトブキトレーナーズスクールの同級生だった。
そしてある日、彼女たちの学校に結城英才が転校してきた。
3人は早速彼に近づき、仲良くなった。
「……そう、確かに私たちは仲の良い友達だった
でも彼は、抱えている何かを私たちに見せまいと必死になっていた……」
そんな出木杉は、いつもどこかでヒカリたちに距離を一歩置いていた……

だがある日、いきなり出木杉が頭を下げて言った。
「お願いだ、僕と一緒にキングオブトーナメントに出てくれないか!」
普段会話しているとき、いつも3人に遠慮がちな出木杉。
そんな彼が誘ってきたトーナメント、3人は迷わず参加することにした。
「この大会で、彼の心の闇を知ることができるかもしれない…… そう思ったの」
ヒカリはそう言うと、黙り込んでしまった。

出木杉が抱える心の闇……その原因となる6年前の事件を静香は知っている。
でも言うべきではないと思った、このことは直接出木杉から聞くべきだと思ったのだ。
静香がそんなことを考えていると、ヒカリが唐突に問いかけてきた。
「ねえ静香、なんで私がこんな話したかわかる?」

ヒカリがこんなことを話した理由、自分の悩みも聞いてほしかったからではないと言うのか?
全く見当がつかず困る静香にヒカリは言った。
「いまのあなた、英才と似てるわよ」
自分が出木杉と似ている? 一体どういうことなのだろうか?
静香が考え込んでいたそのとき、少し遠くから声が聞こえてきた。
「静香ちゃーん、どこなのー?」
のび太の声だ、おそらく自分を探しているのだろう。
「あなたには私なんかより、もっと身近に相談する人がいるはずよ」
ヒカリはそう言い、また笑顔を見せた。



廊下からはのび太の声がまだ聞こえていた。
それを聞いていると、ヒカリの言いたいことが理解できたような気がした。
「ありがとうヒカリ、あなたに会えてよかったわ」
立ち上がり、そう告げる静香にヒカリは言った。
「あなたに一つアドバイス、相手を傷つけるだけがバトルじゃないわよ」
ヒカリはそう言うと、静香にサヨナラを告げてどこかへ去って行った。

残された静香は決心を固め、のび太の声がするほうに向かう。
「あ、静香ちゃん! も~、心配したんだよ」
のび太は目に涙を浮かべて言う、そんな彼に静香は言った。
「ごめんなさい、のび太さん……
それと実はこれから、みんなに言いたいことがあるんだけど、いいかな?」
のび太は「勿論!」と返答し、早く部屋へ戻るよう促す。

2人が部屋に戻ると、ジャイアンとスネ夫が少し離れて座っていた。
なんだか険悪な雰囲気だったが、ここで躊躇するわけにはいかない。
静香はまず今日の行動をわびた後、一度息をのむ。

そして、3人に自分の悩みを全て打ち明けた。

―――ヒカリは言った、自分は出木杉に似ていると。
あれは身近な仲間に悩みを相談しようとしない自分に、同じ境遇の出木杉を重ねていたのだろう。
そしてヒカリは出木杉が自分たちに全てを打ち明けることを望んでいた。
だからヒカリは、出木杉に似た自分に仲間に相談しろと告げたかったのだ。
自分の仲間はどうだろう? 同じように自分に相談されることを待っているのではないか?
少なくとも自分が彼らの立場だったら、それを望むだろう。
そして静香は、仲間に全てを打ち明けることを決めたのだ。



話を聞き終えたのび太は言った。
「静香ちゃん、僕は悔しいよ……」
一呼吸入れた後、のび太は話を続ける。
「君の悩みにいままで気付けなかったことも悔しいけど、君が僕たちに今まで相談してくれなかったことが、僕は何より悔しい!」

のび太に続き、スネ夫とジャイアンも言う。
「そうだよ静香ちゃん、何で今まで僕たちに相談してくれなかったんだい?」
「俺たち仲間だろ? 黙って1人で抱え込むなんて、水くせーじゃねーか」
2人の言葉に合いずつを打ちつつ、のび太は言った。
「そうだよ静香ちゃん、もっと僕たちに頼ってよ! 悩みはみんなで共有しようよ!
だって僕たちは仲間だから、4人揃っての『ドラーズ』だから……」

その言葉を聞き終えたとき、静香の頬を一筋の涙が伝った。

「みんな、ありがとう……」

静香はそういって泣き崩れた。
―――何故気付かなかったんだろう、相談すべき相手がこんな身近にいたことに。
素晴らしい仲間が、こんな身近にいたことに……
7年間背負ってきた重い荷物がだいぶ軽くなったような気がした。
だっていまこの荷物を背負っているのは自分1人じゃない、3人の仲間が一緒に支えてくれている……

数時間後、4人はそれぞれ違う思いを抱えて寝床に着いた。
明日の相手はカントー四天王、最強の敵だ。

果たして奇跡は起きるのか? それは神だけが知っている……



 #13 「奇跡」

ドラーズがDブロック試合会場に到着した時にはもう、対戦相手の四天王が待ち構えていた。
テレビの奥でしか見たことのない、雲の上の存在だった四天王。
でもその彼らはいま目の前にいて、これから自分たちと戦おうとしているのだ。
これは現実なのか? 夢じゃないのか?
スネ夫が自分の頬をつねってみる、そこには確かな痛みがあった。

そうだ、現実逃避なんかしている場合ではない。
認めよう、いま起こっていることは全て現実なんだ。
自分たちはこれから四天王と戦い、勝たなければいけない。
それは奇跡的な確率だろう……でも自分たちはその奇跡を起こしてみせる、絶対に!
スネ夫は決意を固め、フィールドへと向かう。

対戦相手はカンナとシバのコンビだ。
勿論いままでの相手より圧倒的に強いのだが、四天王の中では下の方に位置している。
「後に続く2人の負担を軽くするためにも、絶対勝たなきゃいけない…… いいね、ジャイアン」
スネ夫の呼びかけに、ジャイアンは素っ気無い返事をする。

審判の合図でいよいよバトルが始まる、こちら側はジャイアンがヘラクロス、スネ夫がマルマイン。
対する敵はカンナがラプラス、シバがウソッキーだ。
「氷タイプ使い手カンナと、岩・格闘タイプの使い手シバ
敵はどんな手を使ってくるかわからない、ここは慎重に行こう」
マルマインに光の壁を指示しながらスネ夫が囁いた。

氷タイプの使い手……そう、昨日戦ったスズナも氷タイプの使い手だった。
甦る昨日のバトルの記憶、見え始めた自分の限界……

「俺に限界なんてあるわけねえ! ……俺は、俺は最強なんだああああああ!」

ジャイアンはスネ夫の言葉を無視し、ヘラクロスにインファイトを命じた。



ヘラクロスのインファイトはラプラスに届かなかった。
カンナはラプラスに“まもる”を使わせていたのだ。
三匹が行動を終え、一番素早さが低いウソッキーのターンが回ってくる。
シバが一言、呟いた。
「ウソッキー、大爆発だ」
もの凄い衝撃が辺りを包む、それが収まった時、立っていたのはラプラスだけだった。

1ターンで2体のポケモンを倒されたドラーズの2人は焦りを隠せない。
「ジャイアン、やっぱり慎重に行った方がいいよ」
「うるせえ! 黙ってろ!」
スネ夫の助言をジャイアンは一蹴する。
その迫力に押され、スネ夫は何も言えなくなってしまった。

先程倒れたポケモンの代わりに、新たなポケモンがフィールドに出される。
ジャイアンはリザードン、スネ夫はカビゴン、シバはハリテヤマだ。
ジャイアンは早速、シバのハリテヤマに燕返しで攻撃する。
ハリテヤマは気合の襷で耐えたものの、体力はたった1になってしまった。
「やっぱり俺は間違っちゃいねえ!」
念じるように叫ぶジャイアンを、シバの一言が襲う。
「ハリテヤマ、カウンターだ!」
リザードンは戦闘不能、ジャイアンの手持ちは0になってしまった。

残されたスネ夫のカビゴンはのろいを積み、次のターン反撃に出ようとした。
が、ラプラスの絶対零度が2ターン目で命中、カビゴンは攻撃できないまま倒されてしまった。
無様な負けを喫し、俯きながら戻ってくるスネ夫とジャイアン。
「ごめん、僕たち負けちゃった……」
謝るスネ夫に、静香は優しく微笑みかけて言う。

「大丈夫、私が勝ってみせるから」
その笑顔は、スネ夫たちの心を優しく包み込む。
そう、まるで天使のように……



シングルバトルの出場選手、静香とキクコがフィールドに入る。
ドラーズはすでに一敗している、ここは絶対に落とせない試合だ……
静香はテッカニン、キクコはムウマージだ。
「敵はゴーストタイプ最強の使い手といわれるキクコ。 さて、静香ちゃんはどう出るのか……」
スネ夫が不安そうに呟く。

1ターン目、テッカニンはいつものようにまもるを使う。
それに対し、ムウマージは10万ボルトを使って失敗する。
2ターン目、テッカニンは影分身。
対するムウマージは再び10万ボルト、襷で耐えたテッカニンの残り体力は残り僅か1だ。
「あれ……」
のび太が先程の光景に違和感を覚える。
今までバトン戦術を使う時、静香は2ターン目には必ず剣の舞を使っていた。
何故今回は影分身なのか? ここで一つの可能性が浮かぶ。
「剣の舞を使わないということはバトンタッチで出てくるのは物理アタッカーではないということ
今回バトンタッチするポケモンは、エルレイドじゃないのか?」
静香がテッカニンのバトンタッチで出すポケモンはいつもエルレイドだった。
彼女はエルレイドの決定力にかなりの信頼を寄せていたはずだ。
果たしてエルレイドより決定力があるポケモンなど、彼女のパーティーにいただろうか?
のび太の疑問に答えが出ないまま、バトルは進んでいく。

静香はテッカニンに再びまもるを命じる。
それを予測していたキクコは瞑想を積ませ、次にバトンタッチで出てくるポケモンに備える。
そして運命の4ターン目、テッカニンはバトンタッチをする。
「見せてあげるわ、私の“新しい”切り札を……」
フィールドに現れたのは、白いボディを赤と青の三角模様で彩っているポケモン。
その名はトゲキッス、静香の手持ちで最強のポケモンだ。



「ト、トゲキッス! いつの間にあんなポケモンを!」
スネ夫が意外なポケモンの登場に驚きの声を上げる。
ポケモン界でも屈指の戦闘能力を誇るトゲキッス、それをまさかこの短期間で育成していたとは。
静香はポケモンを傷つけることに苦しみを感じていた。
彼女はトゲキッスを育成する時、一体何匹のポケモンを倒したのだろうか、そしてどれだけ苦しんだのだろうか……その苦しみを思うと胸が痛くなる。
「いまは静香ちゃんの勝利を信じて、黙って見守ろうよ!」
のび太の言葉に、スネ夫とジャイアンも賛成した。

キクコがムウマージに命じていたシャドーボールは、ノーマルタイプのトゲキッスには通じなかった。
だがキクコは決して苛立ったりせず、その冷静な態度を崩さない。
彼女にはムウマージでトゲキッスに勝てるという確信があったからだ。
向こうのトゲキッスはまだ素早さと回避率しか上がっていない、対してこちらは瞑想で特攻と特防を上げている。
しかもこちらは10万ボルトで弱点を付くことができる、勝てる見込みは十分あるのだ。

キクコは真っ向勝負を挑むことを決め、ムウマージに10万ボルトを命じる。
「トゲキッス、悪巧みよ」
対する静香は以外にも再び積み技を使ってきた。
一方ムウマージの攻撃は、影分身と光の粉で回避率を上げたトゲキッスには命中しなかった。
次のターン、特攻を上げたトゲキッスは当然攻撃してくるだろうとキクコは考えていた。
だが静香はまたもや悪巧みを指示した。
敵のムウマージの10万ボルトは今度こそ命中し、トゲキッスの体力を半分以上削る。

この光景を見てキクコはひっそりと笑う。
ムウマージは次のターンやられるだろうが、その次のポケモンが体力が減ったトゲキッスを倒すだろう。
そうしたら敵は2体、しかもその内の1体は体力が1しかないテッカニンだ。
この勝負はもらった、そう確信を持つキクコに、静香は意外な言葉を投げかける。

「トゲキッス、バトンタッチよ!」
なんと静香は2度目のバトンタッチを使ってきた。
フィールドにテッカニンとトゲキッス、2体の思いを受け継いだロズレイドが現れた。



ロズレイド……静香が始めて手にしたポケモン、スボミーの最終進化系だ。
静香は切り札トゲキッスを囮に使い、このロズレイドに勝負をかけてきた。
2連続のバトンタッチという奇抜な戦略に、静香以外の全員が驚いていた。

ムウマージがトゲキッスに撃とうとしていた10万ボルトは、草タイプのロズレイドにはあまり効かなかった。
そして次のターン、加速3回分と悪巧み二回分の能力アップを引き継いだロズレイドが反撃に出る。
「ロズレイド、シャドーボール!」
静香はロズレイドに攻撃を命令する、その顔に迷いはなかった。

―――昨日ヒカリは言った、『相手を傷つけるだけがポケモンバトルではない』と。
バトルとは何なのか? 自分なりの結論が出たような気がする。
ポケモンバトルとは、自分の目的のために様々なものをかけて戦うことだ。
では、自分の目的とはいったい何なのか?
自分が戦う理由……それに気付けた時、ポケモンを傷つけるのにも耐えられると思えた。

そう、相手を傷つけるために戦っているのではない、自分が戦う理由とは……

静香は新たな思いを胸に、戦いへ身を投じていく。
シャドーボールを受けて苦しむムウマージ、その光景を見ても不思議と以前のように気持ち悪くなったりはしない。
静香は迷うことなく敵のポケモンを倒していった。

「あれが静香ちゃんの、本当の実力……」
のび太たち3人が思わず息を呑む。
その後もロズレイドは敵のポケモンを一撃で倒し、見事に勝利を収めた。
無名の若きトレーナーが四天王に勝つ……
静香は見事、奇跡的な快挙を成し遂げて見せたのだ。

自分らのもとに戻って来た静香を、3人は手一杯歓迎する。
「じゃあ次は僕が奇跡を起こす番だね!」
のび太が言う、自分が四天王最強のワタルに勝つ……それは静香が勝った異常に奇跡的な確率だろう。
だが、『起こしてこそ奇跡』なのだ。
のび太の目は、対戦相手であるワタルをまっすぐに見据えていた。



   #14 「新星」

「それではただいまより、大将戦を開始します!」
審判の宣言を聞いた2人の選手がフィールドに上がる。
片や四天王最強にして、カントー地方最強と言われるドラゴン使いワタル。
片やまだ17歳の学生、無名のポケモントレーナー野比のび太。
決勝トーナメントに進めるのは2人のうち、勝った方だけである。

いまこのとき、のび太が勝つと思っておる人間が何人いるだろうか?
おそらく1人もいないだろう……のび太たちを除いては、だ。

両者がポケモンを出す、何とどちらもギャラドスだ。
「同じポケモンか……レベルの高いワタルのほうが有利だな」
スネ夫が苦しい表情を浮かべる。

スネ夫の予想通り、レベルで上回っているワタルのギャラドスが先手をとり、ストーンエッジを使う。
それを受けたのび太のギャラドスがかなりのダメージを負った。
対してのび太のギャラドスがとった行動は龍の舞。
「なるほど、次のターンに先手を取って一撃で仕留めようという作戦か。
だが、龍の舞を一度積んだくらいでは俺のギャラドスを倒すことはできないぞ!」
ワタルの勝ち誇った顔は、この後驚きの表情に変わることとなる。
のび太のギャラドスのストーンエッジが、ワタルのギャラドスを一撃でしとめたのだ。

「確かに龍の舞1回だけではあなたのギャラドスを一撃で倒すことはできなかったでしょうね
でも僕のギャラドスにはストーンエッジをくらったとき、“チイラの実”が発動していた
つまり攻撃力は2段階上がっていた、あなたのギャラドスを倒すには十分な力があったのさ」
のび太の言葉を受けても、ワタルは余裕を崩さず言った。
「なるほど、この俺がいっぱいくわされた……というわけか。
なかなか面白いじゃないか、今回の対戦相手は。
これなら、面白いバトルができそうだ!」



先に手持ちを一匹失ったにも関わらず、呑気にバトルを楽しむワタル。
その顔には、四天王ならではの余裕が見え隠れしていた。
そんなワタルは、2匹目のポケモンにプテラを選んだ。
「何故ギャラドスに対してプテラなの? 相性的に不利なハズなのに……」
不思議そうに呟く静香に、スネ夫が答える。
「いまのギャラドスは一撃で倒せるほど弱っているかわりに、攻撃力と素早さが上がっている。
現時点でギャラドスの相手にもっとも適しているのは、確実に先手が取れる素早いポケモンだ。
だから、プテラを選んだワタルの選択は正しいと思うよ」

のび太の考えでは、上昇した攻撃力と素早さでどんな敵が来ても一撃でしとめるつもりだった。
だが、いまのギャラドスよりさらに素早いポケモンを出されては敵わない。
プテラは先手をとり、岩雪崩一発でギャラドスを倒した。
これでお互い残り2体、戦況は五分五分である。

つづいてのび太は、ガルーラをフィールドに出した。
「ガルーラなんかで、プテラに勝てると思っているのかい?」
ワタルの問いかけに、のび太は力強く頷く。
「ならばその根拠、見せてもらおうか。 プテラ、岩雪崩!」
岩雪崩をくらったガルーラの体力が半分ほど削られる。
ガルーラは噛み砕くで反撃するが、たいしたダメージにはならない。
ターン終了時に食べ残しで少し回復したが、それでも被ダメージはガルーラのほうが上だ。
おそらく、後に2ターンもすれば倒されてしまうだろう。

「のび太の奴、ほんとにガルーラで勝つつもりなのか?」
バトルを見守るスネ夫に不安は絶えない。



2ターン目、プテラは再び岩雪崩で攻撃する。
ギリギリまで体力を削られたガルーラに、のび太は命じる。
「ガルーラ、眠るだ」
命令を受けたガルーラは眠り始め、体力を全回復させる。
「眠っても無駄だ! 起きるまでの間に倒せるのだからな」
ワタルが勝ち誇った顔で言う。
そんな彼の様子を見たのび太も、勝ち誇った顔を浮かべた。

のび太の様子を疑問に思いつつも、ワタルはまたもや岩雪崩を命じる。
対するガルーラは寝言を使い、噛み砕くでプテラの体力を削る。
そしてまたまたプテラは岩雪崩、再びガルーラの体力が残り僅かとなる。
すると早くもガルーラは目覚め、のび太はそれを見越していたかのように眠るを指示していた。
後残り僅かだった体力は、またもや満タンになる。
「た、助かった……運が良かったな」
スネ夫が安堵の溜息の溜息をつく。

四ターン目、プテラの岩雪崩は外れてしまった。
ガルーラは寝言でのしかかりを繰り出し、プテラの体力は残り僅かとなる。
そして次のターン、岩雪崩をくらったガルーラはまたもや素早く目覚める。
そしてのび太はまともやそれを見越していたかのように噛み砕くを命じ、プテラは倒れた。

「偶然が2度続くとは考えがたい……あ、もしや!」
のび太の策に気付くスネ夫、そしてそれとほぼ同時にワタルものび太の考えに気付く。
「なるほど。 そのガルーラの特性はズバリ、“早起き”だな?」
ワタルの問いを受けたのび太は、首を縦に振った。




のび太の作戦はこうだ。
まず残り体力が少なくなってきたところで、ガルーラを眠らせる。
次のターンは寝言で敵を攻撃する、攻撃技は噛み砕くとのしかかりの二種類だ。
そしてその次は、再び眠るか、体力に余裕がある場合は攻撃技を命じる。
必ず2ターン眠り状態になる眠ると、眠るターンを半分にする早起き。
この2つを組み合わせることで、ガルーラは必ず眠るを使った2ターン後に目覚めるのだ。
この作戦を実行できたのはガルーラの耐久力の高さ、そしてそれを信じるのび太の心があったからだ。

「……なかなか面白いな、君は。
だが、こいつには勝つことができないだろう!」
そう言ってワタルがボールから出した最後の1匹はカイリュー、彼の切り札だ。
のび太はそのプレッシャーを必死ではねのけるように、ガルーラを眠らせる。
対するワタルは、カイリューに龍の舞を命じる。
「まずい、のび太の戦法は積み技に弱いのを見越されている。
それにいま積まれたら、三匹目のポケモンも一発でやられてしまう」
スネ夫がまたまた不安そうな様子で呟く。

龍の舞によって素早さを上げたカイリューは、もう一度龍の舞を積む。
対するガルーラは寝言でのしかかり、カイリューに多少のダメージを与える。
そして次のターン、先手を取ったガルーラにのび太はのしかかりを命じる。
のしかかる2発をくらわせても、カイリューはまだ半分ほど体力を残していた。
カイリューが逆鱗でガルーラを倒し、のび太の手持ちも残り1体となる。
「行け、僕の切り札よ!」
のび太が祈るように出した最後の1匹はなんと……
「カ、カイリューだと……」
自分と同じポケモンの出現にワタルが驚きを見せる。
「のび太の言ってた切り札って、カイリューだったのか……
まさか、三日間の間にあんな凄いのを育ててたなんて……」
いままで黙り込んでいたジャイアンが感動の言葉を漏らす。

フィールドではいま、2体のカイリューが向かい合っていた。


この時、スネ夫はいままで以上に絶望的な表情を浮かべていた。
「向こうのカイリューは龍の舞を2回積んでいる、勝てるわけがない。
……終わった、僕らの負けだ!」
だがこの後、彼にとって予想外の展開が訪れた。

「カイリュー、逆鱗だ!」

そう叫んだのはのび太だった、なんとのび太のカイリューが先手を取ったのだ。
カイリューを倒されたワタルが信じられないという表情を浮かべる。
だがしばらくして、ようやく己のミスに気付いた
―――ガルーラがのしかかりをしたときに、ワタルのカイリューは麻痺していたのだ。
でもワタルはガルーラが3ターン目に先手を取ったとき、それに気付くことができなかった。
もし気付いたとしても、どうすることもできなかったかもしれないが……
審判はしばらく動きを止めた後、勢いよく宣言した。
「勝者、『ドラーズ』野比のび太選手!」

勝ったんだ……自分が、四天王最強の男に。
しばらく放心状態になった後、のび太はガッツポーズをとり、大声で叫ぶ。
「僕は、僕は奇跡を起こしたんだ!」
子供のように無邪気に喜ぶのび太に、仲間の3人が駆け寄って行く。
そして、一緒になって子供のようにはしゃぎだす。

そんなのび太たちにワタルは歩み寄り、手を差し出しながら言った。
「奇跡なんかじゃない……君が勝ったのは紛れもなく、実力によるものさ」
のび太は「ありがとうございます」と告げ、ワタルの手を硬く握り締めた。

そんな様子を見ていた四天王の一人、キクコが呟いた。
「どうやらポケモントレーナー界に、期待の新星が現れたようじゃな」と。

こうしてドラーズはDブロック優勝、及び決勝トーナメント進出を決めた。
―――この後に待ち構えている悲しき運命など知らず、彼らはひとときの喜びを分かち合っていた……


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